名家のウマ娘   作:くうきよめない

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拙劣で蕪雑な文章ですが、今後もご覧いただけましたら幸いです。




何があった

 

 

 夏が終われば秋が来る。そうは言っても、秋になったところで夏の暑さが……なんか前にも同じようなこと思ったな。もしかして世界ループしてる? 

 

 というのは冗談で、暑い夏が過ぎて暑い秋がやって来たこの時期。

 秋のGⅠレースに向けて練習をするウマ娘達がいるターフは、普段より数倍ひりついた空気が流れている。

 

 

 その中でも、一際真剣な表情をしているウマ娘が一人。

 

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 そのウマ娘、サトノダイヤモンドは長い鹿毛をたなびかせ、ターフにいる他のウマ娘全てを置き去りにする。それはまさしく鬼気迫るといったものだ。

 

 

 そんな彼女をボーっと見ていると、一通りトレーニングメニューをこなしたのであろうマックイーンが近寄ってくる。

 

「……ダイヤさん、少しオーバーワークではありませんこと? これで十本目ですわよ?」

 

「僕もそう思うんだけど、止めても聞く耳持たなくて。でも、夏前と違って何かケジメをつけたような顔してるから止めるに止めれなくてさ」

 

「そのケジメとは何のことですの?」

 

「それは……分からないけど」

 

 ダービーが終わった後、ダイヤには少し長めの休暇を取るように進めた。焦って勝ちを急ぐ彼女には、足りないものを感じたからだ。

 それを教えることは簡単だが、それをしてしまうと意味が無い。

 真に彼女が実力を120%発揮できる時は、サトノダイヤモンドというウマ娘がそのことに気がついた時だ。

 

 まあそれはそれとして、あのトレーニングを休止させた一ヶ月の間に確実にダイヤの心境を変化させる何かがあったのだろう。しかし僕にはそれが何なのかは全く分からない。

 

 一ヶ月という決して短くない期間を休暇にさせたのに関して後悔はしていない。

 結果はどうあれ、今はダイヤ自身が自分の回答を導き出せたのを喜ぶべきだろう。

 

「でしたら、本人に直接聞いてみたらよいのでは? 黙っていましたが、私もいい加減ダイヤさんをなんとかしなくてはと思っていましたので」

 

「……そうだよなあ」

 

 そもそもダイヤの様子が変だと感じたのは七月初頭。

 それまで何度も何があったのかを聞こうとはしたのだが、彼女のこれまでとは真剣な表情を見て迂闊に話しを切り出せなかった。

 

 でも、もう九月。これ以上見て見ぬふりはできない。

 近々、菊花賞へ向けてのトライアルにも出走する予定だ。二人三脚を常としなければならないウマ娘とトレーナーの関係において、今の僕達の足並みは揃っているとは言い難い。

 

「ありがとう、マックイーン。今日ダイヤと話をしてみるよ」

 

「お礼は言葉ではなくて行動で示して欲しいですわね」

 

 マックイーンは悪戯っぽくそう言うと、自身のトレーニングに戻るためターフを駆け抜けて行く。

 

 彼女がこれまで敢えてダイヤに踏み行ったことを聞かなかったのは、僕とダイヤの足並みが揃っていないと判断してのことだろう。

 それは僕達自身で是正しなければならないことだ。そこに第三者が深く介入してしまっては、紛い物となりうる可能性がある。

 

 そうだな、彼女の言う通り、本人に直接聞くとしよう。ここは誰が見ても分かるように逃げてはいけない所だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 早めに切り上げたトレーニングの後、ダイヤに一報入れてから部屋へと戻る。

 

「お、来たか。悪いな、トレーニングの後に呼び出しちゃって」

 

「いえ、それは構わないんですけど。トレーナーさん、どうされましたか? トレーニングの後にトレーナー室へ来て欲しいだなんて」

 

 九月ということもあり、トレーニングを終了したこの時間でもまだ外は少し明るい。

 部屋に入ってくる日差しはちょうどダイヤの顔を照らし……あ、眩しそうですね、今カーテン閉めます。

 

 僕はカーテンを閉めながら話を続ける。

 

「いや、何。今後の君の出走レースについての相談と、ちょっとした質問をしたくてね」

 

 実際ちょっとしたという内容ではないのだろう。それはトレーニング時に見せる彼女の必死な顔が物語っている。

 

「ちょっとした質問……ですか?」

 

 やはり後者が気がかりか。

 気持ちは分かる。レースを控えたこの時期、なにかと過敏になってしまうのだから。

 だからと言ってこの態勢を崩すわけにはいかない。

 あくまで気安く、他愛無くてはならない。そうでないとダイヤの不安を無駄に増幅させてしまう。

 

「ああ、ちょっとした質問。その前にレースについての話だ。君は一ヶ月とちょっとした後に菊花賞を控えている、それは分かっているね?」

 

「はい。これがラストチャンス、もう引くに引けません」

 

「その意気や良し。でもその前に、トライアルである神戸新聞杯に出てもらう」

 

「……そこで優先出走権を獲得するということですか?」

 

「エクセレント、その通りだ」

 

 念には念を入れて。せめて準備は万全に、そして完璧に行わなければならないのがトレーナーの仕事だ。

 それができておらず、マックイーンやダイヤがレースで負ける以前に出走すらできなくなってしまった暁には、その日その週その月は喉に食事が通らないだろう。

 

「分かりました。トレーナーさんが言うんです、私に反対意見はありません」

 

「そっか、それならよかった。……脚の調子はどうだ? 身体とかどこか違和感があるようなら言ってほしい」

 

「大丈夫です、問題ありませんよ。それは私達のことをよく見てくれているトレーナーさんが一番分かっていらっしゃるのでは?」

 

「まあ、そうなんだけどさ。ほら、一応ね? 他に何か心配事とかあるんだったら……」

 

「トレーナーさん」

 

 なんでもない話を続けようとする僕に、ダイヤは鋭い声で僕のことを呼ぶ。

 しかしそれも束の間、次に発せられる声はいつもの優しい声だった。

 

「先程からどうかされましたか? 何かを躊躇っているかのような様子ですが……。それに、私はその『ちょっとした質問』について気になります」

 

 ここまで来て、夏の直前に何があったのか聞くのをチキっているを見透かされたことに恥を覚える。それも自身の担当ウマ娘相手に。

 

「……そうだな、じゃあ本題に入るか。ダイヤ、君の走りは夏から秋にかけてさらに良いものへと成長した。それは僕だけで無くマックイーンからもお墨付きを貰っている」

 

「まあ、光栄です。お二人からお褒めの言葉を頂けるなんて……」

 

「でも、同時に違和感も感じた。ここで言う違和感は、身体的なものじゃなくて精神的なもの。僕は君に約一ヶ月の休養を与えた間に何かあったんじゃないかと踏んでいる。これが僕の杞憂だったら笑い飛ばしてくれてもいい。そうじゃなかったのなら教えてくれ、ダイヤ。一体何があったんだ?」

 

「…………」

 

 僕の質問に、先程まで上機嫌だったダイヤは一気に黙りこくってしまった。やはり踏み入りすぎてしまっただろうか。

 誰にでもパーソナルスペースがあり、そこに誰かが容易に立ち入れないようにするために強固な鍵をかけている。

 今の僕の行為は、その鍵をぶっ壊し土足でズカズカと入り込んでいる野蛮なものだ。最悪の場合、本当に嫌われる覚悟も持っている。

 

 だが、皐月賞以降足並みが上手く揃ってない現状、こうして話すことでしかそれを戻すことはできない。話さずとも分かるというのは幻想だ。

 ウマ娘とトレーナー、コミュニケーション能力が求められるこの関係に置いて、全てをおおっ広げにする必要は無いが、ある程度の胸の内を晒すことは避けて通れない。

 それがクラシック級なら尚更だ、もし身体に影響のあるようなことの場合、最悪怪我や今後のレース人生に響きかねないからだ。

 

「……やっぱりトレーナーさんには敵いませんね。分かりました、お話しします」

 

「踏み入ったことを聞いているのは承知の上だ。それでも気持ちのずれをなんとかするためにも今なんて?」

 

 え、教えてくれんの? 

 

「お、お話ししますと……」

 

「……本当にいいの? あんまりにも話すの嫌だったら話さなくてもいいけど……」

 

「教えろと言ったのはトレーナーさんじゃないですか……」

 

 それはそうなんだけど。

 こうもあっさりと教えてくれるとなると少し拍子抜けだ。こういった場合、中々教えてくれないのがテンプレートだと認識している。

 それが簡単に破られた。なんか調子狂うな。

 

「んんっ、ごめん、取り乱した。なんでもないよ。続けてください」

 

「は、はぁ。えっと、あれは宝塚記念でキタちゃん……キタサンブラックの応援に行った時の話なんですけど……」

 

 ダイヤはその時の事をゆっくりと語り出し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんなことが」

 

「はい、それが宝塚記念の日に……」

 

 ざっくりとだが、事情は把握した。

 あの日、テレビで見ていた宝塚記念の裏側でそんなことがあったなんて。

 

 まずは体調に異常があるといったような話ではないということに安堵を覚える。菊花賞を控えたこの時期、怪我で出走を回避したウマ娘というのは記憶に新しい。

 

 ダイヤが話してくれたことは、彼女が阪神レース場を出る最中、沖野トレーナーに一つ頼まれごとを申し出されたということについて、そしてそれは公式のレースで決着をつけるとこいうことについて。

 なんともまあ、『走る楽しさを思い出させてほしい』とは彼らしいというかなんというか。

 そんな彼に影響を受けてトレーナーを生業としているのは他でもない僕なのだが。

 

 沖野トレーナーと考えが似ていることに若干不満を覚えながらも、ダイヤが話してくれた内容に一つ不可解な点を覚える。

 

「なあ、ダイヤ。一つ聞いてもいいか?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「レースで決着つけるって言ってたけど、どうしてレースなんだ? いや、ウマ娘だからって言われたらそれはそうなんだけど、君達ほどの仲の良さなら直接伝えることだってできるはずだと思って」

 

「それは、その……」

 

 ……何か事情があるようだな。

 腹割って話をしなければならないが、大人としてある程度線引きはしなければならない。

 彼女の反応からするに大体のことは察することができるが、これ以上はあまり詮索しない方が良さそうだ。

 

「話したくないことなら話さなくていいよ。今は君の話せる範囲で話してくれ」

 

「……すみません」

 

 しゅんと落ち込むダイヤはまるで、悪いことをして叱られ罰を受けるのを待っている子供のようだ。

 僕に話したくない内容というのは、それほどまでに彼女にとって良くない出来事だったのだろう。気にならないと言えば嘘になるが、己の好奇心とダイヤの気持ちを天秤にかけるまでもなく後者を優先すべきだということが分からないほど僕も愚かではない。

 それに、彼女の反応から大体のことは察せられる。

 

 

 この状況で僕が気の利いたことも言えるはずもなく、何か良い手立てはないかと悩んでいると、ダイヤの後ろにあるドアの磨りガラスの向こうで、何やら揺れ動きするものが見えた。

 磨りガラス越しというのもあってはっきりとは見えないが、恐らくウマ娘の耳、それも毛色と特徴的な色をした毛先からしてどこかのスイーツ先輩だろう。

 全く、なんだかんだ言って君も心配性なんだから。

 あっ、そうだ。いいこと思いついた。

 

「ダイヤ、宝塚記念の日に何があったかは知らないけど、自分が隠したことは最後まで隠し通すつもりでいるべきだ」

 

「最後まで隠し通す、ですか?」

 

「ああ。僕に話さないってことは自分で何とかするってことだと思う。君がそう決めたなら何も言いはしないさ」

 

「トレーナーさん……」

 

「それにほら、隠し通すって結構難しいんだぜ? マックイーンなんて深夜にこっそり甘味摂ってたの秒でバレてるわけだし」

 

 その時、ドアの向こうでガタガタっと何かが崩れる音がする。

 

「? 何の音でしょうか?」

 

「さあ?」

 

 まさか自分に流れ弾が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。ダイヤは特に気にしていないがドアの向こうで盛大にずっこけているマックイーンが見える見える。

 

「そんなことより、君は沖野トレーナーの頼みを公式レースで完遂させるんだよな?」

 

「は、はい、そう〈スピカ〉のトレーナーさんに伝えました」

 

 なるほど、なら話は早い。

 

「だったら、ローテーションを考慮してキタサンブラックと共に走れるここから一番近い且つ大きなレースはただ一つ」

 

 指パッチンで間を取り、一冊のノート、所謂スクラップノートを取り出す。

 そのノートに書かれてあるレースの名前は……

 

「有……有記念!?」

 

「そう、グランプリ有記念だ。君達の決戦のにはちょうど良い舞台だろ?」

 

「で、でもいきなりこんな大舞台に……」

 

「あら、怖気付いちゃった?」

 

 僕のやっすい挑発にダイヤは少しむすっと顔を顰める。この子もどこかの誰かさんと同じ匂いがするな。将来が心配だ。

 

「私、勝ちますから。神戸新聞杯も菊花賞も有記念も全部勝ってみせますから」

 

 そう言ってダイヤは拗ねたような態度を見せる。

 うん、十分だ。ここ最近思い詰めた様子の彼女からその気持ちを引っ張り出すことができた。

 

「そっか、君がその気でいるなら、僕は協力を惜しまないよ」

 

「ふふっ、当然です。だってトレーナーさんは私の面倒を一生見るって仰ってくださいましたもんね?」

 

 このガキ……随分と恥ずかしいことを思い出させてくれるな。

 

「いや、それはあの時の流れと勢いで……」

 

「それは聞き捨てなりませんわ! 一生とはどういうことか説明してくださいまし!」

 

「マ、マママ、マックイーンさん!?」

 

 先程までドア越しで聞き耳を立てていたマックイーンは案の定乱入してくる。

 ドアの向こう側にマックイーンがいることに気がついてなかったダイヤは、突然の出来事に顔を赤くして飛び跳ねる。

 

「さあダイヤさん、これは一体全体どういうことですの!? 返答次第によっては……」

 

「ち、ちち違います! 決して不埒な事では……」

 

「私も仲間に入れてもらいますわよ!」

 

「そっちなんですか!?」

 

 これはもう収集つかねぇなぁ。もう諦めて二人には寮に帰ってもらおう。

 

「はいはい、僕を揶揄おうとしただけなのにそれをマックイーンに聞かれて恥ずかしい思いをしたダイヤも、そのダイヤが心配で聞き耳立ててたマックイーンも今日は遅いし早く寮に帰って……ちょ、やめっ、やめろ! 二人がかりで服引っ張るな! 伸びるだろ!」

 

 図星を突かれたおバカ二人と鍔迫り合いになるも、相手はウマ娘。勝てるはずもなく服がかなり伸びることになった。

 くそ、ワイシャツ一枚ダメになったじゃねぇか。

 

「いった……やっぱ容赦無いなあいつら……」

 

 僕に逆襲して満足したのか、二人はさっさとトレーナー室から出て行ってしまった。

 血も涙も無い。普通に心が痛い。沖野トレーナーの気持ちがちょっと分かった。

 

 今日は僕も帰るか。ウマ娘だけじゃなくてトレーナーにも休養が必要だ。主に心の。

 

 そう思い帰る支度を始めると、一通の連絡が入る。

 どうせ沖野トレーナーだ。また奢れって言われるんだろう。無視しても良かったのだが、ここでそうしてしまうと後がうるさい。

 

 面倒だと思いながらも恐る恐るスマホのロックを解除すると、意外や意外、そこにはつい先程僕のことをボコボコにしたダイヤの名前があった。

 チャットアプリを開き、彼女からの連絡を確認すると

 

『一生面倒、見てもらいますからね?』

 

 と、一言だけ。

 

 ……はいはい。仰せのままに、お嬢様。

 

 入学当初はあんなだったのに、いつの間にか随分と信頼を寄せられてもらえるようになったものだ。

 

 ダイヤにテキトーな返しをし、スマホをいじって電話帳から目当ての人物に着信を入れる。

 

 

 

「……ああ、沖野トレーナー。暇だったらちょっと飲みに行きませんか? 僕の奢りで。……は? ゴールドシップが真面目に走るくらい珍しい? ちょっと何言ってるか分かりませんけど、特別に聞かなかったことにしてあげますよ。今の僕は少しばかり機嫌が良いのでね」

 

 伸びたワイシャツから着替えることなく、僕は耳にスマホを当てながらトレーナー室の電気を消した。

 

 

 

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