加えてランキングを覗いてみると、当ssが12位にランクインしてました。これからも精進するので、よろしくお願い致します。
「本気……なのか?」
「ええ。伊達や酔狂でこんなことを言うと思います?」
理事長室、この場にはいつものようにたづなさんはおらず、僕と秋川理事長が一対一で対面している。
そんな秋川理事長は驚愕の表情を見せている。いつものように二字の熟語を言う余裕もないようだ。
机の上に置いてあるのは辞表、差出人は言うまでもなく僕。その内容は今月一杯、有馬記念が終わったらトレーナー業を辞めるというもの。
あのジャパンカップの日、僕は決心した。
この心のしこりを取り除くためにトレセン学園を去るべきだと。
「……理由を聞いてもいいか?」
「理由、ですか。僕にはこの仕事は向いてなかった。ただそれだけですね」
「っ、そんなことはない! 現に君はメジロマックイーンと共に素晴らしい功績を積み上げている! それに、君の担当するもう一人のウマ娘、サトノダイヤモンドも最近調子が良いと聞いている! それなのになぜ君はこうも自己評価が低いんだ!」
「別にマックイーン達が凄いのは僕のおかげじゃないですよ。トレーナーが誰であろうと、あの子達の実力は変わらない……むしろ高くなっているまでありますよ」
僕は自嘲気味に笑いながら言う。
でも悲しきかな、この自虐ネタは理事長にとってお気に召すようなものではなかったようだ。
「……もしかして、本当の理由はメジロマックイーン達のためとでも言うつもりか? だとしたら笑止! それは大きな勘違いで……」
むしろ的外れな詮索を促してしまったらしい。
「そんな大層な理由じゃないですよ。これは僕……俺自身の問題です」
「……」
「それでは失礼します。ああ、マックイーンとダイヤの移籍先に宛てはあるので、決まり次第また報告しにきますね」
「……これは一応預かっておく。でもまだ受理はしない。有馬記念の後、もう一度ここへ来なさい。その時にもう一度話をしよう」
「……分かりました」
簡素な会話を終え、僕は理事長室を後にする。
これでいいんだ。
これでもう無駄に多い仕事も、レース相手のことも、時たま浴びせられる世間からの冷たい言葉も気にしなくて済む。
僕はウマ娘達によって繰り広げられるレースが好きだ。
でもそれはトレーナーという仕事に就かなくても一観客として楽しむことだってできる。
ならば僕はそれになろう。今後は遠くで彼女達を見守ろう。
あっ、新しく住む場所を決めとかないといけないな。転職先も見つけないといけないし……
一旦実家に帰省するか。ちょうどその頃には正月だしな。今からでも楽しみだぜ。
……マックイーンの隣に立てるように努力を怠らないって約束、守れなかったなあ。
***
最近のトレーナーさんはなんだか変です。
私の最近のちょっとした悩みはそれに尽きる。
トレーニングメニューはきっちりと考えてくれるし、走りのアドバイスやレースのコツなど細かい所も指導してくださるので、トレーナーとしての彼は申し分ないほどだ。
でも何と言ったらいいのでしょうか、心ここに在らずと言うか、なんだか彼が無気力なように感じてしまいます。
私ですら気が付いている異変にマックイーンさんが気が付いていないはずがない。
とは言っても、彼の変化は些細なものだ。何か嫌なことでもあったのかなと、そう流してしまっても仕方がない。
それでも、私に出来ることは何かあるだろうか。
お節介と言われても、いつもお世話になっている相手だ。ついそんなことを考えてしまう。
「聞いて聞いてダイヤちゃん! あたしね、来年の1月にデビュー戦なんだよ! ああっ、夢にまで見たトゥインクル・シリーズ……! 今からでも走るのが楽しみだよ……!」
「……もう、キタちゃん。それはお耳にタコができるほど聞きました。私はまだなのにキタちゃんだけずるいよ」
「だってだって、本当に楽しみなんだもん! 天皇賞にジャパンカップ、大阪杯に有馬記念! 走りたいレースが沢山だよ!」
私よりも先にデビューが決まったキタちゃんは、これ見よがしに私の前で大はしゃぎをする。
ちなみに、彼女がこうしてはしゃぐのは初めてではない。先の通り、もう何回も彼女のデビュー戦の話を聞いている。
ずるい。私も早く走りたいのに。
「あっ、でもダイヤちゃんと一緒に走れないのは残念かな……」
「キタちゃん……」
初めてキタちゃんのデビュー戦の話を聞いた時、私も彼女と走りたいという一心でトレーナーさんにデビューを早めてもらうようにお願いした。
結果はご覧の通り。
普段ウマ娘のことを良く考えてくれて、ウマ娘の意思を尊重するトレーナーさんは珍しく私の提案を更に強い意思で否定した。
いや、良く考えてくれるから否定したのだろう。そうでなければ、彼が私の言葉を否定した時あんなに苦しそうな顔をするはずがない。
「キタちゃんは私のことなんて気にせずにデビューしてきて? そんな気持ちじゃ簡単に負けちゃうよ?」
「ええっ!? それは困るよ!」
キタちゃんの大げさなリアクションについ笑みが溢れてしまう。
私はいつもキタちゃんから元気を貰っている。彼女に負けないよう、私も頑張らなくては。
「あっ、そろそろトレーニングの時間だ」
「私もそろそろ行くね。トレーナーさんとマックイーンさんを待たせちゃいけないし」
「うん、それじゃあね、ダイヤちゃん!」
「また明日ね、キタちゃん」
キタちゃんと別れ、私はトレーナー室に歩き出す。
さて、キタちゃんとの会話で話が逸れたが、本題は今から私が向かう先にいるトレーナーさんについて。
何か違和感を感じているのは間違いないけれど、それが何なのかが見当もつかない。
この前の、天皇賞の時のように考えていることが分かりやすかったならまだしも、今回はそれとは別だ。まるで私達にそれを悟らせないという意思さえ感じる……気がする。
トレーナーさんは何かを隠しているのだろうか?
いやいや、秘密くらい誰にだってあるはず。
私だってマックイーンさんやトレーナーさん、なんならキタちゃんにも話してない秘密はある。
でも、なんだろう。今回のそれは秘密を秘密のままにしておいたらいけないような気がして……
そもそも私とトレーナーさんは出会ってから日が浅い。
気がつけば半年以上の付き合いではあるが、所詮半年だ。マックイーンさんとトレーナーさんとの信頼関係に比べればまだまだと言える。
あーあ。こんな悩み、マックイーンさんならすぐに解決しちゃうんだろうなあ。
そんなことを考えていると、件のトレーナー室の前まで来ていた。
いつまでも悩んでいても仕方がないので、私は思い切っていつものようにトレーナー室の戸を開ける。
「こんにちは、トレーナーさん」
「よう、ダイヤ。今日も元気そうだな」
「当然ですよ。私も先にデビューするキタちゃんに追いつくために頑張らないといけませんから」
「そっか。あー……その件なんだが、なんというか……悪かったね」
「謝らないでください。トレーナーさんも考えがあって私のデビューを遅らせたんですよね?」
トレーナーさんは黙って頷く。
以前彼が言ってくれた。まだ体が完全に出来上がっていない今の状態でデビューすると、最悪の場合二度と走れなくなってしまうほどの怪我をしてしまうかもしれない、と。
「でしたら私は何も言いません。もう少しの間、マックイーンさんの背中を見て学びます」
「……そっか。でもそんなに悠長に構えてる暇も無いぞ。考えてたプランとしては、今の時期から一年後、つまり来年の秋くらいだな、そこでデビューの予定だったからね」
「えっ、ほ、本当ですか!?」
「ああ、本当だとも。世代は違えど、君とキタサンブラックがトゥインクル・シリーズで成果を挙げれば確実にレースで相見えることになるだろうね」
……やった、やったやったやった! 本当に私も近いうちにデビューできるんだ!
前にもトレーナーさんから近いうちにデビューできると聞いたが、デビューの具体的な時期を聞くと尚実感が湧いてくる。
秋ということはやっぱりキタちゃんとは一つ世代が違ってくるけれどそんなの関係ない。
私の頭の中は、デビュー戦と未来に繰り広げられるであろうキタちゃんや強いウマ娘とのレースでいっぱいだった。
実際にターフに立ったらどういう光景が見えるのだろうか。レースの駆け引きを上手く成功させられるだろうか。
あっ、勝負服! もしGⅠを走ることができるようになったら、私の勝負服はマックイーンさんと同じくらいとびきり可愛いのにしてもらおう。
今からでも想像が膨らんで仕方がない。
「……どうせなら近くで見たかったなあ」
「ん? トレーナーさん、何か言いましたか?」
「いや、なんでもないよ。それよりダイヤ、マックイーン知らない?」
「マックイーンさん? いえ、私は知りませんけど……何かあったんですか?」
「さっき連絡が来てね、どうやら今日のトレーニングに少し遅れるらしい。返信しても既読付かないし、何かあったのかなって」
マックイーンさんにだってトレーニングに遅れることくらいあるだろう。
理由は様々、日直や掃除当番、先生のお手伝い等色々。
「普段日直とかでトレーニングに遅れる時は前もって連絡入れてくれてたんだけど、今日はトレーニング開始直前だったし、その理由も書いてなかったからちょっと意外でね」
「そうですね、それくらい急用だったってことでしょうか?」
「分からん。まぁなに、マックイーンのことだ。どのみち心配はいらないさ。さて、あいつが来るまで先にトレーニングを始めとこうか」
トレーナーさんは笑ってその話を収める。そんな彼の姿はいつもと同じように見えた。
やっぱり先程のことは杞憂だったのでしょうか?
そう思わされるくらいには今のトレーナーさんは普段と変わりない気がする。
もういっそのこと直接聞いてみましょうか。
トレーニングメニューを確認しながらトレーナー室の戸に手をかけるトレーナーさんに、私は思い切ってこれまでのモヤモヤをぶつようとする。
「今日は坂路トレーニングを中心に……」
「あっ、あの、トレーナーさん!」
「ん? どした、ダイヤ。そんな覚悟を決めたような顔して」
「少し聞きたいことがあるんですけど、お時間よろしいですか?」
「聞きたいこと? ああ、いいよ。時間に余裕はあああああああ!?」
トレーナーさんはそこまで言ってから姿を消した。
いや、違う。彼が手をかけていた戸が外から打ち破られ、それによってその戸の前にいたトレーナーさんごと吹っ飛ばされたのだ。
「ト、トレーナーさん大丈夫ですか……って大丈夫なわけないですよね!? 今救急車を呼ぶので……」
「けほっ、こほっ……なんだよ急に……。あ、ダイヤ、救急車は必要ないよ。特に痛いところとかは無いからね」
えぇ……無事なのは何よりだが、どうして今のをくらって平然としていられるのだろうか。
トレーナーさんはただの人間のはず。でも耐久力ならウマ娘並、あるいはそれ以上かもしれない。
「そんなことより今のは……」
そうだった。トレーナーさんの頑丈さに目を奪われて、トレーナー室の戸を破壊したのが誰かを確認していなかった。
私とトレーナーさんはその方向に視線を向けると……
「生徒会室にぃ〜、AEDを564台設置したのはぁ〜、どこのどいつだ〜い? アタシだよ!」
「知らねぇよ! この部屋どうしてくれるんだよゴールドシップ!」
知ってた。こんなことを平然とやってのけるウマ娘なんて、ゴルシさんくらいしかいない。
当の本人はトレーナーさんを吹っ飛ばしたことなんて気にもしてないようで相変わらずケラケラ笑っている。
もしかして彼の頑丈さは周知の事実なのだろうか。
そういえば昔、マックイーンさんがトレーナーさんに全力パンチをくらわせても彼は生きていたという噂を聞いたことがある。
この数秒間でその噂の信憑性が高くなった。
「あっはっはー! ゴルシちゃん、マックイーンんとこのトレーナー室占領したり……って、なんだよ、いるのダイヤ嬢だけかよ。これじゃ面白さ半減じゃねぇか」
「さりげなく僕を省くんじゃあないよ。てかさっきの、僕じゃなかったら死人が出てたぞ」
「流石のアタシもあんたの頑丈さには引くわ」
「なに、もしかして喧嘩売ってる?」
「細けぇことはいいじゃねぇか! それよりも、このあたしがとっておきの情報持ってきてやったぜ! 鼻の穴かっぽじって良く聞きな!」
「汚い。普通に汚いからやめな、そういうこと言うの」
どうやらゴルシさんはとっておきの情報とやらを私達、もといマックイーンさんに伝えるためにここに来たようだ。
彼女はそのとっておきの情報とやらが書かれてあるであろう紙をトレーナーさんに渡す。
……紙に書いてあるならかっぽじる云々のくだりは何だったのだろうか。
「はぁ、なにこれ。出走予定……っ」
「トレーナーさん? どうかされましたか?」
ゴルシさんに渡された紙を見たトレーナーさんは何とも言えないというような顔をした。
私も何が書いてあったのかが気になり、ついノータイムで彼に質問を促してしまう。
「……ダイヤ、今日のトレーニングは自主トレに変更だ。僕はちょっと行かなきゃいけないところがある。いいかな?」
「え? ええ、それは別に構わないですけど……」
「ありがとう」
トレーナーさんは手短にそう答えてトレーナー室から出て行く。
トレーナーさんが見た紙には本当に何が書いてあったのだろうか。
「おーおー、普通ならあそこまで切迫詰まったような顔する必要ねぇのにな。なぁ、ダイヤ?」
「……ゴルシさん、あの紙には一体何が書いてあったんですか?」
「ん? いやあ、もうすぐ有馬だろ? だからそこで出走する予定のウマ娘の一覧を持ってきてやったってわけ」
有馬記念の出走予定表?
たしかにそれだけならトレーナーさんが焦る必要はない。
それをゴルシさんが持ってきたのはよく分からないが、少なくとも不安となる要素は……
「も、もしかしてマックイーンさんは出走できないとか……!」
「んなことねぇよ。むしろ、マックイーンはファン投票で圧倒的な一番人気だぜ。ま、あんたらのトレーナーがおもしれぇ顔してた理由はあれだが、とりあえずダイヤも見てみろよ、ほい」
「わわっ、と」
ゴルシさんに投げ渡された紙を受け取り、自分もそれに目を通す。
書いてあったのは、間違いなく有馬記念の出走予定ウマ娘一覧。
そこにマックイーンさんの名前は……あっ、あった! ありました! よかったぁ。
でもこれがどうしたんだろう。
そう思いゴルシさんに目を向けると、彼女はその下を見てみろと言わんばかりに目線を飛ばす。
そんな彼女の言う通りに再び紙に目を通す。
マックイーンさんの名前の下には、私がマックイーンさんの次にレースをよく見たウマ娘の名前があった。
「これは……」
トレーナーさんが焦ったような顔を見せた理由がようやく分かった。
ゴルシさんもここにマックイーンさんがいる前提でここに来たということは、この情報をマックイーンさんにいち早く伝えるためだったのだろう。
「どうだ、面白くなってきただろ? なんせマックちゃんとあいつのレースだからな」
ええ、面白いですとも。マックイーンさんに襲い掛かかる強敵との連戦という名の理不尽さが。
拝啓、マックイーンさんへ。
有馬記念、私はこれまで以上にあなたを応援させていただきます。