「深町、少し良いか?」
晶が洗濯物を干していると、杏寿朗が声をかけてきた。
「どうしました?煉獄さん」
「実は午後から竈門隊員を連れて実家に戻るのだが、君もどうだ?」
「別に構いませんよ。午後は特に用事もないですから」
「それを聞いて安心した」
杏寿朗は笑みを浮かべた。
「そういえば煉獄さん、桑島さんとの修行はどうですか?」
「うむ。さすがは元鳴柱。呼吸の型は違えど勉強になる」
「基礎的な鍛練は鱗滝さんとそれほど変わらないみたいですね」
「そうだな。さて、そろそろ戻る。昼飯を食ったら行くとしよう」
「分かりました」
杏寿朗は桑島の所へと戻って行った。
「さて、俺も掃除を終わらせよう」
晶は箒を手に、掃き掃除を始めた。
「では行ってきます」
「気をつけてくださいね」
「炭治郎、晶さん、炎柱様も行ってらっしゃい」
「うむ!」
「行ってくるね。カナヲ」
昼食を終えた晶たちは煉獄家目指して出発した。
「煉獄さんのご実家にはヒノカミ神楽にまつわる本があるんでしょうか」
「わからん。そもそもヒノカミ神楽とはなんなのだ?」
「俺も気になってたんだ。神楽ってくらいだからお祭りに関係があるんだろうけど」
「はい。俺の家に古くから伝わるもので、年が越す日の夜に篝火をたいて、ヒノカミ様に感謝の意を込めて一晩中神楽を舞い続けるというものなんです」
「一晩中……!?」
「よもやそのような風習があるとはな!」
晶と杏寿朗は驚きを隠せなかった。
「そして、全集中の呼吸とヒノカミ神楽の呼吸はすごく似てるんです」
「偶然、と片付けるには早計か」
「炎に関するなら煉獄さんの家に頼るのが一番の近道か」
「そういえば、煉獄さんのご家族も鬼殺隊なんですか?」
「ん?ああ……」
炭治郎の質問に杏寿朗は若干歯切れが悪そうに答えた。
「あ、すみません!」
「いい。気にするな。それよりお前たち……」
杏寿朗は真顔になった。
「父上を見ても幻滅はしないでくれ」
「煉獄さん……?」
「……分かりました」
晶は何かを感じ取った。
「ありがとう。さあ、我が家に着いたぞ」
杏寿朗が指さす方向に大きな屋敷があった。
「杏寿朗、ただいま帰りました!」
杏寿朗が声をかけると、杏寿朗を気弱にさせたような少年が出てきた。
「兄上、おかえりなさいませ」
「おう、千寿朗。帰ったぞ」
「蝶屋敷で療養されていたと聞いて心配してました。あれ?兄上、そちらの方々は……」
「うむ。鬼殺隊員の竈門炭治郎と客将の深町晶だ。二人とも腕の立つ剣士だ。いや、深町の場合は戦士だな」
「は、はじめまして、竈門炭治郎です」
「深町晶だ、よろしく。弟さんいたんですね」
「うむ。そういえば深町は兄弟はいないのか?」
「ええ。俺は一人っ子です」
「そうなんですね。申し遅れました。煉獄家次男の千寿朗です」
千寿朗は微笑みながら挨拶をした。
「それで千寿朗、父上は?」
「奥にいらっしゃいます……」
「相変わらずか……」
「はい……」
「そうか。とにかく挨拶に向かわねばならんな。千寿朗、二人を客間に案内しろ」
「分かりました。こちらにどうぞ………」
千寿朗は炭治郎を見て顔色を変えた。
「千寿朗君?」
「は、花札の耳飾り……」
「え?」
「あ、兄上……この人は……!」
「まあ待て千寿朗。竈門隊員は書物に残る日の呼吸の使い手とは大いに異なる。それを証明する意味でも書物を紐解きに来たのだ」
「そ、そうなのですか……失礼しました」
千寿朗は炭治郎に詫びた。
「気にしないでくれ。炭焼きの家系のうちが鬼狩りやってたなんて聞いたことないんだし」
「世を忍ぶ仮の姿だったら面白いんだけどな」
「確かにな。そろそろ入ろう。父上は奥だったな」
杏寿朗の表情は真剣なものに変わった。
(煉瓦さん……)
晶は杏寿朗の表情が気になりつつも、屋敷に入った。
「父上、ただいま帰りました」
奥の部屋に通された杏寿朗は寝転がっている煉獄槇寿朗に挨拶をした。
(この人が煉獄さんのお父さん……)
(昼間から飲んでいるみたいだな……)
晶は槇寿朗の手に握られている酒瓶に目をやった。
「……負傷したそうだな」
「はい……」
「だから言ったんだ。才能の無い奴は塵だとな」
「っ!」
「才能のある奴は極一部、後は有象無象。何の価値も無い塵芥だ」
「何を──」
(よせ炭治郎)
晶はいきり立とうとした炭治郎を押さえた。
「晶さん……!」
(煉獄さんたちの問題だ。俺たちが口をはさむことじゃないだろ)
(でも……!)
(ダメだ)
晶は離さなかった。
「それで、いったい何しに来た」
槇寿朗は振り向きもせずに問いかけた。
「はい。実はこちらにいる竈門炭治郎についてなのですが……」
「ぁあん?」
槇寿朗はゆっくりと杏寿朗らの方を見る。
「!?」
そして目の色を変えた。
「貴様!日の呼吸の使い手か!?」
槇寿朗は怒りとともに炭治郎に殴りかかった。
「!?」
だが槇寿朗の拳は届かず、逆に吹っ飛ばされた。
槇寿朗が吹っ飛ばされたのは、晶が低い体勢でのタックルを仕掛けたからだった。
「友達の危機だったとはいえ、すみません煉獄さん」
「いや、謝るのはこちらだ。済まない深町、竈門隊員」
「あわわわ………」
千寿朗はどうしていいかわからなかった。
「貴様……!」
「いきなり殴りかかってきたら誰だってこうすると思いますよ?」
「邪魔をするなっ!」
槇寿朗は再び炭治郎に殴りかかった。
「仕方ない!炭治郎、どけっ!」
「は、はい!」
晶は槇寿朗の腕を掴み、その勢いのまま投げ飛ばした。
槇寿朗は一回転し、庭に叩きつけられた。
「すみません、二度も」
「謝らなくていい。父上!これ以上客人に狼藉を働くならばこの杏寿朗にも考えがあります!」
杏寿朗の目は凄みを増した。
「分かっているのか!そいつの耳飾りは日の呼吸の使い手の証だ!書物にそう書いてあったのだからな!」
(日の呼吸……確か始まりの鬼殺隊士が使っていたという)
(ほ、本当にヒノカミ神楽が日の呼吸だっていうのか……!?)
「そして全ての呼吸は日の呼吸の猿真似から派生に過ぎん!炎も水も岩も風も雷も全てだ!」
(何だって……!?)
晶は槇寿朗からもたらされた真実に驚きを隠せなかった。
「こいつが腹の中で他の使い手を嘲笑っているのがなぜわからん!!」
「竈門炭治郎はそんな男じゃありません。さっきの言葉を取り消してください」
晶は槇寿朗に怒りの視線を向ける。
「言葉が過ぎますぞ、父上!」
杏寿朗はいきり立った。
「……チッ!勝手にしろっ!」
槇寿朗はドスドスと足音をたてて出ていった。
「……………………」
晶は槇寿朗の背中を複雑そうに見つめた。
「すみません、 皆さん……」
晶たちは千寿朗から謝罪を受けた。
「俺にも言わせてくれ。すまなかった」
杏寿朗も頭を下げた。
「いえ。差し出がましい真似をしたのは俺です。本当にすみませんでした……」
晶は杏寿朗と千寿朗に詫びた。
「どうぞ、お茶です」
「「いただきます」」
改めて客間に通された晶たちは茶を啜っていた。
「すまんな。父上もああではなかったのだが……」
「そうなんですか……?」
「昔は炎柱として誰からも尊敬される方だった。無論俺たちも誇りに思っていた。だが……」
杏寿朗の顔が暗くなった。
「ある日を境に柱を返上し、鬼殺隊も辞めてしまった。自身に才能がなかったからだと。それだけならまだよかったのだが……」
「父上が鬼殺隊を辞めて間もなく、今度は母上が亡くなりました」
「お母さんが……!」
「その時からです。父上がお酒に溺れるようになられたのは」
「よほど、愛し合っておられたんですね」
「うむ。俺から見ても愛し合っておられたよ。時々、尻に敷いておられたようだが」
杏寿朗は微笑んだ。
「煉獄さん……」
(どんな姿でも、父親がいてくれるのは幸せなことだな。俺はその父さんを……)
晶の表情が暗くなった。
「深町?」
「如何されました?」
「え?ああ、なんでもないです。すみません」
「そうか?まあ大事ないならいいが」
(やっぱり晶さんから悲しみの匂いがする。特に父親絡みのことだと。晶さん、いったい何があったというんだろう……?)
炭治郎は不安げに晶を見た。
「さて、そろそろ目的を果たさねばな。千寿朗、日の呼吸について書かれた書物は知らないか?」
「それなら心当たりがあります。持って来ますので少々お待ちください」
千寿朗は書庫へと向かった。
「そういえば、煉獄さん」
「何かな、竈門隊員」
「煉獄さんは炎の呼吸の使い手ですけど、どうやって修得したんですか?」
「炭治郎、それは……」
「構わん。書物を百回読み、型を千回繰り返したのだ。だから俺は正式な師はいない」
「す、凄いですね!」
「独学で覚えたんですね」
「大したことではない。毎日ひたすら打ち込めば誰にでも出来ることだ」
(努力するのも才能だって言うけど、煉獄さんは桁違いだな……)
杏寿朗の言葉を聞いた晶は本心からそう思った。
「お待たせしました」
千寿朗が書庫から古めかしい書物を持ってきた。
「これに日の呼吸の秘密が……」
「とにかく、開いてみよう」
炭治郎は逸る気持ちを抑え、書物を開いた。
『………………………………………』
炭治郎たちは呆気に取られた。
「これは……」
「破かれている……」
書物の頁は引きちぎられたようにぼろぼろだった。
「まさか、父上が……!」
「これでは何が書いてあったのか分かりませんね……」
「そんな………」
炭治郎は落胆した。
「まあまあ」
晶が炭治郎の肩に手をおいた。
「とりあえずは、何も分からなかった状態から前に進めたじゃないか。少なくとも、日の呼吸は本当に存在し、炭治郎の耳飾りは何かしらの意味を持つってことはさ」
晶は炭治郎に慰めるように言った。
「晶さん……」
「深町の言うとおりだ。後は御館様に直訴する他あるまい」
杏寿朗は腕を組んだ。
「なら炭治郎は手柄を立てるしかないってことですね?」
「そのとおり。そろそろ我らにも任務が押し寄せるはず。地道に功を挙げるしかないぞ」
「わ、分かりました!」
「ならば一旦、蝶屋敷に戻るとしよう」
「お帰りになるのですか?」
「ああ。それと千寿朗、父上に伝えてくれ。体を労るようにとな」
「分かりました、兄上」
「それと深町」
「はい?」
「少し君と話がしたい。済まないが竈門隊員、先に戻っていてくれ。案内は烏にさせよう」
「分かりました。お先に失礼します」
炭治郎は杏寿朗の言うとおりにした。
「さて、深町」
「はい」
煉獄家を出た杏寿朗と晶は人通りの少ない路地に入り、互いに真剣な目を向けた。
「大したことではない。先ほど君は父上が去って行くのを見て何やら思うことがあるように見えたのでな」
「……そうかも、しれません」
「……やはり幻滅したか?」
「いえ。父親がいるというのは、素敵なことだなと思って……」
「君は、父親がいないのか……?」
「いいえ…………」
晶は拳が握りしめた。
「煉獄さん」
「なんだ?」
「柱合会議の時、悲鳴嶋さんの言葉を覚えていますか?」
「確か……咎人の気を感じたと言っていたな」
「そのとおりです。俺は許されないことをしました」
「許されないこと………」
杏寿朗は晶の話を聞くために覚悟を決めた。
「いったい……君に何があった……?」
「はい……俺はかつて………」
晶はかつて起きた悲劇を杏寿朗に語った。
「まさかそんな…………」
「本当のことです。俺は獣化兵に調製されていたことにも気づかず、父さんを……!」
「そうだったのか……よもやそんなことが………」
杏寿朗は言葉が出てこなかった。
「だが深町………」
「……………………」
「君の御父上を死に追いやったのは君ではない。がいばぁでもない。君の宿敵のくろのすだ」
「ですが、俺は……」
「話を聞く限り、君は仲間を守るために戦ったんだろう?君は負けていれば、その仲間も救えなかったんじゃないか?」
「……ぁ………」
「気休めにもならないだろうが……」
杏寿朗一息入れた。
「鬼殺隊の中には、鬼に変えられた肉親を斬った者もいる。多を守るために……」
「守る………」
「君の心の傷は君だけにしか理解出来ないものだろう。だが深町……」
杏寿朗は晶と目を合わせた。
「君のおかげで守られた命は確実に存在する」
「っ!」
晶の体がビクッと反応した。
「その意味を忘れないことだ」
「……………………」
晶は両手で顔を覆った。
(……偉そうなことを言ったが、もし俺が父上や千寿朗を討つことになったらどうだろうか。いや、きっと悲しみに暮れることになるやもしれん。母上、その時私は………)
杏寿朗は亡き母にそっと問いかけた。
だが答えは返ってこなかった。
「すっかり遅くなってしまったな」
「そうですね………?」
二人が蝶屋敷に到着する頃には、辺りは暗くなっていた。
「ただいま戻りました」
「「「おかえりなさい」」」
なほきよすみが出迎えた。
「ただいま」
「胡蝶は怒っているか?」
「怒ってませんよ、煉獄さん」
なほきよすみの後ろからしのぶがやってきた。
「おかえりなさい。何か掴めましたか?」
「とりあえず、一歩進みました」
「まだまだ難航しそうだが、進んだことに変わりはない」
「それは良かったですね。とりあえず、お風呂に入って夕食と致しましょう。みんな待っていましたから」
「えっ?待ってたんですか?」
「姉さんたちが待つと言って。食事はみんなで食べた方が美味しいからと」
「それもそうだな!深町、とりあえず風呂に入るぞ!」
「は、はい!」
杏寿朗と晶は着替えを手に風呂へと向かった。
その後夕飯を蝶屋敷全員で囲った。
その際食卓にしのぶの好物の生姜の佃煮が並んでおり、しのぶの機嫌の良さはこれかと晶は思った。
次回、遊郭へと向かいます。
鬼滅の規格外品こそこそ話
夕食に出た生姜の佃煮はしのぶさんが強引に善逸を行列に並ばせて買った物だぞ!