名家のウマ娘   作:くうきよめない

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番外編です


番外編:いつか叶えるその日まで

 

「……知らない天井ですわね」

 

 朝目覚めたら知らない天井だった、なんて事態がまさか現実で本当に起きるとは思わなかった。そしてそんな状況でも意外と冷静な自分にも驚いている。

 

 視界に入るのは見慣れた寮の天井ではなく、全く見たことがないのかと言われたらそんなことも言えないほどの普通の天井が目に映っていた。

 

 そう、普通の。

 

 何かがおかしいことを察し、寝ていたベッドから体を起こして周りを見回す。

 

 やはりここは私の知る場所ではない。その証拠に、寮では二人で一室を共有するはずなのだが、私のルームメイトであるイクノさんの姿がどこにもなかった。

 メジロ家でもない。私は家の構造をよく知っているつもりだ。記憶が正しければ、自分が今いる部屋は存在しないはず。

 

 ではここは一体どこなのでしょうか。

 

 昨日の記憶を引っ張ってきても、普通に学園生活を送り、普通にトレーニングして、普通に就寝した記憶しかない。

 寝る前の日課である、トレーナーさんの写真を眺めてから寝るというのも忘れていない。

 あ、でも昨日はお気に入りの写真を整理していましたっけ。それでいつもより少し就寝時間が遅くなってしまったのは覚えている。

 

 そのような感じで昨日の行動を振り返ってみるが、いつもと変わったところは特に無い。あったところで、この妙な状況に繋がるとは思えない。

 

 とりあえず誰かに連絡してみましょう。

 幸いスマホなら近くのテーブルの上にある。これを使ってテキトーにゴールドシップでも呼びつけ……あら? 

 

「……これ、私のスマホではありませんわね……」

 

 あまり電子機器の類に詳しくない私でも分かる。これは自分の機種ではない。

 新型? と言えばいいのだろうか、少なくとも私は見たことない機種だ。

 

 しかし、ロック画面はメジロ家の紋章。私は昔からロック画面にこれを使用しているので、このスマホが自分の物である可能性は高い。

 

 いや待ってください。メジロ家の紋章であるだけなら、アルダンやブライトの可能性だって捨てきれません。

 

 確認する方法があるとすれば、ホーム画面を見ればいいだけの話だ。

 なんせ私のスマホのホーム画面は……

 

 ロックの解除にパスワードを入力すると、ドアが3回ノックされる。

 

 それが唐突だったもので、スマホを床に落としてしまった。そんなことには目もくれず、私はドアの方に目を向ける。

 

 朝起きたら知らない場所で困惑している中、誰かも分からない相手と顔を合わせなければならないかもしれないということは恐怖に他ならない。

 

「マックイーン、起きてる? 起きてるなら開けてほしいんですけどー」

 

 しかしそんな恐怖も束の間、ドアの向こうからはトレーナーさんの声が聞こえてきた。

 

 なぜトレーナーさんがここに? どうして? というか本当にトレーナーさん? 声の似ている他人ではないだろうか。

 

「マックイーン? 返事がない、ただの屍のようだ……」

 

 あ、これトレーナーさんですわね。

 

 そう確信を持った私はそろりとドアを開けて彼の姿を確認する。そこにいたのは間違いなく私のトレーナー。そのはずなのだが、なんだか違和感を覚える。なんかこう、少し歳を取ったというか……

 

「お、やっとでてきた。今日は随分と遅い起床だな。普段僕にはさっさと起きろーなんていう癖に」

 

 ニヤニヤしているトレーナーさんとは裏腹に、私の心中は穏やかではなかった。今の彼の発言もよく分からない。これではまるで私とトレーナーさんが同居しているような言い方だ。

 

 ……それはそれで有り、むしろそれを望んでいるまでありますわね。

 

 いやそうじゃなくて! 

 

 今はトレーナーさんにこの状況がどうなっているのかを問いただすのが先だ。彼のことだ、どうせゴールドシップとでも組んで私にドッキリでも仕掛けているのだろう。

 

「あ、あの、トレーナーさん。ここは一体どこですの? 私、目が覚めたらこんな所にいたのですが……」

 

「トレーナーさん? 今日はまた懐かしい呼び方をするんだね。それにどしたの、ここがどこかなんて。僕達の家に決まってるじゃないか」

 

 …………『トレーナーさん』が懐かしい呼び方? 私達の家? どういうことですの? 

 

「大丈夫か、マックイーン? その歳で痴呆とは可哀想に……」

 

「違いますわよ! これは、なんというか……そう、寝ぼけてただけですわ!」

 

 寝起きということで、それを盾にいくらでも言い訳を効かせることができるのが幸いだ。

 

 というか、これは本当にどういうことなのだろうか。

 知らない場所のはずなのに、そこには私の知っている人。

 疑問や疑念は尽きないが、それを他人に言ったところで信じてもらえるかは分からない。

 

 ここは一つ、普段通りに行ってみましょう。

 

「こほん、トレーナーさん。私達そろそろトレーニング行かなければならない時間ですわよ。早く準備して学園に向かいませんこと?」

 

「あれ、今日はトレーニング休みだって昨日伝え忘れてた?」

 

 いきなり出鼻を挫かれた。私にとっての昨日は普通に学園で過ごしていたのでそんなこと知るはずがない。

 

「も、もちろん覚えてましたわよ! ただ、休みとはいえ体を動かしたいなーと思っただけです!」

 

「おっ、引退してもなお走りたいとは。さっすがメジロマックイーン」

 

「ええ、当然ですわ。なんせ私はメジロ家のウマ娘今なんて言いました?」

 

 なんだか彼の口からとんでもない内容が聞こえた気がする。

 

「さっすがメジロマックイーン」

 

「違います、ちょっと戻ってください」

 

「マックイーン、起きてる?」

 

「戻りすぎですわよ!? ふざけてるんですの!?」

 

「ごめんごめん。『引退してもなお走り続けたいとは』って言ったんだけど」

 

 …………What? 引退? 私が? レースを? 

 

 これは流石に普段通りに行くとは言えない。悪い夢でも見てるのだろうか。

 

「……本当にどうしたの? 体調が悪いんだったら寝てもらってていいんだけど……」

 

「いえ、大丈夫……大丈夫ですわ。トレーナーさん、最後に一つだけ聞きたいことがあるんですけど構いませんか?」

 

「ん、なに?」

 

 知らない場所、見たことないスマホの機種、少し歳を取ったように見えるトレーナーさん。極め付けは彼の口から出た私が既にレースから身を引いているという発言。

 

 ここまで来たら一つの仮説が浮かんでくる。それはあまりにも非現実的で信じ難いものだ。例えトレーナーさん相手でも信じてはくれないだろう。

 

 私は最後のピースを嵌めるため、この状況がどういったものかを決めつける決定的な質問をする。

 

「私と、貴方は一体どういった関係か教えてくれませんか?」

 

 私の質問にトレーナーさんは……

 

「え、何って……夫婦に決まってるじゃん」

 

 そう言って彼は恥ずかしげに頬を掻き…………え

 

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?」

 

 

 

 

 

 最初はとてつもない違和感に襲われていたが、少し時間が経つと自分でも驚くほどにこの状況をすんなりと受け入れることができた。

 私は既に学園を卒業していること、その学園でサブトレーナーを勤めていること、トレーナーさんと、その……ふ、夫婦なこと……

 

 そう、そうですわ。確かそんな感じだったと思います、ええ。さっき取り乱したのは昔の夢を見ていたからですわ。私がまだ選手として緑のターフを走っていた時の夢を何故か昨日までの記憶と勘違いしていただけですわね。

 

「あ、これ美味しいです!」

 

「そうだろ? この前君と出かけた時に気に入ってたデザートを再現してみたんだ」

 

 ひとしきり騒いだ私をトレーナーさんは不思議そうに見ていたのも束の間、今では二人で昼に差し掛かった朝食を取っていた。

 トレーナーさんのご飯は美味しい。とても美味しい。でもなんでしょう、この敗北感。

 

「そうだ、ちょっと昼から二人で出かけない?」

 

「今日? 別に構いませんけど……何か用事でもあるんですの?」

 

「いや、別に用事ってわけじゃないけど。なんとなくマックイーンと外歩きたいなーって」

 

 これは所謂デートというやつだろうか。

 私とトレーナーさんは夫婦。学生とトレーナーという関係ではない。つまりどんなことをしても問題にはならない。なんて素晴らしいのだろうか。

 

「そういうことでしたらご一緒しますわ」

 

「それじゃ、早くご飯食べて支度するか。行きたい所とかある? 何分思いつきだから目的地とか全く決めてなくてさ」

 

 逸る気持ちを抑えて冷静に答えると、今度はどこに行きたいかを問われる。

 正直な話、私はトレーナーさんと一緒であればどこだっていい。なんなら家でのんびりするのも悪くない。

 

「そうですわね……ここは無難にショッピング、いえ、映画も捨てがたいですし……スイーツの食べ放題なんかも……」

 

「……よし、全部行こう」

 

「ぜ、全部ですか!? 流石にそれは今からだと時間が足りないと思いますが……」

 

「大丈夫だって。今日は珍しく二人とも休み取れたんだし、全力で遊ばなきゃ損じゃん」

 

 私が選手として現役の時と違い、今の彼はとてもアクティブだ。やはり生徒とトレーナーという関係に縛られていたのがあるのだろうか。

 

「はぁ、分かりました。今日はとてつもない過密なスケジュールになりそうですわね、トレーナーさん」

 

「マックイーンなら問題ないだろ? あと、いつまで『トレーナーさん』呼びなの? まあ昔に戻った感じがするし、それはそれで悪くないんだけどさ」

 

 ああ、そうだった。昔の夢を見ていたということもあり、それに引っ張られてつい彼のことをトレーナーさんと呼んでいた。いつものように彼のことを……

 

 いつものように……? 

 

「ん? どしたの」

 

「いえ、なんでもありませんわ。それより、今日一日は貴方のことをトレーナーさんと呼んでもよろしいでしょうか?」

 

「え、それは別に構わないけど……なんかあった?」

 

「少々昔の夢を見ていたようで……」

 

 なぜか今日は『トレーナーさん』という呼び方の方がしっくりくる。結ばれてからというものの、私は彼のことを名前で呼んでいたはずだ。それなのにどうして……? 

 

「まあ、呼び方なんてどうだっていいじゃん。そんなことより、さっさと外出る準備しようぜ〜」

 

「ええ、そうしますわ」

 

 私は未解決の疑問を、残されたデザートと一緒に飲み込んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 外に出てまず最初に向かったところは映画館。ショッピングは荷物のことを考えると後の方が良いし、食後すぐというのもあったのでスイーツ食べ放題も後回しとなった。私としてはスイーツ食べ放題はどの時間でも構わないのですけどね。

 

 デートで映画館に来たら、ほとんどのカップルはラブロマンスを見るだろう。彼ら彼女らはその雰囲気を楽しみ、上映が終わった後でも長時間余韻に浸る。

 

 私達も例に漏れずそれを見る…………わけがなかった。

 

「この『優美なる平日』っての良くない?」

 

「これも良さそうですわよ、『カフェストーリー』」

 

 私達が選んでいたのはものの見事にB級映画ばかり。恋愛のれの字もない。それでこそ私達らしいというのもありますけれど。

 

 それにしても先程からどれを見るかという話で停滞している。事前に決めとけばよかったものの、このお出かけ自体がトレーナーさんの思いつきなのでそうも言ってられない。

 

「どれを見るか迷いますわね……」

 

「おっ、だったらこの『不沈艦ムーンホクサイ』ってのはどうだ? あんまり長くないしおすすめだぞ」

 

「そうなのですか? ではこれを……ってなんで貴方がいるんですか、ゴールドシップ!?」

 

「いやぁ、ポップコーンの神様があたしを呼んでる気がしてよ。そんでここに辿り着いたら、なーんか見たことある二人がいたからつい話しかけちゃったぜ」

 

 てへぺろ、といった感じで私達に話しかけてきたのはゴールドシップ。学生の頃は散々迷惑をかけられたが、なんだかんだ未だに付き合いのあるのは腐れ縁としか言いようがない。

 そんなことよりポップコーンの神様とやらを詳しく。

 

「やあゴールドシップ、久しぶり。今日は一人かい?」

 

「ん? ああ、今日はゴルシちゃん一人だぞ」

 

「そっか、なら君も一緒に映画見る?」

 

 ……は? この男今なんつった? 

 

 今日は仮にも私とのデートのはずだ。決してゴールドシップが嫌いというわけではない。でも今日は二人でのつもりだったのに。

 

「んー、いや、アタシはいいや。この後ひよこの選別するバイト入ってからさ」

 

「ありゃ、それは残念。マックイーンの旧友ってことであの子も喜ぶと思ったんだけどね」

 

「……お前ほんと乙女心分かってないのな」

 

 トレーナーさんにゴールドシップがつっこむという珍しい構図ができている。タチの悪いことに、トレーナーさん自身は恐らくボケたつもりがない。こういうところは昔から変わっていませんのね……

 

 不思議そうに首をかしげるトレーナーさんを無視し、ゴールドシップはそれじゃあなー、と言い元気よく映画館を後にする。

 ポップコーンの神様云々言っていたが、彼女は映画館に何をしに来たのだろうか。相変わらず彼女の言動は意図を読めない。

 でも、こうして気を遣ってくれたことは感謝ですわね。

 

「行っちゃった……。それじゃ僕達も行こうか、マック……イーンさん? もしかして怒ってらっしゃいます?」

 

「いいえ、怒ってません」

 

「いや、怒ってますよね? ほら、耳とかめっちゃ後ろに……」

 

「怒ってません」

 

「…………はい」

 

 しばらくトレーナーさんには反省してもらおう。今日は私とのデートなんです。私だけを見てればいいのです。それを分からせるためにも、しばらくはこのままでいましょうか。

 

 ちなみに、このすぐ後にゴールドシップから今日のお出かけの感想を120文字以内で書けとの連絡が来た。なんですの、ウマッターにでも投稿しろと言うのですか。

 

 私は彼女の連絡を既読無視した。

 

 

 

 

 

 映画を見終え、次に向かったのはスイーツバイキング。

 現役時代と違い、体重のことを気にせずにスイーツを食せるというのは私にとって至高の極みだ。でも、太りやすい体質なのは変わっていなかった。そのため日々のランニングは欠かすわけにはいかない。たまに学園の生徒達に混じって併走するなんてこともよくある。

 

 食事制限は無いが、実質食事制限のようなものを背負うのは中々に堪える。

 それでもスイーツを食べたい。スイーツを食べたい……っ! 

 

「お、見ろよマックイーン。これすげぇ美味しそう」

 

「こっちにはモンブランにマカロンに……メロンパフェ! メロンパフェもありますわ!」

 

 そんなわけで、我慢は体に毒、今を楽しむ、明日は明日の風が吹くと自分に言い聞かせてスイーツバイキングを楽しむことにした。

 私が我慢していてはトレーナーさんも気を遣ってしまう。

 

「お、お客様? 他のお客様のご迷惑になるので流石にその量はお控えいただきたく……」

 

「ご、ごめんなさい……ライスのせいで……ライスがいっぱい食べちゃうからこのお店が……」

 

「え、いや、そこまでではないのですが……」

 

 二人で楽しむためにも……

 

「……あれライスシャワーじゃね?」

 

「ああもう! どうしてこうなりますの!」

 

 見て見ぬふりもできず、私は取り皿をトレーナーさんに預けてライスさんの下へ向かう。

 

「ちょ、ちょっとよろしいですか? ライスさんこっちに」

 

 店員さんと話しているライスさんの手を引いて部屋の端に連れる。

 

「あれ、マックイーンさん? 久しぶりだね! マックイーンさんもスイーツの食べ放題に来てたの?」

 

「ええ、そうです。そうなんですけど! ライスさん、貴方スイーツ取りすぎですわよ!」

 

 彼女の持っていた取り皿には、かつてのオグリキャップさんやスペシャルウィークさん顔負けの量のスイーツが盛られていた。

 

「うぅ、ごめんなさい……。でもライス、学園にいた時からすぐにお腹空いちゃって……」

 

「食べることは悪いことではありませんけど、それでお店や店員さんを困らせてはいけませんわ。あと私の分が無くなります」

 

「……最後のが本音だね」

 

 おっと、つい本音が漏れてしまった。でも、他者に迷惑をかけてはいけないということで飲み込んでもらおう。

 

「ライスシャワー、久しぶり。相変わらず君はよく食べるね」

 

「あっ、マックイーンさんのトレーナーさん」

 

 見かねてトレーナーさんも私達の下へやってくる。

 

 ……これこの後の展開見えましたわ。見た感じライスさんは多分一人でここに来ている。それはトレーナーさんも分かっているだろう。ならば彼が取る行動といえば……

 

「ライスシャワー一人なの? だったら僕達と一緒に食べる?」

 

 やっぱり! この浮気性! 先程反省したかと思えば全くしてない! 

 

 ライスさんと共にするということは、あのカップル恒例のイベントが楽しめないということだ。た、例えば、あ、あーん、とか? 

 

 とにかく、ライスさんには申し訳ないが断ってもらおう。埋め合わせと言ってはなんだが、今度ウララさんやゴールドシップを連れてどこかに行こう、そうしましょう。

 

「で、でも今日はマックイーンさん達二人で来てるんでしょ? それに、ライスがいるとみんな不幸になっちゃうから……」

 

 …………

 

「そんなことありませんわ! ライスさんがいるだけでみんな笑顔になります! ねえ、トレーナーさん?」

 

「え? あ、はい、そうっすね」

 

「トレーナーさんもそう言ってることですし、行きますわよ、ライスさん!」

 

「う、うん、分かった。ライスもいっぱい食べるぞ、おー!」

 

 この後めちゃくちゃスイーツ食べた。

 

 

 

 

 

 本日最後のイベント、ショッピング。

 ショッピングとは名ばかりで、実際買いたいものも特になく、アクセサリーなどの装飾品店を冷やかし、日用雑貨や食料を買い込むだけのものとなるだろう。

 でもそれがいい。それでいい。こう言ったThe日常生活といったようなものが、私にとってスイーツを食べる時と応援している球団が勝つことくらい幸せなのだ。

 

 この幸せをトレーナーさんとの二人きりで味わいたい。

 

 

 そう思ってましたのに。

 

 

「いやあ、マックイーンさんのトレーナーさんのおかげでジュース儲かっちゃいました〜。ありがとうございま〜す」

 

「お前……あのはちみつドリンクの値段が高ぇよ……そして絶対カロリーも高ぇよ……」

 

「大丈夫ですって。どこかの誰かさんみたいに太りやすい体質じゃない限り気にすることないですよ〜」

 

「それもしかしなくても私のことですわよね!? そんなことよりスカイさん、なぜ貴方がここにいるんですか!?」

 

 げんなりしたトレーナーさんにダル絡みをするセイウンスカイさん。そして何故か私が流れ弾をくらう。

 今日はなんだか知り合いとよく出会う。それも今日というトレーナーさんとのデートの日に限って。

 

「私は普通にフラワーとお出かけしてただけですよ? でもはぐれちゃってさあ。なんか電話も繋がりませんし。そしたら偶々マックイーンさん達を見かけちゃいまして〜」

 

 貴方もですか。貴方もゴールドシップと同じ口ですか。

 

 でも、スカイさんはなんだかんだ言って聡いウマ娘だ。偶然出会ってトレーナーさんにはちみつドリンクを奢らせるというのは中々だが、なんだかんだこの状況を察して身を引いてくれるはず……

 

「あっ、そうだ! トレーナーさん、今日の晩御飯奢ってくださいよ! どうせこの後外食するんですよね?」

 

 ……はあ? 

 

「奢ってって……ニシノフラワーどうするんだよ。探さなきゃいけないんじゃないのか? なんだったら手伝うし」

 

 …………はあ??? 

 

「いえいえ、フラワーには私がいなくなったら先に帰っといてと伝えてるんで。久しぶりにマックイーンさん達と会ったんだから、こうしてお話したいなあ〜なんて」

 

 そう言ってスカイさんは私の方をニヤニヤした顔で見て……この方……っ、分かっててこんなことしていますわね……! 

 

 からかい上手のスカイさんに見事に手玉に取られていることが腹立たしい。気を抜くと、グーにしている右手からついストレートが放たれてしまいそうになる。

 

「まあ僕は別に構わないけど。今更一人増えたくらい……」

 

 そこまで聞いて私はスマホを思い切り握り締める。

 

「……きつくはないと思ったけど今日はあまり持ち合わせがなくてね」

 

 あら、私としたことが、ただスマホを握りしめただけのはずなのに木っ端微塵にしてしまっていた。

 トレーナーさんは私の粉々になったスマホを見て青ざめている。よかった、私の気持ちが伝わったようですわね。

 

「ありゃりゃ、それは残念。私もそろそろ帰らなきゃフラワーに怒られそうなので、ここでお暇させていただきますね〜」

 

 スカイさんは相変わらず態度を崩すことなくその場を去ろうとする。トレーナーさんは私のスマホ(だったもの)が気になるのか、まだそれに釘付けとなっている。

 

「それでは失礼しま〜す! トレーナーさん、次は一緒にご飯行きましょうね〜! 二人きりで〜!」

 

「うるっさいですわよ! 早く帰りなさい!」

 

 にゃはは〜、と笑いながら今度こそスカイさんはこの場を後にする。

 

 彼女が私のトレーナーさんを憎からず思っていることは薄々分かっていた。

 ……分かってましたけど! トレーナーさんは私のパートナーなんですわよ!? それなのにあんなストレートに浮気を促そうとするとは……! 

 

 彼女も本気ではないだろうが、今後も目を光らせておかなければならない。

 

「あー……マックイーン……さん。その、なんていうか……」

 

 私がスマホを握り潰してから大人しくしていたトレーナーさんがようやく口を開いた。

 

「……なんですの?」

 

「……ごめんな。今日は二人で出かけるって決めてたのに、君の意に反するようなことばかりしちゃって」

 

「全くですわ! 少しは反省してください!」

 

「うぐっ……スミマセン……」

 

 はぁ……まだ自覚があっただけマシですわね。

 

 これで「なんのこと?」などと言われた暁には家の力を使ってトレーナーさんを監禁かつ『教育』を施さなければならないところだった。

 

「……なあ、マックイーン」

 

「今度はなんですの?」

 

「今日は楽しくなかった?」

 

 この方は何を言っているのだろうか。

 私とトレーナーさん二人のお出かけでありながら、見知った顔を見かけるとまるでナンパ師の如く声をかけ、映画を除けば結局二人で過ごした時間なんてほとんどなかった今日のお出かけが楽しかったと? 

 

 

 そんなの……

 

 

「……楽しかったに決まってますわ!」

 

 この思いに嘘はない。私にとっては充分すぎる。

 

 トレーナーさんは「良かった」と一言。

 

 夕日が眩しく、なんだか映画のワンシーンのような良い雰囲気となったこの空間。それに呼応するかのように私の顔とトレーナーさんの顔が近くなっていき……えっ!? 

 

 こ、ここでしますの!? キで始まってスで終わる行為をここで!? だ、ダメですわ! 人目もありますし! 

 

 そんな心の中の抗議も虚しく、私の頭の中の天使と悪魔も提携したようで、考えることをやめこの場の雰囲気に流されることにした。

 

 

「……イーン……」

 

 

 これをするのは初めてではない。でも、いつまで経っても慣れない。慣れないが、その度にいつも新鮮な幸福を味わうことができる。

 

 

「……ックイーン……!」

 

 

 そんなことを考えているとトレーナーさんと私の顔がさらに近くなる。

 ああ、今日はなんて素晴らしい日なのだろう。こんな日常がいつまで続いていけば……

 

 

「マックイーン!」

 

「ああもう、さっきから誰なんですの!? 私とトレーナーさんの逢瀬を邪魔しようとしているのは……って、あら?」

 

 私とトレーナーさんの口が合わさる直前、何者かが私の名前を連呼し邪魔をすることに苛立ちを覚え、ついそれに反応してしまう。

 

 すると気がついたらトレーナーさんはいなくなっており、この場にあったのはベッドと布団、そして私の名前を呼んだであろうイクノさんだった。

 

「おはようございます、マックイーン。随分と楽しそうな様子でしたが」

 

「えっ? お、おはようございます。あの、つかぬことをお聞きしたいのですが……ここはどこなんですの?」

 

「まだ寝ぼけているみたいですね。寮ですよ、トレセン学園の寮」

 

 つ、つまり今まで見ていたのは……

 

「夢……? もしかして夢オチ……!?」

 

「なんの夢を見ていたかは……まあ大体想像つきますが、目も覚めたところで時刻も確認してみてください」

 

 イクノさんの言った通り壁にかけてあった時計を見ると、針は始業の10分前を指しており……って

 

「遅刻じゃないですか!? どうして起こしてくれなかったんですの!?」

 

「何度も起こしましたよ。その度にあなたはトレーナーさんトレーナーさんと言って一向に起きる気配を見せず……」

 

「わあああああ! わあああああ! 分かりました! 分かりましたのでそれ以上はやめてください!」

 

 この日、私は初めて学園に遅刻した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ……眠い。

 

 授業を終え、私はいつものトレーナー室へと向かう。

 

 別に睡眠不足というわけではない。むしろ睡眠時間は十二分に取ってある。だが眠い、とてつもなく眠い。今すぐ部屋に戻ってベッドインしたいと考えるくらいには眠い。

 

 その理由は明白、今朝見たあの夢のせいだ。

 

 睡眠には主に二つの性質がある。浅い眠りのレム睡眠と、深い眠りのノンレム睡眠だ。寝ている間はこの二つの睡眠を繰り返す。

 夢を見ている時は眠りの浅いレム睡眠なため、体はリラックスしていても脳は記憶の整理などで普段と同じように活動している。

 

 そのためか、今日の朝はなんだかちゃんと睡眠を取った気がしなかった。

 一時間目には間に合ったものの、授業には全く集中することができなかったし、このままではこの後のトレーニングも危うい。

 

 どうしたものかと考えながら廊下を歩き、トレーナー室の前まで辿り着く。そこからはなんだか楽しそうな声が聞こえてきた。

 私は静かに部屋のドアを開く。

 

「はいダイヤさん、お手つきですね〜」

 

「ええっ!? こちらの陣じゃなかったんですか!?」

 

「ははっ、甘いなダイヤ。今読まれたやつの下の句は……これだろ?」

 

「トレーナーさんも違いますね〜」

 

 トレーナー室にいたのはトレーナーさん、ダイヤさん、そしてグラスワンダーさんだった。

 

「トレーナーさん? 何をしていますの?」

 

「あ、マックイーン。いやなに、グラスワンダーが百人一首持ってきたからさ。ちょっとやってみようと思ったんだけどこれ結構難しいね」

 

 ひゃ、百人一首? 

 

「マックイーンさんもどうですか? 私達じゃ全然ダメで……」

 

「おい、一緒にするなよ。僕は君より2枚も多く取ってるんだからな」

 

「五十歩百歩とはまさにこのことですね〜」

 

 確かに良い賢さトレーニングにはなるとは思うが、いかんせん眠気が凄くてまともに集中できるかどうか怪しい。グラスさんの上の句を読む声で寝てしまう自信がある。

 

「……? マックイーン、今日はまた随分と眠そうだけど、なんか夜更かしでもした?」

 

「いえ、そういうわけではないのですが……私のことはお気になさらず。トレーニングも問題なくこなせますわ」

 

「でも無理は良くない。そこのソファで休むといいよ」

 

「……ええ、それではお言葉に甘えて……」

 

 トレーナーさんの言葉に従い、私はソファに腰掛ける。

 その瞬間、夢の内容も含めて今日一日の疲れにドッと襲われる。目を閉じてしまえば今にも眠ってしまいそうだ。

 

「しっかし難しいな、百人一首って。そもそも和歌を覚えるって機会ってのがないもんな」

 

「私もです。あっ、グラスさんのおすすめのお歌ってありますか?」

 

「私のおすすめですか? そうですね〜、こういうのは和歌単体を探すのも良いですが、詠んだ人から探すのも有りだと思いますよ? 例えば小野小町の……」

 

 ソファに座っているとドンドン眠気に襲われてしまい、次第に目を開けることが厳しくなっていく。このままでは私はここで熟睡してしまうだろう。

 でも、どうせ寝てしまうのだったらあの夢の続きを……

 

 

 

『思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを』

 

 

 

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