名家のウマ娘   作:くうきよめない

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急遽展開の変更により前話を少し修正(6/3時点)

すまない……





負けたくないのに

 

 

 

 春特有の温い気候により、つい頭部がうつらうつらと上下して眠気に誘われる。

 学生時代も五時間目以降は眠かったなという記憶がぼんやりと思い浮かんでしまうほど、今のわたしは目の前の作業集中できていない。

 

 そんな眠気を少しでも覚ますため、文明の利器と自分と同じくだれている娘に頼ろうとする。

 

「スカーイ、テレビ付けて〜」

 

「そのくらい自分でやってくださいよ。セイちゃん今、ダラダラするのに忙しいので」

 

「じゃあトレーニングして〜」

 

「いやぁ〜、私もテレビ見ようと思ってたんですよね〜」

 

「トレーニングしたくなさすぎでしょ……」

 

 トレーナー室で書類仕事を片付けているわたし、一色星羅は、ソファに寝転がって三時間くらい動いてないスカイを少しでも動かそうと孤軍奮闘していた。

 

 スカイの取り扱いと面倒な書類仕事でわたしのキャパはカツカツなのだけれど、前者はもう慣れてしまい、後者は本当に面倒臭いのはせんぱいにでも押し付け……おっと、違う違う、お願いすればいいだけだ。

 

 相変わらずトレーニングをしようとしないが、スカイのことだ。どうせ隠れて秘密の特訓をしているに違いない。

 そんな様子ではスカイの調子がはっきりと分からないのではと言われるかもしれないが、わたしはウマ娘を見る目に関しては確固たる自信がある。

 

 だって、わたし自身がウ──

 

「一色ちゃん、チャンネルは何がいいですか?」

 

「ん? あ、天皇賞! 天皇賞お願い! 今日サトイモちゃんのレースみたいだから!」

 

「はいは〜い」

 

 レースが始まる時間まではまだ少し時間があるが、仕事するのも疲れたしここいらで休憩しておこうかな。

 

 寝転がってソファを独占しているスカイの上半身を起こし、ソファの半分を占拠してからスカイの頭を太腿の上に置く。いわゆる膝枕というやつだ。

 

「……一色ちゃんってナチュラルにこういうことしますよね」

 

「おやおや、照れちゃった?」

 

「まさか。これがマックイーンさんとこのなら多少……た・しょ・う動揺してたかもしれませんけど、一色ちゃんじゃあ私の心を揺さぶるには百年ほど早そうですね」

 

「ちっ、このお昼寝魔人が!」

 

「お褒め頂き感謝で〜す」

 

 この生意気な担当ウマ娘をどうしてくれよう。とりあえずデコピンでもかまそうか。へっへっへ、わたしのデコピンは痛いぞ〜。

 

「っ、そ、それよりさ、一色ちゃん。今テレビに映ってる天皇賞の話しません? ほら、ダイヤちゃん達とは何かと縁がありますし」

 

 スカイのおでこに照準を合わせてデコピンの素振りをしていると、わたしの意図に気がついたスカイは慌てて話題を変えようとする。

 一発デカいのくらわせてわろうと思ったが、それはまたの機会にしておこう。

 

「春の天皇賞……スカイも二番人気で三着と、惜しいところまで行ったんだけどねぇ……」

 

「いやぁ、あの時のスペちゃんとブライトさんが強かったのなんの。セイちゃん完全にお手上げでしたもん」

 

「でも、次は絶対に負けないんでしょ? わたし知ってるよ、あの後一人で泣いてたの」

 

「……私、一色ちゃんのそういうところ嫌いです」

 

「ありゃりゃ、嫌われちゃった。わたしはスカイのそういうところ好きだけど」

 

 ちょっと意地悪しすぎちゃったかな。図星を突かれまくったスカイは完全に拗ねてしまった。

 もう手遅れかもしれないけど後々報復されるが怖いのでここまでにしておいて、目の前のレースの話をしよう。

 

「今回はサトイモちゃんが二番人気なんだね。有の時とはキタサンブラックちゃんとの人気が逆転だぁ」

 

「…………ダイヤちゃん、自分を見失ってないといいですけどね」

 

「ん? なんて?」

 

「いえ、なんでも。模擬レースや有記念から更にパワーアップしてるみたいですし、今回も凄い走りを見せてくれるんじゃないかなって」

 

「……ふーん」

 

 本当は聞こえていたが聞こえないふりをしておいた。ここで心配してるんだとでも揶揄えば、今度こそ怒らせてしまう。

 スカイを膝枕しているのはなんだかんだ楽しいのでこの時間を終わらすわけにはいかない。

 

 にしても、スカイの発言が妙に引っかかる。

 わたしはサトイモちゃんのことについて詳しくは知らない。知っていることと言えば、凱旋門賞を目指していることと、せんぱいにただならぬ感情を抱いていることくらい。

 それだけのわたしに何か分かるはずもなく、モヤッとした感情が胸の内を渦巻く。

 

「一色ちゃん? もうすぐ始まりますよ」

 

 模擬とはいえ、スカイはサトイモちゃんと同じレースを走ったからこそ何かを感じ取ったのか。

 それともわたしが()()()()()退()()()()()からそういう感覚に疎くなっているのか。

 

 

 真相は闇に包まれたまま、わたしはテレビから流れてくるファンファーレに耳を傾けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

『春の盾、天皇賞〈春〉スタートしました! 最初の一周目3コーナー、一番人気のキタサンブラックは二番手に付け、二番人気のサトノダイヤモンドは中団に控えています』

 

 

『4コーナーを周り最初の直線コースに入りました。逃げるウミカツデンライ、二番手のキタサンブラックからリードを六バ身七バ身。今最初の1000メートルを通過、58秒3で通過しました』

 

 

『さあ各ウマ娘第一コーナーをカーブしていきます。先頭は飛ばしていきます十七番ウミカツデンライ、その差はもう十バ身十五バ身か』

 

 

 

 前半は誰かが大きく出遅れたりトラブルが発生することもなく、正面スタンド前を通過して中盤へと差し掛かっていた。

 先頭はキタちゃんが譲らないと思っていたが、私の予想とは違いまた別のウマ娘が大逃げの作戦を実行している。

 

 大逃げをするウマ娘がいるなんてことはトレーナーさんは言っていなかった。彼に限って対戦相手の見落としはないはずだ。

 私自身、今現在大逃げをしているウマ娘のことは調べた。記憶が正しければ、彼女の前走である日経賞は大逃げなどではなかったはず。

 

 つまり、これは私達の意表を突くための作戦ということになる。3200メートルという長い距離において、大逃げで勝ったウマ娘なんて私は一人しか知らない。

 それほどまでに長距離で大逃げすることは難しいということを、トゥインクル・シリーズを走り抜けているウマ娘なら常識レベルで知っている。

 

 さらに言えば、私は大逃げを遂行したスカイさんと模擬レースをしたことがある。こんな形でと役に立つとは、スカイさんに一色さん、そしてトレーナーさんには感謝しかない。

 スカイさんとのレースの経験を活かし、私は変に焦ることなくいつものように中団へと控える形でレースを展開していた。

 

『二番手集団が2コーナーを迎えて二番手は三番キタサンブラック。二バ身後ろに三番手四番手と続き、2コーナーをカーブして向正面へ。後三バ身差にシュヴァルグラン、そして中団にまだ、中団サトノダイヤモンド』

 

 大丈夫、私なら勝てる。

 

 完璧な位置取りとタイミング。この一年半、それらを本番の舞台で身につけてきたつもりだ。今まで全て私の経験値、今回も例に漏れない。

 

 マックイーンさんが手にしたこの春の盾を賭けたレースに、憧れの存在が走っていた舞台に私もいる。

 トレーナーさんの隣に立つためには、マックイーンさんのようになるのは最低条件だ。そうでないと、私が納得できない。

 

 

『3コーナーカーブ残り800mを通過、リードが無くなってきました、差を詰めてきます三番キタサンブラック! 二番手から差を詰める!』

 

 二度目の坂を登り、3コーナー付近でキタちゃんが先頭のウマ娘へに追いつこうと徐々にスピードを上げる。

 このままではキタちゃんが先頭を追い抜いて一人旅となってしまうだろう。でも、そうはさせない。

 

 最終コーナーに入った私は、一つギアを上げて追い込み体勢へと入る。

 内は他のウマ娘でいっぱいだ。だったら私はその外を周るだけ。

 

『外には十五番サトノダイヤモンド! サトノダイヤモンドがすーっと外を周って行って上がっていった! 第4コーナーをカーブ、直線コースに向いてキタサンブラック先頭! キタサンブラック先頭だ!』

 

 勝つ。春の盾を手にしてから、世界へと挑戦する。憧れの背中に追いついてみせる。

 

 

 なぜなら、私には絶対に手に入れたいものがあるのだから。

 

 

『リードが三バ身ある! 二番手にはシュヴァルグラン! サトノダイヤモンドは三番手!』

 

 

 行ける、ここからもっと加速を…………ッ!? 

 

 

『200mを通過する! キタサンブラック! キタサンブラックの後にシュヴァルグラン! 外からサトノダイヤモンド今二番手に上がってくるか!?』

 

 くっ……脚が重い……ゴールまでが遠い……ッ!? 

 

 キタちゃんとの差は二バ身弱。まだ……まだ諦めない。ここで勝てなきゃ私は胸を張って日本のウマ娘の代表を名乗れない。

 

 この先のレース、全部勝ってみせるというトレーナーさんとの約束も破ってしまう。私が破るのはジンクスだけでいい。

 

 

 勝ちたい気持ちが誰よりも強いのは自信を持って言える。

 

 

 負けたくない……負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたく負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない。

 

 

 なのに……どうして……

 

 

『キタサンブラック! キタサンブラックだ!』

 

 

 

 どうして脚が前に行ってくれないの……ッ!? 

 

 

 

『先頭は三番のキタサンブラック! キタサンブラック今ゴールインッッ!! 二着には僅差でシュヴァルグラン、三着にはサトノダイヤモンドです!』

 

 

 あんなにも遠く思えたゴールはいつのまにか後ろへと移動していた。否、それは錯覚に過ぎず、ただこのレースを走り切ったことを意味するだけだというのは言うまでもない。

 

 私はこれまでにないほど息を乱し、中腰で両手を膝の上に置き体を支える。

 その際聞こえてきた歓声というのは私に向けられたものではない。それがとても悔しく、そして恥ずかしく感じた。

 

 きっと私は調子に乗っていたのだろう。

 菊花賞でGⅠ制覇の夢を叶え、続く有記念でライバルのキタちゃんにも勝った。その前後の神戸新聞杯だって、阪神大賞典だって、勝利を収めることができた。

 そして凱旋門賞という大きな目標を掲げ、その直後に挑んだGⅠレースで敗北。ダービー以来の負けというのもあり、久々に辛酸を舐めさせられていることに酷く失意してしまった。

 

 万全の態勢を整えた、コンディションも抜群だった、作戦も完璧だった。

 

 

 なのに何が足りなかったのか。何がいけなかったのか。

 

 

 脳内でその言葉を何度も繰り返し、思考を巡らせ答えを探る。

 

 一つは、私自身このレースに賭ける思いが他のウマ娘より劣っていたのだろう。

 こんなこと、走ってから気がついてたところで何もかもが遅いのは分かっている。でも後悔せざるを得ない。

 事実、私はレース前に他のことばかり考えていた。凱旋門賞のこと、マックイーンさんのこと、そしてトレーナーさんのこと。

 これでは足元を掬われたって仕方がない。

 

 

 私は下唇を噛み締めて、大きな拍手とコールに負けないくらい大きく手を振る勝者のキタちゃんへと足を運ぶ。

 

「あっ……」

 

 それに気がついたキタちゃんは、その笑顔に少しばかりの翳りを見せた。

 その気持ちは分からなくもない。今しがた自分が倒した相手に話しかけられるというのは複雑な気持ちになってしまっても仕方がないだろう。

 

 でも、やっぱりキタちゃんは優しすぎる。勝負の世界において、他人を気遣うなんて私にはとてもできない。

 むしろこうして負かされた相手であるキタちゃんと対面していると、自分でも分からない何か悍ましい感情が溢れてしまいそうで怖くなる。

 

 そんな感情を無理矢理にでも引っ込め、上手くできるかどうか不安な笑顔を精一杯痩せ我慢をして作った。

 

「おめでとう。キタちゃんはやっぱり凄いね」

 

「ッ……! あたしは……あたしはダイヤちゃんがいてくれたから……わぷっ!?」

 

「ううん、いいの。キタちゃんの言いたいこと、分かってるから」

 

 キタちゃんの言葉を割り込み、私は彼女に優しく抱擁する。

 

 私は嘘をついた。本当はキタちゃんが言いたかったことなんて知る由もない。

 ただ、あのまま彼女に喋らせていたら、私の我慢していたものがこぼれ落ちてしまうことは容易に想像できる。

 だから、嘘をついてでも彼女の言葉を遮らなければならなかった。弱い私を見せないためにも。

 

 

 私がキタちゃんを抱くと、更に大きな歓声が上がる。

 こういったこと前にもあったなと、呑気にもそう考えてしまう私は楽観的だろうか。だが今回は前回と違い、その時間は一瞬ではなく暫くの間続いた。

 

「……ねえ、ダイヤちゃん」

 

「ん、どうしたの?」

 

 キタちゃんの優しい声音が、私の心に深く突き刺さる。

 声を震わせないようなるべく平静を装っているが、そろそろ限界だ。

 

 

 

「ありがとう、あたし凄く楽しかった」

 

 

 

 青く澄み渡った空に、春にしては暑いと感じるほどの陽気が京都レース場に降り注ぎそよ風が吹く。

 そんな温かな風を感じながら、頬に一筋の涙が伝う感触を覚える。

 

 抱き合っている状態だから、私の顔はキタちゃんに見られることはない。見られてなくて本当によかった。

 私が悲しそうな顔をしていると、キタちゃんはきっと素直に喜べない。

 

 

 私が考えるもう一つの敗因、それは"相手が強かった"という自分自身ではどうしようもないもの。

 頭では理解しているし納得もしている。だから文句は言えない。

 

 今の私にできることは、勝者であるキタちゃんを讃えること。それが多分一番正しい。

 

 

 でも……それでも悔しさを拭い切ることができず──

 

 

「……うん、私も」

 

 

 また一つ、私は嘘をついた。

 

 

 

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