名家のウマ娘   作:くうきよめない

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星に願いを

 

 

 

「階段なっが……」

 

 ダイヤの勝利を祈るため、神社へと続く長い階段を上る。

 明日は皐月賞だ。じっとしていられるはずがない。

 

 四月半ばとはいえ、日が沈むと寒いと感じるほどまで気温が下がってしまう。

 それでも真冬レベルかと言われたらそうではないので、ある程度軽めの服装で動くことができるのがこの季節の利点だ。

 寒すぎず暑すぎず、特に服装などを気にしなくても良い。まあ僕は年がら年中仕事のためにワイシャツなのだが。

 

 そんな夜風に当てられていると、春のGⅠレースは既に本格的に始まっているのだなと感じさせられる。目標としている皐月賞が目前だということを意識せざるを得ない。

 まだやれることはあるのではないか、やり残したことがあるのではないか。階段を一段上る度にそんな考えが頭を過ぎる。

 

 ……しかし思ったより長いな、この階段。こうも長いと上りと下りで段数が違うのではないか? いっそ今から一番下まで下りて段数を数えに……

 

「トレーナーさん?」

 

 と、振り返った途端見覚えのある顔と聞き覚えのある声で我に帰る。何を馬鹿なことをしようとしているんだ、と。

 

「とと、ダイヤじゃないか。どうした、こんな時間に。門限はもう過ぎてるはずだけど?」

 

「はい、それは大丈夫です。寮長さんに外出届けを提出済みですので」

 

 今日のトレーニングが終わってから着替える時間は充分にあったにも関わらず、ダイヤはジャージ姿のままだった。

 それが意味することとは……

 

「……もしかして今まで自主トレしてた?」

 

「……そんなことないですよ?」

 

 おい、目を逸らすなこっち向け。

 マックイーンもそうだが、この子達は嘘をつくのが下手くそすぎやしないだろうか。

 

「軽めの自主トレなら問題ないけど、あんまり負荷のかかることしてると、明日にどんな支障をきたすか分からない。するなら相談して欲しかったな」

 

「う……すみません……」

 

 ダイヤはシュンと項垂れ、なんだか僕が悪いことした気分になってしまう。

 

「あー……まあ見たところ問題は無さそうだし、くれぐれも無茶さえしないでもらえたら大丈夫なわけだから、そんなに凹むことないって言うか……」

 

「本当ですか? 分かりました、私この調子で頑張ります!」

 

 ……えっ、嵌められた? 罪悪感沸き立たされて嵌められた? 

 

 そう思ってダイヤを訝しげに見たが、当の本人はキョトンとしていた。どうやら天然らしい。

 彼女はたまにこのような天然っぷりを見せる時もあれば、何時ぞやの入学式のような誰かを試す狡猾な時もあるので、そこら辺の判断が難しい。

 

 ダイヤに軽く恐怖しながら、僕達二人は神社への階段を上る。

 

「それにしても、トレーナーさんはどうしてこちらへ? この先は古い神社しかなかったはずですけど……」

 

「その古い神社に用事がな。ほら、明日は皐月賞だろ? ダイヤが無事に勝利を掴めますようにってね」

 

「そうなんですか……?」

 

 そう言ったダイヤの足は一瞬止まる。

 

「ああ、そうだよ。てか、そんな意外なことでもないでしょ。神頼みとはいえ、担当ウマ娘の勝利を願うのは当然だって。そういうダイヤもお参り?」

 

「はい、明日はどうしても勝ちたいので……」

 

「だったら早くお参りして早く寝ることだな。さ、立ち止まってないで行こうぜ。こんなところでダラダラしてたら日が昇っちゃう」

 

「……私のために……」

 

「……ダイヤ?」

 

「い、いえ、なんでもありません! 行きましょう!」

 

 そう言ってダイヤはずんずんと階段を上っていく。

 照れ隠しか? と揶揄いたい。とても揶揄いたい。

 でもそれをやってしまうと階段から突き落とされて病院送りになってしまうだろう。

 

 先に先にと前を行くダイヤを追うように階段を上り、ようやく頂上の神社へと辿り着く。

 しかしあろうことか、ダイヤは階段を上ってすぐのところで立ち止まっていた。

 

「ん? どうしたの?」

 

「あの……神社にお参りって何をすればいいんでしょうか?」

 

 あれま、彼女は何をするかも分からないのにここに来てしまったらしい。

 

「定番っちゃ定番だけど、やっぱりお賽銭かな。ほら、神社の前に箱があるだろ? あそこにお金を投げ入れるんだ」

 

「お金を……分かりました、私やってみますね」

 

 ダイヤは賽銭箱に近づいて財布を取り出す。

 そして僕の言ったようにお金を取り出し、それを賽銭箱へと……

 

「待って、ちょっと待って。その手に持ってるものは何?」

 

「え? 何ってお金ですけど……。これじゃあ足りませんでしたか?」

 

「逆だよ逆、多すぎるんだよ! 一回のお参りで一万円札ぶち込んでたら破産するわ!」

 

「でも今持ち合わせがこれしかなくて……。カードでお賽銭はできないのかな……?」

 

 そんなことしたら神様はブチギレるんじゃないかな。

 神社のお参りに使うお賽銭がキャッシュレスでできてしまったら雰囲気もクソもない。

 

 ダイヤの天然という名のボケに反応していては埒があかないので、とりあえず彼女に十円玉を渡す。

 

「トレーナーさん、これは……」

 

 その際、ダイヤは目を輝かせていたが、どうせ十円玉を見たことがないとかそんなところだろう。

 十円玉に関する知識は表側に描かれている建造物くらいしかないが、何か聞かれたらそれくらいは説明してやろう。

 

「この綺麗なコイン、私の一万円札と交換していただけませんか?」

 

「んんっ!?」

 

 予想の斜め上の反応をされたことに、喉から奇声が発っせられる。

 しかも今コインって言ったぞ。これをお金だと認識していない。

 

 流石に千倍もの価値の差があるものを交換するわけにはいかないので、僕はノータイムで首を横に振る。

 

「ダイヤ、これは十円玉だ。君の持ってる諭吉とは千倍もの価値があるからな?」

 

「これが十円玉……私、初めて見ました……!」

 

 うん、まあそんなことだろうとは思ってた。

 

「と、とにかく! お賽銭はそのくらいの少額でいいんだ。多くて五百円くらいかな。お金を投げ入れて、二礼二拍手一礼。もっと細かくやるんだったら鳥居を潜る前に会釈したり手水をとったりするんだけど、今回は無しで」

 

「結構大雑把なんですね……」

 

 細かいことはいいんだよというやつだ。神様もそこら辺は見逃してくれる……はず。

 僕達は硬貨を賽銭箱に投げ入れ、二回の礼の後に二回の拍手をする。

 

 明日のレース、ダイヤが無事に走り切り、勝利を飾れますように。

 

 そう祈って、最後に一回礼をして神社を後にするため階段を下りる。

 サトノ家のお嬢様にとって初めての参拝は上々だったようで、ダイヤは満足そうな顔をしていた。

 彼女の髪にくっきりと模様がついている菱形が月夜の光によって晒されており、つい綺麗だなと感じてしまう。

 

「トレーナーさん、どうかされましたか? 私の顔に何か変なものでもついてますか?」

 

「……いや、聞くまでもないかもしれないけど、ダイヤはお参りする時なんて願ったのかなって思ってさ」

 

「え、お参りする時って何か願わないといけないんですか!? どうしよう……私何も考えてなかった……」

 

「そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても……。大丈夫だよ、君の分は僕が願っといたから」

 

「……」

 

 励ますつもりで言ったのだが、ダイヤはなぜか暗い顔をしてしまった。

 

 今日のダイヤはなんだかおかしい。今もそうだが、会話と会話の途中で彼女の顔が曇る。

 

「……何か悩み事か?」

 

「えへへ、やっぱり明日のことを考えるとどうしても不安になってしまって……」

 

 基本おおらかな性格をしているダイヤでも、初のGⅠともなると緊張を通り越して不安や懸念を抱えてしまうようだ。

 

 それはそう、以前ダイヤ本人が言っていたが、GⅠ勝利というのは彼女の目標だ。

 詳しいことは知らないけれど、歴代サトノ家に産まれたウマ娘はGⅠを勝てていないらしい。

 そしてダイヤはサトノ家に久方ぶりに産まれたウマ娘、それはもう多大な期待を寄せられている。プレッシャーを感じないはずがない。

 

「出走登録されているウマ娘の戦績やレースのタイムを見たけど、現状贔屓目抜きにダイヤが優勝候補だ。多分、一番人気だろうね」

 

「……そうですか。だったらその一番人気に応え……」

 

「でもそんなの関係ない。気にせず走れ」

 

「……え?」

 

 かけられる言葉が意外だったのか、ダイヤは目を丸くして僕の方を見る。

 

「苦しい時や悩んでる時こそ、きちんと自分の気持ちと向き合う。そして自分がどういう走りをしたいのか、なんで走っているのかを今一度見つめ直す。家のことも大事だが、君自身の個人的な目標もあったはずだ。君の走る理由はなんだったっけ?」

 

「私は……レースで勝って家族を喜ばせて……そしていつか、キタちゃんに勝ちたい……!」

 

「よく言った。その気持ち絶対に忘れるんじゃないぞ」

 

「はい! 私、明日のレース頑張ります!」

 

 よし、これでダイヤのメンタル面は問題無いだろう。

 

 今一度目標を見つめ直すことは大切だ。そしてその目標は達成するにつれて別のものへと形を変えていく。

 これが一年後二年後にどうなっているのか、それはダイヤ本人にも分からない。

 

「それにほら、なんだ。もし明日負けてもあんまり気にしすぎるなよ。君の憧れであるマックイーンだって負けることはあるんだから」

 

「……トレーナーさんは私のことを信じてくれてないのですか?」

 

 うーん、個人的にはこれも励ましの一環だったのだが、ダイヤにはそう聞こえなかったようだ。

 もっと言葉を慎重に選ぶべきだったなと心の中で反省する。

 

「いや、ちょっとでも気楽にレースに出走してもらえればいいなって……」

 

「答えになっていませんよ? やっぱりトレーナーさんは私のことを……」

 

「ええい、そんなわけないだろ! 明日は絶対君が勝つって信じてるし、なんなら仮に負けても君の納得のいくまで一生面倒見る気概でいるよ!」

 

 もっと慎重に言葉を選ぶとはなんだったのか、その場のノリと勢いで口を動かす。

 自分で言っといてなんだがとんでもないこと言っている気がするんだけど。

 言いたくないけど、一生面倒見るとかなんだか告白っぽくないか? やめてよね、こんな発言誰かに聞かれたら最悪学園を叩き出されても仕方がないんだから。

 

 ま、まあ、幸いなことに周りにはここには僕とダイヤしかいないし大丈夫か。

 それにダイヤはこれでも天然だ。きっと今の発言について深く考えることはしないはず……

 

「トレーナーさん」

 

 下りの階段も残り僅か。最後の一段を前にしてダイヤはそこで立ち止まる。

 

「ど、どうした? ああそうだ、外出届けを出してるとはいえもう結構暗いんだし、学園まで送って……」

 

「今の言葉忘れないでくださいね?」

 

 首だけこちらに向けて小悪魔的な笑顔を浮かべ、最後の一段を下り学園の方へと走り去ってしまった。

 さっきのダイヤの顔からは天然などというものは一切感じることはなく……

 

 ……もしかして今度こそ完璧に嵌められた? あの素直で普段おっとりしていることが多いダイヤに? 嘘でしょ? 

 

「えぇ……」

 

 あっという間に遠のいていくダイヤの背中からは、マックイーンにも負けず劣らずの強者感が漂っている。

 

 これは確実に大物へと成長する。そんなことを改めて認識させられた。

 

 

 嗚呼、お星様綺麗だなぁ…………

 

 

 

 ***

 

 

 

 階段を下りきった後、全力疾走とまではいかないが学園までの距離をそれなりのスピードで走る。

 

 今日トレーナーさんがあそこにいたのは予想外だった。

 それも、明日の私のレースのために。

 

 あの人が優しいのは知っている。

 私達ウマ娘のことを第一に考えてくれている、最近ではますますそのように感じるほど、私は彼のことをよく知っている。

 

 トレーナーさんは自由な時間を割いて、私のためにとお参りまでしてくれた。嬉しく思わないはずがないし、俄然私もやる気が湧いてくる。

 こんなにも私のことを想ってくれている人がいるのだ。心が奮い立つ。

 

 目標を見つめ直して、プレッシャーが軽減された今の私に死角は無い。

 あれだけトレーナーさんとマックイーンさんと練習したんだ。後は自分で自分を信じるだけ。

 私はここを勝ってキタちゃんの背中に近づこう。

 

 

 ……それにしても

 

「一生だなんて……ふふっ、変わってるなぁ、あの人……」

 

 あのトレーナーさんの発言は心のカセットテープに保存した。

 本人にもこの言葉を忘れないでと言っているし、トレーナーさん自身もそうそう忘れることはないと思う。

 

 このことは、いつかトレーナーさんを揶揄うネタとして温めておこう。

 トレーナーさんを本当に困らせない範囲でのわがままを叶えるために脅し……お願いをしやすくするのだ。今からでもトレーナーさんの慌てる顔と、マックイーンさんが鬼のような形相でトレーナーさんを睨みつける光景が目に浮かぶ。

 

 そんな来るかどうかも分からない未来を想像していると、キラリと光る流星が視界に映り走る足を止めてしまう。

 幼い頃、本で読んだことがある。流れ星に願い事をすると、その願いは叶うと。

 

 私の願いは言うまでもない上に、その分はトレーナーさんが願ってくれたのだ。

 どうせなら、別のお願いをお星様に願っておこう。

 

 

 トレーナーさんの期待に応えられますように、っと。

 

 

「さ、帰らなくちゃ」

 

 夜ももう遅い。これ以上帰るのが遅くなったら、外出届けを出していても寮長さんに叱られてしまう。

 

 私は止めていた足を動かし、学園への方向へと駆け出した。

 

 

 

 

 …………一生かぁ。

 

 

 

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