史実はラノベよりも奇なり ~歴史短編集~   作:ロッシーニ

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その3 ~鉄壁のコンスタンティノープル~

1453年4月。メフメトは約10万の兵でコンスタンティノープルを包囲した。

 

ビザンツ帝国が期待した西欧キリスト教国からの援軍はヴェネチアが艦隊の派遣を約束したのと、ジェノヴァが義勇軍を送ってきたのみで、その他からはない。

それらの国々は異教徒との争いよりも、近隣のキリスト教国同士の小競り合いに忙しい。

同じキリスト教でも宗派の違うビザンツに派兵を行う余裕と気概のある国はほとんどなかったのだ。

 

何とか工面し、集まった兵はおよそ7000人程である。オスマンの大軍に対抗するにはあまりに少ない。

 

だが、ビザンツの人々はそれでも希望を失ってはいなかった。

ハリル・パシャが使者としてコンスタンティノープルの宮殿に最後通牒を突きつけに来た時も、ビザンツ皇帝コンスタンティノス11世は「降伏せずに戦う」と言ってのけた。

1000年以上続いた帝国の誇りとその間、敵の攻撃を幾度となく跳ね返してきた要塞都市に対する自信がそうさせたのだ。

 

メフメトはコンスタンティノープルの西側にウルバン砲を含む大砲60門を配置した。つまり、メフメトは陸上からテオドシウス城壁を越えてコンスタンティノープル市街へ侵入する作戦をたてたのである。

 

ハリル・パシャがコンスタンティノス11世からの最後通牒に対する返書を持ち帰ってきてから程なくして、オスマン軍はウルバン砲による攻撃を開始した。

その威力は凄まじく、あの難攻不落のテオドシウス城壁の一部を破壊することさえあった。

だが、それでも城壁を突破するには至らない。

 

ここでウルバン砲の弱点が問題になったのである。

ウルバン砲は一度打つと次の弾を装填するまでに3時間程を要する。砲身が熱を帯びてしまい、すぐに次弾を打つと破損してしまう為、油をかけてゆっくりと冷却する必要があった。

 

ビザンツ帝国の工兵たちはその時間を利用し、土嚢を積み上げて瞬く間に城壁を修復してしまった。

いくら、ある程度は時間があると言っても、オスマンの大砲は一門ではないし、また、大砲だけが武器であるはずもない。いつあるのかわからない敵の攻撃に気を配り、恐怖と戦いながら修繕作業を行う訳だから、その手際は見事と言うしかない。

 

 

「これ以上の砲撃は無駄でしょう。」

 

攻撃を始めてから数日経ったある日の晩、食事を摂るメフメト2世の元を訪れたハリル・パシャがそう言った。

 

ハリルが来た時、メフメトは一人だった。

通常、オスマン皇帝は、戦場では、兵たちと共に食事を摂る。それがオスマン帝国がガーズィーという武装集団で皇帝がその頭目であった頃からの慣わしだ。

 

もし、本来、自己利益主義なオスマンの兵たちが損得を越えた忠誠を主君に誓うなら、こうした仲間意識から入るのが普通だった。

 

自分達は皇帝と同じ釜の飯を食べている。

イェニチェリなどはこれを誇りと思い、軍旗の代わりに鍋やスプーンを掲げながら行軍した。

だが、メフメトは頑なにそれを拒んだ。

 

彼らは自分に金を要求した。だから金で忠誠を買ったのだ。金銭以外は何も与えまい。

 

それがメフメトの軍団に対するケジメなのであった。

 

メフメトは孤独だった。そして動揺していた。スプーンを握る手が本人の意思とは関係なく震える。

 

この戦いはメフメト一世一代の大決戦だ。敗れればかつてハリルが忠告した通り、誰もメフメトの言うことを聞かなくなり、帝国の命運も尽きるだろう。

 

「陛下、ご決断を」

口ごもるメフメトにハリルが言った

 

「何を動じていらっしゃるのですか。陛下はこのくらいの事はわかっていたはず。ウルバンを召し抱えた際、『必ずしも大砲で城壁を破壊する必要はない。これは相手を恐怖させ戦意を打ち砕く為のものだ』と他ならぬ陛下が言ったのを私は覚えています。確かにビザンツ兵の勇敢さは想像以上でした。でも、前線の兵というのはどこでもそういうモノです。城壁の中まで同じかどうかはわからない。」

 

「しかし、先生…」

 

「陛下、あなたはもう少年ではない。男児たるもの、皇帝ならば尚更。一度やると決めたらやり抜くものです。陛下は何も怖れず、迷わず、我々宰相に、そして兵士たちに、命を下せば良いのです。」

 

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メフメトはテオドシウス城壁の防御力を少しでも削ぐため、三重壁の一番外、胸壁の手前にある壕を土で埋めることにした。

単純な作業のようにも思えるが、事はそう簡単ではない。城壁のすぐ前まで近寄って行う訳だからビザンツ軍からの激しい抵抗とそれによる多大な犠牲が予想される。

 

メフメトはこの作業に非正規軍団を投入することにした。

非正規軍団というのは、セルビアなどオスマン帝国の圧力に屈したキリスト教国から徴収した兵を中心とする軍団である。メフメトからすれば、丁度いい捨て駒だ。

 

とはいえ、力で従わされて、大きな枠で言えば同胞とも言えるビザンツとムリヤリ戦わされる彼らの士気は低い。

非正規軍団はイェニチェリに背後から銃で狙われながら渋々進軍していった。

 

そんなオスマン非正規軍団をきらびやかな甲冑を身に纏ったビザンツ兵たちが城壁の上から矢で狙った。

そして、弓の他、もう一つビザンツ側の武器になっていたのがギリシャ火薬だ。

 

ビザンツ国内にしかない秘伝の薬剤であり、オスマン軍は戦場で猛威をふるっている状態以外、それについて知る由もないが、普段はジェルのような形状をしている。

今でいう焼夷弾の一種であり、一旦火をつければ、水をかけても消えず、むしろ燃え広がる性質を持っていた。液状であるため、様々な使い方をされ、筒状の(ふいご)を使って火炎放射器のように使ったり、樽につめて火炎瓶のように使われたりした。

 

オスマン非正規軍団の兵たちはそれらを駆使した猛攻の前に次々倒れていった。

 

ビザンツの弓兵たちは皆、背筋を伸ばし堂々とした姿勢で矢を射ている。また、火器兵も勇猛果敢に身を乗り出して敵を焼き払おうとする。

どの兵も死の恐怖など微塵も感じていないようだ。

 

美しい。

 

前線近くまで出て来て戦いの様子を見ていたメフメトはそう思った。そんな敵兵に比べて自陣営の兵たちはどうか。督戦隊に促されイヤイヤ戦場にやってきて、恐怖と苦痛に歪んだ表情で泥にまみれながら死んでいく。なんと醜いことか。

 

メフメトは傍らにいたハリルに問うた。

「先生、なぜビザンツの兵たちは滅亡寸前の国の為にあそこまで誇り高く戦えるのでしょう?」

 

「あの中にビザンツの兵、というのは、ほぼいないでしょう。今のビザンツに常備兵を養う余裕はない。彼らのほとんどはこの戦いの為に雇われた傭兵です」

 

「それならば、尚更不思議です。同じ外国人同士なのに、なぜあそこまで士気に差が出るのでしょう。」

 

「コンスタンティノープルは世界における東西の分岐点。そこには富がある。そして、歴史がある。ビザンツ帝国の始まりをいつとすべきなのかは私にも分かりません。ギリシャに文明が築かれた頃なのか、共和制ローマができた頃なのか。それともローマ帝国が東西に分裂した頃なのか。確かなのは、いずれにしても1000年以上の歴史があることです。その間、人々はこの街で学び、働き、遊び、寝食を共にしてきた。そして、共に笑い、泣き、彼らの文化を築き上げてきたのです。」

 

「1000年…想像もつかないな」

 

そう言ってメフメトは聳え立つテオドシウス城壁を見た。

ムスリム世界は、そしてオスマン帝国は、ギリシャやローマの文明に比べると、まだ成立して日が浅く若い。

彼らの紡いできた時の長さは、歴オタであるメフメトでも容易に想像できない。

 

「でも、きっと、彼らには分かるのです。あの街の持つ歴史の長さと大切さが。そして、それを守るために戦うことの名誉も。」

 

何かを守るため、自らの正義の為に戦う集団は強い。

幼い頃、自分が持ちたいと思っていた軍団は、あの敵のような軍団だった。そんなことを思いながら、メフメトはハリルに言った。

 

「僕たちの国も、いずれあのようになれるだろうか。」

「それは陛下のお心と、この戦いの行方次第でありましょう。」

 

この日、オスマン帝国の攻撃は失敗に終わった。

 

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コンスタンティノープルは東南北が海に囲まれている。

前述したが、海流の関係でマルマラ海に面する南側と東側の岸には船を接舷できない。都市を攻撃するにしても、補給品などを届けるにしても、残る北側、金角湾に面した岸から行うしかないのであるが、この湾の入口には鎖を繋いで船の通行を防ぐ装置があった。

 

勿論、オスマン艦隊が到着する頃には既に湾の入口は閉じられている。その為、オスマン海軍の将・バルトグルは湾内への侵入を諦め、コンスタンティノープル西側から攻める陸上部隊のサポートに徹することにした。

金角湾の入口を150隻からなる艦隊を用いて海上封鎖し、都市への補給船も自分達と同じように湾に入れないようにしたのだ。

 

そんなコンスタンティノープル近海に4隻の敵艦が近づいているとの報せが届いたのは、陸上で非正規軍団による攻撃が失敗したのと、ほぼ同じ頃であった。

敵艦の内訳はジェノヴァの補給艦3隻とその護衛となるビザンツの戦艦1隻。

 

メフメトはバルトグルに即時発艦を命令。

「今日が新生オスマン海軍の初陣だ。威信にかけて必ず敵艦隊を撃滅しろ!」

と檄を飛ばした。

 

オスマン艦隊はこの戦いの為、大幅に増強されていた。

メフメトが自らの艦隊を『新生オスマン海軍』と呼んだのもそれ故だ。

 

オスマン帝国は既に何度か触れたように武装略奪集団ガーズィーを始祖とする。一種の山賊や馬賊にあたる集団であり、創成期において主力になったのはスィパーヒーという騎兵隊だ。

その為、オスマン帝国は陸軍国家として勃興し海軍の発達はやや遅れた。

 

陸ならキリスト教国家を圧倒するオスマン軍も海上ではそうもいかない。特に、海洋国家であるヴェネツィアやジェノヴァと比べると船の操舵技術に雲泥の差がある。

それ故、オスマンの軍人にとって提督は閑職であり、海軍にはロクな人材がいなかった。

 

だが、四方の内、三方を海に囲まれたコンスタンティノープルの攻略には海軍の増強が欠かせない。

そう考えたメフメトは騎兵隊から最も優れた将軍の一人であったバルトグルを引き抜いて、その任にあたらせた。

 

そして、バルトグルはメフメトの期待にここまでよく応えた。海戦の技術では敵わないと見たバルトグルはとにかく人と船の材料をかき集め、150隻からなる大船団を組織したのだった。

 

だが、実際の戦闘となると、オスマンの大艦隊はたった4隻の敵にまるで歯が立たなかった。

コンスタンティノープル近海に現れたジェノヴァ船は追いかけてくるオスマン船の間を自由自在に動き回り、金角湾の入口までたどり着いた。ジェノヴァ船が近づくと、ビザンツ軍は入口に取りつけられた鎖を一時的に取り外して、彼らを迎え入れる。

こうして、3隻のジェノヴァ船はまんまと金角湾に侵入し、物資の補給に成功した。

 

残る1隻、ビザンツの戦艦はジェノヴァの船よりは操舵技術が劣り、また、護衛艦なので闇雲に逃げる訳にもいかず、この大艦隊を相手にするのはさすがに苦労している様子だった。

だが、この船にはギリシャ火薬が配備されている。例の鞴の仕組みを利用した火炎放射器は火力でオスマンの火矢を圧倒し、海上に撒き散らされた火薬は水面でも燃え広がりオスマン船を炎で包んだ。ビザンツ船も苦労しつつ、オスマン海軍にそれ以上の痛手を与えて金角湾に逃げ込むことに成功した。

 

最後の一隻が湾に入った途端、沿岸にいたビザンツ軍から大きな歓声があがった。

4隻が150隻に勝ったのだ。それならば、7000の兵で10万人のオスマン軍にも勝つこともできる。

 

この海戦の勝利は瞬く間にコンスタンティノープル市内に広まり敵中に孤立したビザンツの市民たちに勇気と希望を与えた。この瞬間、メフメトの、ウルバン砲による『恐怖でビザンツ人を支配して降伏に追い込む』という計画は破綻したのである。

 

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「バカ野郎! お前の海軍にどれだけ金を使ったと思っている! この役立たずめ!」

 

メフメトはそう叫び、戦場から敗軍の将として戻ったバルトグルを激しく殴打した。

 

「皇帝陛下、どうかお許しを…」

 

メフメトはそんなバルトグルの命乞いにも腹が立っていた。つい先日、ビザンツ兵たちの勇敢な戦いぶりを見た後であっただけに、余計に感情が昂った。なぜ、自分たちの兵はあの美しい敵兵と比べてこんなにもみすぼらしいのか。

 

敗因はわかっている。ヴェネツィアやジェノヴァの船乗りたちは生まれたときから生活の必須技術として船の漕ぎ方や天候の読み方を学び、終生それを生業としながら生きる。

そこが、航海技術を戦争の為の手段としか捉えていないオスマン人たちとの決定的な違いだ。

 

ヴェネツィア、ジェノヴァ両国の人々にとってのそれは、祖先たちが長年紡いできた伝統であり、彼ら一人一人の一部である。もし、仮にそれを失うとすれば手足の内の一本をもがれるのと同じような痛みを伴う、そのようなものであった。

それは例えば、物心つくとすぐに騎乗を覚え、草原で獲物を追いかけながら暮らすモンゴルの遊牧民に欧州の農耕民が騎馬戦で敵わなかったのに似ている。

あるいは現代風に言えば、サッカーで、立ち上がってすぐにボールを蹴りはじめ、数人集まればパス回しをして遊び、ほとんどの人がどこかしらのチームのサポーターだというブラジルの人々に、多くが習い事としてそれを始める日本人が敵わないのと同じような原理だ。

 

ヴェネツィアやジェノヴァには、この時点でのオスマン帝国がいくら金を積み大船団を作り上げても覆せない航海の文化と誇りがあった。

では、まだそうした積み上げの少ない新興国家であるオスマン帝国にできることは何なのか。自分たちとは、自分が率いるこの集団とは何者なのか。

初めて敵対的に外国と向き合ったこの若い君主には、それに対する答えが見いだせない。ただ、拳を振るうことで鬱憤を晴らそうとすることしかできなかった。

 

一方的に殴られるバルトグルを周囲にいた宰相たちは哀れみの目で見た。

失敗すれば、自分たちもあのように殴られた挙げ句、首を切られるのだろう。

誰もがそう思い恐怖に駆られた。

 

 

そんな時、室内に乾いた音が響いた。

メフメトの頬にジンジンとした痛みが伝わる。殴られ続けて横たわるバルトグルの他、目の前にいたのはハリル・パシャだ。

 

ハリルがメフメトに平手を食らわせたのだ。

 

ハリル・パシャのこの行動には、叩かれたメフメト、周囲にいた宰相たち、助けられたバルトグルを含め、その場の一同呆気にとられた。いくらメフメトを幼少期から知る先代からの大宰相でも、皇帝に対してこのような行いが許されるはずはない。

 

「こ、皇帝陛下に対して何たる振る舞い! いくらハリル・パシャでも許されませんぞ!」

 

そう叫んで剣を抜くザガノス・パシャをメフメトは右手を差し出して制した。そして、ハリル・パシャのことをジッと見つめる。沈黙、というカタチで発言を許可されたハリルは言った

 

「もう良いでしょう。これ以上の暴力は陛下の品位を下げるのみです。」

「だが、敗戦の責任は問わなければならない!」

「バルトグルは元々騎兵隊長。その彼の才を買って海軍提督にしたのは陛下ご自身でしょう。バルトグルはここまでよくやりました。彼でなければこれ程の大船団は組織できなかった。一旦、戦場に出れば時の運もある。陛下、私はバルトグルの助命を嘆願します。」

 

「くそっ!」

 

メフメトは地面を叩いた。ハリルの言うことは全て正論だった。言うとおりにするしかない。

それは、メフメトに、ハリルの正論に言いくるめられ、従うしかなかった幼少期を思い出させた。

 

うなだれる皇帝にハリルは言った

「ビザンツの兵はよく統率がとれています。敵は7000の兵しかいないなら、それしかいないなりに、弱点を隠し、強みを生かすような戦略をたてているからです。陛下、我々もそのように戦うのです。そもそも兵数も装備も我々の方が多いのです。そうすれば、負けることはないでしょう。」

 

結局、バルトグルの助命以外は何も決まらぬまま、その場は散会となった。

その後、二人きりになったタイミングを見計らってメフメトはハリルに対して臣下のように頭を下げた。

 

「先生、ご助言ありがとうございます。」

「いえ、私こそ出過ぎたマネを致しました」

「そんなことはありません。あのまま激情に駆られてバルトグルを殺していたら、私は兵士たちの信頼を失っていたことでしょう…。本当によかった…」

 

「よかった?」

「ええ。先生が未だ大宰相としてご健在で、本当によかった」

 

メフメトは珍しく笑顔を見せてそう言った。

 

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艦隊での戦いに敗北した後から数日間、メフメトは軍議にも姿を見せず、一人物思いに耽っていた。

 

1000年以上の歴史を持つビザンツ帝国の持つ権威やヴェネツィア、ジェノヴァが人々の生活の結果として紡いできた海の文化に対抗しうる、オスマン帝国の武器とは、伝統とは何か。

 

メフメト2世は、それをせいぜい150年前に略奪集団から勃興したオスマン帝国の歴史の中から探し出さなくてはならない。新興国のそれは、敵国に比べると、あまりにも短い。

メフメトの思案は混迷を極めた。

 

 

そんなメフメトが、右手にスプーンだけを持ってイェニチェリたちの元を訪れたのは、ある日の晩の事だった。

イェニチェリたちは食事中である。オスマン帝国の皇帝は、通常、戦地にあっては、「同じ釜の飯を食う仲間」として兵たちと共に食事を摂る慣習があるが、メフメトは彼らの忠誠を金で買ったケジメとして、決して食事を共にすることはなかった。

それは前述の通りである。

 

一人の兵がメフメトの前に進み出て、

「食事がお口に合わなかったでしょうか?」

と尋ねた。

 

メフメトの食事の流儀はイェニチェリの兵たちも勿論よく知っている。

気難しい皇帝が、わざわざこんな時間にやってくるのだから、何か文句でもあるのだろう、と思ったのだ。

 

また無茶を言われるのか。

癇癪を起こして兵を殴ったり、首をはねたりしなければ良いが…。

 

兵たちが緊張した面もちでメフメトの言葉を待っていると、彼の口から意外な言葉が出た。

 

「僕も、皆と一緒に食事を摂らせてもらえないだろうか」

「え? も、勿論それは歓迎しますが…陛下、良いのですか?」

 

「ああ。これが、オスマンの伝統なのだろう? 僕を、みんなの仲間にしてくれ。」

 

プライドの高い皇帝はそう言って頭を下げた。

その瞬間、兵たちから歓声があがる。

 

「陛下! どうぞ、こちらへ!」

「我らの皇帝の為に、もっと、もっとメシを持ってこい!」

 

そんな声が響く。

その日、イェニチェリたちの陣内は大宴会となった。


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