名家のウマ娘   作:くうきよめない

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意外な相手

 アタシは強くならなければならない。

 勝たなければならない、勝たないと気が済まない相手がいる。

 

 あの日、テイオーさんに憧れてトレセン学園に入学した。あの人のようになりたかったから、例え大きな目標でも挫けるなんてことはなかった。

 でもそれは、私がクラシックを走るまでの話。

 

 なんとかテイオーさんのように無敗で挑めたクラシックGⅠ。その圧倒的な壁の高さに、声が出なかった。

 皐月賞で3着、ダービーは……14着。どちらも、特に後者は満足の行く結果にはほど遠かった。

 

 極め付けは負けた相手。私が敗北を喫した皐月賞、並びにダービー。

 どちらも勝ったウマ娘は同じ、それも彼女は圧倒的な強さだった。

 どうしてあそこにいるのがアタシじゃないのか、どうしてアタシはあのようになれないのか。そんな考えが、日々私の頭の中を渦巻いていた。

 

 それと同時に、どこからか底知れない激情に駆られた。

 次は勝つ。何があっても勝つ。アタシはこのままでは終われない。

 

 

 

 

 

 

 そう胸に誓った数日後、彼女は脚を故障した。

 

 

 悔しかった。どこにぶつけたらいいのか分からない怒りを覚えた。もう二度と、本気の彼女とぶつかることができないかもしれないと考えると、いてもたってもいられなくなった。

 

 そこからはガムシャラだ。菊花賞、有記念、大阪杯、天皇賞。

 全てを勝てたわけではないけど、アタシはアタシのこれまで以上の全力を出して走った。

 

 結局アタシが答えを出せる場所はターフしかない。走ることでしか答えを見出せない。

 今日の宝塚記念、アタシはまたあの人に負けた。もう勝てないかもしれないって、一瞬そう思わされた。

 

 でも、やっぱり諦めるのは性に合わない。遠ざかっていくダイヤちゃんの背中を、唇を噛み締めて見つめ直す。

 

 

 見てて、ダイヤちゃん。アタシはもう誰にも負けない。

 

 そう、全ては、いつか必ずあの人にリベンジするために。

 

 

 

 ***

 

 

 

 キタちゃんと分かれ、私は阪神レース場を後にする。

 本来なら、ウイニングライブを見届け、〈スピカ〉の皆さんとご一緒させて頂いて東京へ戻る予定だった。

 でもこうなってしまったからには、私はこれ以上ここに留まるつもりは更々ない。

 

 幼い頃から私はキタちゃんの後ろを追いかけるだけだった。

 いつも彼女は私の先を行く。いつも彼女は私を先導してくれる。だからこそ、私はキタちゃんに勝ちたい。差し切りたい。

 

 それなのに……

 

 

 

『ダイヤちゃんには分かんないよ! 誰かの背中を追いかけたことなんて無い癖に!』

 

 

 

 先程のキタちゃんの言葉が頭の中で繰り返される。

 キタちゃんの瞳に映っているのは私ではない。その事実になんだか無性に腹が立った。

 その怒りの矛先は他でもない、ここ最近勝ち切ることができない自分に対して。

 

 

 

「なぁ、ちょっと話いいか?」

 

 そう考えながら東京に帰るための駅へと向かっていると、その途中後ろから不意に声をかけられる。

 それは聞いたことある、しかし聞き馴染みがあるかと言われたらそうではない声だった。

 

「あなたは……たしかチーム〈スピカ〉の……」

 

「おっ、俺のこと知っててくれたか」

 

「えぇ、まぁ。それよりどうしてこちらに? キタちゃん……キタサンブラックのウイニングライブを見に行かないといけないのではないですか?」

 

「ライブまでに時間があってな。それまでに一仕事終わらせようと思って」

 

 〈スピカ〉のトレーナーさんはそんな適当な返答をして軽く笑う。

 ほぼ初対面の私に対して話しやすいようにしてくれているのだろうが、先程のキタちゃんとのやり取りのこともあり、私の心は穏やかではなかった。

 

「……それで、私に何か用ですか?」

 

「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。何も悪い話しに来たって訳じゃねぇからよ」

 

 おっといけない、私としたことが顔に出てしまっていたようだ。

 

「す、すみません。私ったらこんな……」

 

「いいって、気にすんな。それよりサトノダイヤモンド、今日はお前に頼みがあってここに……いや、頼みが出来たからお前を尋ねた」

 

「私に頼み、ですか?」

 

「ああ。他でもない、キタサンブラックについてだ」

 

「キタちゃんの……」

 

 先程の崩れた雰囲気とは一変、〈スピカ〉のトレーナーさんは唐突に真剣な表情を見せる。

 そしてそんな彼の口から出てきた名前につい身構えてしまった。

 

「……申し訳ありません、私じゃあなたの期待には応えられないと思います。だって……」

 

「喧嘩したから、だろ?」

 

「ッ、どうしてそれを……」

 

「悪いな。さっきお前達が話しているところを偶然見たんだ」

 

 あ、あれを見られていたんですか……? 恥ずかしい……! 

 

 だが、喧嘩をしたとはいえ、私は特にキタちゃんに何かを言った訳ではない。別れ際に彼女の話を聞かずに去ってしまったのは反省すべき点かもしれないが、だからと言って今の彼女とは仲直りするつもりはない。

 

「……私にどうしろと? まさか仲直りしろとでも言うおつもりですか?」

 

「そんな訳ねぇだろ。君達の仲違いはお前達自身の問題だ。そこに直接介入するのは俺の役目じゃあない」

 

「だったら……!」

 

「でも、レースが絡むと話は別だ。俺はあいつを勝たせてやらなきゃならない。敢えて何もしないと言うのも一つの手段だが、それも限度がある」

 

 彼の言うことはきっと間違いではない。

 私のトレーナーさんだって、レース前に励ましてくれたりしてもらった。

 一ウマ娘ながらも、トレーナーがどのようなことをするのかは少しだが理解しているつもりだ。

 

 それでも、彼が結局何を言いたいのかは良く分からない。まるで真意を外して話しているような気がする。

 

「……先程から何が言いたいんですか?」

 

「焦るなよ。そうだな、俺がお前を尋ねた理由は、あいつに……キタサンブラックに走ることの楽しさを思い出させて欲しいからだ」

 

「……は?」

 

 走る楽しさを? キタちゃんに? 

 

 彼のやりたいことは分かる。今のキタちゃんは走る楽しさを忘れているのは、私でも分かることだ。

 だが、それこそ本当に何故私に頼ったのか分からない。

 

「あなたがキタちゃんのためを思ってここに来たのは分かりました。でも、どうして私に声をかけたのか分かりません。それこそ、キタちゃんの憧れであるテイオーさんや〈スピカ〉の皆さんを頼るべきじゃ……」

 

「お前は、あいつの親友でありライバルだって聞いた。だからこそ、あいつのことを一番良く知るお前でないといけないんだ」

 

 ライバル……私はキタちゃんのライバルに……

 

「頼む、今のあいつに……勝つことしか頭に無い今のキタサンブラックに、走ることの楽しさを思い出させてやってくれ」

 

 そう言って〈スピカ〉のトレーナーさんは頭を下げる。

 そんな彼のウマ娘のことを一番に思う姿は、どこかの誰かさんと被って見えてしまった。

 

「……顔を上げてください、トレーナーさん」

 

「サトノ……」

 

「あなたの言いたいことは分かりました。私も、今のキタちゃんには思うところがあるので」

 

「じ、じゃあ……」

 

「でも、一つ条件があります」

 

 私は人差し指をピンと立て、〈スピカ〉のトレーナーさんに突き立てる。彼の面食らったような顔が少し面白い。

 

「走る楽しさを伝えるには、レースでキタちゃんにそれを伝えます。それも、模擬レースではなくて、公式のレースです」

 

「公式レースっつったって……」

 

「分かってます。今の私じゃ近いうちにキタちゃんとは走れない。でも、やらせてください。私は必ずキタちゃんと走って、そして差し切って見せます」

 

 今度は私が〈スピカ〉のトレーナーさんに頭を下げる。

 

「頼み事をしに来たのはこっちだっつーのに、どうして立場が逆転してんだよ……」

 

「あっ、そ、そうですね。なんかすみません……」

 

「……サトノ。この件、お前に任せる」

 

「あんなこと言っておいてなんですけど、本当にいいんですか? 私が勝つかもしれないようなことを助長させても」

 

「俺が頼んだのは、キタに走りの楽しさを思い出させて欲しいってことだ。あいつなら、相手が誰であろうとも負けやしねぇよ。例え、メジロマックイーンを担当するあいつの教え子だとしてもな」

 

 ニヒルに笑う〈スピカ〉のトレーナーさんは、どこか挑発的な口調で宣戦布告をする。

 残念ながら、私だって負けるつもりはない。それに、そこで勝てばキタちゃんに勝つという目標も達成することができる。

 

「分かっているとは思うが、このことはキタのやつには内緒な?」

 

「ええ、分かっていますよ。もとより、今はキタちゃんとは話しづらいんですけどね」

 

「……すまん」

 

「気にしないでください。キタちゃんとは、私がこの手で……いえ、この脚で決着をつけますので」

 

 走りでの葛藤は走りで、レースでの悩みはレースで解決する、それが私達ウマ娘。マックイーンさんもそう言っていた。

 

「それでは失礼します。私は帰って明日のトレーニングに備えますので」

 

「……やっぱり、キタのウイニングライブは見ていかないのか?」

 

「はい。次にキタちゃんのライブを見るのは、私の後ろで踊ってもらう時なので」

 

「はっ、言ってくれるなぁ。……そういうところ、どこの誰に似ているのやら」

 

「? 何か言いましたか?」

 

「いや、何も。それじゃあな、気をつけて帰るんだぞ」

 

 〈スピカ〉のトレーナーさんは片手を上げてレース場へと戻っていった。

 見届ける訳でもなく私もそれに背を向け、駅のホームへと向かう。

 

 私は先程の〈スピカ〉のトレーナーさんとのやり取り、キタちゃんとの喧嘩、そしてトレーナーさんの言葉を思い出す。

 

 自分の感情と向き合ったからこそ、見えてきたものは私の思っていたものと違っていた。

 前を見て、後ろも見て、そして今の私を見る。それは私が思い描いていた理想像とは全くの別物だ。

 

 でもトレーナーさんの言いたいことは、どんな形でもいいから答えを出せということなのだろう。

 今の私が抱くこの気持ちが正解なのかは分からない。そもそも正解なんてないのかもしれない。

 

 それでも、私は私を信じる。自分より自分のことを思ってくれている人がいる。

 ここで弱気になり逃げてしまうということは、レースに負けるという目の前の恐怖から逃れるだけでなく、誰かの期待を裏切ってしまうことでもあるのだ。

 

 私は……私はそんな自分にはなりたくない。

 GⅠタイトルを取りたいいう願いも、キタちゃんに勝ちたいという思いも。なにより、トレーナーさんの期待も。

 夢や目標がある限り、どんなことがあっても迷ったりしない。

 

 

 そう強く決意し、駅のホームへと辿り着いた私は東京行きの切符を……切符を……あれ? 

 

 

「これ、どうやって買うんでしょうか……?」

 

 

 新幹線の乗り方が分からず、私の決意は早々に阻まれることとなった。

 

 

 

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