名家のウマ娘   作:くうきよめない

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pixivの方でもリアクションを頂けたら、それはとっても嬉しいなって(鹿目まどか)




交換条件

 

 

 

「せんぱいの部屋、ワクワク」

 

「別に面白いもんなんてないけどな」

 

 トレセン学園からトレーナー寮の距離はさほど遠くない。

 そのため、満員電車に揺られることもなければ、自家用車を使い自動車税だの駐車場代を取られたりだのガソリン代にお金をかけたりだのする必要もない。コスト軽減、素晴らしいね。

 

 部屋の前に着き、鍵穴に鍵を差し込んで動きを止める。

 

「……あれ、どうしたんです?」

 

「先に言っておく。絶対に変なことするなよいいな分かったか分かったならはいと言え」

 

「わー、信用ない」

 

 別に一色を信用してないわけではない。ただ、こいつはちょっとフリーダムすぎるところがあり、たまに常軌を逸した行動をする。

 なんというか、その、見てて危なっかしい。

 

 はいはいとテキトーな返事をする一色にこいつ大丈夫かなと思いつつ鍵を開ける。そして彼女は真っ先に元気良く……

 

「おっじゃましま〜……す……」

 

 部屋に入るや否や、その元気を急に落としていった。

 

 今日のこいつはどうしたんだろう。情緒不安定かな? それともせ……おっと、これはセクハラか。

 

「…………きれい……」

 

「ん、なんて? 紀霊?」

 

 なに、一色さん三国志にでもハマってんの? 

 

「なんでこんなに部屋が綺麗なんですか!?」

 

「なんでって、そりゃちゃんと掃除してるし」

 

「寮とはいえ、男の人の一人暮らしは自堕落になってゴミ屋敷になるのが定番でしょ!?」

 

 酷い偏見だ。全国の綺麗好き男子に謝った方がいいと思う。

 

 一色は地団駄を踏み、理不尽な理由で僕にキレ散らかす。防音故に周りの部屋に響かないからいいものの、あまり床を傷つけるようなことはやめてほしい。

 

「ま、まだです。せんぱいのお部屋チェックはまだまだ終わってません」

 

「お部屋チェックって何? 怖いんだけど。てか言ったよな? 変なことするなって……」

 

「さて、次にチェックするのは……ここ!」

 

 僕の言葉をガン無視して次に彼女がうきうきで調べようとしたのは冷蔵庫だった。

 しかし、そこを開けたのはいいものの、彼女はまたしても固まってしまう。

 

「…………せんぱいって普段料理とかするんですか?」

 

「ああ、別に特別得意ってわけじゃないけど外で食べるより安上がりだし、何より仕事の一環……主にマックイーンの献立表とかも作ってたしな」

 

「道理で食材が充実してるんですね……がっかり」

 

「がっかりて。僕が料理できたら何か不都合でもあるのか?」

 

「それは……あー、あれですよ、あれ。あはは……」

 

 無理矢理誤魔化したなこいつ。

 そもそも意見を180°変えてまで僕の部屋に行きたがった時点で何か企んでいるとは推測していたが、今この瞬間それが確信に変わった。

 

「こうなったら切り札を使います。男の子の部屋と言ったらあそこ。そう、ベッドの下!」

 

 まるでプロ野球選手かのようなヘッドスライディングでベッドの下を除く一色。

 彼女の言う通り、ベッドの下というのは何かを隠すのに最適な場所だ。

 

 だがしかし……

 

「……物どころか埃一つすら無いんですけど」

 

「別に収納スペースには困ってないからな。ちゃんと掃除もしてるし」

 

「そういうことじゃないんですよ! どうして何も無いんですか!? エッチな本の一冊や二冊あってもいいじゃないですか!」

 

「漫画の見過ぎだ。今の時代、エロ本なんて持ってるやつは少ないし、たとえ持っててもそんなところには隠さねぇよ」

 

 河原にエロ本が捨てられていた一昔前ならともかく、科学が発展し文明の利器を手に入れた我々には……少なくとも僕には必要ない。そう、スマートフォンがあればね! 

 

「はぁ……ここまでせんぱいにお約束が通用しないとは。これじゃあ作戦が台無しですよ」

 

「うん、その作戦とやら言ってみ?」

 

「……やです」

 

「怒らないから」

 

「……本当ですか?」

 

「ほんとほんと、この透き通った目を見てみろ」

 

「わたしには限りなく濁っているように見えますね。ビー玉かおはじきと取り替えましょうか」

 

 冗談で言ったつもりなのに、何故ここまでボロカスに言われなくてはならないのだろうか。

 それとチョイスが古い。ビー玉やおはじき、ベーゴマやめんこといった昔の遊びの名を出しても、僕達ならともかく生徒の中ではそれに精通した者でないと知らないんじゃないかな。

 

「いいから早く言え。でないと即刻ここからお前を追い出すぞ」

 

「うっ、それは困りますね。このままじゃわたし、せんぱいの部屋を荒らすに荒らして帰るだけのやばい奴になっちゃいます」

 

 そうでなくても君は元からやばい奴だ、安心しろ。

 喉まででかかった言葉を苦薬の如く飲み込み、腕を組んで一色に詰め寄る。

 

「本当に怒りません?」

 

「怒らない。僕を信じろ」

 

「……せんぱいのことだから部屋も散らかってるし料理もできないだろうと思ったので、わたしが颯爽とそれらをこなして合鍵を頂こうかなと……ああっ、いはいっ!? ほっへふへははいへふははい!」

 

 合鍵云々のくだりで僕は一色の両頬を摘み思い切り左右に引き伸ばす。なんて言ってるか分からないが僕の知ったことじゃない。

 

 正直な話、別に怒っている訳では無い。むしろそんなことだろうと思ったくらいの考えだ。でも面白そうだからしばらくこのままにしてみよ。

 

「ああもう痛いですって! 怒らないって言ったじゃないですか!」

 

 そう思ったのも一瞬のこと、一色は手持ち無沙汰となっていた両手で僕の手を振り解く。

 

「すまんすまん、試しに引っ張ってみたら面白い顔になってたからついな」

 

「そんな軽い気持ちで乙女の肌を傷つけないでください! こうなったらせんぱいに慰謝料を請求します。払ってもらうまで帰りません」

 

「へいへい、何すればいいの?」

 

「合鍵ください」

 

「揺るがねぇなぁ……」

 

 一点張りに合鍵を寄越せと言う一色。そう言われると当然だが一つの質問が湧き出る。

 

「そんなもん手に入れてどうするんだ? 僕の部屋には別に高価なものなんで無いぞ」

 

「空き巣に入る前提なのやめてもらっていいですかね。そりゃほら、あれですよ。当初の予定では掃除をしてあげたりご飯作ってあげたり」

 

「ほう、それで?」

 

「それだけですけど」

 

「……」

 

「な、なんでそんな微妙そうな顔なんですか! 想像してみてくださいよ! こんな美しいレディがたまにお世話しに来てくれるんですよ!? お得じゃないですか!」

 

 こいつちょくちょく自己評価高ぇな。たしかに顔は凄く整ってると思うけど。

 

 美しい発言やレディ発言はとりあえず置いておいて、一色の言う通り合鍵を手に入れた彼女が僕の部屋のキッチンで料理しているのを想像すると……

 

 

 あれ……なんだろう。そんなに悪くない気がする。むしろ良い。

 

 

「ふふん、どうですかせんぱい。わたしに合鍵を渡すのは悪い提案じゃない……」

 

「ふんっ!」

 

「せんぱい!? なんで急に自分のほっぺ殴ってるんですか!?」

 

 目を醒ませ、僕。一色の罠に嵌められるんじゃない。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫。ちょっと蚊がいたからぶっ殺そうかなって」

 

「言い訳甚だしいですけど……。で、合鍵の方はどうですか?」

 

 ふむ、目を醒ませとは言ったものの、彼女の言い分を信じる分には僕にはメリットしかないようだ。

 実際のところ私生活が赤裸々になるというデメリットがあるのだが、僕の場合仕事が私生活みたいなところがあるので実質チャラだ。

 

 だが一つ、とてつもなく不可解な点がある。これだけはどう考えても合理性がない。

 

「……なあ一色、一ついいか?」

 

「はい、なんですか?」

 

「どうしてお前は僕にここまでしでくれるんだ? その時間を自分のために使えば、今日だって……その……」

 

 上手い言葉が見当たらず会話が詰まってしまう。要は一色が僕に構う理由が分からないのだ。

 彼女とは趣味も違えば性格も真反対だし性別も違う。共通しているのは同じトレセン学園でトレーナーを務めていることくらいだ。

 今日みたいに遊びに誘うくらいならまだしも、合鍵云々は仲の良い友達でもしないやり取りだろう。

 

「…………はぁ、これはマックちゃんが手をこまねく訳ですね……」

 

「ん、なんて?」

 

「いえ、なんでも。ところで、これまで生きてきて一度も恋愛したことのないせんぱい」

 

「おい待て、なんで知ってるんだ。え、なに、今の一瞬で僕の過去でも覗いた?」

 

 唐突に罵倒されたことにより心の中で涙を流す。いつか事実陳列罪で訴えてやる。

 

「せんぱいの過去とかどうでも……良くはないんですけどそれは置いといて。わたしがどうしてここまでするのか、それはせんぱいが自分で考えてください」

 

「えぇ、理不尽……」

 

 一色が僕の部屋の合鍵を欲しがってまでこんなことをする理由。なんだ、考えろ。たしかに僕はここ最近悩んでいた。

 その内容というのはダイヤの凱旋門賞についてだ。もし僕がダイヤと共にフランスに行った場合、残されたマックイーンのトレーナーを誰に委任するか……そうか、そういうことか。

 

「分かった」

 

「お、答え出ましたか? じゃあ早速わたしに合鍵を……えっ?」

 

 善は急げ。答えを見出した僕は、一色の肩をがっちりと掴む。

 

「一色、お前が頼りだ」

 

「ちょっ、せんぱい、急にそんな……こういうのはもっと段階を踏んでから……」

 

「僕はお前に……」

 

「……っ!!」

 

 僕は深々と頭を下げ──

 

「マックイーンのトレーナーを頼みたい。ダイヤの凱旋門賞遠征の間、僕は日本にいないかもしれないんだ」

 

「…………今なんて?」

 

 下げた頭にいやに冷たい声音が刺さる。僕は何か間違えただろうか。

 

「えっと、僕は日本にいないかもしれない」

 

「その前です」

 

「一色、お前が頼りだ」

 

「戻りすぎ、その間」

 

「マックイーンのトレーナーを委任したい」

 

「さっきまでのやりとりをどう解釈したらその答えに辿り着くんですか……」

 

 一色は頭を抱えて小言を漏らす。

 てか違うの? 僕は『もっと人を頼れ』っていうメッセージだと思ったんだけど。

 

「まあいいです、続けてください」

 

「お、おう。実はな……」

 

 僕は一色にダイヤが凱旋門賞に挑戦することとそれによる弊害を事細かく説明する。最初こそ適当に聞いていた一色だったが、やはり職業病と言うべきか、ウマ娘に関することなので真剣に聴いてくれた。

 

「なるほどほどなる……。せんぱいごとサトイモちゃんがフランスに行っちゃうかもしれないから、その間マックちゃんをわたしに預けたいと」

 

「そういうことだ。理解が早くて助かる」

 

「……もちろんただとは言いませんよね?」

 

 ちっ、がめつい奴め。まあ誰だってそうするか、僕だってそうする。

 

 彼女に一言待ってろと告げ、普段貴重品を入れている籠の中を漁る。その中から目的のブツを見つけ彼女に向かって放り投げる。ナイスキャッチ。

 

「っし、やりぃ! 経緯はどうあれついに手に入れましたよ!」

 

「そんなに嬉しい? たかが僕の部屋の合鍵程度で」

 

「嬉しいです! これでいつでもせんぱいの部屋に行き放題なんですから!」

 

「うん、来る時は絶対に連絡してね? 約束ね?」

 

「よし、わたし早速お料理披露しちゃいます! 買い出し行ってくるんで、せんぱいはゆっくりしててくださいね」

 

「話聞いてる?」

 

 一応僕にだってプライバシーというものがある。好き勝手来られたら僕の気が休まらない。

 

 解説や茶番、実況などで使われる合成音声のよく聞くフレーズのようなセリフを言いながら、一色は部屋を飛び出した。

 

 一色一人に買い出しさせるわけにもいかないのでついて行こうとしたが、彼女の行動力は半端じゃなく既に姿が見えなくなってしまっていた。

 仕方がない。言われたとおりに僕は部屋でおとなしくしておこう。

 

 

 マックイーンを任せられる相手が見つかり安堵の気持ちでいっぱいになりながら、僕は自室に残っていた仕事に手をつけた。

 

 

 

 三時間後

 

 

 

 一人だったこともあり、持ち帰っていた仕事をスムーズに終わらせることができた。その間かなり集中していたため、一色がまだ帰ってきてないということにようやく気がつく。

 ここから買い出しならそう遠くない場所にスーパーがあるはずなのに、どこまで行っているのやら。

 

 いい加減連絡を取ろうとした瞬間、部屋の鍵が一人でに解錠され思わずびくついてしまう。ああ、そういえば合鍵渡したんだった。

 

 時刻は午後六時を過ぎている。世間話程度にどこへ行っていたのか聞こうとしたが、件の彼女は中々部屋に入ってこない。

 それどころか、鍵を閉めては開けてを繰り返しているような音が……いや、本当に何やってんの? 

 

 施錠解錠を数回繰り返した後ようやく部屋に入ってきたかと思えば、一色は背中にリュックと買い込んだであろう食材を携えていた。

 後者は分かるが、前者はここを出る前は身につけていなかったはず。

 

 まあ何はともあれ。

 

「えっと、おかえり」

 

「……せんぱい、もう一回言ってもらっていいですか?」

 

「? おかえり」

 

「…………良い」

 

 何が? 

 

 訳の分からない要求に応えたらよく分からない返事を返された。

 良いの一言だけ呟いた彼女は、黙って買ってきた食材を冷蔵庫の中へと入れる。

 

「悪い、全部でいくらだった?」

 

「いいんですよ、これはわたしからの奢りです。ついでに晩御飯も作ってあげますよ」

 

「それはありがたいんだけど……でも、そう言うわけにもいかんだろ。このまま奢られたら男として僕の面目が……」

 

「はいはい、しつこい男はウマ娘に嫌われますよ」

 

 一色は僕のことを小学生男子のように軽くあしらう。

 彼女からの言葉を受けて、マックイーンやダイヤに嫌われるわけにはいかない僕はどうしても返す言葉が見つけることができない。

 

 しゃーなし。本人が言うんだから、たまには後輩に奢られて借りを作ろう。

 

「その……サンキューな、一色。このお礼はまた別の形でするから」

 

「あ、じゃあ一つお願いしてもいいですか?」

 

「おう、いいぞ」

 

「今晩泊めてください」

 

「ダメに決まってんだろ」

 

 前言撤回、やはりこいつに借りを作るのは良くない。

 

「ありがとうございます! 泊めてくれるんですね!」

 

「やだ、この子幻聴聞こえてる……」

 

 普通に考えて、女性が男に軽々しく泊めてなんて言っていいはずがない。僕は心の中の通知表の倫理観と貞操観念欄に大きな罰を付けた。

 

「ぶー、なんでダメなんですかー! せっかくお家に帰ってまでお泊まりセット持ってきたのにー!」

 

 買い出しにあれだけ時間がかかった原因はそれか。

 

「なんでって……いや、お前油断しすぎでしょ。もしかしたら僕に襲われるとか考えないの? 男を見たら皆狼と思いなさいって言われてるはずでしょ?」

 

「男であるせんぱいが言うんですね……。わたしはせんぱいがそんなことしないって知っていますし、万が一そうなっても覚悟はできているので大丈夫ですよ」

 

 覚悟ってなんだよ。何もだいじょばないよ。

 

「いいじゃないですか〜、別に減るもんでもないんだし。じゃないと、せんぱいのいない間マックちゃんの面倒見ませんよ?」

 

「うっ……」

 

 それを引き合いに出されると弱い。

 一色のことだからなんだかんだ言ってマックイーンを見てくれるのだろうが、ここでは基本僕が下についてお願いしなければならない立場だ。そこに先輩後輩の上下関係は関係無い。

 

 今日一日一色を泊めてそれなりに信用できる人にマックイーンを預けることと、それをせず路頭に迷うことを天秤に掛けて肩をうなだれさせる。

 

「……マックイーンとダイヤには絶対に秘密にしておけよ。碌なことにならないから」

 

「ふふっ、せんぱいってやっぱり押しに弱いですね」

 

 言うな、自分でもそう思ってるから。

 これではマックイーンやダイヤに対してとやかく言えないほどのチョロさだ。

 

 機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、一色は買ってきた袋から食材を取り出して冷蔵庫に入れたりキッチンに並べたりの作業に取り掛かる。

 

 本当に、こいつには出会った頃から振り回されっぱなしだ。普段セイウンスカイにいいようにされているとは思えない。

 その上に泊めてほしいだなんて、並大抵の男なら勘違いしてもおかしくはない。

 もしかしてめちゃくちゃ舐められてる? ここは一つ、先輩としての威厳でも見せておくべきなのか。

 

「あ、せんぱい好きな食べ物とかありますか? 今ならこのオールラウンダー一色ちゃんがなんでも作っちゃいますよ!」

 

 腰に手を当て慎ましやかな胸を張る一色は、なんだか年齢にそぐわない幼さが見えていて……

 

「な、何か言ってくださいよ、恥ずかしいじゃないですか……」

 

「いやなに、可愛いなって思ってさ」

 

「か、かわっ……! もっと恥ずかしいですよ!」

 

 泊めてくださいなんて言葉は普通に言えるのに、これには恥ずかしがるのか。羞恥の基準がよく分からん。

 

 顔を赤くしてブツブツ文句を言う一色を見ていると、なぜかマックイーンやダイヤの姿を重ねてしまう。

 今となっては彼女達もだいぶ図太くなったが、最初は一色のように顔を赤くしたりして年相応の可愛らしさを……いや、元からあんなもんだった気もする。

 

「と、とにかく! せんぱいの希望を早く行ってください! でないと、今日のおかずは抜きですよ!」

 

「はいはい、じゃあハンバーグでもお願いしようかな」

 

 まあ、先輩としての威厳を見せるのはまた今度でいいかな。

 そんな日が来るかはどうかは分からないけど。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一色が僕の部屋に泊まった翌日。

 

 先に言っておくが、一色の料理が美味しかったことと、僕が床で寝かされて今現在腰がバキバキなのを除いて特にこれと言ったことはなかった。

 

 飯食って、ゲームして、風呂入って、日付けが変わって少ししてから寝た。

 風呂まで借りるのは僕に好意を抱いているのか、それとも僕を男として見ていないのか。一色のことだから恐らく後者だろう。過度な期待はするだけ無駄だと、中学生の時学んだ。

 

 仲が良いからといって、別に恋愛的な感情を抱かれてなくても悲しくはない。……ほ、ほんとだし! 恋心なんて一種の病気だし! 

 

 それはそれとして、そういえば風呂上がりでも寝る時でもずっと帽子を被っていたのは不自然だったな。

 それを指摘しても、これはわたしのトレードマークの一点張りで彼女は聞く耳を持たなかった。そんなに思い入れのある帽子なのだろうか。

 

 とりあえず、先に話した腰痛の問題をなんとかしたい。

 今しがた会議室から自分のトレーナー室への移動中なのだが、自分でも分かるくらい若干猫背気味だ。

 さっさと部屋に戻って大人しくしてよう。マックイーンとダイヤには申し訳ないが、今日は練習メニューを渡して各自でやっといてもらう方が得策か。

 

 と、今日の彼女達の練習メニューは何だったかと考えていると、前方に見覚えのある二つの姿……というか、マックイーンとダイヤの二人が並んで歩いていた。

 当然だが、僕は彼女達より後ろにいるため気づかれていない。

 

 どれ、無視するのもあれだし、ここは童心に帰って後ろから脅か……

 

「何かの見間違いではありませんこと? トレーナーさんが……その、一色さんに引きずられていたなどと……」

 

「でも、私見たんです。ランニングをしようと学園を出ようとしたら、正門前でトレーナーさんと一色さんが一緒にいるところを。それも、お二人が向かっていた先はちょうどトレーナー寮だったのも気になってて……」

 

「……これは尋問の一つでもしなければなりませんわね」

 

 ……してやろうと思ったけど今日のところはやめておこうか、見逃してやろう。今この状況、見逃されるのは僕かもしれないが。

 

 彼女達は様々な身体機能が人間より優れている。

 それは聴覚も例外ではないため、見つからないためにも音を立てず静かに彼女達の側から立ち去らなければならない。

 

 そう、僕は今から忍者だ。抜き足差し足忍び足、一歩一歩緊張感を噛み締めて廊下を歩く。

 

「せんっぱーい! こんにちはー!」

 

「お前はいつも間が悪いな! はいこんにちはちくしょう!」

 

 隠密行動も虚しく、どこからともなくやってきた一色のクソデカボイスにより簡単に僕の居場所が周囲に晒される。

 つまり、マックイーン達に見つかったということだ。

 

「ト、トレーナーさん!? いつからそこに……」

 

「え……あー、今来たとこだよ。ちょうど君達の姿を見つけたから声をかけようと思ってね」

 

「そ、そうですか……ん? 少し失礼します」

 

 ダイヤはほっと胸を撫で下ろしたものの、スーツの上から僕の身体をペタリと触る。そしてなぜかマックイーンもそれに付随してダイヤと同じ行動を取った。

 

「……マックイーンさん、お気付きになりましたか?」

 

「ええ、他の女の匂いがしますわ。それも、どことなく私達と近しいような……」

 

 なに、怖い。身体機能が人間より優れてるとは言ったけど、そんなことまで分かるの? 

 

 そしておそらく、彼女達の言う"他の女の匂い"とは、昨日無理矢理押しかけて泊まっていった人物だ。

 冷や汗をかき小刻みに震えながら隣の一色の方を見る。頼む、何かフォローしてくれ……! 

 

 思いが届いたのか、一色はニッコリと慈愛の笑みを浮かべる。

 

 

「せんぱい、結構良いシャンプー使ってるんですね」

 

 

 終わった何もかも。こいつ絶対分かっててやってる。

 

 

「……トレーナーさん、少しお話しよろしいでしょうか?」

 

 案の定一色の発言を悪い方向に捉えたマックイーンは一歩にじりと詰め寄ってくる。

 まずい、顔は笑っているが目が笑っていない。

 

「ち、違うんだマックイーン。これには深いわけがあって……」

 

「言い訳なんて男らしくありませんわ! ほら、ダイヤさんも何か言って……ダイヤさん?」

 

「……えっ、あれっ、どうして……ひっく、止まらない……」

 

 怒りを露わにするマックイーンとは対照的に、ダイヤはその場に俯いて静かに涙していた。その姿に、僕は咄嗟に言葉が出ずその場で立ち尽くしてしまう。

 

「わあああ! 二人とも違うの、本当に違うの! さっきのはちょっとせんぱいを揶揄おうと思っただけで、わたしとせんぱいの間には何も無いから!」

 

 最も早く動いたのは諸悪の根源である一色だ。

 これには流石に彼女も慌てたようで、急いで二人の誤解を解き始める。

 嘘も本当も交えつつ言葉巧みにマックイーンとダイヤ相手に懇切丁寧に説明する一色の姿は、まるでそれが手慣れているかのようなものだった。

 

 それでも納得がいかない二人は一色に更なる追求をする。本当に部屋で遊んだだけなのか、手料理を振る舞ったのは本当なのか、良いシャンプーを使っているとはどういうことなのか、etc……

 

「ああもう! せんぱいも見てないで何か言ってくださいよ! これじゃあわたしが悪者みたいじゃないですか!」

 

 一色への追求が終われば次は僕の番だろう。今からでも逃げ出してしまおうか。いや、彼女達はウマ娘だ、秒で捕まることは目に見えているのでやめておこう。

 

 嘆く一色を無視して、僕は窓の外を眺める。

 

 満開の桜の木々の下には、今年入学するであろう新入生が下見に来ていた。

 そういえばもうすぐ新学期か。その上に、ここから春のGⅠレースもラッシュに入る。その中の一つに目標レースである春の天皇賞が含まれており、それはもう目と鼻の先だ。

 僕とマックイーンにとって最も思い入れの強いレースに、今度はダイヤとのコンビで挑戦する。

 

 大丈夫、ダイヤは、サトノダイヤモンドというウマ娘は強い。デビュー戦や重賞初勝利であるきさらぎ賞の時のように、僕は彼女を信じて送り出すだけだ。

 

 

 でも、どんな屈強な人でもこの穏やかな気候には抗えるはずもない。

 一つあくびをかまし、日光に邪魔されながらも顔を上げて雲一つない晴天を睨みつける。

 

 

「わたしが悪かったですから! いい加減助けてください! せんぱい!!」

 

 

 ああ、今日は良い天気だなぁ……

 

 

 






一色ちゃんにフォーカスしたのはちゃんと理由があるから……

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