名家のウマ娘   作:くうきよめない

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瞳の先には

 

 

 えたいのしれない不吉な塊が私の心を終始圧えつけていた。焦燥と言おうか、嫌悪と言おうか、レースの後にウイニングライブがあるように、センターで踊ることができないと自分自身を完全否定したくなるような時期がやってくる。それと似たようなのが来たのだ。

 

 ゴールドシップによって全てが崩された自分にはもう何も残っていない。

 

 残っているとしたら、羞恥と惨めさに押し潰され、消えてなくなりたいとまで考えてしまう哀れなウマ娘だけ。

 

 いや、もう何も考えたくない。思考を放棄したい。そんな時に限って思考はフル回転だ。なんでですの。

 

 極め付けに、いつの間にかトレーナーさんまでもがいなくなっていた。

 せめてあの場に彼がいれば、私にとって地獄のような状況を上手く収めることができたかもしれない。

 一体どこへ行ってしまったのだろうか。

 

 自分やトレーナーさんに代わって、あの場を収めてくれたルドルフ会長には後でお礼を言っておかなければならない。

 もしあの方がいなければ、自分はあのままステージの上で立ち尽くす地蔵となっていただろう。

 

 あ、ゴールドシップにも後でお礼参りをしておかなければ。

 

「マックイーンさーん!」

 

「ダ、ダイヤさん!? どうしてここに!?」

 

「えへへっ、シンボリルドルフ会長が特別に通してくれました」

 

 ステージ裏で密かにゴールドシップさんへの復讐を企てていると、何故かダイヤさんが手を振って私の前に現れる。

 

 会長は何を考えているのだろう。

 あの方のことだ。何も考えてないというわけではないだろうが、ああも笑顔を絶やさないと逆に不気味だ。新入生の前で怖い顔を見せるよりは良いのだろうが。

 

「……さっきはごめんなさい。その……マックイーンさんのトレーナーさんに審訊するようなことをしまって……」

 

「……ダイヤさんのあの発言が、トレーナーさんに本心を伝える良いきっかけとなりました。感謝はすれど、ダイヤさんを恨むなんてことはありませんわ」

 

「で、でも……!」

 

「トレーナーさんも、きっと気にしていませんわよ。あの方は小さな事でどうこう言い出すような方ではありません」

 

「……とても信頼なさっているんですね」

 

「ええ、それはもちろん!」

 

 彼と出会ってからかなりの時間が経っている。

 伊達に長年の付き合いではない。

 

「じゃあアタシの質問もトレーナーへの思いを伝えるきっかけになったって事でいいか?」

 

「良い訳ないでしょうゴールドシップッッ!!」

 

「敬称略!?」

 

「貴方にさん付けなんてまどろっこしいですわ! これでも喰らいなさい!」

 

「あだだだだだだだ! 背骨はそっちには曲がらねえよおおおおお! 背骨とムカデは関節命いいいいいいいい!」

 

「やかましいですわ!!」

 

 アルゼンチンバックブリーカーを決める私に、ゴールドシップは猛烈な悲鳴を上げる。

 私が味わった心の傷に比べれば、この程度なんて事ないだろう。心の傷は一生癒えないが、体の傷はいつか消える。ゴールドシップなら尚更だ。

 

「あ、あの……」

 

「ああ、すみませんダイヤさん。この白いのはゴールドシップ。奇人変人を集めたこのトレセン学園において、最も厄介度が高い酔狂人のようなウマ娘ですわ」

 

「アタシが側にいるから普通に見えるだけでお前も大概だぞ?」

 

「何か言いまして??」

 

「イエナニモ……」

 

 冗談もほどほどにしてほしい。

 トレセン学園の良心とも言える私が変人の部類だったら、この学園は既に崩壊していてもおかしくない。

 

「あ、あの存じてます! この前のグランプリ宝塚記念、素晴らしかったです! 有記念に続いて宝塚記念でも勝利を収めてしまうなんて……!」

 

「お前ゴルシちゃんの活躍知ってんのか? いいぜ、合格だ! 今日からお前は、ムチュ・チッシュ登山隊員第一号だ! これで凱旋門賞でも宝塚連覇でも成し遂げてみせるぜええ!」

 

「え、ええと……」

 

 まずい。ゴールドシップの変人っぷりにダイヤさんがついていけてない。

 

「初対面の方にそのノリはおやめなさい。貴方にまともについていけるウマ娘なんて、ナカヤマフェスタさんくらいしかいませんわ」

 

「おいおいゴルシちゃんの交友関係舐めてもらっちゃあ困るぜ! まず〈スピカ〉のやつらだろ、ジョーダンにマックイーンにナカヤマに──!」

 

「〈スピカ〉の皆さんはともかく、トーセンジョーダンさん達なら……今私いませんでした?」

 

「お、マックイーンも一緒にムチュ・チッシュに登りてえのか?」

 

「そうじゃありません! ていうかなんなのですかむちゅちっしゅって!」

 

「パキスタンにある未踏峰だな」

 

「話のスケールが壮大すぎますわよ!」

 

 何が怖いって、そんな未踏峰でもこのウマ娘なら登頂してしまいそうなのが一番怖い。

 先月、瀬戸内海で鯨を釣り上げたとかいう訳の分からない記事で新聞に載っていたウマ娘だ。正直何をやらかしてもおかしくはない。

 

「……ふふっ」

 

「? どうかしまして、ダイヤさん?」

 

 ゴールドシップのめちゃくちゃ発言にツッコミ続けていると、ダイヤさんがとても楽しそうに微笑む。

 

「いえ、私がいつも見ているマックイーンさんはいつもクールで冷静な方でした。でもこうして間近で接すると、マックイーンさんの意外な一面が色々見れて楽しいなって」

 

「う……」

 

 新入生であるダイヤさんにいい顔を見せておかなければならないのに、ゴールドシップのせいで普段と同じ対応を取ってしまった。

 

 これではダメだ。今からでも優雅で気品のある姿を見せなければ。

 

「メジロのウマ娘として、スイーツを食べる時と野球観戦をする時は、ハイテンションでぶち上げていかなければなりませんわ」

 

「後ろで私の声真似をするのやめてもらいます!? しかも妙に上手ですわね!?」

 

「おう、最近アタシ声帯模写も練習しててな。今のところマックイーン、ジョーダン、そしてマックイーンのトレーナーの声なら出せるぜ」

 

「なっ、トレーナーさんの声も……? あの、ゴールドシップ、後で少し用事が……いえ、決してトレーナーさんの声で色んな言葉を囁いてもらおうとかは考えていませんわ!」

 

「やっぱお前も大概だよ」

 

 理性をフル活動させ、なんとかトレーナーさんの囁きという悪魔のような誘惑に耐える。

 

 危なかった。後少しでダイヤさんに更にみっともない姿を見せるところだった。

 ところでダイヤさんの顔が少し引き攣ってるのは何故だろう。またゴールドシップが何かやらかしたのだろうか。

 

「うーむ……なら、もうすぐ開催のファン大感謝祭で焼きそば売るの手伝ってくれたら、マックちゃんの望みを叶えてやらんでもないぜ」

 

「そんな甘い言葉で私が釣られると思いまして? 是非ともやらせていただきます。調理でも売り子でも食材調達でもなんでもやりますわ」

 

「もういっそ清々しいくらいの手のひらドリルだな」

 

 一度振り払ったはずの悪魔が、私の欲望を押さえつけた天使を薙ぎ払い鎮座する。

 

 言質は取った。後はトレーナーさんに言ってもらいたいセリフ集を作ってゴールドシップに提出するだけだ。勝ち確ですわ。

 

「……そ、そういえば、マックイーンさんはそのファン大感謝祭で何をされる予定なんですか?」

 

「私ですか? ……何かをするかしないかと言われたらするのですが、何をするかはまだ言えませんわね」

 

「そうなんですか? じゃあ当日を楽しみに待っていますね!」

 

「ええ、そうしてくださいませ」

 

 そう言ったダイヤさんはあまり長居はできなかったのか、別れの言葉を告げていそいそと教室の方へと走っていく。

 よく考えてみれば、今は入学式が終わって間もない時間ということになる。この後、クラスでHRなどがあるはずだ。それに遅れるわけにはいかないのだろう。

 

 さて、ダイヤさんとゴールドシップとの会話で落ち着きも取り戻せましたし、とりあえずトレーナーさんを探しに行きましょう。

 

「本当にあれだけでよかったのか?」

 

「……どういう意味ですの?」

 

「別に言っちゃっても良かったんじゃねえのかって話。ダイヤ嬢なんかが聞いたら飛び跳ねて喜ぶぜ」

 

「そのように喜んでいただけると嬉しいのですが、大騒ぎになるからトレーナーさんが黙っとけと仰ってました。それより、この話は私達と生徒会の皆さんしか知り得ないはず……いえ、もうなんでもありません……」

 

「盛り上がるから、アタシは言ったほうがいいと思うけどな」

 

 トレセン学園で行われる二大ファン感謝祭のうちの一つ、春のファン大感謝祭。

 

 それは所謂文化祭のようなものであり、生徒がそれぞれ出店やイベントなどを自由に行うことができるというものだ。

 今現在私が知っているものでも、美容室や喫茶店、劇にオペラにヒーローショーなど、数え出したらキリがない。

 

 その中でも、毎年生徒会によって行われるイベントは異常なほどの人気を博している。

 私達はウマ娘という存在である以上、行って最も盛り上がる行為は走ることだ。

 ある時は駅伝、またある時はハードル走など、様々なイベントが開催された。

 

 しかし今年はそれらのような捻ったものではない。

 己の持つ物全てを賭けて、勝利を手にするために誰よりも速く走り、誰よりも早くゴールを駆け抜ける真剣勝負。

 

「感謝祭で行われる模擬レース。そこが私の実質的な復帰戦ですわ」

 

 ライバルへの闘志を燃やし、先程の誓いを胸に一歩を踏みしめる。

 

 

 

 ***

 

 

 

 入学式と講演会が終わった後の一時

 

「ブライアン、少し聞いてくれないか?」

 

「どうした会長。何か問題があったか?」

 

「いや、そうではないのだが。講演会中に思いついたことがあってな」

 

「……言うなら早くしてくれ」

 

「ありがとうブライアン、では。『ウマ娘が得意なことをtalking』。どうだ? これは得意とtalkの進行形を掛け合わせた自信作なんだが……」

 

「……面白いと思うぞ。是非他の奴にでも聞かせてやったらどうだ?」

 

「そうだろう! では片付けを終わらせて、エアグルーヴを探しに行くとしよう」

 

「女帝様も苦労人だな……」

 

 

 

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