○源義経
平治の乱で敗れた源義朝の九男。預けられた鞍馬山で天狗から武芸を習い、源平合戦ではその力で無双する。ただし、政治的センスは皆無。と、いうか政治に興味がない。
○鞍馬山僧正坊
義経に武芸を教えた天狗。天狗道を日本のポップカルチャーとして定着させる夢がある。
○源義朝
頼朝、範頼、義経らの父。彼が平清盛に敗れたことで京都の源氏は壊滅。平家が繁栄を謳歌することに。子だくさん。
○源頼朝
源義朝の三男。二人の兄が平治の乱で戦死したので、河内源氏の棟梁に。政治的には天才だが、それ故、義経とは気が合わない。
○梶原景時
義経軍の軍監。上司への報・連・相が得意なサラリーマン的武将。
○木曽(源)義仲
木曽源氏の棟梁。ワイルドな性格。同じ源氏だが、義朝の長男・義平に父を殺されており、義朝系とは因縁あり。
○藤原秀衝
奥州藤原氏の棟梁。義経を高く買う。
○藤原泰衝
秀衝の次男。次男だけど、母の身分の関係で嫡男という微妙な立場。
その1 ~天狗になりたい!~
平安時代後期。貴族たちが優雅に遊ぶ雅な時代は終わりを迎えた。
徐々に激化する力を持った貴族たちの争いは朝廷内での権謀術数に止まらず、ついには各地で武力衝突を頻発させるようになっていく。それは貴族の世のピークであると同時に、その終わりの始まりでもあった。
政治が乱れると、武力を持ったものが歴史の表舞台に駆け上がってくるのは古今東西変わらない。この日本においても武家の台頭が始まったのである。
そして、そこから大きく名をあげたのが、清和源氏と桓武平氏の二流派であり、その対立が絶頂に達したのが1160年1月に起きた平治の乱であった。
結果は、源氏側の歴史的大敗であったと言ってよい。当初は、清盛ら平氏の指導者層が熊野詣に出掛けた隙を見て電撃的にクーデターを起こした清和源氏の義朝が事を優位に進めていた。だが、一度は幽閉に成功した二条天皇と後白河上皇の身柄を平氏側に押えられると形成は逆転。京都・六波羅での合戦に敗れると義朝は地盤のある関東へ向けて落ちのびようとするが、途中で家臣の裏切りにあって死亡した。
さて、源義朝は平清盛よりも5つ程若い。享年は37歳である。清和源氏という日本を二分する武家の棟梁としてはまだ若い。
英雄色を好むの言葉通りと言っていいのか、この年で彼には9人の男児がいた。この平治の乱にもその内何人かが出陣しているが、当然、彼らは義朝よりも更に若い。長男の義平が20歳。この時、初陣だった三男の頼朝は13歳だ。そして、勿論まだ出陣などしていないが、源九郎牛若丸こと後の義経はまだ1歳に満たない赤ん坊であった。
敗戦後も戦闘意欲満々で都に潜み、度々清盛らの命を狙っていた義平は処刑され、次男の朝長は落武者狩りにあった際の傷が元で亡くなっていたが、三男・頼朝以下の子どもたちの命は、その幼さ故に助けられる事となった。
源頼朝は伊豆へ流罪。他の兄弟たちも散り散りになっていった。そして末っ子だった義経は11歳まで生母の常磐御前の下で育つも、その後は鞍馬寺に預けられ僧としての修行に励むこととなった。
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さて、義経(この時の名は遮那王)はつい先程記した様に、鞍馬寺で『僧としての修行に励むことになった』訳だが、それは周囲の者が勝手に決めたことであり、 当の本人はそんなものには全く興味がなかった。
修行を抜け出しては山中に繰り出して、木から木へ飛び移って遊んだり、鳥や獣を狩ったりすることを好んだ。
義経は自分の父親を知らない。
敵討ちが美談とされる時代背景の中で父親が時の絶対権力者・平清盛に敗れ殺された源義朝であると知ることがどれほど難儀なことかわかっているから、誰もそれを教えたがらなかったのだ。
それでも勝手にそんな武芸の真似事のような遊びを自分で考えて始めてしまうものだから、いつも寺からいなくなった義経を探しにくる僧侶たちは時折「やはり血は争えませんなぁ…」などと口を滑らせてしまうのである。
そんな日々を過ごしていたある日のことである。
いつものように、山中を彷徨いていると、木々の間にド派手な赤い着物を着た男の後ろ姿が見えた。法衣の形状から見て、修験者のようでもあるが、あんな奇妙な色の衣装はこの近くでは見ない。
たぶん、この山の者ではない。怪しいな、と感じた義経は近くに落ちていた太い木の枝を手にとった。
何者かわからないから、とりあえずコレでぶん殴って気絶させた上で縛り上げて話を聞こう。
そう思った義経は早速気配を殺しながら男に近づいていき、後ろから殴りかかったが、男はその瞬間に高く跳び跳ねて攻撃をかわした。
どこへいった?
義経が左右をキョロキョロしながら、視界から消えた男を探していると
「いきなり何するんだ、お前!」
と上の方から声がかかった。
義経が見上げると、男は高さ10mはあろうかという木の上にいた。どうやら、一瞬で地面からあそこまで飛び移ったらしい。明らかに人間技ではないが、普段からそのような遊びを行っていた義経からすると、恐れより先に尊敬の念がわいた。
「ごめんなさい、なんか怪しかったからとりあえず殴っておこうと思って。」
ペコッと頭を下げる義経。
男は木から飛び降りて義経の正面に立つと
「キミ、そういう乱暴なのホントにやめた方がいいよ」
と注意した。
だが、義経は男が忠告した内容よりも、男の容貌の方に気をとられた。
「うおぉ…」
思わずそんな声も出てきてしまう。
真っ赤な顔をしている。赤すぎて先程『ド派手な赤』と表現した法衣が朱色に見えてくるくらいに赤い。背中には羽のようなものがついている。更に、つり上がった眉と鋭い目。そして何より鼻が筒のように長い。
「あ、鼻長いっすね」
「お前さぁ。鼻、長いって言うと何か聞こえ方悪いじゃん。鼻、高いとか言えよ。てか、初対面の人の容姿イチイチ指摘すんな。行儀悪いぞ。」
「スミマセン。ところで、あなた何者ですか?」
「イヤ、普通こういう時ってさ。いきなり人に殴りかかった方から自己紹介するべきなんじゃね?」
なかなか礼儀にうるさい人らしい。
そう悟った義経は言うとおりにすることにした。
「僕、遮那王って言います。」
「寺の稚児か?」
「そうですね」
「寺の稚児が何でこんなトコ彷徨いてんだよ。修行とかないの?」
「修行、ありますけどつまらないです。」
「あ、抜け出してきたのね。まぁ、確かにあんなものが楽しいはずはないな。」
男は何やら物思いに耽っているようだ。
しばらく黙っているので、今度は義経から男に聞いた。
「あなた、スゴいですね」
「何が?」
「さっきの、地面から一っ飛びで木の上に飛び移るヤツですよ」
「あぁ…まぁ、天狗的にはあのくらい普通だけどね」
「ん? 天狗?」
「うん。見ての通りよ。オレ、天狗だからね」
「えぇ! あなた天狗なんですか!?」
義経は思わず大声を出した。
天狗を名乗った男は手のひらをヒラヒラさせ
「オイオイ、あんま大きい声だすな。天狗ってお前らより耳いいんだからさ。うるさいの何のって…」
と言って続けた
「天狗って…そんな驚くことか? てか、もしかして天狗って知らない? 最近の若い子、天狗知らない?」
「イヤ、天狗…知ってるには知ってますけど…。ホントにいるのは知らなかったです。」
「あぁ、そういう感じね。天狗も最近少ないからねぇ」
「まさか、妖怪と会えるなんて思わなかったです」
義経が言うと、天狗はまたもその言葉に敏感に反応した
「あんまりさぁ、天狗を妖怪として見ないで欲しいんだよね」
「では、何と…」
「まぁ。ちょっとした異民族程度に捉えてくれればいいのよ。そうだなぁ、蝦夷とか隼人とかいるじゃん。ああいう感じで。」
「そういうものですかね?」
「そうそう。数少ないからさ。俺だって会ったことある同胞って片手で数えられるくらいだし…。なーんか遠く感じちゃうのかもしれないけど、本来天狗ってそういうものじゃないからね。」
「そうなんですか?」
「うん。天狗ってさ、本来は…大衆的なモノだと思うんだよね。だから、大和民族の皆さんにはね、もうちょっと天狗を身近なモノとして捉えて欲しい。要は、ポップカルチャーなんだよね、天狗って。」
「はぁ…」
義経は天狗による難しい天狗論を語られて目を点にした。
「あ、オレとした事が…子ども相手に語りすぎてしまったぜ…」
天狗は少し恥ずかしくなったようで、頭をかきながら顔を紅潮させた(元から赤いので義経の目にはよくわからなかったが)。
「まぁ、いいや。お前、早いとこ寺に帰れよ。そろそろ今日は日が暮れる。」
「あの…明日も会えませんかね?」
天狗は首を捻った。
「会ってどうするんだよ? 明日も寺の修行あるだろうし。お前、またサボるの? 良くないと思うよ?」
義経は下を向き、シュンとしながは答える
「僕、お坊さんには向いてないと思うんです。じっとしてるのとか苦手で…。集中力がないんだと思います…。」
「そうかー。それは辛いなー。」
「でも、今日、あなたの技を見て思ったんです。僕、お寺の修行より天狗の修行がしたいです!」
少年の純粋な瞳を見て天狗は悩んだ。
おそらく、この子の親も何か考えがあってこの子をお寺に入れたに違いない。それを聞かないで天狗道に入れてよいものだろうか。だが、見たところこの子には才能がある。自分に襲いかかってきたときの身のこなしは、とても大和民族の子どもとは思えなかった。向いてない、好きでない事をずっと続けていくより、こちらの方が芽が出る可能性は高いのではないだろうか。
そしてなにより、天狗には天狗道を大衆的文化として日本に根付かせるという大願がある。それには、こういった若い子どもたちに技を教え、徐々に広めていくことが重要なのではないか。
それら全てを考慮した上で天狗は答えた。
「わかった。オレは一日おきにここに現れる。もう一日はお寺の修行もしっかりやるんだ。そうしたらオレはお前にみっちり稽古をつけてやる。」
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「こちらに亡き源義朝殿の末子、源九郎牛若丸殿がいらっしゃるとお聞きしました。是非お会いしたい」
鞍馬寺にやってきた西光という僧侶がそう話したのは、義経が寺に預けられてから3年の後。1174年初めのことだった。傍らに多田行綱という武将も一緒だった。
二人とも官位を持ったいわば貴人だ。現在の朝廷においては主流派ではないが、それでも無下に扱う訳にはいかない。二人は境内に通され、住職と話をすることになった。
「そのような者はおりませぬ。」
住職はそれ一本で通そうとしているが、西光はあきらめない。
「しかし、私は聞いたのです。これは信頼できる筋からの情報ですぞ。どうか、お会いしたい。」
住職はため息をついた
「先程から申す通り、そのような者はおりませぬ。また、もし仮にいたとしても仏門に入ったものは、皆、御仏の子であると思っております故、義朝殿の子だ、誰の子だということはないのです」
住職としては、もしいたとしても会わせる気はないと、拒絶を示したつもりだったのだが、二人は
「やはりここにいらっしゃるのですな!」
と色めき立った。
面倒なことになったので、住職は少し話題をずらしてみることにした。
「ところで、西光殿、行綱殿。お二人は、もしここに牛若丸様がいらっしゃるとして、彼に会ってどうするおつもりですかな? 」
「なぁに、源氏所縁の人々を集めて、時折宴など開いておりますので、牛若丸様も参加なされてはどうかと誘いに来たのですよ。皆、幼かった牛若丸様がどのように成長なされているか、気に掛けているのです」
と答えたのは多田行綱の方だ。
「ほぉ、少し妙な気が致しますな」
確かに、妙なのである。
この二人の内、まず西光についてであるが、この男は平治の乱で義朝らに討ち取られた信西の息子だ。要するに義朝とは敵対関係。生前、親しかったはずもない。
また、多田行綱も源氏の系譜にあたる人物ではあるが、平治の乱では義朝と敵対した。
ならば何故、今さらこの二人が義朝所縁の人々らと誼を結ぼうというのか。
住職には、何やら怪しい陰謀があるとしか思えないのである。
「まぁ、何度言われてもいないものは出せませぬ。とにかく、今日のところはお引き取り下さいませ。」
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「あの住職の言い草は…おそらく、アソコにいるな。源九郎。」
住職に寺から追い返された帰路、多田行綱はそう言った。
西光はため息をつく
「あの住職、とりつくシマもない。」
「なぁ、どうする?」
「どうするって…今は居場所が知れただけでも十分でしょう。陰謀とは、気心知れたもの同士、時間をかけて練るものです」
西光はニタリと笑う。
この二人は平治の乱の勝者ではあったが、その後の朝廷内では非主流派であった。
平治の乱というのは、よく源氏と平氏の戦いである、という風に説明をされるが、その激突の裏にはニ派に別れた貴族・皇族の争いがある。
その派閥とは一方が
『後白河上皇を中心とする院政派』
でありメンバーは後白河上皇、信西、藤原忠通など。
そしてもう一方が
『二条天皇を中心とする新政派』
でメンバーは二条天皇、藤原信頼、藤原惟方などである。
このニ派閥はライバルを牽制、もしくは掃討するためにそれぞれが武力を欲し、その際、院政派と組んだのが平氏で新政派と組んだのが源氏だった。
前述の通り、戦いの結果『院政派&平氏連合軍』が勝利する訳だが、一度戦いが終わると、勝利した派閥が分裂を始めてまた新しい争いが始まる、というのは歴史上よくある話である。
そして、例のごとく平治の乱からしばらく経つと、朝廷内では『院政派&平氏連合』だった集団が『院政派貴族』と『平氏』に別れて暗闘を始めた。
この争いに関しては平氏が優勢、いや、圧倒している。
軍事的なライバルだった源義朝を直接自らの手で打倒したこと、娘の建礼門院徳子が高倉天皇の后となったこと、日宋貿易の成功によって巨万の富を稼ぎだしたこと。
それら全てが上手く作用して、平清盛は1167年に律令官制の最高官である太政大臣にまで任じられていた。
清盛が絶対的権力を手にしたことにより、その一族が重要役職に登用され始め、また、非平氏は政権中枢から駆逐された。
まさに、平家に有らずんば人にあらず、という状態である。
さて、平治の乱では勝利したものの、西光、多田行綱の二人も非平氏。政治の中央から叩き出された立場だ。
戦いには勝ったのに甘い汁の一滴も吸うことができていない。当然、不満である。
本当なら今すぐにでも清盛を叩き潰して政権をひっくり返してやりたいところだが、そのようなこと、できるはずもない。
二人は、今はまず、力を蓄えることが必要だと踏んだ。来るべき決起の日の為に、反平氏のコミュニティを形成しておくこと。それが二人の狙いであり、義経はその旗頭になれないかと期待されたのである。
義経への勧誘は一先ず失敗したが、慌てることはない。旗頭になれそうな人間は他にもいるし、時間もある。無理に誘って、誰かに目をつけられる方が面倒だ。
そう思い、二人は都へ帰っていったのだ。
なお、この企みは3年程の後、鹿ヶ谷の陰謀事件として平清盛の知るところとなり、首謀者である西光らは島流しに処された。
計画としては、長い時間をかけ、旗頭として後白河上皇まで抱き込み、決起まであと一歩というところまで進んでいた。
それが何故頓挫したかと言えば、決起直前、清盛の長男・平重盛の軍勢と比叡山僧兵との衝突を目撃した多田行綱が平家軍のあまりにも苛烈な攻撃にビビってしまい、
「このままでは必ず負ける。何とか自分だけでも助かろう」
と清盛に計画を密告してしまった為である。
多田行綱とて、それなりの経験を積んだ武将である。その彼を絶望させる程、政治力でも武力でも平氏の勢いは圧倒的なのであった。
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さて、話を1174年、後の義経こと遮那王に戻す。
彼は鞍馬寺に二人の来訪者があったことを天狗から聞いた。鞍馬天狗曰く、天狗の耳はすごく良いから、耳を澄ませば鞍馬山の中で起こったことはだいたいわかるらしい。
「へぇ。何か怪しい人たちですね。あんまり関わりたくないなぁ。僧正坊さんは、どう思いますか?」
僧正坊というのは鞍馬天狗の個人名である。
義経は、初め彼を『鞍馬天狗さん』と呼んでいた。特に本人から文句もなかったので、しばらくそのままにしていたが、ある日「それって何かおかしくない?」と気がついた。
以前、本人が言っていたように『天狗』というのが民族名に相当する物なのだとしたら、『鞍馬天狗さん』という呼び名は現代風に例えれば東京に住んでいる人を『東京・大和民族さん』と言っているのと同じになる。
「名前…あるけど…。鞍馬天狗でいいよ、別に。天狗ってあんま個人名使わないから。面倒くさい。だって大和民族ほど数多くないからね? 鞍馬の天狗って言ったらオレだよ。すぐわかるじゃーん」
と本人は言っていたが、しつこく聞いて結局、鞍馬山僧正坊、というのが彼の名前だとわかった。
僧正坊は顎に手を当ててしばらく考えた後、言った
「うーん、だいぶ怪しいとは思うけどねー。でも最終的にはお前の気持ち次第なんじゃないの?」
「え? 僕のですか?」
「ん? そうだよ? だって、ほら。アイツら、お前のこと呼びに来たんだし。」
「ん? 僕を?」
「え?」
「え?」
そんな「え?」の応酬を数回続けた後、僧正坊は目に右手を当て天を仰いだ
「あちゃあ、もしかして知らなかった?」
「だから、何をですか?」
「あのー、だからさ。アイツらが探してる源義朝の九男ってお前のことなんだよ」
「え…あ、そうなんですか? 知らなかったです」
「うーん、ごめん。昨日、住職がそう話してるの聞いちゃってさぁ…。そういうつもりなかったんだけど…急に言っちゃってゴメンな…。こういうの聞くなら、心の準備とかいるよね。なんか、なんかもう知ってるだろみたいな気になってたわ…。先入観ってか。」
「いや、でもなんか良かったです。僕、昔から父のこと知らなくて。しっかり聞いてたら結構ショックだったかもしれないです。なんか不意打ちで聞いちゃったんで、いい感じに拍子抜けと言いますか…。」
「あ、本当…そりゃ良かった」
二人は顔を見合わせて笑っていたが、しばらくすると真剣な表情になった。
「…で、遮那王。実際のところどうなのよ? 平家打倒、父の敵討ち、やりたいのか?」
「正直、会ったこともない父なので、急に言われて復讐だの敵討ちだの言われてもピンと来ないですよ。でも、面白そうだと思いました。」
「面白い?」
「ええ。僕、この先のこと、悩んでたんですよ。僧正坊さんと一緒に天狗の修行をするようになって、僕やっぱりお寺の仕事よりコッチの方が好きだし向いてるなって思ってたんです。でも、今の生活じゃ天狗道を生かせる場所なんてないし…。でも、武士になって平家打倒を目指すなら、天狗道、生かせると思いませんか?」
「ふむ…それもそうだな」
僧正坊はしばらく黙った後、徐に義経の顔面に向かって拳を繰り出した。驚きながらも情景反射的にそれを受けとめた義経を見て
「うん。素晴らしい反応だ」
と微笑んだ。
「遮那王、お前、この山を降りろ。」
「え?」
「本気で平家打倒を目指すなら、俗世間のことも、もっと学ばないとダメだ。仲間が必要になるからな。だから、お前は山を降りて、俗世の人と一緒に暮らせ」
「でも、僕は僧正坊さんにもっと教えてもらいたいことが…」
「いや、今の拳を受け止められるなら、オレからお前に教えることはもうないよ」
「そんな…僧正坊さんは、僕なんかよりもっと強いじゃないですか!」
「教えることがないというか…これで十分だと言った方がいいだろう。お前には天狗道の中で基礎になる武術と兵法は既に教えた。これから先は霊術の修行になる訳だが…それは覚えない方がいい」
「なんで!」
「人智を越えた力を持つことになるからだ。かつてお前が天狗を妖怪の類いだと思っていた通り、人は理解出来ないモノや強すぎる力に恐れを抱く。お前が平家を倒すため、人として生きていくつもりなら、それは邪魔になる。それよりも、学ぶことがあるはずだ」
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義経が自分の父親のことを知ってから、数日が過ぎた。考え抜いた末、義経は山を降りることを決意した。
理由は、面白そうだから、の一言に尽きる。
寺の修行にしろ、天狗の修行にしろ、修行の為の修行を続けていくより、今まで覚えたことを何かに生かすことに興味が湧いたのだ。
ある日の真夜中、義経が出立の為に荷物をまとめていると、後方の襖が開く音がした。
「遮那王殿、随分大きな荷物をお持ちで。どこか、お出かけですかな?」
声のするところに立っていたのは住職だった
「あ、えっと。ソロキャンプに行こうかと…」
「こんな山の中に住んでいるのに、まだキャンプがしたいですか…?」
住職は一旦義経の嘘に乗るような様子を見せたが、ため息をついて話し出した。
「この前の客人のこと…遮那王殿のお父様のこと、誰かに聞いたのですかな?」
全てお見通しと言った様子だったので、義経も
「はい、まぁ…」
と頷くしかなかった。
「あの二人は、少し慎重さに欠けるかと思いますが、それでも彼らの計画に乗りますか?」
「いえ。私にはまだ平家と戦うだけの力がありません。でも、いつかは…そう思っています。だから、山から降りて、俗世間のことを学び、自分の軍を作りたいのです。」
「なるほど…。それならば、まぁ、好きにしたらよろしいでしょう。いつかそんな日が来ると思ってはおりました」
「ご住職様…」
「ですが、一体どこへ行くつもりですか? 行くあてはおありで?」
「それは…とりあえず一度、夜の五条大橋へ行くのだけは決めてありますが…」
それは僧正坊に言われたことだった。
「それより先は?」
「…それがまだ何も…」
義経は苦笑いした。
そう言えば、未来のことばかり考えて、今日明日の寝床や飯のことは何も決めていなかった。
「ずっと都にいるのはお勧めできません。平氏の天下ですからね。素性が割れたら死罪です。奥州(東北地方)に行かれるのが良いでしょう」
「奥州ですか…?」
義経は首を捻った。何か、縁があっただろうか。心当たりがない。
「もし、あなたが真実を知り、平氏を戦うことを望むなら、奥州藤原氏を頼るようにと。あなたをここに預けられた時、一条長成様(母・常磐御前の再婚相手)がおっしゃってらっしゃいました。」
「長成様が…!」
「奥州藤原氏の当主・藤原秀衡様のご舅にあたる藤原基成様という方と親類の縁があり、必ず力になってくださるであろう、とのことでした。長成様はあの時から、あなたの将来を見据えていたのですね。遮那王殿は、良いお養父上をお持ちになりました。」
義経は大きく頷いた
「はい。源義朝、一条長成、そしてご住職…。私は、素晴らしい父を三人も持ちました。私は幸せ者です!」
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さて、義経は山を下り、京都・五条大橋までやってきた。
今は、昼である。人通りも多く何か変わった様子もない。何故、僧正坊はわざわざこんなところへ来るように言ったのだろうか。義経にはわからなかった。
だが、通行人を一人捕まえて聞いてみたところ、面白いことがわかった。近頃、夜中にここを通ると、暴漢が出るらしい。
しかもその男、武芸に達者な者を探しており、そうした者を倒す度、証拠に相手の刀を盗って行って喜んでいるらしい。
何を考えているのかよくわからないが、なかなか厄介なヤツだ。義経はそう思ったが、それと同時にこれは自分の武芸を試すよい機会なのではないか、とも思った。
義経は僧正坊と共にずっと稽古をしてはきたが、習った武芸で試合をしたことはなかった。一体、俗世間において自分の武芸はどれ程のモノなのか。相手から襲ってきてくれるなら好都合。ここは一つ腕試しといこう。義経はそう思い、夜中にまたここに来ることにした。
この日は満月であった。月明かりが橋を照らす。
昼と違って、人通りはない。きっと、恐ろしい噂が人を遠ざけているのだろう。
義経は橋の欄干に腰をかけて暴漢を待っていた。
ニ刻(4時間)程待っただろうか。昼の通行人の怖がりようから、夜、この橋に近づいたらすぐに襲われるような事を想像していたが、どうやらそうではないらしい。
季節は現代でいう3月上旬だ。まだ夜は冷える。
今日は諦めてそろそろ帰ろうか。
そんな風に考え出した時、丁度その男は現れた。
身長190cmほどはあろうかという大男だ。白と黒の法衣を身にまとっている。
「おい、ボウズ。夜、この橋に来ると危ないって誰か教えてくれなかったのか?」
「危ないから来たんですよ。僕、武芸を試したくって。相手して下さい。」
「ふん、下らん。オレは武芸の達人を探している。倒しても何の強さの証明にもならん貴様と戦うことなどに興味はない。」
「まぁ、そう言わずに。」
「黙れ。オレは、ガキの来るところじゃないから早く帰れと言いに来ただけだ」
「ええー。ひどいなぁ」
義経は口を尖らせた。
義経はこの年、15歳だが、小柄で童顔なので、この大男からすると、余計に幼く見えていたのだろう。
それにしても、この大男。なかなか強そうだ。
これ程の使い手と手合わせできる機会はそうないだろう。逃したくない。
そう思った義経は橋の欄干に立ってから高く飛び、大男の頭を踏み台にしてから反対側の欄干に飛び移った。
「相手して下さいよ」
挑発であった。
「おのれ、小僧。ワシを怒らせたことを後悔するぞ」
男が背中に背負った薙刀を取り出し構えるので、義経も腰から木刀を取り出して構える。
「貴様、真剣は持っておらんのか?」
「あぁ。宿に置いてきました。殺すつもりは無いんで」
格下と見た相手にそのようなことを言われて逆上した大男は勢い良く義経に襲いかかってきた。
特別に拵えたものなのか、通常のものより二倍程大きい薙刀を素早く動かしながら義経の足下を執拗に狙ってくる。怪力のなせる技だろう。
しかし、義経はそれらを全てかわして見せた。
「貴様ぁ! チョコマカとしおってからに!」
大男の顔に次第に焦りの色が浮かんでくる。段々と攻撃が雑になり、大振りになったところで、義経は高く飛び、大男が持つ薙刀の切っ先の上に立ってみせた。
「バカな…!」
男が驚いている隙に義経は薙刀を踏み台にして更に高く飛び、落下の勢いを使って大男の頭に木刀で一撃を加えて見せた。
攻撃をモロに受けた男はその場に崩れ落ちる。
「あー、大丈夫ですかぁ? おじさん結構強いからあまり手加減出来なくて…。」
義経は心配して手を差しのべるが、大男はそれを振り払い、フラフラしながらも自力で立ち上がった。この男なりのプライドなのだろう。
「まだやるんですか?」
義経は強烈な一撃を食らっても、まだ立ち上がる男の体力に驚いて言ったが、男の方も限界だったようで
「いや、オレの負けだ。」
と言った。
「オレの名は、武蔵坊弁慶という。お前、ただのガキだとは思えない。一体、何者だ…?」
義経は迷った。
平氏一門が支配するこの京都で自分の素性を明かすのは危険だ。でも、大の男が、負けを認めて頭を垂れながら名を聞いてきているのだ。無視したり、嘘を教えるのは失礼だろう。
「源義朝が九男。源義経。」
義経が、寺を出る直前に元服し、改まった名を名乗ると、弁慶と名乗った大男は両膝を地面について義経に言った。
「そなたの武芸、恐れ入った! また、あの源義朝殿のご子息だとするならば、なおのこと申し分なし! 私を、あなたの家臣にして頂きたい!」
この出会いは、義経にとって非常に重要なものとなった。義経に最期の時まで使える家臣が出来たと共に、義経はこの弁慶の手引きで京都に商いでやってきていた金売金次という男と出会うことになる。
義経と弁慶は金次の道案内に頼り、奥州へ向かうことになったのである。