杏寿朗たちの近くに飛び込んできた何かはゆっくりと立ち上がった。
【その眼……上弦の参!?】
(なんで今ここに十二鬼月が……?)
ガイバーⅠと炭治郎の動きが止まった。
「…………………」
上弦の参は炭治郎と伊之助を狙って襲いかかる。
【っ!】
「全集中・炎の呼吸 弐ノ型・昇り炎天!」
ガイバーⅠの高周波ブレードと杏寿朗の逆袈裟斬りが上弦の参の両腕を斬った。
「ほう……」
上弦の参は距離を取った。
「いい刀だ。切れ味そのものはそっちの方が上だが」
上弦の参は腕に僅かに残った血を嘗めた。
【もう再生したのか……!】
「この圧迫感と凄まじい鬼気……これだけのものを持ちながら、手負いから狙うのか理解できない」
「話の邪魔になるかと思ってな。俺とお前たちとの」
【話すことなんか何もない】
「同じく。君とは初対面だが俺は既に君のことが嫌いだ」
「俺も弱い人間は大嫌いだ。弱者は見るだけで虫酸が走る」
二人と上弦の参は話が噛み合っていなかった。
「どうやら君と俺たちとでは物事の価値基準が違うようだ」
「そうか。では素晴らしい提案をしよう」
「お前たちも鬼にならないか?」
「【ならない】」
杏寿朗とガイバーⅠは即答した。
「見れば分かる。その強さ、柱だなお前」
上弦の参は杏寿朗を見た。
「その闘気、よく練り上げられている。至高の領域に近い」
「俺は炎柱煉獄杏寿朗だ。君に褒められても嬉しくもなんともない」
「勘違いするな。あくまで近いというだけだ」
【……………………】
「俺は婀窩座。杏寿朗よ、なぜお前が至高の領域に踏み込めないか教えてやろう」
婀窩座は杏寿朗を指さした。
「人間だからだ。老いるからだ死ぬからだ」
「鬼になろう、杏寿朗。そうすれば百年でも二百年でも鍛練し続けられる。強くなれる」
「人を指さすなと教わらなかったのか?」
杏寿朗は毅然と返した。
「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ」
「婀窩座よ、強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない。この少年たちは弱くなどない。侮辱するな」
「何度でも言おう。君と俺たちとでは物事の価値基準が違う」
「俺は如何なる理由があろうと鬼にはならない」
「……………………」
(煉獄さん………)
(デケェ……デカすぎるぜ、こいつは………)
「そちらはどうだ?見れば見るほど俺たちに近いじゃないか」
【一緒にするなよ】
「お前も強い。その力、脆弱な人間に手を貸す必要はないだろう。鬼となって更なる強さを得ようじゃないか」
【なあ】
「?」
【俺が鬼舞辻無惨の面の皮を剥ぎ取ったと知ってて誘っているんだよな?】
「!?」
婀窩座の体がビクリとなった。
「戯れ言を……」
【言っておくが、煉獄さんを含めて柱全員が鬼舞辻無惨の顔は知っているからな?】
「そして面の皮を蝋で象ったものはとある場所で厳重に保管されている。既に御館様より警備の任を賜っている者もいる」
「馬鹿な、そんなことが……」
【まさかとは思うが、知らないのか?】
「っ!!」
ガイバーⅠの言葉は的を得ていた。
婀窩座のみに限らず、十二鬼月に知らされたのはガイバーⅠが不変の秩序を乱す化け物ということだけだった。
自らを頂点と謳う鬼舞辻無惨にとって、面の皮を剥ぎ取られたという失態は何としてでも隠し通さねばならなかった。
【図星みたいだな】
ガイバーⅠは構えた。
「待ってくれ、がいばぁわん」
杏寿朗は待ったをかけた。
「ここは俺にやらせてほしい」
【煉獄さん……ですが……】
「頼む」
杏寿朗は頭を下げた。
【……わかりました】
ガイバーⅠは一歩後ろに下がった。
「すまん」
杏寿朗は婀窩座の方を向いた。
「待たせた」
「終わったようだな」
婀窩座は拳法のような構えをとる。
「鬼にならないなら殺す。あの方の命により死ね」
「術式展開 破壊殺・羅針」
婀窩座の真下に羅針盤のようなものが現れた。
「全集中・炎の呼吸 壱ノ型・不知火!」
杏寿朗は息を吸い、一直線に飛び込んだ。
(速ぇ……!)
(目で……追えない!)
伊之助と炭治郎は柱と上弦の戦いに動けなかった。
(これほどなのか……こんなに違うのか………柱の人たちは……!)
炭治郎は敬意と同時に自身の非力さを感じ取っていた。
【……………………】
ガイバーⅠは言い知れぬ不安が拭えなかった。
「今まで殺してきた柱たちは俺の誘いに頷く者はなかった!なぜだろうな!」
「誇りがあるからだ!守るもののために!」
「俺には理解できない!同じく武を極める者として理解しかねる!選ばれた者しか鬼になれないというのに!」
「端から歪んでいるものに選ばれても意味などない!」
「その素晴らしき才能を持つ者が醜く衰えていく。俺には辛い!耐えられない!死んでくれ杏寿朗、若く強いまま!」
「老いて死んでいくのは自然の摂理!摂理から外れた存在になろうなどとは思わん!」
「破壊殺・空式!」
婀窩座は虚空めがけて拳を打った。
「全集中・炎の呼吸 肆ノ型・盛炎のうねり!」
杏寿朗は婀窩座の拳を防いだ。
(虚空を打つと攻撃がこちらまで来る。それも一瞬に満たない速度で。このまま距離を取られたままでは頸を斬るのも厄介だ)
「ならば近づくまで!」
杏寿朗は一気に距離を詰めた。
「素晴らしい反応速度だ!この素晴らしい才能も剣技も失われていくのだ!悲しくないのか!」
婀窩座は剣戟を防ぎながら吼えた。
「誰もがそうだ!人間ならば当然のことだ!だが技術なら先へと進めればいい!俺よりも才能のある剣士ならばいくらでもいる!」
杏寿朗は剣戟の速度を速めた。
「お、俺も加勢に……!」
「俺も……!」
「傷を癒すことだけ考えろ!待機命令!!」
「「っ!!」」
あまりの気迫に炭治郎と伊之助の動きが止まった。
「弱者に構うな杏寿朗!全力を出せ!俺だけに集中しろ!」
婀窩座の速度がさらに上がった。
「全集中・炎の呼吸 伍ノ型・炎虎!」
「破壊殺・乱式!」
虎を象った斬撃と拳の連打がぶつかり合う。
二人を中心に土埃が舞う。
【このままじゃ…!?】
常人の目には映らなかったが、ガイバーⅠの両目は二人の動きを捉えていた。
【………すみません、煉獄さん】
ガイバーⅠはレッグ・アンプに力を溜める。
【たとえ斬られてでも……!】
土埃が晴れ、二人の姿が露になった。
「!?」
炭治郎は信じられないものを見た。
「はぁ……はぁ……はぁ………」
「死ぬな、杏寿朗」
流血し、呼吸の荒い杏寿朗と再生を済ませた婀窩座だった。
「!!!!」
周囲の気を感じ取ることが出来る伊之助は、二人の空間に入れず、大量の汗を流していた。
【まだだ……まだ……!】
ガイバーⅠは気持ちなんとか落ち着かせようと拳を握りしめる。
「生身を削る思いで戦ったとしても無駄なんだよ、杏寿朗。俺に食らわせた素晴らしい一撃も既に完治してしまった」
婀窩座は悲しげに言った。
「対してお前はどうだ。左目は潰れ、肋骨は砕け、内臓は傷ついた。もう取り返しがつかない」
「はぁ……はぁ……はぁ………」
「だがそんな傷、鬼にとってはかすり傷だ。瞬きする間に完治する。ここまで言えば分かるだろう?」
「どう足掻いても人間は鬼に勝てない」
「「!!」」
婀窩座の言葉は炭治郎と伊之助の胸に突き刺さった。
どれほど強力な技を放とうとも瞬時に再生され、人間はただ食い物にされる。
己を信じ、ひたすら前へと走ってきた二人は始めて現実と向き合った。
「だとしても……俺は諦めん……!」
だが杏寿朗は諦めなかった。
「俺は俺の責務を全うする!!ここにいる者は誰も死なせない!!」
杏寿朗は日輪刀を構えた。
「全集中・炎の呼吸 奥義!」
杏寿朗は大きく息を吸った。
「素晴らしい闘気だ。それほどの傷を負いながらその気迫!その精神力!久しく感じてなかった敬意を表する!」
婀窩座は構えた。
「やはりお前は鬼になるべきだ!術式展開……!」
「玖ノ型・煉獄!!」
「破壊殺・滅式!!」
杏寿朗と婀窩座は互いの最大奥義を以て、正面からぶつかり合った。
【っ!!】
先ほどとは比較にならない土埃が舞い、炭治郎は祈るしかなかった。
そして少しずつ晴れていった。
「あ……ああ………」
「ふ、深町……!」
婀窩座の右腕に貫かれたのは杏寿朗……ではなくガイバーⅠだった。
「ば、馬鹿な……!」
婀窩座は頭部側面から左肩までを斬られていた。
ガイバーⅠが強引に割り込み、杏寿朗の日輪刀の軌道を無理やり変えた結果、頸を斬ることは叶わなかった。
「なぜだ……なぜ邪魔をした深町!!」
【こんな所で……死なせたくないからです………】
「戦いで果てる覚悟は出来ている!」
【もう……ごめんなんですよ……!】
ガイバーⅠは
【助けられたはずの人を……見殺しにするのは………!】
「深町……」
【命をを捨てる………そんな傲慢に付き合う気はさらさらないんですよ!】
ガイバーⅠは婀窩座の右腕を掴み、万力の力をこめる。
「は、離せ……!」
【離すわけないだろ……!】
「っ!?」
婀窩座は右腕の違和感を感じ取った。
「くっ!!」
婀窩座は自身の右腕を手刀で切り離した。
【っ!!】
ガイバーⅠの体勢が崩れかけた。
「伊之助!!」
「わかってらぁ!」
炭治郎と伊之助はガイバーⅠの両脇を支える。
「大丈夫ですか!晶さん!!」
【大丈夫だ……まだ動ける!】
切り離された婀窩座の腕はガイバーⅠに吸収された。
「これは……!」
「喰いやがった!」
「チイッ!!」
婀窩座は一旦距離を取り、ガイバーⅠをしとめるべく構えた。
「両脇のガキ共もろとも葬ってやる!」
「破壊殺・乱式!!」
婀窩座は一気に距離を詰める。
【これで決める!】
ガイバーⅠは右胸を開いた。
「!?」
婀窩座の速度が落ちた。
【くらえっ!】
ガイバーⅠから片面のメガスマッシャーが放たれた。
「(くらったらまずい……!)う、うおおおっ!!」
メガスマッシャーの脅威を本能で悟った婀窩座は身体を逸らすようにして回避に努めた。
「そんなっ!外れたっ!?」
「胡蝶から聞いていたがいばぁの必殺技をも凌ぐか……!」
「いえ………」
殖装が解けた晶は絶望していなかった。
「ぐっ!!ぐああああっ!!」
直撃こそ免れたが、婀窩座の左半身は大きく抉られていた。
「どーなってやがる……」
「伊之助……?」
「あいつ、再生しやがらねぇぞ……!」
「なんだって!?」
「いや!再生はしている。だがあまりにも遅い!」
「ぐっぐぐぐぐっ!!あ、あづい……あづいぃぃぃっ!!」
杏寿朗の指摘通り、婀窩座の左半身の再生は先ほどとは比較にすらならないほど遅かった。
「メガスマッシャーはあらゆる物質を文字通り塵にする威力を持っています。いくら鬼と言えど、ただで済むはずがない……!」
「理屈はわからんが、これだけは言える……!」
杏寿朗は日輪刀を支えに立ち上がった。
「この戦い俺たちの勝利だ……!」
「後は頸をブッた斬るだけだな!」
「いや、その必要もないだろ………」
晶は東の空を見た。
「あ……!」
東の空は白んでいた。
「後少しで夜明けだ。言い残すことはあるか?」
「ぐぐぐぐ……!」
婀窩座は恨みがましい眼を杏寿朗に向けた。
「ならば………竈門少年!」
「っ!」
杏寿朗は炭治郎を見た。
「止めはお前に任せたい。出来るな?」
「はいっ!」
炭治郎は痛む身体に鞭打ち、婀窩座を射程範囲内に捉えた。
「全集中・水の呼吸……!」
炭治郎は息を吸い込み、構えた。
「捌ノ型・滝つ──」
ベベン……!!
「!?」
突如、三味線の音色が響き、婀窩座の真下に戸のようなものが現れた。
「これは……!?」
「炭治郎、斬れ!」
晶は身をのりだして叫ぶが、戸のようなものは開かれ、婀窩座はそのまま落ちて行った。
「くっ!!」
炭治郎は思わず日輪刀を投げつけた。
「うぐっ!?」
日輪刀は婀窩座の身体に刺さったが、致命傷には程遠かった。
「逃げるな卑怯者っ!!」
炭治郎は怒りに任せて叫んだ。
「いつだって俺たち鬼殺隊はお前ら鬼に有利な夜の闇の中で戦ってるんだ!!生身の人間がだ!!傷だって簡単には治らない!!失った手足が元に戻ることもない!!」
「炭治郎………」
「煉獄さんや晶さんの方がはるかに強いんだ!!煉獄さんと晶さんがいたから誰も死なせなかった!戦い抜いて守り抜いたんだ!お前は負けたんだ!!」
「………………………」
「戻って……来いよ……!この……卑怯者………っ!!」
炭治郎は涙を流して蹲った。
だが無情にも戸のようなものは既に消えていた。
「まさかあのような方法で逃れるとはな……」
「血鬼術、でしょうね」
「……ああ。間違いない」
杏寿朗と晶は、戸のようなものがあった場所を見つめていた。
「もう泣くな、竈門隊員」
「煉獄……さん………」
「勝負とは常に時の運………今回はたまたまこちらに運がなかったのだ」
「でも……あいつ………」
「俺たちは十二鬼月に対して無知すぎた。情報力の差でも劣っていたんだ……」
「とはいえ、あれだけ深手を負わせたならば立派な金星だ。十分過ぎる成果だよ」
杏寿朗は微笑んだ。
「それと深町、済まなかった」
杏寿朗は晶に頭を下げた。
「あの時俺は頭に血が上っていた。お前の命を懸けた説得がなかったら、俺は無駄死にしていただろう」
「俺も死なせたくないんですよ。ここにいる誰も」
「ありがとう、深町。それに──」
杏寿朗は列車の後方を見た。
「甘露寺に我妻隊員、そして竈門隊員の妹にも感謝せねばならない。彼女も立派な鬼殺隊員だ」
「え………」
「列車の中であの少女が血を流しながら人間を守る姿を見た。命をかけて鬼と戦い人を守る者は、誰が何と言おうと鬼殺隊員の一人だ」
「………ぁ…………」
炭治郎の目に涙が溢れた。
「竈門禰豆子を鬼殺隊員として認める。胸を張って生きろ」
杏寿朗は炭治郎の肩に手を置いた。
「少し……疲れたな………」
杏寿朗は後方に倒れた。
「煉獄さん!?」
「気を失っただけだ!伊之助!ひっつかんででもいいから隠の人を早く!」
「任せろい!!」
晶の指示を受けた伊之助は走り出した。
次回、蝶屋敷を訪れたのは……
鬼滅の規格外品こそこそ話
無限列車に関しては、産屋敷家と蝶屋敷が裏であれこれ(鼻薬やカウンセリング等)やったおかげで想定外の事故の扱いになったぞ!