名家のウマ娘   作:くうきよめない

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マックイーンは迫りたい

 

 なぜ自分は走っているのだろうか。

 

 

 一つの疑問が頭の中を反復横跳びしており、上手くレースに集中することができない。

 

 有記念もいよいよ大詰め。先頭のウマ娘はもうすぐ第4コーナーに差し掛かろうとしており、スタンドからの歓声がより一層大きく聞こえてくる。

 2500mという距離は持久力を必要とされるが、物凄く長い距離かと言われたら決してそういうわけではない。

 

 それなのに、とてつもなく脚が重い。肺が苦しい。

 まだ最終直線にも達してないのに、体中が悲鳴を上げ、視界が霞む。

 出遅れた上に冷静なレース運びができないのだから当然だ。なんとも情けない。

 

『さあ第4コーナーに入った! ここでトウカイテイオーが抜け出す抜け出す! 一人、また一人と抜き去って先頭に躍り出る!』

 

 テイオーが仕掛けた……っ! ここで離されるわけには……! 

 

『トウカイテイオーに続いてメジロマックイーンも後を追う! やはり最後は二人の一騎打ちか!?』

 

 先頭のテイオーに追いつくべく、最後の力を振り絞りスパートをかける。

 

 今の自分を動かすのは、意地と根性、そして勝ちたいという欲望だ。それが無ければとっくに走るのをやめている。それなのに……

 

 ……届かない。距離が縮まるわけでもなく離されるわけでもない、ほとんど同速と言ったところか。

 もう体力的には次のスパートをかけることができるか怪しいレベルだ。

 そのため、今のままではこれ以上のスピードは出せない。

 

 息は乱れに乱れ、フォームもぐちゃぐちゃ。

 自分の走りではテイオーの大きな背中に迫ることができないのか。

 

 ……そんなの嫌だ。私は勝つと決めたんです。

 まだやれる、まだ……っ! 例えこの脚が壊れても……! 

 

『メジロマックイーンさらに加速! ジャパンカップで見せた末脚がここに来て光る!』

 

 中山の直線は短い。ここで一気に勝負を……

 

『いや、トウカイテイオーも加速! メジロマックイーンに抜かさせないぞと言わんばかりのスピードだ!』

 

 う……そ……。血反吐を吐く思いでスパートをかけたのに……

 

 私のスピードよりも更に速いスピードを出すテイオー。

 すぐ後ろを走っているから分かる、自分と彼女の距離が徐々に離れていることが。

 

 一瞬脳裏にチラつく三つの文字。

 

 

 諦める

 

 

 もう体力は残っていない。こうして走っているだけで奇跡みたいなものだ。

 

 

 ここで諦めて次の目標を定めた方がきっと楽なのだろう。

 

 

 次だ、次勝てばいい。

 

 ここで諦めて次のレースに向けて……

 

 

 

 

「走れっ! マックイーンッ!」

 

 

 

 

 ……聞こえた。私の最も信頼を寄せるあの人の声が、入り乱れる歓声の中からはっきりと聞こえた。

 

 それと同時に背中を押される感覚を覚える。

 

 そうですわね、諦めるなんて私らしくない。

 貴方が見ているのですもの。貴方が声を上げて応援してくださっているのですもの。

 

 ああ、やっと自分はなぜ走っているのかという問いに対して答えが出た。

 

 私は、大切な人のために走る。

 

 そう……

 

 

 貴顕の使命を果たすべく……っ! 

 

 

『さあ最終直線! ここで一気に捲ってきたぞメジロマックイーン! 強烈な末脚であっという間にトウカイテイオーを抜き去った!』

 

 体が軽い。先程まで思うように動かなかったのが嘘みたいだ。

 信頼する人の……好きな人の声というのはこんなにも力を与えてもらえるのか。

 

 ありがとうございます、トレーナーさん。貴方のおかげで私は……

 

 

「……絶対は……」

 

 

 っ!? 後ろっ……! 

 

 

「絶対はボクだぁぁ!」

 

 

『トウカイテイオーまたしても加速! 速い速い速い! メジロマックイーンの隣に並び立った!』

 

 やはりそう簡単には勝たせてくれませんわね。

 ここからは正真正銘の一騎打ち。お互い体力は限界のはず。

 

 真っ向勝負です! 

 

『トウカイテイオー! メジロマックイーン! 後ろにはもう誰もいない! 完全に二人の世界だ!』

 

 残り100m、私とテイオーは横並びの状態で標識を通過する。

 

 残り僅かにもかかわらず、ゴール板があまりにも遠い。最終直線に入ってから時間の流れが遅く感じる。

 

 ぐっ、あと一歩! あと一歩力強く踏み出せば先行できるのに……! 

 

 テイオー、貴方にだけは絶対に負けられない。

 トレーナーさんの思いを裏切るわけにはいかない。

 

『両者一歩も譲らない! どこまで加速するんだこの二人は! 不屈の帝王か!? 鋼の名優か!? 意地と根性と信念の戦いとなった有記念! 勝つのは一体どっちだ!?」

 

 

 いえ、一番は…………勝ちたいっ! 

 

 

「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

『トウカイテイオー! メジロマックイーン! トウカイテイオー! メジロマックイーン! 今並んでゴールイン! 実況からではとても判別が付けづらい一着争い! 勝ったのはマックイーンか、テイオーか!』

 

 永遠にも感じられたレースが終わり、ゴール板を通過した私とテイオーは、それぞれ先程まで走っていた緑のターフへと崩れ落ちる。

 そのすぐあとに後続のウマ娘達が続々とゴール板を通過していった。

 皆本気で走ったのだろう、涼しい顔をしたウマ娘は誰一人としておらず、彼女達は息を整えるのに必死だった。

 

 かくいう私もそう。

 もうだめ、動く気力が全く起きない。

 

 全力のその先、限界すらも超えて走ったこのレースは忘れられないものとなるだろう。

 それほどまでに苦しく、激しく、そして楽しかった。

 応援してくださった皆さんの想いを、信じてくれたトレーナーさんの想いを、そして、私自身の想いを懸けて走ったのだ。印象に残らないはずがない。

 

 そうだ、結果はどうなったのだろうか。一番重要な事を忘れてはならない。

 

 正直、走っていた本人である私にもどちらが勝ったかが分からなかった。

 あの時、テイオーは前にも後ろにもおらず、完全に隣にいた。

 

「マックイーン」

 

 いち早く回復したテイオーは、私に電光掲示板を見ろと指を指す。

 

 そこにあったのは『写真』の二文字。

 

「写真判定…………ですか」

 

「一緒だね、あの時と」

 

 あの時……というのは、春のファン感謝祭の時だろう。

 確かそこで行われた時のレースも最後は写真判定だったはず。状況だけ見ればほぼ同じ展開と言ってもいい。

 ただ一点を除いて。

 

「お生憎様、あの時とは違い落鉄などしておりませんわ。今度こそ私は全力で走りきりました」

 

「やっぱりなんかあったんじゃん……」

 

 ……あれっ、もしかして私今墓穴掘りました? 

 

「ち、違うんですのテイオー! 確かにあのレースで私は落鉄しましたけど、それが勝敗に直結するかは分からないわけで……」

 

「はいはい。それも全部ひっくるめて、今日のレースで決着ってわけだよ」

 

 テイオーは呆れたように電光掲示板に目を移す。

 

 もうそろそろ結果が出てもいいはずだ。

 絶対に勝ったとは言えないが、手応えは感じている。それでも緊張のせいで汗が止まらない。

 

 固唾を飲んで見守る私達の前に表示された結果は……

 

 

「……同着……一位……?」

 

 

 同着の文字が浮かび上がると同時に、レース場は大盛り上がりとなる。

 うるさいくらいの歓声だ。もしレースに快勝した後これを聞いたらとても気持ちよかったに違いない。

 

 でも結果は同着。不完全燃焼にも程がある。

 今すぐにでも走り直して甲乙つけたいところだ。

 

「ちぇ、つまんないの。決着はお預けか〜」

 

「そうですね。これで1勝1敗1引き分け」

 

「違うよ、ファン感謝祭のレースはノーカン。だからボクの1敗1引き分け」

 

「強情ですわね」

 

「そっちこそ」

 

 全く……。私は本当に良いライバルを持ったものだ。こんなにも本気になれる相手がいるということに感謝しなくてはならない。

 

「……ボクね、この結果に満足してないんだ。だから……」

 

「奇遇ですわね。私も不完全燃焼気味ですの。なので……」

 

 

「「次は絶対に勝つ!」」

 

 

 私達は拳を突き合わせ再戦を誓う。

 

 次なる目標ができたからだろうか、テイオーに勝利したわけじゃないのに悪くない気分だ。

 

 一層大きくなる歓声に手を振って応えていると、見覚えのある二人が大きく手を振っていた。

 

「マックイーンさーん! 格好良かったでーす!」

 

「テイオーさん! おめでとうございまーす!」

 

 ダイヤさんとキタサンブラックさん、周りには私の応援に来てくれたタマモさん達とスピカのメンバーがそこにいた。

 昔と変わらない彼女達の姿に、私とテイオーは思わず吹き出してしまう。

 

 ダイヤさん達のいるところにトレーナーさんはいない。

 

 でも、きっと見ていてくれたはず。

 

 トレーナーさん、これからも目を離さないでくださいませ。

 貴方の担当ウマ娘が……貴方の愛バが走り続けるその姿を……! 

 

 

 

 ***

 

 

 

 レースが終わった後には、恒例行事であるウイニングライブがある。

 

 ステージに登壇しているのは、先のレースで同着一位を飾ったマックイーンとトウカイテイオーだ。

 僕は一人、会場の最後方で二人の姿を見守る。

 

 彼女達はいつも以上の輝きでパフォーマンスを披露しており、それを見ていたらなんだか今までのことが懐かしく思えてきてしまった。

 春の天皇賞を連覇したり、マックイーンが繫靭帯炎したり、復活してすぐに走ったり、夏合宿に行ったり……

 

 いや、思い出に耽っている場合ではないな。

 これからも僕は彼女のトレーナーであり続けなければならないんだ。

 

 後で理事長に話をしておかなければ。

 もちろん、辞めようとしていたことがバレたら大目玉なので、マックイーンやダイヤには内密に……

 

「あー! やっと見つけました!」

 

「おわっ!? びっくりした……なんだダイヤか」

 

 噂をすれば、ではないが、頬を膨らませたダイヤがズンズンとこちらに近寄ってくる。

 

「なんだ、ではありませんよ! どこに行ってらしたんですか!? マックイーンさんに声をかけてくると言ってから姿を眩ませて!」

 

「うっ、ごめんごめん。ちょっと別の場所で観戦しててね」

 

「もう、そうならそうと先に言っておいてください。トレーナーさんが迷子になったんじゃないかと思ってタマモさん達も心配してらしたんですからね?」

 

 そんなに信用無いの? 

 

「本当に悪かったって。ほら、落ち着いてマックイーン達のウイニングライブ見ようぜ?」

 

「……はぁ、分かりました。でも、これが終わったらみっちりお説教させてもらいますからね?」

 

 どちらにせよ、ダイヤには大目玉をくらうことになるらしい。後でこっそりキタサンブラックに彼女の諌め方を聞いておこう。

 

 ダイヤは先程までプンスコしていたが、ライブに集中するとなるとキラキラした表情でマックイーンのことを見ていた。

 それもそのはず、全力で走りきり、ファンの前でこんなにも華やかなパフォーマンスをする。そんなマックイーンやトウカイテイオーに目を奪われない人はいないだろう。

 

「……トレーナーさん」

 

「ん? どしたの」

 

「私も……あんな風になれるでしょうか? マックイーンさんのような、皆さんの……いえ、誰かの期待に応えられるようなウマ娘に……」

 

 彼女の目には、未来への希望だけでなく不安といったものも混じっているように見えた。

 誰しも未来に不安を抱えているが、今のダイヤはそれが顕著にあらわれている。

 

「私は家族のためにジンクスを破らなければならないのに……わぷっ!?」

 

「ま、そう考えすぎるなよ。今から未来のレースについてあーだこーだ言ってても仕方ないって。それに、来年の事を言えば鬼が笑うって言うだろ? なら、今笑ってる鬼を来年君の走りで泣かせてやろう」

 

「ちょ、ふふっ、頭撫でないでください、くすぐったいですよ。……全くもう、変な人」

 

「なんか言った?」

 

「いーえ、なんにも。マックイーンさんが綺麗だなと思っただけです」

 

 ああ、マックイーンのこの姿は何度見ても飽きないな。

 

 

 これからも、彼女の姿を隣で見ていたい。支えてあげたい。

 

 メジロマックイーンのトレーナーとして……

 

 

 最後の一音が流れ切るまで、マックイーンから目を離すことができなかった。

 

 

 




……もうちょっとだけ続くんじゃ
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