そして同じ空を見ている
天気予報では今日一日晴れとの情報だったが、数時間前から雲行きが怪しくなっていた。
ぽつりぽつりと降ってきた雨はやがて土砂降りに変わり、ターフでトレーニングをしていたウマ娘達やそのトレーナーは大慌てで校舎に戻る。
個人的に雨はあまり好きではない。
理由は色々あるが、今日この日にはとても似合わない天気だからというのが一番に挙げられる。
だらりと一人トレーナー室でくつろいでいると、仰々しくノックをする誰かが、失礼しますという言葉と共に入室してきた。
「……ああ、君か。式典もう終わったのか? 意外と早いんだな」
レース前に雨が降って重バ場になるなんてことはこれまでに多々あった。
その度に仕方がないと思いつつレースの前のミーティングでは作戦を練り直していたのだが、今日に限っては晴天であって欲しかったと心から思う。
なんせ、今日は僕の教え子の卒業式。こんな天気の中、学園の卒業という人生の節目を迎える子達が少々不憫だ。
でも、やはりこれも仕方のないことと言えば仕方のないこと。自然の摂理には逆らうことはできない。
魔法使いや平和の象徴と呼ばれるヒーローでもない一般市民が天候を変えるなんてことはできないのだから。
「……え? どうして卒業式に参列しなかったのか? ばっか言え、僕はただの一トレーナーだぞ? ただでさえ人が多いんだから、親族がいるわけでもないんだし謹んでそれをお断り……あ、はい、嘘です。昨日徹夜で仕事して寝過ごして気がついたら式典始まってました……」
目の前に佇む彼女の冷ややかな視線が僕にダイレクトに突き刺さる。
この子が現役の時はよくこういう目をされてたっけ。
というかこんな大事な日に寝坊する僕って……。
「……にしても、もう君が卒業か。なんだかあっという間だったな……」
この子と時間を共にするようになってから本当に色々あった。
「初めて勝ったGⅠレースは菊花賞だったか。その次のGⅠも勝って、君は目標を達成した。けどまあ、そこからしばらくはだいぶ手こずっちゃったけどな。危なっ!? おい、事実なんだから足踏もうとするなよ!」
痛いところを突かれたのか、彼女は俺を黙らすために足を踏もうとしてくる。
ジリジリとした攻防戦も長くは続かず、次第に会話は元の流れへとシフトしていった。
「レース以外も色々あったな。学園で鬼ごっこしたり、ゲーセンで遊んだり、テニス応援したり、異世界転生したり……あ、最後のなしで」
あれは僕の話だ。この子達とはあまり関係ないか。
「そして、君は誰も成し得てなかったことを成し遂げた。今でもあの時のことを思い出せる。僕は、君のトレーナーで本当に良かった……うおっ」
と、よそ見をしていると脇腹を突かれる。その顔は、何これで終わりみたいな雰囲気を出してるんだと言いたげだ。良いじゃないか、少しくらい思い出に浸らせてくれよ。
「…………え? ああ、そんなこともあったな。いや、あれは不可抗力じゃん? 僕だって好きで記憶喪失になってたわけじゃないよ? ちゃんと記憶だって戻ってるし、身体も元気だぜ? だからほら、そのことにはあまり触れない方針で、ね?」
あの時はどれだけ心配したことかとブツクサ言われながらも、僕はご機嫌を取るための愛想笑いしかできることがない。どうすりゃええっちゅーねん。
「あー……そういえば、卒業した後はどうするんだ? 進路、結局最後まで教えてくれなかったじゃないか。進学か? それとも家を継ぐのか?」
その両方に彼女を首を横に振る。そして、彼女の口からは──
「……へぇ、らしいじゃないか。うん、君にピッタリだ。困ったことがあったら頼ってくれ。いつでも力になるよ」
その言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに尻尾を振る。身体面が成長した今、なんだか彼女の幼い一面を見るのは久しぶりな気がする。
そんな姿がなんだか可愛らしく思え、頭に手を伸ばそうとした瞬間、窓からコツンという音が鳴り響く。
気になって外を確認すると、そこには傘を刺して悪戯気な顔でこちらを見るウマ娘が一人。大方小石でも投げたのだろう。自分のライバルを早く解放しろ、と。危ないから良い子のみんなは真似しないでね。
「ほら、君のライバル様がお待ちだぜ? 早く行ってあげな。……なんだよ、そんな冴えない顔して。今生の別れってわけじゃなかろうに」
それも彼女は暗い表情のままだ。そこまで生徒とトレーナーという関係を続けたいのだろうか。
正直な話、僕は名残惜しい。でも、いつか終わりが来るのは分かっていたのだ。
だったら、今この時くらいはなるべく明るく送り出してやるってのがトレーナーとしての務めだろう。
「胸張って歩けよ、卒業生。人生、まだまだこれからなんだぜ? 君の信じた道を進みなよ、っと!」
「……!」
そう言って彼女の背を軽く叩き、振り返らせないようドアの方まで歩かせる。きっと、今ので覚悟は決まったはず。
これでいい、これでいいんだ。今こそわかれめ、いざさらば。
「トレーナーさん!」
ドアを前にした彼女は、その手前で立ち止まり僕のことを呼ぶ。何か忘れ物でもしたのだろうか。
……忘れ物をしたのはお互い様か。これは言っておかないとな。
生憎と天気は最悪、目の前の彼女の新たなる門出を祝うにしては幸先が良くないな。
それでも僕らは同じ空を見続ける。君と過ごした日々は、絶対に忘れてやらない。
僕らはいつものように、普段通りに──
「行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい」
名家のウマ娘 完
以下後書き
初投稿から約一年半。ようやくこのシリーズを完結させることができました。完結したことに私が一番驚いています。(このシリーズが投稿され始めてからずっと見ていただいてくれている方なんているかな……?)
このシリーズの1話を書き始めた時は長くて20話くらいを目処にしていたはずなのですが、どうしてこうなったんでしょうね。謎です。101話? 長すぎるだろ。
冗談はさておきここからは恒例の裏話なのですが、実はプロローグを書き終えた時点で各章のある程度の構成は決めていました。もちろんラストも含めて。
1、2章は既に語った通りなので今回は主に特別編と3章を。
まず特別編について。この話はいつもとは違ったテイストでの内容を構築したいなと考え書きました。
一番最初に思いついたのはトレーナーがウマ娘になるという内容でした。が、その場合トレーナーのウマ娘名等を決める必要があり、それは違うなということで、トレーナーの異世界転生という内容に変更になりました。
どうせ別世界としてやるのならということで主人公もトウカイテイオーに変更、後はそれらしき設定も盛り付けてなんとか形にさせることはできたと思います。私自身書いててとても楽しかったです。
でも、後出しのように公式から三女神について言及されるのは狡いじゃん……
そして3章について。メジロマックイーンとサトノダイヤモンドのURAファイナルズ回……と思わせてトレーナーの記憶喪失編でした。
本編で直接は語っていないのですが、トレーナーの素の一人称は「俺」です。なので、1章でゴールドシップに図星を突かれた時、過去編、記憶喪失時には一人称を「僕」ではなく「俺」に統一しています。
どうしてわざわざ彼が自分のことを「僕」と名乗っているのかというと、昔より性格が丸くなった結果……のつもりだったのですが、初期はともかく後半のトレーナーは過去編のトレーナーと大差無いなと。
そして第三のヒロイン枠として2章半ばから登場させていた一色星羅さん。元ネタはありつつも、私自身がキャラ付けした人物なので思い入れはありますね。
でも、この話の主なところはメジロマックイーンとサトノダイヤモンドの物語なので悪しからず。
エピローグ、及び3章最終話について。多分皆様が思っていたエンディングとはかなりかけ離れていたと思います。
でも、この話のプロローグを終えた時点でこうすると決めていた内容そのままを書き出しました。
最終レースの勝者、及びエピローグで登場したウマ娘はメジロマックイーンだったのか、それともサトノダイヤモンドだったのか。貴方のご想像にお任せします。
本当はもっと書きたい内容や番外編がありました。でも、これ以上は収拾がつかなくなるのでこのシリーズは一旦ここまでにさせていただきます。
3章冒頭のちびっ子ウマ娘二人が登場する、「もしトレーナーの記憶が戻らなかったif」も考えてはいた……なんなら話の終着点すらも考えきってはいたけど、ひとまずこれも保留ということで。
ssは自己満足で書いてなんぼですからねという精神でやってきましたが、それが上手くいったように思えます。
途中で色々脱線、迷走等あったとしてもゴールを決めていれば案外やり切れるものですね。
これまでいただいたコメントも全て拝見してます。とても励みになりました。
最後に、長いことお付き合い頂き本当にありがとうございました。それではまたいずれ。