名家のウマ娘   作:くうきよめない

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もう一つの成長

 

 

 

 天皇賞当日。夏合宿が終わってからというものの多少のトラブルはあったが、ここまで概ね予定通りにことが運んでいる。とは言っても、まだマックイーンの目標のもの字のレースすら始まっていないのが現実だ。しっかりと気を引き締めなければならない。

 

 今の時間はレースが始まる数時間前であり、混雑が予想されるためレース場への移動を早めにしている。車を使って東京レース場に移動しており、特にこれといって不自由はない。車という割とプライベートな空間であれば、マックイーンもレース前のこの時間に精神を落ち着かせることができるだろう。

 

 そう思っていた。

 

「はああ? ゴルシお前本気か? 小さくて食べやすいし、こういった場で売り出すんやったらたこ焼き一択やろ!」

 

「タマモこそ何言ってんだよ! 焼きそばにはなあ、夢と希望が詰まってんだ! あたしは何がなんでもゴルシちゃん特製、スペシャル激辛焼きそばを売り捌いてみせるぜ!」

 

「いえ、焼きそばやたこ焼きも悪い選択肢ではありませんが、やはりここはコストパフォーマンスを考えて塩結びを売り出すのが最善だと考えます」

 

「今日はマックイーンさんが主役なんです! マックイーンさんと言えばスイーツ、甘い物、そこに焦点を当てるべきです!」

 

「にんじんにんじん! 私はやっぱりにんじんがいい! だっておいしいもん!」

 

「仕方ねえ、こうなりゃ全部ミックスだ! 今から究極のたこそばにんじんスイーツ塩結びを作り上げてやらあ! うおおおおお、ファイアアアアアアアアアア!」

 

「うるせえよ! レース前なんだからちょっとは静かにしろよ!」

 

 どうしてこうなった……

 

 元々マックイーンとダイヤだけを連れて行く予定だったけど、いつの間にかなんか増えてた。マックイーンの応援についてきてくれるのは嬉しいが、彼女の集中を乱されるならばゴールドシップくらいなら道端に放り捨てても許されると思う。

 

「ご、ごめんね、トレーナーさん。ライスがいるからだよね……ライスのせいで……ごめんなさい……」

 

「君は悪くないんだよ、ライスシャワー。だから泣かないで。僕がわるいみたいになっちゃうから」

 

「あー! トレーナーがお米泣かせた!」

 

「ライスちゃんを泣かせる人は私が許さないんだかねー!」

 

「おいやめろ! こちとら運転中だぞ! 見てる、ポリスが見てるから!」

 

 運転中の僕にちょっかいをかけるゴールドシップとハルウララにすぐ近くにいた警察官は少し反応を見せたが、何を思ったのか苦笑いで僕達のことを見逃してくれた。ありがたいはありがたいのだが、本当にそれでいいのか警察官。

 

「大丈夫か、マックイーン? もし気が散るようであれば全員窓から放り捨てるけど」

 

「貴方も大概ですわね……。別に問題ありませわ。この程度で集中を乱していては、このレースはもちろん、今後のレースにだって勝てるはずがありません。これはある種のトレーニングでもありますわ」

 

 だいぶそれっぽく正当化してましたけどそれってつまりはうるさいってことですね分かります。

 だがまあ、ガチガチに緊張して走れなくなるよりかは全然いい。そう言った意味では彼女達の存在はありがたいと感じる。緊張がほぐされすぎるのもあれなんだけど……

 

「おっ、マックイーンあんま緊張してないみてえだな。よっしゃ、あたしのファイティングスピリッツで緊張のお裾分けしてしてやるぜ!」

 

「誰のせいですの誰の! というか、髪が乱れてしまうので頭を撫で回さないでくださいます!?」

 

「だから大人しく座ってろって! 困ってる、ポリスが困った顔でこっち見てるから!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 紆余曲折ありながらもなんとかレース場に着き、控室にマックイーンを送り届けて時間を潰しながらダイヤand moreを引き連れレースを見るための場所を確保しようと思ったのだが……

 

「うへぇ、これ何人おるんや? ただただエッグい人数ってのしか分からんわぁ……」

 

「私これ知ってるよ! こういうのって、人がゴミのようだ! って言うんだよね!」

 

「だ、だめだよウララちゃん! そんな言い方しちゃ!」

 

 レース場はほぼ満員と言っても過言じゃないほどの人がいた。僕自身担当ウマ娘をGⅠレースに出走させるのは久々だったので感覚が鈍っていた。

 マックイーンの復帰戦の時もかなりの観客がいたが、今日はそれよりも人数が多いことは見て取れる。

 

「あれ? イクノディクタス、ゴールドシップの行方を知らないかい?」

 

「ゴールドシップさんでしたら先程、『あたしのとんかつ弁当でこのレース場の奴らを虜にしてやるぜ!』と宣言してどこかへ行かれましたよ?」

 

 何しに来たんだあいつは。てか焼きそばでもたこ焼きでもないのかよ。車内での会話は一体なんだったんだ。

 

「それにしても本当に凄い人数ですね……。怪我をする前のマックイーンさんがレースをする時と同じくらいかそれ以上な気がします」

 

「そりゃそうさ。今日はマックイーンが復帰して最初のGⅠレースな上に、マックイーン一強ってわけでもなさそうだからね」

 

「? それはどういう……」

 

「お久しぶりです、メジロマックイーンさんのトレーナー」

 

 僕の発言にダイヤは首を傾げるが、間髪入れずに僕でもダイヤでもない第三者が口を挟む。

 

 それにより、この場にいるハルウララ以外になんとも形容しがたい空気感が流れる。

 その第三者の表情はなんとも真剣なものであり、その闘志と熱意でこちらの身が焦がされそうであった。

 

 まさに一触即発、そう思わせるほどには僕と彼女の間でバチバチと火花が交錯しあっている。

 

「お久しぶりです、桐生院トレーナー。そんな張り詰めた表情だと、綺麗なお顔が台無しですよ?」

 

「えっ、綺麗? わ、私が? ほ、ほほ本当ですか!?」

 

 ……あれっ? もしかして返す言葉間違えた? こういうのって最初は軽口や冗談で済ますって漫画で見たんだけど。まあ桐生院トレーナーが美人なのは否定しない。

 

「え、ええ本当ですよ、はい。それよりも、今日はトレーナーとして、お互い良いレースに……」

 

「そ、そうですか……ふふっ、少しは男の人と仲良くなれたかな……?」

 

 だめだ、聞こえちゃいない。

 最後の方何を言っているのか分からなかったが、その時既に彼女は上の空状態だった。

 

「って違ーう! 今日はミークの大事なレースの日なのに、ちょっと憧れの人に褒められたからって……!」

 

 お、おう、思ったより感情の起伏が激しい人なんだな。

 

「……今日のために、メジロマックイーンさんのレースを沢山見て研究させてもらいました。このレース、私達が勝たせていただきます」

 

「望むところです。こちらも少々御宅のウマ娘について調べさせてもらいました。なんとも常識外れな能力をお持ちで……」

 

「ふふっ、それがミークの強みですよ」

 

 そう言うということは、桐生院トレーナーもハッピーミークのとんでもない適正の広さに一度は度肝を抜かれたことがあるのだろう。あれを見れば驚くのは当然か。

 

「それでは失礼します。そろそろレースの時間なので、ミークのところへ行っておこうかと」

 

 そのまま桐生院トレーナーは人混みの中に姿を消す。終始毅然とした雰囲気だったが、所々口元が緩みかけていたというアンバランスさがなんとも言えない面白さだった。

 

「さて、場所も確保できたし、僕はそろそろマックイーンのところに……え、何。何この雰囲気」

 

 おや皆さん、これはゴミを見る目ですね。ダイヤやタマモクロス、イクノディクタスはともかく、あのライスシャワーまでにもこのような目を向けられる機会なんてそうそうないだろう。

 

「……ここにマックイーンがおらへんでよかったな」

 

「ええ。もし彼女がここにいたら、この後レースどころではありませんでしたね。先程の発言はあまりにも考え無しと言わざるを得ません」

 

「トレーナーさん……そういうところじゃないかな……」

 

「……」

 

 うわぁ、とでも言いたげな目をしながら、言葉は違えど僕を責め立てるような口調で各々口に出す。ダイヤに至っては何も言葉を発していないが、こういった彼女の態度が一番怖い。

 

「マックちゃんのトレーナーさんはあの女の人のこと好きなの!? すごくきれいな人だったもんね!」

 

 やめてくれ、ハルウララ。傷口に塩を塗るようなことはやめてくれ。

 

「……あ、あー、レースも近いし、僕もそろそろマックイーンの所に向かおうかなあって……ひ、引き続き場所取りをお願いしてもいいかい?」

 

「おう、焼きそばとたこ焼き買ってきてくれるんなら引き受けたるわ」

 

「ならば私はにんじん焼きとにんじんジュースを」

 

「は? いや、それくらい自分で買ってこい……」

 

「さっきのこと、マックイーンにバラされたくなかったら……分かっとるよな?」

 

 こ、こいつら……人の弱み握ってるのをいいことに……! 

 

 タマモクロスとイクノディクタスはニヤニヤとしながら僕の方を見る。

 思ったんだが、イクノディクタスって真面目そうな感じだけど、こう言ったところはノリが良いんだな。今この状況ではいい迷惑にしかなっていないのが腹立たしい。

 

「っ……ああっくそ! 分かったよ、買えばいいんでしょ買えば!」

 

「なんや、随分物分かりがええやん。ほれ、ライス達も今のうちに欲しいもん言っとき?」

 

「ラ、ライスはいいよ……迷惑になっちゃうし……」

 

「今更遠慮なくていいよ。お金に余裕がないわけじゃないし、一人二人分の買うものが増えようとも問題は無いからね」

 

「そ、そう? じゃあ、おにぎりと串焼きと、にんじんパンとにんじんコロッケ。あと、フランクフルトとお好み焼きと……」

 

 待って多い多い多い。え、それ全部一人で食べるの? 今言ったものだけでも三人分くらいの量じゃない? 

 

「マックちゃんのトレーナー、知ってる? ライスちゃんって、オグリさんにも負けないくらいの大食いさんなんだよ!」

 

「ふぇぇ!? ラ、ライスそんなに食べないよ! スペシャルウィークさんと同じくらいは食べるけど……」

 

 トレセン学園二大大食いウマ娘の一人であるスペシャルウィークと同じくらいの大食いって……彼女の小さな体のどこにあんな量の食物が入るんだ……

 

「それじゃ、マックイーンを見送る前に言われたもの買ってくるよ」

 

「あ、トレーナーさん、私も行きます!」

 

 マックイーンの元へ行こうとすると、今まで無言を貫いていたダイヤが同行を宣言する。

 

「分かった。それじゃ、君達は少し待っててね」

 

「持ってきたもん冷えとったらもう一回買わせたるから覚悟しときな?」

 

「注文多いなあ……」

 

 彼女達の図太さにげんなりしながら、僕はダイヤと共にレース場の内部を歩く。

 レースまでは少し時間があるので、今のうちに頼まれていたものを買っておこうと雑に店の中を歩いているのだが、メモを取っていたわけではないので正直全部が全部を覚えていない。なので、テキトーに彼女達が好きそうなのを見繕い、出費を最低限にして買い物を済ませた。ケチと言いたいなら言うがいい。タマモクロスよりかはマシだ。

 

「トレーナーさん、そろそろマックイーンさんのところへ向かいませんか?」

 

「ん? ああ、もうそんな時間か。ありがとう、教えてくれて」

 

「いえ、いいんです……」

 

 そう言ったダイヤの顔は普段より暗めに見えた。もうすぐ彼女の憧れでもあるマックイーンのレースだと言うのに、何かあったのだろうか。

 僕はマックイーンだけでなくダイヤのトレーナーでもある。このようなちょっとした変化にも気付いて対応しなくてはならない。

 

 売店を後にし、パドックへ向かう途中に事情を聞いてみる。

 

「なあダイヤ。もうすぐマックイーンのレースなのに何かあったのか? 表情が優れないみたいだけど……」

 

「……トレーナーさん、先程桐生院さんにかけた言葉は本心なんですか?」

 

 おっと、気にしていらっしゃったのはそのことでしたか。自分の蒔いた種で悩ませておいてそれを解決してあげようなどマッチポンプもいいとこだ。

 

「いやあ、あれは軽い挨拶というか冗談というか……」

 

「いくら世間知らずの私でも、あの場であの発言は誤解を生みかねないことくらい分かります」

 

 やっぱり? 僕も言った後よくないって思った。

 

「それにタマモさんも仰ってましたけど、あの場にマックイーンさんがいたら大惨事でしたよ? 分かってると思いますが、マックイーンさんはトレーナーさんのことをとてもお慕いしているので、そういったことに過敏なんです」

 

「悪かったって。今後は発言に気をつけるよ」

 

「そうしてください」

 

 ダイヤは腰に手を当てて、幼子を相手にするような感じで僕に説教をする。

 マックイーン大好きウマ娘な彼女にとって、レース前に不安材料となるようなことをトレーナーである僕が作り出してしまったのが許せなかったのだろう。改めて自分の未熟さが窺える。

 

 入学して半年と少しのウマ娘に的を得た説教をされて少し落ち込む。僕なんかよりダイヤの方がしっかりしてるし……

 

 そんな僕の様子を見かねてか、ダイヤは背伸びをして両手で僕の頬っぺたを挟んでくる。

 

「もう、悪いと思っているならきちんと前を向いてください。あなたがそんなではマックイーンさんだって不安になりますよ?」

 

「……ごめん。僕は君達に助けられてばかりだな」

 

「こういう時は、謝罪の言葉よりも『ありがとう』と言われた方が嬉しいものです」

 

「……ああ、そうだね。ありがとう、ダイヤ」

 

「ふふっ、どういたしまして!」

 

 ダイヤはゆっくりと僕の頬から手を離す。

 まだまだ彼女は世間知らずで危なっかしいところがあるが、内面的にもこの半年と少しでだいぶ成長していたらしい。きっとこれはトレセン学園の奇人変人と関わった結果だ。もちろん、この奇人変人の中にはマックイーンも含まれる。

 

「さあさあ、早くパドックへ行きましょう! マックイーンさんの復帰初のGⅠレース、それを間近で見られるなんて感激です! もたもたしていられません……! トレーナーさん、私の手に捕まってください!」

 

「え、いや、さっき買った食べ物とかあるから……って、ちょ、待っ」

 

 ダイヤは僕の空いている手を取り人混みをかき分けて走り出す。

 

 彼女のマックイーンに対する暴走癖は入学当初から全く変わっていないらしい。

 

 

 

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