名家のウマ娘   作:くうきよめない

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プロローグ
トレーナー室での団欒


 

 

 

 天気予報では今日一日晴れとの情報だったが、数時間前から雲行きが怪しくなっていた。

 

 ぽつりぽつりと降ってきた雨はやがて土砂降りに変わり、ターフでトレーニングをしていたウマ娘達やそのトレーナーは大慌てで校舎に戻る。

 

 個人的に雨はあまり好きではない。理由は色々あるが、第一に自分はウマ娘のトレーナーというのがある。

 

 今みたいな大雨が降ると、外で行うトレーニングはやり辛くなるし、レースの時にはターフが不良バ場になってしまう。それを加味して普段のトレーニングを行わなければならないのだが。

 外で練習していたウマ娘のほとんどは校舎に戻ったのか、窓の外に映るウマ娘は最初に見た時より大幅に減っていた。

 

 それでもターフの上に立っているのは0ではなく、この不良バ場に慣れるために少数はトレーニングを継続している。

 

 そんな姿にかつての自分達の姿を重ねる。

 圧巻の勝利を飾った阪神大賞典や、あまり思い返したくない秋の天皇賞の時も雨だったか。それらがもう遠い記憶のようで、つい懐かしいと感じてしまう。

 

 季節は冬。

 

 寒さに弱い自分は、これ見よがしにトレーナー室の暖房をかけ、ぬくぬくしながら仕事をこなしていた。テキトーにつけてたテレビには、レースを終えた後のウマ娘達がウイニングライブを行う姿が映る。

 

「トレーナーさん? いるのでしょう?」

 

 感傷に浸り油断をしていると、コンコンとドアをノックする音と聞き慣れた声が耳に届いたため、慌ててテレビの電源を落とす。

 

 入ってきたのは、『名優』メジロマックイーン。

 

 春の天皇賞を二連覇し、その他菊花賞や宝塚記念といったG1レースで優駿を飾った僕の担当ウマ娘だ。

 

「やあマックイーン。足の調子はどうだい?」

 

「今のところ怪我の治り具合は順調ですわ。全力で走ることはまだ叶いませんが、日常生活においては何も問題ありません」

 

「そうか、よかった」

 

 かの有名な復活劇、トウカイテイオーが1着を取った有記念から幾何の時が流れた。その有記念の数ヶ月前にマックイーンに左脚繋靱帯炎という怪我が見つかり、今はその休養中というわけだ。

 

「それにしても今日はどうしてここに? 君はまだ実家で療養中じゃなかったっけ?」

 

「そうですわね……。特に用事があるわけではなかったのですが、こうして足の調子も良くなってきたことですし、久しぶりに学園の中を歩いてみたいなと思いまして」

 

「それでたどり着いた場所がここと」

 

「ええ。それに、いい加減トレーナーさんのそのご尊顔を拝みたいと思いまして」

 

「定期的に会いに行ってるじゃん……」

 

 マックイーンは怪我をしてからというもの、医者からあまり外を出歩かないよう言い渡され、基本メジロ家に引きこもり状態となっている。

 学業の方はどうなんだと疑問に思ったが、そこは流石の優等生。家でもきちんと勉強しているらしく、同学年のウマ娘達に遅れはとっていないそうだ。

 

 マックイーンが家に引きこもっている間にトレーナーである僕が何もしないわけにはいかないため、彼女の怪我の状態を確認するだけでなく、メンタルケアなどもきっちり行なってきた。

 

「定期的にと言いましても、週に三回は些か少なすぎませんこと? お忙しいのは承知なのですが、もう少し家の方に来ていただきたいのですが……」

 

「いや、だって行くたびにもてなしてくれる爺やさんとかに凄い申し訳ないし」

 

 そう、マックイーンの実家はあの名家であるメジロ家だ。

 

 慣れてきたとはいえ、一般庶民である僕にあの門を何度もくぐらせるということはある種の拷問に近い。

 

 さらにマックイーンに会うだけなのに、行く度に高そうなお茶やお菓子を振る舞ってくれる。

 出されたものに遠慮して手をつけないというのも失礼なので、ついついいただいてしまい、美味しいと申し訳ないの感情の板挟みになるのが本当に辛い。

 

 これだけでも精神的にキツいところがあるのだが、執事やメイドから時折「これでマックイーンお嬢様の今後は安泰だ」だの「マックイーンお嬢様のお子様の顔が見てみたい」だの聞こえた時は思わず頭痛を覚えた。

 

 それより週三回ってそんなに少ないかな? 面会をしに行くのが週に三回ってだけでメールや連絡はほぼ毎日しているんだが……

 

 まあ言い訳じみたことを考えていても仕方がない。自分はメジロマックイーンのトレーナーだ。彼女の意向にはなるべく従うとしよう。

 決してここで無理に逆らったら後が怖いとか考えているわけではない。

 

「……分かった、これからは君の家に行かせてもらう頻度をもう少し増やしてみるよ」

 

「あら、よろしいんですの? 半分冗談で言ったつもりでしたのに。こういうのは言ったもの勝ちですわね」

 

 このガキ……今すぐそのもちもちのほっぺたをこねくりまわりしてやろうか。

 

 しかし言ってしまったからには後には引けない。次行く時には、爺やさんになるべく僕へのもてなしは控えめでいいということをさりげなく伝えておこう。

 

 マックイーンの足が順調に回復していることに安堵しつつ、なんだか彼女のいいようにされていることに若干恐怖を覚えながら、僕は仕事に戻るためパソコンと向き合う。

 

 とは言っても真面目にキーボードを打つだけでは退屈なので、その間マックイーンには雑談に付き合ってもらった。

 

 春までには学園に完全復帰するだの、脚の怪我が治った暁には復帰戦だの、ドリームトロフィーリーグでの活躍も視野にいれるだの、休養中ついスイーツを食べすぎてしまっただの……最後のに関しては、復帰時にしっかりと減量してもらうことを約束に見逃した。

 

 ここ最近の僕のことも聞かれたが、特に目立ったことはない。マックイーンの事を第一に、事務仕事やレースやトレーニングの研究を続ける毎日だ。

 

 そもそも、トレーナー業というのはかなりブラックである。

 

 完全週休二日制ではあるが、レースの研究や担当ウマ娘のトレーニング、その他諸々の事務作業などで休日という休日がほとんどない。もしこの仕事にやりがいを感じていなかったら、ウマ娘がいかに恐ろしいかということに気がついた時点で辞めている。

 

 大して面白い話も無かったため、僕の話は日頃の愚痴となってしまったが、マックイーンはそれも楽しそうに聞いてくれた。

 

 

 決して長くない時間が経ち、相変わらず他愛のない会話をしていると、ふと彼女は思い出したかのように新しい話題を振る。

 

「そういえばあれはどうなったんですの? トレセン学園の入学試験」

 

「あー、あれね。うん、今年も大変そうだったなあ……」

 

 トレセン学園の入学試験は受験希望者が多く、筆記、実技、そして面接と三つの項目があるため、普通の学校とは違いその全てを12月中に終わらせる傾向がある。

 

 もっとも、受験を終わらせるのであって、筆記の採点はまた別だ。ただでさえ人手不足のトレセン学園。例に漏れずトレーナー達もその稼業に駆り出される。

 

 こういうところだぞ、ブラックって言われるのは。

 

「それでも収穫はあったのでしょう?」

 

「まあね。今年の受験生はみんな逸材だよ。入学前だからまだ荒削りだけど、どの娘も磨けば確実に光るものを持ってる」

 

 担当科目の都合上、実技のテストしか見ていないが、どのウマ娘も鍛えがいがありそうな子ばっかりだった。きっと彼女たち達は今後のトゥインクルシリーズで輝かしい戦績を残すのだろう。

 

「あ、そういえば受験生の中にはあの子達もいたぞ。ほら、最前列で君とトウカイテイオーを応援していた」

 

「まあ! もしかしてサトノダイヤモンドさんとキタサンブラックさんのことですの⁉︎」

 

 お、おう。

 

 そんな言葉を発することもできないほど、マックイーンは勢いよく食いついてくる。そんな押され気味の僕の姿を見て我に帰った彼女は、コホンと咳払いをしながら姿勢を正す。

 

「それで、トレーナーさんの言ってる子達というのは……」

 

「うん、確かその子達で間違いないよ。試験の後に話しかけられたんだ。主にマックイーンのことについてだけどね」

 

「ふふ、あなたが私のトレーナーとして話しかけられるという事は、彼女達に顔を覚えられていたという証拠ですわ」

 

「世間の大半は悪人として認識してるだろうけどね」

 

 メジロマックイーンは左脚繋靱帯炎を発症した。それはウマ娘にとって不治の病と称されるほどの怪我であり、たとえ回復したとしても元のように走ることはできないと言われている。

 

 そんな怪我が、トゥインクルシリーズで大活躍中のマックイーンに見つかったのだ。それに世間が大騒ぎをしないはずがない。

 

 しかし、まもなくそのメジロマックイーンの口から復帰宣言がなされた。

 

 もちろんそれを歓喜し祝福してくれる人も多かったのだが、怪我をした彼女にこれ以上走らせるのか、この復帰宣言はトレーナーのエゴではないのかという声も続々と出てきた。

 

 それに関してはごもっともだ。普通ならばこのまま引退という流れであっただろう。だが、マックイーンは自分の声を全国に届けんとばかりに、もう一度走ると宣言した。

 そんなマックイーンに対して心配こそあれど、怒りや批判といったものをぶつけるのはお門違いであろう。

 

 ならばその感情はどこへ行くのか。

 

 それは彼女の周りの人間だ。その中でも最も怒りの矛先が向きやすいのは彼女のトレーナー、つまり自分ということになる。

 当時の自分はこれは仕方のないことだと自分に言い聞かせたが、世間からのバッシングはとても耐えられるものではなかった。

 

 それに、自分もやはり心のどこかでマックイーンの走りをもう一度見たいと思っている。なので、マックイーンを無理矢理走らせようとしているのではないかという批判を完全に否定することも出来なかった。

 

 そんな罪悪感もあって、自分は一度マックイーンのトレーナーを降りるためトレーナー業自体を辞めようと決意したことがある。

 その時は理事長室に辞表を出しに行く途中、ゴールドシップに拉致されてマックイーンのいる所まで連れていかれ、彼女に渋々と事の顛末を話すと思い切りぶん殴られ数日間意識が無かったことがあるが、それはまた別のお話。

 

「ま、僕は世間のヒールいひゃいいひゃいひゃい!」

 

 僕の自虐が気に障ったのか、マックイーンは僕の頬を思い切りつねる。

 

 だってしょうがないじゃん! 事実なんだし! 

 

「全く、バカなことを仰らないでくださいます? あなたが批評されるということはその担当ウマ娘も批評されるのと同義ですのよ? そもそも、私達は一心同体を誓いあった者同士。あなたは自分一人を貶めてるつもりでも、私にとっては……って聞いてますの!?」

 

「聞いてるよ。でも手加減してくれないからほっぺたが滅茶苦茶痛くてさあ。もうちょっとでマックイーンのほっぺたみたいになるところだったわ」

 

「なっ、私の頬はもちもちでもぷにぷにでもありませんわ!」

 

 もちもちともぷにぷにとも言ってないのに、そう言った単語が出てくるということは自覚しているのだろう。

 やはり今からでも彼女に減量をさせるべきかと考えたが、ぷんすか怒るマックイーンを見るとその気も削がれてしまった。

 

「はいはい悪かったって。今のマックイーンは夜中にスイーツ食べて太り気味になってたあの頃とは違うもんな?」

 

「……ええ! そうですわ!」

 

 おい、なんだ今の間は。

 

「そ、それより話を元に戻しませんこと? ほら、サトノダイヤモンドさん達の受験結果とか」

 

 マックイーンに訝しげな視線を向けていると、彼女はわざとらしく咳払いをして話を逸らす。この件は後で徹底的に問い詰めさせてもらおう。

 

「まだ結果は出てないし確実なことは言えないけど、実技に関しては特に問題なかったよ。僕の担当した受験生の中では群を抜いていたね」

 

「……あの、自分で聞いといてなんですけどそういう個人情報というか機密事項というか、そういうの私に話しても大丈夫なんですの?」

 

「んー、大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら大丈夫じゃないんだろうけど、まあこれ以上外部に漏らさなかったら別にいいんじゃないかな。僕はマックイーンを信用してるから大丈夫だと思ったんだけど」

 

 そう言った瞬間、マックイーンの耳がピクっと反応し、尻尾がゆらゆら揺れ始める。

 

「そ、そうですか。私達はここまで共に駆け抜けてきた関係なのです。信用し合っているなんて当然ですわ」

 

 と言ったものの、彼女の尻尾ゆらゆら耳ぴこぴこというかわいい動きは止まっていない。

 恐らく無意識なのだろう。こう言った小さなところで好感度を上げることができる。

 

 ちょろいぜ、将来が心配だ。

 

「あ、そういえばトレーナーさん。今の情報、テイオーには伝えてもよろしいですか?」

 

「僕とマックイーンが信用し合ってるってこと?」

 

「じゃなくて! サトノダイヤモンドさんとキタサンブラックさんの受験についてです!」

 

 ああ、そっちか。まああの二人は受験の日にトウカイテイオーと会っていたみたいだし問題ないだろう。

 

 手でオッケーマークを作ると、マックイーンはスマホを取り出し、チャットアプリでトウカイテイオーと情報を共有する。

 

 それにしても、マックイーンにとって自分のことを慕ってくれる子が後輩となるのだ。悪い気はしないだろう。

 

 そんな青春真っ盛りな彼女に、僕は大人気なく羨ましいと感じてしまった。

 

 サトノダイヤモンドだけでなく多くのウマ娘から慕われているマックイーンを見ていると、後輩から慕われるということのなかったという自分の悲しい事実が心を抉りにくるため、ゴミ箱に蓋をする要領で過去の記憶を押さえつけ、悲しみをグッと堪える。

 いや、後輩と仲が悪かったわけではない。むしろ良かったのだが先輩として敬われている感は一切無かった。

 

 閑話休題

 

 そんなマックイーンの姿を羨ましく、そして微笑ましいと感じつつ仕事に戻った。

 

 青春真っ盛りのキラキラしている彼女を横目に、理事長に笑顔で押し付けられた……頼まれた仕事をそそくさとこなしていく。あの人僕のことを労働マシンかなにかと勘違いしてないか? この前も新しい仕事を振られたんだけど……

 

 ああそうだ。その新しい仕事といえば、マックイーンとも共有しておかなければならないものがあったな。

 

「なあマックイーン、ちょっといいか?」

 

「はい? なんですの?」

 

「実は僕に新しい仕事が割り振られていてね。マックイーンも無関係じゃないから聞いてもらいたいんだ」

 

「よろしいですわよ。私達は一心同体。そんなことお茶の子さいさいですわ」

 

 ここ来る前にマルゼンスキーとでも会ったの? というツッコミを飲み込み、なるべく笑顔を作って内容を伝える。

 

「理事長からの命令で新しくもう一人ウマ娘を担当しなくちゃならな」

 

「は?」

 

 全てを言い終わる前に、マックイーンからは考えられないほどの低い声が聞こえ、彼女のスマホがメキィッと嫌な音をたてながら犠牲となった。

 

 

 

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