トウカイテイオーというウマ娘がいる。
明朗快活、天真爛漫。その無邪気な性格故誰からも愛されており、自分が一番になることを疑わない自信家だ。
抜群のセンスと才能を持ち、その上に人並み以上……いや、何倍もの努力を重ねている。彼女の自信の裏側にそのような背景があることは周知の事実だろう。
トウカイテイオーのレースに賭ける想いの強さは誰にも負けていない。それこそ、彼女のライバルであり僕が一番近くで見てきたマックイーンにも負けず劣らずの情熱を持っているのは、彼女のことを遠目から見ていた僕でも分かる。
ひょんなことから、僕はそんな彼女のトレーナー(仮)になった。(仮)とはいえトレーナーはトレーナー、請け負った仕事は真面目に、誠実に、忠実にこなさなければならない。
そのためには彼女のことをもっとよく知る必要がある。異世界に来た当日に知った"無敗の七冠"という事実が気になり、その日の夜に調べに調べ上げたのだが……
「……無敗で三冠、更にグランプリ連覇に秋天ジャパンカップと出走したGⅠを総ナメ」
本来のトウカイテイオーは無敗で皐月賞とダービーを勝利したものの、怪我で菊花賞を断念し春の天皇賞でマックイーンに敗北。ジャパンカップで力を見せたものの、その前後の秋の天皇賞と有マ記念は惨敗している。
そこから更に怪我に悩まされ、誰もが心の中でトウカイテイオーは終わったと思ったところに、一年後の有マ記念で奇跡の復活を果たした。別チームながら天晴としか言いようがない。
しかしながら、ここのトウカイテイオーはそうじゃなかった。
英雄や皇帝もビックリの戦績で連戦連勝、他の追随を許さない真の意味での最強無敵の帝王となっている。これぞまさしく『ぼくがかんがえたさいきょうのうまむすめ』というやつだろう。
なんていうか、その……凄すぎない? これまで怪我なく連戦連勝しているトウカイテイオーも、それを完璧に支えているこの世界の僕も。
記録に残っているトレーニングメニューを見るに、この世界の僕はトレーナーとしては完璧だ。
まるで怪我をするタイミングが分かっているかのようなクールダウンのさせ方等、今の僕どころか誰にもできないようなことをやり遂げてる。
おかしい、異世界転移物は俺TUEEEが定番じゃないのか? ここから僕のトレーナー無双が始まるんじゃなかったのか?
冗談はさておいて、僕がこの世界に来て、そしてトウカイテイオーのトレーナー(仮)となってから早一週間が経っている。
理事長から「調査ッ! 我々も君が帰れる方法を模索しよう!」との言葉をいただいたのでしばらくは安泰だ。
しかし、最初は不安半分好奇心半分だったものの、今は早く帰りたいという気持ちが強くなっている。ああ、マックイーンやダイヤと気兼ねなく話がしたい……
「……せんぱい、さっきからソファの上で意味もなくゴロゴロするのやめてくださいよ。埃が舞っちゃいます」
「……お前は変わんないのな、一色」
「は? 何言ってるんです?」
相変わらずこの世界でも僕のトレーナー室に居着く一色星羅。東条トレーナーや黒沼トレーナーといったトレーナー陣が軒並み性格改変されているにも関わらず、なぜか一色だけは何も変わっていなかった。
ちなみに沖野トレーナーとは顔を合わせていない。いや、合わせたくても合わせられないという方が正しい。
どうやら、この世界の彼は極度の引きこもりらしく、滅多にトレーナー室から出てこず担当ウマ娘以外は入らせないようにしているらしいのだ。この世界でも別方向でめんどくせぇなあの人。
「というか、変わる変わらないの話で言ったらせんぱいの方こそとんでもない変わりようなんですけど! 実態知ってるからあれですけど、私の知ってるせんぱいと違いすぎて頭痛い!」
「おいおい、いいのかよそんな口聞いて。僕は貴重な異世界人だぜ? 君の趣味にドンピシャな存在だと思うんだけどな〜」
「そうですけど! そうなんですけど痒い! 普段そんなこと絶対言わないから背中が痒いッ! 一番近くで見てるテイオーちゃんからしたらストレスもんですよこんなの!」
変わってない故に一色のアニメ好きという趣味もそのままのようだ。妙な安心感を得てしまう。
というか、この世界の僕はどんだけ堅物なんだよ。既にトウカイテイオーとシンボリルドルフから聞いてはいるが、ここまできたら堅物どころの騒ぎじゃないと思う。
いい加減このやり取りにも飽きたのか、貧相な身体を反って背中をかく一色はようやく動きを止める。
「今なんか失礼なこと考えませんでした?」
「いや何も。そんなことより、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「なんかうまく誤魔化された気が……まあいいですよ。それで、聞きたいことってなんですか?」
「ああ、トウカイテイオーについてなんだが、あの子は君から見てどんな子だ?」
「テイオーちゃんですか? うーん……一言で言えば完全無欠ですかね。レースもそうですけど、勉強にスポーツ、ゲームに家事に作法とかその他多数何を取っても非の打ち所がないです。あっ、それとわたし、テイオーちゃんととっても仲良しなんですよ!」
「最後の情報はいらないけど……うん、なるほどな」
僕の知ってるトウカイテイオーも天才の部類だが、この世界の彼女はそれ以上らしい。ただでさえ高いスペックが更に高くなり、レースでも負け無しと……
「────ん?」
その時、頭の中で何かが引っかかり、瞬時に一つの仮説が成り立った。
しかし、それを唱えるにはあまりにも情報不足で現実味が無い。何が起こってもおかしくないとはいえ、バカバカしいことこの上ない。
それでもその仮説を捨て切ることができなかった。この考えがあっているのだとしたらもしかすると……
「あっ、そうそう、テイオーちゃんと言えば万年健康児で有名なんですよ。なんでも、これまで病気も怪我も無く生きてきたとか」
「……ふーん、あっそ」
「テイオーちゃんもせんぱいも凄いですよね〜。次の春天勝ったら八冠でルドルフちゃんを超えるんですもの。コンディションはバッチリに……なんでちょっと不機嫌になってるんですか?」
一色の世間話により、まとまっていた思考が霧散する。もうちょっとで答えが出そうだったが、そう上手くはいかないらしい。
「いや、ちょっと考え事してたらお前に邪魔されただけだ。なんてことはないよ」
「うっわ、陰湿〜。異世界人とかもうどうでもいいんで早く真面目なせんぱい返してくださいよ」
互いにチクチク言葉を言い合い牽制する。
自分だって早くこの一色とはおさらばしたかったが、戻ったところでこいつは変わってないので気が滅入ってしまう。
「あれ? でもせんぱいってテイオーちゃんのことをよく知ってるはずなんですけど、今目の前にいるせんぱいはそうじゃない……。ねえ、偽物のせんぱい、もしかしてあなた本当はテイオーちゃんの担当ではない……?」
ちっ、やはり一色は一色だ、勘が鋭い。てか偽物て。
「察しがいいな。本来僕はメジロマックイーンを担当してるよ」
「メジ……ッ!? あの史上最強のステイヤー!? 名門メジロ家の出身にして、春天三連覇したあの!?」
「──この世界じゃそうなんだよなぁ……」
トウカイテイオーの戦績を調べるついでにマックイーンのも調べたことは言うまでも無い。そこで判明した事実は二つ。
一つはマックイーンの春天三連覇。これが何を意味するかと言うと、あのライスシャワーから逃げ切ったということだ。悔しいが、それはうちのマックイーンよりも精神がタフということになる。
そしてもう一つは──
「それで、メジロマックイーンを担当してると言う偽物のせんぱい。こっから春天までどうするんですか? テイオーちゃんなら勝てるでしょうけど、あんまり時間も無いですよ?」
「あ、ああ、そうだな。だったら……」
一色の言う通りトウカイテイオーのレースが近いのは事実だ。
レースの調整とこの世界の調査、同時並行は中々に骨が折れるがやるしかないだろう。睡眠時間が削られていく音がするなぁ。
兎にも角にも、まずはやる気と調子を万全にさせなければならない。そのために僕ができることは──
「トウカイテイオーをお出かけにでも連れて行くか」
「うんうん、やっぱりトレーニング……はい!?」
思ってた答えと違ったのか、一色は素っ頓狂な声を上げる。それはきっと、彼女にとっての僕を知っているからなのだろう。
やっぱりこの世界の僕おかしいよ。
***
一色と話をしてすぐの休日。
「やけにご機嫌だな、トウカイテイオー」
「だって、トレーナーがお出かけに誘ってくれるのが嬉しくってさ。ボク、こうして大人の人と遊びに行くの憧れてたんだ」
「ようは金づるって意味?」
「にししっ、それはこれからのキミ次第ってことで」
生意気なやつだ。でも、不思議と悪い気はしない。
人の多いショッピングモールを歩く僕とトウカイテイオー。
デートと言うにはあまりにもラフでふざけた服装なため、側から見たら兄妹のように映っても仕方がない。おい、親子って言ったやつ出てこい、しばくぞ。
「それで、外に出てきたはいいがこれからどこに行くんだ?」
「トレーナーから誘ってきたのに!? こういうのって予定立ててから誘うもんじゃないの?」
「予定は未定、僕の好きな言葉だ」
「ただのダメ人間じゃん……」
なんだよ、悪いかよ。いいじゃんか、何も予定立てずにダラダラと過ごすの。
まあこの前そんなことを言ったらエイシンフラッシュというウマ娘に死ぬほど軽蔑するような目で見られたわけだが。
「えー、もうしょうがないなぁ、じゃあ──」
とはいえ、トウカイテイオーの言う通り誘っておいて何も考えていないというのも失礼か。
だとしたら、即興にはなるが彼女が楽しめそうなところがいいわけで──
「「──ゲーセンにでも行くか(行こっか)」」
ゲーム好き同士、こういう時はやはり息が合う。
ここに、のちに伝説として語り継がれる仁義なきゲームバトルが開幕する……そう、思っていたのだが
「立直一発門前清自摸和平和純全帯么九三色一盃口ドラドラドラ! いえーい、ボクの勝ちぃ!」
「役満じゃねぇかチクショウ! なんちゅう確率だよ!」
麻雀では相変わらずボロ負けし、
「おいてめぇ! ゴール前まで赤甲羅持って二位に居座ってんじゃねぇよ! てかアイテム運の格差エグすぎだろ!!」
「あははははっ! 次も一着取るもんね!」
レースゲームでは神に見放され、
「トレーナー、ボク1000円分のメダルで5000枚まで増やしたけどそっちの調子はどう?」
「50枚だけ貸してくんね? もうちょっとでジャックポットなんだよ」
メダルゲームではもはやプライドを捨てる始末。その有様はまるで、ダメ男が彼女にパチンコの軍資金をたかるかのようだ。なんだこれ。
「もう、トレーナー弱すぎ〜」
トウカイテイオーがそういうや否や、周りにいるギャラリーのちびっ子達も彼女の真似をして僕のことを煽り出す。
こんのクソガキ共……大人に逆らったらどういうことになるか、今のうちにでも身体に叩き込んでやろうか……!
実際にそんなことをしたら警察に連れていかれるので、僕はそれを耐えることしかできない。逆に、トウカイテイオーはちびっ子達から崇められてて気持ちが良さそうだ。
────なるほどな。
「どうしたのさ、トレーナー。ボクに負けすぎて嫌になっちゃった?」
「それもあるけど、この時間が無駄にならなくて良かったなって」
「……? 変なトレーナー。あ! 次はあれで勝負しようよ!」
そう言ってトウカイテイオーが指を指したのは太鼓を叩くリズムゲームだった。
こういう類の音ゲーは苦手ではないが別段得意でもない。彼女自身にそんな気は無いだろうが、本気で僕を負かしにきているようにしか思えず拒みたい気持ちが強くなる。
だが、自身もやる気も満々で目を輝かすトウカイテイオーの顔を見ると、そんな選択が取れるはずもなく……
「……しょうがねぇなぁ!!」
***
音ゲーのスコアもプライドも総合的なゲーム対決も大きな差をつけられてしまい、飯代を賭けた最終対決にもボロ負けした後、僕達は特にやることもなくモール内をぶらぶら歩いていた。
「はちみーはちみーはっちっみー♪ ……もう、そんな不機嫌な顔しないでよ。ボクのはちみー飲む?」
「いらんわ! くっそマジで……前に負けた時から何も変わることなくコテンパンにされるのは僕のゲーマーとしてのプライドが……」
以前、ダイヤの菊花賞優勝祝いでゲーセンに行き、偶然出会ったトウカイテイオーとのゲーム対決でボコボコにされたことがある。あの時は麻雀だったか、今回はあれ以上の点差をつけられなす術なく負けに至った。
「ふふんっ、何度やってもボクには勝てっこないよ! それより、この後どうする? ボク的にはトレーナーをボコボコにしたから大満足なんだけど」
「……じゃあ帰ろっか」
「えー! やだー! 帰りたくないー!」
おい、満足したんじゃねぇのかよ。駄々をこねるな駄々を。
「分かった、分かったから。帰るまでにもうちょっと時間あるし適当にモール内回ろうぜ。とりあえず予備の蹄鉄でも買いに行く?」
「トレーナー、絶対恋愛とかしたことないよね」
「残念、僕はダイヤと二人っきりでフランスデートしたことあるぞ」
「ええっ!? 嘘嘘嘘! 嘘だよそんなの! トレーナーがデートなんてできるはずないもん!」
「ところがどっこい、嘘じゃないんだなこれが。本場のフランス料理食べて、観光スポット巡って、綺麗な景色見て……」
「ぐぬぬ……トレーナーのくせに……」
嘘はついてない。むしろありのままのことを言っている上に、そもそもあれをデートと言ったのはダイヤの方だ。
本人公認、トレーナーとしてはあまり良くないのだろうけど。
「ボ、ボクだってデートとか……恋愛の一つや二つくらいしたことあるもん! なんだってボクは恋愛マスターだからね!」
絶対に恋愛ゲームで培った知識だろそれ。だが、面白そうなのでもう少し泳がせてみよう。
「ほう、それじゃあそんな恋愛マスターとやらに教えてもらおうか。恋愛するとどんな感じがするのかをさ」
「えっ……ほら、あれでしょ? レースみたいに熱い気持ちがグワーって……何笑ってんのぉ!?」
泳がせた瞬間ボロを出すトウカイテイオーに吹き出してしまう。人のことを笑えた立場ではないが、流石にこれは笑うなという方が無理があるだろう。
「痛い痛い、そんな怒るなって。いや、ほんとマジで痛いから」
トウカイテイオーはキレ気味に僕のことを叩く。マックイーンやダイヤもそうだが、いくら僕が頑丈だからとはいえ暴力を振るうことに躊躇が無いのは何故なのだろうか。
「あーあ、トレーナーのせいでなんだかつまんなくなっちゃった。トレーナーのせいで」
「悪かったって。お詫びと言っちゃなんだが、君の欲しいものを一つ買ってやるよ」
「ほんと!? やりぃ!」
機嫌が悪くなったと思えば、こんな簡単なことですぐにはしゃぐのだからまだまだ子供だなと感じてしまう。彼女が皆から愛されるのも、こういった側面があるからなのだろうか。
「お菓子は三百円までだぞー?」
「遠足じゃん!? というか、子供扱いしないでよ!」
そう言ってトウカイテイオーはあれもこれもと悩み出す。……あの、一応一個までの約束だからね? 何個もは買わないからね?
「新しいゲームソフトに、あの漫画の最新刊に……あ」
「ん、どうした。何か目についたものでもあったんか?」
「……うん、ボクこれが欲しい」
トウカイテイオーが指を指したのは、青と白のコンラストが綺麗な一本のリボンだった。てっきり彼女が言ってたゲームや漫画を買わせると思っていたので、その意外性に面食らってしまう。
「本当にこれでいいのか? 言っちゃなんだがもっと高いのも買えるぞ? 実質僕の金じゃないんだし」
「最低だね。でも、ボクはこれでいい……ううん、これがいいんだ」
「そか、君が言うならそのリボンにしよう。それにしても、なんだかこの色って君の勝負服みたいだな」
「ふふんっ、僕にぴったりのカラーだよね」
胸を張るトウカイテイオーの言葉を否定も肯定もせず、そのリボンをレジに持っていき会計を済ませる。
「ほれ、買ってきたぞ」
「……ありがと、トレーナー」
「あら、もっとはしゃいで喜ぶもんかと思ったけど」
「こういう落ち着きのあるのが"大人"なんでしょ?」
「それだと普段の僕が子供みたいに聞こえるんだけど」
「そう言ってるんだけど」
やっぱりリボンの代金払ってもらおうかしら。ガキにガキって言われるのは中々に腹が立つ。
「そうだ! トレーナー、ちょっと待ってて!」
「あ、おい、ちょっと……行っちゃった」
トウカイテイオーは僕に有無を言わさず一直線にどこかへ向かう。彼女が向かった先は……トイレ? はて、お腹でも痛かったのだろうか。
本人に言ったらめちゃくちゃ怒られるだろうなと思ったが、どうやらそうではないらしくすぐに帰ってきた。
そんな彼女のポニーテールは先程買ったリボンで束ねられている。
「じゃじゃーん! どう? かっこいい?」
「へぇ、中々似合ってるな。僕は良いと思うぜ」
「でっしょー? ボクってばなんでも似合っちゃうからさー。普段のピンクもいいけど、このリボンは無敵のテイオー様にぴったりな配色だよね!」
それは勝負服とのカラーバリエーションが似ているだけでぴったりな配色かどうかはまた別の話だろうに。
だが、本人にも伝えた通り似合っていることは間違いない。ここで敢えて似合ってないなんて言う必要もないし、今はトウカイテイオーの気分を良くさせてあげよう。
ポニーテールを束ねたリボンを見せびらかされていると、ポケットに入れていたスマホが震えだす。
誰からの電話だと確認すると、スマホの画面には一色星羅という文字列が並んであった。
いつもなら適当に文章でやり取りしようとするあいつがわざわざ電話をかけてくるなんて珍しい。なんだか嫌な予感がする。
「悪い、電話だ。ちょっと待っててくれ」
「誰からなの?」
「一色だよ。ほら、君と仲いいらしい帽子のあいつだよ」
「……誰?」
おい、仲いいんじゃなかったのかよ。一色がそういう扱いを受けるのは珍しいと思いつつ鳴り続ける電話に出る。
「ああ、僕だ。一体何の──」
『せ、せせせせ、せんぱい! 春天! テイオーちゃん! 緊急事態!』
「おい落ち着け、落ち着いて話せ。何があったか微塵も分からんぞ」
『は、はい……すぅー……はぁ……』
ここまで一色がテンパるということはそれ相応の事態なのだろう。
だが、今の僕は別世界に呼び出されるというこれ以上ない事態の真っ最中なのだ。何が来ても驚かない。
『よし、落ち着いた。せんぱいも落ち着いて聞いてください。さっき仕入れた新鮮な情報なんですけど、実は──』
一色の話した内容を聞き目を閉じる。そんな気がしていた、こうなるのではないかと、心のどこかでそう思っていた。
「──分かった。一早い情報提供に感謝する」
『……思ったより落ち着いてるんですね』
「なんとなくこうなるんじゃないかとは思ってたからな。この予感は当たってほしくなかったけど」
『そうですか……。せんぱい、分かってるとは思いますけど』
「手は抜かない。例え相手が誰であっても」
『……やっぱりせんぱいはせんぱいです』
一色はそう言い残し電話を切った。僕の仕事は、今言われた情報を当事者に伝えることだけ。
「トウカイテイオー、出かけてる最中悪いんだが、ちょっと大事な話がある」
「ん、なになに? 何の話?」
「実はな──」
目の前にいるポニーテールの少女はこんなことでは驚かないはずだ。それは彼女の芯の強さと、もう一つの要因からして確信できる。
「次の春の天皇賞、"メジロマックイーン"が出走するらしいぞ」
そう確信していたのに、
「えええええええええええええええええ!?」
僕の考えに反し、トウカイテイオーは想像を絶するほどの驚きを見せた。