名家のウマ娘   作:くうきよめない

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投稿時間の設定ミスってた…


芦毛の先輩ウマ娘

 

 

 

 紅茶の香りが広がるトレーナー室。マックイーンさんが気遣って入れてくれたそれに少しずつ口をつけ気分を落ち着かせる。

 トレーナーさんと話していた時、不思議と涙は出なかった。あまりにも予想外すぎることが起きると却って冷静になってしまう。

 

「それで、一体何がありましたの? といっても、これを見る限り何があったかは大体察しますけど」

 

 対面に座るマックイーンさんは、トレーナーさんが私に突きつけた契約解除のプリントを見てため息をついた。

 やけに落ち着いている。まるで彼女は始めから分かっていたような雰囲気だ。

 

「はぁ、全く……あの人も再三再四無茶をしますわね」

 

「……マックイーンさんはこのことを知っていたんですか?」

 

「私が聞いていたのは、トレーナーさんがダイヤさんをどうにかするとだけ。後始末がどうとか言ってましたけど、これでは後始末どころの騒ぎではありませんわね」

 

 やれやれと首を横に振るマックイーンさん。その姿はまるでトレーナーさんのようで、それほど彼らの付き合いが長いことの証明となる。いいなぁ、羨ましいなぁと、場違いにもそんなことを考えてしまった。

 

「いつまで下を向いていますの」

 

「……え?」

 

 先程までの穏やかな雰囲気から一転、マックイーンさんにしては低い声音でそう問いかける。緩急の付け方もトレーナーさんそっくりだ。

 

「この書類は偽造などではなく、正真正銘本物。このままだと本当に契約解除となりますわね。ダイヤさん、貴方はこんな終わり方でいいんですの?」

 

「で、でも……もうトレーナーさんは……」

 

「私は貴方自身に聞いていますの」

 

 音を立てずにカップを置くマックイーンさん。その迫力につい怯んでしまい言葉に詰まってしまう。

 

「もう一度お聞きしますわ。貴方とトレーナーさんが紡ぐ物語は、本当にこんなところで終わらせていいんですの?」

 

「そ、それは……」

 

 ここで初めて涙が溢れた。震える声も、ぼやける視界も、全てを受け入れ飲み込んで──

 

「い、嫌です……嫌ですけど、分からないんです……! キタちゃんはもうトゥインクル・シリーズにいない。凱旋門賞はダメだった。そんな私にこれ以上何ができるのかが分からないんです……!」

 

 覆水盆に返らず。一度溢れた感情はもう心の底にしまい直すことはできない。そんな私のみっともない姿をマックイーンさんはじっと見つめている。

 

「勝てないんです……。私は何を目標にすればいいのか、誰と戦えばいいのか……」

 

「……何を、誰と、ですか」

 

 思えばそうだ、私の最初の目標はGⅠレースのタイトルを獲ることとキタちゃんに勝つこと。それは菊花賞並びに有マ記念に勝つことで達成された。

 そして次に目標に掲げた凱旋門賞は惨敗だ。きっと前日のあれが無くても世界の頂には届かなかっただろう。

 

 私には何も残っていない。誰かと競う闘争心も、何かを目標とする探究心も。嗚呼、本当になんで走っているのだろうか。

 

「……何かを目標に、誰かを目標に。口にするのは簡単ですが、いざそれを決めて実行し、叶えることができるのはほんの一部のウマ娘だけですわ。私も全てが全て上手くいっているわけではありませんもの」

 

「……え?」

 

「え? ではありません。私だって目標としていたレースで負けて落ち込むことくらいありますもの。それも秋天、ジャパンカップ、有と三連敗を喫した時の落ち込み具合は客観的に見て今の貴方に匹敵するくらいでしたわね」

 

 まるで談笑するかの如く、マックイーンさんは笑いながらそんな話をする。

 たしかにマックイーンさんの言う通り、彼女は秋の天皇賞の走りで他のウマ娘の進路を妨害したとして降着となって以降秋のレースは散々だった。

 

「他にも色々ありますわ。三連覇のかかった春の天皇賞ではライスさんに負けてしまったり、絶対に勝つと誓ったテイオーとの有記念では結局決着がつかないまま同着だったり……」

 

「マックイーンさん……? 一体何を……」

 

「そこから得た教訓というのは、信念が強い方に勝利の女神が微笑むということ。逆に言えば、信念無き走りは勝利をもたらさない」

 

「信念……」

 

「想いが強ければ強いほど、それは自然と走りに現れます。ダイヤさん、貴方はどんな想いを抱いて走っていたいですか?」

 

「私……? 私は……勝ちたい、です」

 

「……それも一つの強い想いですわね。誰しも負けようと思ってレースに挑むはずがありません。勝利にこだわることこそが、結果に直結するのは確かですわ」

 

「だったら……!」

 

「ですが、それは簡単なことではありません。勝つことにばかり固執していては疲れてしまいますもの」

 

 マックイーンさんは何を伝えたいのだろう。勝ちたい以外の何かを探れということなのだろうか。

 

「と、言ってもこの場でじっとしているだけで分かるのなら苦労はしませんわね。ダイヤさん、ジャージに着替えてグラウンドへ出なさい」

 

「え? い、今からですか?」

 

「ええ。考えても答えが出ないのならとりあえず動く、走る! 走れば大概の悩みは解決するとスズカさんが仰っていましたが、あながち間違いではないですわよ!」

 

 そ、そういうものなのだろうか。でも、言われてみればそんな気もする。少なくともこんなところで蹲っているよりかは何倍もいいだろう。

 

「はい……はい! そうですね、私ちょっと走ってきます!」

 

「……ようやくいつもの顔に戻りましたか。待ちなさいダイヤさん、最後にヒントを与えます」

 

 意気揚々と部屋を出ようとするも、マックイーンさんの一言により踏みとどまる。

 

「大切なのは、苦しい時こそ自分の感情と向き合うこと。これはどこかの誰かさんの言葉でもありますわ。それができて初めてスタートラインに立てる。その先にある答えはきっとシンプルですわよ」

 

 そう言ってマックイーンさんは私の背中をトンと叩いた。

 

 苦しい時こそ自分の感情と向き合う。私は何度もトレーナーさんに言われてきたではないか。それを忘れて自分の想いから逃げ続けて。そんな醜態を晒し続けて呆れられないはずがない。

 

「さあ、お行きなさい。もたもたしていては日が暮れてしまいますわよ」

 

「っ……はい!」

 

 答えはまだ出ていない。自分がどういった想いで走りたいのかも分からない。

 

 でも、このまま逃げ続けるのはもうやめだ。口先だけの、かっこつけだけのウマ娘にはなりたくない。

 

 グラウンドへ向かうべく夕日が差し込む廊下を走る。

 なんだか懐かしい感覚だ。幼い頃は勝つことに囚われず思いっきり走ってたっけ。

 

 

 

 

 

「ここまでするなんて聞いてませんわよ!!」

 

 

 階段を降りる途中、トレーナー室の方からそんな怒号が聞こえたような気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ジャージに着替え、薄暗くなってしまったグラウンドへ一人足を踏み入れる。時間的にも走ることのできる時間はそう多くなく、その証拠に走っているウマ娘は日中と比べてもかなり少ない。

 気分を入れ替えるために走りに来たのにその目的を果たせず終いで帰るなんて言語道断だ。

 

 そんなグラウンドを尻目に、先程のトレーナー室でのことを思い返す。考えてみれば不自然な点はいくつかあった。普段とは雰囲気も何もかもが違うトレーナーさん。事態を把握していたマックイーンさん。そして、トレーナーさんの苦しそうな表情。

 自惚れかもしれないが、トレーナーさんは担当ウマ娘をあんな邪険に扱うような人では無い。少なくとも、皐月賞前の神社での言葉、そしてフランス帰りの飛行機内での言葉に嘘は無かったはずだ。

 

 だったらなぜトレーナーさんはあんなことを──

 

「おーい!」

 

 いざ走ろうとした時、後方から聞き覚えのある声がした。振り返ってみるとそこには、私よりも一回り小さい、されど私よりも一回りも二回りも存在感のあるウマ娘がいた。

 

「タマモさん、お久しぶりです」

 

「おう、ひっさしぶりやなぁ! 元気しとったか?」

 

「元気……ではないですけど、私は大丈夫です」

 

「……そっか、ボチボチってとこか」

 

 タマモさんと話すのは初めてではないが、いつもトレーナーさんかマックイーンさんを間に挟んでいたためこうして一対一という状況なのは今まで無かった。

 

「タマ、急に止まってどうした……って、君は……ああ、そうか、君が例の……」

 

 訂正、どうやら今回も一対一ではないようだ。タマモさんの後ろから、彼女と同じ芦毛をたなびかせたウマ娘が一人。

 

「オ、オグリキャップさん……?」

 

「む、私のことを知ってくれているのか。はじめまして、オグリキャップだ。よろしく、サトノダイヤモンド」

 

「よ、よろしくおねがいします! ……あれ? どうして私の名前を……」

 

「トゥインクル・シリーズでの活躍は私も耳にしているぞ。それに、君のことは君のトレーナーから聞いている。なんでも彼曰く、落ち込んでいるであろう君を元気付けてあげてほしいとのことだからここに馳せ参じたわけだが……」

 

「トレーナーさんが……」

 

 ああ、やっぱりあの人はあの人だ。どうして私はあの場で彼の優しさに気が付かなかったのか。きっとトレーナーさんはそれを見越しての行動だったのだろうけど。

 

「ちょ、オグリ! それは内緒やっちゅう話やろ!? 本人の前で暴露してどないすんねん!」

 

「そ、そうなのか? すまない、隠し事は苦手で……」

 

「はぁ……昔っからそういうところ変わらへんなぁ。ま、しゃーないわ。それはオグリに頼んだおっちゃんが悪いってことで。そいじゃサトノ、ここに来るまで何があったかを詳しく聞かせてもらおか」

 

「……はい。実は──」

 

 オグリさんとタマモさんの漫才から流れるように私へと話の種が移り変わり、今日の昼にトレーナーさんから連絡が来たことからマックイーンさんにグラウンドへ向かえと言われたことを細かに話す。やはりタマモさん達もマックイーンさん同様契約解除の話は聞いていなかったようで驚きの表情を見せていた。

 

「もうとっくに気づいとるとは思うけど、おっちゃんだって本心でそないなこと言うてるわけやない」

 

「私も同感だ。君のトレーナーのことはよく知らないが、マーチから聞くに自分の担当するウマ娘を無造作に切り捨てるような悪人ではないと思う。もっとも、それは君自身が一番よく知っているとは思うが」

 

 だとしたら、今回もトレーナーさんは私に何かを伝えようとしている。直接伝えないのは、きっと私が自分で気がつかないと意味がないから。でも、彼がここまで極端な手段を取ってまで伝えたいことって……

 

「君はどうしたいんだ?」

 

「……え?」

 

「君がこれから成したいことを話すんだ。何でもいい。これから食堂のメニューを全制覇したり、これから隣町の食べ放題を食べ尽くしたり、これからラーメンの替え玉百杯に挑戦したり──」

 

「……オグリ、それができるのはアンタだけや」

 

「ふっ、甘いぞタマ。スペにもできる」

 

「じゃかあしいわ!」

 

 私がこれから成したいこと……そうだ、自分にはどうしても譲れないことがあるではないか。

 有マ記念で一勝、春の天皇賞で一敗。そんなライバルとトゥインクル・シリーズで競うことはできない。なら、私も彼女が向かったステージへ立てばいい。

 

「私はドリームトロフィーリーグに移籍したいです。まだキタちゃんとの決着をつけれていませんし……」

 

 それを聞いたオグリさんとタマモさんは動きを止め、そのままオグリさんはパァっと顔を輝かせた。

 

「そうか……! ドリームトロフィーリーグには強いウマ娘がたくさんいる。君の言うキタサンブラックを始めとして、〈リギル〉や〈スピカ〉の面々も揃い踏みだ。もちろん私もそこにいる。タマにクリーク、イナリだって例外じゃない。共に競おう、走ろう」

 

「オグリさん……!」

 

 なんて頼もしい先輩だろうか。いつも食堂で大量のご飯を食べているところしか見ていなかったのでなんだか新鮮だ。

 

「サトノ、私達はいつでも君を待っ──」

 

 

 オグリさんはそのまま私の方へと手を差し伸べるも、

 

 

「いや、アンタには無理やな」

 

 

 タマモさんの手によっていとも簡単に叩かれた。私には無理と厳しい言葉を添えながら、冷徹に。

 

 そんなタマモさんを見てオグリさんは不快感を露わにする。

 

「……それはどういう意味だ。答えによっては君との付き合い方を考えなくてはならない」

 

「んな怖い顔すんなや。どうもこうも、うちは事実を述べたまでやろ?」

 

「ッ、タマ!」

 

 掴みかかろうとするオグリさんに怯むことなくタマモさんは俄然とした態度を貫く。

 

「……タマ、さっきの発言を訂正しろ」

 

「いいや、言わせてもらうで。サトノの主な戦績と言えば、クラシックでの菊花賞と有マ記念。言うまでもなくごっつ凄いことや。でもな、ドリームトロフィーリーグにおるのは数おるGⅠタイトルを獲ったウマ娘の中でもほんの極一部にすぎん。記録やのうて記憶に残るんなら話は別やが、サトノが今のまんまやったらそれに選ばれることすら怪しい。違うか?」

 

「それは……」

 

 オグリさんが言葉に詰まるということはそういうことなのだろう。

 考えてみれば、ドリームトロフィーリーグでよく名前を聞くのはルドルフ会長やブライアンさん、シービーさんといった三冠ウマ娘を始めとして、チーム〈リギル〉、〈スピカ〉の面々、目の前にいるオグリさんやタマモさん、そしてマックイーンさんと言ったとてつもない強豪ばかりだ。とてもじゃないが今の私では敵わない。

 

「でも……でもやってみないと分からないだろう!? サトノだって、こう……頑張ってるんだ! 私達に絶対勝てないなんてことは……」

 

「おう、せやったらやってみよか」

 

「……なんだと?」

 

 タマモさんの一言にオグリさんは頭にハテナを浮かべる。私も同じく状況を理解できていない。

 

「今からうちとオグリとサトノでレース。元々走りに来たんやろ? なら丁度ええやん。ほら、はよ芝の上立てや」

 

「……そういうことか」

 

「え? え??」

 

 レ、レース? タマモさんとオグリさんと? 私が!? 

 

「え、えっと……私はその……」

 

「お、ビビっとんのか? えらい腰抜けやなぁ。そんなんやったらドリームトロフィーリーグどころか次のレースすらも危ういわ」

 

「うっ……」

 

 タマモさんは私が気にしているところをピンポイントで抉ってくる。

 別にビビっているわけではない。ただどうすればいいのか分からないのだ。相手は確実に私より実力も経験もある。そんなお二人相手に私なんかが走っても結果が見えるているという気持ちが走りたい思いを邪魔してくる。

 

「わ、私は──」

 

「サトノ、さっきはああ言ったが、私は負けるつもりなんて一切無い。全力で行かせてもらう」

 

「オグリさん……」

 

「だから君も全力で来い。タマに、私に、そしてトレーナーに、君の実力を見せつけてやるんだ!」

 

「っ……はい」

 

 最初から私に迷っている暇なんて無かった。勝てる勝てないじゃない、やるしかないんだ。この一時代を築いた芦毛の大先輩相手に、ダイヤモンドの意志を見せつけなければならない。そう思うと大きな身震いをしてしまう。

 

「なんや、震えとるけどまたビビっとんのか?」

 

「いえ、これは……武者震いです!」

 

「……はっ、覚悟は決まったみたいやな。ほなさっさと始めよか」

 

 タマモさんもオグリさんと同様手を抜くつもりは微塵も無いらしい。その証拠に彼女からは静かな闘争心がバチバチと感じられる。

 

 

 怯んでいては呑み込まれてしまう。胸を借りるつもりでなんて言葉は使うつもりなんてない。相手がどんなに強敵だろうと絶対に諦めない、それが今の私にできる最高のパフォーマンスだ。

 

 

 ストレッチをし、がっちりと掌で拳を覆ったタマモさん──いや、白い稲妻はついにその闘争心を剥き出しにする。

 

 

 

「さあ、うちとやろうや!」

 

 

 






う゛ち゛と゛や゛ろ゛う゛や゛
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