史実はラノベよりも奇なり ~歴史短編集~   作:ロッシーニ

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後編 ~さよなら、義経~

妻を取り戻して一安心したテムジンは、その後、しばらくトオリルの支配下の一氏族長として地味に過ごした。

 

それにも関わらず、テムジンには名声が集まり、次第にいつしか、トオリル幕下の遊牧民たちの間から

「トオリルから独立して自分たちのリーダーになってほしい」

との声があがるようになっていった。

 

メルキト族と対戦した時まで、テムジンは自分たちの氏族の再興を夢見て、あえて誰の指揮下にも入らず、単独で行動していた。その為、他部族との交流が少なく、テムジンのことを知る人間も少なかった。

ここにきて、モンゴル高原随一の勢力であるトオリルの指揮下に入ったことで、テムジンの指揮能力の高さが広く知られるようになったのだ。

 

それを見て焦ったのはジャムカであった。

ジャムカは、自分の戦の才能を信じている。天下に並ぶものはそういないだろう。もし、それがいるとすれば、テムジンのみ。その認識は、盟友の契りを結んだあの日から変わっていない。

 

あの頃、ジャムカとテムジンは

「二人で協力してモンゴル高原の覇権をとろう」

と誓いあった。

 

だが、ジャムカはそれが不可能であると悟りつつあった。

おそらくあのセリフは、自分たちがまだ弱く、強大な敵を力を合わせて打ち倒す必要があった、あの頃だから言えたのだ。敵を一つ一つ倒していき、自分たちが力をつければつけるほど、その頂点に立てるのはただ一人だけだという事実が見えてくる。

そして、己の力を信じるテムジンとジャムカは、互いに誰かの下につかえるつもりはない。

 

もし戦うなら、テムジンと自分の指揮能力は概ね互角だろう。ならば、あとは軍勢の数がモノをいう。

 

兵を増やすために自分に従う者を増やさなくてはならない。

そう思ったジャムカは自分の力を誇示するようになった。

 

対立するものがあれば、敵味方問わず力で押さえつけ、罪を犯した者がいれば残虐に処刑した。

しかし、それは逆効果で、ジャムカの行いを見た仲間たちは、次々にジャムカの下を去っていった。

 

その点でテムジンは人を支配することには、そこまで感心がない。戦のことは仲間に対して適切にアドバイスをするし、逆に戦以外のことについてはおおらかで物事を人に任せることも多かった。

ある世界ではいい加減、考え無しだと言われてしまうテムジンの性格だが、縛られることを嫌う遊牧民たちには適していた。

そして、皆がテムジンについていくことを望んだ。

 

 

ジャムカが、テムジン独立の噂を聞いたのは、その頃だった。

 

ある氏族長から

「テムジンがトオリルからの独立を目指しているらしい。親友のお前は、当然ついていくよな?」

と言われたのだ。

 

ジャムカが、テムジンについていく。

当然のように言われたことが、ジャムカのプライドを傷つけた。

 

テムジンと自分の才気は互角のはずだ。なのに、何故テムジンの周りばかりに人が集まるのか。

ジャムカにはわからなかった。

 

結果、テムジンもジャムカもトオリルから半独立するようなかたちになった。

ジャムカと袂を別たなくてはならなかったことは、テムジンの心に深い傷を与えた。

 

何か、前世にて、富士川で涙の再会を果たした兄と分かり合うことが出来なかった時のことが思い出された。

 

前世では、

「兄には戦のことがわからないのだ」

とその理不尽さを互いの専門分野のせいにしていた。

 

だが、ジャムカはテムジンが前世で遂に出会えなかった、戦のことを自分と同じ次元で語り合える人物であり、何があってもバラバラになるなどない心の友だと思っていた。

そんな彼とも最終的に決裂してしまうということは、もしかしたら、どこへ行こうが人とはそういうものなのかもしれない。

 

テムジンはいたく失望を覚えた。それと同時に、前世で何故、兄が自分を殺そうとしたかが、やっと分かった気がした。結局のところ、両雄は並び立たないのである。

 

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モンゴル高原の多くの部族は、トオリル・カン、ジャムカ、テムジン、それにタタール族の四つの陣営のどれかに属するようになった。

 

しばらくの間、この四つの勢力が均衡を保ち、武力衝突のない期間が続いたが、平和は些細なことから崩れた。

 

ジャムカの弟・タイチャルが、テムジンの部下ジュチ・ダルマラの飼っている馬を群れごと盗んだため、ジュチに射殺される事件がおこったのである。

 

馬は草原において最も重要な財産だ。しかもそれを群れごと盗んだというのだから、殺されても仕方がない。

むしろ、タイチャルが何故、有力者の部下相手にそんなことをしたのかの方が不可解だ。

 

ジャムカがけしかけたのではないか。

テムジンはそう予想した。

 

ジャムカはテムジンとの間に争いを求めている。何か、戦うきっかけを見つけるため、弟に命じて挑発させたのではないか。

尤も、タイチャルの行動は明らかにやりすぎで、殺されても誰も同情しなかった。このような結果になったのは予想外のはずだ。

おそらく、ジャムカが命じたのは「テムジン陣営を挑発しろ」だけでその内容はタイチャルに任せていたのだろう。

 

この争いをきっかけに十三翼の戦いが始まった。

兵数は互いに三万と互角。だが、大義名分はテムジン側にあり、兵たちの士気は高い。

それでも、テムジンは敗れた。

 

この敗戦は、テムジンにとって非常に受け入れがたいものだった。彼は、前世においては、常勝であり、最期となった衣川でも味方の裏切りで騙し討ちにあっただけだ。

この草原に転生してからは何度か敗戦も経験したが、それは相手が圧倒的な多数であった場合に限る。

自分が相手と同数の兵を持ち、単純な武勇と兵法の対決になった場合に、敗戦を喫するのは、初めてだった。

 

己の兵法に絶対の自身を持つテムジンにとって、この敗戦は受け入れがたいものだった。

それ故か、テムジンが後に、この戦いに関する情報を記録からほぼ抹消しているので、戦闘の詳細はわからない。確かなのは、テムジンが敗北した事と、ジャムカがこの勝利によって逆に人々の支持を失ってしまったことだ。

 

 

ジャムカは、十三翼の戦いで捕らえたテムジン陣営の氏族の長を70人ほど、生きたまま釜茹でにした。

ジャムカは、人を従わせる原動力は恐怖であると信じていた。

それは、間違いではない。特にこの草原ではそうだ。賢い彼はそのことをよく知っている。

 

だが、それを実際に行うにはジャムカの神経は繊細すぎた。

恐怖で人を縛るのに必要なのは、己の所業に疑問を感じながら心を殺して作業的に人を殺めていくことではない。

それに必要なのは、敵対した相手を心から憎み、蔑み、罵倒し、散々に弄んだ上で笑いながら始末することだった。

 

ジャムカがやったことはあまりにも中途半端であり、虐殺に対する反発は生まれど、その蛮勇に惹かれる者はいなかった。

その後、ジャムカについていた氏族長たちはその庇護下を離れ、テムジンなど他の部族長に遣えるようになる。

 

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この十三翼の戦いによってモンゴル高原の勢力図は変化した。1196年。他の勢力から頭一つ実力が飛び出ることになったテムジンのキヤト氏族とトオリルのケレイト族は互いに手を組むことになり、キヤト・ケレイト連合軍として、ウルジャ河の戦いでタタール族を破ると、残る敵はジャムカのみとなった。

 

1201年。テムジンのキヤト氏族、トオリルのケレイト族、ジャムカのジャダラン氏族。この三大勢力の中で孤立したジャムカはモンゴル高原にいる残りの勢力、タイチウト氏族、オイラート族 、ナイマン族など11の部族を糾合し、軍事連合を作り上げた。

 

両軍はコイテンの地で激突した。

それぞれ、トオリルはジャムカの本隊と戦い、テムジンは、タイチウト氏族を主力とする隊と戦うことになった。

 

ジャムカを倒せるのは自分だけだ。

そんな思いもあったが、テムジンが対戦するタイチウト氏族はその昔、父のイェスゲイが死んだ際、テムジンたちを見捨てて独立したタルグタイ・キリルトクに率いられる部族であり、コチラはコチラで因縁の相手だ。相手にとって不足はない。

 

戦いは激戦となった。テムジンは自慢の兵法を使い、あの手この手でタイチウト氏族軍の守備を崩そうとしたが、なかなか上手くいかない。相手も必死だった。

 

タルグタイたちには、テムジンを裏切った過去がある。テムジンは自分たちを恨んでいるはずだ。

この戦に負けたらどんな仕打ちが待っているだろうかわからない。

 

そんな思いが、彼らの抵抗をより強固なものにしていた。

テムジンは、前世での活躍よろしく、自らも突撃を繰り返したが、途中、相手の毒矢が首筋をかすめて出血する重症を負った。

 

やがて気を失い、テントにはこびこまれたテムジンを部下のジェルメが必死に看病し、一晩中毒を吸出し続けたことで、テムジンは一命を取り留めたが、これはテムジンの生涯の中でも一番の危機だと言ってよい出来事だった。

 

死すら覚悟する大ピンチに陥ったテムジンだったが、その勇気と気迫は無駄ではなかった。

 

テムジンの武勇を間近に見て、タイチウト氏族軍の中から、

「彼につかえたい」

と投降してくる者があったのだ。

 

一人はソルカン・シラ。

彼はタイチウト氏族の一員でありながら、逃亡生活中、テムジンの境遇に同情して彼を匿った経験のある男だ。

テムジンは彼を歓迎した。

 

もう一人は、ジルグアダイという若い族長だった。

童顔で少年のようでもあるが、タイチウト氏族の中では有名な猛将だという。

 

彼らが帰順する際、テムジンは

「お前たちの部下に昨日、山の上から矢を射って僕の首を傷つけた男はいるか?」

と二人に尋ねた。

 

強力な援軍となり得る彼らが自分に味方するというなら断る理由がないが、自分を危うく死の淵まで追いやった兵だけは殺しておかないと示しがつかないと思ったのだ。

正確に言えば、本気で殺そうと思っていた訳ではない。

 

テムジンを狙った弓兵はかなりの腕前を持っていた。だから、もし、二人の族長の部下の中に当該の兵がいても、優秀な部下を失いたくない彼らが部下を差し出すはずがないと思っていた。

犯人を探すフリをして、自分の命を狙った相手を許した訳ではないことを示せれば十分というのが、テムジンの考えだった。

 

しかし、犯人は呆気なく見つかった。

 

「それ、私ですね」

そう言ったのはジルグアダイだった。

 

「本当か!?」

テムジンは驚いた。

部下か誰かを庇って言っているのではないかと思ったからだ。

 

横にいたソルカン・シラは呆れ顔だった。

しらばっくれていれば適当なところで終わったものを、とでも言いたげだ。

 

「テムジン…いや、テムジン様。ジルグアダイは類い稀な弓の名手。嘘ではないと思います。」

 

それを聞いて、試しにジルグアタイに矢を射らせてみると、 彼は遠くの的をいとも簡単に射ぬいて見せてからこう言った。

 

「もし、私をご助命頂き、隊長の地位につけて下されば、この腕をテムジン様のお役に立てて見せましょう。」

 

面白い男だ。テムジンはそう思った。

黙っていれば安全なところをわざわざ名乗り出て自分の実力をアピールする。

テムジンはこのジルグアダイに矢を意味するジェベという新しい名前を与えて配下とした。

ジェベは後にジェルメやその弟・スブタイと共にチンギスの四狗に数えられる名将となるが、それはまた別の話である。

 

新たな配下を手に入れたテムジンはその勢いのままにタイチウト氏族の軍を打ち破り勝利した。

また、それと同時にトオリルのケレイト族もジャムカのジャダラン氏族を破った。

 

この結果はテムジンにとって衝撃だった。

もしも、彼らが扱っているのが心のない単なる駒であったならジャムカが負けることはなかったであろう。だが、ジャムカは既に人心を失っていた。それ故、彼は負けたのである。

 

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ジャムカは落ちのびた。

その後は、テムジンを倒すことだけが生き甲斐になったかの如く、草原内の様々な部族を唆し決起させて度々テムジンに挑戦したが、その度に敗れた。

 

その内、残る部下は5~6人となり、最早、軍団ではなく盗賊団のような集団の頭目という立場にまで身をやつしたが、最終的には残った部下にすら裏切られてテムジンの前に突きだされることになった。

 

テムジンは、まずジャムカを差し出した彼の部下を殺した。

「私利私欲で主人を差し出すなど卑劣極まりない」というのがテムジンの言い分だ。

 

テムジンは彼らの始末を終えてから、ジャムカと再会した。

 

「僕たちは互いに誰かの下につくことを良しとせず、何度も戦ったが、これで勝負はついた。僕の部下になってほしい。昔、誓いあったように一緒にモンゴル高原の…いや、世界の覇権を掴もう」

 

テムジンはそう言ったが、ジャムカはその申し出を断った。

 

「いや、君は僕を必要とはしないよ。」

「そんなことはない!」

「いや…と、いうか、僕が君に値しないと言うべきか…」

 

「どういうことだい?」

「僕は、戦場に立って駆け回り相手を打ち倒すことには、自信がある。それに関しては君にだって負けない。そう思っている…。」

「そうだとも! だから力を貸してくれ! 僕と君が手を組めばどんな敵だって…」

 

ジャムカはテムジンの言葉を

「これからは、戦って相手を倒せばいいだけじゃないんだよ、テムジン。」

と言い制止して諭した

 

「戦場でいかに強くても、僕は人の心をつかめなかった。だから負けたんだ。だけど、君はどうだい? 今、モンゴル高原の遊牧民が次々に君のもとに集まって来ている。 率いる兵や養う人間の数も増えた。その全ての人の心をつかんで長として尊敬され続ける自信があるかい?」

 

テムジンは言葉が出てこなかった。

そんなことを考えたこともなかったからだ。彼にとっては、戦場で相手を討ち果たすことだけが全てであった。テムジンには、前世と比べて政治的な柵の少ないこの世界が気持ちよく、自由を謳歌し戦いで活躍する自分に酔いしれているところもあった。

急に聞かれても、正直わからないところだ。

 

テムジンのそんな様子を見てとったのだろう。ジャムカは答えを待たずに続けた。

 

「皮肉じゃないんだ。君に必要になることだ、よく聞いてくれ。今までは、黙っていれば、みんなが勝手についてきてくれただろう? それが何故だかわかるかい?」

「…じ、実力?」

 

「うん、それはあるだろう。だが、さっきも言ったが武勇だけなら僕だって負けはしない。結局のところ、君が支持を得たのは、『ジャムカよりマシだったから』に過ぎない。そんな君は、僕という敵を失ったらどうなるだろうか」

 

「それは…」

 

「テムジン。君は、一緒に戦場を駆け回ってくれる友を隣に置きたいのだろう。でも、君がこれから草原の覇者として生き残るつもりなら、君の側に必要なのは、そういう人間じゃない。」

「じゃあ、どういう…」

「君に賛同し、手足となる者を側に置け。君が命じて、君が皆を動かすんだ」

 

「そんなこと、僕には…」

「できないかい? やるんだ。そうでなければ、君の率いる部族ごと誰かに食い殺されるだけだ。特に、僕を生かしておくなんて、もっての他だぞ。言っておくが、今の僕は強い。君に負けたことで、真理に気づいたからだ。殺すなら、今しかないぞ」

 

「でも…」

「僕を殺せ、テムジン。それが君の大ハーンとしての第一歩になるだろう」

 

 

テムジンは、結局数回に渡る説得に応じなかったジャムカを殺すことになった。

その処刑方法は袋詰めにしてそれを馬で上から踏みつけて殺すというもので、一見残虐にも思えるが、これが当時のモンゴルでは貴人に対する処刑法であった。

テムジンは、何度も戦ったジャムカを敵としてではなく、友として葬ったのであった。

 

 

この後、テムジンとその子孫たちはユーラシア大陸を尽く蹂躙する。そして、モンゴル帝国が陸地面積でいえば、世界史上の最大版図を築く大国になることは周知の事実であるが、それを語る前に、この物語は終わろうと思う。

ここから先、テムジンの中にある、源義経の転生者としての一面は徐々に薄らぎ、やがて消滅していくことになるからだ。

 

ジャムカ処刑の後、既に同盟関係にあったトオリルことオン・カンも打倒していたテムジンは名実ともにモンゴル高原の遊牧民のトップに立つ。

 

彼はジャムカの助言に従い、戦には強いがまとまりのなかったモンゴル民族に、規則を与え、軍の制度も整えた。そして、征服した土地にあった優れた文化や政治的な制度は次々に取り入れて国をより豊かで強大なものにしていった。

 

そこに、戦場では無双の実力を誇るも政治には無関心で英雄でありながら時代の敗者となった、あの源義経は存在しない。

彼はこの先、名実ともに、偉大なるモンゴルの大ハーン、チンギスとして世界史上に君臨していくことになるのである。

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