名家のウマ娘   作:くうきよめない

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名優と帝王

 

 

 最近のトレーナーさんはなんだか変ですわ。

 

 

 授業が終わりホームルームの時間、私はそのことが頭の中でいっぱいだった。

 

 そもそも、何かおかしいなと感じたのはあの日のジャパンカップの後。

 ゴール直後に皆さんがいる方を見ると、そこにはいつものように手を振ってくれるトレーナーさんがいなかった。

 とは言っても、ずっといなかったわけではない。いなかったのは数分足らずなもので、彼の姿はすぐに確認することができた。

 

 でもその姿はどこかぎこちない。あの日からずっと。

 

「それでは、今日のホームルームを終わります」

 

 担任の先生の一言と共に、我々学生には放課後という名の自由時間が与えられる。

 しかし、それは一般的な学生の場合だ。

 トレセン学園の生徒であるならば、放課後の時間の使い方といえばほとんどトレーニングだろう。

 特に私のようにもうすぐレースが近いウマ娘ならば、尚更それに励まねばならない。

 

 有記念まで時間がないのだ。やれるだけのことはやっておかなければ。

 

「マックイーンさん、駅前にすっごい美味しいスイーツ屋さんできたらしいんだけど、一緒にいかない?」

 

「えー! いいじゃんいいじゃん! あたし達も行きたーい!」

 

 クラスメイトの誘いに、私の固い決意はいとも簡単に瓦解しそうになる。

 喉の奥まで行きますという言葉が出てきているが、ぐっと堪えてその言葉を胃の中まで押し込む。

 

「……ッ、くっ、わ、私はもうすぐレースが近いので……え、遠慮させていただきますわ」

 

「いや、そんな迫真な顔で言われても……」

 

「でも、そっか。マックイーンさんはレース近いもんね。ごめんね、大事な時期にこんなこと言っちゃって」

 

「いえ、構いません。また誘ってくださると嬉しいです」

 

 私をスイーツを食しにと誘ってくれたクラスメイトのお二人には申し訳ないが、この時期にスイーツを食して体重を増加させるわけにはいかない。

 我慢我慢、もう暫くの辛抱ですわ。

 

 

 さてと、私もそろそろトレーニングに向かうとしましょう。

 行くのがあまり遅くなると、その分のトレーニング時間が減ってしまう。

 時はスイーツなり、一瞬たりとも無駄にできませんわね。

 

 今日のトレーニングメニューは確か坂路トレーニングだったななどと考えながら、私は鞄を手に取り教室を出ようとする。

 

「ちょっといいかな」

 

 扉に手を開けようとした瞬間、おそらく私に向けられたであろう言葉を聞きその手が止まる。

 

 声の主は聞き間違えるはずがない。

 私にとっての好敵手であり、私にとっての……

 

「テイオー……」

 

 振り返ると、そこにはテイオー……トウカイテイオーがいつもの笑顔で立っていた。

 

「どうかされましたの? 私これからトレーニングに向かうところなのですが」

 

「ねえ、マックイーン。今から付き合ってほしい場所があるんだ」

 

「ちょ、私の話を聞いていましたの!? これからトレーニングだと……」

 

「ちょっとだけだからさ! ほら、校門の前で待ってるよ!」

 

「あっ、待ちなさい! テイオー!」

 

 テイオーは私の話を聞かずに教室を飛び出す。

 このまま彼女を無視してトレーナー室へ向かうこともできるのだが、それはいくらなんでも可哀想だ。後日何言われるか分からない。

 

 はぁ……全く、仕方がありませんわね。

 

 私はテイオーの誘いに乗るべく、トレーナーさんに今日のトレーニングに遅れるという趣旨の連絡を入れてから、彼女の後を追う。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はちみつ硬め濃いめ多めで!」

 

「はい、硬め濃いめ多めですね」

 

 話が長くなるのだろうか、テイオーは屋台で彼女の大好物であるはちみつドリンクを注文する。

 

 どこを連れ回されるのかと思えば、行き先は私達がよく歩く河川敷らしい。

 テイオーのことだ、カラオケやボウリングといったアミューズメントな所に連れて行かれるものだと思っていた。

 もっとも、私にはそのように遊んでいる暇などないので、それが分かった瞬間帰っていたのだが。

 

「マックイーンは買わないの?」

 

「……貴方、私が今どういった状況にあるか知りませんの? 私は年末にレースを控えていますの。例えはちみつドリンクだったとしても、カロリーを抑えるために少しでも我慢を……」

 

 そこまで言って私から盛大なお腹の音が鳴る。

 

「……」

 

「……マックイーン」

 

「……なんですの、笑いたければ笑いなさい」

 

「あはははははははは! マックイーンってばおっかしー!」

 

「本当に笑いましたわね! 貴方はいつもいつも私の気に触ることを……!」

 

 私は、はちみつドリンク片手に大笑いするテイオーに掴みかかる。もちろん本気というわけではなく、彼女の肩を揺さぶる程度だ。

 

「もう、そんなに飲みたいなら買えばいいじゃん」

 

「う、うるさいですわよ! それに、どうせ買うのだったらもっとお腹に溜まる物を買いますわ!」

 

「でもはちみつドリンク飲みたいんでしょ?」

 

「……軟め薄め少なめで」

 

「は、はい、軟め薄め少なめですね」

 

 私達の言い合いを側から見ていた店員さんは苦笑いで私の注文に答える。

 そのままはちみつドリンクを受け取り、私とテイオーは例の河川敷へと足を運ぶ。

 

 こういった場合、それなりのムードや展開というものがありますのに、どうしてこうも締まらない雰囲気になってしまうのでしょうか。

 

「なんか久しぶりだね。こうやってマックイーンと一対一で話すのって」

 

「……そうですわね」

 

 実際そうだ。

 先程まであんなふざけた雰囲気ではあったが、私とテイオーがこうして面と向かって話すのは随分と久方ぶりだ。

 最後に彼女と話したのは、レースで悔しい思いをしたあの日以来だ。

 

 そう、春のファン感謝祭のあの日以来。

 

「マックイーン、まずは天皇賞とジャパンカップの制覇、おめでとう。凄かったよ」

 

「ありがとうございます。とは言っても、まだレースが終わったわけではないのですが」

 

「素直に喜べばいいのにー」

 

「私は最後まで気を抜くわけにはいきませんの」

 

「真面目だなー。でも、ボクもその気持ちちょっと分かるかも」

 

 テイオーはあのシンボリルドルフ会長のように無敗の三冠を目標としていた。

 ダービー後の骨折で結局それは叶わなかったが、彼女がクラシックの皐月賞や日本ダービーの間に気を抜いていた様子は一度も見かけたことがない。

 それ故に、私の気持ちがテイオーに伝わったのだろう。

 目標は、達成するまで生きた心地がしないから。

 

「それで、テイオー。そちらの……チームスピカの調子はどうなんですの?」

 

「なに、マックイーン、敵情視察? だめだよ、そんな調べ方じゃあ。もっとこう、颯爽と物陰から……」

 

「なんですか、その変な動きは」

 

 チームの様子を聞いただけなのに、何故かおかしな動きを始めたテイオーを見てつい110のボタンを押しそうになってしまう。

 見る人が見ればただの変質者だ。

 

「冗談だよ。えっと、なんだっけ。スピカなら順調順調! スペちゃんはドリームトロフィーでスズカを倒すんだーって意気込んでるし、ウオッカもスカーレットも喧嘩ばっかり。ゴールドシップは……マックイーンも知ってるか。そしてなにより……」

 

「なにより?」

 

 テイオーは勿体ぶったように一つためを作る。

 

「来月、ついにキタちゃんのデビュー戦だからね!」

 

 キタちゃん、もといキタサンブラックさん。

 ダイヤさんの親友であり、チームスピカに入部したウマ娘。

 

 何度か彼女の走りを見たことあるが、確かに光るものを持っている。でもまだ荒削りだ。

 私でも分かるのだから、あのスピカのトレーナーに分からないはずがない。

 それでも来月にメイクデビューということは、よほどキタサンブラックさんの意思を尊重したかったのか……

 

「マックイーン達はどうなの?」

 

「私達、ですか?」

 

「そうそう。ボク達の近況だけを話すのはフェアじゃないでしょ?」

 

「それもそうですわね」

 

 そう言って私は、ファン感謝祭以降の半年とちょっとの期間に何があったのかを語る。

 

 ダイヤさんが私と同じトレーナーさんの下で指導を受けていること。

 夏合宿ではスカイさんも含めた四人で高知県に行ったこと。

 そこでフジマサマーチさんというウマ娘とレースをしたこと。

 そして秋の天皇賞ではハッピーミークさん、ジャパンカップではブロワイエさんという強敵相手に勝利を収めたこと。

 

 この半年で色々あった。今この場で、テイオー相手に語り尽くせないほどには。

 

「そこでトレーナーさんは私にこう言ってくれたのです。『いってらっしゃい』、と」

 

「あはは、マックイーンってばほんとトレーナーと仲良しだよね」

 

 はて、何を今更そんな当たり前のことを。

 

「そんなの当たり前ですわ。テイオーこそ、スピカのトレーナーと仲がよろしいようですが」

 

「へっ、ボク? うーん、そうかなぁ? でも、どちらにしてもその場所はスズカが……」

 

 そこまで言ってテイオーは口を紡ぐ。

 それは意図したものではなく、自然なもののように見えた。

 

「スズカさんがどうしたんですか?」

 

「ううん、なんでもない。それよりマックイーン、そんなはっきりと当たり前なんて言って大丈夫なの? もしかしてトレーナーのこと好きなんじゃない?」

 

 テイオーは私を揶揄うようにニヤニヤとした顔をしている。

 

 トレーナーさんのことが嫌いなわけがないし、むしろ大好きまである。

 夢の中に彼が出てくるほどには私は彼のことを思っている。

 

「ええ、もちろん好きですわよ?」

 

「……え、今なんて?」

 

「だから、私はトレーナーさんのことが好きだと言いました」

 

「……それは、あれでしょ? ライク的な意味の……」

 

 む、そこを言わされるのは少し恥ずかしい。

 でもここで引くわけにもいかない。メジロのウマ娘として、常に堂々としておかなければ。

 

「もちろん、ラブの意味でですわ!」

 

「ぴえっ!?」

 

 言ってしまったー……

 でも後悔はない。なぜなら事実なのだから。

 それに、こうして公言しておくことで、彼の退路を塞いでおくのも一つの手ではなかろうか。

 我ながら完璧な作戦ですわね。

 

「なんなら、私はトレーナーさんに自分の思いを伝えていますわ!」

 

「ぴええっ!?」

 

 感謝祭の後、私は彼に自分の思いを伝えた。

 結局その思いは彼の耳に届いていなかったようですが。

 

「マ、マックイーンが……マックイーンが遠い存在に……」

 

 ……この娘、意外と純情なんですわね。

 経験豊富そうな雰囲気は……あるかと言われたらないですが、彼女の持ち曲からしてそういうのには長けていると勝手に思っていた。

 

「貴方、思っていたよりそういうのが得意ではないんですのね」

 

「……なにさ、笑いたけりゃ笑えばいいじゃん」

 

「……ふっ」

 

「ああああああああああああああ! マックイーン今笑った! ほんとに笑った! しかも大笑いとかじゃなくて小バカにする感じで! いいやいいいやい! ボクだって本気出せばコイビトの一人や二人できるんだからね!」

 

 いや、恋人が二人もできたらそれはまずいだろう。

 テイオーは今勢いでしか言ってないことがよくわかる。

 

 そんなテイオーを見ていると、なんだかつい笑みが溢れてしまって……

 

「ふふっ、あっははははは!」

 

「もー! まだ笑うの!? そんなにボクがおかしいの!?」

 

「あまり話さなかった時間が長かったのに、こうして貴方とおかしな話をするのがなんだか懐かしくって」

 

「マックイーン……」

 

「まあ、貴方がおかしいのは否定しませんが?」

 

「むきー!」

 

 テイオーは先程私が彼女にしたように、私の肩を揺さぶる。

 よしよし、これで主導権は私のものだ。

 

「はあ……真面目な話をするためにキミを誘ったのに、どうしてこうなるのさ……」

 

「あら、元はと言えば先に挑発してきた貴方のせいではありませんこと?」

 

「そうなんだけど! そうなんだけどさあ!」

 

「貴方がこれ以上何を言おうと、私優勢には変わりありません。さ、早く要件を言ってくださいます?」

 

「むむむ、納得いかない……」

 

 少しの間テイオーは顔を膨らませ負けを認めようとしなかったが、もうすぐ日が沈みそうなことに気がつき、急に真面目な顔をする。

 

 冬は日の入りが早い。いつのまにかかなりの時間をここで過ごしていたようだ。

 

「マックイーン、ボクね……有に出るんだ」

 

 しばらく黙っていたテイオーは、満を持したと言わんばかりにさらっとそんなことを言う。

 

「そう、ですか」

 

「あれ? 思ったよりリアクション薄いんだね」

 

「むしろ、何故貴方ほどの実力者がこれまでのレースに出ていないのかが不思議でなりませんわよ」

 

「ボクはキミと全力の勝負がしたいからね」

 

「全力の……」

 

 そういえば、以前テイオーと勝負した感謝祭の後、『次は全力で勝負ができるといいね』と言われたのを思い出した。

 

 なるほど、それでテイオーは有記念に……いやちょっと待ってください。

 

「ということはテイオー貴方、秋のGⅠレースの間私のことを試していたんですの!?」

 

「違うよ、ボクは出るべきレースのタイミングを見計らってただけ。本気のキミと勝負するためにね」

 

「はぁ、物は言いようですわね……」

 

 有記念には私以外の強いウマ娘も出走するというのに、こうも狙いを定められては春の天皇賞の二の舞になるのではないか。

 

 私はその疑問をテイオーに伝える。

 

「大丈夫。だって、ボクはゴールしか見てないから。キミに勝ちたいっていうゴールをね」

 

 ……ああ、そうだった。テイオーは同じ間違いを繰り返さない。

 私は彼女のことを甘く見ていたらしい。

 

 なら、私のやることはただ一つ。

 

「私は有記念で……」

「ボクは有記念で……」

 

 生涯幾度となく本気でぶつかりあえる貴方相手に……! 

 

「必ず貴方に勝ちます!」

「絶対キミに勝つ!」

 

 私とテイオー、二人の声が河川敷に響き渡る。

 

「「…………ぷっ」」

 

 その言葉が驚くほどにハモっていたためついつい吹き出してしまい、先程の緊張感が急速に崩れていく。

 

「あははっ、マックイーンってばそんな顔しちゃって!」

 

「テイオーだって、カッコつけすぎてこっちが恥ずかしくなってきますわよ」

 

「いいじゃん、カッコつけて恥ずかしくなるくらいが丁度いいんだって!」

 

 開き直ったテイオーは更に声を上げて笑う。私もそれに釣られて笑ってしまう。

 

 トレーナーさんの件で悩んでいたのに、ここに来て有にテイオーが出るという不安要素が増えた。

 でも、なぜか気分は悪くない。むしろ良い。

 なんなら悩みなんて吹き飛ばしてしまえばいいのだ。

 この脚で芝の上を駆けてしまえば、走りで己が強さを証明することができれば、このもやもやはきっと解消される。

 私は信じて走ればいいだけだ。

 

 ひとしきり笑った私達は、学園へ戻ることに決めた。

 

「もうすぐだね、有記念」

 

「そうですわね。今度こそ、負けても泣かないでくださいます?」

 

「そっちこそ、ウイニングライブでボクの後ろで踊ってもらうからね」

 

「口が減りませんわね」

 

「それは自己紹介?」

 

 日は既に沈んでおり、辺りは暗くなっている。

 私達は街灯のついた道をゆっくりと歩き、軽口をぶつけ合う。

 

 こんなに遅くなっては、帰ったらトレーナーさんに怒られるでしょうね。

 でも、こうしてテイオーと話せて良かった。

 本人は意図していないでしょうが、私の迷い心を断ち切ってくれたのですから。

 やっぱり、貴方は私にとっての憧れ。

 

 有記念、負けられない理由がまた一つ増えましたわね。

 

 寒い季節のはずなのに、私の闘争心は常に熱く燃え盛っていた。

 

 

 

 

 

 

「そういえばさ、マックイーンのトレーナーはボクが有に出るってまだ知らないんじゃないの?」

 

「そうでしょうか? あの方ならそのことも予測してそうな気がするのですけど」

 

「えー、ほんとかなぁ? 案外、ボクが出るって知って慌てふためいてるかもよ?」

 

「それはありませんわよ。なんたって私のトレーナーさんは冷静沈着、ちょっとやそっとのことでは動じませんので」

 

 

 

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