名家のウマ娘   作:くうきよめない

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勝負服

 

 

 

「キタちゃん、お茶入れとくね」

 

「……ありがと、ダイヤちゃん」

 

 阪神レース場。今日はGⅠレースである大阪杯が開催される日。

 私の親友でありライバルのウマ娘、お祭り仕様の勝負服を見に纏うキタサンブラック、もといキタちゃんは五番人気での出走となる。

 

 これまでにキタちゃんはGⅠレースを一勝しており、GⅡのレースだって二勝もしている。

 やっぱりキタちゃんは凄い。幼い頃から見続けている背中は今でも尚大きく感じる。

 

「キタちゃん、今日のレース頑張ってね。応援してるから」

 

「……うん、最近ダイヤちゃんの調子も良いんだし、あたしも頑張らないと。よし、勝つぞー!」

 

 そう言ってキタちゃんは笑顔を作る。

 

 それが私にとてつもない違和感を感じさせた。

 なぜなら、普段屈託のない笑顔を見せるキタちゃんが笑顔を『作っている』のだ。

 小さい時から一緒だったから分かる。今のキタちゃんの笑顔は本心からの物じゃない。

 

 思えば、この違和感は少し前……いや、かなり前から感じていた。

 具体的には去年キタちゃんが走ったクラシック戦線辺りから。

 

 違和感を感じつつも、自分ではどうにもできないもどかしさがあり、こうしていつものようにレース前にお茶を入れてあげるくらいのことしかできない。

 

 そんな違和感を払拭してくれるよう、キタちゃんの勝利を願ったのだが……

 

 

 

『キタサンブラックは二着! クビ差での惜敗です!』

 

 

 

 結果は二着。悪くはないが、素直に喜べる結果でもない。

 

 レースを終え、トボトボと控え室へと戻るキタちゃんに私はようやく追いつく。

 

「キタちゃん……その、惜しかったね。でも次は絶対勝てるよ!」

 

「……勝たなきゃいけないのに……」

 

「……キタちゃん?」

 

 負けたのだから、案の定キタちゃんの顔は暗かった。でも、それにしてもなんだか様子がおかしい。

 

「…………あの人に勝たなきゃいけないのに……」

 

「キタちゃん」

 

「………………こんなところで負けてられないのに……っ!」

 

「キタちゃん!」

 

「わわっ、ダイヤちゃん!? いつからそこに……」

 

「ずっと呼んでました。反省するのは大事だけど、思い詰めすぎるのも良くないよ?」

 

「っ……そ、そうだよね。あはは、あたしらしくないや……」

 

 やっぱりキタちゃんはなんだか空回り気味だ。

 

 少しでも力になりたい。だってライバルなんだから、親友なんだから。

 

「キタちゃん、次のレースは決まってるの?」

 

「次は……多分春の天皇賞。トレーナーさんにはまだ言ってないし反対されるかもだけど……」

 

「そっか。大丈夫、〈スピカ〉のトレーナーさんならきっと分かってくれるよ! 次こそ勝とう!」

 

「…………ただ勝つだけじゃ駄目だよ……」

 

「……? どうしたの、キタちゃん?」

 

「ううん、なんでもない! あたしウイニングライブの準備しなくちゃ! また後でね、ダイヤちゃん!」

 

 そう言ったキタちゃんはいつもと同じように見えた。

 

 そうだ、キタちゃんも苦しいけど頑張ってるんだ。

 私も春のクラシックレースを頑張らなくては。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ダイヤー! マックイーンを抜かして前へ出ろー!」

 

「はい!」

 

 皐月賞まで残り一週間とちょっと。その日が近づくにつれ、ダイヤはますます気合を入れてトレーニングに励んでいた。

 

 目標である皐月賞は2000m、デビュー戦とその次のレースも2000mだったため距離の心配は無いはずだ。

 末脚の切れ味も前走のきさらぎ賞を見ていたら分かる通り、抜群の状態に近い。

 ダイヤ自身には何の問題も無いと言っていいだろう。

 

 敢えて問題をあげるとするならば、それは対戦相手がダイヤに負けず劣らずの実力者ということ。

 皐月賞の前哨戦である弥生賞を勝ったウマ娘、GⅠである朝日杯FSを勝利したウマ娘など、侮れない相手ばかりとなる。

 

 特に弥生賞という皐月賞と全く同じ条件のレースを勝利したウマ娘は要注意だ。

 習うより慣れろという言葉があるように、その娘は一度レースを経験しているようなもの。

 

 それでも焦りは禁物。

 タイムリミットまで時間はないが、あまり根を詰め過ぎず、落ち着いた状態で出走できるといいが……

 

「っ、はぁ、はぁ……。トレーナーさん、マックイーンさんとの併走トレーニング、終わり、ました……」

 

「お疲れ様。はい、水分補給」

 

 ダイヤにスポーツドリンクを渡すと、彼女はそれをゆっくりと飲み干す。

 かなり全力を出し切ったようで、ここに来るまでには既に息絶え絶えだった。

 

 一方でマックイーンはというと、多少息は乱れているものの、まだまだ余裕の表情だった。

 当たり前だが、やはりまだマックイーンとダイヤの間には埋まらない実力がある。

 

「マックイーンもお疲れ。ほいっ」

 

「ありがとうございます、トレーナーさん」

 

 ナイスキャッチ。

 スポーツドリンクを投げて渡すと、マックイーンは片手でパシッと綺麗にキャッチする。

 

「どう感じた? ダイヤの走り」

 

「日に日に成長を感じますわ。この調子ならば、皐月賞で十二分に実力を出せると思います」

 

「そっか、それは良かった。マックイーンもいい走りだったよ。相変わらず綺麗な走りだ」

 

「そんな、お嫁さんにしたいだなんて照れますわ……」

 

「言ってないからね?」

 

 どうにもマックイーンは老化が激しいらしい。

 最近では記憶の捏造の他に、このように幻聴まで聴こえてしまっているようだ。

 我々人間とは根本的に作りの違うその長い耳は飾りか何か? 

 

「トレーナーさん、今日の私の走りはどうでしたか?」

 

 休憩を終えたようで、呼吸を整えたダイヤは先の走りの出来を聞いてくる。

 

「日に日にキレが増してるよ。それに息の入りもいい。マックイーンと併走した後地べたに倒れ伏してたあの時とは大違いだ」

 

「そんなこともありましたね……」

 

「この調子でトレーニングを続ければ皐月賞は充分勝ちを狙える……というわけで、今日のトレーニングはここまで」

 

「えっ、なぜですか?」

 

 ダイヤはまだまだ走る気満々だったらしく、僕の急なトレーニング終了宣言にきょとんとしている。

 

「ダイヤさん本人に自覚は無いかもしれませんが、これ以上トレーニングを続けると、今の貴方にはオーバーワークですわ」

 

「で、でも本当に身体は大丈夫ですって……」

 

「マックイーンの言う通りだ。なんでもやり過ぎはよくない。最悪の場合怪我に繋がるし、もしこの時期に何かあったら皐月賞はおろか、その後のダービーにだって響くよ」

 

「むぅ〜……」

 

 納得いかないか。

 気持ちは分かる。目標としているGⅠレース勝利、その悲願を叶えるためにも必死になってしまうのも仕方がない。

 だが、ここでトレーニングをやめさせるのもトレーナーの仕事だ。レース数日前に過負荷をかけてはならない。

 

 ふむ、だったら言い方を変えてみよう。

 

「なあ、ダイヤ。GⅠレースを走る上で欠かせない物ってなんだと思う?」

 

「GⅠを……えっと、心構えでしょうか? 大舞台に立つということの覚悟を持つ、とか?」

 

「うーん、まぁそれも大事なんだけど」

 

 残念ながら今回の質問の答えはそれじゃない。

 精神論の話はまた今度。今はもっと現実的な話だ。

 

「ダイヤさん、もっと頭を柔らかくして考えてみてください。GⅠレースに出走するウマ娘全員が身につけている『あれ』ですわ」

 

 マックイーンはいち早く気がついたようで、ダイヤに的確なヒントを出す。

 ダイヤもようやく気がついたようで、何故今まで気がつかなかったのだろうという表情をした後、僕の方を見て目を輝かせた。

 

 そう、GⅠ以上のレースでは着用が義務付けられており、ウマ娘それぞれのイメージや感性に合ったデザインがなされているそれは……

 

「勝負服!!」

 

 

 

 

 

 勝負服。それはウマ娘によって様々な物がある。

 

 例えばマックイーン。

 彼女は黒を基調としたドレスのような豪華なものと、白を基調としたこれまた煌びやかなものとなっている。

 

 白い勝負服はともかく、黒い勝負服についてチラリとおへそが見えていることを指摘したら蹴られたことがある。

 あれはいわゆるファッションというもののようだ。

 

 最初に与えられる勝負服は基本的に一着だが、マックイーンのように多大な功績を残したり、何か限定的なイベントに参加するとレースで使える勝負服が増えるらしい。

 

 なぜ『らしい』かというと、後者の方に関しては僕もよく分からないからだ。

 この前なんか水着で走っているウマ娘を見て目を疑った。

 

 そんな格好で走りづらくないかと思う勝負服も多々あるが、ウマ娘にとって勝負服は晴れ着とも言える特別な衣装だ。

 一見走りにくそうだったとしても、本人達曰く「不思議な力が漲る凄い服」、とのことだ。僕にはよく分からん。

 

「こ、これが私の勝負服……!」

 

 トレーニングを切り上げてトレーナー室に移動した僕達は、早速ダイヤの勝負服のお披露目会へと移行する。

 ダイヤは重厚な箱から綺麗に折り畳まれた一着の豪勢な服を取り出して目を輝かせていた。

 

「遅くなって悪かったね。ダイヤの勝負服は豪華な分届くのが遅れちゃって」

 

「いいえ、そんなことはないです。こうして私のために用意してくださったんですから」

 

 えらく気に入ったようで、ダイヤは自分の勝負服を抱きしめて恍惚な表情をしている。

 

「そっか。それじゃあ試着といこうか。着付けの仕方は教わったから……」

 

「私がやりますので貴方は出ていきなさい!」

 

 何を勘違いされたのか、僕はマックイーンによって部屋から叩き出されてしまう。

 

 なにぶん派手な勝負服だ。きちんと着るには時間と技術が必要となってくる。

 そのため、業者さんからの注意事項を伝えておくつもりが、マックイーンにあらぬ誤解をされてしまったようだ。

 決してダイヤにやましい気持ちを抱いているわけではない。……ほんとだよ? 

 

 多少時間はかかるだろうが、マックイーンがいるんだ。ダイヤの勝負服の着付けに関しては問題無いだろう。

 

 ……まあ、それはそれとして

 

「ったぁ……。あんな全力で押し出さなくてもいいじゃん」

 

 部屋から叩き出された僕は、ものの見事に廊下へとうつ伏せになっていた。

 そろそろ彼女には加減というものを覚えてほしい。

 

 いつまでも間抜けな体勢でいるのも仕方がないか。ここは大人しく廊下に立っていよう。

 

 そう思い天井のシミの数を数えていると、何やら大荷物を持った二人の人影が現れる。

 

「何やってんだお前。宿題忘れたのか?」

 

「僕はのび太君じゃねぇよ。いやなに、部屋でダイヤが勝負服着てるから叩き出されたってわけ。君達こそ、そんな重そうな荷物持ってどうしたの?」

 

 現れたのはトウカイテイオーとゴールドシップ。

 なんだか珍しい組み合わせだと思ったが、そもそもこの二人は同じチームだ。なんらおかしなことはない。

 

「ボク達はちょっとトレーナーの部屋にこの荷物をね。ほら、キタちゃんのレース近いでしょ? だからチーム一丸となってサポートしてあげなくちゃ」

 

 そう言ってトウカイテイオーは荷物の中身を見せてくる。

 その中には蹄鉄やタオル、プロテインにダンベルにシューズなど、トレーニングで使う道具ばかりだった。

 

 大人数のチームはこういうところが強い。レースが近いメンバーのために手の空いてるメンバーがサポートをする。

 まさに理想的なチーム像だ。

 

「にしても、ダイヤもクラシックデビューか……。アタシも見に行きたかったなぁ」

 

「うん、マックイーンにも言ったけど自分達が原因だってこと忘れないでね?」

 

 まるで他人事のように話すゴールドシップ。

 その姿はこの前のマックイーンと似ていた。やっぱり似た者同士なのかもしれない。

 

 マックイーンに聞かれたら殺されそうなことを考えていると、トウカイテイオーは耳を動かして期待するように僕に話しかける。

 

「どう、ダイヤちゃん。勝てそう?」

 

「ああ、それはもう充分に。他の出走メンバーも強力だが、その中でもダイヤは一層目立ってる。間違いなくあの娘は一番人気だろうね」

 

「そっか。君にそれだけの自信があるってことは、ダイヤちゃんには才能も努力も揃ってるってことだ。じゃ、後ダイヤちゃんに必要なのは……」

 

「トレーナーさん、ダイヤさんの着付け終わりましたわ……って、あら、テイオーにゴールドシップ。こんなところでどうされたの……ちょ、テイオーやめてください! どうして私を叩くんですの!?」

 

 トウカイテイオーが格好つけているところに、マックイーンは狙ったかのようなタイミングで戸を開けて割り込む。

 それにより、マックイーンは無言でトウカイテイオーに叩かれていた。

 

「そんなことよりマックイーン、もう入っていいのか? ちゃんと着せられた?」

 

「ええ、それはもう完璧ですわ。早く見てあげてください」

 

 マックイーンの言う通り、僕は一度追い出された部屋へと舞い戻る。その時、ついでにトウカイテイオーとゴールドシップも付いてきた。

 

 部屋に入って真っ先に目に入ったのは、勝負服を来たダイヤ……

 

「ど、どうでしょうか……?」

 

 緑を基調としたドレスのような勝負服。

 清楚なイメージが強いダイヤにはピッタリな勝負服と言えるだろう。

 

「おお、似合ってんじゃねぇか!」

 

「うんうん、とっても似合ってるよ、ダイヤちゃん!」

 

「あ、ありがとうございます! テイオーさん、ゴルシさん!」

 

 ゴールドシップとトウカイテイオーはダイヤの勝負服姿を見てベタ褒めしている。

 着付けも完璧なため、僕が教えるより最初からマックイーンに任せておいた方がよかったかもしれない。

 

「……あの、トレーナーさんはどうですか?」

 

 ダイヤは一言も言葉を発さない僕に不安を感じたのか、上目遣いで己が勝負服姿が似合っているかどうかを聞いてくる。

 

「あ、ああ、とっても似合ってるよ。緑色のドレスに後ろの腰についてる大きなリボン。さらに長い萌え袖の先のフリルが、より可愛らしさを強調させてる。耳飾りと菱形のマークのマッチングも素晴らしいし、どこかの貴族のダンスパーティーに参加していてもなんら違和感ない……」

 

「わ、分かりました! 分かりましたからもういいです!」

 

 おや、これでもまだ言いたいことの半分も言えてないのだが。ダイヤが赤い顔をして恥ずかしそうにしているのでここらへんでやめておくか。マックイーンの視線も怖いし。

 

「にしても、クラシックってことはダイヤの次のレースは皐月賞だよな?」

 

「はい。私、GⅠの舞台で走れるのが嬉しくって……」

 

「よっしゃ! なら勝ちの極意を教えてやろう! なんせアタシは皐月賞勝ってるからな!」

 

 意気揚々とどうすれば皐月賞で勝てるのかを語り出すゴールドシップ。

 彼女の言う通り、ゴールドシップは皐月賞を勝っている。実際に勝ったウマ娘から話を聞くのはとてもためになるだろう。

 

「バ場が荒れてて、他の奴らが4コーナーの外を回ってる時がチャンスだ! そこでインを強襲してやれ! 外回ってる連中一気にゴボウ抜きできるぜ!」

 

「そんな無茶苦茶できるの貴方くらいしかいませんわよ! もっとダイヤさんのためになるような話を……」

 

「イメージとしてはマリカーでキノコ使ってショートカットする感じだな」

 

「聞いちゃいませんわこの人!?」

 

 ……ゴールドシップは参考にならなさそうかな。

 そもそも、彼女の勝ちレースである皐月賞が常識外れだ。最初見た時は何が起こったのか分からなかった。

 

「ダイヤちゃん、問題無さそうだね」

 

「今の見てどう問題無いことを判断したのかは分からないけど、ダイヤの調子は万全。絶好調さ」

 

「そっか、なら後は運だけだね」

 

「そうだな。レースで勝つためには才能と努力、そして運。この三つが揃ってないと」

 

「……それボクが言おうとしていたことなのに」

 

 トウカイテイオーは頬を膨らませて拗ねてしまった。

 僕は悪かったよと一言入れてから、ダイヤ達の輪に混ざっていくトウカイテイオーを見送る。

 

 

 以前誰かから聞いたことがある。レースで勝つ、それもクラシックレースを勝ち進むには、先の三つの要件が重要になってくるということを。

 

 ダイヤの潜在能力は申し分なく、末脚の切れ味なら、あのマックイーンにも引けを取らない。さらに、毎日人並み以上にしている努力。

 

 そして最後に試される運。こればっかりは事前準備等ではどうにもならない。

 だが、運ではないけれど毎日のトレーニングは必ず自信に繋がる。そこに間違いはないはずだ。

 

 まあ、近いうちに一応神社に参拝は行っておこうか。

 都合の良い時だけ神頼みだというのもなんだが、出来ることはやっておかなければ落ち着かないしね。

 

 

 

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