名家のウマ娘   作:くうきよめない

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人生の分岐点

 

 

 

「貴方のようないい加減な方では、私のトレーナーにはなり得ません! 出直してくるといいですわ!」

 

 

 芦毛のウマ娘は、強い口調でそう言い放つ。そんな彼女の目は本気も本気だ。

 

 先の発言から察するに、レースを真面目に見てなかった僕のことを、この子はレースに真摯ではないトレーナーと受け取ったのだろう。そんなこと言われても困るんだが……

 

 いや、それよりも。

 

「僕、君のことスカウトしてるわけじゃないんだけど……」

 

「……はい?」

 

『はい?』じゃないよ。いつ僕が君を担当させてほしいとか言ったんだ。

 

「で、ですが私のことをデビュー前と察して話しかけたのは……」

 

「いや、普通にいい走りするなーって」

 

 ああ、なるほど。彼女は昼の間に嫌と言うほどスカウトを受けたはずだ。そんな彼女にとって、走りを褒める怪しい男が近寄ってきたら『またか』と思うのも無理はない。

 

 自分の勘違いに気がついた彼女は、みるみる顔を赤くさせてその場に蹲──

 

「あ、危な……」

 

「……大丈夫……このくらいなんともありませんわ」

 

 ふらっと倒れ掛けたその子に歩み寄るも、すぐさま手をかざされて拒絶される。

 見るからにその子の顔色はあまり良くない。これ以上トレーニングを続けさせるのは危険だ。

 

 そして、それが先程から走りに出ているのを、僕は知っている。

 

「君、名前は?」

 

「……貴方に名乗る名前はありません」

 

「オーケー、じゃあそれでいい。単刀直入に言おう、今すぐその無理な食事制限をやめるんだ」

 

「なっ、ど、どうしてそれを……!?」

 

「見てれば分かる。直前の立ちくらみもそうだけど、綺麗なフォームだからこそ歪に目立つ重心の不安定さ。さっき走りを見てた時に一番にその考えにたどり着いたよ」

 

 実際、不安定ではあった。いい走りはするも、どこかバランスが取れていない危なっかしい走り。

 

「どうせ夜ご飯も食べてないんでしょ? しょうがない、今から食堂に行こう。もう閉まってるだろうけど、おばちゃんにお願いして特別に開けてもらうこともできるだろう」

 

「……貴方は」

 

「今日は確かB定食が一番ヘルシーだったかな? ちゃんと食べてちゃんと寝ないと、今後に響──」

 

「貴方は……ッ!」

 

 そのウマ娘は大きな声を出して僕の声を遮る。

 

「貴方は、一体何者なんですの……?」

 

「……そうだな」

 

 自分が何者かなんて考えたことはない。そんな哲学的な話は御伽噺や神話だけで十分だ。

 

「ただの新人トレーナーだよ」

 

「……俄には信じられませんわね」

 

「いいから早く行こう。じゃないと君のお腹と背中がくっつくぜ?」

 

「なっ!? 私はそんなに食いしん坊ではありませんわ! もう、そんなに引っ張らないでください……」

 

 

 またしても拒絶されるかと思ったが、彼女は僕の手を振り解くことはなかった。少し格好つけすぎたかなと思ったけど、ここで冷静になってしまっては余計に恥をかくだけなのは目に見えている。

 多少強引で格好つけてても、目の前で困っているこの子が体調を崩さないで済むならそれでいい。

 

 

 

 おばちゃんはとっくに帰っており、食堂は開いてなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぁ……ねむ……」

 

 朝一に学園付近のカフェで朝食セットを胃に流し込みながら独り言を漏らす。

 

 朝っぱらでまだ人がいないというのに、真ん中は落ち着かないと端っこに座るそれは優雅な朝とはとても言い難く、側から見れば死に体のゾンビに見られてもおかしくない。ゾンビは既に死んでるか。

 

「ダメだ、カフェイン足りん……」

 

 眠い。とにかく眠い。なんかもう、帰って寝たい。

 朝起きてからそんなことしか考えられないほど、今日は頭が働いていない。

 

 しかし悲しいことに、体調が悪いというわけでもないので結局学園には出勤しなければならない。いや、寝不足も体調不良の一種なのではないか? やっぱり帰って寝ようかな。

 

 冗談はさておき、なぜこんな寝不足になっているかというと、それは先日の出来事が関係している。

 

 芦毛のウマ娘を連れて食堂に向かうも、既に夜の11時を回っていたため開いていなかった。

 そこで、たづなさんや警備の方々に無理を言って食堂のキッチンを使わせてもらい、簡単な料理を振る舞ったわけだ。

 

 これでも料理は得意な方だと自負している。最初は半信半疑な様子の彼女だったが、出された料理を口にするとそれまで気を張っていたかのような彼女の表情が和らいだような気がした。

 それだけで料理を作った甲斐があったというものだ。

 

 とはいえ、それは僕の睡眠時間を削って行ったこと。食し終えた後、学生である彼女にはさっさと寮に戻ってもらい、片付けや掃除、施錠までの諸々をしているとかなりの時間を食ってしまった。

 

「もういっそ、あのまま一夜を食堂で過ごした方が良かったんじゃないか……?」

 

 そんな独り言が漏れるほどには気が緩んでる。もう何度目か分からないほどコーヒーの入ったカップに口をつけると、

 

「いや、それは流石にやめといた方がいいんじゃない?」

 

「そうだよなぁ……っておわっ!? ビックリした……えぇ、だ、誰?」

 

 いつのまにか一つ席を空けた隣に座っていたお姉さんに先の冗談を真っ向から否定された。

 

 斜めに被った黒いキャップと茶髪のロングヘアーで片方の目を隠すファッションをしているその女性は、妖艶っぽさが目立つ見た目をしており、どこか異様な雰囲気を漂わせている。

 

「うん……やっぱりここのコーヒーは美味しいね。昔からのお気に入りなんだよ」

 

「は、はぁ、さいで……。というかあなたは誰なの……?」

 

「かつての私はここでよく友人達と朝食を摂るのが日課にしていてね。目的を果たす為にここへ来たんだけど、その寄り道にしては随分な収穫だ」

 

「本当に誰なの……」

 

 過去に思いを馳せる気持ちは分かるが、少しは僕の言葉にも耳を傾けてほしい。知らない人に長々と昔話を語られても反応に困る。

 

「おや、私としたことが自己紹介を忘れていたね。昔から私は目の前のことに集中しすぎるがあまり、周囲への注意が疎かになるきらいがあるみたいだ。ごめんね」

 

「別にいいすけど……んで、音もなく近くに座って僕に話しかける変わり者のあなたは結局何者なんすか?」

 

「うん、よくぞ聞いてくれた。私の名前は三葉夕。三つの葉っぱに夕方の夕と書いてミツハ・ユウ。これでも一応トレセン学園でトレーナーを生業としているよ」

 

 僕の皮肉に一切触れることなく彼女は淡々と自己紹介を続ける。なんだこの掴みどころのない人は。やりづらいったらありゃしない。

 

 にしても、この女性は学園のトレーナーらしい。つまり同僚ってことだ。

 

「はぁ、そんで三葉さん」

 

「ミッちゃんと呼んでほしいな」

 

「三葉さん、僕になんか用があるんすか?」

 

「釣れないなぁ……どうしてそう思うの?」

 

「こんなにも席が空いてるのにわざわざ僕の近くに座るんだ。このくらい疑いはしますよ」

 

「単純に私が会話好きなだけかもしれないよ?」

 

「だとしたら相手を間違えましたね。僕は知らない人との会話は苦手だ」

 

「……へぇ」

 

 寝不足故に語気が多少荒くなってしまった。これじゃあ昨日のあの子に何も言えないな。

 

 ところが、三葉は機嫌を悪くするでもなく、むしろ何か面白いものを見つけたかのような反応を見せる。

 

「ああ、あれだ。堅苦しいのは話し方は無しにしよう。私も新人トレーナーだし、なんなら私の方が年下だろうからね」

 

「後輩なら普通そっちが敬語を使うのでは……? いいんだけどさ、別に。あー……一応僕も自己紹介を──」

 

「いや、その必要はないよ。君のことは既に知っている」

 

「……? それはどういう……」

 

「リギルの元サブトレーナー、そして今は新進気鋭の新人トレーナー。過去には学園でトレーナー紛いのこともしていたそうじゃない」

 

「えぇ……なんで知ってるの……」

 

「私の情報網を舐めない方がいい。むしろ、学園の関係者や学園内の出来事ならなんでも知っている」

 

「怖い……」

 

 あんたはどこの臥煙さんだよ。もうトレーナーじゃなくて情報屋として商売した方がいいんじゃないかな。というか最後のに至っては機密情報だぞ。

 

「それにしても先輩君、ものすごい隈だけど昨日何かあったの?」

 

「先輩君て……まぁいいか。あんた、さっき学園内の出来事もなんでも知ってるって言ったよな? なら、この隈の原因も分かってるんじゃないか?」

 

「何があったかは知っていても、事細かな内容については流石の私でも知り得ないよ。それに、こういうのは本人の口から聞くから面白いんじゃん」

 

「冗談のつもりだったのにさも知ってる風な口叩き出したぞ……しかもこいつ僕の寝不足の原因を面白いとか言い出した……」

 

「細かいことは置いておいて、何があったのか話してみてよ」

 

 隠すこともなく嫌そうな顔を全面に押し出しているはずなのに、目の前の彼女はそれ微塵も気にしていないのか、今か今かと子供のような目つきで僕が話し出すのを待っている。

 

 面倒ではあるが、別に敢えて話さないという理由もないので、今抱えている問題も含め昨日の出来事をポツポツと話した。

 新しくウマ娘を担当しなければならないこと、昨日出会ったウマ娘のこと、そして睡眠時間を削って彼女の栄養管理をしたこと。今思い返してみるとかなりお節介だな。

 

 大体話し終えたくらいで、黙って聞いていた三葉は心配するような顔を向ける。

 

「……まぁ何かな、私が話せと言っておいてなんだが君は少々警戒心が足りないんじゃない?」

 

「別に聞かれて困るようなことはしてないからな。それに、僕がリギルのサブトレーナーをやってたことを知っている人は多くないし、学園の関係者なことは間違いないからある程度信用できる」

 

「ふむ、やっぱり君は面白いね」

 

 どこを持って面白いと評価されたのかはわからないが、どうやらこの返答は三葉の満足のいくものだったらしい。

 

「…………道理でセイちゃんとの相性とも良いわけだ」

 

「誰? セイちゃん?」

 

「いや、心当たりがないならそれでいい。それより先輩君、面白い話を聞かせてもらっておいてなんだけど、そろそろ学園へ向かった方がいいんじゃないの?」

 

「……? いや、まだ結構時間あるけど……」

 

 予定していた時間よりは随分と余裕がある。三葉の言う通りすぐに学園向かうのも悪くはないが、今はこのコーヒーの余韻を楽しみたい。

 

「なら言い方を変えよう。君は今すぐ学園へ向かうべきだ」

 

「……どうしてそう言い切る」

 

「きっと面白いことになるから」

 

「聞いた僕がバカだった」

 

 さっきから癪に触る。のらりくらりと会話の核心を避け、こちらを全て見透かしたように話す。まるで、僕のことを嘲笑っているかのように。

 

「いいの? ここは君にとっての人生の分岐点だ。それに言ったでしょ?」

 

 でもどうしてかな。理性ではこいつの言うことは聞かなくていいと分かっていても、本能はそれとは真逆の答えを出している。

 

「私はなんでも知っている、って」

 

 

 

 ***

 

 

 

「……あら、おはようございます。お待ちしていまし……なんですの、その顔」

 

「将来の不安に苛まれてる顔」

 

「は、はあ……大変ですのね、色々」

 

 あの後、結局三葉トレーナーの助言という名の何かに従ってトレーナー室へ向かってみれば、そこには昨日会ったウマ娘が待ち構えていた。

 彼女は面白いことになるとほざいていたが、それに目の前の子が関係するのか否かは分からない。

 

 そんなことを考えていると、その子は急に頭を下げる。それを見て、つい何事かと身構えてしまった。

 

「まずは先日の件について謝罪とお礼を。とても初対面とは思えないような態度を取ってしまい申し訳ございません」

 

「あ、ああ……いや、僕の方こそ悪かった。トレーニング中だと言うのに不躾にガン見してしまって」

 

「ふふっ、見られることには慣れていますわ。後、減量について指摘してくださってありがとうございます。あのままだと確実に倒れていましたわ」

 

「それは本当に気をつけて……」

 

 僕もトレーナーだから分かるが、個人差はあるもののアスリートの減量というのは想像を絶する過酷さを伴う。

 ましてや、目の前の彼女が行っていたであろう短期的な減量はパフォーマンスだけでなく健康面にも影響が出てくる。

 例え担当のウマ娘でなくても、未来ある優秀なウマ娘がそんなことをしていたら口を出したくもなる。

 

「そういえばよく僕のトレーナー室が分かったね」

 

「ええ、昨晩家の者に調べさせましたもの」

 

「そうか……ん? "家の者"? "調べさせた"?」

 

 その言い方だとまるで召使いのような人がいるかのような言い方だ。

 その疑問をぶつけると、彼女は何を当たり前のことと言わんばかりに首を傾げる。

 

「そうですわよ。あら、貴方にはまだ名乗っていませんでしたわね」

 

 彼女はきゅっと上履きを鳴らして僕に対面する。

 

「私の名前はメジロマックイーン。今日は貴方に一つ、お願いがあってここに参りましたわ」

 

「メジ……ッ!?」

 

 メジロと言うと、十中八九あのメジロ家のことだろう。僕のような一般市民とは住む世界が違う、格式も伝統もある有名な家柄だ。

 そして、目の前の彼女はメジロと名乗ったからにはそこの令嬢であることを意味している。正直な話、冷や汗が止まらない。

 

「だ、大丈夫ですの? 急に顔色が悪くなったように見えますが……」

 

「あ、ああ、問題ない。少し驚いただけ……」

 

 昔、ルドルフからメジロラモーヌの話をよく聞かされた。それ故に警戒せざるを得ない。

 

 とはいえ、ずっとこの調子だと話が進まない。一通り気分を落ち着かせ、再びメジロマックイーンに向き直る。

 

「それで、メジロマックイーン。さっきお願いがあると言っていたけど──」

 

「よくぞ聞いてくれましたわ! 貴方の腕を見込んで頼みがありますの!」

 

 お、おう。この令嬢結構ぐいぐい来るな。

 

「僕の腕を見込んでって……別に大したことはしてないぜ? それこそ実績も何もないのに、見込む腕だって持ち合わせていない」

 

「あら、実績なら十二分にあると思いますわよ? なにせ、昨晩の私の体調を一瞬で見抜いたではありませんの」

 

「あんなの見れば誰だって分かる。明らかに体調悪そうだっただろ」

 

「だとしても、普通あれだけで無理な減量をしていたという結論には至りませんわ。それに、走りに影響していたことも指摘してくださいました」

 

「僕がテキトー言っただけかもしれないぜ? そんなことを実績と言うにはあまりにも小規模が過ぎるでしょ」

 

 僕にだって実績が全く無いわけではない。だが、どれもこれも自分の力ではないので胸を張って言えるようなことはほとんど無い。

 

「ぐぬぬ、手強いですわね……。ですが、今回は私でも知っている貴方の確たる実績を見込んでの話です」

 

「は? いや、君と会ったのは昨日今日なんだから君が知ってることなんて──」

 

「あります。昨晩、私に何をしてくださったのか覚えてませんの?」

 

「昨晩って…………まさか」

 

「……実は私、お察しの通り太りやすい体質なんですの。ですが、貴方の料理の腕前を知ってしまったからにはお願いせざるを得ません」

 

 やめろ、それ以上は聞きたく無い。

 

 これが普通のウマ娘相手ならこれほど気負う必要もなかった。

 しかし、相手はあのメジロ家だ。下手な真似はできない上に、失敗したら首が飛びかねない。

 未来あるウマ娘の将来は大切だが、それと同じくらい己の命も大切。

 

 やはりここは心を鬼にして断ろう。とりあえず優先すべきは自分の命のことだ。

 

 

「どうか、私の減量を手伝っていただけませんこと?」

 

 

「…………しょうがねぇなぁ」

 

 そんな小動物みたいな顔で懇願されたら断れないだろ。甚だ己の意思の弱さに呆れ返る。

 

 どうして僕はこう、ウマ娘と奇妙な関わりしかできないのか。

 

 

 はぁ、低カロリーのヘルシーメニューのバリエーション、増やしとかないとなぁ……

 

 

 

 

 





・三葉 夕(ミツハ ユウ)

自称学園のことをなんでも知っているお姉さん。実際に学園のことはよく知っており、どうしてそんなことを知っているのかということまで把握している不思議な力を持つ。
一色星羅とは同期のトレーナーであり、右目を隠すように深く被るキャップ型の帽子が特徴的。性格は誰かさん達と違い大人っぽく、外見もお姉さんと呼ぶに相応しいそれである。
駿川たづなや一色星羅とよく話す仲らしい。

担当ウマ娘はマヤノトップガン。



本来新しく書くシリーズのトレーナーとして登場させるつもりだったのですが、時間的に余裕がなさそうなのでここで供養させていただきます。

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