名家のウマ娘   作:くうきよめない

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誤字報告で指摘して頂いたのですが、ハーメルンなら点が二つの『馬』を使えることに驚愕してます。


勝利は我が手に

 穏やかな日曜日の昼下がり。空には雲一つ無い晴天が広がっており、もし今日が平日ならば授業中にこのポカポカ陽気と戦わなければならなかったかもしれないと思わせるほどの快晴だ。メジロのウマ娘として授業中に居眠りなど許されないので、こういった天気の平日は下唇を噛んででも目を開けとかなければならないのがとても辛い。

 

 そんな11月にしては暖かい気候の中、私は二人の人物と共に学園の外に出てきている。普段ならばここの二人の枠はトレーナーさんとダイヤさんなのだが、今日はまた別の顔ぶれ……

 

「ライスちゃん、マックちゃん! はやくはやくー!」

 

「もう、そんなに急ぐと転んでしまいますわよ?」

 

「大丈夫大丈夫! 私いつもダート走ってるからこれくらい……ってうわわ!?」

 

「ああっ、ウララちゃん!?」

 

「ほら言わんこっちゃない……」

 

 私達の前を元気よく小走りしていたウララさんは、ものの見事にすっ転んでしまう。その転びっぷりもなんだか彼女らしくてなんだか微笑ましく感じてしまう。キングヘイローさんが彼女の世話を焼く理由も分かる。

 

「ラ、ライスのせいだ……ライスがウララちゃんと外を歩くから……」

 

「それは少し……いえ、かなり考えすぎだと思いますが……。ウララさん、大丈夫ですの? 怪我をしているようでしたらコンビニで絆創膏を買ってきますわよ」

 

「ううん、大丈夫、だってウララ強いもん! それに転んだら運が良くなるって教えてもらったんだ! なんか気の流れ? っていうのが良くなるみたい! だからわたし、何度転んでも立ち上がるよ!」

 

「ウララちゃん……!」

 

 ただ転んだだけなのにどうしてここまで素敵な話になるのだろうか。雑誌の特集の『元気を貰えるウマ娘』という紹介文が彼女にぴったりだと思わせる。

 

「お、おい! こっちでウマ娘が一人倒れてるぞ!」

 

「き、救急車を呼んで! この子血を流しているわ! ……ん、これ鼻血……?」

 

「あなた大丈夫なの!? しっかりして! ……なに、ウマ娘ちゃんまじ尊み? 変なこと言ってないで意識保って!」

 

 ウララさんの前向きっぷりに感心していると、いつのまにか後方が騒がしくなっていた。何か騒動でもあったのか。まあ大したことはないだろう。私達はそれを気にせずに足を前に進める。

 

「それでウララさん、今日は一体どこへ連れて行ってくれるんですの? 確か以前、天皇賞が終わった後にお寿司を食べに行こうと言ってた気がするのですが……」

 

「そうそう! マックちゃんのてんのーしょー一着おめでとう会のにじかいってやつ? エルちゃんに教えてもらったお寿司屋さんに一緒に行って、これからも頑張ってねって言いたくて!」

 

「ライスも、マックイーンさんの一着を改めてお祝いしたかったから。これで終わりじゃないっていうさのは分かってるけど、これからも応援したかったから!」

 

「ウララさん、ライスさん……」

 

 不覚にもうるっと来てしまった。私の周りにはこんなにも素晴らしい友人がいるということに感謝しなくてはならない。

 

「きゃー! 倒れてる子の鼻血が急に!?」

 

「早く! だから早く救急車を呼べって!」

 

「まだ意識があるわ! ……ウマ娘ちゃんマジ天使……? 訳の分からないこと言ってないでしっかりして!」

 

 うるさいですわね。今少しいいところなので騒ぎが起こるなら後にしてほしい。

 

「お二人とも、本当にありがとうございます。ここまで応援されては、後のレースも負けるわけにはいきませんわね」

 

「うん! ウララも目一杯応援するね! でもね、この前のてんのーしょーでマックちゃんを応援したのにあんまり覚えてないんだ。なんでだろう?」

 

「そうなんですの? たしかにあの時はウララさんの元気な声が聞こえなかったような……」

 

「き、きっとウララちゃんが声を出しすぎて疲れちゃったんだよ! それにお客さんも多かったし、ウララちゃんだけじゃなくてみんなの声も届きにくかったんだよ!」

 

「そうなの? だったらもっとおっきな声で応援するね! うっらら〜!」

 

 ウララさんはライスさんの言葉を真に受けているが、彼女の挙動からそれが嘘や誤魔化しの類だというのは見て取れる。

 でも、ライスさんのことだ。きっと優しい嘘というやつなのだろう。彼女が意味もなく人を騙したりするはずがない。

 まあそれはそれとしてウララさんの身に何があったのか気になるので、後でトレーナーさんにでも聞いておきましょう。

 

「あっ、とうちゃーく! ここだよ、ここ! ここがエルちゃんに教えてもらった美味しいお寿司屋さん!」

 

 天皇賞の日にウララさんに何があったのかを考えながら歩いていると、いつのまにか目的の場所に着いていたようだ。一見普通の寿司屋、それも回らない方の寿司屋のように見える。

 

「ね、ねぇマックイーンさん」

 

「どうしたんですの、ライスさん?」

 

「あのね、いらないお世話かもしれないんだけど、もうすぐジャパンカップなのにお寿司食べてて大丈夫なのかなって……」

 

「問題ありませんわ。私、スイーツ以外の食べ物なら自制は効く方だと自負していますの」

 

 裏を返せばスイーツとなると我を忘れてしまうことがある。あれだけは頭では分かっていてもその衝動を抑えることが難しい。

 

「それに、トレーナーさんからも少しは羽を伸ばしてこいと言われましたわ。ブロワイエが出走表明する前の話ですけど……」

 

 流石のトレーナーさんでもブロワイエがジャパンカップに参戦することは予想出来なかったみたいだ。それを聞いた時のトレーナーさんの顔は一生忘れない。

 

 ここまで他人事のように聞こえるかもしれないが、私もブロワイエの出走を聞いた時は思考が停止した。その後今すぐにでもがむしゃらにトレーニングをとも考えたけれど、まず優先すべきはコンディションを整えること。こればっかりはトレーナーさんに頼り切りというわけにもいかない。

 落ち着いて冷静に、メジロのウマ娘たるもの、焦りは禁物だということは重々承知している。

 

「そっか……! なら今日は食べすぎに注意して、明日からまたトレーニング頑張ろうね! ライスも併走に付き合うよ!」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

「もー! ライスちゃんもマックちゃんも、もたもたしてたらわたしが一人でお寿司食べちゃうよ!」

 

「今行きますわ! さぁ、ライスさんも」

 

「うん!」

 

 ウララさん先頭に、私、そしてライスさんが続く形で建物に向かって歩いていく。

そしてウララさんが元気よく引き戸に手をかけると……

 

「おっすし〜、おっすし〜……あぎゃっ!?」

 

「ウララちゃん!?」

 

 どうやら戸に鍵がかかっていたらしく、引き戸を左に引こうとしたウララさんは勢い余って横に倒れてしまう。

 

「だ、大丈夫ですの!?」

 

「う、うーん……あれ、お星様? いつの間にかお昼ご飯が夜ご飯になっちゃった?」

 

 ウララさんは倒れた衝動で頭を強く打ちだいぶ混乱しているようだ。私はフラフラとした足取りになっている彼女を抱き抱え、強打したであろう彼女の後頭部を優しくさすり介抱する。

 

 最初こそ「うぅ……」と呻き声をあげていたが、ものの数秒で落ち着きを取り戻したようでいつもの彼女への復活も早かった。

 

「あ、あれっ? これって……」

 

「あら、ライスさん? どうしたんですの?」

 

「マ、マックイーンさん……この張り紙……」

 

 ライスさんが指を指す方向には、戸の横に貼られた一枚の張り紙。

 すっかり元気になったウララさんと一緒にその張り紙に目を通して内容を確認する。

 

「『本日、貸切により休業日』……と書いてありますわね」

 

「きゅーぎょーびって……ええっ!? おやすみってこと!?」

 

「そうみたいだね……せっかくのマックイーンさんのお祝いなのに……。はっ、もしかしてこれもライスが一緒にいるせいで……!」

 

「だからそんなことありませんわよ!」

 

 ライスさんのすぐに卑屈になってしまうところは見方によっては謙虚ともとれるが、彼女のそれは極端なので悪徳とも美徳とも取れてしまう。

 

 そんなライスさんのことで頭を悩ませていると、戸の鍵が開く音が聞こえ寿司屋の中から一人の男性が出てきた。

 

「おーおー、外で凄い音がしたと思ったから何事か思ったら、ウマ娘さんらそこで何して……ん? あんたらどっかで見たことあるような……」

 

「もしかしてここのお寿司屋さんの大将さんですの? 申し訳ありません、お騒がせして。何分休業とは知らなくて……」

 

「おっ、もしかしてうちの寿司を食いに来てくれたのかい? それはすごい嬉しいんだが、書いてある通り今日は貸切でねぇ……」

 

「えー!? おじさん、どうにかならないの!?」

 

「ウ、ウララちゃん! ダメだよ無理言っちゃ!」

 

「本当ならウマ娘のお客さんにも食べてもらいたいんだが、予約してるお客さんが貸切希望とのことでなぁ……」

 

 今更なんだが寿司屋を貸切とは一体どういう状況なのだろう。メジロ家でも出来ないことはないと思うが、そもそも寿司屋を貸し切るという発想がまず出てこない。

 

「ここでごねていても仕方がありませんわね。今日は別のところで食事を済ますとしましょう。大将さん、私達はまた後日に伺うことにしますわ」

 

「へい、いつでも待ってまっせ」

 

 見るからに残念なそうな面持ちのウララさんをライスさんと慰めながらこの場所を後にしようとする。

 エルコンドルパサーさんお墨付きの寿司屋というのが少し気になっただけに、自分も少し残念だ。

 

 また今度来ればいい。ジャパンカップや有記念が終わった後にでも。

 

 そういった言葉でウララさんを慰めていると、私達の前に一台の車が止まる。その車は、運転席と助手席の側面の窓は透明になっているが、後部座席の窓は何かしらの細工がされており、誰が乗っているか分からないような作りになっている。

 

 メジロ家以外で私の知っている仲だと、車を運転するのはトレーナーさんくらいだ。でも運転席には私の見慣れた顔はない。

 車の止まった場所も、この寿司屋に行くと言うなら分からなくもないが、それにしても不自然だ。

 まるで意図的に私達の前に駐車したような感じがする。

 

 そのような要因が重なり、不思議に思った私とライスさんは顔を見合わせる。どうやら彼女にも心当たりは無いようでキョトンとした顔になっていた。

 

「……ん、あれ? この車……」

 

「えっ、ウララちゃん知ってるの!?」

 

「ううーん、どこかで見たような……」

 

 ウララさんが考え込んでいると、唐突に車のドアが開き、ライスさんがそれにビクリと反応する。

 ウララさんに心当たりがあるということは、彼女の知りあいである可能性があるのだが……

 

 そう思っていると、車からは長身で金髪で、先日ジャパンカップの出走表明の会見で見たことあるウマ娘……

 

「あー! 思い出したー!」

 

「Oh, nous nous rencontrons à nouveau. Comment allez-vous ?(おや、また会ったね。元気にしてたかい?)」

 

「あっはははは! やっぱり何言ってるか全然分かんない!」

 

「D'après ce que je vois, je peux dire que vous vous en sortez bien.(その様子だと、君が元気だということがよく分かるよ)」

 

 ウララさんとそのウマ娘は顔見知りのようで、言語が通じてなくても楽しげに会話をしている。

 いや、隠す必要もない。ウララさんと話しているウマ娘は……

 

「ブロワイエ……!」

 

「ウララちゃん、あのブロワイエさんともお友達なんてすごい……!」

 

 なんてライスさんは呑気に言っているが、この光景は異常だ。

 なぜ彼女が日本いるのかに、なぜこの場所来たのかに、なぜウララさんと顔見知りなのか、あげ出したらキリがない。

 

 混乱していると、ウララさんと話していた、もといコミュニケーションを取っていたブロワイエの興味がこちらに向いたようで、私達の方を見て口を開く。

 

「Hmm, la fille aux cheveux noirs est aussi très jolie et fragile. Et l'autre enfant est ……Oh. (ふむ、黒髪の子も儚げで実に可愛らしい。そしてもう一人の子は……おや)」

 

 ライスさんを見て微笑んでいたブロワイエの顔は、私のことを見てから少し崩れたような気がした。

 なんでしょう、私何かしましたか……?

 

 それからブロワイエは少し考え込むような仕草をしていたが、何か思いついたようで、まるで幼い子供が悪巧みを考えるのようにニヤリと笑みを浮かべる。

 

「Si vous avez le temps, que diriez-vous d'un repas ensemble ? (もし時間があれば、一緒に食事なんてどうだい?)」

 

 ブロワイエはウララさんの方ではなく、何故か私に目を向けて言葉を放つ。

 英語ならまだしも、流石にフランス語は分からないのでブロワイエが何を言っているのかは雰囲気で察するしかない。

 先程の不敵な笑みのこともあり、もしかすると悪口を言われたのかもしれないと一瞬考えたが、世界のブロワイエがそんなことをするはずが無いと思い即座にその考えを切った。

 

 ならばなんだろう、もしかして宣戦布告だろうか。

 一応私は公にジャパンカップに出走することを宣言している。ブロワイエが私の顔を知っていたかは分からないが、その線は大いにあると考えられる。

 

 ……いいでしょう、その宣戦布告、受けて立ちますわ! 勝負の前から相手に呑まれていてはいけませんもの!

 

「ブロワイエさんはこう言ってます。『時間があるのなら食事でもどうか』と」

 

 ブロワイエが出てきた後部座席とは反対側から通訳らしき女性が出てきて…………え?

 

 何を言われたか一瞬理解できず、ブロワイエと通訳の女性を交互に見てしまう。

 

え、食事? どうして私達と? ウララさんとは面識があるようですし、私にとってもジャパンカップで戦わなければならない相手ですが……

 

「Ne soyez pas si inquiet, Mejiro McQueen. Je veux juste manger des sushis avec vous les gars.(そんなに警戒する必要はないよ、メジロマックイーン。私は君達と共に寿司を食べたいだけさ)」

 

「っ!」

 

 内容は相変わらず分からなかったが、ブロワイエは今たしかに『メジロマックイーン』と言った。

 

「『警戒する必要はない、私はあなた達と寿司を食べたいだけだ』、だそうです」

 

 通訳の方により、先程のブロワイエの言葉が日本語に翻訳される。

 

 警戒する必要はない? 無理な話ですわ。だって私とブロワイエが話すのはこれが初めて、しかも私はまだ名乗ってすらいません。それなのに彼女は私の名前を知っている。それはつまり……

 

 ブロワイエは依然私の方を向いており、それに釣られてウララさんとライスさんも私の方を見ている。どうやらこの場の決定権は私にあるようだ。

 

 レースの前に対戦相手に情報を与えてしまう可能性を考えると断った方がいいのだろう。でもそれはブロワイエも同じな筈だ。ここで彼女がこうして私達を食事に誘うことには何か意味があるはず……

 

 私は一度深呼吸をし、呼吸を整える。

 

「メ、メルシー」

 

 私のカタコトのフランス語を聞いて、ブロワイエは柔らかく微笑んだ。

 

 

 

***

 

 

 

「へい、お待ち! マグロ一丁!」

 

「Voici ...... Ça a l'air très savoureux. (これは……とても美味しそうだ)」

 

「うわー! 美味しそー!」

 

「本当だね! ライス達はいいから、先にブロワイエさんが食べて……って日本語分かんないからどうしよう……」

 

「うーむ、九州の方言は難しいぜよ……」

 

 いえ、フランス語は九州の方言ではないと思うのですが……

 

 少し離れたところでブロワイエとライスさんとウララさんが盛り上がっている。

 ライスさんはブロワイエとなんとかコミュニケーションを取ろうとジェスチャーで伝えようとしており、その姿がとても可愛らしく周囲を和ませている。

 

「このような形で突然食事に誘うような形になってすみません……ええっと、メジロマックイーンさんですよね?」

 

 おっと、私はこちらに集中しなくてはならない。今はブロワイエの通訳さんとお話し中だ。

 

「ええ、私がメジロマックイーンで間違いありません。ブロワイエさんに食事に誘っていただけるのもとても光栄だと思っていますわ」

 

「そう言っていただけると助かります。何分ブロワイエさんが突然言い出したことですから、私も驚きで……」

 

 通訳の女性はどっと疲れたような様子をしている。彼女もブロワイエの付き添いということで、今この時もかなり気を張っているのだろう。疲れてしまう気持ちも分かる。

 

「ところで、ジャパンカップまでまだかなり日がありますのにどうしてブロワイエさん達は日本に? お答えできないようでしたら構わないのですけど……」

 

「……こちら側から誘っておいて答えないというのも不誠実ですね。口外しないというのであればお答えできますがよろしいですか?」

 

「ええ、口は固い方だと自負していますわ」

 

 私はどこかの噂をすぐに撒き散らす不沈艦とは違う。

 

「では……以前、ブロワイエさんがジャパンカップに出走した時のことを覚えてますか?」

 

「覚えていますわ。あの時はスペシャルウィークさんとの対決でしたわね」

 

「その時の彼女は、飛行機での長旅と記者の取材が相まってかなり疲弊してました。もちろん、レースの方に影響があったかと言われたらそうではないんですけど」

 

「それで早めに日本に……」

 

「はい、当時もここのお店に来たんです。そしてここに来る途中に出会ったのがあちらのウマ娘の方でした」

 

 そう言って通訳の女性は、寿司を喉に詰まらせライスさんに背中をさすってもらっているウララさんの方を見る。

 なんだか点と点がどんどん繋がっていく。ブロワイエの早めの来日、ここのお店に来た理由、ウララさんとの出会い。既にほとんどの疑問が解決してしまった。

 

 ウララさん達の方を見ていると、通訳の女性が僅かに微笑む。

 

「どうされましたの?」

 

「いえ、ブロワイエさんがあんなに楽しげなのは久しぶりだなと思いまして」

 

 ブロワイエは凱旋門賞の覇者だ。それにより、それ相応の立場であることは間違いない。特別扱い、VIP待遇。そんなことも珍しく無いはずだ。

 故に行動や言動が制限される。周りからの印象を崩すわけにはいかない、常に毅然とした立ち振る舞いが要求される。それを続けるには多大なる精神力が必要だ。そしてそれにはいつか必ず限界が来る。そう、メジロのウマ娘としての品格を保つために糖質制限をしていた私のように……違いますか、違いますわね。

 

「これを見ると、ブロワイエさんがご自身で日本のレースに出ることを決めたのも納得がいきます」

 

「えっ、ジャパンカップ出走はブロワイエの独断ということですの!?」

 

「ええ、そうですよ。なんでも、とあるレースを見てから日本にさらに興味を持ったとのことで……」

 

「Mejiro McQueen」

 

 通訳の女性の言葉を遮るような形で、ブロワイエは私の名前を呼ぶ。彼女の手は招き猫のような手招き……ではなく、隣の椅子をポンポンと叩いている。

 話の途中なのでどうしようかと考えていると、通訳の女性は行きましょうと言いブロワイエの元へ向かう。

 私はその後を追いブロワイエの隣に座り、何も注文しないというのもあれなので、食べすぎにならない程度の量の寿司を注文をして食事をする。そしてそのまま沈黙が……

 

 ……気まずい! 話すことがない!

 ウララさんとライスさんは二人で話しているし、残された面々は実質私とブロワイエとだけだ。ま、まずは自己紹介でもしたほうが良いのだろうか? でもブロワイエは私の名前を知ってるし……

 

「Ouf, vous n'avez pas à être si nerveux?(ふっ、そんなに緊張しなくてもいいんだよ?)」

 

「へっ!? あっ、えーと……」

 

「『そんなに緊張しなくても構わない』、だそうです」

 

 見抜かれてた。私はそんなに険しい顔をしていたのだろうか。

 

「お見苦しいところをみせて申し訳ありませんわ。貴方とこうして話すのは初めてなもので……」

 

「『Je suis désolé que tu aies dû me voir comme ça. Parce que c'est la première fois que je te parle.』」

 

「Hmm……Vous avez un côté différent, plus joli, que lorsque vous faites la course. Oui, bien sûr, c'était magnifique aux courses. (ふむ……君はレースの時とは違って可愛いらしいところがあるんだね。ああ、もちろんレースの時も美しかったけど)」

 

「『あなたはレースの時も美しいが、普段は別の可愛らしさがあるのですね』、だそうです」

 

「レースの時って……」

 

 やはり間違いない、ブロワイエは私のことを『知っている』。

 

「S'il te plaît, n'aie pas l'air si effrayé. Tu as ruiné ton joli visage.(そんな怖い顔をしないでくれよ。せっかくの可愛い顔台無しだ)」

 

「『そんなに怖い顔をしないでください。可愛い顔が台無しですよ』、だそうです」

 

 またしても顔が強張ってしまっていたことを指摘される。でもこればかりは……

 

「……ブロワイエさん、貴方はなぜジャパンカップに出走しようと思ったんですの?」

 

「『Pourquoi avez-vous décidé de participer à la Japon Cup ?』」

 

「Parce que j'ai vu une certaine fille aux cheveux cendrés faire la course. Je me suis à nouveau intéressé au Japon.(とある芦毛のウマ娘のレースを見てね。再び日本に興味が湧いたんだよ)」

 

「『一人の芦毛のウマ娘のレースを見て日本に興味が湧いたから』、だそうです」

 

 合間合間に食事を取っているため腹は満たされていくが、その腹の探り合いは終わりそうにない。

 

 この芦毛のウマ娘を私と考えるのは些か自意識過剰かもしれない。でも、これが私だとするならばブロワイエが私の名前を知っていることに合点がいく。

 ここは一つ勝負に出てみよう。

 

「……私は貴方が出走予定のジャパンカップに出る予定です。誰であろうと勝ちを譲るつもりはありませんわ」

 

「『Je vais faire la même course que toi. Je ne vais pas concéder la victoire à qui que ce soit.』」

 

 私の言葉を訳した通訳の女性の言葉を聞いたブロワイエの表情は楽しげだ。捉え方によっては宣戦布告にも捉えられる私の言葉……まあそうなのだが、ブロワイエには通用していないのかもしれない。

 

「J'ai vraiment hâte d'être au jour de la course. Parce que je pourrais être capable d'écraser une fille forte comme toi.(レース当日が実に楽しみだ。君のような強いウマ娘を捩じ伏せることができるかもしれないからね)」

 

「Dis donc!? Mademoiselle Brouillé!?(ちょっと、ブロワイエさん!?)」

 

「Je plaisante.(冗談だよ)」

 

 ブロワイエが笑いながら何かを言ったら通訳の女性が驚きの声を上げた。

 

 な、なんでしょう今の。何か挑発的なことを言われたのだろうか。だとしたら私も同じようなことを言っているので構わないのですが……

 

「あの、ブロワイエさんは何と仰ったんですの?」

 

「あ、いえ……『レースの日が楽しみだ』、と」

 

 どうやら通訳の彼女が何かを隠していることは見て取れる。だが、それを聞き出すのは躊躇ってしまった。

 

「Faisons une bonne course, Mejiro McQueen. Soyons clairs sur ce qui est le plus fort.(良いレースにしよう、メジロマックイーン。どちらの方が強いか、白黒つけようじゃないか)」

 

「『良いレースにしましょう。どちらが強いかはっきりさせましょう』、だそうです」

 

 上等ですわ。それでこそ戦い甲斐があるというものです。

 

 私が頷くのを見ると、ブロワイエは最後の寿司を口に入れ席を立つ。

 

「Merci pour la nourriture. C'était délicieux, Oncle(ごちそうさま。美味しかったよ、大将)」

 

「あ、会計はこちらで済ませます。後、ブロワイエさんは感謝を……」

 

「前も言ったろ? 翻訳は必要ねぇ。顔見りゃ分かるってもんよ」

 

「……そうですね。では会計の方を……」

 

 通訳の女性が会計を済ませている間にブロワイエがこちらに歩み寄ってくる。

 すると真っ先にウララさんがブロワイエの前に飛び出した。

 

「もうすぐお別れだね。でもまたすぐに会えるよ! わたしも今度九州に行くからね!」

 

 ウララさんはもしかして本当にブロワイエが九州から来たと思っているのだろうか。どういった経緯でそうなったのかが気になるところだ。

 

「Haha, je peux toujours obtenir de l'énergie de toi. Je suis triste de vous dire au revoir.(ははっ、やはり君からは元気を貰える。別れが惜しいよ)」

 

 まずいです、通訳の方がいないともう本当にジェスチャーくらいしかコミュニケーションの手段がありませんわ。

 

 ブロワイエも言語が通じないと分かっているだろうが、そのまま彼女は視線をウララさんからライスさんに変える。

 

「Je n'ai pas pu te parler beaucoup cette fois, mais nous nous reparlerons un jour.(君とはあまり話せなかったが、またいつか話そう)」

 

「え? え、えーと……お、おーけー?」

 

 ライスさんは訳もわからず頭の上で丸を作る。実際どう返答すればいいのか分からないのは私も同じだ。

 

「Mejiro McQueen」

 

「は、はい」

 

 そして最後は私。

 ブロワイエは私の名前を呼んで私の目を見る。そして私とブロワイエの背の高さの違いから、私を見下ろすような形でニヒルな笑みを浮かべると、

 

 

「La victoire est à moi」

 

 

 そう一言放ち、ブロワイエは私達に背中を見せた。

 

 ばいばーい! と、ウララさんの声が店に響く。通訳の女性は会計を済ませ、私達に軽い挨拶をしてブロワイエの後を追っていく。

 

「ブロワイエさん、最後なんて言ったんだろうね」

 

「それは分かりませんわ。でも……」

 

 意味は分からない、言葉は通じない。ないと思いたいが、先のブロワイエの発言は仮に私のことを下に見たものだったのかもしれない。

 

 でも、そんなことはどうでもいい。

 一番最初にゴール板を通過するのはこの私、メジロマックイーンなのですから。

 

 私は、店を後にするブロワイエの背中を目に焼き付けた。

 

 

 




流石にフランス語は翻訳機を使いました。

もしフランス語つよつよニキがいましたら、ここはこの表現の方がいい等をことをご指摘いただけると幸いです。
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