名家のウマ娘   作:くうきよめない

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次なる相手は

 秋も深まり、つい数日前まで夏の暑さが抜け切れていなかったはずの気候は、誰かの親父ギャグに呼応するかのごとくすっかり冷え込んでしまっていた。

 

 夏が好きか冬が好きかという議論において、その季節によって意見が曖昧になる人もいるだろうが、僕は一貫して冬を嫌っている。

 寒いのが苦手というのもあるけれど、そんなことを言い出したら暑いのだって苦手なため冬を嫌う理由にはならない。

 

 大きな理由の一つは、その季節の服装だ。

 聞こえようによってはまるで僕が変態のように聞こえてしまうかもしれないが、自分は厚着をするのがあまり好きではない。洗濯物は増えるし動きにくいし、何より寒さで神経が鈍ってしまう。

 そんなことを回避するために、小学校に一人は存在したであろう年がら年中半袖半ズボンの元気少年を真似たこともあるが、秒で風邪を引いたため二度とやらないと誓った。

 

 寒さで神経が鈍るということは、書類を書く手やパソコンのキーボードを打つ手も中々進まない。ある程度時間が経てば慣れやら暖房器具やらで幾分マシにはなるとはいえ、その分の仕事の遅れを取り戻すことはできないのでそれを考慮して時間を使わなければならない。

 時間は有限、時は金なり、とまでは言うつもりはないにしろ、自分の思うように手が動かないというのは中々にストレスが溜まるものだ。

 

 だが、何も悪いことだけじゃない。

 たしかに寒いと体の動きが鈍くなるが、僕の場合それに反比例するかのように自分の考えがまとまりやすく、思考力が高まる……気がする。

 気がするだけなので、実際本当にそうかどうかは分からない。でもそうだと思い込むことは案外役に立つこともある。プラシーボ効果、大事。

 

 そんな冴えた思考(笑)を持つ僕は、すっかり暗くなった夜のトレセン学園の敷地内を、散歩がてらに一人で徘徊する。

 既に学生達の門限は過ぎているので不審者として通報されることはおそらくない。不本意ながら、春の一件で生徒会の面々とは顔見知りなため、彼女らは僕がトレーナーであることを知っているはずだ。

 

 寒いの苦手なのに何してんの? 馬鹿なの? と思う人もいるだろう。けれど、こうでもして無理矢理にでも頭を働かせないと現実逃避で布団に潜ってしまいそうになってしまう。

 

 一度思考をクリアにし、ポケットから携帯端末を取り出す。

 そのままウマッターを起動して懸念事項が本当に現実かどうかを確認すると同時に、つい先日のことを思い返す──

 

 

 

 ***

 

 

 

 マックイーンが天皇賞を快勝した次の日

 

「と、言うわけで、今からここでマックイーン天皇賞勝利おめでとう会の二次会をやろうと思ってるんだ」

 

「思ってるんだ、じゃあないんだよ、ゴールドシップ。ここ僕のトレーナー室なんだよ。決して君達の遊び場というわけではないんだよ」

 

「なんや、ケチくさいなぁ。男やったらここはビシッとキメ顔で許可するもんやで?」

 

「なんでそっち側なの、タマモクロス? 君はこっち側だよね? 止める側だよね?」

 

「トレーナーさん、やりましょう。天皇賞が終わった後に藁人形を持って桐生院さんの名前をぶつぶつ呟きながら釘を打ってたマックイーンさんのためにもやりましょう」

 

「ダイヤ、君までそんなこと……待って、今なんて言った?」

 

 嘘でしょ? メジロ家の誇りと気品はどこに行ったの? 

 

 人を呪わば穴二つ、実際マックイーンが桐生院トレーナーに実害を与えたわけではないと思うが、それを聞いてからジャパンカップや有記念において嫌な予感が絶えないのはなぜだろう。

 

「ってことで、ダイヤ嬢もこう言ってんだし、いいよな?」

 

「何をもっていいと判断したの? さっきの話を聞いて思うところとかないの? おい、目を逸らすな。こっちを向け」

 

 さすがのゴールドシップでもマックイーンの奇行を擁護することはできなかったようで、どんなに彼女を揺さぶっても目を逸らし続けていた。

 

「全く……貴方達、一体何を騒いでますの?」

 

 ここに来て諸悪の根源が姿を現す。こうなってるのはほとんど君のせいだよ。

 

「やっと来やがったか、マックイーン! ほら、お前のために高級スイーツ大量に買ってきたぜ! もちろん、ツケはお前のトレーナーってことで」

 

「ス、スイーツ……! くっ、お、お気持ちは嬉しいのですが、私は天皇賞がゴールではありませんの。この先、ジャパンカップや有記念も見据えて、食事制限はしっかりと……」

 

「いや、さらっと流されたけどなんで支払いが僕なの?」

 

「なんや、ケチくさいなぁ。男やったらここはビシッとキメ顔で支払うもんやで?」

 

「だからなんで君はそっち側なんだよ!」

 

 先程からタマモクロスが使い物にならないので、全てのツッコミを僕が担う状況となっている。どうしてこうなった? 

 

「ええ、そうです。私はメジロのウマ娘。高級スイーツという甘い言葉に騙されてはいけませんわ。次の休みにはライスさんとウララさんと出かける予定もあるのです。ここで誘惑に負けては……負けてはっ……!」

 

 めっちゃ迫真じゃん。分かっていたことだがスイーツに懸ける思いが尋常じゃないなこいつ。

 

 高級スイーツという単語にもがき苦しみ葛藤する様子を見せつけられては、こちらとしてもなんだか可哀想に思えてくる。

 しかし先の彼女の発言の通り、ジャパンカップと有記念が後ろに控えてるのもまた事実。ここで文字通りスイーツの甘い誘惑に負けてしまっては元も子もないだろう。

 

「マックイーンさん、もぐもぐ、大変そう、もぐもぐ、ですね……あっ、これ美味しい!」

 

 どうやらサトノダイヤモンドさんに人の心は無いようです。

 

 スイーツを前に悶々とするマックイーンの目の前で、ゴールドシップの買ってきたスイーツ(代金僕持ち)を頬張るダイヤが畜生にしか見えない。

 幸いなことに、マックイーンは全意識がスイーツに集中しているため、美味しそうにスイーツを食べるダイヤに気が付いていないことだろうか。

 それにしてもこの光景は中々シュールだな。

 

「あぅ……ト、トレーナーさん、少しだけ……ほんの少しだけで構いませんわ……。なので私にスイーツを……」

 

 屈したなこいつ。やはり桐生院トレーナーから貰ったトレーナー白書を読ませようか。

 

 依然マックイーンは懇願するかのような目で見てくるが、あいにく僕は彼女ほどちょろくはない。

 それがトレーナーとしての業務に関わってくるのなら尚更だ。ウマ娘の体重管理はそのウマ娘本人が行わなければならないとはいえ、それにトレーナーが関わるなというのも無理な話だろう。

 

 そんなわけで、今この時期に太りやすい体質のマックイーンがスイーツを口にしたら結果は目に見えている。ここは心を鬼にしてスイーツを取り上げなければ……

 

「ト、トレーナーさん……!」

 

 こ、心を鬼にして……

 

「……一品だけね」

 

「やりましたわ! 勝利を勝ち取りました! さあゴールドシップ、早く私にスイーツを!」

 

 屈した。僕もトレーナー白書を読んだ方がいいのかもしれない。

 いや、少し考えてほしい。マックイーンが普段絶対にしないような表情をして上目遣いでお願いされたら心が揺らいでしまうのも仕方がないのではないだろうか。

 

 許可を出した瞬間に人格が変わったかのような勢いでゴールドシップにスイーツをせがむマックイーンを横目で見つつ、己の意志の弱さにげんなりしてしまう。

 

「……なあ、うちらが持ってきといてなんやけど、マックイーンに食わせてええんか?」

 

「よくないよ。でもここで我慢させたら余計によくないことになるのが目に見えてて……他の食べ物ならまだしも、マックイーンはスイーツのこととなると暴走するし……」

 

「まあまあトレーナーさん、もぐもぐ、今日くらいは、もぐもぐ、許してあげましょうよ」

 

「飲み込め! 飲み込んでからしゃべれ」

 

 とても箱入りのお嬢様とは思えない食べ方をするダイヤについ勢いよくツッコんでしまう。

 ここ最近ダイヤの優秀さとポンコツさの浮き沈みが激しすぎる気がするんだが……

 

「ゴクン……先月のマックイーンさん、スイーツほとんど食べてなかったじゃないですか。幸いなことにジャパンカップまでまだ時間もあるんですし、ここら辺でマックイーンさんのスイーツ欲を解放させておくのも一つの手では?」

 

「それはそうなんだけど……」

 

 まだ時間はあるという言葉は悪魔の言葉だ。この言葉に痛い目を見せられた人は多いのではないかと思う。

 具体的に言えば、夏休み終了一週間前に宿題が全く終わってないにも関わらず、まだ一週間あるとたかを括り最終日の夜に泣きながら終わらせたり……嫌な思い出が蘇ってきた。この話やめよう。

 

「ダイヤの言う通りやと思うで。それに、仮にマックイーンの体重が増えたとしても、うちらが併走トレーニングでもなんでも付き合ぉうたるから」

 

「まあそれなら……どっちみち、今更マックイーンを止めるつもりはないけどね」

 

「なんや、ほな気にする必要もなかったな。やめやめ、うちも食ったるわ。何せおっちゃんの奢りのスイーツやし」

 

「そこだけ気に食わないんだよなあ……」

 

 タマモクロスは笑いながらマックイーンとゴールドシップの間に入っていく。そんな彼女達の顔を見てたら、代金が僕持ちということなんて些細なことに思えて……いや、ゴールドシップめちゃくちゃ安堵してるじゃん。今の会話の間にどれだけマックイーン暴走してたんだよ。

 

「モンブランにショートケーキ、マカロンにガトーショコラ……! どれもこれも美味しすぎますわ!」

 

「おいこら待てお前、一品だけっつったよな? 何どさくさに紛れて何品も食べようとしてんの?」

 

「こ、これは仕方がなかったのです! スイーツが美味しいのがいけないのですわ! それとトレーナーさん、貴方最近少し口が悪くなってませんこと?」

 

 誰のせいだと思ってんだよ。

 

「僕の口調なんてどうでもいいんだよ。ゴールドシップ、マックイーンからスイーツ取り上げて」

 

「あらほらさっさー!」

 

 僕がパチンと指を鳴らすと、ゴールドシップは機敏な動きでマックイーンの手からスイーツの乗った皿を取り上げる。

 

「ああ、スイーツ! 私のスイーツ! 返してください! その子がいないと夜も眠れませんの! お願いします……後生ですから……!」

 

「ほら、有終わったらいくらでも食べていいからさ」

 

「……その言葉、忘れないでくださいまし」

 

 ようやくマックイーンは自分の目的を思い出したらしい。彼女はただでさえ太りやすい体質なのだ。これ以上食べたら確実に取り返しのつかないことになるということを、ギリギリ残った理性で判断したのだろう。

 

「よし、よく我慢した。さあ、今日もトレーニングだよ。食べた分だけ走る。ジャパンカップに有記念、一気に駆け抜けよう。行くぞ、マックイーン、ダイヤ!」

 

「おー!」

 

「お、おー……ですわ」

 

 元気よく右手を天に掲げるダイヤに比べ、マックイーンはスイーツのことをまだ引きずってるらしく活気が無い。

 でもあそこから立ち上がっただけ良しとしよう。それに、トレーニングをしていたら気分も変わるに違いない。

 

 そんな彼女達に苦笑しながら、ターフへ向かうべくドアに手をかけると……

 

「た、たた、大変ですトレーナーさん!」

 

「うわあびっくりしたあ! どうかしましたか、たづなさん?」

 

 僕がドアを開けるより先に、ドアの向こうから突如現れたたづなさんによって開かれる。

 

 それにしても、あのたづなさんがここまで焦った様子を見せるなんて珍しい。しかもはっきりとトレーナーさんと、僕のことを名指しで呼んできた。

 

「き、緊急、緊急速報です! トレーナーさんにメジロマックイーンさん!」

 

「練乳?」

 

「緊急ね、そうはならんやろ」

 

 この頭スイーツはもうダメだ。

 

「それでたづなさん、何かあったんですか? マックイーンかダイヤが何かやらかしたんなら僕もそれなりに責任を取るつもりなんですけど……奉仕活動とかで手を打ってくれませんか?」

 

「ちょ、私達が何かしでかした前提なのやめてもらえます!?」

 

「私達何もやってませんよ!」

 

 ぶっちゃけこの二人が学園内で何か問題を起こしたと聞いても何も驚かない自信がある。少し前ならダイヤに関しては疑っていたかもしれないが、今となってはもう完全に問題児の部類だと思ってる。

 

「そんなことじゃありませんよ! トレーナーさん達はニュース見てないんですか!?」

 

 ニュース? はて、何かめぼしいものはあっただろうか。

 

「えっと、少しドタバタしてて見れてなくて……」

 

 ここに来てなんだか本格的に嫌な予感がしてきた。

 マックイーンが桐生院トレーナーに呪いのような行為をしているということが発覚した時は冗談で嫌な予感がするとは言ったが、今はそれの比じゃない。

 冷や汗が流れ、まだ知りもしない事実に怯えてしまっている。

 

 頼む、どうかこの嫌な予感が杞憂であってくれ……! 

 

 だが、僕の思いは、

 

「マックイーンさんの次のレース、ジャパンカップにブロワイエが参戦の意を示しました!」

 

 たづなさんから発せられたレースと名前によって、いとも容易く打ち砕かれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ……夢じゃなかった……」

 

 ウマッターで『ブロワイエ』と検索すると、インターネットの海にはジャパンカップにブロワイエが出走するという情報で溢れていた。

 中にはマックイーンとブロワイエのどちらが強いかなどといった論争も起きており、界隈は大盛り上がりな状況にある。

 

 この前のハッピーミークと同様、強いウマ娘同士のガチンコ勝負は僕も見たいが、当事者にとってこうも連続で胃に穴が開くようなことが続くと厳しいものがある。

 しかも今回は相手が相手だ。甘いことは言ってられない。

 

 もちろんマックイーンに無理をさせるつもりはない。予定通りにトレーニングをし、休みもちょくちょく入れることができれば、ジャパンカップの日には万全のコンディションで臨むことができるはずだ。

 そこに間違いはない……ないんだけど……

 

「どうしてこうもまあ……ついてないというかなんというか……」

 

 冷たい風が頭を打ちつける。

 ジャパンカップでもマックイーンは勝ちをもぎ取ってくれると信じているが、すぐに不安になってしまうのは僕の悪いところだ。せめて少しでも彼女のために何かしてあげたらと思うのだが……

 

 歩き続けながら頭を悩ませ続けていると、背後から誰かの足音が聞こえてくる。

 こんな時間に誰だろうと思い、チラリと後ろを見ると

 

「やっぱり想像以上に悩んでるみたいだな。よう、元気にしてるか?」

 

「ああ、あなたでしたか。見ての通りですよ、沖野トレーナー」

 

 チームスピカのトレーナー、沖野トレーナーがいつもの棒付き飴を咥え、飄々とした態度でこちらに歩いてきた。

 

 

 

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