名家のウマ娘   作:くうきよめない

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お久しぶりです。このお話を投稿し終えたら、『名家のウマ娘』シリーズは完全終了です。よろしくお願いします。

95話分岐ルート
トレーナーが事故に巻き込まれなかった世界


"Be with you"
なんだこいつ


 

 

 

「トレーナーさん、これはいつの日のものですか?」

 

 ダイヤが見せてきたものは、古びた一枚の写真だった。ふと彼女の後ろにある机に視線を向けると、そこには一冊のアルバムが置かれてある。

 

「……一応さ、今って年末の大掃除中なんですけど。ダイヤ、君だけサボって何してるの」

 

「うっ、そ、それはですね……。トレーナー室の本棚の奥に見慣れないアルバムがあったものでつい……それに、普段滅多に写真に映ろうとしないトレーナーさんが映ってる珍しい写真だったもので……」

 

 ダイヤは両手の人差し指をいじいじと合わせて目を逸らす。なんだそれ、ちょっと可愛いな。

 

 彼女の言う通り、この写真はほとんど人目につかせたことはない。そのため、見慣れないこの写真は彼女の大いなる好奇心を刺激してもしまったのだろう。

 

「それで、この写真は一体どういうものなんですか?」

 

「……これはな、忘れもしない僕と──」

 

「ちょっとお二人とも! 何をサボっていますの!? 私ばかりに掃除させて不公平ですわよ! 私も仲間に入れてください!」

 

 頭に三角巾を巻いて箒を持ったマックイーンが半ギレでのしのしと僕らの方へと向かってくる。山で遭遇する熊より圧あるだろこれ。

 

「いやなに、懐かしい写真をダイヤが掘り出してな」

 

「懐かしい写真? ええっと……まぁ、これは!」

 

 その写真には、一人のウマ娘と一人のトレーナーの姿がある。片や一方はトレーナーを引き寄せ、片や一方はそんなウマ娘に無理矢理と言わんばかりの引き寄せられかたをしている。その写真だけで見たらまるでツーショットを強要されているかのようなものだ。

 

「な? 懐かしいだろ?」

 

「ええ、とても。あの日のことは昨日のことのように思い返せますわ」

 

「僕もさ。君との交わした初めての会話、あの言葉は今でも夢に出てくるよ」

 

「……? 初めての会話とは…………あっ! わ、忘れてくださいまし! あの時の私は余裕が無かったというか、まだ精神的に幼かったというか……!」

 

「一語一句覚えてるよ。『貴方のような──』」

 

「わあああああああああ! ああああああああああああ! 破棄! 契約破棄ですわ!」

 

「…………むぅ」

 

 僕とマックイーンが二人でキャッキャしている(主にマックイーンを揶揄っているだけなのだが)と今度はダイヤが不機嫌になる。

 

 それはそうだろう。自分の知らない話を目の前でされたらつまらなくもなる。

 ここまでの会話、ダイヤが付いて行けてるかと言われたらそれは絶対に無い。

 

 なぜならこの一連の会話、もといこの写真はというと──

 

「これは僕とマックイーンが契約を交わした時に撮った写真だよ。撮らされたって言い方が正しいかもしれないけど」

 

「トレーナーさんとマックイーンさんの……むぅ」

 

「えっ、なんでまた不機嫌になるの? ちゃんと説明したじゃん」

 

「知りません! 私の知らないところでトレーナーさんとマックイーンさんが仲良くしてるなんて知っても全然……ぜーんぜん悔しくなんてありません!」

 

「えぇ……」

 

 どうすりゃええねん。乙女心というのは難解だ。

 

「……それはそれとして、トレーナーさんとマックイーンさんの出会いには興味があります」

 

「どっちだよ。いや、別に面白い話なんて無かったぜ? 強いて言うなら、さっきちらっと話したけどあの頃のマックイーンの──」

 

 と、そんなマックイーンの面白話を披露しようとすると、

 

「知りたいんですの!? ダイヤさん、私達の馴れ初めを知りたいんですの!?」

 

「急にしゃしゃるんじゃないよ。ていうか、言い方に気をつけろ。今の発言が誰かに聞かれたら僕の首が飛ぶからな」

 

「まあ良いではありませんか。その時はメジロ家で専属トレーナーとして雇用してあげますわ。お婆様も大歓迎ですのよ?」

 

「雇用……? 軟禁の間違いでは……?」

 

 きっと、冗談でもなんでもなく本気でこれを言っているのだから怖い。

 ダイヤもそうだが、デカい家のお嬢様というのは時たま本気でとんでもないことを言い出すので常に注意が必要だ。

 

「まあそれは置いておいて。ダイヤさんには私達の出会った頃の話をしなくてはなりませんわね。トレーナーさんが!」

 

「お願いします!」

 

「僕がするのね。いや別にいいんだけどさ。本当に面白い話なんてないんだが、どこから話すべきか……。そうだな、あれは僕がリギルのサブトレーナーを終えて、新人としてフリーだった頃──」

 

 

 

***

 

 

 

 模擬レースをダラダラと眺め、今日も今日とて怠惰な一日を過ごす。

 

 リギルのサブトレーナーとしての研修期間を終えて完全にフリーとなった今、新たな担当ウマ娘を探さなければならない。

 

 トレーナーとウマ娘が契約を結ぶ方法は様々で、選抜レースなどを見てスカウトしたり、契約前に気が合ってウマ娘から逆スカウトされたり、名家ともなると専属のトレーナーが配備されたり、リギルなどの有名チームに入るために試験を受けたり、etc……

 

 

「…………無理だよなぁ」

 

 

 そんな独り言が漏れてしまうほどにこの状況は切羽詰まったものとなっている。

 

 契約を結ぶに当たってまず大事なのはファーストインプレッション。声の掛け方、話し方等間違えた暁には結べる契約も結べなくなる。

 

 そして、自慢じゃないが僕は知らない人と話すのが苦手だ。それが年下の少女ともなるとどういう風に接していいのかすら分からない。よくそんなんでトレーナーになれたなって? 分かる、僕もそう思う。

 

 幸いなことに、たづなさんのご厚意によって契約を結ばないといけない期限は伸ばしてもらっている。

 とはいえ、勘のいい人には気づかれるかもしれないが、こんなのは問題の先延ばしだ。どうせ期限近くになっても、未来の僕はだらけているのだろう。

 

 とはいえ、担当ウマ娘を雑に決めることだけはしたくない。ここの妥協だけは絶対に許されない。

 

 そんな信念と呼べるのか怪しい何かを抱きながら、今日もぼーっと選抜レースを見ていると……

 

「……おお、やるなあの子」

 

 ポニーテールが特徴的な、見るからに元気っ子といった印象を受けるウマ娘が後続をぐんぐんと突き放しぶっちぎりの一着でゴール板を通過する。

 

 そんなレースをしたにも関わらず、余裕の笑みを見せる彼女は明後日の方向に手を振った。

 

 その先にいたのは生徒会長であるシンボリルドルフ……ああ、なるほど、あの子がルドルフの言っていた子か。ええと……たしか名前はトウカイテイオーだったかな? ありゃ才能の塊だ。

 それに加えて日々の努力もたゆまないとルドルフから聞く。既に他トレーナーから多数のスカウトを受けてるようだ。しかし、

 

「あらゆるスカウトをガン無視してルドルフ一筋か……ちょっと他のトレーナーが可哀想だな」

 

 こんな時、ルドルフだったら『前途洋々、彼女の未来にはあらゆる可能性がある』とでも言うのだろうか。どちらかと言えば、他は眼中に無いとでも言いたげな目をしているが。

 

「…………あ、次のレース始まった」

 

 今度は芦毛のウマ娘が逃げで先手を取っている。悪くない走りだ、このままの走りを維持できたら一着を取れるだろう。

 

 しかし言わずもがな、レースというのは何が起こるか分からない。最終直線に入った途端にその子は走りの調子を崩し、三着という結果で幕を閉じた。

 

 逃げという作戦はかなりプレッシャーがかかる。後ろが見えない、なのに出走するウマ娘分だけの圧を感じる。あの子はそれにやられたのだろう。

 それでも走り切れるのなら、あるいはそれを利用できるのなら彼女はもっと伸びる。

 

 そんな担当でもないのに評価した偉そうなことを心中にしまい、レースの観戦を続ける。

 

 そんな彼女達の走りを見ていると、つい昔のことを思い出してしまった。学生の頃に出会ったあのウマ娘、最後のレース以来一度も会ってないけど元気かな、と……

 

「おわっ!? な、なに、この歓声!?」

 

 過去に思いを馳せて黄昏ていると、周りのトレーナー達がドタバタと動き出す。

 彼ら彼女らも僕と同じで担当ウマ娘をスカウトしにきた身の上だ。

 

 そんな人間達が一斉に動きを見せたということは、考えられることは一つ。

 

「素晴らしい走りだった! 是非俺に君を担当させてほしい!」

「あなたとならいい関係が築けそうなの! 私の担当ウマ娘にならない!?」

「ヘイユー! 実にファンタスティックなレースだったネ! ミーと一緒にトゥインクル・シリーズのトップを目指さないカイ!?」

 

 まあそうだよなと言わんばかりに、複数のトレーナーが一人のウマ娘に群がっている。

 おそらくだが、直前のレースでとんでもなく印象的な走りをした子がいるのだろう。ここまでの人気だと、考え事をしていてレースを見ていなかったことを少しだけ後悔する。

 

 でも、あれほどの人気を誇っていると僕の入る余地は万が一にも無さそうだ。

 スカウトをしているトレーナーの中には、僕と同じ新人もいれば、中堅トレーナー、さらにはベテランのトレーナーも混じっている。名前は知らないけど、あのベテランの担当になれば少なくとも重賞を勝つことは固いだろう。

 

 だが、

 

「……なんだかなぁ」

 

 さすがの僕もどんなウマ娘かは気になるが、あのトレーナー群を押しのけてまでの行動力はない。

 人混みが嫌いすぎるが故、初詣にすらもう何年も行ってないような人間だ。才能のあるウマ娘にお近づきになれないのは残念だが、ここは一つ引き下がるとしよう。

 

 後腐れがないようにスパッと諦め、けたたましいターフを後にする。

 

 さーて、担当するウマ娘をどう探したものか。

 

 

 

***

 

 

 

「……おかしいだろこれ……絶対新人トレーナーがやる仕事じゃないだろ……」

 

 ウマ娘用の備品の管理、テストの採点、ターフの整備等々。担当を持っていないトレーナーにはおおよそトレーナーがやるような仕事とは思えないことを日常的にこなすことを義務付けられている。

 これがなければただの穀潰しなのでやらざるを得ないが、それにしても雑用感が半端じゃない。

 

 しかも人手が足りなくなったら担当を持ってもこれをやらなければならない可能性があるとのこと。あれ? この職業もしかして相当ブラック?

 

 泣き言を言っても何も始まらないので、ぶつくさ文句は言いながらも今日の分の仕事を淡々とこなす。時間が経てば経つほど効率は良くなり、それと反比例するかの如く精神は虚無に陥っていく。

 

 何時間が経っただろうか、先が見えぬ街道も歩き続けばいつかは終わりが来るように今日の分の仕事も一区切りがつく。

 あとはこの備品をグラウンドのそばにある倉庫に片付けたら終了だ。

 

「よっ、こらせっと! おっし、これで終わりだな。さっさと帰って寝……ん、足音……?」

 

 今の時刻は夜の11時を回っている。灯りはついているものの、大体のウマ娘はトレーニングをとっくに切り上げて自室にいる時間だ。

 そんな時刻だというのに、ターフの方からは足音がする。いや、確かにこれは足音だが走っている時の……

 

 

「ふ──」

 

 

 瞬間、目の前のコースを一人のウマ娘が駆け抜ける。

 彼女の走りについ目を奪われてしまい、時間が止まったかのような錯覚に陥ってしまう。

 

 可憐で優雅、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿はなんとやらと言わんばかりに。

 

 しかし、そんな印象を受ける彼女の走りには、どこかノイズが混じっているかのように見えて──

 

 

「……格好からして学園のトレーナーと見受けられますが、私に何か用がありまして?」

 

 走り続ける彼女を眺めていると、その子は視線に気がついたのか僕の近くになるとスピードを落として話しかけてくる。

 

「いや、いい走りするなと思ってね。トゥインクル・シリーズではまだ見たことないし、その様子だとデビュー前かな」

 

「ええ、貴方の察する通り、私はまだデビュー前ですわね」

 

 やはりか。現トゥインクル・シリーズで活躍するウマ娘ならほとんど調べ上げているが、デビュー前の子はまだまだ勉強不足なところがある。

 スカウトする立場にあたって、こういうところは見直さなくてはな。

 

「どの道、才能に恵まれて人一倍努力している君なら引く手は数多だろうさ。いや、とっくにスカウトを受けてたりもするのかな? まあ、今後君が活躍するのが楽しみだよ」

 

「……ふん」

 

 おっと、何か気に障ったかしら。彼女は見るからに不機嫌気味だ。

 

「そういえば貴方、昼間の間に私にスカウトを持ちかけていませんでしたわね」

 

「昼間? なんのこと?」

 

「……えっ? いや、模擬レースの後唯一私に声を掛けずに去っていたではありませんか!」

 

 昼間……模擬レース……あっ!

 

「あっ、君か! めちゃくちゃトレーナーに囲まれてオファー受けまくってたのって!」

 

「『あっ、君か!』ではありませんわよ! 貴方も私のレースをご覧になっていたのではありませんの!?」

 

「いやすまない、ちょうどあの時考え事しててね。見てなかった」

 

「な……っ、私のレースそっちのけで……」

 

 まるで世界の終わりかのような衝撃を受ける彼女。よほど自分に自信があったのか、それともあのレースは僕が想像するよりもずっといいものだったのか。

 

 それにしてもこの子は周りをよく見ている。あの状況、迫り来る他のトレーナーしか目がいかないだろうに、遠目で見ていた僕にすら注意が効くなんて。

 この観察眼はきっとレースにも活かせるはずだ。

 

 この子を担当できる人はきっと幸せ者なんだろう。羨ましいと言ったらありゃしない。

 

「……少し期待した私が大バカ者でしたわね」

 

「ん、なんて?」

 

 割と近距離だったのだが、聞き取れないほど小さな声で彼女は何かを言い溢した。それに思わず聞き返すと、

 

「不合格」

 

「……はい?」

 

 今なんて言った? 僕の耳がおかしくなったのか? 急に不合格通知を突きつけられた気がしたんだが……

 

「聞こえませんでしたの? 不合格ですわ」

 

「ええっと……なにゆえそのような評価を? というなんで急に……」

 

 彼女はそんなことも分からないのかと言わんばかりのため息をつく。

 

「レースに対しての不真面目な姿勢。所詮、貴方も先のようなくだらない有象無象となんの変わりも……いえ、それ以下ですわ」

 

 一瞬言われた意味が分からなかった。しかし、会話の流れからして僕が罵倒されていることだけははっきりと分かる。

 

 

「分からないのならはっきりと言いましょう」

 

 

 そんな彼女は僕を見下ろすかのような視線を向け、強い口調で言い放つ──

 

 

「貴方のようないい加減な方では、私のトレーナーにはなり得ません! 出直してくるといいですわ!」

 

 

「な、な……」

 

 なんだこいつ……ッ!

 

 

 

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