後日談、というか今回のオチ
有馬記念も無事終わり、今年も残すところ後僅か……というか、今日は大晦日だ。
この時期になると仕事が増えるのは何なのだろうか。この謎を解明するために何ヶ月かアマゾンの奥地に潜る必要がある。半年ほどの休暇を取ろうか。
ウマ娘のトレーニングを見るならまだしも、正月になってまで事務仕事はしたくない。
みんな頑張ってるんだし、僕も頑張らないと。
その一心で取り組んだ結果もあってか、今ではほとんどの仕事が終わっている。昨日一昨日の自分に盛大な拍手を送りたい。
さて、今トレーナー室にいるのは僕とマックイーンのみ。
同室に男女が二人、何も起きないはずはなく……
「……」
「……」
「……まずは言い訳でもしたらどうなんですか?」
「あっ、あのなマックイーン、僕は……」
「うるさいっ! 言い訳なんて聞きたくありませんわ!」
どうしろってんだよ……
有馬記念のあの日、マックイーンとトウカイテイオーが同着一位を飾り彼女達を学園に送り届けた後、僕はすぐさま理事長の下へと向かった。
元々有馬が終わったら来いとは言われていたので、僕がトレーナー業を続けると言い出すまで彼女は険しい表情をしていたのが忘れられない。
あの明朗快活な秋川理事長にいらぬ心配を抱かせてしまったことが今更になって本当に申し訳なく感じ、死にそうになったのはまた別の話。
もちろん、これ知っているのは僕と理事長、後は自分から伝えた沖野トレーナーと東条トレーナーの合計四人のはず……だったのだが。
「ゴールドシップから聞きましたわ。貴方、私に黙って学園を去ろうとしていたらしいではないですか」
バレました、はい。
いや、ゴールドシップにバレてた時点で薄々察してたんだけどさ。
今すぐにでもスピカに突撃しに行こうかと考えたけれど、あの時彼女が喝を入れてくれなければ本当に自分は学園を去っていたかもしれないので、数日前部屋の戸を破壊されたこと諸共許してあげることにした。
ゴールドシップの行為はマックイーンの為だったのだろうが、そんなことは関係なく、彼女には感謝しなければならない。
こうしてまたマックイーン達のトレーナーを続けていくことを決断できたんだ。お説教の一つや二つ軽く乗り越えてみせるさ。
まあそれはそれ、これはこれ。ゴールドシップに情報を漏洩した沖野トレーナーは後で絶対にしばく。
「あのー……その、違うんですよ、マックイーンさん。なんというか、半分くらいは僕はマックイーンのためにと思って辞めようとしてたわけで……」
「はぁ、この後に及んでまだ言い逃れですか。私、まだ謝罪の言葉を耳にしていないのですが?」
「この度は本ッッ当に申し訳ございませんでしたッッ!!」
正座をし、僕は額を地面に擦り付けて土下座する。
今回の件に関しては、勝手に僕が行動して勝手に自滅した結果だ。
幸いなことに大事には至らなかったが、それは結果論に過ぎない。
細心の注意を払っていたにしても、最悪の場合マックイーンのレースに影響が出てしまっていたかもしれない。てか出ていた。
こうなったら許してもらえるまで謝り倒すしかない。
なんだ、靴を舐めればいいのか。それとも足?
「トレーナーさん、貴方、私に言ってくださいましたよね? 自分達は一心同体だと」
「はい、言いました」
「一緒に勝とうと言ってくださいましたよね?」
「はい、言いました」
「私のことを愛してると言ってくださいましたよね?」
「はい、言いま……待って、それは言ってない」
勝手に記憶を捏造するんじゃあないよ。
神聖ブリタニア帝国第98代皇帝もびっくりの記憶改竄だ。
「……トレーナーさん。私は、トレーナーさんだからここまで来れたのです。もし私のトレーナーが貴方でなければ、今の私は確実にありません」
「それは買い被りすぎじゃ……」
「いいから黙って」
「イエス、マイロード」
途中で余計な口を挟んだことにより、マックイーンは静かな怒りを見せる。
怖い、今すぐ実家に帰りたい。
「貴方がいたから今がある、そのことを忘れないようにお願い致しますね?」
「……ああ、もう間違えないよ。どっちかが欠けたら駄目になる。僕らは二人で一人、『一心同体』だ」
「ふふっ、及第点ということにしておいてあげます」
先程までの鬼の形相をしたマックイーンはそこにはおらず、今の彼女は年相応の笑顔を見せている。
不覚にも、彼女のそんな姿が可愛いと思ってしまった。
いや、普段から彼女のことは可愛いとは思っている。
だがそれは、犬や猫に対するようなものであって、決して恋慕という意味のものではない。
今マックイーンに抱いた感情は、なんとなく前者のものではないと感じる。むしろそれは後者のようなものであり……
「っっずあぁぁぁ!!!」
「トレーナーさん!? どうされたのですか、急に地面に頭を打ちつけて!? ひ、額から血が!」
ついさっきまで土下座を敢行していたのもあり、僕は思い切り地面に頭を叩きつけた。
ウマ娘と親密になることは悪いことではないが、度が過ぎてしまってはならない。
先の感情は確実に度が過ぎたものと言えるだろう。
煩悩退散、年を越す前にこの邪念を払わなくては。
「だ、大丈夫ですか? 随分と痛そう……いえ、スッキリとした顔をされてますね」
「ちょっと心を落ち着かせるためにね」
「は、はぁ……」
マックイーンは何がなんだか分からないと言ったような顔だ。
彼女も大概鈍感で助かった。
「ま、まあそれはそうと、トレーナーさん。私、先の件について、貴方を許したわけではないのですよ?」
「えっ、まじ?」
「ええ。だって及第点ですもの」
マックイーンは満点以外の回答を望んでいないらしい。
部分点はくれたものの、彼女の採点基準はかなり厳しいようだ。
「しょうがねぇなぁ。僕は何をすればいい? 君に許してもらえるならなんでもするから……」
その瞬間、廊下から轟音が響き渡り、トレーナー室の戸がバンッと開かれる。年の瀬のこの時間に誰だと思いきや、それは僕らにとってよく知るウマ娘だった。
「ダ、ダイヤさん!?」
「あ、マックイーンさん、こちらにいらしたんですね。トレーナーさんもこんばんは」
「こ、こんばんは。どうしたんだダイヤ、こんな日のこんな時間に」
「えへへ、マックイーンさんが秋シニア三冠を制覇なされたことのお祝い品が今日届きまして……」
お祝い品? ああ、最近ダイヤがこそこそしてると思ったらそういうことだったのか。
「私の、ですか?」
「はい! マックイーンさんのためですから!」
「……私はライバルだけでなく、後輩にも恵まれていますわね。ありがたく頂戴致しますわ。ダイヤさんの言う祝いの品……を……」
そのお祝い品が置かれているであろう廊下をマックイーンが確認すると、まるで充電が切れたかのように、彼女は笑顔のまま固まりそこから動かなくなった。
「……ダイヤ、君は一体何をマックイーンに送ろうとしたんだ。とんでもないもんじゃないだろうな」
「そんなことはありません! 大したものじゃないはずです。ただマックイーンさんのために少しばかり奮発してしまいましたが……」
本当かなぁ? ダイヤの金銭感覚は正直信用できない。
いつだったか、彼女は四人分の飛行機代を出すとか言い出したことがあったはずだ。
お札を燃やして「どうだ、明るくなったろう?」と言っていても違和感はない。
そうこうしていても時間がもったいないので、未だに廊下で固まっているマックイーンを部屋に連れ戻そうとする。
その際、ダイヤの持ってきたお祝い品が目に入ってしまい……
「…………なあにこれ」
視界に映ったものがあまりにも衝撃的すぎて、自分の目がおかしくなってしまったのではないかと疑ってしまう。
「もう、お二人ともどうされたんですか? そんなに素っ頓狂な顔をされてしまって」
「いや、これ見て驚くなって言う方が無理だと思うけど……」
彼女が持ってきたのはクレーンゲーム。それもゲームセンターに置いてあるような大きさのものだ。
最初の轟音はなんだったのかと思ったが、これは運ぶ時にどこかしらぶつけたのだろう。
そして、ダイヤが持ってきたのはただのクレーンゲームではない。問題はその色だ。
金、Au、1グラム約7000円超、装備を作るとすぐ壊れる。
さすがに純金ではないだろうが、そのクレーンゲームは金色に光り輝いていた。
僕はそっと戸を閉じる。
「……もう一回聞くね、なにこれ」
「何って、マックイーンさんの秋シニア三冠のお祝い品ですけど」
「規模がおかしいんだよなあ……。マックイーンなんてまだ固まってるし。マックイーン? マックイーンさーん?」
「はっ!? あまりに衝撃的でしたので思考がトリップしていましたわ……」
マックイーンは片手を頭に抱え、よろよろとソファに座った。
気持ちは分かる。
もし外に放置されているあの筐体の値段を聞いてしまったら魂が飛び出てもおかしくない。
やっぱり彼女の金銭感覚は狂っているのではないか? 財布の紐が緩すぎるというのも……
「お二人が偉業を成し遂げたので、私も気持ちを込めてお祝い品を選んだのですが、お気に召しませんでしたか……?」
……そんな顔でそんなこと言われたら何も言えないじゃないか。
「いいえ、ダイヤさん。貴方の気持ちは十二分に伝わりました。心から感謝しますわ」
「マックイーンさん……! 私、マックイーンさんのような誰かの期待に応えられるウマ娘になってみせます!」
「ええ、楽しみにしています」
これが師弟関係というやつか。
マックイーンの偉業達成により、ダイヤのやる気もますます上昇している。
互いが互いを高め合える関係。まだライバルといったような雰囲気ではないが、この二人がぶつかることもそう遠くない未来なのかもしれない。
「開けろ! 生徒会だ! 廊下に位置してあるこの巨大な物体はなんなんだ! ええい、ドアを開けるぞ!」
いい話だなーと思っていると、廊下から唐突にエアグルーヴの声が聞こえてきた。
恐らく先の轟音を聞いて飛んできたのだろう。
そして、そのまま彼女は僕のトレーナー室に侵入してきた。
声がしたのはエアグルーヴだけだったが、戸の奥にはシンボリルドルフとナリタブライアンの姿も確認できる。
ただ、怒髪天を衝く勢いのエアグルーヴと違い、ナリタブライアンは面倒くさそうな顔をしており、シンボリルドルフは顎に手を当てて何かを真剣に考えている。
「ち、違うんです、エアグルーヴさん! あれは私からマックイーンさんへのお祝いの品であって……」
「たわけっ! あんな巨大な物がこの部屋に入るか! そもそもどうやってあれをここまで運んできた!」
「それは、その……ちょっと家の者につっかえてしまった柱を取り外してもらったりして……」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
か、可哀想に……。
ついエアグルーヴの心中をお察ししてしまう。
「会長! あなたも何か言ってください! このままでは校内にあの筐体が鎮座することに……」
「ふむ、クレーンゲーム……送れない……」
「……か、会長?」
「ふふっ、クレーンを送れーん!」
「…………は、はぁ。と、とにかく、サトノダイヤモンド! お前は今から生徒会室へ来い! ゴールドシップ諸共長時間説教してやる!」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってください! まだマックイーンさんに話したいことが……ああああ、マックイーンさん、トレーナーさん、良いお年をー!」
ダイヤはエアグルーヴにズルズルと引き連れられ、トレーナー室を去っていった。
なんだったのだろうか、この時間は。
「……なんだかドタバタした大晦日ですわね」
「全くだ。さ、君もそろそろ寮に戻る時間だろ? 送って行こうか?」
「いえ、年越しはメジロ家の方で過ごそうと思っているので、外泊届を出していますわ」
「そうかい、なら校門まで送ってくよ」
「あら、何を言っていますの? 貴方も一緒に来るんです」
…………は?
「貴方、ダイヤさんが来る直前になんでもすると言いましたよね?」
「言ってますん」
「なんですかその返事」
え、なにこれ? デジャヴ? なんか前にも同じことがあった気がするんだけど。
「えっと、僕今日何も準備してないんだけど。せめて行くなら菓子折りとか色々準備して後日改めてお伺いを……」
「あら、ご心配には及びませんわ。メジロ家にはトレーナーさんの着替えや生活必需品は勿論、ありとあらゆるものが揃ってます。それと、私達の仲ではありませんか。菓子折りなどとそんな気遣いは不要ですわ」
「ちょっと待って、お願い、話をしよう」
「それでも抵抗するというのなら、私は去年保留にしていた貴方の『私になんでもする』という権限を行使しますわ。それでは行きますわよ、トレーナーさん!」
「待って、ほんとに待って。まだ心の準備が…………ああああああああああああああ!!」
第一章『マックイーンは迫りたい』 終
以下後書き
ここまでご高覧いただきありがとうございます!
プロローグも一章みたいなもんなんで、38話に渡る話がひとまず完結しました……!
書き始めた当初はほとんど内容が決まってなかったのですが、こうして落とし所をつけることができてほっとしてます(笑)
これは裏話なんですけど、最初は夏合宿の内容を書く予定なんて微塵もなかったんですよね。でもそれが無かったら話の内容がちょっと薄いかなと考え急遽取り入れました。
途中で挟んだ番外編の内容は、個人的に凄く書きたかった内容なので消化できて良かったです。
ただ、考えていた別の番外編で名家繋がりのファインモーションを登場させたかったのですが、それが流れてしまったのは少し反省……
自分如きの作品でなんですが、もしよろしければ皆様の好きな話を感想に書いて頂けると幸いです。
多少期間は空くかもしれませんが、続きの方もゆっくり書いていきます。
それでは予告を
第二章『ダイヤモンドは砕けない』、よろしくお願いします!