翌日
晶は鱗滝と共に真っ二つに割れた大岩の前にやって来た。
「鱗滝さん、この岩は?」
「炭治郎が斬ったものだ」
「こ、この岩を!?」
晶は驚きを隠せなかった。
「文によると深町晶、お前は不思議な能力を持っているそうだな」
「…………はい」
晶の顔が暗くなる。
「……どうやら望んだ力ではないのだな」
「はい。強殖生物と一体化してから、俺の日常は大きく狂いました」
「そうか……」
鱗滝は晶から離れる。
「無理強いはせんが、見せてくれるか?」
「わかりました……」
晶は深呼吸をした。
「ガイバァァァァッ!」
晶はガイバーⅠに殖装した。
「むう……」
鱗滝は息をのんだ。
【これがガイバーです】
「……どうだカナエ?」
鱗滝は後ろにいたカナエに問いかけた。
するとカナエはとんでもないことを言った。
「そうですね……以前見たのと似ているけど所々違いますね──」
【今何と!?】
ガイバーⅠはカナエに詰め寄った。
【カナエさん!あなたはガイバーを見たことがあるんですか!?】
「ま、待って晶君!落ち着いて!」
カナエはガイバーⅠを押し留めた。
【す、すみません……】
「ふう。でも驚かせちゃったみたいね」
カナエは着物の埃を払う。
「ちょっと前になるんだけどね。私は任務で鬼、それも十二鬼月に遭遇したの」
【十二鬼月?】
「鬼舞辻無惨から血を色濃く与えられた十二人の鬼たちのことだ。上から上弦の壱から下弦の陸までおり、特に上弦の鬼の顔ぶれは数百年変わらないらしい」
「そして私が遭遇したのは上弦の弐だったの」
【どうやって見分けるんですか?】
「十二鬼月は眼に数字が浮かんでいる。右眼に弐とあればそれは上弦の弐となる」
【相当手強い相手みたいですね】
「……手強いなんてものじゃないわね」
カナエの顔が暗くなった。
「鬼殺隊士として最高位の柱にまで上り詰めたけど、てんで相手にならなかった。あいつの使う血鬼術で肺に大きな痛手を被った私は死を待つしかなかった……」
【血鬼術……?】
(ある程度熟練した鬼は異能を扱うようになる。それが血鬼術)
「そんな時だったわ。目の前に黒い甲冑のようなものを纏った人が現れたの。その人が手をかざすと、力の塊みたいなものが発射されて、上弦の弐は粉々に吹き飛んだわ」
【黒い甲冑…まさか!それに力の塊みたいなものって……!】
ガイバーⅠはカナエの話に出たものに覚えがありすぎた。
「その後のことは覚えていないけど、姿は覚えているわ。晶君をもっと力強そうにしたような……」
【………カナエさん】
「なに?」
【カナエさんが見たものとはこれのことでは?】
「え……?」
ガイバーⅠは両手を上下に構えた。
「ぬっ!?」
「そ、それは……!」
【はあっ!】
ガイバーⅠは大木めがけてプレッシャーカノンを放った。
プレッシャーカノンが直撃した大木の幹は粉々に破壊された。
「「………………………」」
鱗滝とカナエは呆然となった。
「すっご~い!がいばぁってすごいのね!」
正気を取り戻したカナエはガイバーⅠの身体を覗きこんだり触ったりしていた。
「晶、お前はカナエの話に出た者を知っているようだな?」
【はい。おそらくガイバーⅢでしょう】
「Ⅲって言うと、英語で三のことよね。がいばぁは三体いるの?」
【はい。今いるのは俺とガイバーⅢだけですが】
「弐にあたる者は?」
【………ガイバーⅡにあたる個体は俺との戦いの末、ガイバーに喰われました】
「喰われた、だと?」
【これを見てください】
ガイバーⅠは額の制御金属(コントロールメタル)を指さした。
【これはコントロールメタル。ガイバーの唯一の弱点です。万が一これが破壊された場合、強殖生物が暴れ出して、文字通り喰われて消滅します】
「そ、そんなこと教えても良いの!?」
【お二人が信用できると思ったからです。それに本部の人間とやらがどれだけ偉いのかは分かりませんが、会ったこともない人間をホイホイ信じるほどお人好しじゃないですし】
「ふむ……」
鱗滝は腕を組んだ。
【鱗滝さん?】
「晶君は知らないから無理もないけど、今の言葉を他の隊士の前で言わない方がいいわ。特に柱の全員は御館様に絶対的な忠誠を誓っているから」
【カナエさんもですか?】
「もちろん。そして鱗滝さんもね」
「いや、そうではない」
鱗滝は首を横に振る。
「晶の爪の垢を僅かでも炭治郎に飲ませてやろうかと思ってな……」
【ああ………】
ガイバーⅠは炭治郎のお人好しさを思い浮かべた。
【それにしても、ガイバーⅢといえば巻島さんだ。巻島さんもこの時代に来ているんだろうか。でもカナエさんの一件は現在の数年前のことみたいだし……】
「さて、そろそろ雑談は終わりだ。晶よ」
【っ!はい!】
「炭治郎が戻るまで、お前に修行を課す」
【修行……ですか?】
「儂が見たところ、がいばぁの能力が全面に出ているため目立たんが、お前自身は普通の人間だ」
【……おっしゃるとおりです。ですが俺は】
「何も鬼狩りの戦いを学べとは言っておらん。だが正しい呼吸を学んでもらう」
【正しい呼吸?】
「全集中の呼吸ほどではないにせよ、呼吸方を体得すればお前にとってさらなる向上になるはずだ」
【……………………】
ガイバーⅠは少し考え、顔を上げた。
【お願いします……!】
「晶君……」
「よろしい。お前に課すのは一つ。日に何度もこの山を駆けながら登り下りしてもらう。ただし、生身とその姿を交互にな」
【はいっ!】
「ならばさっさと始めろ」
鱗滝はカナエを連れて戻った。
【勢いで返事しちゃったけど、鬼との戦いや元の時代に帰った後のことを考えるとプラスになるはずだ。炭治郎が帰って来るまでの間、やりとげてやるぞ】
ガイバーⅠは走り出した。
「はあ…はあ…はあ……くそっ!」
晶は地面を叩いた。
(ガイバーの時は比較的楽だけど、生身の時がキツい……!)
山道には罠を類いはなかったが、空気が薄く、酷道とも言わんばかりだった。
四十度はあろうかという坂を駆け登り、下手に減速すれば転倒必至の下り坂を駆け抜け、大岩がいくつも点在する山道をまた登る。
夕方になれば日の当たらない場所から鬼が出現し、ガイバーⅠに殖装し蹴散らす。
その代償に晶の体は疲労困憊だった。
晶は道の真ん中で大の字に寝転がった。
「も、もう……呼吸……するのも……しんどい……………呼吸?」
(もしかして………)
晶はおそろしくゆっくり息を吸い込む。
(吐くときも………)
そしておそろしくゆっくり息を吐いた。
それを二、三回繰り返すと、体が楽になってきた。
「これか……?」
晶はゆっくりと立ち上がり、先ほどの呼吸をするように走り出した。
「なっとらん」
「…………………」
家に戻った晶はいきなりダメ出しをされた。
「お前のは単なるゆっくりとした深呼吸にすぎん。心の臓は平静に、腹に力を入れ、肺の中を空にする。それら全てをこなして初めて呼吸が使えるのだ」
「……この時代の人間はどうなっているんですか」
「儂に言わせれば、未来の人間は貧弱すぎる」
「まあまあ」
カナエは晶に水の入った湯飲みを出した。
「ありがとうございます。そういえば、炭治郎が使っていた水の呼吸って何ですか?」
「呼吸には炎・水・風・岩・雷の五つを基本に様々な流派に分かれる」
「炎ですか。火ではなくて」
「始まりの鬼殺隊士の使った日の呼吸というものが存在するためだ。同じ発音になるゆえに、火の呼吸と呼ぶことは禁じられている」
「そんな事情があるんですね」
「ちなみに私の花の呼吸は水から分派したものよ。そしてしのぶの呼吸は──」
「ね・え・さ・ん・?」
突如、しのぶが般若の形相で家に入って来た。
「あ、あら~……しのぶじゃな~い。元気にしてた~?」
「ええ……元気ですよ。書き置きも無しに出て行く姉を連れ戻すくらいには」
「し、しのぶ……女の子たるもの怒っちゃだめよ?ほら、にっこり笑顔──」
「誰のせいだと思ってるんですっ!!」
しのぶの怒りは爆発した。
「それより……どうして奥から鬼の気配がするんです?」
「待ってしのぶ!話せば分かるわ!」
「何をふざけたことを言ってるんです!鬼は見つけ次第殺さなくてはならないんです!」
「心配いらないわ!ここ数日間一緒にいたけど、ただの可愛い女の子よ、禰豆子ちゃんは!」
「鬼であることは変わりないでしょう!そんな化けも「いい加減にしてください」っ!晶さん!?」
しのぶはここで晶の存在に気づいた。
「さっきから聞いていれば、何も知らないのに言い過ぎですよ。挙げ句に化け物?どうしてそんなことが言えるんです」
「何も知らないのはあなたです!鬼とは人と相容れない存在なんです!あなたも普通の方なら……」
「……誰が普通だと言いました?」
「えっ………」
晶は立ち上がり、外に出る。
「化け物っていうのは……こういうものじゃないんですか?」
「ガイバァァァァァァッ!」
晶はガイバーⅠに殖装した。
「なっ!?」
しのぶは二の句が告げなかった。
【このとおり俺は人間じゃありません。しのぶさん流に言うなら、俺も鬼と同じく化け物です】
【あなたが過去に何があったのかは分かりません。ですが、禰豆子ちゃんが鬼になったことを喜んでいるとは到底思えません。まずはその目で判断していただけませんか?】
ガイバーⅠは両手を地につけた。
【どうかお願いします】
ガイバーⅠは頭を下げた。
「晶……君………」
カナエは目頭が熱くなる。
「…………………………」
鱗滝は黙って見守っていた。
「…………………………………」
しのぶはどうして良いかわからなくなった。
すると──
「ムー………」
奥から禰豆子が這い出してきた。
「禰豆子ちゃん、起きてきちゃった?」
カナエは禰豆子を優しく抱き締める。
「ムー」
禰豆子はカナエに甘えるような仕草をした。
「…………………………………」
もはやしのぶに怒りの感情はなかった。
「どういうことですか、姉さん!この愛くるしい仕草は!」
「でしょでしょ!ほんとに可愛いんだから!」
「「……………………………」」
しのぶの変わり身に晶と鱗滝は我関せずの立場を取った。
「ムー?」
禰豆子はカナエとしのぶを不思議そうに見上げる。
「……それで、どうなのだ?」
「はい………」
しのぶの表情は真剣なものになった。
「この子は私どもが知る鬼とは大いに異なるようです。しかし、この子が人を食べた時はどうなさるおつもりですか?」
「………………」
鱗滝は戸棚から手紙を出した。
「これは?」
「義勇からのだ」
「冨岡さんからの?」
しのぶは手紙を読んだ。
「……………………」
そして黙りこんだ。
「何が書いてあるんです?」
晶はしのぶに問いかける。
「要約すると、自分は隊士規定に背くことをしたこと、炭治郎君を鱗滝さんに紹介したことが書かれています」
「それだけではあるまい」
「しのぶ……もしかして」
「うん。もし禰豆子さんが人を喰らった時は潔く腹を切ると」
「なっ!?」
晶は仰天した。
「それは儂と炭治郎もだ」
「ど、どうして……!?」
「晶さん。いくら禰豆子さんが害をもたらさなくとも鬼であることに変わりありません。そして鬼を見逃すことは死罪もあり得るんです」
「儂は禰豆子が鬼であることを承知の上でここに寝泊まりをさせ、暗示まで施している。隊士規定に十分背いている」
「そんな!どうにかならないんですか!?」
「……まずは御館様や柱の前で禰豆子さんが本当に人を食べないのか検証する必要があります」
「柱会議で認められれば禰豆子ちゃんの処遇は穏便に済ませられるかもしれないわね」
「それはいつ?」
「全ては御館様が決められることです。柱全員を一堂に集めるなど、御館様にしか出来ないことです」
しのぶはきっぱりと言った。
「そういえば、晶君はどうなるの?」
「ある意味、禰豆子さん以上に難しいですね」
カナエとしのぶは額を寄せ合う。
「まあ、今は待つしかあるまい」
「そうですね。それより驚きました。姉さんを助けていただいたのが晶さんのお知り合いだったとは」
「まだ本人と決まったわけじゃありませんが……」
晶は若干歯切れが悪くなった。
「とにかく、この話はおしまいにしましょう。そろそろ休まなければ」
「晶君は明日も修行でしょ?」
「心は折れそうですが、残り三日、何とか頑張ります」
「頑張ってね。私はそろそろ──」
「姉さんは明日帰ります」
「ええ~……」
「ただでさえ患者が増えて大変なのに姉さんに抜けられると手が回らないんです!アオイとなほきよすみを過労死させるつもり!?」」
「うっ、それもそうね」
医師としての理性が勝ったカナエは蝶屋敷に戻ることを決めた。
「揺らいでも困るから、禰豆子さんとは離れて寝てもらうから」
「そんな~~!」
カナエは膝から崩れ落ちた。
次回、さらなる修行です。
鬼滅の規格外品こそこそ話
鱗滝さんが晶に対して物怖じしないのは鎹烏からの文で万全の体勢を整えてたからだ!カナエさんは覗き見してたぞ!