今年も拙作を宜しくお願いします。
詰め込みすぎて文字数がどえらい事になりましたが、最後まで読んで頂ければ幸いです。
今回でようやく原作前の話終了となります。
スターアンドストライプ。
ヒーローとヴィランの本場アメリカの現№1ヒーローであり、世界最強の女性ヒーローとしても知られる存在。
オールマイトを彷彿とさせる逞しい巨躯。アメリカ国旗を模したコスチューム。
個性の応用で並の増強系を超える身体能力を発揮することも相まって、アメリカではオールマイトの後継として名を馳せている。
『
ただ一つ言える事は、彼女ならばオールマイトを超えられると、少なくない人間が考える程に強いということだ。
「ちょっと意外だね。せっかく不意打ち出来たのに殺さなかったの?」
「そんな浅はかじゃないさ。底の見えない個性相手に博打なんてするもんか」
個性を感知する個性をもってしても、今回の襲撃は察知出来なかった。
正真正銘のチャンスだった筈がしかし、スターアンドストライプの選択は攻撃ではなく封印だった。
確実に殺せる機会だったと語る葬に、返ってきたのは皮肉気な笑みだった。
葬の言う通り、スターの個性ならば即死させることも出来たかもしれない。
単一の個性としては規格外なまでに強力かつ応用性の高さを誇り、それこそ初見で人を殺す術など山のように持ち合わせている。
だが――――
「個性を消せると分かってる相手に個性でトドメを刺そうなんて楽観的な真似しない」
「ま、そうだよねー」
忘れてはならないのが『抹消』の個性。
どれほど強力であろうと個性である以上、その影響を打ち消すのは容易な事だ。
仮に個性を用いて葬の即死を狙ったとして、それが上手くいく可能性は高いとは言えない。
ならば唯一無二のチャンスは、その絶対的かつ底の見えない脅威を削ぐ事に使うべきだ。
その甲斐あって、文字通り全ての個性の効力が封じられている。
今の葬は正真正銘、一人の人間としての力しか持たない無個性だ。
「アメリカのトップが出張って来るなんてありかよ……!」
「とにかく今はイッチの援護を――――」
完全に予想外の脅威を前に、離人と全裸ニキ――――
直後、横からの衝撃に二人揃って吹き飛んだ。
「ぐっ!!」
「何が!?」
受け身を取ってすぐに起き上がった二人が視線を向けた先にいたのは、全身を黒いスーツに身を包んだ五人。
各所をプロテクターで覆われ、頭部をゴツいヘルメットで隠した姿はヒーローのようにも見えるが、俗に言う
「ヒーロー……じゃなさそうだな。秘密を守るための裏の部隊って感じ」
「いかにもな見た目だ。まぁこんな施設があるのだから、こんな連中がいても不思議ではないが……」
チラリと、大輝は離人を見た。
防御力という点において比類ない性能を誇る筈の離人が吹き飛び、自身と同程度のダメージを負っている。
この事実だけで並大抵の相手ではないのは明らか。そもそも、スターと戦場を共にする時点でお察しというものだろう。
トップヒーロー級、またはそれに準ずる相手と見るべきだ。
「ああもう……なんであいつの配信はトップヒーローばっか出てくるんだ」
「対応の早さからして、予め備えていたのだろう。ここだけでなく、他の機密にも一定の警戒が敷かれているかもしれん」
十分に予想できた事だ。
葬が最後のレスを次回で実行するのは周知の事実。国家機密の暴露が挙げられた時点で、自国の後ろめたい秘密が暴かれる未来を想像した者は多いだろう。
ならば必然、全てとはいかないまでも優先度の高い場所の守りを固めるのは当然だ。
とは言え、安価で決めて来た場所に№1ヒーローとは運が良いのか悪いのか。
「二人ともー、こっちは気にしなくて良いから頑張ってー」
明らかに劣勢であるはずの葬だが、その声には微塵の揺らぎもなかった。
むしろ、スターという予想外の敵を前に高揚すらしているようだった。
「いや、こっちも楽じゃないんだから手助けしろバカ」
「こっちは任せろイッチ! アメリカ№1を超えてしまえ!」
「勝手に任されんなよ!?」
ともあれ、葬の個性が封じられては撤退もままならない。
逃げるための最低条件として、スターの個性の詳細を暴いて封印の解除。
それが無理ならスターを撃破して強制解除という無理ゲーが幕を開けた。
オールマイトの後継と謳われるだけあって、スターは色々な意味で彼を彷彿とさせる。
筋骨隆々のボディ、天を突かんばかりに立つ触角、アメリカンなコスチューム。
そしてなにより――――画風が違う。
別世界から輸入されたかと思う程に体の線が異なり、威圧感が物理的な効果を齎しているかのよう。
背後にゴゴゴゴッという文字を幻視するレベルだ。
実はオールマイトの娘と言われても納得してしまうだろう。それほどに類似点が多い。
とは言え勿論、彼との明確な違いは存在する。
彼女だけに限った話ではないが、アメリカではヒーローによるヴィランの殺傷を禁じてはいない。
明確にヒーローの権限として法律で定められているだけでなく、ヴィランを殺害するという事に対する認識そのものが日本とは違う。
ヴィランを殺したヒーローに対し、浴びせられるのは非難ではなく賞賛だ。
むしろ凶悪であればあるほど早急に処分することを求められるため、殺傷力のある個性が伸び伸びと行使される。
当然、そんな国のトップであるスターも数えきれないヴィランを亡き者にしてきた。
老若男女問わず、強力な個性を振り翳す犯罪者を屠ってきたのだ。
「しかし、噂の魔女がこんなお嬢ちゃんとは驚いた。たしか15だっけ? もっと幼く見える」
「それはアメリカ人と日本人の見え方の違いだよ。これでも発育良い方なんだからね」
そんなスターと葬の戦いは、当たり前だがスターの一方的な攻めに終始した。
個性を使えない葬と、常人を遥かに超える身体能力のスター。
オールマイトに及ばないと言っても、増強系として一級品のパワーとスピード。
普通の人間ならば影さえ捉えることなく一瞬で意識を刈り取られて終わりだろう。
そう――――普通の人ならば、だが。
「
「絶好調も絶好調だね。事件解決数もぐんぐん伸びて、最高記録更新するんじゃないかって噂になってるよ」
「そいつは良かった」
捕まえる気など欠片も感じられない。このまま殺してしまおうという意志が込められた拳と蹴りの嵐。
それを葬は捌き続ける、最小限の動きで体を安全地帯に運び、避けきれないものは受け流す。
スターから見れば緩慢とさえ感じる動きだが、何故だかそれが捉えきれないという矛盾。
スターの動きも大雑把な訳ではない。最高レベルの軍事訓練をこなして鍛えた体術は個性による強化にも最適化され、ヒーローとしての経験も合わさって一流の域だ。
スピード、パワー、そしてテクニック。全てが備わった猛攻。
しかしその悉くを、葬は技術のみでいなしている。
「おいおいあんた、個性なしでこれか? 大したもんだ」
「でしょー? 漫画の技とか再現したくてそこそこ鍛えたからね」
そんな生易しいものじゃないと、スターは零れそうな苦笑を抑え込む。
初めのうちは、身体能力の差もあって有効打を幾つも入れる事が出来た。
しかし数分も経った頃、既に体に掠ることさえなくなった。
ごく短い時間でスターの格闘術の詳細を把握され、対応されているのだ。
天才という言葉すら生温い、恐るべき適応力。
故にスターは、戦術を変える。
「床は、私の意のままに変形する」
地に手をついて宣言するスター。
ドクンと床が脈打ち、葬の足元が隆起して柱のように伸び、宙へと押し上げた。
「お~?! すごいすごい! セメントスみたい!」
そのまま天井に叩きつけられる寸前、その場を離脱。
結果、葬は空中に身を投げ出す事になる。
「空気は、私の10倍の大きさで固まる」
明らかに届かない筈の距離で、スターは両手を組んで大きく振り下ろした。
「がっ!?」
頭上からの凄まじい衝撃。
葬の体が床に叩きつけられ、肉が潰れる生々しい音が鳴った。
「まだまだ!」
間髪入れず、スターが何度も拳を振り下ろす。
その度に施設が揺れ、飛び散った血が床を壁を天井を汚す。
「可能であれば捕縛しろって言われてるけど、悪いがこのまま死んでもらうよ。あんたは危険すぎる」
元より殺すべきだと考えていたスターだが、実際に戦って確信は深まった。
ただ強い個性を振り回すだけの輩なら、幾らでもやり様はある。言ったように捕まえて利用する選択肢もあっただろう。
だがこの女は駄目だ。ただ強いだけではなく、その強さを何倍何十倍にも研ぎ澄ませる頭脳を持っている。
個性を封じた上で即制圧が出来なかった時点で、個性有りの脅威度は計り知れない。
これでまだ20年も生きていない子供だと言うのだから、成長すればそれこそ誰にも手が付けられなくなる。
彼女の気分で殺されないよう、人々が身を潜めて生きる――――そんな地獄のような世界になってしまう。
だから、オールマイトから葬の名がアメリカ政府に伝わったのは望外の好機だった。
秘匿していた転移系個性持ち達を総動員し、
このグリトニルは、アメリカのみならず複数の国の協力によって維持されている。
危険性の高い個性に悩まされるのはどの国も同じことで、似たような隔離施設は山ほど存在するのだ。
グリトニルがその最大級というだけ。国を動かす立場の人間からすれば今更な話だった。
故に世間に晒されても、国民の安全という大義名分がある以上、存続は容易い。
政治家の誰かが辞任という形で責任を取った事にして、別の誰かが裏で受け継げば終わりだ。
だからこそ、優先されたのは機密の保持ではなく脅威の排除。
これ以上世界を引っ掻き回される前に、刺し違えてもこの場で討つ。
スターの渾身の一撃が、葬の命を刈り取ろうと迫った。
「――――ぁあ……最っっっ高!!!!」
その間隙を突き、葬の体が地を這うように駆け抜けた。
空振りした攻撃に頓着せず、すぐさまスターが追撃する。
見えない筈の攻撃を、今度はしっかりと認識しているかの如くすり抜けて葬は肉薄した。
無防備なスターの胴に、葬の拳が突き刺さった。
「ぐっ……ぅ!!」
「あはは! やっぱり!」
動きが止まったスターの顎を蹴り上げ、咄嗟に伸ばされた手を掴んで足を払い、床に叩きつけた。
「法則を捻じ曲げるか上書き、或いは追加かな? どれにしろ、上限があるね。あたしの個性を封じている分、増強してる分、床を動かした分、言葉からして空気を固めて攻撃した分で四つ。けど、床に叩きつけた時に拘束せずに攻撃して肉体の増強効果が切れてるから、一度に個性を使える対象は二つが限界ってことだよね? 一つは個性の封印に使って、残り一つを切り替えてる訳だ」
嬉々として語られる内容は、スターの個性『新秩序』の概要。
暴かれたのが初めてという訳じゃない。スターと死闘を繰り広げたヴィランの何割かは、戦いの最中で答えを導き出した。
しかし例外なく、知った者達を排除して来たから詳細は守られていただけのこと。
「くっ……床は――――ガフッ!?」
抑えつけられた状態で反撃を試みるスターだったが、腹に蹴りが入って宣言が途切れた。
「触れている間に宣言をするのが発動条件。対象の名前と内容を語るから、短くても2秒くらいかかっちゃうよね。だから喋らせなければ拘束も可能っと」
増強効果が切れていても、単純な膂力はスターが上だ。
しかし振り解けない。下手に力めば自分で体を壊してしまう。そう言う形で押さえられている。
「配信邪魔してる個性持ちいるよねぇ。とりあえず解いてくれる? このままスターの首を――――」
スターの首に手をかけた、その時――――
灼熱の炎が、葬を呑み込んだ。
「ッ――――ァ――!!?」
声にならない音を漏らしながら、水槽のガラスに激突する。
肉の焼ける臭いが漂い、空気が僅かに粘着いた。
火の粉が宙を舞う中、その靴音は大きく響く。
「無事か、スター?」
「ああ、助かったよ――――エンデヴァー」
同じく炎に包まれたスターだったが、負傷した様子もなく立ち上がった。
アメリカ№1の隣に、日本№2が並び立つ。
「……あっはは……なんでいんの?」
むくりと起き上がった葬の姿は凄惨なものだった。
半身は爛れ、左の耳と目は焼け落ちていた。左腕も半ば炭化し、使い物にならない。
常人なら即死か、良くて痛みで意識を失っていることだろう。
そんな有様で、動く口は弧を描いていた。
その姿はもはや、人の形をした悪魔にしか見えなかった。
背筋に悪寒が走るのを感じながら、エンデヴァーが答えた。
「貴様は既に
後押しとなったのは、葬が必ず捕まえるチャンスの訪れるヴィランだったということ。
国際指名手配犯ともなれば、身を隠す術も一流だ。気の遠くなるような捜査の果てに足取りを掴めるか否か。
しかし葬は最後のレスを次回の行動指針にするため、起こす犯罪を予測して待ち受ける事が可能。
活動範囲が日本限定の時点で既に国際的な影響が表れ始めているヴィラン。それがいつ海の外に出てくるのか戦々恐々としている国は少なくない。
それがついに国家機密を暴くとなった時の衝撃は推して知るべし。
幸いだったのは、葬が行動を起こすまでに8ヶ月の期間が空いたこと。
結果として、ごく限定的な状況においてのみ適用される国際間の協定が秘密裏に結ばれることになった。
アメリカを始め、各国の重要施設に転移系個性持ちが即座に移動できるよう取り計らい、必要に応じてヒーローを派遣出来る移動網を構築したのだ。
無論、簡単に事が運んだ訳はない。加入した国もまだ10に届かず、参加国にしても本当に最重要の機密は隠したままだろう。
それでも構わないと形だけでも整えたのが、アメリカと日本だった。
言わずもがな、葬の危険性を何処よりも理解している日本。そして、オールマイトという最高のヒーローの強さを、その恩恵を日本に劣らず実感しているアメリカ。
形振り構っている余裕はない――――否、本当に余裕が奪われる前に対処しなければならない。
葬はそれだけの力を、脅威を世界に知らしめたのだ。
「直に他のヒーローも駆け付ける。今度こそ終わりだ、魔女――――いや、死柄木葬」
エンデヴァーだけが先駆けたのは単なる偶然。
施設への行き来を許可する転移個性の持ち主は厳選しなければならない上に、北極まで飛べる者となるとさらに絞られる。
一度に連れていけるのは数人が限界で、すぐさま連絡がついたのがエンデヴァーだったというだけの事。
もう少しすればオールマイト以下、日本やアメリカのトップヒーロー達が到着するだろう。
葬は個性を封じられ瀕死。離人と大輝はアメリカの部隊を相手に千日手の戦況。
離人の個性が効いていない事から分かるように、討伐メンバーの中には個性の影響を消すタイプの個性持ちもいる。
施設に爆発物が仕掛けられていたとしても、ここは氷の大地。ヒーロー達は転移で帰還出来るが葬達は埋まるか凍死の二択のみ。
間違いなく詰み、の筈だ。
「ははっ――――アハハ! アッハハハハハハハはハハハハハハハ!!!! アハハハハハハハハハハハハハヒヒヒヒははははハハハハハハハヒャッはッハっハッハッハッハッハッはっはっはッはっは!!!!!!」
返答は、笑い声だった。
喜ぶように、泣くように、楽しむように、怒るように、嘲るように。
体を揺らして哄笑を上げる様は、それを見たヒーローのみならず、離人と大輝の背筋すら震わせた。
「あぁ! あー! あーッ! 楽しい愉しいたのしいタノシイ!!!! 最ッッっ高に面白い! やっぱりヒーローはこうでなくっちゃ!! さぁさぁやろう戦おうもっともっと見せてよ!
立ち上がり、どこにそんな力が残っているのかと思う程の大声を発する葬。
間違いなく半死人である筈のヴィランを前に、スターとエンデヴァーは畏怖すら感じていた。
「……あんた、その若さで死ぬのが怖くないって口かい?」
「はぁ??」
思わず零した様子のスターの言葉を、葬は鼻で笑った。
「いつ死ぬのかなんてどうでもいいよ! よく言うでしょ? 人生楽しんだもん勝ちってさぁ。その通りだって思うよ! 面白くもなんともない100年ダラダラするくらいなら楽しい50年! もっと楽しく生きられるなら30年でも20年でも!!」
その目に宿るのは狂気――――ではなく、
多くの犯罪者と相対したヒーローだからこそ分かる。切っ掛けによって狂った訳でも、箍が外れた訳でもない。
腹が減ったら食べる事に、異を唱える者などいないように。
親の言う事に疑問を持たない幼子のように。
自分が明日も変わらず生きていると、信じて疑わない凡人のように。
楽しく生きてこその人生だと、死柄木葬は心の底から思っている。
「平和? 秩序? 未来? 知らない見えない下らない! 綺麗な場所で綺麗な言葉使っていれば生きてられる
気付けば誰もが圧倒されていた。
自分のために生きるという自己中心。他人を慮る事を捨てた幼稚な思考。
そんな、言葉にすればありふれたヴィランの言葉だ。それこそ量産品とも言える子供の主張。
ヒーローからすれば珍しくも何ともない、聞き慣れた戯言。
だと言うのに――――
「機械の部品みたいにお行儀よく整列して、言われるがままに動くなんて吐き気がする! 猿や犬猫の方が自由に生きてるよ! 自由には責任が伴う? 良くわかってるよ、だからあたしは何の法律にも守られないし守らない! 顔も名前も知らない他人が勝手に作ったルールに、たまたま人間に生まれただけで従わなきゃいけないなんて、まるで家畜みたいで気持ち悪いったらありゃしない!! あたしはあたしだもの!!! あたしには意志があるの!!!!」
その熱量だけが、桁違いだった。
自由に生きたい。ルールに縛られたくない。
生きていれば誰もが感じ、その実現性のなさに折り合いをつけていく感情。
それを、絶大な力を持って生まれ、押し通して生きていく事が出来たなら?
その答えが、死柄木葬という人間だ。
「あたしは最後の最後まで――――
――――その瞬間。
その魂の咆哮は、雷の如く駆け抜けた。
自由を、未来を、希望を捨て去り、世界の犠牲になることを強いられた者達に。
己の人生が、世界の害悪だと断じられた者たちに。
その心に――――ただ一つの
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッッッ!!!!!!!!!!』
それが叫びか、地響きかを聞き分けられた者はいない。
グリトニルが揺れた。施設が倒壊したかのような激しさで、絶え間なく脈動する。
同時に、耳をつんざく程の警鐘が響いた。
『緊急事態発生。隔離対象が脱走。各員はマニュアル66に従い速やかに対応してください。繰り返します――――』
鳴り響くメッセージにしかし、行動を起こすべき職員は一人残らず気絶している。
「っ――――総員撤退! 職員の保護を最優先に、合流地点に移動する!!」
苦虫を嚙み潰したような表情でスターが叫んだ。
冷徹な部分では、この場にいる全員を見捨ててでも葬を殺すべきだと考えている。
危険なんて言葉すら軽い、あれは世界を壊す巨悪そのものだ。何を犠牲にしても討ち取らなければならない。
しかし彼女の性はヒーローなのだ。救える大勢の命を投げ捨てるなど出来る筈もなく、他のヒーロー達も同様だ。
エンデヴァーに続き転移してきた他国のヒーローも、状況を見た瞬間に人命救助に走り始めた。
とは言え、それがスムーズに行く訳もない。
脱走した隔離対象達が猛威を振るい、鬼気迫る勢いでヒーローに牙を剥く。
自分の人生を奪った者達の犬へ。
自分の犠牲の上で安穏と生きる存在へ。
その身に宿した
巨体の口に丸呑みにされるヒーローがいた。
全身をぐずぐずに溶かされるヒーローがいた。
千切られて体をバラされるヒーローがいた。
それぞれの国でトップヒーローとして名を馳せる者達が、見たこともない超出力の個性に蹂躙された。
世界を守る
世界を呪う
混沌は、加速度的に広がっていた。
「奥義――――
「なにやってんのお前!?」
謎のポーズと共に服が弾けた大輝の横で、離人はツッコまずにはいられなかった。
どこぞの龍球漫画よろしく炎のようなオーラを纏い、大輝は敵を見据えている。
謎の光が見たくもない部分を巧みに隠す中、ヒーロー達さえ突然の全裸にたじろいでいた。
「いくら施設の連中が暴れてくれるといっても、イッチが重傷であることに変わりはない。ここは出し惜しみせず一気に畳みかけるべきだ」
「そこに異論はねーよ! このタイミングで全裸になる必要性を聞いてるんだよ!?」
勿論、大輝の個性は離人も聞いている。
強化中にも全裸で居続けることで強化時間の延長を望めるというのは知っているが、それは長期戦を見据えればの話だ。
状況が激変していく中、両陣営共にこの場からの離脱を図るべきこの時に何故キャストオフするのか意味が分からない。
「無論、こうする必要が出てくるからだ……ぬんっ!」
言下に、大輝が両掌を合わせる。
すると、肘から先が揺らめき、なんと蒸気が立ち上る。
目を剥く理人の眼前で、ついには熱した鉄のごとく赤い光まで発し始める。
「……はぁ?」
どうなってんだそれ? と疑問を投げる暇もなく。
両腕を赤く輝かせたまま、大輝は突撃した。
「っ――――!! 総員回避! 安易に触れるな!」
リーダー格らしき者の指示で、ヒーロー達が距離を取った。
戦闘開始直後から二人を葬の援護に向かわせない事に徹していたが、今や戦況は一変した。
スターが撤退を指示した以上、情報になかった未知の力を相手にする暇などない。
適度にやり過ごした後に離脱すべきと動き――――
「そこだ」
バチッ――――と。
何かが弾ける音が鳴った。
ヒーロー達の視線の先から、大輝の姿が消えて――――
いつの間にか、一人のヒーローの背後に、腕を振り切った姿の大輝が現れた。
視界の隅には、何かがゆっくりと宙を舞っていた。
それがヒーローの片腕だと全員が認識する頃には、再び大輝が消えた。
先程と同様に、バチッと何かが弾ける。
「なに――――ガッ……!」
思わず疑問の声が漏れたヒーローの腹に、大輝の手が突き刺さった。
灼熱の痛み。肉が焼ける異臭が鼻を突く。
血が吹き出ず、固まったかのように筋肉が動かない。
全身を駆ける激痛を堪え、ヒーローが目で追った大輝の姿。
その下半身に、うっすらと
「こいつ! 火と電気を使っている!!?」
驚愕と共に仲間に告げると、その中の一人が前に出た。
「それならば……これでどうだ!」
ヒーローのプロテクターが解れ、糸状に変化して大輝を囲むようにして押し寄せる。
正面から突破しようと手を翳した大輝だったが、炎の腕を物ともせず拘束された。
「なに!?」
「タングステンの糸だ。並の火力では溶かせん」
個性『メタルマスター』。
金属の形を自在に変化させ、操る個性。自身が触れたことのある金属でないと操れず、生み出すことは出来ないため金属は用意する必要がある。
「今のうちに奴を――――ゴフッ!?」
大輝を無力化したヒーローが大きく仰け反った。
姿も音もなく、
「ブラザーか!」
「さっき倒した二人のどっちかが個性を妨害してたんだな。運が良い」
大輝が拘束された時点で、ヒーロー達は既に敗北していたのだ。
「手間をかけたな」
「なんやかんや初の実戦だったんだから仕方ない。……ていうかお前、増強系じゃなかったのか?」
「嘘ではない。強化の方向性を変えただけだ」
大輝の個性に劇的な変化があったわけではない。変わったのは使い方。
一口に増強系と言っても、そこには様々な恩恵が存在している。その最上級であるオールマイトなどが良い例だ。
拳一つで天候を変えるパワーなど、どれだけ人体を鍛えた所で耐えられる筈がない。ならば必然、体を保護する力も同時に働いている。
目にも止まらぬ速さなど、人が備えた所で扱えるわけがない。つまりそれは、それを扱えるだけの動体視力も与えられるということだ。
力と体、それを扱う感覚はセット。以前の大輝は大雑把な区分でしか強化出来ていなかった。
力だけでも、感覚だけでもない。
「体の発熱機能を増強して炎の腕を、発電能力を増強して瞬発力強化を、という具合だな。他にも幾つか隠し玉があったが……お披露目は次の機会としよう」
「…………」
思わず離人が閉口した理由は、主に二つ。
もちろんその発想と成長度に驚いたのも事実だが、それ以上に――――
(思ったより真っ当な強化だった……!!)
それに尽きる。
もっと変態的というか、意味の分からない手法で結果だけは出すみたいな、奇天烈な強化をしてくると思い込んでいた。
全裸であることから全力で目を逸らせば、かなり王道的な能力を開花させていると言えるだろう。
安堵の感情と共に、何故かひどい肩透かしをくらったような微妙な気分になった。
まだ見せていない何かがあるようで、嫌な予感が完全に消えた訳ではないが。
「それよりもイッチだが……問題なさそうだな」
共に視線を移せば、完全復活を果たしている。
さしものスターも、葬の個性を封印したまま施設の怪物達の猛攻を防ぎ切る事は出来なかったようだ。
以前より遥かに火力が上がったように見受けられるエンデヴァーも、大勢の負傷者を庇いながらの戦いで苦い表情をしている。
むしろ問題なのは……
「なぁ、あいつらの個性で施設崩壊しかかってるよなこれ?」
「個性を使った戦闘どころか、まともに振るった経験も乏しいだろう。加減など望むべくもない」
配分など欠片も考えない超個性の嵐。
よく見れば、たった数分の個性行使で既に半分以上が消耗しきっている様子だった。
強力故の反動もあって、気絶している者までいる始末。
「あいつらここから運び出すのって俺らだよな?」
「だろうな」
倒れている職員を放置し、明確に敵対行動を取った者達をヒーローが優先する道理などない。
むしろそちらに構っていては、ヒーロー達自身さえ脱出できなくなる。
敵意を以って個性を行使した以上、彼等は既にヴィラン扱いなのだから。
「……行くか」
「行こう」
いつの間にやら配信を再開したのか、スマホ片手に大はしゃぎしている葬の元へ移動する。
先程までZ指定確実なグロい姿を晒していたとは思えない程にピンピンして、その周囲には彼女を守るように並ぶ異形達。
その光景はまるで、魔獣を統べる王の如く。
「また荒れるな、世界」
「いつもの事だろう。我はただ、イッチが変える世界を見れればそれでいい」
「……そっか」
――――その僅か20分後、グリトニルは完全に崩壊したのだった。
後に、その日は歴史に刻まれる事となる。
『御機嫌よう、窮屈な世界に生きる哀れな阿呆共』
テレビに、スマホに、パソコンに、ラジオに。
あらゆる端末にその映像が、声が流れ出した。
並んで映るのは二つの玉座。そこに座する男女。
他の一切が暗闇に包まれた空間に、ただそれだけが浮かび上がっている。
黒一色のスーツに身を包んだ男が語り出す。
『お前達にとっては久しぶりだろうが、ここは敢えて初めましてと言っておこうか』
人の手の飾りを顔に嵌めた異様な姿。その指の隙間から覗く赤い双眸が世界を射抜いた。
『今日はちょっとした挨拶だ。こちらも
それを見た、全ての人間が恐怖した。
お前は誰だ、とか。
なんの悪ふざけだ、とか。
そんなことは一切、誰も考えなかった。
人々の脳裏に浮かんだのは一言。
――――
『俺達の事で様々な憶測が世に飛び交ってるだろう。目的、出生、主義主張。雑多で出鱈目な話も混ざって何が何やらと思っている筈だ。だからこそ、この場を借りて俺達という存在を明確にさせてもらおうという訳だ』
声から滲み出る悪意。その眼光から伝わる、世界への怒り。
静かな声と反して迸るそれらが、いつかの記憶を呼び覚ます。
間違いない、彼だと。
あの日、自らが心の底にひた隠しにして来た感情を呼び覚ました悪魔が、画面に映る男と重なる。
だからこそ。
黙してその隣に座る、真っ白な仮面をつけた少女の姿が強く目に焼き付く。
まさか――――
まさかまさか―――――
まさかまさかまさか――――
『俺達は――――
その果てに、何を成すのか?
世界を敵に回すと宣言した巨悪。その行きつく先とは――――
『その後は……まぁ、その時に考えよう』
ただ、それだけだった。
だれかが悲鳴を上げ、誰かが端末を手から落とした。
ただ壊すだけ?
壊した後に考える?
なんだそれは。
なんなんだこいつは!
理解出来ない。意味が分からない。
人が築いて生活する今を壊すと言い、その後に何を作るかも考えていない。
そんな子供の戯言にも劣る主張を、しかし大真面目に語っている。
笑っているが、明らかに嘘偽りないのが伝わって来る。
そんな男の事を、もはや同じ人間だとさえ思えない。
自分達の想像や理解を超えた、得体の知れない
『そう言う訳で、遅くなったが名乗らせてもらおう。俺の名は死柄木弔。そして――――』
『あたしの名前は死柄木葬。皆にはスーパー娘って言えばわかるよね?』
顔こそ隠しているが、もはやモザイクも何もない。
腰まで届く長い白髪と、兄と対比するように白いドレス。
立ち上がって恭しくカーテシーを行う様は、しかし身から溢れる不吉な気配を隠すには至らない。
『今まで何度か個人的な配信をやって来たけど、これからはもっと大きく動いていくつもりだから。楽しみにしててね!』
スーパー娘――――否、死柄木葬が大仰に手を横に開く。
画面が大きく引いていき、二人の姿が遠ざかると共に……
『こんなに沢山の仲間が出来たから、もっともっとも~っと楽しい時間を届けられると思うんだ! あたしも今からワクワクしちゃう!』
表情が隠れていて尚も、そのはしゃぎ様が伝わる彼女の背後。
そこには、大勢の仲間達の姿があった。
数えきれない程の人が、異形が、その目を世界に向けていた。
自分達がこれから立ち向かう者達へ、様々な感情を目に宿していた。
ある者は怒りを、ある者は憎悪を、ある者は悦楽を、ある者は恐怖を、ある者を悲嘆を、ある者は諦観を。
個性という
それは復讐の為、快楽の為、革命の為、破滅の為。
バラバラな意志。しかし求めるものは一つ。
――――ただ、自分らしく生きるため。
『せっかくの大所帯だ。世間が認知しやすいよう、俺達もそれらしい名を挙げようと思う』
『ちょっと単純だけど、シンプルイズベストってことで宜しくね!』
だからさぁ、いざ刮目せよ。
俺達の意志を押し潰し、その上に築かれた張りぼての平和を謳歌してきた者達へ。
今度は俺達がその平和を踏み潰し、己の生を謳歌する番だ。
そうして、兄妹の口からその名は放たれる。
そう、彼等は――――
私には掲示板形式が性に合ってるんやなぁって実感した回でありました。
色々とツッコミどころはあったと思いますが、頭を空っぽにして楽しんでくださいな(笑)
これにて前日譚(?)は終了ということで、次回から原作時空突入です。
改めて、今年もよろしくお願いいたします!!
娘「ついに明かされるOFAの秘密!? これは急いでオールマイトに教えなきゃ!」
筋「え、なんで君が知ってるんだ!?」
娘「面白いことを聞くね。あたしの個性は知っているでしょう?」
筋「だからいつから私の個性を学んだと聞いているんだ!」
娘「ならばこちらも聞こう。いったいいつから――――OFAを学んでいないと錯覚していた?」
筋「なん……だと……!?」
次回「後継者のハードル高すぎィ!? ナイトアイ初登場!」
ナ「大変だオールマイト! これからここに魔女が来る!」
筋・娘「「な、なんだってー!?」」
ナ「もういたぁ!?」