名家のウマ娘   作:くうきよめない

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私、皆様から付けていただいた『ここすき一覧(仮)』を見るのが好きでして……
もしよろしければ文章をスワイプして投票してくれたらなと……





こうはい

 

 

 

 海外遠征に良い思い出はない。自分の過去とは完全に区切りを付けたと思っていたが、それがここに来て自分自身の心をじわじわと蝕んでいることが分かる。

 

 シンボリルドルフが海外で怪我をしたあの日以降、僕は自分の担当するウマ娘が海外で走る姿というのを想像してこなかった。

 いや、違うな。無意識にそれを選択肢から外していたという方が正しいか。

 そのためダイヤが海外遠征を視野に入れていると聞いた時、身体に雷でも落ちたかの如く衝撃が走った。

 

 しかも、彼女の挑戦したいレースというのはあの凱旋門賞。

 それでのレースはこれまで日本のウマ娘が一度も勝利したことのないものだ。凱旋門賞の勝利は、日本のウマ娘にとって悲願とも言えるだろう。

 

 そう考えたら、あのジンクスブレイク大好きお嬢様が凱旋門賞に目をつけるのも納得だ。

 クラシックで有記念制覇という実力があれば、それに挑戦する資格も十二分にある。学園も快く送り出してくれるに違いない。

 

 しかし、それを可能にするには二つ問題がある。

 

 一つは遠征先でのトレーナーの件だ。

 担当するウマ娘が一人しかいない場合やサブトレーナーの場合は別だが、基本的にトレーナーは担当ウマ娘の遠征について行かない。その遠征先でコーチを依頼する人物を用意するのが定石だ。

 

 だが、今回ダイヤは僕を指名してきた。

 自分としてはそれ自体に異論を唱えるつもりはないが、現実問題そう簡単な話ではない。ぶっちゃけてしまえばお金の問題だ。

 向こうで何日滞在するかも分からない現状、ある程度学園側のバックアップが欲しいというのが本音である。

 まだ理事長に話をつけていない分、これに関してはどうなるか分からない。

 

 そしてもう一つは、仮に僕がダイヤと共にフランスへ向かったとして、その間日本に残されたマックイーンをどうするかという件だ。

 

 僕のいない間マックイーンのトレーナーを別の人に委任する、というのは、口で言うのは簡単だがあまり取りたい選択ではない。

 担当ウマ娘の別のトレーナーを誰かに任せると、当たり前だがその分の対価を払わなくてはならない。

 せこい考えだが、予算が無いという話をしているのに、そこに出費がかさ増しするような事態はなるべく避けたいと考えてしまう。

 

 それと、こちらが本音なのだが誰かに自分の担当ウマ娘を任せるというのはリスクが高く怖いのだ。

 中央のトレーナーとはいえ、彼ら彼女らも一人の人間だ。ウマ娘のためと思ったことでも、結果的にそのウマ娘を駄目にしてしまうことだってある。

 誰かに任せた結果、担当ウマ娘──マックイーンの脚が壊れるようなことがあったら僕は何をしでかすか分からない。

 

 でも、そうしなかった場合ダイヤを誰かに任せる必要があるし……うーむ……

 

 

 トレーナー室でとあるレース映像を再生しながらダイヤの凱旋門賞について悩んでいると、帽子を被った亜麻色の髪が机の向こうからひょこり現れる。

 

 

「……せんぱい、また怖い顔して何かしてますけど、大丈夫ですか? 頭髪とか」

 

「余計なお世話なんだよ! まだ全然禿げてないわ!」

 

「本当にそう思っているんですか……? もしかしたらせんぱいの見えないところがジワジワと後退して……」

 

「や、やめろって……怖いこと言うなよ……」

 

 亜麻色の髪に帽子をした人物、一色の深刻そうな一言により自分の頭髪が後退していないか本当に心配になってしまい、つい生え際を押さえてしまう。よかった、まだ大丈夫みたいだ。

 

 恨めしげに彼女の方を見ると、その深刻そうな表情とは打って変わり舌を出してふざけたポーズを取っていた。

 とても先輩に対する謝罪の仕方ではないが、なんだか怒る気にもなれなくて肩を落とす。

 

「せんぱい、今日マックちゃん達の練習お休みですよね? なんでこんなところに引きこもってパソコンと睨めっこしてるんですか? 友達とかいないんですか?」

 

「お前一々言葉に棘がありすぎない……? 友達いないのは事実だけどさ」

 

「……冗談のつもりだったんですけど。マジなんですか?」

 

「……」

 

「……すみません」

 

 誰も幸せになってねぇじゃねえか。分かったら僕に友達の話題振るのをやめなさい、泣いちゃうから。

 

「てか、何してるんだはこっちのセリフだ。セイウンスカイのトレーニングはどうした。練習サボられてんなら一緒に探してやるからさっさと行くぞ」

 

「違う違う、違うんですよ、今日はわたし達もお休みでして。お仕事も全部終わっちゃってるし、暇だなーって思ったんです、はい」

 

「ああ、うん、そう。暇なのは分かった。それで、なんでここに?」

 

「え、暇だからですけど」

 

「ここは暇つぶしに使われるような場所じゃないんですけど」

 

 まあ炬燵で年末をだらだらと過ごしたり、百人一首をしたりと今更なところもあるが。

 

「んもぉ〜、せんぱいったら心狭い! 普通の人はトレーナー室に入り浸っても許してくれますよ!」

 

「どこの誰の世界の普通だよ……」

 

「それはもちろん…………いえ、なんでもないです」

 

 ……僕は何か変なことを聞いただろうか。

 彼女の元気が急に無くなったことにより、一抹の不安を覚える。

 

「……で、せんぱいは何してるんですか?」

 

 そう思ったのも束の間、一色はすぐに笑顔を取り戻して最初の質問に戻る。

 一体なんだったんだと思いつつも、僕はパソコンを回転させて閲覧していたレースを見せる。

 

「これは……先日の大阪杯ですね。たしか勝った娘は……」

 

「キタサンブラックだ。次のダイヤの出走予定、春の天皇賞にこの子も出る」

 

「おお、つまり再戦ってことですね」

 

「そういうことになるな。有で勝ったとはいえ、次も必ず勝てるとは限らん。対策必須だ」

 

 桜が咲いているこの季節、春の天皇賞まで一ヶ月を切っている。

 ちょうど一ヶ月先、ベストコンディションでレースに挑んでもらうためには適度な休息も必要だ。

 が、それはウマ娘の話であってトレーナーの話ではない。休みを惜しんでライバルやレースの研究をして勝てるのならいくらでもやってやるというのが僕の理念だ。

 

「せんぱいったら、普段『トレセン学園はブラックだー』なんて言ってるくせに、自分からお休み減らしてどうするんですか」

 

 ほっとけ、自分が好きでやってることは別なんだよ。これはプライベートみたいなもんなんだよ。

 

「うーん、決めたっ! 今日はせんぱいもお休みしましょう!」

 

「は、急に何言って」

 

「さあさあパソコンしまって! ほい、シャットダウンっと」

 

 横からするりと入り込んできた一色の手によって、なすすべなくパソコンの電源を落とされる。

 前々から思ってたけどこいつ距離感近いな。異性の関係に疎い僕の感覚がおかしいのか? 

 

「これでよしっと。さあせんぱい、遊びに行きましょう!」

 

「待て、僕は行くなんて一言も言ってないぞ。レースの研究だけじゃなくてやることもまだ残ってる」

 

「……あの、つかぬことをお聞きしますが、せんぱい最後に休んだのいつですか?」

 

 最後にって……ええと、たしか……

 

「……正月?」

 

「……今何月か分かりますか?」

 

「四月だけど」

 

「丸々三ヶ月休んでないんですよ!? このペースだと過労で死んでもおかしくないですって!」

 

「ちなみに年末にサトノ家から面会したいみたいなこと伝えられて気が休まらなかった」

 

「あああああもう!!」

 

 声でか。女性が出していい声量じゃないと思う。

 

「一旦お仕事のことは忘れましょう! 先輩の身が危険です!」

 

 そう言って一色は僕を連れ出そうと腕を掴む。

 僕のことを心配してくれてなのだろうが、ここ最近体の不調というのは特に見受けられない。彼女の善意は有難いと思いつつも、僕としては休んでいる間も惜しい。

 

「大丈夫大丈夫、僕結構身体頑丈だから。それに毎日四時間は睡眠取ってるし」

 

「ごちゃごちゃうるさい! さっさと行きますよ!」

 

「いや、本当に問題ないんだって……力強っ!?」

 

 簡単に振り解けると思った腕は意に反して掴まれたままだ。

 彼女は本当に無理矢理にでも僕をここから連れ出すらしい。

 

「や、やめっ、自分で歩くから手を離せ!」

 

「ダメです! せんぱいったら目を離すとすぐにどこか行っちゃうんだから」

 

「子供扱い!?」

 

 ああ、そういえば一色は僕が苦労して持っていた荷物を軽々持ち上げるくらい力の強いパワー系女子だったか。何か筋トレでもしてるのかな。

 

 

 流石に一色にドナドナされたまま外に出るのは危ない。主に僕の尊厳が。

 というわけで、僕が逃げられないように彼女と並んで歩いているわけなのだが……

 

「……それで、どこ行きましょうか?」

 

「ノープランかよ……」

 

 半ば強引にトレセン学園から連れ出されて早一分、僕らは既に路頭に迷っていた。

 先の会話から分かってはいたが、一色は勢いで僕を連れ出したようで、これからどうするかは何も考えていないみたいだ。後先考えず行動するところは、出会った時から変わってない。

 

「だってだって、せんぱいを更生させなきゃって思ったらいてもたってもいられなくなったんです! このままだとケーキを三等分することすらできなくなりますよ!」

 

 僕は非行少年か何かか。引きこもりとそれに何の因果関係があるんだよ。

 

「はぁ、分かった分かった。こうして外に出たからには、とりあえず仕事のことは忘れるよ。さ、行き先決めてくれ」

 

「わたしが連れ出しといてなんですけど、清々しいくらい人任せですね……別にいいですけど」

 

 自慢じゃないが、自分はアウトレット系はよく分からない。そういったのはそこら辺のキャッキャした場所に詳しそう(偏見)な一色に任せるのが一番だ。

 

「えっと、そうですねぇ……。気分転換なんですから、ショッピングモールでお買い物なんてどうですか?」

 

「いや、別に買うもんないし……。あ、そういえば蹄鉄とかの消耗品が少なくなってたような……」

 

「やめやめ、すぐにお仕事と結びつける。それとせんぱい、ショッピングってのは買うものなくても商品を見て回るだけで楽しいもんなんですよ」

 

「えっ、冷やかし……ってコト?」

 

「ウインドウショッピングと言ってくださいよ!!」

 

 なるほど、冷やかしもといウインドウショッピングか。

 幼い頃、親に連れられたショッピングモールや電気屋で、買ってもらえないと分かっていながらもゲームソフト売り場を徘徊するのは実に楽しかった。

 きっとそれと似たような感覚なのだろう。当時の少年時代の僕は、あれをたしかに楽しいと感じていた。

 

 だが……

 

「僕、人混み苦手なんだよね」

 

「混雑するレース場でレース観戦する中央のトレーナーとは思えない発言ですね」

 

 だから仕事とプライベートは別なんだって。それに生でレース見るのは好きだし。

 

「せんぱいがショッピングモールに乗り気じゃないのは分かりました。なら趣向を変えて公園とかはどうです? ピクニック的な」

 

「今から行くのもな〜。お昼過ぎだし中途半端な時間になるんじゃない?」

 

「じ、じゃあ遊園地とか……」

 

「年甲斐無さすぎない? それに今は春休みシーズンだし人多そう」

 

「……お、温泉とか……」

 

「日帰りで温泉旅行ってのは準備が足りてない……」

 

「いい加減にしてください! さっきから否定ばっかりでちっとも話が前に進まないじゃないですか!」

 

 むっ、一色の言う通りだ。物事なんでも否定から入るのは良くない。

 

「悪い、せっかく僕のためにあれこれ提案してくれてるのに否定ばっかで」

 

「本当ですよ、反省してください。大体せんぱいは……」

 

 なんで僕は休日のトレセン学園で後輩に説教されているのだろう。いや、理由は明白なんですけどね? 

 

 でも、実際問題休日と言われてどこかへ遊びに行くという考えが僕の中には無い。そのため、彼女の提案につい否定的になってしまう。

 

「はぁ、わたしが間違ってました。最初からせんぱいの行きたいところを聞けばいいだけの話じゃないですか」

 

「僕の行きたいところか……」

 

 人が少なく、且つ落ち着きがあって適度に休める場所……

 

「…………家?」

 

「うん、つまんない」

 

 せっかく捻り出した答えをつまんないの一言で一刀両断される。

 

 家と言ってもトレーナー寮なのだが、あそこが一番休めるのは間違いない。あ、ダメだ、一度家と言ったらもう帰る気しかしなくなってきた。

 

「というわけで僕はトレーナー寮に帰るから、お前も良い休日をということで……」

 

「はあ!? ちょっと待ってください! これじゃあせんぱいを外に引き摺り出した意味……が……」

 

 最初は威勢よく僕を引き止めようとした一色だが、その声も勢いも徐々に小さくなり……

 

「……しょうがないですねぇ。では、今日は帰りましょうか」

 

 あれっ? 案外あっさりと受け入れられたな。一色のことだからもっと反対して僕を連れ回すと思ったのに。

 だが、帰らせてくれるなら好都合だ。家でゆっくりと先程のレースの続きを研究するか、残っている事務作業を終わらせてしまおう。

 

「それじゃ、僕は家帰るから。なんだかんだありがとな、僕の身体心配してくれて。お前もたまの休日くらいゆっくり休めよ」

 

「せんぱいに言われても説得力無いんですけど……って、何一人で帰ろうとしちゃってるんですかっと」

 

「ぐえ」

 

 一色に背を向けて歩き出そうとすると、彼女に襟を掴まれて潰れた蛙のような声が出る。

 

「けほっ、こほっ……何?」

 

「何って、一人で行っちゃわないでくださいよ。どうせなら一緒に行きましょ?」

 

「一緒にって、お前一人暮らしだろ? なんでもってトレーナー寮なんかに行こうと……いや待て、お前まさか……」

 

「ふっふっふ、気づいちゃいましたか。そのまさかですよ」

 

 気づきたくなかった。できるなら嘘だと言ってほしい。

 

 得意げに、そして自信満々にそんなことを言う一色の顔は夢と希望に満ち溢れているかのような表情だ。

 それに対して僕は、客観的に見たら苦虫をを噛み潰したかのような顔をしているのだろう。

 

 ああ、三女神様よ、僕は何か悪いことをしたか? したのであれば即刻額を地べたに付けて謝るのでこの状況をなんとかしてほしい。

 

 切実に願いながら、僕は一色に手を引っ張られ──

 

「これからせんぱいのお部屋に突撃します。そう、お家デートってやつです!」

 

 

 






続きます
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