名家のウマ娘   作:くうきよめない

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夏の醍醐味

 

 

 人間の体は泳ぐのに適していないと考える。

 

 そもそも泳ぐのに適していた場合、この体にヒレや水掻きが付いていないのはおかしいだろう。我々の祖先は水中よりも陸の方が生活に適していると考えたため、わざわざ肺呼吸を習得して酸素を体に取り込んだ。その結果、我々はこうして地に立ち生活することができている。

 

 それならば僕は祖先達を心から尊敬しよう。生涯不自由な水中で暮らし続けるなどまっぴらごめんだ。自分が陸型の哺乳類でよかったと常々思う。

 

 水泳や水中で行う競技の選手達は超人だ。多分人知超えし者に違いない。本当に人間か? 

 

 さて、ここまでで何が言いたいかというと、冒頭の通り人間は泳ぐのに適していないということ。これは子供の頃から変わることなく考え続け導き出した答えだ。

 

 

 

 夏合宿最終日。流石に最後の日までみっちりとトレーニングを詰め込むというのも酷だと思い、最終日である今日を一日休日にした。

 彼女達が真っ先に向かったのは海。その間宿でゆっくり過ごそうかと思っていたのだが……

 

「行きますわよ、ダイヤさん!」

 

「きゃっ、冷た! やりましたねマックイーンさん! ついでにマーチさんも巻き込んじゃいます!」

 

「お、おい! 何故私に……ぶはっ!?」

 

 前にウマ娘と人間の体の構造は酷似しているということは話しただろうか。どちらにせよ、外見からは耳と尻尾くらいしか違いはない。違いはないはずなのに、ウマ娘である彼女達は楽しげに海水に浸かり水の掛け合いをしている。

 

 何が楽しいのだろうか。甚だ疑問である。

 

 海で楽しそうに水を掛け合うダイヤ達に訝しげな視線を送っていると、先程まで彼女達と一緒に遊んでいたマックイーンが、悠々自適にビーチパラソルの下で体育座りをしている僕の元へやってくる。

 

「ずっとそんなところにいては退屈ではありませんこと?」

 

「いや別に。やることが無いってだけだよ。マックイーンはみんなと遊んできな」

 

「でしたらトレーナーさんも一緒に海で」

 

「断る」

 

「……トレーナーさんも」

 

「断ーる!!」

 

「もう、なんなんですの! 構って欲しいのか欲しくないのかハッキリしてくださいます!?」

 

 マックイーンは僕の態度が気に食わないのか、砂浜を蹴って激昂する。仕方がないじゃないか、泳げないんだし。

 

「全く。貴方は大抵のことはできるお方だと思っていましたのに、どうして泳ぎに関しては何年経ってもポンコツですの?」

 

「マックイーン、よく考えて欲しい。僕はウマ娘のトレーナーだ。常日頃どうやったら君達がもっと速く走れるようになるかを考えている。そんな君達は今海で泳いだりしている、実質僕も泳いでいるだろう?」

 

「話の流れで記憶飛びましたか?」

 

 呆れ顔のマックイーンについそっぽを向いてしまう。

 

 へっ、別に泳げやしなくたって日常生活に支障は無い。そもそも、学校の水泳の授業が終われば大人になってから泳ぐ機会なんて早々ないだろう。よし、今大学のサークルや友達で海やプールに行く話をした奴表に出ろ。少し話をしようじゃないか。

 

「はあ……もうトレーナーさんを誘うのは諦めますわ。私はダイヤさん達ともう少し遊んできます」

 

「ん、懸命な判断」

 

「そ の ま え に」

 

 僕の言葉を遮り、マックイーンはずいっと体を寄せてくる。

 

「いい加減、私達の格好について触れるべき点があるのではないですか?」

 

「……やっぱり褒めなきゃダメ?」

 

「ダメに決まってますわ! 何のために夏合宿の前日、ダイヤさんとこの水着を買いに行ったと思ってるんですの!」

 

 急遽誘ったフジマサマーチを除いて、今のマックイーン達は水着は水着でも学園指定のスクール水着ではなく、ショッピングモール等で売っているような可愛らしい水着を身につけている。先程名前が上がったダイヤもフリフリの水着を着用している。

 

「それで、水着について感想を聞かせていただけると嬉しいのですが」

 

「ああ、似合ってるよ。マックイーンだけじゃなくて、ダイヤも」

 

「……そうですか、ありがとうございます」

 

 ……え、なんか変なこと言った? ちゃんと褒めたよね? なのになんでちょっと凹んでるの? 

 

「はあ、まあいいですわ。乙女心の分からないトレーナーさんにこのようなことを聞くこと自体が間違っていました」

 

「おっとマックイーン、その発言は訂正してもらおうか。僕は人の感情の揺れ動きには人一倍敏感だと自負している」

 

「そう思っているのは貴方だけですわよ」

 

 マックイーンに真顔で言われた。ゴールドシップに揶揄われて顔を真っ赤にしたり、スイーツを見ると途端に表情が緩くなるあのマックイーンに真顔で言われた。結構に心に来るな、これ。

 

「そ、それより、セイウンスカイの様子が見えないんだが、あいつはどこに言ったんだ?」

 

「スカイさんなら、少し奥で浮き輪を使っていますけど……どうして浮き輪があるのにビート板を持っているのでしょうか?」

 

「よし、今すぐセイウンスカイを浮き輪から引き摺り下ろすぞ。あいつ多分泳げない」

 

「え、トレーナーさん!? 貴方も泳げないのではないのですか!?」

 

「何、僕も成長したんだ。この程度の距離なら多分大丈夫だって」

 

 今までの仕返しにとセイウンスカイの足を引っ張りに海に入って彼女を浮き輪から引き摺り下ろしたところまでは良かったのだが、結局まともに泳ぐことができず、セイウンスカイ共々溺れているところを救出されたのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 波乱の夏合宿もいよいよ終わりに近づいている。僕達はフジマサマーチや坂本トレーナーに挨拶をするため、最後に高知レース場にやってきた。

 

「いやー、いっぱいトレーニングもしたし、ご飯も美味しかったし、夏合宿楽しかったな〜……最後のトレーナーさんの奇行以外」

 

「なぜ自分があんなことをされたのか、君の薄い胸に手を当てて考えてみることだね」

 

「はい、セクハラ。もし言われたのが私じゃなかったらトレーナーさん速攻刑務所行きですよ? それにマックイーンさんの方が薄いって分かってます?」

 

「ちょ、お二人の言い合いで何故私に飛び火するんですの!? わ、私だって……私だって少しは成長してますわ!」

 

「あーあ、トレーナーさんが泣かせたー」

 

「泣かせたのは君だよね?」

 

 セイウンスカイに胸のことをいじられて立ちすくむマックイーン。

 彼女は自身の胸を成長したとのたまうが、担当ウマ娘のスリーサイズを把握しなければならないトレーナーの身から言わせてもらうと、残念ながら最初に測った頃とほとんど変わっていない。どんまい! 

 

「もう、トレーナーさんもスカイさんもマックイーンさんを虐めるのはやめてあげてください! 胸なんて小さくたっていいじゃないですか……マックイーンさん!? どうしたんですか!?」

 

 慰めのつもりで放ったダイヤの言葉がトドメとなり、マックイーンが膝から崩れ落ちる。ダイヤに悪意が無いのが尚タチが悪い。

 ちなみに、見た目的な問題では一番年少のダイヤが強調されている。何がとは言わないけれど。

 

「ま、ダイヤはともかく、その件でマックイーンとセイウンスカイが争ってもどっこいどっこい、五十歩百歩、ドングリの背比べってわけだ。今後の成長に期待しようね」

 

「スカイさん、貴方は右から攻めてください。二人であのスカした社畜トレーナーをとっちめるのですわ」

 

「おっけー。覚悟してくださいね、トレーナーさん。セイちゃんが本気出したからには、海の藻屑となってもらいますよ?」

 

「よし、かかってこい。力では勝てないけど、君達をどうこうする方法なんていくらでもあるんだぜ?」

 

 一触即発。そんな言葉がこの場にしっくりくるだろう。マックイーン&セイウンスカイVS僕という構造が出来上がり、ジリジリと間合いを取りあっている。

 

「お前達は帰る間際まで何をしているんだ」

 

「……命拾いしましたわね」

 

「次は無いですよ?」

 

 そんな雰囲気に割って入ったのはフジマサマーチだった。それにより、この場が戦場と化すことはなくなったが、その代わりにマックイーンとセイウンスカイの鋭い眼光が僕に突き刺さる。

 だが残念だったな、君達をどうこうする方法というのはハッタリじゃないんだ。その方法を使えばウマ娘の一人や二人昏倒させることなど容易い。本当のところ、この手段はなるべく使いたくないが、そんな機会はそうそう訪れないだろう、ガハハ……あれ、これフラグ……? 

 

「お前達が来てからというものの、なんだかこのレース場付近が騒々しく感じていたよ」

 

 ごめんなさい。うるさい集団でごめんなさい。

 

「ただ、帰るとなると、それはそれで寂しいな」

 

「……出会いあれば別れあり。これが今生の別れというわけではありません。私達が走り続ける限り、いずれまた共に走る機会があるはずですわ」

 

 少し悲しげな表情を見せるフジマサマーチに、マックイーンは笑顔でそう告げる。

 

「そうですね。次は私もマーチさんと一緒に走れるように頑張ります!」

 

「私も〜。またウララと一緒にここに来るから、その時は併走してくれると嬉しいなぁ〜」

 

「……そうだな。これで終わりというわけではない。あいつにも、お前達にも、誰にも負けないくらい私は永く走り続けてみせるさ」

 

 マックイーンに続いて、ダイヤとセイウンスカイもフジマサマーチとのレースを約束する。

 時刻は夕方。こう言ったいい感じのシーンというのは大体夕焼けであり、このシーンも例に漏れず綺麗な夕焼けだ。

 

 ウマ娘ズの青春ストーリーを見ながら、最後の一仕事をするためにこの場所に来た時と同じように鞄から一通の手紙を取り出す。

 あの日から一日一回はレース場に足を運んでいるのだが、この手紙を僕達に授けたウマ娘と同じくらいの年齢の男の子は見当たらなかった。頼まれたことを遂行できないまま帰るのもなんだか気分が良くないのでどうにかしたいものなのだが……

 

「おまさんらもう帰るんやか?」

 

「うわああ!? びっくりしたあ!」

 

 手紙の処遇をどうしようか迷っていた時に、後ろから坂本トレーナーに話しかけられる。頼むから急に現れて声をかけるのをやめてほしい。

 

「すまんすまん。なんか難しそうな顔しちょったき、ついな」

 

 この人はついで僕の心臓を縮めに来ていたのか。

 

「……まあいいです。それより坂本トレーナー、一つ聞きたいことがあるのですが」

 

「ん? どいた?」

 

「実は僕達、この手紙を届けてほしいと言われてそれらしき人物を探しているんですけど、中々見つからなくてですね」

 

「ほう、手がかりちょかは?」

 

「リョージという名前の人に渡してほしいと」

 

「リョージ? なんや、ワシのことやないか」

 

「……え?」

 

 じゃあ坂本トレーナーが僕達の探している人……? いや、そう決めつけるのはまだ早い。もしかしたらただ名前が同じだけかもしれない。

 

「あの、他にレース場にいるリョージという名の人……小学生くらいの男の子っていませんか?」

 

「いや、ここら辺でリョージっちゅう名前は聞いたことないなあ」

 

 え、本当に坂本トレーナーが……? 確かにあの幼いウマ娘は同年代の子とは一言も言っていなかったが……

 ま、まあ叔父と姪といったような関係も捨てきれない。むしろそれであってくれ。そうじゃなかったらただの事案だ。

 

 心の中で懇願しながら手紙を渡す。それを受け取った坂本トレーナーは封を開け中身を見ると、すぐさま目を見開いた。

 

「おお、この名前は……!」

 

「……もしかしてお知り合いだったんですか?」

 

「この手紙の主はワシの幼馴染のウマ娘や! ワシらが小さい頃によく遊んだものやな!」

 

 ………………は? 今何と言った? あの幼いウマ娘と坂本トレーナーが幼馴染? 

 

「あの娘、ワシに病気を隠しとってな。そいでちょうど小学生に上がると姿が見えんくなっての。それ以降手紙を書いても返事は来んし顔も出さんしで不安じゃったき。病気のことを知ったんも、結構後のことや」

 

 ちょっと待て、本当に待ってくれ。頭が混乱して、周りが見えなくなってきた。もしかしたら事案よりもまずいかもしれない。

 

 僕達に手紙を渡してきたウマ娘は見た目小学生くらいの年齢だった。しかし、そのウマ娘のことを坂本トレーナーは幼馴染と称している。坂本トレーナー曰く、かつてそのウマ娘は病気を持っており、小学生に上がるタイミングで行方を眩ましたと。そして今日まで連絡が取れていなかった。

 

 いや、僕達が見たウマ娘は、坂本トレーナーの言うウマ娘の子供である可能性も……でもそれだと僕達に頼む理由が見当たらないし……

 

「ワシと同い年ということは、あの娘ももう結構年をとっちゅーなあ」

 

 大人に成長し、高知レース場でウマ娘のトレーナーをしている坂本トレーナー。

 直接ではなくこうして間接的に手紙を渡そうとした、見た目が完全に小学生のウマ娘。

 

 その二人が幼馴染である。ここから導き出される結論はつまり……

 

 

「懐かしいなあ……どうやったか? その娘、元気にしとったか?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 夕暮れに合宿の地を出発したため、真夜中の高速道路を走る羽目になっている。

 時刻が時刻なだけに、後方の席に座るダイヤとセイウンスカイはぐっすり眠っているため、車内はとても静かである。だがマックイーンは未だに起きており、寝ないのかと問いかけても、「私までもが寝たらトレーナーさんがいよいよ退屈になってしまうでしょう?」と返された。じゃあ行きの時の爆睡は何だったんだよ。

 

「……夏合宿、色々ありましたわね」

 

「そうだね。海でトレーニングしたり、フジマサマーチとレースをしたり、誰かさんが男湯に飛び込んできたり」

 

「最後のはいい加減忘れてくださいます!? あれはスカイさんが暖簾を入れ替えたのが悪いのであって、私はそれに巻き込まれただけですわ!」

 

「でも僕を押し倒したのは事実だよね?」

 

「なんだか唐突に高いところから飛び降りたい衝動に駆られましたわね。今ドアを開けますわ」

 

「早まるなって」

 

 ここは高速道路が故に、そんなことをしたら大事故で明日朝一のニュースになってしまう。トレセン学園のトレーナーとそのウマ娘が事故っちゃいましたー、なんて洒落にならない。

 

「はぁ……せっかくセンチメンタルな雰囲気でしたのに、トレーナーさんのせいで台無しですわ」

 

「また来ればいいさ。これが最後なわけじゃないって君自身が言っていたことだろう?」

 

「それはそうなのですが……」

 

 それでも尚暗い表情を見せるマックイーン。フジマサマーチとの別れはきちんと済ませている様子だったが、やはり寂しいものは寂しいのか。

 そう思っていたが、横目で見る彼女は何か別のことを気にしているようにも見えて……

 

「……どしたの、何か気がかりなことでもあるの?」

 

「……トレーナーさんは、どうしてあの時嘘をついたのですか?」

 

 嘘? 僕がマックイーンに? 

 

「あの地を離れる直前の、坂本トレーナーとの会話です」

 

「っ、聞いてたのかよ……」

 

「聞こえてしまった、の方が正しいですわ」

 

 あの会話を聞いていたということは、マックイーンも僕達に手紙を託したウマ娘の正体に気がついているのだろう。

 

 マックイーンの指摘する僕が嘘をついていたという場面は、それすなわち坂本トレーナーの『元気にしていたか?』という質問に対しての答えのはずだ。その質問に『元気にしていました』と答えた。これを嘘と捉えるかは人それぞれ。それに……

 

「あんな非科学的なことに嘘も何もないでしょ……」

 

「それもそうですわね」

 

 マックイーンはあっさりと肯定の意を示す。同じウマ娘だけに思う所があるのか、依然としてマックイーンの表情は明るくない。

 かく言う自分も、その事実に気がついた時は混乱もあったが悲しくもあった。

 

 認めたくはないが、そのウマ娘はもうこの世には……

 

「……もし、私がいなくなっても、トレーナーさんは私のことを覚え続けてくださいますか?」

 

「縁起でもないことを言うのはやめろ。仮にそうなったら地の果てでも君を探しに行くよ」

 

「ふふ、それが聞けて安心しましたわ……」

 

 そう言ったマックイーンからは、後ろの二人同様の寝息が聞こえてきた。寝ないのかと問うた時に強がってはいたが、彼女もかなり限界だったらしい。安心しきった彼女の表情がなんとも言えない。

 

 今なら分かる。どうしてあの幼いウマ娘が、最後に大人びた笑顔を浮かべていたのかが。

 

 不思議と恐怖は無かった。マックイーンとダイヤ、ここまで来たらおまけでセイウンスカイも付け加えてやろう。

 

 必ず彼女達の夢を叶えてみせる。そう思わされた夏の終わりだった。

 

 

 




ストックが少なくなってまいりましたので毎日投稿は一旦終了です。
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