「芝2500、コースは東京レース場と同じ。本来より100m長い似非ジャパンカップ、日本ダービーだな」
「敷地の都合上、トレセンとはいえ再現できるのが東京レース場だけっていうのが惜しいですよね〜」
ダイヤにざっくりとした作戦を伝えた後、再びウォーミングアップに戻ったダイヤを眺めながら一色と雑談という名の暇つぶしをする。
有馬記念と同じコースで模擬レースを行いたかったが、残念ながらトレセン学園には中山レース場が再現されたレースコースは無い。
そのため、距離は2500mのまま東京レース場が再現されているレースコースを使うことになった。
併走トレーニングから模擬レースに変わったこと自体は何の問題もない。
一色もそれを了承してくれているし、ダイヤにとっても有馬前のこの時期に逃げウマ娘相手にぶつかれるというのはいいことだ。
だが客席を見る限り、ここまで多くの人やウマ娘に広まったということは、確実にあの人も知ってるだろう。
そもそもこれを広めたのはゴールドシップだ。絶対客席近くのあそこら辺に沖野トレーナーが……うわ、やっぱりいた。しかも目があった。
「先輩、どうしたんですか? 転んだ拍子にてんとう虫を踏み潰してなんとも言えない気持ちになった昨日のわたしみたいな顔してますけど」
「僕がどういう顔かしてたかは一ミリも分からなかったけど、そのてんとう虫の供養はちゃんとしておくんだな」
「大丈夫ですよ、ちゃんと棺に入れてお線香焚いた後火葬しておいたんで」
「そこまでやれとは言ってない」
打てば響くと言わんばかりの顔で、一色は適当な軽口を叩く。口から出まかせなのはずだが、ツッコまざるを得ないのはこの場にツッコミ役がいないからだろうか。
「……にしても一色、随分と楽しそうだな」
「はい、スカイとサトイモちゃんのレースを見られるってのもあるんですけど、やっぱりこの後先輩にお寿司奢ってもらえるんで!」
「あなたさっきからそればっかりね……。そんなに楽しみにしてたのか」
「はい! 昨日は夜中にハマチを頭に乗っけてお寿司に敬意を払ってました!」
「連続でボケるのやめてくれない? 君そんなキャラだった?」
ダイヤ達がウォーミングアップ中なのもあり、やることがなくて暇なのは分からなくもない。でも、だからといって僕を遊び道具にするのはやめてほしい。
流石の一色でも頭に寿司ネタを乗っけるような奇行はしないはず……しないよな? いや、彼女はたまにとんでもなくアホになる時があるし……
もし本当にしていたなら食べ物を粗末にしたという大罪を彼女は犯していることになる。許してはならない。
「む、なんだか今物凄く失礼なこと思われた気がするんですけど……。まぁいいです。ほら、もうすぐ始まっちゃいますよ」
「あ、ほんとだ」
「……ん? スカイのやつマックイーンちゃんと話してますね。何かあったんでしょうか?」
いつの間にか二人はスタート位置についており、後はマックイーンのスタートの合図を待つ形となっている。
ダイヤが集中している横でマックイーンとセイウンスカイが何かを話しているのが聞こえるが、ここからでは距離が遠すぎる。まあ大した話ではないだろう。
ちなみに、ゴール係はどこからともなくタイマンタイマン言いながら現れたヒシアマゾンに任せた。こういった催しではいつも彼女がゴールで待ち構えてるイメージがあるので適任だろう。
そしてレースには実況解説が付き物。頼んでないのにそれを担当するのは……
『さあ突如始まった模擬レース! 実況はこのアタシ、エェェルコンドルパサー!!』
『解説のグラスワンダーです♪』
本当にどこから湧いたんだろう、この二人。
一色も苦い顔……いや、急にこんなの始まったら誰でもこんな顔になるか。
『さあ、今を煌めくダイヤモンドの原石、サトノダイヤモンドが挑むは、のらりくらりと本心隠し、相手を欺くトリックスター、セイウンスカイ!』
『とは言われてますけど、セイちゃんは陰で人一倍努力してますからね〜。そこにどれだけサトノさんがついてこられるかが勝負の鍵になると思います』
『芝2500、まもなく出走デース!』
レース前に知られたくないことを大っぴらにされて顔を赤くするセイウンスカイ。当事者同士以外での盤外戦術を果たしてフェアと言えるのか。
当初よりも多くの人やウマ娘が集まってしまった練習場。
僕と一色はちょうど最終直線開始くらいからの観戦だ。
「外側芝コース一周強……一対一の正真正銘真っ向勝負」
「菊花賞ウマ娘とはいえ、クラシックのダイヤとセイウンスカイでは実力差はある」
「そのサトイモちゃんがどこまでうちのスカイ相手に勝負に持ち込めるか……」
たかが模擬レース、されど模擬レース。ターフにはまるでGⅠレースかのような緊張感が流れる。
「位置について……」
澄み切った声を響かせ、マックイーンは旗を振り上げる。
「用意……」
その声に反応し、二人はスタンディングスタートの構えを取り……
「スタート!」
勢いよく振り下ろされた旗と同時に、ダイヤとセイウンスカイはスタートダッシュを決める。二人とも良い出だしだ。
そう思ったのも束の間、スタートで僅かに先行したセイウンスカイが、まだ最初のコーナーに突入する前だというのにスピードを上げた。
そこから逃げウマ娘らしくダイヤを突き放し、その差は三バ身、四バ身、五バ身……え?
『こ、これは一体どういうことだ! まだまだ最初のコーナーに突入したばかりだというのに、セイウンスカイの爆走デース!!』
『これはまた面白い策を取りましたね〜』
今尚セイウンスカイとダイヤの差が広まり続ける中、中盤に入ろうとするところでようやくセイウンスカイ達の意図に気がつく。
セイウンスカイの走りは、先頭に立ち緩急を付けた走りで後続のウマ娘のスタミナをコンロールするものだと思い込んでいた。
いや、思い込まされていたの方が正しい。
現に今彼女はそんな走りをしていない。本当にそのペースで2500を走り切れるのか疑問に思うほどの走りだ。
「おや、ようやく気がついたんですか? 先輩にしては随分遅かったですね」
腹の立つ口調で僕を煽る一色。だが彼女の言う通り、気づくのがあまりにも遅すぎた。
既にセイウンスカイは2コーナーを過ぎて向正面に差し掛かっている。対してダイヤは2コーナーにすら入っていない。
逃げを得意とするウマ娘と差しを得意とするウマ娘では体力配分もペースも何もかもが変わってくる。
しかしこれはタイマン勝負、終始それほどの差がつくとは考えていなかった。
ただの一手を除いては。
「……まさか大逃げとは。こんなの一朝一夕で身につくようなもんでもないだろうに」
「これこそ、あの子の努力の結晶ですよ。ここでお披露目になるのはちょっと想定外でしたけど」
それでも彼女達はこの場でその戦法を取ってきた。
最高のタイミングで万人を欺けるこの状況。ああ、なんとも彼女達が好きそうな展開じゃあないか。
『さあ向正面に入ったセイウンスカイ! サトノダイヤモンドとの差は七、八、九……実況からじゃ分かりまセーン!! これはセイちゃん圧勝か!?』
『ここから如何にサトノさんが追い上げられるかが見ものですよ、エル』
超ハイペースで流れる模擬レース。ダイヤとセイウンスカイの差は目測十五バ身差ほどもある。
これが並の逃げウマ娘であれば、掛かり気味だペース配分を間違えたなど揶揄されるだろうが、菊花賞をレコードで逃げ切ったことのあるほどの実力を持っているとなると話は別だ。
走る相手も観客も全てを欺いた彼女には、その言葉が最もよく似合っている。
「こうなってしまってはスカイの術中ですね。無理にスピードをあげたら立てていたプランが総崩れ、かと言って今のペースをキープし続けたら影を踏むことすらできずスカイの圧勝。これを破るのは相当に難しいですよ、先輩」
破るのは難しい、か。
「なら問題無いか」
「……へっ?」
悪いな、うちの自慢の原石はジンクスブレイカーなんだ。
つい漏れてしまった僕の呟きに一色は間抜けな声を上げる。
それと同時に起こったのは、周囲の驚きどよめき大騒ぎ。セイウンスカイの大逃げに負けず劣らずのものだった。
『な、ななな、なんと! 向正面真ん中でサトノダイヤモンドがここに来てペースを一気に上げていマス!』
『冷静さを失ったのでしょうか? それとも何か考えがあるのか……』
3コーナーに差し掛かったセイウンスカイに狙いを定め、ダイヤは地を踏み込み速度を上げる。
「は、ははっ。先輩、これはどういう意図ですか?」
「難しいことじゃないさ。セイウンスカイの強みは相手にスタミナを消費させた後の最終コーナーでのずば抜けた加速力。その時点で差が開き過ぎていたら絶対に勝てない。だから中盤を過ぎたあたりでセイウンスカイを抜きに行けって予め伝えておいた」
「で、でもっ、そんなことしたら体力が持ちません! もしスカイが普通の逃げをしていたら……」
「この状況、体力勝負なのはお互い様。加えて、セイウンスカイは途中で抜かされた場合そこから捲るのは得意じゃない」
「っ……!」
大逃げは相手を狂わすメリットはあれど、スタミナを大幅に消費するデメリットがある。
いくら菊花賞レコードを樹立したことのあるウマ娘とはいえ、スタミナが無限であるかと言われたらそんなはずはない。
そもそもの話、大逃げは予想外だった。が、作戦が上手く噛み合ったことは嬉しい誤算だ。
『サトノダイヤモンドが加速加速! 大逃げをしたセイちゃんにもう五バ身差デース!』
『勝負は最終直線、どちらが勝ってもおかしくないです〜』
このペースを保てれば最終直線に入る頃には追い抜くことができる。
でも、相手もそんなに甘くはない。
真にセイウンスカイが大逃げをするつもりなら、ダイヤがペースを上げたところでここまで差が縮まりはしなかっただろう。
すなわち、セイウンスカイはダイヤが一気にペースを上げたことを確認した後、あえてペースを落としたことになる。
それが意味することとは……
『お、おおっ!? セイちゃん最終コーナーで急加速!! 行け行けセイちゃん! GOGOセイちゃん!』
『エ〜ル〜? 実況は公平に。どちらか一方に肩入れするのは良くないですよ?』
『ケッ!? グラス、その薙刀どこから取り出したんデスか!? あっ、ちょ、ぎゃあああああああああああああああ!』
なんだか実況席が大変なことになっているが、最早誰も気にしていない。
ダイヤがセイウンスカイに並びかけたというところで、案の定セイウンスカイは最終コーナーで急加速する。
負けじとダイヤも加速を始めるが、先に加速を始めたセイウンスカイの方が有利なのは間違いなく、彼女達の差は縮まらない。
「スカイ、後ちょっと! 走って!」
珍しく声を大にする一色、それに呼応するかの如くセイウンスカイはさらに速度を上げた。
自分で言うのもなんだが、ここまでかなり無茶な作戦を通してる。ダイヤのスタミナも恐らく限界。
ダイヤとセイウンスカイの差は一バ身。最終直線直前、その差を埋めるには後一歩、後一歩さえ手が届けば……!
そう思っていると、彼女達が最終直線に入ったその時にダイヤの雰囲気が変わったような気がした。
それは、いつの日かのジャパンカップや有馬記念でのマックイーンと酷似しており……
「今のは……」
僕が声を漏らしている間に、ダイヤとセイウンスカイの埋まらなかった差がみるみる縮まっていく。
歓声はより一層大きくなり、ダイヤとセイウンスカイ、彼女達を応援する声が観客席から飛び交っている。
一瞬にも思えた2500mも残り一ハロン。坂を登り切り今度こそダイヤはセイウンスカイを差し……
「抜かせるかあぁぁぁぁぁぁ!!」
尚大きくなる歓声の中、さらに大きく声を荒らげるセイウンスカイの声がターフに響き渡る。
そこにはトリックスターでもなんでもなく、ただ一人の勝ちを貪欲に求めるウマ娘がいた。
「スカイ! 頑張って!」
背負う期待はfifty-fifty。勝負の決め手は二つの感情。
認めよう、セイウンスカイ、一色。
今日に関しては、君達の方が一枚上手だったことを。
アタマ差。セイウンスカイ先着でゴールしたその模擬レースを、僕は最後の一秒まで目を離すことなく見届けた。