「おお……今年も気合入ってんなあ……」
感謝祭当日、仕事を終わらせようと早朝出勤をすると、朝のうちから感謝祭の出し物の準備をするウマ娘もちらほら見られた。
色とりどりの飾り付けと、まるで夏祭りかと思わせるような屋台がズラリと並んでいるため、今いる場所が本当にトレセン学園かを疑ってしまう。それだけ彼女達が本気だということだ。
普段と違う雰囲気を楽しみながら学園を歩いていると、見知った顔が元気に駆け抜けているのが目に入る。
「あれ? マックイーンさんのトレーナーさん?」
「おや、キタサンブラックじゃないか。どうしたの、こんな時間に……って、聞くまでもないか」
「はい! 私、お祭りって聞くとどうしても血が騒いじゃって。だから今からでも生徒会に直談判して盆踊りをやってもらおうかなって!」
「うん、やっぱり聞いてよかった。そういうのは事前に言っとくべきだし、そもそも新入生はまだ出し物とかはできないよ」
それと、急遽そんなことをしだしたらエアグルーヴの胃が死ぬ。
「うぅ……やっぱりそうですよね……ダイヤちゃんの言う通り、生徒会を買収しておくべきでした……」
それもおかしいよね? アドバイスの観点がおかしいよね?
キタサンブラックも中々だが、サトノダイヤモンドも頭のネジが飛んでいるのかもしれない。
まあ面倒くさがりなナリタブライアンならともかく、真面目なシンボリルドルフとエアグルーヴが賄賂まがいものを受け取るはずがないだろう。
「シンボリルドルフ会長にはダジャレ百選を渡して……」
やっぱりシンボリルドルフもダメかもしれん。
「ま、まあ君達にとっては初めての感謝祭なんだし、色々見て回る方を優先した方がいいんじゃないかな? 今回の目玉である模擬レースとか」
「レース!」
お、おう、やけに食いつきがいいな。
でもまあ、キタサンブラックがここまで食いつくのも無理はない。彼女は昔からトウカイテイオーのファンだ。そのトウカイテイオーのレースが見れるとならば、彼女は地の果てまでも追いかけ続けるだろう。
「レースって、テイオーさんが出走するやつですよね! そうですよね!?」
「そう! そうだからちょっと一旦離れよっか!」
絵面的に色々まずいことになる前に!
「あっ、ごめんなさい……あたし興奮しちゃうとつい周りが見えなくなっちゃう癖があって……」
「うん、そうみたいね……」
天然ほど怖いものはない。古事記にもそう書いてある(書いてない)。
「そ、それで、レースのことって……」
「ああ、知っての通り、このレースには君の尊敬するトウカイテイオーが出走する」
「やっぱりそうですよね! それにマックイーンさんも出走するって聞きました!」
「相手がトウカイテイオーなだけに胃が痛い話だけどね……」
マックイーンの勝利を信じていないわけではない。だが、今回は相手が相手だ。
レースに絶対は無い。だからこそどんな相手でも警戒を怠ってはならない。
その相手が、絶対を継ぐ意志を持ったウマ娘なら尚更だ。
「えっと、あたしはテイオーさんを応援してるんですけど、マックイーンさんも応援していて……えっと、ええっと……」
「気を使わなくてもいいよ。君がトウカイテイオーのファンだということは周知の事実だ。無理をする必要はない」
「そ、そうですか? でもでも、マックイーンさんも応援してるのはほんとなんで! 今日のレース、ダイヤちゃんと一緒に見に行きます!」
「ん、そうしてくれ。ところで、そのサトノダイヤモンドはどこに? 一緒じゃないのか?」
「ダイヤちゃんなら、さっきゴールドシップさんと話してて……そのままどこか行っちゃいましたね」
いや、止めろよ。親友がろくでもない目に遭うかもしれないんだぞ?
「ダイヤちゃん、ゴールドシップさんと話してる時焦ってたように見えたけどどうしたんだろ……?」
だから止めろよ。そこまで見てたんなら止めてあげてよ。
今更サトノダイヤモンドの身を案じても無駄なので、成仏できるように祈っとこう。南無阿弥陀仏。
「あっ、あたしそろそろ行かなきゃ。トレーナーさん、マックイーンさんに頑張ってくださいって伝えておいてください! それじゃあ!」
「おう、じゃあね」
何かを思い出したのか、キタサンブラックは急ぎ足で離れていく。なんだか嵐みたいな子だったな。
それに先程の走り。トレセン学園に入学する前からそうだったが、彼女の走りは入学試験の時よりさらに磨きがかかっている。今からでも、彼女がトゥインクルシリーズで走るのが楽しみだ。
***
『さあさあ! 今年もやってまいりました、春のファン大感謝祭! 今回も学園外から大勢な方々が来てくださり、委員長である私的にもとても光栄であります! こうも人が多いとトラブルの可能性がなきにしもあらずです! 皆さん、安全にはくれぐれも気をつけて、感謝祭を楽しむよう共にバクシンしていきましょう! では手始めに、感謝祭を楽しむ委員長的10ヶ条を……ちょわっ!? マイクを取り上げるのをやめてください!』
何やら騒々しいアナウンスと共に、感謝祭のスタートが合図される。それと同時に学園には多くの人がなだれ込み、あっという間に前に視界が悪いくなる。
人混みが得意ではない僕にとって、この状況はあまり心地の良いものではない。どうにかして人の少ないところに行けるといいんだが……
「さあトレーナーさん、行きますわよ。時は金なり、1秒たりとも無駄にできませんわ!」
……うちのお嬢様がそう言うんだ。多少のことは我慢しよう。
「おっと、危ない。それにしても人が多いな。途中ではぐれたりしないといいんだけど」
「……それなら、こうすれば良いのですわ」
そう言いながら、マックイーンは僕の手を握る。
これはあれか、俗に言う恋人繋ぎというやつではなかろうか。
「すぐに迷子になってしまうトレーナーさんのために、私が貴方のことを見守ってあげます」
……ほう、言うようになったじゃないか。
「そっか、なら今日一日はこれで行こう。いやあ、本来僕がエスコートしなきゃなんだけど、マックイーンがそこまで言うならこの状態で一日過ごすしかないね」
「えっ、いや手を繋ぐのは人混みに揉まれてる時だけにしとこうかと……」
「いやあ、マックイーンと手を繋いだまま感謝祭を回れるなんて光栄だなあ!」
「ちょっ、腕をブンブンするのをやめてくださいまし! ああもう、どうしてこういう時に限ってペースを乱されますの!?」
結局恋人繋ぎをやめてから数分、校舎内にあるとある一室に辿り着いていた。
「ここは?」
「どうやらここでは劇をするようですわ。なんでも、タイトルが『うさぎとかめ』とのことで」
確かこのクラスにはグラスワンダーがいたはずだ。
つまり、その同期であるセイウンスカイやスペシャルウィーク達もいることになる。
「まあ時間もあるし、ちょっと覗いてみるか」
「そうですわね」
僕とマックイーンは劇の邪魔にならないよう、そろりとドアを開けて中を覗くと……
「いっけえええええええええええええええ!! 差せええええええええええええええええええ!!!」
「もっと根性出せよ!! お前ならもっと速く走れるはずだあああああああああ!」
「ここでお前が負けたらあたしの賭けてた人参なくなっちまうんだよおおおおおおおおお!!!」
反射的にピシャリとドアを閉めてしまった。
今のはなんだ? 本当に『うさぎとかめ』か?
『うさぎとかめ』で、ギャラリー……主にゴールドシップとナカヤマフェスタから「差せ」とか「賭け」とか聞こえちゃいけない単語が出てきた気がしたんだが。
いや、見切りをつけるにはまだ早い。あれはあくまでもギャラリーがおかしかっただけに過ぎない。
もう一度ドアを開き、役者の方に目を向けると……
「あらあら〜、スペちゃ……かめさん頑張ってますね〜。お天気もいいことですし、少し休憩しましょうか〜」
「っく! グラ……うさぎさんには負けない! お母ちゃんと日本一のカメ娘になるって約束したんだから!」
カメ娘ってなんだよ。そんなの聞いたらお母ちゃん泣くぞ。
それより、これ人選ミスってないか?
かめ役のスペシャルウィークはともかく、うさぎ役がグラスワンダーなのはかなりまずい気がする。
『うさぎとかめ』という話は最終的にかめ、ここで言うスペシャルウィークが勝つ話だ。
物語でのうさぎの敗因は、かめに対する闘争心があまりにも低かったというのがある。そんなうさぎ役を、負けず嫌いランキング第1位(僕調べ)のグラスワンダーがやるとなったら……
「うさぎさんはまだ休憩してる……行ける! このままゴールに……って、グラスちゃんなんでゴールするの!?」
「あらあら〜、どんなことでもスペちゃんには負けたくないっていう私の悪い癖が出ちゃいました」
「グラスちゃ〜ん!!」
こうなった。いや、まあ予想はついてた。
これで終わりなの? 物語のオチとしては悪くないし、正直面白かったから僕としては有りだと思うけど……本当にこれで終わりなの?
「くっくっく、アタシの勝ちだな。さあ、出すもん出しな」
「ちっ、くそっ! これでいいんだろこれで!」
こっちはこっちでギャンブルが続いていた。
ベットしているものが人参とはいえ、中等部がやる劇の結果の行き先でギャンブルなんてやるなよ。
彼女達も弁えているだろうが、遊び程度のものだったからまだしも、これがエスカレートしていったらとんでもないことになる。
内心げんなりしていると、ゴールドシップがこちらに……というよりマックイーンに気がついて意気揚々とこちらに近づいてくる。
「お、マックイーンじゃねえか! 例の件ならこの後あたしの焼きそば屋に……」
「こらお前達! 学園内での賭博はやめろとあれほど言ったのが分からんのか!」
「やっべ、エアグルーヴのにいつぁんだ! 逃げろ逃げろー!」
エアグルーヴの出現により、あっという間にゴールドシップ達の姿が見えなくなる。
なんだったんだ、あいつら……
「そういやマックイーン。ゴールドシップのやつ、例の件とか言ってたけどなんのこと?」
「いえ、私に心当たりはありませんわね……ん? 何か忘れているような……」
そっか。ならきっとゴールドシップの戯言だろう。
マックイーンも本気で何のことか分からないようだったため、僕達は深く考えず次の場所を目指した。
『トレセン学園、よいとこ、一度はおいでよ劇場』
「……なにこれ」
「さ、さあ?」
ここは確か……チームカノープスの部室だったか?
部室前には立派な劇場と、落語でなどで使うめくりが置いてある……これミスマッチだろ。
そこそこ多い観客を前に、既に劇場ではカノープスのメンバーが劇を行なっている。
「なになに、演目の内容は……『セカンドインパクト』……は?」
某汎用人型決戦兵器を彷彿とさせるようなお題が確認されると共に、劇場の雰囲気からどうやら劇は終盤に向かっているのが感じ取れる。
「行きなさい、ターボ!」
「イクノ!?」
「誰かのためじゃない、あなた自身の願いのために!」
「っっだりぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのまんまじゃないか。しかもそれ、セカンドインパクトじゃなくてサードインパクトだし。
主人公役であろうツインターボが、ヒロイン役のナイスネイチャを助け出して終了。観客はスタンディングオベーション、拍手喝采、皆が歓声を送っている。
……僕か!? 僕がおかしいのか!?
このツッコミどころ満載の劇に疑問を抱いている僕がおかしいのか!?
そう思ってマックイーンの方を見ると、彼女は彼女で苦笑いを浮かべているように見えた。
よかった、おかしいのは僕ではなく世間の方だと認識できた。
「つ、次行くか」
「そ、そうですわね」
その後、そこそこ多くの出し物を回り
「少し疲れたね。休憩できる場所があればいいんだけど」
「あ、ならあそこなんてよいのでは?」
マックイーンが指さす方向には、喫茶店をモチーフにした模擬店があった。
「いいね、少しお茶かコーヒーを飲んでいこうか。お邪魔しまーす」
「おや、いいところに来てくれたねぇ。今ちょうど新作の紅茶が完成したところなんだ。君も是非モルモ……お客さんとして試飲してはくれないか?」
「お邪魔しましたー」
「まあまあ、待ちたまえ。私達がここで会ったのも何かの縁だ。今なら特別に無料で私の紅茶を提供しよう」
「タダって言葉より君の紅茶っていう言葉のせいで信用ならないんだよ、アグネスタキオン!」
模擬店に入ると出迎えてくれたのは、その色で紅茶と呼ぶには無理があるだろうという怪しげな色をした試験管を持ったアグネスタキオンだった。
「いいじゃないか。君と私の仲なのだから、少しくらい実験に付き合ってくれたまえよ」
「これはどういう意味ですの、トレーナーさん?」
「誤解です、マックイーンさん。アグネスタキオン、君何私達ズッ友だよねみたいなノリで話してんの? 僕達ほとんど接点ないよね?」
「細かいことは置いておいて、君は黙って試験薬を飲んでくれればいいんだよ」
「ついに薬を紅茶とすら言わなくなったな……」
ここまで飲めと催促されていてなんだが、ここはハッキリと断るべきだろう。アグネスタキオンの実験に付き合わされた人は、大抵はろくでもない目にあって帰ってくるのだ。弱みを握られない限り、付き合えと言われて承諾する人はほとんどいない。
「ふむ、これ以上君に勧めても無駄なようだな……ならばマックイーン君。君が飲んでみる気はないかい?」
「わ、私!? ……申し訳ないのですが、私この後レースが控えていまして……」
さすがはマックイーンだ。後のことを考え、不安要素を排除している。自己管理が徹底している証拠だ。
「そうか、残念だ。この薬にはカロリーを消費しやすくなったり、太りにくくなったりと様々な効果があるのだが……」
「ありがたく頂戴致しますわ」
前言撤回、誰だ自己管理ができているとか言ったやつ。
アグネスタキオンの言う薬の効果は本当なのだろう。
しかし、彼女のことだから薬のデメリットについては何も伝えないつもりなのだろう。
つまり、薬のいいところだけを見せて、悪いところ、デメリットは隠しているということになる。これで仮にアグネスタキオンに抗議しても、嘘はついてないないの一点張りになるだろう。
「マックイーン、レースのこと忘れてないかい?」
「……はっ! いけませんわ……もう少しでタキオンさんの甘言に乗せられるところでした……」
どうやら先日のグラスワンダーとの賢さトレーニングは無駄に終わったようだ。もっと厳しいのを彼女に依頼しておこう。
「むむぅ……もう少しで上手く行くところだったのに……」
「悪いね、アグネスタキオン。実験ならまた別を当たってくれ。それじゃあ」
「ふむ、それならばやはり君に試してもらうしかないみたいだな」
どうしてそうなる。わざわざ僕達にこだわる必要もないだろうに。
「マックイーン君も、実際のこの薬の効果が気になるだろう?」
「……ええ、それは少し……かなり少し……すごく少し気になっていますわ」
それはもう興味津々と言っても過言じゃないんだわ。
「ほれほれ、彼女も相当気になっているようだし、ここで君が治験をして成功ならば、マックイーン君のモチベーションや体型などがさらに保ちやすく……」
「ええい、やればいいんでしょやれば! こんな薬一気に飲み干してやらあ!」
この後実験に失敗し、僕の体が緑色に光りだしたことは言うまでもない。