名家のウマ娘   作:くうきよめない

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決裂

 

 

『最後は二人の一騎打ち! サトノダイヤモンド僅かに届かないか! 今競り合ってゴールイン! 8番サトノダイヤモンドは二着! 今年の日本ダービー、栄光の座を手に入れたのは3番の……』

 

 

 東京優駿、日本ダービー。

 各世代の頂点を位置付ける伝統的なレースだ。レースの祭典とも言われるダービーは、多くのウマ娘が目標としていることが多い。

 

 そんな日本ダービー、サトノダイヤモンドは二着という結果を残した。一着とはハナ差、それも8cmという僅差で彼女は栄冠を逃したことになる。

 百歩譲って何のトラブルもなく、全力を出し切り負けたのならまだいい。

 だが、今回も皐月賞の時同様アクシデントに見舞われたことを、レースを観戦していた僕とマックイーンは知っている。

 

 またしてもマックイーンには残ってもらい、僕は一人でダイヤの下へと向かう。

 ダイヤの控え室の前に立ち、一つ深呼吸を挟んでからドアを三回叩いた。

 

「ダイヤ、入ってもいいか?」

 

「……はい、どうぞ」

 

 返答されたのを確認し、そろりと部屋へと入る。

 

 入って一番最初に目に映ったのは、ダイヤの力無い笑みだった。それは皐月賞の後よりも酷く、担当ウマ娘にそんな顔をさせてしまったという事実が胸の奥を抉りにくる。

 

「……トレーナーさん、私また負けちゃいました。だめですよね、こんなんじゃ。皐月賞が終わってから気持ちの整理がつかなくて……」

 

「いや、いいんだ、僕にも責任があるから。その話はまた学園に戻ってからにしよう。それよりダイヤ、少し左脚の靴を見せてくれないか?」

 

「靴……ですか? それは構いませんけど……に、匂いを嗅いだりはしませんよね?」

 

「何、今まで僕そんなことするような奴だと思われてたの?」

 

 思ったより元気じゃないか、と思ったが、依然彼女の目は虚ろなままだ。

 今の彼女は空気を読まず、思ったことを何でも口に出してしまっているのだろう。……いや、それはそれで僕が変態扱いされていることには変わりなくないか? 

 

 そ、そんなことより。

 

 ダイヤは左脚の靴を脱ぎ、それを僕に手渡す。

 そして蹄鉄をつける靴裏を確認すると、案の定その蹄鉄は欠けていた。

 

「落鉄してるな。もしこれが無かったらあるいは……」

 

 8cmの差を埋めることができていたかもしれない、というのは野暮な話だろう。

 心に留めておくならまだしも、口に出してしまってたらそれは勝ったウマ娘に対して失礼だ。

 

「……トレーナーさん、明日のトレーニングメニューはなんですか?」

 

「は? なんて?」

 

 ダービー惜敗の悔しさを噛み締めていると、ダイヤは突拍子もないことを言い出した。

 普段ならこんなことを言われても何も驚かないが、今はレースが終わった直後だ。トレーニング以前に身体を休める必要がある。

 

「今のままじゃダメなんです……! もっと、もっと練習しないと私は……!」

 

 ……ダイヤは焦っている。

 負けた理由はどうあれ、初めて負けた皐月賞、そして連敗を喫した今回の日本ダービー。

 次のレースも勝てないかもしれない、次負けたらどうしよう、そんな気持ちに苛まれているに違いない。

 

 ダイヤが前を向いていること自体は良いことだ。後ろ向きになりレースに出走することや走ることが嫌いになるという最悪の事態は避けている。

 でも、焦ってガムシャラになっているのはあまりいただけない。

 

 

 真価が問われるのは、逆境に立たされた時。

 

 ここをどう乗り越えるか。これが今後の成長にが変わってくる。

 

 

 ……仕方がない。

 これから取る手段はウマ娘にとって多少荒療治な上に、無責任と思われても仕方ない手段だ。

 しかしこれはダイヤ自身の問題。担当ウマ娘のモチベーションを高めることもトレーナーとしての仕事の一貫だが、気休め程度の言葉しかかけることのできない今の僕はあまりにも無力だ。

 今はダイヤの芯の強さを信じるしかないのかもしれない。

 

 焦る気持ちを抑えられていないダイヤに、僕は一つ提案を持ちかける。

 

 

 

 ***

 

 

 

 晴れない心を胸に阪神レース場の地下バ道を歩く。

 

 今日はキタちゃんが出走した宝塚記念だったというのに私の心は憂鬱だ。

 それはキタちゃんが一着を取れなかったからというのもあるが、根本的な問題はそこではないと、自分の心は訴えてきている。

 

 

 ダービーの後、私はトレーナーさんから長期休暇を取るようにと告げられた。

 最初は勝てないならもう走らなくていいという意味が込められているのではないかと考えたが、次にかけられた言葉を聞いてすぐにそうではないと分かった。

 

『焦って自分を見失うな。苦しい時こそ自分の感情と向き合え』

 

 確かに私は焦っていた。

 三連勝でクラシックGⅠに挑めたものの、迎えた皐月賞で斜行の不利を受け、ダービーでは落鉄。

 もう負けられない、勝たなければならないという考えが頭を過っていた。

 

 だからこそ、トレーナーさんは一度私をレースやトレーニングから遠ざけたのだろう。

 落ち着いて冷静に、私に考える時間を与えてくれた。私がレースで勝てるようになるために。

 

 

 とはいえ、一ヶ月経った今でも私の心は晴れていない。むしろこの一ヶ月で答えという答えが出ず、もやもやが増してしまっている。

 答え合わせをしようにも、その答えを知っているのは私自身だ。トレーナーさんやマックイーンさんに聞くわけにもいかない。

 

 もうすぐ本格的に夏が始まる。

 いつの日かトレーナーさんが、ウマ娘にとって夏というのは大切な時期だと言っていた。それまでには気持ちを整えないといけない。菊花賞までの時間だって長くないのだ。

 自分の感情と向き合えとはどういうことなのか。それをずっと考えていたわけで……

 

「ダイヤちゃん……?」

 

 考え事をしていたため、前から誰かが来る気配に気がつくことが出来なかった。

 目の前にいたのは、今日の宝塚記念で惜しくも三着に敗れたキタちゃんだった。

 

「キタちゃん……お疲れ様。惜しかったね、今日のレース」

 

「……ううん、全然だよ。何も惜しくなんてない」

 

「そんなことないよ。だって一着と二着はクビ差、二着と三着のキタちゃんの差はハナ差だったもの」

 

「二着のウマ娘……」

 

 私が口にしたのがいけなかったのか、二着のウマ娘という単語でキタちゃんは苦々しい顔をする。

 

 ここで言う二着のウマ娘とは、キタちゃんとクラシック戦線を走った娘だ。

 そしてそのウマ娘が取った冠は皐月賞とダービー。つまりキタちゃんにとって苦汁を舐めさせられた相手とも言える。

 

「あたし、またあの人に勝てなかったんだね。次一緒に走る時があったら絶対勝つって決めてたのに……」

 

「で、でもキタちゃんだって凄いよ! この前の春の天皇賞だって勝ってたし、大阪杯も二着、その前の有記念も三着だよ?」

 

「あの人に勝てなかったら意味ないよ。今日だって入着しても何も嬉しくなかった……! あたしはもっともっと強くならならなくちゃいけないのに……!」

 

「キタちゃん……?」

 

 今日に限らず、やっぱり最近の彼女はおかしい。

 私の知っているキタちゃんはどんな時でも諦めず、苦しい時でも笑顔で前を向いて周りを元気にさせる。そんなウマ娘のはずだ。

 

 なのに、今の彼女はまるで別人。

 勝つことに必死で、焦って周りが見えなくなっている。誰かに必要以上に固執し、自分がどうありたいのか見失っている。

 

 その姿に、どこか不思議な心の引っ掛かりを覚えた。

 何故今のキタちゃんを見ていたらこんなにも心がチクチクするのだろうか。

 

「ダイヤちゃん、今日は応援してくれてありがと。でももう大丈夫、早く学園に戻ってトレーニングした方がいいよ」

 

 キタちゃんは私に背を向けてそう告げる。

 でも、やっぱり放っておけない。だって彼女は私の親友でありライバルなのだから。

 

「……最近のキタちゃん、変じゃない?」

 

「変って、あたしはそんな……」

 

「変だよ。私の知ってるキタちゃんはそんな顔しない」

 

「……あたしだっていつも元気なわけじゃないよ。今日みたいに負けた後は笑顔なんかでいてられない」

 

「ううん、キタちゃんはいつも明るくて笑顔で、どんなことにも真っ直ぐで絶対に諦めたりなんかしない。それが私の知ってるキタサンブラ……」

 

 

 

「ダイヤちゃんには分かんないよ! 誰かの背中を追いかけたことなんて無い癖に!」

 

 

 

 ………………え? 今、キタちゃんはなんて……? 

 

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった。いや、理解するのを脳が拒んだ。

 

 誰かの背中を追いかけたことがない。

 私はキタちゃんにそう思われていた……? 

 

 私が話してる途中、キタちゃんはそれに割り込んで激昂したが、すぐに顔を青ざめさせたためそれが一時の感情に身を任せたものだと悟った。

 

「ダ、ダイヤちゃん……ち、違うの、今のはそういう意味で言ったんじゃ……」

 

 でも、一時の感情だろうがそんなの関係ない。

 むしろ一時の感情だからこそ、キタちゃんの本心を知れたと言ってもいい。

 

 ああ、そういうことか。

 今のキタちゃんを見ていると心が痛む。その理由は、合わせ鏡のように私とキタちゃんの境遇が似ていたからだ。

 勝ちを焦り、自分がどうありたいか見失っている。

 

 トレーナーさん、ようやく分かりました。苦しい時こそ自分の感情と向き合うとは、こういうことだったんですね。

 

 もうここに用はない。

 学園に戻るべく、私は無言でキタちゃんに背を向けて彼女とは逆方向へと歩く。

 

「ま、待って……ダイヤちゃん! あたしは……ッ!」

 

 そうだ、私の目標はキタちゃんに勝つこと。ライバル視されていないのなら、むしろ好都合と言ってもいい。

 

「ダイヤちゃんっ!」

 

 

 

 

 教えてあげる、キタちゃん。私が、今まで誰の背中を追いかけてきたのかを。

 

 

 

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