名家のウマ娘   作:くうきよめない

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菊の勲章

 

 

 菊花賞の前哨戦となる神戸新聞杯。そこで我らがサトノダイヤモンドは見事に一着を勝ち取った。きさらぎ賞以来、実に半年ぶりの勝利である。

 

 彼女の勝利が確定した瞬間、僕も思わず拳を握った。敗北は何度経験しても慣れることはないが、勝利というのも何度経験しても慣れない。

 その時、その瞬間の喜びというのは何物にも変え難いものだ。

 

 とはいえこの神戸新聞杯、危ない勝ち方だったのは間違いない。

 いつも通り中団に控えて直線で抜け出すところまでは良かったのだが、結果二着となったミニーミサイルというウマ娘の末脚は侮れるものではなかった。

 残り200mを切って直ぐ、レースは完全に二人の一騎打ち。

 ダイヤはなんとか意地と執念、そして根性でクビ差勝利を果たし、一番人気という世間の期待に応えたのだった。

 

 ともあれ、神戸新聞杯の上位三名は菊花賞の優先出走権を与えられるということで、何事もなく菊の舞台へと駒を進めることができた。

 それが意味することは、ダイヤはもちろん二着のミニーミサイルも菊花賞へと出走しているということだ。

 それだけじゃない。同じく神戸新聞杯三着のブルーオールド、皐月賞一着のイーダイナティと言った強豪も揃っている。

 

 だが、ダイヤも負けていない。

 あれが危ない勝利であったのは間違いないが、やはり覚悟を決めたダイヤは強い。今の彼女であれば、相手が誰であろうと負ける気はしていない。

 

 

 そしてその菊花賞出走開始の数分前。

 今日はいつものように地下バ道でダイヤを待ち伏せではなく、マックイーンと共に彼女の控え室まで来ていた。

 

「……よし、まずは作戦の最終確認だろ? そして次にコースの注意点と相手の情報、最後に痛いっ!? こ、腰が!」

 

「だ・か・ら! 貴方が力んでどうするのですか! 皐月賞の時も似たようなこと言いましたよね!? いい加減成長したらどうなんですの!」

 

 マックイーンに思い切り腰辺りをしばかれ、僕はその場に崩れ落ちる。

 その後の彼女の正論で、腰の痛みがなんだか倍増されている気がする。

 

「まあ待てよ、マックイーン。人類史、もしくはウマ娘史以来、正論が人を傷つけたことはあっても救ったことは一度もないんだ。端的に言えば傷ついた」

 

「確実にこの場とその体勢で言ってもいいセリフではありませんわね」

 

「その腐ったみかんを見る目やめよ? な?」

 

 ダイヤもそうだが、たまにマックイーンは僕のことを慕ってくれているのか怪しい時がある。こういう厳しいところは出会った時から変わってないな。

 

「……そういえば、君が最初に勝ち取ったGⅠタイトルも菊花賞だったよな」

 

「……ええ、そうでしたわね。あの頃はまだ未熟で、その時点でトレーナーさんとの絆も不十分でした。ですが、貴方と真に絆を結べたと実感できたのが菊花賞であるのもまた事実。ですから、きっとダイヤさんも……」

 

「そっか……」

 

 なんか照れ臭い。これはあれか、飴と鞭ってやつか。マックイーンと夫婦になったつもりは無いが、完全に尻に敷かれている気がしてならない。

 

「あ、なんだか外で声がすると思ったら、マックイーンさんとトレーナーさんだったんですね」

 

 そうこうしていると、もうこれで三度目になる緑の勝負服を着たダイヤが控え室から姿を現す。

 

「ああ、悪いなダイヤ。集中乱しちゃったか?」

 

「そんなことはありませんよ? むしろレース前にお二人のお姿が見えて安心してます」

 

「大事なレースの前だというのに、随分と落ち着いていますわね」

 

「はい、これまでたくさん悩んで考えましたので」

 

「そうですか……。トレーナーさん、少しダイヤさんと二人にしてもらってもよろしいですか? 貴方はそこら辺で時間を潰してきてください」

 

「それはいいけど必要最低限の使えるお金引いたら200円しか残ってないから何もできないよ?」

 

 マックイーンにいいから早く行けという顔をされたので、ダイヤに一言声をかけた後僕は一足先にスタンドへと足を運ぶ。

 

 彼女がダイヤに何を伝えたいのかは分からないが、思い返せばマックイーンは何やらダイヤに対して思うところがあるようだ。

 それが単に後輩だからと言われたらそれまでなのだが、どうもそうでは無い気がしてならない。

 それらを加味して、素直にマックイーンの言うことに従うのが吉だろうと判断したわけだ。

 

 後、単純にウマ娘達の間に割り込むようなことはしたくない。勝手に同士扱いされているアグネスデジタルからお灸を据えられることになる。

 

 

 一つ寄り道をしてからレースを見渡せるスタンドへと辿り着く。

 例に漏れず今年も満員、盛り上がりに欠けることはない。

 

『さあ今年もやって参りました、クラシック最終戦GⅠ菊花賞! 栄光の座を手にするのははたして誰なのか!』

 

 レース場全体に響き渡る実況の声が聞こえ、世代の頂点を決めるレースもこれが最後だということを実感させられる。

 

 泣いても笑っても、クラシックの冠を取れるのはこれが最後のチャンス。

 このレースに勝てば、有のファン投票でダイヤが選ばれる可能性はグッと上がるだろう。

 恐らく、彼女がライバル視しているキタサンブラックはその上位に食い込んでくる。

 

 だが、そんな思惑がありつつも、僕もダイヤも思っていることは同じなはずだ。

 

 勝ちたい。それに尽きる。

 

「お待たせいたしましたわ、トレーナーさん」

 

 僕より少し遅れてマックイーンがやって来た。

 

「ああ、マックイーン。ダイヤにはなんて言ったの?」

 

「大したことは言ってませんわよ。『憧れの先で待っています』と声をかけただけですわ」

 

 憧れの先、ね。

 その言葉に、少し考えさせられてしまう自分がいる。

 

「どうかされましたか?」

 

「いや、なんでもない。この金欠事情をどうしようかなと思って」

 

「……そういえば先程、200円しか無いと仰っていましたが……その、大丈夫なんですの? 生活とか」

 

「だいじょばない。あと80円しか無いもん」

 

「ジュース買ってる場合ではありませんわよ! 何故こんな大事なレースの前に破産しかけているのですか!?」

 

 

 

***

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響き、菊の勲章を手にしようとせんライバル達は次々と枠入りを完了させる。

 

 このレース、負けるわけにはいかない。絶対に勝ちたい。

 

 そんな思いを胸に私もゲートへと歩みを進める。

 そして枠入りの最中、レース前にマックイーンさんからかけられた言葉を思い出す。

 

『神戸新聞杯の勝ちウマ娘、そして皐月賞、日本ダービー共に上位入着のサトノダイヤモンドもゲートへと入ります』

 

 先程、マックイーンさんに二つのことを伝えられた。

 一つはこの菊花賞のこと。3000mという私にとって初めて走るこの長い距離において、重要なのは走り切るためのスタミナはもちろんのこと、判断力や思考力も重要だとマックイーンさんは仰られた。

 

 そしてもう一つは、『憧れの先で待っている』ということ。

 

 マックイーンさんの言いたいこと、彼女の言う『憧れの先』、それがどこなのかは正直なところ分からない。

 クラシック三冠の最終戦とはいえ、所詮私は駆け出しだ。強大な同期、まだ見ぬ強敵。そして、絶対に勝ちたいライバル。どれを取っても高い壁だ。

 

 でも、そんな壁を乗り越えなければマックイーンさんの言う『憧れの先』に辿り着くことはおろか、私自身の叶えたい夢や目標にだって手が届かない。

 

 

 

 トレーナーさん。私、この脚で必ず勝利を掴んで見せます。

 

 私は、あなたと一緒に夢を叶えたい。

 

 

 

 

 全てのウマ娘が枠入りを終え、今か今かとゲートが開くのを待ち……

 

 

『さあ、各ウマ娘ゲートに収まりました。GⅠ菊花賞……スタートです! バラついたスタート、6番イーダイナティ、3番サトノダイヤモンドは良いスタートを切りました』

 

 よし、スタートは好調。必ずしも内枠有利というわけではないが、2枠3番という枠番を引けたこともあり、開始早々躓くという最悪の事態は免れた。

 

『先行争いに入ります、2番シャルルドゴール、外からかわして行った5番フューチャーパルム。外から15番サトノスターが上がって、ここで先頭に並びかけます』

 

 前方を走る同じサトノグループの子が先頭のウマ娘にくらいつく。

 その子も含めて、私の位置は前から数えて六番目。いつも通り中団より少し前くらいの場所で様子を見ることができている。

 

『そして内、緑の勝負服3番サトノダイヤモンドの外からかわして行くのは……』

 

 途中抜かれてしまったが焦りは禁物。私の後方にいるのは、皐月賞でとてつもない末脚を見せたイーダイナティさん、そして先日の神戸新聞杯で覇を競ったミニーロケットさんだ。

 レースはまだ始まったばかり。私は焦らず落ち着いて、強い意志を保ち持久力を抑える。

 

『各ウマ娘4コーナーを超えて正面スタンド前に入ってきました。サトノダイヤモンドは先団、その後ろにイーダイナティが続くという展開。気負っているのか、サトノダイヤモンドは内で、内で脚を溜めています』

 

 一周目のホームストレッチに入り、後方からのプレッシャーを背中に浴びながら1000mを通過。

 気配から察するに、皐月賞を勝ったイーダイナティさんは私よりも何人か挟んで後ろに位置している。少なくとも真後ろにピッタリくっつかれている訳ではなさそうだ。

 

 隊列はほとんど落ち着き、そのまま前で逃げている二人が引っ張る形で1コーナー、そして2コーナーへのカーブに入った。

 

『さあ各ウマ娘が2コーナー、この秋風をスルスルと各ウマ娘が2コーナー。先頭はフューチャーパルム、速いペースで逃げている二バ身のリード。そしてサトノスターが二番手にいます』

 

 中盤もしっかりと抑え向正面に入る。何人かに抜かされて今の私は前から九番目くらいだ。

ここで速度を上げるには早すぎる。いつものように我慢しなければならない。

 

 

 そう思っていた時。

 

 

「っ!?」

 

『内から行ったのは4番スーパールミエル! スーパールミエルがここで動いた!』

 

 外を走っていた私と一人挟んで、早くもぐんぐんと前へ出るウマ娘が現れた。

 その方に釣られてしまったのか、他のウマ娘達も次々と私を抜かして前へと出ようとする。

 それを見て私も速度を上げてしまいそうになるが、中団で折り合い脚を溜めると決めた私はなんとか現状維持を努めた。

 

 ふと、速度を上げていく方々の中にイーダイナティさんの姿もミニーミサイルさんの姿も無いことに気がつく。

 今の私のいる位置はお世辞にも前の方では無い。そして彼女達も私と同じく中団に控えている筈だ。

 

 そしてなんと言ってもこの圧力。

 

 ああ、凄いプレッシャーだ。ただ彼女達の前を走っているだけだというのに、お前には絶対に負けないという彼女達の意志を強く感じる。

 以前までの私なら、怯んでしまい冷静さを奪われていたかもしれない。

 

『悲願叶うか3番サトノダイヤモンド、真ん中に8番ミニーミサイル、脚を溜めているぞ二冠果たすか6番イーダイナティ。3コーナー、坂の頂上にかかってきました』

 

 よし、仕掛けるならここだ。

 

『振るい落としはもう始まっています。おおっと、緑の勝負服サトノダイヤモンドが前、その後ろからイーダイナティがピッタリとマーク! 早くも火花を散らしている、3、4コーナー中間で坂の下りを一緒に下る!』

 

 気を見計らって徐々に進出を開始したが、背後に纏わりつくどころかほぼ隣に合わせられ、プレッシャーをより間近で受けることになった。

 でも、その条件は相手も同じ。

 

 

 私は負けるわけにはいかない。いや……

 

 

『サトノダイヤモンドとイーダイナティ、悲願か、それとも二冠か!?』

 

 

 勝ちたい……っ!

 

 

『さあ4コーナー! どのウマ娘も前を射程に入れた! 射程に入れて直線コースに入ってきた! フューチャーパルム、二バ身のリード! サトノダイヤモンド持ったままだ! サトノダイヤモンド、ここで先頭に変わる!』

 

 最終直線、大外にいたイーダイナティさんを振り切り、一番前で逃げていたウマ娘を追い抜く。

 

『イーダイナティ、外から皐月賞ウマ娘が襲いかかってくる! 一番外からカラフルカーブ! 一番外からカラフルカーブ!』

 

 残り200m。前には誰もいない。

 

 行ける、ここからさらに突き放す!

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

『しかし、抜ける! 抜ける! やっと、やっと悲願が叶う! サトノダイヤモンド! 悲願叶った、サトノダイヤモンド! 今一着でゴールイン! この一冠だけは渡せなかった!』

 

 ゴール板を通過し、ゆっくりとスピードを緩めて足を止める。それと同時に、とてつもない疲労感に襲われた。

 初めての長距離レースだったこともあり、3000mという長い距離は私に合った距離ではなかったのかもしれないと感じさせられてしまう。

 それでも走り切った。走り切り、そして勝つことができた。

 疲労感に襲われながらも、一つ目標を叶えることができたその事実を受け止めきれず、本当に現実で起こったのかを疑ってしまう。自分で自分のほっぺたをつねり……

 

「……痛い」

 

 どうやらこれは現実のようだ。

 ということは、GⅠ勝利をお家に、そしてトレーナーさんにプレゼントできたということに他ならない。

 

「私、本当に勝てた……?」

 

 ようやく疲労も収まり落ち着くと、今まであまり気にしていなかったものが見えて聞こえてくる。

 

 親しい関係にある方々達からだけの声援じゃない、スタンドにいる大勢の方々からの大歓声。それが今、私に向けられている。

 

 一礼をし、応援してくださった全ての方々に感謝の意を示す。

 さらに大きくなった歓声を一身に浴び、その事実がGⅠ勝利の目標を達成したということを私に実感させていた。

 

 

 

***

 

 

 

「ダイヤさん、おめでとうございます。私は今度こそ貴方が勝てると信じていましたわ」

 

 控え室に戻るために地下バ道を歩いていると、マックイーンさんとトレーナーさんが私を出迎えてくれていた。

 

「マックイーンさん、私やりました!」

 

「ええ、流石ですわね。ですが、ここで立ち止まってはなりませんのよ? これだけで満足せず、更なる高みを目指して精進を……」

 

「そんな無理に先輩風吹かせなくても。ダイヤが一着取った瞬間あんなに跳ねて喜んでたのにさ」

 

「ト、トレーナーさん!? それは言わない約束ですわよ! き、聞いていますの!?」

 

「はいはい、聞いてない聞いてない」

 

「せめて聞いてると言いなさい!」

 

 トレーナーさんはマックイーンさんが隠したがっていたことを赤裸々に暴露する。

 そんな彼は、顔を赤くして抗議するマックイーンさんを適当にあしらい私と対峙する。

 

「菊花賞優勝、並びに目標達成おめでとう、ダイヤ。最後の末脚の切れ味、見ていて惚れ惚れするものだったよ」

 

「トレーナーさん……私、やっと……やっと勝てたんですね」

 

「レースもライブも、今日の主役は間違いなく君だ」

 

 トレーナーさんとマックイーンさんの声を聴くとこれほどまでに気が緩んでしまうのか。

 ダメだ。この半年我慢していたものが、負けても唇を噛んで堪えていたものが溢れてしまう。

 

「……ダイヤさん」

 

「……あ、あれ? ご、ごめんなさい、私……絶対泣かないって決めてたのに……」

 

「……よく今まで我慢しましたわね。その涙こそ、今日貴方が勝利を掴み取った証そのものですわ」

 

「マックイーンさん……」

 

 涙を抑えることができずにいる私を、マックイーンさんはそっと抱き抱えてくれる。

 こうなってはもう止まらない。私は彼女の胸の内で一通り涙を流す。

 

 どれくらい時間が経っただろう。数秒か、それとも数分か。

 なんにせよ、マックイーンさんは私が泣き止むまで胸を貸してくれた。これ以上彼女に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

「マックイーンさん、ありがとうございます。もう大丈夫です」

 

「……それでは、あそこで手持ち無沙汰の状態にあるトレーナーさんの下へと参りましょうか」

 

「ふふっ、そうですね」

 

 私とマックイーンさんは、私達のやり取りを少し離れた位置で見守っていたトレーナーさんの下へと向かう。

 その際、私はある事に気がついた。

 

「トレーナーさん、お待たせ致しましたわ」

 

「いいや、問題無いよ。それじゃ早速だけど、ダイヤはウイニングライブの準備だな。お祝い諸々に関してはまた後日……」

 

 そういえば私、まだトレーナーさんにお礼を言えていない。

 

 そう思うと居ても立っても居られず……

 

「あの、トレーナーさん」

 

「っと。ん、どした?」

 

「……今日、私がこの菊花賞を勝てたのはあなたのおかげです。あなたと一緒だったから勝てました。デビュー戦もきさらぎ賞も全て」

 

「……」

 

「私、このチームに入って本当に良かった。トレーナーさん、改めて感謝を。ありがとうござ……」

 

「ダイヤ」

 

 感謝の言葉を伝えながら頭を下げようとした私を、トレーナーさんは優しい口調で遮った。

 

「ダイヤ、その言葉はもう少し後に取っておこうぜ。それに、君はまだ目指すべき目標が残っているだろう?」

 

「トレーナーさん……」

 

「……それに、何も感謝してるのは君だけじゃないんだからさ」

 

「? それは一体どういう……わぷ」

 

「まあなんだ、この先も二人三脚で頑張ろうって話さ」

 

 そう言ってトレーナーさんは私の頭を撫でる。

 

 ……トレーナーさんの手、大きいなぁ。種族的なこともあるので、私よりも全然力は弱いはずなのに、彼の方がずっと頼もしい。

 

 この時間が永遠に続けばいいのに。

 

 頭を撫でられるのが心地よく、つい目を細めてしまう。

 そして、撫でられるたびに私の鼓動は段々と早くなっていき…………

 

 

 

 ……あれ? なんだろう、この気持ち。

 

 

 

「……どうかした?」

 

「うぇ!? い、いえ、なんでもありません、私はなんとも……あ、ああっ、そうです! 私もう行かなくては! そ、それではトレーナーさん、マックイーンさん、また後ほどお会いしましょう!」

 

「ダ、ダイヤ!?」

 

 私はトレーナーさんの手を振り切って思い切り地下バ道を駆け抜ける。

 そのまま控え室まで一直線に走り、誰もいないのを確認してから部屋に入り鍵を掛け、そのまま地べたにへたり込み気持ちを整える。

 

 トレーナーさんに頭を撫でて貰った時、私は私の知らない感情に襲われた。

 

 今まで彼に頭を撫でて貰ったことがないわけでは無い。

 皐月賞の後私が落ち込んで悲観していると、彼は静かに今日と同じことをしてくれた。その時は安心や信頼と言った言葉が第一に出てきたのだが、先程のあれは明らかに違う。

 

 彼のことを考えるだけで鼓動が早くなり、心なしか、頬が火照り体温も上昇している。

 マックイーンさんに相談してみようかと考えたが、なぜかこの気持ちは自分一人の力で解明しなければならない気がする。

 

 体験したことない感覚に、私はただただ混乱するばかりだ。

 ただ、分かっていることはこの気持ちはトレーナーさんに対してということ。

 そして、それは彼と共に走り抜くことで遠くない未来に見えてくるに違いない。

 

 ならば私は走り続けよう。

 家族のため、応援してくれる皆のため。そして何より、自分自身の気持ちのために。

 

 

 

 

 でも今は……今だけは……

 

 

 

 

「…………えへへ……」

 

 私はトレーナーさんに撫でられたところに手を当て、二つの意味で勝利の余韻に浸るのだった。

 

 

 

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