史実はラノベよりも奇なり ~歴史短編集~   作:ロッシーニ

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その5 ~覇者の憂鬱~

さて、ここで再びサファヴィー朝の隣国にして当時の世界最強国家、オスマン帝国の動きについて触れたい。

 

チャルディラーンの戦いでサファヴィー朝を破った"冷酷王"セリム1世は1520年に没した。

次なる皇帝(スルタン)は"壮麗王"スレイマン大帝。オスマン帝国最盛期の到来である。

 

哲学や芸術を好み、恋する者(ムヒッビー)の名で詩作を行う詩人でもあったスレイマンの関心は東方イスラム世界よりも、異文化の地である西方に向けられており、即位の直後から盛んに地中海や東欧への遠征が行われた。

1521年にハンガリー王国からベオグラードを奪い取ると、翌1522年のロドス包囲戦では聖ヨハネ騎士団からロドス島を奪う。続いて1526年には、モハーチの戦いでハンガリー王ラヨシュ2世を討ち取りハンガリー中央部を平定し、ハプスブルク家のオーストリア大公国と国境を接した。

 

そして、その集大成が、1529年の第一次ウィーン包囲である。結局、ウィーンの攻略自体には失敗するものの、当時の欧州最強国オーストリアがオスマン帝国に手も足も出ず、首都に引きこもることしか出来なかったという、この戦いは1453年メフメト2世のコンスタンティノープル攻略と並んでキリスト教社会に大きな衝撃を与える出来事となった。

 

オスマン帝国とオーストリアの戦いはこの後も続くが、オーストリアが決定的な会戦を避けて小競り合いばかりになり、戦争が長期化すると、スレイマンも妥協を考えるようになる。

そして、1533年7月、コンスタンティノープル条約によってオーストリア-オスマン戦争は終結。

オーストリアの息の根を止めることは叶わなかったが、元々はハンガリーの帰属を巡って起きた争いである。

条約では、ハンガリーの宗主国をオスマン帝国とする旨が取り決められたので、オスマン側の全面的な勝利であったと表現できるだろう。

 

そうしてバルカン半島からハンガリーを確保した後、スレイマンは進攻の矛先を東方へと変える。

 

サファヴィー朝は力を失っていたが、オスマン帝国からすると未だ油断ならない相手であった。

イスマーイール1世の死後も、東アナトリアに発生したイスマーイールファンクラブは健在である。彼らにとってイスマーイールは死んだのではない。お隠れ(ガイバ)したのだ。

だから、彼らは時折、オスマン帝国に対する反乱を起こしては、オスマン帝国からサファヴィー朝への帰属の変更を求めていた。

 

 

タフマースブは、そうしたオスマン帝国内にいるサファヴィー教団の信奉者たちを思いっきり見殺しにした。

 

むしろ、

「ちょっと余計な事すんのやめてくんないかぁ!?」

と半分キレ気味で彼らを見ていた。

 

タフマースブはやっと政権を握り、改革の真っ最中である。

彼にとって、今、オスマン帝国との衝突は最も避けたい事態だった。

 

タフマースブは、中央集権を推し進める為に建国の功臣及びその子孫たちの封土を削り、王族に与えた。そして、信仰のカタチも変えた。

 

このサファヴィー朝内部の宗教改革については、重要なのでしばらく見ていきたい。

これまで、サファヴィー朝で信仰されてきたのは、この教団国家特有の、後にクズルバシュ的シーア主義と呼ばれるモノだった。要するに、イスマーイールが布教していた教えのカタチであると言えば、話が早い。

 

イスラム教の開祖・ムハンマドとシーア派においてその正統後継者とされる聖者アリー。それに加えてギリシャ正教の総本山・千年帝国ビザンツ、ゾロアスター教で栄えたササン朝、直近この地域を支配した白羊朝の各王家。

その全ての血統を引き継ぐ究極の聖者、サファヴィー教団の教主をお隠れ(ガイバ)した指導者(イマーム)の再来、即ち救世主(マフディー)として信奉する。

そして、そのカリスマの下、遊牧民由来の呪術的な儀式を用いて戦意を高め、死をも恐れぬ突撃で邪悪な異端、異教徒を討ち滅ぼし、敵対者の髑髏で美酒を味わう。

 

そうした建国以来の信仰に基づく風習をタフマースブは廃止し、シーア派内部では多数派にあたり、教義に一定の柔軟性がある十二イマーム派を国教に認定した。

 

これには意図がある。

まず、第一の目的はタフマースブ自身のカリスマ性のなさをカバーする事だ。

クズルバシュ的シーア主義の実現には強烈な神性を持つリーダーが必要だが、現在のサファヴィー朝にはそれを叶えるだけのカリスマがいない。

 

つまり、自分はリーダーになれないと、タフマースブ自身が考えていた。

彼は決して愚鈍な男ではない。本人が自信を持ち、カリスマを演じきることさえできれば、祖父・ハイダル以前の教主たちと肩を並べることは出来たはずだ。

だが、タフマースブはそれをしなかった。

 

性格的な自己評価の低さもあるが、とにかく先代がイスマーイール1世であったという事が判断材料として大きい。

 

サファヴィー朝は既に一度、神を見てしまった。

イスマーイール1世の時代を目の当たりにした信者たちは、最早、自らの信仰の対象が普通の教主では満足できなくなっていた。そして、それはタフマースブだけがクリアすれば良い問題ではなく、この先、王朝が続いていけば三代目、四代目の君主にも降りかかる問題だ。

 

カリスマ性のインフレ化に歯止めをかける。

まず、これが一つ目の目的だった。

 

もう一つ、理由を言えば、タフマースブはシーア派の力をサファヴィー朝内部に結集すること考えていた。

クズルバシュ的シーア主義の信者たちは熱狂的であり、その信仰心は建国時には国家の柱でもあった訳だが、より多くの人に受け入れられ、教えを国内外に広めていく為には、その教義はいくらか先鋭的にすぎた。

 

要するに、サファヴィー教団の信者たちは外から見れば、ライト層を決して受け入れずニワカと罵倒するキモいオタク集団の様に見られていた。

しかも、それがスンニ派からだけでなく、同宗派のシーア派からもそうだったのだから、厄介だ。

 

イスマーイールが生きていた時はそれでも良かった。

自分たちがいくら少数派でもクズルバシュたちは救世主の神性を信じて従った。

だが、彼がいなくなり、クズルバシュにも以前のような忠誠心がなくなっている以上、サファヴィー朝が生き残るには、政治、経済、宗教のあらゆる分野で多数派を形成して力をつける必要があった。

 

シーア派自体、イスラム教全体で言えば少数派だが、それ故に、中東の各地域には支配者から迫害され、隠れて暮らすシーア派が存在する。それらの人々をサファヴィー朝に招き入れることで、サファヴィー朝はシーア派の代表国家として地位を築くことができる。

 

タフマースブはそう考えた。

 

だが、それをするには、先鋭的なクズルバシュ的シーア主義では都合が悪い。

そこでタフマースブは国教を多くのシーア派教徒からの妥協を得やすい十二イマーム派とする旨を発表したのである。

 

更に言えば、比較的に穏健派である十二イマーム派の教えはスンニ派からの理解も一定程度得られるであろう、との考えもあった。

つまり、これはスンニ派の大国・オスマン帝国に対する配慮でもあった訳だ。

 

当然、タフマースブの方針には反発もあった。

それは、まるで好きな漫画が実写化されてみたら、思っていたモノと違った時のオタクを思わせる激しいモノであったが、武力で政権を奪取できる実力者は既に粛清済みだ。

 

「タフマースブ1世はクズルバシュ的シーア主義を原作レイプしている!」

という声もあがったが、タフマースブは

「メジャー化するってことはこういう事なんだよ! 文句があるならかかってこい!」

と意に介さなかった。

 

だが、改革はまだ始まったばかりだ。

タフマースブのサファヴィー朝に力がつくまではまだまだ時間がかかる。

今、オスマン帝国とぶつかる様な事は避けなくてはならない。

 

そういう意味で、東アナトリアの信者たちの行動はタフマースブにとって最大の懸念事項なのであった。

 

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「オラーマ・ソルターン・タッカルーについて、どう思う?」

 

オスマン帝国皇帝(スルタン)・スレイマン1世が大宰相パルガル・イブラヒム・パシャに尋ねたのは、1533年。オスマン帝国とオーストリアの和睦が成ろうとしている頃だった。

 

金髪、碧眼、色白。パルガル・イブラヒム・パシャがオスマン帝国においては珍しい身体的特徴を持っているのは、彼が国際都市で生まれた混血児だからだろう。

イブラヒムはオスマン帝国ではありがちな奴隷出身の宮廷官僚だ。名前にもついている通り、元はギリシャにあるジェノヴァの植民都市・パルガの出身であり、子ども時代に海賊に誘拐され、奴隷としてマニサ宮殿に売られた。

 

非常に不幸な境遇にも思えるが、一方で彼は幸運でもあった。

前近代の欧州では、生まれついた身分によって将来の道がある程度、固定されている。

もし、街を襲った海賊に誘拐されていなければ、漁師の家に生まれた彼は、父と同じように毎朝、漁に出かけ、獲った魚を市場で売り捌いて一生を過ごしたことだろう。

 

だが、イブラヒムが放り込まれたオスマン帝国の宮廷奴隷の世界は良くも悪くも実力社会だ。

才能に恵まれない者は文字通りの奴隷として一生誰かの使い走りをやって生きるしかないが、眉目秀麗で勉学の覚えも良かったイブラヒムは皇子スレイマンの小姓に任じられ、日々ほとんどの時間を一緒に過ごす中で皇子の信頼を得た。

 

あまりの親密さに

「あの2人は恋愛関係らしい」

という噂すらたった程だ。

 

スレイマンが即位しても、その信頼は変わらない。

スレイマンは軍事・外交関連の重要事項を次々にイブラヒムに任せ、彼も期待に結果で応えた。

そして、前任のピリー・メフメト・パシャが亡くなると年上の宰相たちを差し置いて、官僚の最高位・オスマン帝国大宰相にまで上り詰めていた。

 

「オラーマ・ソルターン…、あの、サファヴィー朝から逃げてきた地方領主ですか…。」

 

賢いイブラヒムにしては、珍しく思い出すのに時間がかかった。スレイマンは意外そうな表情を浮かべつつ、頷いた。

 

「ああ、そうだ。どう思う?」

 

スレイマンもおよそトルコ人とは思えない顔つきだ。

現代トルコ人のような顔の濃さは感じられず、やや薄め。髪は黒髪に金髪が少し混じる。

 

オスマン皇帝家は、外戚の強大化を防ぐ為に奴隷に子を生ませることが多く、現在に至るまでに様々な人種の血が混じりあっている。

そしてスレイマンの場合、例外的に母親がクリミア・ハン国の王女であったので、タタール人の特徴がやや強く現れていた。(タタール人自体、トルコ系と東欧、ロシア系との混血だと言われるが。)

 

スレイマンは、その黒い瞳でイブラヒムをまっすぐ見た。

この頃、スレイマンとイブラヒムの仲には亀裂が入りはじめている。親密な仲だけに、事情が複雑に絡み合い、その理由を説明するのは難しいが、一つだけ挙げるなら、後継者問題での対立が大きい。

 

イブラヒムは、スレイマンがマヒデブランという女奴隷との間に成した長男ムスタファを次期皇帝に推していた。

スレイマンも当初、そのつもりであったが、最近になって気が変わった。

スレイマンは帝国が強大化し権力が強まるほど、その座を脅かされることを恐れるようになっていた。

 

優秀なムスタファが自分の地位を狙ってくるのではないか。

ここのところ、スレイマンはそんな猜疑心を抱くようになっていた。

 

実際、スレイマンの父・セリム1世は自分の親から武力で政権を奪取している。

オスマン帝国において、それは確実に起こり得ることなのだ。

 

スレイマンは心の支えを求めたが、忠臣かつ親友のイブラヒムは、自身も実力で成り上がった男なだけに、スレイマンが優秀なムスタファを排除しようとすることが理解できない。

 

この頃、スレイマンを癒したのは、女奴隷のヒュッレムだった。「快活」を意味する名を持つこの女は如何なる時もスレイマンを明るく励まして、その寵愛を掴んだ。

そして、そのうちにスレイマンは彼女との間にできた3人の皇子の内の誰かが皇帝位を継ぐことを望むようになっていった。

 

そんな溝の出来てしまった2人だが、殊、話題が軍事となると、スレイマンが相談出来る相手は他にいなかった。

 

ヒュッレムは賢い女だ。

だが、さすがに国防を女奴隷に任せることはできない。

皇子ムスタファは信用ならず、他の皇子は出来が悪いし、若すぎる。

他の有力宰相で言えば、娘婿でもあるリュステム・パシャ・オプコヴィッチがいるが、彼は能力が内政だけに特化しており、残念ながら軍事においてのみだが信頼に足らない。

結局、スレイマンが背中を預けて戦えるのは股肱の臣・イブラヒム・パシャだけなのだ。

 

「あまり、信頼してはならない男だと感じますね」

 

イブラヒムはスレイマンから質問のあったオラーマ・ソルターンについて、淡々とそう評した。

 

「ほう…なぜそう思う?」

「そもそも、祖国を裏切ってきた男ですから。色々とコチラに都合の良い事を言ってきますが、要は我々をけしかけようとしているのです。人としては信頼しない方が良いでしょう」

 

 

オラーマ・ソルターンについては、1531年、チューハ・ソルターン・タッカルーの暗殺時にまで遡る。

 

当時、アゼルバイジャンの州総督だったオラーマ・ソルターン・タッカルーは、同じ部族にありながらチューハの暗殺を大変喜んだ。

 

暗殺犯はタッカルー族の敵対部族、シャームルー族のホセイン・ハーン。

 

チューハの殺害には成功したが、密謀が明るみに出た以上、シャー・タフマースブはシャームルー族を政権から排除する。

そして、後任の大将軍は引き続きタッカルー族から選ばれることだろう。

そうなれば、自分にも可能性はある。今こそ、権力掌握のチャンス。

 

そう考えたオラーマ・ソルターンは7000名ともいわれる多数の支持者と共に宮廷に直参し、その後任を願い出た。

 

「ねぇ、ねぇ、次の大将軍はオレにして下さいよぉー!」

「反乱分子は全部始末しますからぁ!」

 

そうしつこく迫った結果、オラーマは主君からウザがられた。

更には前述した政治的判断もあり、タッカルー族は粛清されて同ポストには、あろうことか、ホセイン・ハーンが就任することになる。

 

この決定に反発したオラーマは、7000人の支持者と共に、アゼルバイジャンに戻ると見せかけて、王都を占拠し、タフマースブの駿馬やお抱えの女奴隷、宝物庫に収めてあった金などを略奪するという暴挙に出た。

 

事件発生当時イスファハーンでの冬営に入っていたタフマースブは、オラーマ謀反の知らせに激怒し、直ちにタブリーズに急行したが、既に彼は逃亡していた。

 

その後、オラーマはオスマン帝国に亡命し、スレイマンに対して熱心にイラン遠征勧めた。

 

「今の(シャー)は、全然大したことないっす。スレイマン様が攻めれば、泣きべそかきながら逃亡することでしょう!」

 

オラーマは、オスマン帝国の力を借りてタフマースブを葬り去れば、元の地位を取り戻せると考えたのだろう。

 

「クズだな」

 

イブラヒム・パシャはオラーマを見て、そんな印象を受けた。

一度仕えた主君を裏切り、それだけならまだしも、他国へ逃げて祖国を売り渡す。

そして、何より気に食わないのは、自らの利益の為だけに皇帝を煽て、へり下る、あの態度だ。

 

皇帝には、主君の為を想う心が伴わない者の、耳ざわりだけが良い言葉に惑わされず、忠臣を信頼して、正しい道を歩んで欲しい。

 

イブラヒムがこの時期に抱いていた、そんなスレイマンへの想いもオラーマへの嫌悪感につながっていた。

 

「オラーマとは、そこまで信じられない男か?」

「ええ。そう思いますね」

「そうか…。だが、彼は使える」

皇帝(スルタン)、まさか…!」

「サファヴィー朝を攻める。」

 

不敵に微笑むスレイマンに、イブラヒムはほとんど反射的に叫んだ。

 

皇帝(スルタン)! それはいけません! まだオーストリアとの戦いも終わっていない! いくら我々が強いと言っても、敵を作りすぎては…!」

 

スレイマンは、イブラヒムの言葉を半ば無視して、静かに続けた。

 

(シャー)・タフマースブは不幸な男だ。本来、味方であるはずの部下から信頼されず、裏切られ、命を狙われる。そうして国を滅ぼせば、暗君の汚名を残し、永遠に罵られ続ける。彼の屈辱と悲しみがわかるのは、同じく人の上に立つ者だけだろうな」

皇帝(スルタン)…」

「君主は、常に孤独だ…。たった一人、一人でいいから全てを理解してくれる友が欲しい。私の願いは、それだけなんだ」

 

イブラヒムは、大きくため息をついた。

 

世の中には、人たらし、と呼ばれる人種が存在する。

この皇帝もよく周囲からその様に呼ばれていたが、イブラヒムの見るところ、スレイマンのそれは、少し趣が異なる。

 

人たらし、というのは多くの場合、自分がどの様に行動すれば人から良く思われるのか知っていて、それを計算しながら動ける人間の様を指す。

そして、それがあまりに巧みで、ヤられる側も魂胆に気づきながら、それでもその人を嫌いになれず、思い通りになってしまう。

 

そんな時に人は、

「この人たらしめ~」

という言葉を発するのだ。

しかし、スレイマンにそんな計算はない。

 

この皇帝には、自分が人を愛するのと同様に人から愛されたいと思っている節がある。

 

要するに、この人はただただ人が好きなのだ。

何を甘ったれた事を、とイブラヒムは時々この主君に説教をたれたくなる。

 

そういえば、とイブラヒムが思い出すのは前任のピリー・メフメト・パシャのことだ。

彼は時折、スレイマンに対して、そのような小言を言っていた。勿論、表だってではない。極限られた人間のみの場でのことである。具体的に言えば、スレイマンとピリー・メフメト・パシャ2人だけ。もしそれに誰かが加わるとすれば、スレイマンの母ハフサ・ハトゥン。それかイブラヒムである。

 

親世代の2人に加えて、なぜイブラヒムがその場に入ることを許されたのかと言えば、ピリー亡き後の大宰相にはイブラヒムがなると、ピリー自身が予見していたからだろう。

 

お人好しのスレイマンは、経験豊富な老臣たちよりも親友のイブラヒムを選ぶ。

彼を幼少児から知るピリーは主君の性格を見事に見抜いていた。だから、ピリーは自らの行動でもって、スレイマンの欠点をイブラヒムに伝え、次期大宰相として、しっかり皇帝を支えるように促していたのだ。

 

だが、彼には悪いが自分にその任は果たせそうにない。

イブラヒムはそう思った。

 

そして、もう一点、ピリー・メフメト・パシャは本当の意味でこの主君のことを理解していないのだと思った。

 

潜在的に人との関係を欲するスレイマンがピリーに求めていた役割は、冷酷でおよそ人の親とは思えないセリム1世に代わる父親役であった。

だから、彼からであれば説教をされても素直に聞いたし、むしろ皇帝である自分に対して壁を作らず老臣が忌憚のない意見をぶつけてくる事を喜んでいる節すらあった。

 

だが、イブラヒムとスレイマンの関係性は趣旨が違う。

 

スレイマンがイブラヒムに求めるのは、常に気の合う無二の親友役、もしくは従順な弟役だった。

前者の意味ではこれまでずっとそうであった訳だが、前述の後継者問題で初めて意見が別れ、関係性は崩壊した。

 

今、問題になるのは後者の方だ。

見解を違えているのを承知で、なお彼に従うか。

 

それを選択する上で、誰よりも長い時間を共に過ごしてきたイブラヒムの心はスレイマンに近すぎたのかもしれない。

イブラヒムは、主君が選択を誤り国が危機に陥ることよりも、親友と弟を同時に失い彼の心が傷つく事を怖れた。

 

皇帝(スルタン)、私はあなたにとってのオラーマにはならない」

「では…」

 

「はい。軍を率い、見事サファヴィー朝を攻め滅ぼしてご覧にいれましょう。」

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