夏合宿
それは7月から8月の間にかけて行われる行事であり、秋のレースを目指すウマ娘にとって非常に大事な時期である。
この夏をどう過ごすかで秋のレース結果が変動すると言っても過言ではない。
例を挙げるなら、ビワハヤヒデなんかがそうだ。彼女は夏前から注目されていたが、夏を越した菊花賞でさらに頭角を現した。BNWの中でも一際大きな存在だっただろう。
……ん? なんか悪寒が……
夏合宿は選ばれしウマ娘のみが行けるとは言ったが、実際のところ参加条件がすごく厳しいかと聞かれたらそういうことはない。参加条件はトレーナーがついているかどうか、もしくはトレーナーはついていないがちゃんとした責任者がいるかどうかということになる。
ウマ娘はトレーナーが付くのが前提なことが多い。
もちろんトレーナーの付いてないウマ娘も教官という立場の人が面倒を見てくれるが、その場合行動が制限されてしまう。
少し話が逸れたな。とどのつまり、僕の担当ウマ娘であるマックイーンとダイヤは問題ないということだ。
この夏合宿を使わない手はない。
例に漏れず、僕もその夏合宿の計画を実行するのだった。
早朝
「私、夏合宿なんて初めてなのでとてもワクワクします!」
「もう……遊びじゃないんですのよ。今回はあくまでも夏合宿。徹頭徹尾トレーニングを行い、秋のレースや今後に向けて己を磨くことが最優先ですわ」
「そうだぞ、ダイヤ。ウマ娘にとって夏というのは一年で最も重要な時期だ。ここを疎かにしては勝てるレースも勝てないよ」
「貴方は自身の格好を鏡で見てからその発言をしてくださいます!?」
おっと、僕としたことがはやる気持ちを抑えきていなかったようだ。
今の自分の姿は、フランクなTシャツとサングラスを身につけ、大きな浮き輪とビーチボールを抱えたなんとも言葉にし難い格好をしている。
「まあ冗談は置いといて。ダイヤが加入してからというものの、マックイーンの復帰レースやなんやらで親睦を深められるような機会がなかったから、今回の夏合宿がちょうどいいと思ってね」
「でしたら最初からそう言ってくださいますか……? それにしても、貴方はそういったところが本当に甘いですわね」
「ウマ娘のことを第一に考えていると言ってもらおうか。……ん? どうしたダイヤ。さっきから微動だにしてないけど」
手荷物や必要な道具を車のトランクに放り投げながらマックイーンと軽口を叩いていると、さっきまで楽しそうにぴょんぴょん跳ねてたダイヤの動きが急に止まった。
「えっと……私のことをそこまで考えてくださっていたことが嬉しくて……」
…………
「よし、夏合宿はトレーニングもこなしつつ、全力で楽しむことにしよう!」
「そうですわね! やはり夏といえば夏休みですわ! たくさん食べて遊んでトレーニングしましょう!」
「……食についてはほどほどにね」
「…………はい」
3人で協力しながら各々の荷物をトランクに詰め込み、なんとか出発の準備が整う。
「よーし、それじゃあそろそろ出発するから車に乗り込めー」
「分かりましたわ」
「分かりました」
「はーい」
あらかじめある程度冷房を効かせておいた車の中に、僕を含めた4人は車に乗り込む。
そう、4人が。
「いやちょっと待ってください。なんか自然に混ざってますけど、どうして貴方がここにいるんですか、セイウンスカイさん!」
「あら、バレちゃいましたか。いい感じにこのまま気づかれないと思ったんだけどな〜」
「こんなのバレるに決まってますわ! というかいつからいらしたんですか!?」
「マックイーンさんがダイヤちゃんに遊びじゃないーとか言ってるあたりかな?」
「一番最初!!」
セイウンスカイとマックイーンがコントを繰り広げている中、ダイヤは不思議そうに僕の方を見る。
「トレーナーさん、今回はセイウンスカイさんもご一緒されるんですか?」
「あの娘のトレーナーに頼まれちゃってなあ……一人増えるくらいなら問題なかったし、こっちにも利があると思ったから受け入れたんだよ」
「そういうことで〜す」
僕の説明に、目の横にピースサインを掲げたセイウンスカイがおちゃらけた様子で反応する。
ちなみにセイウンスカイのトレーナーは僕の後輩であり女性だ。彼女はいつもセイウンスカイに振り回されているため、ついついお節介を焼いてしまうことが多い。そんなこともあり、セイウンスカイとそこそこ話す仲となってしまった。
マックイーンもツッコムのに疲れたのか、少し息を切らしているものの平静を保とうとしている。
「聞きたいことは山ほどありますけど、その利とはなんなんですの?」
「それは単純だよ。セイウンスカイは曲がりなりにも実力者だ。彼女の走りやレースの展開は、君達に良い影響を与えると思ってね」
「……たしかにそうですわね」
ダイヤはともかく、マックイーンもなんとか納得してくれたようだ。
よかった、このままだとセイウンスカイを路上に捨てて合宿の地へ向かう羽目になってしまうところだった。
「おお、トレーナーさん、私のことを高く買ってくれて感激ですな〜。マックイーンさんやダイヤちゃんみたいに、私のこともそういう感じで呼んでくれたらもっと感激しちゃうな〜」
「ウンス」
「……あのー、もうちょっと可愛い呼び方あるんじゃないですか? セイちゃんとか」
「ウンスカ」
「…………やっぱりセイウンスカイでいいです……」
なんでだよ。可愛いだろ、ウンスカ。
「トレーナーさん、そろそろ出発しませんか? 予定の時間よりだいぶ遅れているようですが……」
ウンスカ呼びについて抗議しようとしたが、ダイヤが不安気な表情で出発を提案したのでそれを引っ込める。
「おっとすまない。セイウンスカイのわがままに付き合ってたらもうこんな時間じゃん」
「ええっ、私!? 私のせいなんですか!?」
「ほら三人とも行くぞー、車乗れー。なんならセイウンスカイは走って行ってもいいぞー」
「「了解」」
「ちょっ、乗ります乗ります! 乗せてってください!」
こうしてようやく車を出す準備ができた。なんだかここまででもうお腹いっぱいな気もするが、実際合宿は始まってすらないことに気がつき、先行きが不安になってしまう。
「そういえばトレーナーさん、今回の合宿はどこに行くんですの? 前回は確かかなり近場だったようですが……」
当たり前のように助手席に座るマックイーンが今回の合宿の行き先を尋ねてくる。
マックイーンが知らないのも当然だ。だって伝えてないもん。
「それは秘密ね」
「……勿体ぶらなくてもいいではありませんか」
少し拗ねた様子を見せるマックイーンだが、どこに行こうが私のやることは変わりませんわと言わんばかりにすぐに興味を失い、窓の外を眺める。
後方ではダイヤとセイウンスカイが楽しそうな会話を繰り広げており、それをBGMにしながらアクセルを切った。
数時間後
「……ふぅ、ちょっと長めに運転したし、ここらで休憩するか」
「ちょっとじゃありませんわ! かれこれもう四時間は車に揺られていますわよ! 私達はどこに向かっているんですか!?」
「だからそれは秘密だって」
高速道路に乗って数時間移動していたが、流石にみんなも疲れてきたのでサービスエリアで休憩することになった。
いやあ、久しぶりの長時間の運転は中々体に応える。最後に運転したのはいつだったか。
いつのまにかダイヤも車から出てきており伸びをしている。まだ途中ではあるが、彼女にとって乗用車での長旅は初めてだったのだろう。
「それにしても、こんなに時間がかかるのなら、いっそ飛行機やフェリーを使った方が良かったのでは……?」
「流石に四人分の飛行機代となると予算がなあ……」
「そんなことでしたら私が出すこともできますよ?」
「教え子にそんなことさせるわけにはいかねえよ」
それをやってしまうと金銭面の問題以上に倫理的な問題が出てきてしまう。教え子のウマ娘にたかるトレーナーという最悪の構図は作りたくない。
にしても、パッと飛行機代を出すとか言えるダイヤの金銭感覚もかなり問題じゃないか? もうお嬢様が怖いよ……
するとダイヤに遅れてセイウンスカイも車からのっそりと出てくる。だが彼女の表情は硬く、青い顔をしており、なんだか気分が悪そうだった。
「どうしたセイウンスカイ。もしかして車酔いか? 一応酔い止めならいくつか持ってるけど……」
「えっ、い、いやあ、私は簡単には酔いませんのでお気遣いなく〜……あっ、そうだ! キング達へのお土産見とか見なきゃなので、私ちょっと売店見てきますね〜」
そう言ってセイウンスカイはヨロヨロと歩き出す。
そんな彼女を不自然に思いよく見てみると、彼女の向かう先は売店ではなく別の方向だった。
あ、そうか。
ボソッと一言
「…………トイレか」
「ねえええええなんでわざわざ言うんですかああああああああああああ!?!? 乙女としてトイレに行きたいとか言えないからセイちゃんずっと我慢してたのにいいいいいいい!!!」
Now loading……
「あ、お帰り、さっきは悪かったよ。デリカシーがなかった、ごめんなさい」
「……」
あちゃー、セイウンスカイ完全に拗ねちゃった。いや僕が悪いんですけどね、はい。
あの後マックイーンとダイヤから立て続けに批判をくらった。特にマックイーンからなんかはボロクソに言われた。本当に反省してます。
「ほら、なんか奢ってあげるから。なんでも言ってみそ」
「……じゃあにんじん焼きとにんじんジュースとにんじんアイス」
「多いなあ……」
「なんでもって言ったよね?」
「言いました。行きましょう」
セイウンスカイの言われるがままに彼女の欲しいものを買って回る。
先程の要求よりも明らかに多かったような気がするが、ここでまた何か口を挟んだら面倒なことになる気がしたので、何も言わずに彼女の欲しい物を全て買った。
「にゃははっ、これだけ買ってもらったんなら許してあげなくもありませんな〜」
「あ、ありがとうございます……」
買ったものを袋に入れて大事そうに抱え笑顔なセイウンスカイを見て、なんとか事なきを得たという実感を覚える。
「それにしてもトレーナーさん、ここまで結構な時間運転してましたけど、後何時間くらいで到着する予定なんですか? セイちゃん狭いところ苦手だから、車もあんまり得意じゃないんだけど……」
「まだ半分も行ってないよ」
「……まじ?」
「大マジ。だから次トイレ行きたい時はちゃんと言ってね」
「トレーナーさんが何も反省してないことだけは伝わりましたよ」
それからさらに数時間後
かなり朝早くに出発したこともあり、車に揺られ続けたマックイーン達は、流石に耐えられず睡魔に負けてしまっていた。
「もう食べられませんわ……」
「もう食べられません……」
「もう食べられませんな〜……」
いやどんな寝言だよ。食べることしか考えとらんのか。
長かった車での旅もそろそろ終わりが近く、ナビは目的地まであと少しであることを示してくれる。
……少し寄り道して行くか。
ナビの指示に従わず、敢えて遠回りの道を選ぶ。
道を外れるたびにナビが近道を提案してくれるが、それら全てを無視して移動する。
そして目的の場所に到着すると、車を止め外に出た。眼前に広がるのは、世界で最も大きな海である太平洋だ。潮風が顔を打ちつけ、そんな感覚が少し鼻をくすぐる。
「むにゅ……」
「ん? ああ、起こしちゃったか。おはよ、マックイーン。と言ってももう夕方だけどね」
「はあ、おはようございます。もう到着したのですか?」
「いや、もうすぐ。今はちょっと寄り道中だよ」
「そうですか。それよりここはどこですの? 見たことない景色のようですが……あら、水平線? ということはここは太平洋側ですの?」
「高知県」
「……は?」
「高知県」
「…………はあああああああああああああああ!?」
マックイーンが今までに聞いたことないような声をあげる。
そんな奇声が聞こえたのか、何事かと寝起きの様子のダイヤとセイウンスカイものそのそと車から出てくる。
「マックイーンさんどうしたんですか? そんなおかしな……とんちき……変わったお声をあげて」
「だ、だってダイヤさん、ここがどこか分かってますの!?」
ダイヤの気を使えてようで何も気を使えてない発言が気にならないくらいマックイーンは動揺している。
そんなに驚くことかな。
「うーん? トレーナーさん、ここってもしかして高知……それも高知レース場の近くかな?」
「お、よく分かったね。もしかして行ったことある?」
「うんにゃ、私は行ったことないよ。でもウララが写真とか見せてくれてたんだ」
ウララ、もといハルウララというと、確か高知レース場を主戦場としていると聞いたことがあるな。中央は主に芝のレースが多いため、ダートが得意な彼女にとっては不利な場なのだろう。
「こ、こんなに遠いところに来るのであればもっと色々と準備を……」
「ほら、落ち着いてマックイーン。なんか飲み物買ってきてあげるから」
「……私も行きますわ」
「私も行きますー」
「お、トレーナーさんの奢りですか〜?」
「はいはい」
近くにあった自動販売機に移動し、それぞれに欲しい飲み物を一本ずつ買ってあげる。
ふと、そんな僕らのことを物陰からじっと見ている存在に気がつく。
なんだろうと思いチラッと横目で見ると、運の悪いことに目が合ってしまいなんだか気まずい雰囲気が流れる。しかもその存在の容姿が容姿なだけにさらにまずい。主に僕の社会的立場が。
それは見た目が完全に五歳か六歳くらいのウマ娘。いわゆる幼女というやつだ。
「トレーナーさん、どうかされましたか?」
「えっ、いやあなんでもないなんでもない。さっ、飲み物も買ったことだし行」
「ねえ」
なんとか誤魔化そうとするが、その幼いウマ娘が声をかけてきたことにより全てが破綻する。
本当にまずいな、大の大人と幼女の絡みなんて会話してるだけでもしもしポリスメンされかねない。
「ねえ、そこのおじさん」
「お、おおおじさんじゃねぇし!」
「そんなことはどうでもいいの。あたし、おじさんにお願いがあるの」
「どうでもよくない! 僕はまだ二十代前半……おい離せセイウンスカイ!」
「ほいほ〜い、トレーナーさんはこっちで大人しくしていましょうね〜」
おじさん扱いに納得がいかないので、まだそう呼ばれる歳ではないことを小一時間ほどかけて説明しようとしたが、セイウンスカイに取り押さえられてしまった。
「お願いなら私達が聞きますわ」
「お姉ちゃん達に任せてみて?」
僕の代わりにマックイーンとダイヤが聞こうとするが、その幼いウマ娘はフルフルと首を横に振る。そんなウマ娘にマックイーンとダイヤは困ったような顔をして僕の方を見てくる。
はあ……
「それで、お願いって何? そもそも君は」
「これ」
「……これは手紙? どこかに届ければいいの?」
「あそこのレース場にリョウジっていう人がいるの。その人に届けて欲しい」
「自分で渡せばいいんじゃないのか?」
そのウマ娘は、僕の質問にまたしても首をフルフルと横に振る。
ははーん、僕理解っちゃった。さては好きな人宛の手紙だな? 少し早い気もするけど、そういうお年頃だから恥ずかしがってるのか。
「いいではありませんか。どの道レース場には行くのでしょう?」
「それになんだかロマンチックですよ!」
「ここで断ったらトレーナーさんの評価ただ下りですよ〜?」
なんで君達こんなノリノリなんだよ。
「分かってる、分かってるって。それじゃあ、この手紙をレース場にいるリョウジって子に届ければいいんだね?」
「そう、お願い」
「分かったよ。でも、最後に一ついいかな」
「なに」
「僕はまだおじさんと呼ばれるような年齢じゃないぞ。そもそもおじさんの定義から説明を……お、おいやめろ! 腕を離せ! 僕はまだおじさんじゃない! おじさんじゃなあああああああい!」
三人がかりで抑えられ、抵抗することも叶わず車に出荷されてしまう。
幼いウマ娘はそんな僕達のバカな様子を見て、見た目に反してとても大人びた笑顔を浮かべていた。
***
おじさん扱いされたことにより、流石の僕も厨房に入っていきそうになったがなんとか平常心を取り戻した。
約十二時間に渡る車での旅を終え、ようやく目的の宿に到着する。時刻は夕暮れ時に差し掛かっていたため、今からトレーニングというのも厳しく、元々その予定ではあったがトレーニングは明日からということに決定された。
ご飯を食べ風呂に入り、後はもう寝るだけだという態勢になってから、なんとなく外に出てみたくなった。
少しくらいふらっと外に出ても問題ないだろう。
そう思い一人で宿を飛び出してみる。ここら辺の土地勘はまるでないが、なんとなくでそこら辺を歩き回り、とうとう海岸に辿り着いた。
暗闇の海の中に波の音が響き渡り、多少の恐怖を感じてしまう。辺りを灯すのは空に浮かぶお星様だけ。
自分はこうして何も考えない時間というのが嫌いではない。
ただ、こうして広大な海を眺めて時間を無為に過ごすというのは初めてなので、なんだかとても新鮮に感じる。
何も考えず海を眺めていると、不意に後ろから背中をポンと叩かれる。
「おやあ? トレーナーさん、こんなところで奇遇ですなあ」
「っと、セイウンスカイか。こんな時間にどうした。事前に決めてた消灯時間はとっくに過ぎてるはずだが?」
「早く寝ないと……とか、フラワーみたいな小言は聞かないよ。私が寝る時間は私が決める! どん!」
「さいですか……」
時間にルーズというわけではないが、こういったことを厳しく取り締まろうとは思わないので多目に見てやろう。
そんなセイウンスカイは、バケツにクーラーボックス、懐中電灯、そして釣り竿という如何にも釣りする気満々ですよと言った感じの道具を引っ提げている。
えぇ……君今から釣りするの……?
「お? トレーナーさんもこれが気になっちゃってしょうがない感じですか?」
「気になるも何も、こんな時間帯から釣りするのかなと思って」
「夜釣りというのも乙ではありませんか〜。ささ、トレーナーさんも。私の予備の釣り竿貸してあげますから」
釣りなんてやったことがないので断ろうとしたが、どうせこの後もぼーっと海を眺めているだけなので釣り竿を手に取りセイウンスカイの見よう見まねでルアーを海に投げ入れる。
数分後
「…………釣れねえ……」
「あはは、ルアー釣りって基本的に難しいですから。ま、気楽に待ちましょうよ。楽しくお話しでもしてさ」
「お話しねぇ……僕みたいな人間と話しても何も面白いことないと思うんだけど」
「ちょっと自己肯定感低くないですかね。私はトレーナーさんとこうしてるだけで楽しいですよ? ……もしかして……これが恋!?」
「そういうのいいから」
「ありゃ、釣れませんなぁ。トレーナーさんもお魚さんも」
何も上手くねえよ。
「でもトレーナーさんといて楽しいってのは本当ですよ? いっそ私のトレーナーになってみる気はありませんか?」
「そんなこと言い出したらあいつ泣くぞ……」
「にゃはっ、たしかに」
彼女の口ぶりからするに、おそらく本心ではないのだろう。一見チグハグのように見えるセイウンスカイ達の関係だが、彼女達は彼女達で独特の信頼関係を保っている。その証拠が皐月賞、菊花賞での勝ち星だ。
「それに、僕にはもうマックイーンとダイヤがいるからね。今のところ担当ウマ娘を増やすことは考えてないよ」
「なーんだ、残念」
そう言ったセイウンスカイは相変わらず砕けた雰囲気だ。僕も彼女のことはよく分かっているつもりなので、こうした冗談めかした会話というのは心地よい。
「…………もっと早くアプローチしてたらなあ……」
…………
今のは冗談なのか、それとも無意識に出た言葉なのか。
聞いたことのないようなセイウンスカイの低い声に僕はほんの少し動揺する。
「……あっ、トレーナーさんルアー引いてる! ぼーっとしてないで巻いて巻いて!」
「えっ? やべ、ほんとだ! でも、ちょ……これむず!」
「ロッド持つ手をちゃんと固定して……もう貸して! 私がやり……ああ! 逃げられた!」
「うーん、意外と難しいな……」
逃げられてしまったものの、こうしてやったことないものをやってみるというのは悪くない。むしろ楽しいとさえ感じてしまう。
「まあ、こればっかりは経験ですから」
「悔しいな……もう一回!」
「お、トレーナーさんも分かってきましたね〜。私も負けてられませんよ!」
釣果、ゼロ