幻の書き殴り102話供養。
95話分岐ルート。トレーナーが事故に巻き込まれなかった世界のお話。
貴方は私でわたしはあなた
今日は朝練もなく、ゆっくりと支度をして寮を出た。いつもよりちょっとだけ長く寝て、ちょっとだけ運が良くて、ちょっとだけ気持ちの良い風にさらされながら学園の門を潜る。
まだ朝だと言うのに、学園には活気のいいウマ娘やトレーナー達の賑やかな話し声が賑わっている。
やれ今日のプールトレーニングが嫌だだの、やれ隣町の食べ放題が出禁になっただの、やれ担当の等身大像を無許可で設置したら怒られただの……ろくな話がありませんわね。聞き耳を立てておきながら言うのもなんですけど、なんかもっとこう、まともな話はありませんの?
「マックイーンさ〜ん!」
他人の姦しい話に勝手にケチをつけていると、不意に後方から自分を呼ぶ声が聞こえる。
「あら、ダイヤさん。奇遇ですわね」
「えへへ、同じチームメイトですからね。今日も張り切って参りましょう!」
彼女の名前はサトノダイヤモンド、同じトレーナーのもとで共に切磋琢磨する仲間でライバル。走りはもちろん、恋愛事情に関しては完全にライバルどころの話ではないということは必要ない情報だろうか。
尤も、私達の想い人であるトレーナーさんはそれらの事情には疎い。
いや、正しくは疎いふりをしていると言った方が正確か。
なぜそんなことをするのかと問い詰めたいところだが、よくよく考えてみたら学生と恋仲になること自体がまずいことは冷静になってみれば当たり前のこと。
彼の判断は何も間違っていないので苦虫を噛み潰して我慢する他ないのだ。
だとしてもそこで諦めるわけにはいかない。なので、私達は日々あれやこれやの手を尽くしている。
「最近トレーナーさんの隠し撮りが増えましたの。これで寝る前に振り返るコレクションが充実しましたわ」
「私もトレーナーさんの寮の合鍵を作ったんです。これでいつでもトレーナーさんに会いに行けますよ」
…………。
「ちょっとダイヤさん、合鍵について詳しく」
「マックイーンさんこそ隠し撮りについて詳細をお願いします」
少し前まではバチバチに争っていた私達もこのように協力し合うこととなり、今では抜け駆け禁止の取り決めまでなされている。
決着はダイヤさんが学園を卒業した後。その頃には私も卒業しているため、トレーナーさんが犯罪者にならず正々堂々と勝負ができるのだ。
「……確かにこれはトレーナーさんの新しい写真ですね」
「ええ。ですから、何枚か差し上げますので合鍵を私達の共有物ということに……」
「そういうと思ってスペアも作っておきました。これはマックイーンさんの分です」
「ダイヤさん……! 私はこんなできる後輩を持って幸せ者ですわね……」
「私もマックイーンさんのような先輩と共にあれて光栄です!」
そんなことを言いながら、人目につかない階段で怪しい取り引きを続ける。
後半だけ聞けばいい話だが、その実態はただただトレーナーさんの人権が侵害されているだけだ。
そんなことは分かっていながらも、私もダイヤさんも見て見ぬふりをしている。なぜなら目の前の欲望からは逃れられないから。
それにバチが当たったのか、因果応報というべきか、
「ふふっ、トレーナーさんの寮の合鍵……」
「あっ、マックイーンさん! 危な──」
「……え?」
受け取った成果物に思いを馳せるばかりに、足元が疎かになったのに気づいたのは身体が宙に浮いてからだった。
階段から足を滑らせた私は、重力に従い頭から落下する。いくらウマ娘といえど、頭部を強打すればただでは済まない。
不幸中の幸いといえば、この位置から落下地点までそれほどの距離ではないことくらいか。
でもまあ、それなりの痛みは覚悟しなければ──
「マックイーンさん!!」
「ダイヤさ……いだっ!?」
「あだっ!?」
私を助けようとしてくれたのか、ダイヤさんは階段からこけて落ちる私に飛び込んできた。その際、互いが互いの頭を強打、わかりやすく言えばごっつんこし、言葉にならない声を上げる。
とはいえ、彼女のおかげでだいぶ痛みは軽減された。ただ自由落下するしかなかった私を庇ってくれたおかげで痛みわけといったところか。
少なくとも私の方は身体に異変は無い……ん? なんだか胸が重いような……
「いたた……大丈夫ですか、マックイーン……さん?」
「ええ、ダイヤさんの方こそ怪我はありま……せ、ん……?」
身体に異変は無いと言ったがあれは撤回しよう。言葉を発すると即座に違和感を覚えた。
違うのだ、発した声が慣れ親しんだ己の声と違うのだ。
そして、目の前の彼女から発された声こそ自分のもの……いや、声だけじゃ無い。私の目の前にいるのはサトノダイヤモンドではなく、メジロマックイーンだ。
そして私は自分の容姿を確認する。綺麗な鹿毛に右耳の特徴的な髪飾り、そして嫉妬するくらいの大きな胸。
これだけで何が起きたのかを察してしまった、察せざるを得なかった。それは私だけでなく、目の前の彼女も同じなようで……
「あ、あの……そこの私の姿をした貴方はもしかしてダイヤさんでして……?」
「……そ、そういうあなたはマックイーンさん……?」
お互いのその質問だけで疑念が確信に変わり、これが現実であることを受け入れがたく呆然としてしまう。
これあれですわ、入れ替わってますわね。
***
頭をぶつけて人格が入れ替わる、なんて話はフィクションではよくある話だったはず。たしか、テイオーが貸してくれた(押し付けてきた)漫画にそのようなものがあったのを記憶している。
「……トノさん……」
しかし、あくまでもそれはフィクション内での話だ。頭をぶつけ合っただけで容易に魂が入れ替わってしまうなんて、現実ではあり得ない話なのは説明するまでもない。
ないはずなのだが、現にそれが起きてしまっている。この先どうすればいいのか皆目検討も……
「サトノさん!」
「ひゃ、ひゃい!?」
「今は授業中ですよ。何をボーっとしているんですか」
先生の授業中という言葉を聞いて周りを見回すと、そこには普段見慣れない面子が一斉に私の方に目を向けている。
ああ、そういえば私は今"サトノダイヤモンド"としてこの教室にいるのだったか。
入れ替わったことに気がついた後、私は激しく混乱した。頭では何が起こったか理解していても、脳がそれを受け入れることを否定してしまっていた。
そんな私に対し、ダイヤさん……いや、私の姿をしたダイヤさんはというと──
『こ、これがマックイーンさんの……うへ、うへへ……』
……なんだか、ものすごく目をキラキラさせていた。あと、私の姿でその顔をするのはやめてほしい。
そんなダイヤさんが言うには、とりあえず今日一日はこのまま普段通り過ごしてみようとのこと。
これでもダイヤさんとの付き合いは長い。彼女の口調や性格を真似ること自体さほど難しいことでは……突飛な発想をするところ以外は可能だろう。
それに、私としても事態を大きくしたくはない。こんな話をしたところで信じてくれる人なんていないだろうし、何より、誰とは言わないがあのマッドサイエンティストウマ娘に見つかってしまったら何をされるか分かったもんじゃない。
私達も年頃の女学生、噂というのは想像以上のスピードで広まっていく。つまりはそういうことだ。
というわけで、私はサトノダイヤモンドとして彼女の教室にお邪魔しているわけだが、いかんせん不安の種は尽きない。
具体的に言えば、私の姿をしたダイヤさんが何をしでかしているかを考えると胃がキリキリして……
「す、すみません、つい考え事をしてまして……」
「全く……あなたは普段優等生なのに、時折りとんでもない行動をするんですから注意してください。この前だってゴールドシップさんの戯言を真に受けて、逆立ちしながら口の中でさくらんぼのヘタを結ぶギネス記録に挑戦していましたし……」
何をやっていますのあの方は。というか、そんなこと本当にやったらゴールドシップもドン引きすると思うのですが。
そんなことを考えているとチャイムが鳴って授業が終わる。そのままホームルームも終わってあっという間に放課後だ。
とりあえず、朝はできなかったこの状況をどうするべきかについての相談をダイヤさんとすることが先決だろう。
よし、そうと決まれば早く彼女の下へと──
「ねえ、ダイヤちゃん」
「ひょわっ!? ど、どうされた……どうしたの、キタサンブラッ……キ、キタちゃん」
急に声をかけられたことによりしどろもどろになりながらなんとか返答する。
その声の主はというと、ダイヤさんの一番の親友であるキタサンブラックさんだ。
普段は明るい印象の強いキタサンブラックさんだが、今日はやけに眉を顰めて私の顔をじっと見つめてくる。そんな彼女の表情に冷や汗が背中をツウっと流れるのを感じた。
「ダイヤちゃん、今日なんか変じゃない?」
ぎくり。
「そ、そんなことないよ〜。強いて言うならちょっと甘いもの食べすぎちゃって……」
「ふーん……ダイヤちゃん、いつもは辛いものが好きって言ってるのに珍しいね」
ぎくりぎくり。
「そ、それは気分転換にね。私だってたまには甘いものも食べたくなるんだよ?」
こういった類のことには鈍い方だと思っていましたのに、ここ一番で妙な感の鋭さを見せつけるキタサンブラックさん。いや、ここ一番だからこそか。
親友の微細な変化にここまで敏感に気がつけるとは。ダイヤさんは良い親友を持ちましたね。
「……やっぱりなんか変。シュヴァルちゃんはどう思う?」
「うぇ!? ぼ、僕!?」
場違いにもキタサンブラックさんに感心していると、話の矛先は彼女の前の席に座る、帽子のウマ娘へと移った。
彼女の名前はシュヴァルグラン。ダイヤさんとキタサンブラックさんが競った春の天皇賞で二着に食い込み、その後のジャパンカップではキタサンブラックさんを下して一着を取るなどの実績を持つGⅠウマ娘だ。
「むむむ、あたしの見立てによれば、今日のダイヤちゃんは別人の可能性がある……」
「そんな急に突拍子もないことを──」
キタサンブラックさんの言うことを、シュヴァルグランさんは呆れ顔で否定する。
彼女の気持ちはごもっともだ。確たる証拠もないのに、クラスメイトの一人が別人だなんて誰が信じるものか。
と、心の中でシュヴァルグランさんにそうだそうだと賛同していると、
「──いや、確かに今日のサトノさんはいつもより少し……かなり……すごく大人しい気がする」
「えっ」
彼女は先程と言っていることを急に180°回転させた。
というか、大人しいの前の副詞が二回ほど訂正されたのは気のせいですの?
「だよねだよね! シュヴァルちゃんもそう思うよね!? あっ、クラさん! クラさんも今日のダイヤちゃん変だと思わな──」
「あ……あーっ! 私ちょっと用事思い出しちゃった! それでは皆さん、失礼します!」
「えっ、ダ、ダイヤちゃん!? そっちは窓だよ!?」
これ以上留まるとどんどん私が不利になっていく一方だ。それを悟った私は、無理矢理にでもこの場を脱しようとして──
*
「……ダイヤちゃん、窓から出てっちゃった。ここ三階なのに」
「……やっぱり僕達の気のせいだったみたいだね。サトノさんはサトノさんだ」
「う、うん、そう……かなぁ?」
「どしたの? ダイヤがなんかあった?」
*
窓から飛び降りて無事に着地した後、真っ先に私の姿をしたダイヤさんを捜索する。
一刻も早く彼女を見つけ出し、元に戻る方法を見つけなければならない。その一心で学園中を走り回っているのだが……
「教室にはいないわ電話も繋がらないわで一体全体ダイヤさんはどこに行かれましたの!?」
いないのだ。どこを探し回っても私の姿は依然として見当たらない。
誰かの手を借りることも考えたが、先程のようにこの状態で他人と話すことはリスクが大きい。
しかし、だからと言ってこんなところで立ち止まっているのは悪手だ。いち早く彼女を見つけ出す方法を考え出さなければ、最悪の場合私の名誉に関わる。
するとそこに、通りがかった他生徒のヒソヒソとした会話が耳に入ってきて……
「ねえ聞いた? 今日のメジロマックイーンさん、跳び箱の上でブレイクダンスしてそのままダンクシュート決めたらしいよ?」
「あっ、それ聞いた聞いた! しかも、トラックの荷台の上で寝たら不幸が起こるとかいうわけわかんない占いを破るとか言ってたら、そのまま寝ちゃって横浜から走って帰ってるらしいよ?」
もう帰りましょうか。私の身体で何をやっていますのあの方は。
既に名誉が手遅れだということを察して膝から崩れ落ちる。
もう駄目だ、今まで積み上げてきた私のイメージが……
「……どしたの、ダイヤ」
「っ、ト、トレーナーさん!? なぜここに!?」
「いや、なぜって、マックイーンがやらかしたからついさっきまでたづなさんにお説教くらっててさ……」
ぐっ、やはり噂が広まるのが早い。これはトレーナーさんにすらも入れ替わりの件を話して良いのか悩ましいところだ。
「マックイーンが戻ってくるのは夕方以降って聞いてるし、僕達だけでも先に戻っていよう」
「は、はい。分かりました」
偶然出会ったトレーナーさんと足を並べてトレーナー室へと向かう。とにかく、私だけでも彼に勘付かれる行動は避けなければ。
「そういえば聞いてくれよダイヤ。最近、よく変な視線を感じてな」
「変な視線?」
「ああ。周りには僕一人しかいないのに、誰かに見られてるような気がする上に、時折りシャッターオンまで聞こえるんだ」
……おっと?
「振り返っても誰もいないから考えすぎかなとは思うんだけど頻繁にそれが起こるから流石にちょっと怖くてな」
まずい、トレーナーさんの盗撮……いえ、撮影はというと、スマホではなく一眼レフを使用しているためにシャッター音は完全には消せていない。
とはいえ、対策として私はそれを最小限に抑えているはずだ。それでも聞こえるというのなら、トレーナーさんに流れてるウマ娘の血が無駄に聴力の向上を促しているとしか考えようが無い。
とにかく、ここは上手く誤魔化す方法を考えなければならない。でもどうすればいい? 話題を変える? 気を逸らす?
そんな都合のいい方法があるとしたら──
「あの、トレーナーさんに一つ謝りたいことが……」
「ん、なに?」
「実は私、トレーナーさんの部屋の合鍵を作って夜な夜な忍び込んでて……」
一瞬の躊躇いもなく後輩を売り……
「あと300周!」
「「は、はい!」」
横浜から戻ってきたらしい私の姿をしたダイヤさんと、合鍵の件を自白(?)したダイヤさんの姿をした私は案の定トレーナーさんから静かな怒りを買い、かなりのハードトレーニングを課せられている。
これも私達が怪我をしない範疇で考えられているものなのだろうが、だとしてもギリギリだろう。というか完全に私怨入ってますわね。
「……私の身体でよくも滅茶苦茶やってくれましたわねダイヤさん」
走ってる最中、ついついダイヤさんに恨み言が漏れてしまう。そんな彼女は分かりやすくそっぽを向いた。
「な、何のことですか? 私はただ、普段通りに過ごしましょうと言っただけで……」
「普通この場合の普段通りって外見に合わせた普段通りじゃありませんの!? おかげさまで今まで積み上げてきた私のイメージは崩壊寸前ですわよ!?」
「……えっ、マックイーンさんのイメージなんて元々崩壊どころの騒ぎじゃないと思いますけど……」
「は、はぁぁぁぁ!? ちょ、それどういう意味ですのよ!?」
「言葉通りの意味ですよ! 大体、マックイーンさんも何かやらかしたからトレーナーさんに怒られてたんじゃないんですか!? 言ってみてくださいよ!」
「そ、それは……その……」
「ほら言えない!」
「上等ですわ! 怒りも喧嘩も全て買って差し上げますわよ!」
一触即発と言った雰囲気が流れ出し、走りながらジリジリと間合いを取っていると、
「お前ら真面目に走れ!」
「「す、すみません!」」
メガホンも無しに大きな声を出すトレーナーさんに注意される。このような、トレーナーさんに絶対に逆らえない雰囲気というものが時々作られるのは何なのだろう。これはこれで悪く無いのだが。
ダイヤさんとの小競り合いもほどほどに、トレーナーさんの言われるがままに走り終えた私達は、疲弊も疲弊した身体を休めるためにと芝生の上へ寝っ転がる。
「つ、疲れた……」
「トレーナーさん、これは少しやりすぎでは?」
「そうかもな。でも、黒沼さんとこのウマ娘は定期的にこういうのやってるらしいぞ」
「ええっと、ブルボンさんのトレーナーでしたっけ?」
「ああ。あの人にハードトレーニングについて色々教わっといて助かったよ」
こ、この男、初めから私達にこういったことをさせるつもりで……っ!
「それで? 答え合わせといこうじゃないか、二人とも」
「……?」
「トレーナーさん、何を言って……」
「おや、まさかバレてないとでも思ったかい? 入れ替わってるんだろ?」
「「えっ」」
ば、バレてる!? いつから、というかどうして!?
「半分冗談だったんだが、その様子からするに本当みたいだな。おかしいと思ったんだよ、ダイヤはバカ正直に自分の罪を告白するし、マックイーンはダイヤみたいな意味わからんことするし」
「待ってください、その言い方だと普段から私が意味分からないと言われているように聞こえるのですけど」
「そう言ってるんですけど。あっ、おい髪引っ張るな! 禿げたらどうするんだよ!」
戯れ合いというには殺伐して、取っ組み合いの喧嘩というには一方的な騒動が目の前で、それも私の姿で行われていることに目眩を覚える。
というか、どうしてトレーナーさんはこんなありえない状況でも冷静なのだろうか。
そういえば、彼は以前異世界がどうだの幽霊がどうだのと言っていた気がする。もしそれらのことが嘘では無かったのだとすると、この適応力にはギリギリ納得がいく。
「いったぁ……相変わらずのバカ力だな」
「ウマ娘とやり合ってその程度で済む貴方もどうかと思いますわよ」
「うっせ。てか、ダイヤの姿でその喋り方はやっぱり違和感あるな」
「同感ですわね。早いところ、私も元の身体に戻りたいですわ」
「そうだな。でもまあ、一日経てば戻るんじゃないか? どうせアグネスタキオンあたりの仕業だろ?」
そうであるならばどれほど良かったことか。
「…………いえ」
「……え? いやいや、じゃあやっぱりドッキリか? 本当は入れ替わってないけど、今日一日入れ替わってたフリしてましたー、とか……」
「…………」
「……嘘やん」
沈黙を貫くと、つい先程までヘラヘラしていたトレーナーさんの表情が途端に凍りつく。そろそろ彼も察したようだ。
元に戻る方法は未だ不明ということに。
ニヤつき顔から一転、徐々に真顔になっていったトレーナーさん。
西日が眩しい夕暮れ刻、カラスの阿呆な鳴き声が私達を嘲笑う。
「……あっ、逃げないでください! 一生面倒見るって約束じゃないですか!」
「そうですわ! 私達と貴方は一心同体!もちろん戻し方も一緒に見つけてくれますわよね?」
「は、放せこのバカ力共! 何が一生面倒見るだ! 何が一心同体だ! 都合のいい時だけそんな言葉使うんじゃねぇよ!」
フェンスにしがみつくトレーナーさんは、私達にも負けず劣らずの力を発揮して抵抗を見せる。ウマ娘二人がかりですら手こずる彼の底力とは一体……。
「くそっ……なんで毎回こんな面倒ごとに巻き込まれないといけないんだ……よ! おわっ!?」
「きゃっ!?」
「きゃあ!?」
トレーナーさんが無理やり身体を捩ったせいでバランスを崩し、私達三人は盛大にこける。
その際またしても頭部に衝撃が走り、意識が薄れかけて──
「──は」
急激な覚醒と先の頭部への衝撃により、思考の回転が乱れる。それを我慢してどのくらい気を失っていたのかを確かめるために周囲を見回すと、同じく横に伸びていたダイヤさんとトレーナーさんがいた。…………ん、ダイヤさん?
すぐさま目を下に向けると、そこには長年親しんだ己の身体があり──
「戻った! 戻りましたわ! ダイヤさん、目を覚ましてくださいまし! 私達身体が元に戻りましたわ!」
「……ん」
嬉しさのあまりすぐさま伸びていたダイヤさんの方へと駆けつける。
そんな彼女はというと、ゆっくりと開けた気だるげな目で周囲を見回し、トレーナーさんの方を見たところで顔を青ざめさせた。
「あ、あの、ダイヤさん? どうかされましたの?」
「…………あっ、あっ……えっ?」
口をぱくぱくとさせるばかりで一向に彼女は言葉を発しようとしない。
……いや、まさか。そんなはずはない。だって私は元に戻ったんだ。彼女が驚いているのは別の理由なはず。
そんな現実逃避も虚しく、
「見てください! 私、トレーナーさんになってます! マックイーンさんの次はトレーナーさんです!」
「ダ、ダイヤだよな? 僕の身体で普段僕がしないような笑顔を振り撒きながらトリプルアクセルしてるのはダイヤだよな!?」
「はい、私がサトノダイヤモンドです!」
「は……はぁぁ!?」
どうやら今度はトレーナーさんとダイヤさんが入れ替わってしまったようだ。
そんな『ですよね』と言わんばかりの結末に思わず頭を抱える。
「はっ! 私がトレーナーさんになった今、マックイーンさんからいただいたトレーナーさんの盗撮写真集はもう必要ないのでは……?」
あ、まずい。
「……は? ちょっと待てよ、あいつなんか今とんでもないこと言わなかった? おい、こっちを向けよマックイーン。ちょっと話がある」
「お断りします」
「お断りしますじゃないんだが!? なんだよ盗撮って! 最近感じる視線ってまさかこれのことか!? てか合鍵だの盗撮だの君らもっと別のところに労力割けよ!!」
「ト、トレーナーさん、それはもっと大胆な行動を許すということでしょうか? 分かりました! ダイヤ、これからお手洗いに向かってトレーナーさんのお身体を隅々まで確認して──」
「やめろやめろやめろ! それだけはやめろ! 女子中学生に己の身体まさぐられるってどんな羞恥プレイだよ! マックイーンも見てないで止めるの手伝って……おい帰るな! 分かった、盗撮の件は甘んじて許す! だからダイヤを止めるの手伝ってくれ!!」
トレーナーさんはダイヤさんの声で悲痛な叫びをあげ、なんとかしてダイヤさんの行動を阻止しようと必死だ。
正直な話、こんな光景は日常茶飯事。誰かが問題を起こし、誰かが酷い目に遭い、誰かが予想もつかない行動をする。
それらを踏まえて、一言だけ言うことがあるとすれば、
「……今日も平和ですわねぇ」
ブルアカのssを書きたかったけど二ヶ月くらい何も思い浮かばなかった私を殺してください。