グランプリ、有馬記念。
それは天皇賞秋、ジャパンカップに続き、秋シニア三冠を締め括る大レースである。
人気投票で選ばれたウマ娘が優先的に出走することができ、まさしく選ばれし優駿達のみが参加できる格式高いレース。
年の瀬の有馬の雰囲気というのは、もう今年も終わりなんだなと思わせられるものだ。
そんな有馬記念が今年もやってくる。
それも、今年は大スターである二人のウマ娘の出走が決まっている。盛り上がらないわけがない。
その二人のウマ娘の出走が発表された日は、ウマッターや掲示板などは案の定と言った様子だ。
どちらが速いのか、どちらが強いのか。
そんな議論で溢れ返ったSNSは、感覚的に天皇賞やジャパンカップに引けを取らないどころか超えているまであるほどの賑わいだった。
さて、ここまでは世間一般がどのような様子だったのかと言う話。
ここからは我々、メジロマックイーン陣営の話をさせてもらおう。
先程の紹介したスターウマ娘のうちの一人、メジロマックイーン。体重増減無し。
ジャパンカップ後もしっかりとトレーニングをこなし、好物であるスイーツもしっかりと我慢できていた。頑張ったね。
そんなマックイーンのトレーナーである僕から言わせてもらうと、彼女が負けるビジョンが見当たらないと言ったところ。
これは贔屓目抜きのものであり、相手がどんなに一流のウマ娘であろうと今のマックイーンには敵わないだろう。
だが、物事には常に例外が存在する。
マックイーンとは別のもう一人のスターウマ娘、トウカイテイオー。
彼女とマックイーンの関係は、一言で言えば好敵手。
故にマックイーンにとって最大の脅威となりうるのはやはりトウカイテイオーだ。
マックイーンは一度トウカイテイオーに勝ったことがある。
でもそれはマックイーンの得意な距離での話だ。
今回の有馬記念は2500m。3200mの天皇賞春とは訳が違う。
自分は、マックイーンが勝つだろうと思っている。
それでも、脅威となりうる対戦相手の顔がチラつくのは仕方がない。
いや、違うな。勝つだろうじゃない、勝って欲しいだ。
どうせこれで終わりなんだ。
メジロマックイーンのトレーナーとして、彼女が一着でゴール板を通過する最後の姿を見届け……
見届けて……
「トレーナーさん、信号青に変わりましたわよ?」
「あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事してて」
助手席に座るマックイーンに声をかけられてようやく我に帰りアクセルを踏む。
今は有馬記念が開催される中山レース場へと向かっている途中だ。
もちろん、いつものようにマックイーン応援隊を引き連れて車での移動だ。
「……そういえば今日なんか静かじゃない? いつもだったら道中君達が騒いでポリスに目をつけられるはずなんだけど」
「あん? お望みなら騒いだろか?」
タマモクロスは僕の皮肉に即座にケチをつける。
これ以上ポリスの困ったような顔を見るのはこちらとしても心苦しいのでやめていただきたい。
「今日は前回のジャパンカップや天皇賞と違い、ゴールドシップさんがいないからではないでしょうか? 確かテイオーさんとゴールドシップさんは同じチームのはずなので、そちら側にいると思われます」
あー、なるほど、そういえばそうだった。
イクノディクタスの言うように、ゴールドシップはトウカイテイオーと同じくチームスピカに所属している。
ここにいないのも納得だ。
「……今日はゴールドシップがいないことでより集中できますわね。精神統一が捗りますわ」
「そんなこと言って、ほんとはちょっと寂しいんやろ?」
「なっ、そ、そんなわけありませんわ! たしかに少し物足りないなという気がしなくもないですが、別にあの方がいないからといって私に何か利があるというわけでは……」
「マックイーン、時には素直になることも必要ですよ。寂しいなら寂しいと素直に言うべきです」
「だから違いますわよ! むしろ文句しか出て来ませんわ! この前だってトレーナーさんの部屋のドアを破壊したりして……」
ぶつぶつとマックイーンは呪詛のようにゴールドシップへの文句を垂らし続ける。
なんだ、喧嘩するほど仲が良いというやつか。この場合喧嘩でも何でもなく、マックイーンの一方的なものだが。
「ゴールドシップがいないのは分かったけど、それにしても静かじゃないか?」
「そうやな、まるで後ろの連中が息してないみたいな……あ」
「どうしましたか、タマモクロスさん……あぁ」
タマモクロスとイクノディクタスは何かを察したような声を漏らす。
一番後ろの座席に座っているのはダイヤ、ライスシャワー、ハルウララだったはず。
先程から彼女達の声が聞こえてこないことに疑問を抱いたわけで……
ちょうど信号に引っかかってしまい、後ろを確認する時間が取れた。
体を捩らせて、タマモクロス達が何を見たのかを確認すると……
そこにあったのは、すやすやと眠る三人の姿。
今日のレースがよっぽど楽しみだったのだろう、昨日の夜あまり眠れていないのかもしれない。
「……これは起こすわけにはいけませんわね」
「……そうだな」
車内には割とほっこりとした雰囲気が漂う。
これでマックイーンが集中できるのなら御の字だ。
……赤信号により止まらざるを得ないこの時間、先程の考え事を思い出してしまい、心中穏やかではなかった。
***
勝負服に着替え、ターフへと向かう通路を歩く。
秋シニア三冠の最後のレース、有馬記念。グランプリの頂点に立つウマ娘が今日決まってしまう。
その緊張感により、つい武者震いをしてしまった。
いつかマーチさんが言っていたっけ。
『正しい努力には、正しい結果が伴う。力ある者は常に相応しい結果を求められる』
私に求められているのは、私自身が求めるのは勝利という結果だ。それは決して揺るがない。
そして正しい努力。
私は今日まで夏合宿を始めとした多くのトレーニングをこなしてきた。多くの歓声を身に浴びた。多くの想いを背負ってきた。
たまに脱線することはあったけれど、秋シニア三冠を制覇するという目標に向かって一直線に突き進んできた。
それにより、秋の天皇賞とジャパンカップの勝利という結果が出たのは誇らしい。
そして、このような最終決戦でよく聞く言葉を思い出してしまう。
『やれるだけのことはやった』
ああ、なんて甘美な言葉なのだろうか。なんて心地の良い言葉なのだろうか。
これではまるで負けても悔いはないみたいに聞こえるではないか。
やれるだけのことはやったから、たとえ負けても仕方がない。反省はすれど、後悔はしない。
そういうことなのだろうか。
否、断じて私はそう思わない。
負けて悔いがないだなんて、勝利への執念が足りていないとしか思えない。
絶対に勝ちたい、絶対に一着を取りたい。そんなレースなら尚更だ。
その想いを裏切らないためにも、死に物狂いで勝利を掴みにいかなければならない。
私は勝つ。
ここまでの行ってきたトレーニングに嘘はない。でも、自分は思った以上に貪欲なようだ。
そう、私にはまだまだやれることが多いというのに。
「マックイーン」
自分の勝ちたいという気持ちに向き合っていると、ふと背後から声をかけられる。
いつものようにトレーナーさんやダイヤさんが激励の言葉を送りに来てくれたのかと思ったが、今回はそうではなかったようだ。
「あらテイオー、レースの前だというのに随分と余裕そうな顔をしていますが」
「だって楽しみだからさ。この後、ボクがセンターのウイニングライブがね」
「それはお可愛い妄想ですわね。貴方には私の後ろで踊ってもらうことになりますの。もちろんセンターは私」
「なにぃー?」
「なんですの?」
レースまで間もないというのに、私達はターフへと向かう他のウマ娘のことを考えず睨み合いをしてしまう。
でも、今の短い会話にテイオーからの勝利への固執は存分に感じた。
『ボクがセンターのウイニングライブ』
この言葉で何を目標としているのかはバカでも分かる。
もう、あの頃のライバルだけに固執するテイオーはいない。それは無論、私に対しても言えた話なのだが。
「……今日はあの白い勝負服なのですね」
「うん、やっぱり有馬はこれで走りたくってさ。マックイーンこそ、あの時貰った白い勝負服じゃなくて黒い勝負服じゃん」
「ええ、やはり最後の一冠はこちらの勝負服を使いたかったので」
特に理由があるわけではない。ただなんとなく、なんとなくこちらの黒い勝負服を着たかった。それだけだ。
そんな会話を続けていると、ターフはもう目前だ。ここを通り抜けたら観衆の視線を浴びることになる。
「……お先にどうぞ?」
「いえいえそちらからどうぞ」
「いやいや、どうぞどうぞ」
「……」
「……」
……何も成長していない。
こうなったら、どちらが先に入場するかはあれで決めるしかないだろう。
テイオーも今から何をするか分かっているようだ。その証拠に拳を握りしめている。
では、行こう。いざ尋常に。
「「じゃんけん、ポン!」」
テイオーはグー、私はパー。
私の勝ちだ。前回は私が負けたのだから、今回はテイオーから……
「あっち向いて」
「……は?」
「あっち向いて!!」
「見苦しいですわよ! さっさと負けを認めなさい!」
「ぐぬぬぬぬ……レースではこうはいかないんだからね! 覚えとけー!」
捨て台詞を吐いてテイオーはターフへと駆ける。
自分でも阿保なことをしていたなとは思うが、こういう小さなことでも譲るわけにはいかない。
「君達何やってんだよ……」
ちょっとした優越感に浸っていると、呆れたような声が聞こえ……って
「ト、トレーナーさん!? み、見ていらしたんですの!?」
「まあね」
恥ずかしい。ここまできてあんなやり取りを彼に見られていたなんて恥ずかしいにもほどがある。
「こ、こほん、あれは一旦……いえ、未来永劫忘れてください。……あの、トレーナーさん」
「ん、なんだい?」
「私、勝ちますので、勝って私が最強のウマ娘だと証明してみせますので」
「…………な、なぁマックイーン」
「はい?」
「……いや、なんでもない。気をつけてな」
「ええ、それでは行って参ります!」
なんだか歯切れが悪いようにも感じたが、レース前に彼と話せただけでも充分引き締まった。
勝つ、ただそれだけ。
私はターフへの一歩を踏み出し、地鳴りのような歓声を身に浴びた。
「いや〜、テイオーやマックイーンみたいなキラキラしたウマ娘を相手にするのは、このネイチャさんには中々に荷が重いですな〜」
「でもネイチャ、そんなこと言って一着しか狙ってないって顔してるよね」
「なっ、そ、そんなことないって、タンホイザ。ま、まぁ本気で走ることには変わりはないですケド……」
「よーし、ネイチャもやる気だし、私も頑張らないと! やるぞー、えい、えい、むん!」
枠入り直前、各々レースに向けての行動を取る。
会話で緊張をほぐす者、ルーティーンをこなす者、レースの前に取る行動はウマ娘によって様々だ。
私には特にルーティーンのようなもうのはないが、心を落ち着かせるために深呼吸くらいはする。
うん、万全だ。調子も良い。これなら最高のレースを、最高の結果を叩き出せるはず。
『各ウマ娘、続々とゲートに収まります』
私の枠は外でも内でもない真ん中。
他のウマ娘がゲートに入る中、私も例に漏れず指定された枠へと収まる。
見ていてください、トレーナーさん。私の走る姿を。
その時、ついよそ見をしてしまった。そのよそ見の方向は言うまでもなく、トレーナーさんやダイヤさん達のいるスタンド。
「…………えっ?」
私の目に映ったのは、ジャパンカップを走り終えた直後同様のもの。トレーナーさんの姿はどこにも見当たらなかった。