「はい、というわけでね、今年の総括タ〜イム」
気の抜けた僕の声と、キョトンとした顔をしたダイヤの拍手がトレーナー室に響く。
激闘が繰り広げられた有馬記念も終わり、今日は大晦日前日。
チラリと見える窓の向こうには、寒い中走り込みを行うウマ娘が少数いる。
本当に数少ないが正月だろうとお盆だろうとターフには誰かしらウマ娘が走っており、改めてこのレースの世界の過酷さを実感せざるを得ない。
本人が望むなら別だが、流石にこの時期にまでトレーニングを強いるのも酷なため、大晦日と正月はトレーニングを休みとし、今日はミーティングのみとなった。
飴と鞭、ではないけれど、やはり根を詰めすぎるのも良くない。充分なトレーニングと適度な休みはセットだと考えておいた方がいい。
まあ、それはウマ娘の話でトレーナーはまた別の話なんですけどね。労基さん、助けくださいよ。
「……たしかにトレーナーさんの言う通り、こうして時間がある時に過去を振り返って自己の反省や改善点を見出すというのは立派なことですわ。……そうやって完全に炬燵の虜になっていなければの話ですが」
「おう、強がってないでマックイーンも炬燵入りなよ。既にダイヤは適応してるぞ」
「ダイヤさんはオンとオフの切り替えができる方です。部屋に入室して早々
「そうやってもそもそ炬燵入りながら言っても説得力ないんだよなぁ……。みかん食べる?」
「いただきます」
ものの数秒足らずで炬燵の支配下に置かれたマックイーン。それも仕方のないことで、炬燵という名の快楽に抗える奴なんて極度の暑がりくらいだろう。
無事こたつむりと化したマックイーンを横目に、僕は三人分の温かいお茶を用意するため一旦炬燵の外に出る。
予め沸かしていたお湯と特段高いわけでもない茶葉をフュージョンさせ、至高の一品が完成する。
「……60点ですわね。もっと精進してくださいまし」
「はひ……」
嘘です、いつもマックイーンにダメ出し食らってます。
辛口採点なマックイーンに対し、つい情けない声が出てしまった。
はたして僕が免許皆伝を受ける日は来るのだろうか。
「トレーナーさん、今年の総括とはどのようなことをするのですか?」
再び炬燵に舞い戻り、もうこの桃源郷で一生暮らしててもいいかなと思い始めたところでダイヤが口を開き、ようやく話が前に進んだ。
「いい質問だね、サトソン君。さっきマックイーンが言ってくれたように、今年はここが良かった駄目だったを振り返って、じゃあ来年どうするかの答えを出すんだよ」
「サト……ソン……?」
勢いで話している僕に不慣れな呼ばれ方をされてダイヤは困惑する。そこは掘り下げなくてもいいところなので軽く流してほしいのが本音だ。
「それだけで自分の目標や指針が定まるから、やって損はないよねってことで、はいマックイーン!」
「は、はい。なんですの?」
「君の今年良かったところと悪かったところ答えて。はい、どうぞ」
「いきなりですわね……。今年に関して言えば、私は何か大きなことがあったわけではないので、日々のトレーニングや学生として本分を全うするという当たり前のことを当たり前に行えたというのが良かった点でしょうか」
ほう、さすがはマックイーンといったところか。メジロ家として等言うだけあって、自己分析の場でとっさにそう言えるのは素晴らしいことだ。
これだけの気格や矜持を保てるのは、彼女が常日頃自認を磨いていることに他ならない。
「さすがはマックイーン。んで、悪かったところは?」
「それこそ見つけるのが難しいですわね。日々の努力を怠らない私にとって、反省点や改善点というのは見当たりません。日々を完璧に過ごすのがメジロ家としての誇り。今後もこれらのことをこれまで以上に取り組み、高みを目指すだけですわ」
マックイーンの自信に満ち溢れた解答にダイヤは目を輝かせている。
憧れの存在というのはつい完璧なものと錯覚しがちで盲目的になりやすい。
自信満々なマックイーンと、それに尊敬の念を抱くダイヤには申し訳ないが、今から僕はその幻想をぶち壊さなくてはならない。
「いや、マックイーン。君減量失敗してるじゃん。そこ悪い点でしょ」
「…………なんのことだか見当もつきませんわね」
「僕知ってるぜ? 去年に比べて体重㊙️kg増えたの……」
「そんな軽々しく乙女の秘密暴露するのやめてくださいませんか!? というかどこでその情報手に入れましたの!?」
「いや、見れば分かるし」
「見れば分かる!?」
何度も深夜スイーツがバレてるというのに、どうして彼女はシラを切れると思ったのだろうか。
この調子だと、年末太りも考慮して年明けのトレーニングを厳し目にせざるを得ない。
ちなみに、見れば分かるというのは半分冗談だ。
実際見て分かるのはなんかこいつ体重増えたなくらいのもので、正確な数値は彼女達の健康診断の結果が学園からの通知で知ることになる。
先の通りマックイーンの体重は㊙️kg増えており、成長期とはいえ身長と体重の増量分が釣り合っていない。
彼女が一番育ってほしいと思っているところも(多分)育ってないので、結果ほとんどお腹の脂肪だということまで推測できる。
「まあこんな感じで緩くやっていこうって話だよ、ダイヤ。ついでにマックイーンのお腹も緩いし」
「表に出なさい! 恥をかかせるだけでは飽き足らず、私の気にしていることを揶揄するような発言は見過ごせません! 今すぐメジロ家に来てもらい責任を取っていただきますわ!」
「隙あらば本家に連れて行こうとするんじゃあないよ」
油断も隙もあったもんじゃない。どうしてマックイーンとの会話はボケとツッコミが逆転してしまうのだろうか。
「ダイヤはどう? 今年一年……ってか、振り返ることだらけか」
「……私は目標としていたGⅠ勝利とキタちゃん相手に勝利を収めることを達成できたことが良かったところでしょうか」
「……なんか機嫌悪くない? 怒ってる?」
「怒ってないです」
「怒ってるでしょ」
「怒ってないです」
それ絶対怒ってるやつじゃん。
きゃいきゃいと吠えるマックイーンを片手であしらい、どういうわけか急に不機嫌になったダイヤの機嫌を取るという地獄絵図になってしまった。
ま、まぁそれはそれとして。ここは一つゴリ押しで行こう。
「ダ、ダイヤは来年の目標とかある? どんなことでも口に出せばイメージ湧くかもよ?」
「来年の目標……ですか」
そう言ってダイヤは顎に手を当て沈黙する。
トレーナーとしてできることはあくまで彼女達のサポートだ。時に道を示すことも必要だが、基本は彼女達の夢や目標を支える立場。
こうして悩み考え答えを出すのが最も己が成長できる手段だと考えている。たとえ、その答えが間違っていたものだとしても。
暴れるマックイーンにみかんを与えて落ち着かせていると、ダイヤはポツリポツリと言葉を捻り出す。
「……実は私、今後挑戦してみたいと思うレースがあるのです」
「お、なんのレースだ?」
「それは、その……」
捻り出したかと思いきや、またしても彼女は言葉に詰まってしまう。
ダイヤの挑戦してみたいレースとはなんだろうか。マックイーンの勝ちレースである春の天皇賞か宝塚記念、はたまた秋シニア三冠、もしくは……
「……トレーナーさん。こう言っておいてはなんですが、このことはもう少し考えさせてくださいませんか? 近いうちに、必ず報告しますので」
「……分かったよ。君の覚悟が決まったら教えてくれ」
ダイヤの挑戦したいというレースは気になるが、本人がそう言うのならここは待つべきだろう。
人の心にずげずけと土足で踏み込むような真似は、大人となった今では躊躇してしまう。昔はしてたのかって? そもそも友達が少なかったのでそうなることはありませんでしたね、はい。
「トレーナーさんはどうなんですの? 私達ばかりに言わせるのは不公平ですわ」
「……来年は友達作れるといいなぁ」
「は?」
おっと、つい思っていたことを口に出してしまった。なんとかしていい感じに仕事と繋げなければ。
「えっと……ほら、トレーナー同士の交流を増やすって意味。現状関わりのある人って片手で数えられるくらいだからさ」
「ちなみにその片手で数えられる人とは誰なんですか?」
ダイヤさんそこ聞きます? 友達や知り合い少ない人にそれ結構効くよ?
「一色に沖野トレーナーに東条トレーナーに……ああ、あと最近だと桐生院トレーナーともよく話すな」
「半数以上がものの見事に女性ですわね……」
ははっ、だからなんだ。この地に出会いなんてない。トレセン学園は婚活会場ちゃうねんぞと。
普通の企業であればオフィスラブというのもあるのかもしれないが、ここに至っては毎日が命懸けなためそんなことを考えている暇はない。僕みたいな三流トレーナーはそれが顕著に表れている。親のそろそろ結婚しろという圧が怖い。
「まあどんなことよりも前提として、マックイーンとダイヤの更なる飛躍のために自分の身を粉にするのは毎年変わらないことだよ」
「「……」」
……え、何、なんで黙ったの。僕なんか変なこと言った?
「……当然ですわ。貴方は私達のトレーナーなのです。他の女性より優先されるのは当たり前のことですもの」
「トレーナーさんに期待されるのはどんなことよりも嬉しいことです。でも、無理は厳禁ですからね? 本当に身を粉にされてしまっては嫌ですから……」
お、おう……。なんかさっきの発言が急に恥ずかしくなってきた。
あとマックイーン、君達が最優先なのはそうなんだけど、なんでそこ女性に限定した?
その後、ミーティングと称した雑談をしたりテレビでレース中継を見たりと、決して短くない時間を緩りと過ごした。
年末くらいいいだろう。たまに過ごす何気ない日々が僕は好きだ。
気がつけばカーテンの隙間から夕日が差し込む時間となっており、トレーナー室の外から聞こえる生徒達の賑やかな声もほとんど聞こえなくなっていた。
それもそのはず、この時期はただでさえ生徒が少ない。多くのウマ娘は実家に帰省しているため、年末でも関係なく学園に残っている生徒はほとんどいない。
「さて、名残惜しいですがそろそろお暇させていただきますわ」
「私ももうすぐ家の者が迎えに来ますのでこれくらで」
「ん、二人とも年末は実家だったか? 寒いから体調にはしっかり気をつけるようにな」
「言われずとも、ですわ」
「分かりました。トレーナーさん、良いお年を」
雑談会は唐突に終わりを告げ、マックイーンとダイヤは軽い挨拶をすると軽い荷物を手に部屋を出ていってしまった。
例に漏れず彼女達も年末は実家に帰るため、この時期基本的に僕は一人となってしまう。
特段それが寂しいと思ったことはないが、先程までの居心地の良い時間を知ってしまっては多少物足りなさを感じてしまうようになってしまった。
廊下からのマックイーンとダイヤの話し声が遠くなっていき、完全に聞こえなくなったところで僕は一人お茶を啜る。
上から押し付けられない限り、やらなければならない仕事もほぼ全てこなしているため本格的に暇だ。
何か一人でもできるゲームでも買ってこようかと思ったが、外に出るのがあまりにも面倒くさすぎるためそれも断念。
やるかやらないか迷ったらやらないという決断を下し、ただただ無為にスマホをいじる。
さほど時間が経たずして、不意にトレーナー室のドアが三回ノックされる。
その人物はここをトイレと勘違いしていないことは分かったが、所詮分かるのはそこまで。ドアの向こうには誰がいるかまでは分からない。
一体誰だろう。沖野トレーナーならノックなんてせずに突っ込んでくるだろうし、東条トレーナーや桐生院トレーナーなら事前に連絡してくれるはずだ。ならば一色かたづなさんか?
いや、マックイーンかダイヤが忘れ物をしたという可能性もある。
「……どうぞ〜」
とりあえず来客らしいので、招き入れる以外の選択肢はない。明かりもついてるため、居留守という手段は流石に無理がある。
最悪の場合は仕事の追加だ。それ以外なら何でもいい。
僕の声に反応して、ノックをした人物がドアを開けると……
「……ここ最近、レースで破竹乃勢の活躍を見せる者達に激励の言葉をかけようと思ったのだが、いるのがまさか君だけとはな」
……二つほど訂正しよう、まず一つ目は何でもいいというのは嘘だ。予期せぬ事態が起こった場合、人は誰でも考えを改める。
「ふむ、反応が見受けられないが、もしかして私の顔を忘れたと? 確かマックイーンが有馬記念を優勝した後、ここには訪れたことがあるはずなんだがな」
件の人物は揶揄うように笑い、まるで思い出話かのように語る。
あの時はダイヤの持ってきたクソデカゴールデンクレーンゲームに気を取られ他のことを考える余裕がなかった。
もう一つ訂正することはと言えば、この時期に学園に残っている生徒はいないということ。
正確には"ほぼ"いないだ。もちろん例外はいる。
トレーニングに勤しむ者を除けば、学園の運営に関わる者がこれに該当する。生徒でそんな人物……いや、集団なんて一つしかない。
トレセン学園の生徒会長にして、七つの冠をものとした偉大な記録を持ち、"皇帝"と称されるそのウマ娘の名は……
「……シンボリルドルフ」
「シンボリルドルフだなんて、そんなよそよそしい呼び方はよしてくれ。君と私の仲じゃないか。ああ、それとも私も君のことをこう呼んだ方が良いのかな」
突如現れた巨大台風に、先程までの平穏な日々が一気に崩されているような気分だ。ここまで来たら一種の災害か何かだろう。それは僕限定の話なのかもしれないが。
「"トレーナー君"、とね」
あの頃と、かつてとなんら変わらない凛々しい顔で、シンボリルドルフは僕のことをそう呼んだ。