◯オリガ
故郷の村を馬賊に蹂躙され、以降、孤独に生きる女狩人。ある日、キエフ大公・イーゴリと出会い、求婚される事に。
◯イーゴリ
粗暴だが純粋な心を持つキエフ大公。国の実権を摂政のオレグに握られた現状にイラだつ。
◯バレリ
イーゴリに忠実に仕える小姓頭。小柄で童顔。
◯オレグ
幼くして大公位を継いだイーゴリに代わって政務をこなす摂政。イーゴリの素行不良には手を焼いている。
◯マル
ドレヴリャーネ族の長。イーゴリとは犬猿の仲。背の低いチョビ髭。自他ともに認めるほどモテない。
◯ニコライ
マルの副官。恋愛ではオラオラを重視する。
その1 〜プスコフのオリガ〜
現在のロシア、プスコフ郊外の農村部にオリガという女がいた。身寄りはない。農民の娘であったが家族は馬賊に皆殺しにされていた。
時は10世紀である。現在のロシア、ウクライナ、ベラルーシにあたる欧州東北部には中小様々な勢力が入り乱れ、支配者が定まらない状況が続いていた。
それをスカンディナヴィア半島から渡ってきたリューリクという男がやっと治めたところである。
この時点でのリューリクの国の支配力はまだまだ弱い。領内には無頼の輩が跋扈しており、オリガの村にも度々馬賊が侵入していた。
オリガは艷やかな黒髪と白い肌を持つ美しい乙女である。表に出していてはたちまち馬賊の餌食になるであろう。
そう心配した両親は馬賊がやってくる度、オリガに対して家の奥に隠れている様に促した。
馬賊は、普通、大人しくしていれば村人の命までは取らない。馬賊とて、収奪相手として農民を必要としている。村を壊滅させて、村人たちが農作物を作らなくなっては困るのだ。
だから、オリガはその日もしばらく待っていれば、また平穏な日常が戻ってくるのだろう、とタカをくくって物置の中で身を屈めていた。
だが、待てど暮らせど、いつもの
「もう出てきていいよ」
という声がかからない。
物置の扉の隙間から夕日が射し込んで来た頃、意を決して家の外に出てみると、そこには無惨に殺された村人たちの死体が無数に転がっていた。
地面はおびただしい量の血で赤く染まっている。僅かに生き残った年寄りと子どもがいたが、皆、泣きじゃくり、何が起こったのか聞くに聞けない。
オリガは、死体の中から家族を探した。
一体一体、死体の顔を覗き込む度に
「私の家族ではありません様に」
と祈りながら進んだが、残念ながら父、母、兄。家族全員の遺体を確認するまでにそう時間はかからなかった。
オリガは3人の死体を荷台に乗せて家の裏手まで運んだ。
そして穴を掘った。
どうしてこうなってしまったのか。
村の誰かが反抗的な態度をとったからなのか、それとも馬賊の中に快楽殺人者でも混じっていたのか。
何にも納得できないままオリガは墓穴を掘り続けた。
いくら若いとはいえ、女が一人でするにはキツイ作業である。だが、オリガはそれを意に介さなかった。むしろ苦労する事が目的ですらあった。オリガは自らを罰しなければ気が済まなかったのである。
オリガは墓穴を掘る間、4日間食事をとらなかった。睡眠はその場で倒れ込む様にしてとり、目が覚めたら辺りがまだ暗かろうが構わず作業を始めた。
悲しみは感じなかった。ただ、恥じていた。誰かに守られる事を当たり前だと感じていた自らを恥じていたのだ。
オリガは家族全員を埋葬した後、やはりその場に倒れ込んだ。そして、その日の星空を見た時、初めて涙が頬を伝うのを感じた。
オリガは誓った。これからは、自分の事は自分で守る。誰にも頼らずに生きていこう。
それから数週間して、プスコフ市街に住む叔父夫婦が村での出来事を聞きつけてやってきた。
「面倒を見るから、一緒に住もう」
という申し出であったが、オリガはそれを頑なに辞した。
初めは慰めたり、諭していた叔父夫婦も、オリガがあまりに強硬な態度をとるので最終的には
「お前の様な世間知らずが一人で何をできる!」
と怒って帰って行った。
その通りであった。
家に残された穀物で食いつなぎながら麦や野菜を育ててみたが、上手くいかない。
思えば、家の手伝いなど何一つやったことがなかった。
僅かに実った野菜と雑草、木の実などを食べたが、徐々に体力が落ちてくるのを感じた。身体から一切の贅肉が消えて、肋が浮き出てくるのが自分でもわかった。
オリガはある日、馬賊が残していった弓と棍棒を手にとった。これで狩りをしてみよう、と思ったのだ。
家族や村の仲間を殺したかもしれない道具である。それまで何となく、触るのを躊躇っていた。
狩りもしたことがない。どうせやっても上手くいかないに決まっている。だが、生きるためにできる事はやっておこうと思った。死ぬのが怖い訳でも、生きたい理由がある訳でもなかった。
それでも、自然に野垂れ死ぬまでは、生きるためにもがく事が自らの責任であるように感じていた。
結果、これは彼女に向いていた。やっていく内にドンドン腕が上がっていき、やがて自分が食べる分よりも獲物が多く猟れる様になったので、干し肉にして街で売る事にした。
若く美しい女狩人が獲った肉。街に行くと、その珍しさですぐに人が集まってきた。
オリガにはそうした客が期待する様な愛嬌を振りまく事はできない。淡々と金や穀物、布を受け取って肉を売る。客はつまらなそうに帰っていく。
だが、肉の質はいいのだ。
一度オリガの獲った鳥や獣の肉を食べた客はその味が忘れられず、必ずまた買いに来た。
しばらくして、オリガは村外れの湿地帯で釣りも始めた。これもよく釣れたので干し魚にして売った。こうしてオリガは徐々に自分で生計を立てられる様になっていった。
村にはオリガの他に身寄りのなくなった幼い兄妹と、年寄の夫婦が一組ずつ残っていた。幼い兄妹はオリガもまた飢えていた頃、先に死んだ。
死因は不明だが、ある朝、様子を見に行ったら死んでいた。栄養失調からの病死だろう。
可愛そうな兄妹の為にオリガは墓を造った。
老夫婦は元々老爺の方が病を抱えていた。
「私がしっかりして爺さんの看病をしなければ」
と老婆は元気な様子だったが、しばらくして老爺が死ぬと老婆の方の体調も一気に崩れた。
他にはもう誰もいないので、狩りでとれた獲物など持っていき、オリガも看病したが、程なくして亡くなった。オリガはまた墓穴を掘った。
そして、オリガは本当に一人になった。
彼女を知るのは街で市場に肉を買いに来る常連客くらいだ。
彼らには無愛想な肉屋の女で通っている。たまに世間話をしてくる客もいるが、オリガが笑いもしない、面白い返しをしてくる訳でもないと知ると、その後は誰も話しかけて来なくなる。
誰もオリガの事を知らない。
名前も居場所も知っているのは自分だけだ。
明日から市に顔を見せなくなったところで
「何だ、あの肉屋、店出さなくなったのか」
くらいの感想で誰も泣いたりはしないだろう。
もし、人間が何らかの社会集団の中で生きていく生き物なのだとしたら、誰にも認知されていない自分は今、生きていると言えるのか。
誰もいない、何もない世界の中で、自分だけが生き残ってしまった。そんな思いを胸に抱きながら、オリガは今日も生きている。
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さて、時は10世紀初頭である。
先ほど既に少し触れているが、この頃のルーシ地方…つまり、現在のロシア西部、ウクライナ、ベラルーシにまたがる地域の政治状況を整理しておきたい。
この地域に多く住むのは東スラブ人である。
彼らのルーツがどこにあるのかは、現代に至るまで誰にもわからない。
ギリシャの歴史書に記載のある遊牧民族スキタイ人の子孫ではないのかと言われているが、東スラブ人自体は農耕民族で確たる証拠はない。古代における彼らの活動にはやはり不明点が多く彼らが独自の国を建てたという記録もない。
この地域に建った国で最も古いのはトルコ系遊牧民族が建てたハザール・カン国であろうか。
これはカスピ海沿岸からコーカサス、そして黒海沿岸部に広く栄えた国家であり、後にルーシの中心部になるキエフもその支配域に含まれるが、殊、ルーシ全体を中心として歴史を見たときに、それは一部地域で起きた事に過ぎない。
やはり、真にルーシを中心にした国家という意味ではスカンディナヴィア半島から渡ってきたヴァリャーグのリューリクが建てた国が記録上、初めてであろう。
この国が後、キエフ大公国と呼ばれる国の原型となる。
もっとも、当時、この国の政治制度が、その呼び名に相応しいほど整ったモノであったかは疑わしい。
更に言えば、リューリクの建てた国の呼称、定義、継承権については現代においてもロシア、ウクライナ、ベラルーシの歴史学者の間で大紛糾している問題でもある。
ひとまず、本作ではこの国の初期の呼び名として近年定着しつつあるキエフ・ルーシという呼称を採用しつつ、都市名及び地域名と区別するため、キエフ・ルーシ公国(もしくは大公国)と呼ぶ。
便宜上、こう呼ぶだけで一般的にはキエフ大公国、あるいはキエフ・ルーシという呼称が主流であることをお断りしておきたい。
さて、ヴァリャーグとは、つまり、スラブ語で発音したところのヴァイキングである。
支配者が定まらず争いを続けていたルーシの中小勢力の内、ノヴゴロドを中心として活動する者たちがその武力を欲して彼らを招き入れたのだという。
こうしてノヴゴロド公となったリューリクは家臣を遣わして周辺都市の攻略を始めた。その家臣の内、アスコリドとヂルという兄弟が当時、ハザール・カン国の支配下にあったキエフを攻略する。
キエフは東欧一の巨大河川であるドニエプル川に面した街だ。川沿いでは魚が獲れ、豊かな水資源の下で発展した森林には食肉や毛皮の原料になる動物がたくさん住んでいた。
また、周辺の土地は非常に肥沃で様々な農作物が収穫できる。沼沢地の地表近くには鉄鉱石が豊富に埋蔵され、さらに草地が広がっていたので家畜や馬の飼育にも長けていた。
北欧のヴァリャーグ、トルコ系遊牧族のハザール、更にこの時代の先進国ビザンツの商人が行き来する交通の要衝でもあったから、商業が盛んな街でもあった。
この地の支配を任された兄弟は着々と力をつけ、リューリクの晩年には半ば独立勢力と化していた。リューリクは兄弟の討伐を胸に秘めながら病死する。
その後、跡を継ぐのは息子のイーゴリ1世のはずだったが、彼はまだ幼く政治ができる年齢ではなかった。そのため、親類の中からオレグという男が摂政として実権を握る事になる。
国家創始者の死と幼君の即位、そして摂政政治。如何にも揉めそうな雰囲気が満々なのだが、この時点でのキエフ・ルーシ大公国はある意味恵まれていた。
まだ制度が整わず、戦乱の気風を残し蛮勇を尊ぶ向きのあった当時のルーシでは、権謀術数を張り巡らせる面倒な闘争などしなくとも逆らう者は力で押しつぶせば良かった。
そして、オレグはその点にかけては非常に優秀な男だった。摂政になったオレグはまず、アスコリド・ヂル兄弟を打ち倒しキエフを奪う。そして、この地の利便性と資源の豊かさに目をつけたオレグはイーゴリ1世を伴いキエフに移った。
その後、周辺にいるドレヴリャーネ族やハザール・カン国の軍を蹴散らしながら、西暦907年にはビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを攻める。
この要塞都市が陥落に至る事はなかったが、それでもオレグはその軍事力を背景にキエフ・ビザンツ間の通商条約を結ぶ事に成功する。
他国の人には、首都まで攻め込んで通商条約だけなんかい、と思われるかもしれない。だが、地中海文明を代表するビザンツ帝国と正式な国交を結ぶ事は、それまで蛮族と見られてきたヴァリャーグのリューリク一族、また、後進地域と見られてきたルーシの人々にとっては大変な名誉なのであった。
キエフ・ルーシ大公国が、蛮族による支配のイメージを脱して、国際社会に認められようとしている。物語は、そんな時代から始まる。