名家のウマ娘   作:くうきよめない

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先日の誤字報告の件、ありがとうございましたm(_ _)m



賢さ不足

 

 

 

 ウマ娘のトレーナーというのはとても難易度の高い職業だ。

 

 コミュニケーション能力やビジネスマナー、チームワークといった社会的に見て当然に必要となってくる職務遂行能力はもちろん、ウマ娘のトレーナーとして思考・判断・分析能力が多分に求められる。

 

 自分の見てきた中で、今までに職場を去って行った者も珍しくはない。

 トレーナーという仕事の多忙さについていけなくなった者、担当のウマ娘と上手く付き合うことが出来なかった者、トレーナーとしての実力不足を感じてしまった者、ウマ娘に対し非人道的な行いを続けた者。

 最後はやめたというよりやめさせられたの方が正しいが、これらの通りトレーナーという職業に付いてからも困難が待ち続けている。

 たとえベテランのトレーナーでも一筋縄ではいかないのが現状だ。

 

 ましてやここは中央。ウマ娘にとって中央のトレセン学園に入学することは容易ではないと同時に、我々トレーナーを志す者達も中央のトレーナーになることは目を瞑って針に糸を通すほど困難と言ってもいい。

 苦労して難しい試験に合格し中央のトレーナーになれたとしても、その後に待ち構えているのは先程述べた困難ばかりだ。

 

 さらに、ここにいる限り身の安全は保障されない。人間よりも遥かに身体能力の高い存在がうじゃうじゃいるような場所だ。いつどこで何が起きてもおかしくない。

 

 自分も何度心が折れそうになったことか分からない。

 もうやめてしまおうかと考えたことは両手の指の数を合わせても足りないだろう。

 

 それでも自分はここにいる。自分だけではない。先輩や後輩、同僚も多くがこの仕事を続けている。

 ウマ娘の願いを叶えたい、自分の夢をウマ娘に託したい。そんな単純、しかして大きな望みから、彼らはここに残ることを決意している。

 

 ここで仕事をしている奴らはみんなバカだ、大バカだ。

 

 もちろん、それは僕も例外ではない。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ねえ、そろそろ機嫌直してくれない?」

 

「……」

 

「タマモクロスと話してただけじゃん。マックイーンが怒る理由なんて無いって。痛っ! なんで叩くんだよ!」

 

 トレーナー室に来て早々無視を決め込んでいたマックイーンが、僕を無言で殴る。

 タマモクロスと話してたのがそんなに気に食わなかったのか……? もしくは話の内容がいけなかったのか? いやでも変な話はしていないし……

 

 落ち着いて考えよう。

 マックイーンは「私のいない間に随分と楽しそうでしたね」と言った。それすなわち、マックイーンのいない間に起こった事象に限るということだ。

 それが先程タマモクロスと話していた時なのか、それとも別のことなのか。後者であれば全力謝罪でなんとでもなるが、前者はもうどうしようもない。何を言っても地雷を踏み抜く気がする。

 

 よし、ここは後者に賭けよう。なーに、僕は運が良いんだ。

 

「タマモクロス先輩と、随分仲がよろしいようですわね?」

 

 そんなわけなかった。幼子でも分かるようなことを、何真面目に考察しているんだ。やはり希望的観測のみで話を進めるのはよろしくないらしい。

 

 いや、もう一度落ち着いて考えよう。自分はただタマモクロスと話していただけ。たしかにタマモクロスとは仲が良い部類ではあるかもしれないが、それだけで理不尽な扱いを受けることは納得がいかない。

 そうだ、ここはきちんと彼女と話すべきだ。そこそこ長い時間を共にしてきた僕達ならば、話し合いでこのよく分からないすれ違いに対処できるだろう。

 

「私と話す時よりも随分と楽しそうでしたね?」

 

 こっっっっわ! え、なんかオーラ出てるんだけど。話し合いとかそういう雰囲気じゃないんですけど。

 

 いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。何か弁明をするためにも言葉を模索しなくてはならない。

 

「い、いやそんなことはない。タマモクロスとの会話は楽しいけど、やっぱり共に過ごしてきた時間が一番長いマックイーンだよ」

 

 これでどうだ。ちょろ……こういう場面で流されやすいマックイーンには有効ではなかろうか。

 

 言い終わると同時に、マックイーンはズイッと顔を寄せてくる。超至近距離ということもあるため気恥ずかしさに襲われるが、ここで目を逸らせば命が危ない。耐えろ、耐えるんだ。

 

 実質的な時間は10秒ほどだろうか。永遠とも感じられる時間が過ぎ、ようやくマックイーンの顔が僕の顔から離れていく。

 

「はあ……今日のところはこの辺で勘弁してあげます」

 

「お、おう……なんかマックイーン、最近遠慮がなくなってきたね」

 

「……そ、そんなことありません! 先の私の言動は、1ウマ娘と1トレーナーとしての関係を毅然としたものとするためですわ!」

 

 この子、もう一人ウマ娘を担当しなければならないことを忘れているんじゃなかろうか。もし忘れていた場合、今度こそ命が無くなるかもしれない。

 

 なんにせよ、この場で命を散らすという事態は回避することができたようだ。こうも命の危機に晒されることが多いと、昔の自分では簡単にメンタルがブレイクされてしまっていただろう。今そうならないのは成長した証か、それとも学園内で日常的に見受けられる異常な光景に慣れきってしまったのか。

 個人的には前者であればいいなと願うが、残念ながら100人中100人が後者と答えるであろう結果に終わるのがオチなので心の内に秘めておこう。

 

「まあ、そのことはいいですわ。先に今日のトレーニングメニューを確認させてください」

 

「おっ、そうだったな。先日の講演会で君には賢さが著しく不足していることが判明したから、当分賢さを鍛えるために将棋漬けだ」

 

「え、ちょ、賢さが不足ってどういうことですか! 直近のテストの点数は凄い良かったというわけではありませんでしたが……そ、それでも学年上位に位置するだけの点数は取っていますわ!」

 

「講演会、抱きつき、墓穴掘り」

 

「っ!?」

 

 この3つの単語で何か察することが出来たことは流石であると褒めるべきだろうか。もちろん、途中で逃げ出そうとしたことは伏せておく。

 

「……あ、あの……ちなみに将棋の対戦相手は……?」

 

「グラスワンダー」

 

「ひいぃっ!? む、無理ですわ! あの方私がどんな手を使っても完膚なきまでに叩きのめしてくるんですもの!」

 

 それは君が飛車と角行しか使わないからじゃないかな。

 

 どんなに優秀な駒を持っていても、それを活かし切るだけの戦術を用いなければなんの意味もない。それは将棋のみならず、全てのことに当てはまる。無論、レースも例外ではない。

 

「いいかいマックイーン。レースから長らく離れていた君に欠けているのはレースでの勘、つまり周りを見渡す力だ。むしろ体力面の問題に関しては、リハビリ中にある程度戻ってきてる。後少し調整すれば問題ないだろう」

 

「……トレーナーさんが私のためにと考えてくださっていることは理解しました。で、ですが将棋は……グラスワンダーさんとの将棋だけは……!」

 

 嫌がりすぎだろ。何をどうやったらそんなに将棋でトラウマ植え付けられるんだよ。

 

「ダメ。もう頼んじゃったし、後には引けないよ」

 

「くっ……こうなったらトレーナーさんをゴールドシップの登山隊に入隊させるしか……!」

 

「お、おい、物騒なこと言うのやめてよ……」

 

 まずゴールドシップが絡んでいるという時点で嫌な予感しかしない。

 あの破天荒という文字をウマ娘にしたようなやつが言うんだから、どうせ未踏峰を制覇するとか言い出すのだろう。死んでもごめんだ。

 

「感謝祭も近いというのにどうしてこんなことを……」

 

「感謝祭……」

 

 マックイーンにとっては感謝祭=模擬レースという認識になっている。もちろんレースには真剣に望んでもらいたい。だが感謝祭の目的はファンもウマ娘もみんなが楽しむというもののはずだ。もしかしたら、今のマックイーンには模擬レースが重荷になりすぎているのかもしれない。

 

 ……よし。

 

「ねえ、マックイーン。一つ提案があるんだが」

 

「はい、なんですの?」

 

「感謝祭当日、一旦レースの事を忘れて楽しんできたらどうだ?」

 

「ちょっと何を仰っているのか分りませんわ」

 

 うーん、ダメか。

 

「なら言い方を変えよう。レースに真剣なのは結構だけど、少し根を詰め過ぎじゃないか?」

 

「それは……」

 

「頑張る事は良い。だが行き過ぎると却って体調不良やメンタルへの影響に繋がる」

 

「うっ」

 

 過ぎたるは及ばざるが如し。やり過ぎることはやり足りないことと同じように良いこととは言えないということわざだ。

 

 自己管理というのは思った以上に難しく、かくいう僕もマックイーンにとやかく言えた口ではない。深夜に栄養ドリンクを飲んで仕事をやり過ぎてしまう日も……いや、これは仕事を押し付けてくる学園が悪いな、うん。

 

「とにかく、当日は設営とかでターフも使えないんだし、気を抜くわけじゃないが少しくらい肩の力を抜いてもいいんじゃないかなって話」

 

「むぅ……」

 

「まだ納得いかない?」

 

「そうではないのですが……そんなことをしていて勝てるのでしょうか?」

 

「何事も焦りは禁物だ。今はコンディションを整えることが大切だよ」

 

 マックイーンが全盛期の走りに戻ったかと聞かれたら、それはノーと答える。しかし、短い間でここまで実力を戻せることができたのは彼女の努力の賜物だ。自分はまた見守ることしかできなかったのだが。

 

「……分りましたわ。では今のうちに周るところを決めておきましょう」

 

 そう言ってマックイーンは鞄から感謝祭のパンフレットらしきものを取り出し、今までの口ぶりに反して楽しげにチェックを付けていく。

 僕それまだ配られてないんだけど……

 

「あ、楽しんでとは言ったけど、流石に飲食系は制限させてもらうよ。食べるならレースが終わってからだね」

 

「うぐっ……そ、そうですわよね。ス、スイーツ……」

 

 マックイーンはしょんぼりしながら飲食のところにバツの印をつける。

 スイーツに対する執着が半端じゃないな。レースが終わった時用のために、少しお高いケーキでも買っておこう。

 

「感謝祭の計画が決まりましたわ! 当日が楽しみですわね、トレーナーさん!」

 

「うんうん……うん?」

 

「どうかしましたか? あっ、トレーナーさんの希望を聞いてませんでしたね。えっと、トレーナーさんの好きそうな場所は……」

 

「えっと、ちょっと待って」

 

「なんですの?」

 

「僕?」

 

「ええ」

 

「てっきり君はトウカイテイオーやゴールドシップと周るのかと……」

 

「…………あ」

 

 途端にマックイーンの顔がみるみる赤くなっていく。彼女からしたら、誘う過程をすっ飛ばして予定を立てていたので恥ずかしいという気持ちは分からんでもない。ここはどういった反応をすべきか……

 

 あ、まずい、危険信号だ。マックイーンがプルプル震え出した。どうやら悩んでる暇は無いらしい。

 

「よ、よし、僕と周ろう! 一緒に周ろう! どこに行こう! マックイーンの望むところならどこでも、ちょ、ま、速っ!?」

 

 全てを言い終わる前に、マックイーンは顔を赤くしたまま部屋から飛び出していった。

 

 忘れてはいけないのは、彼女達は思春期真っ盛りの女の子だということ。

 ちょっとした外的要因で簡単に心が揺さぶられてしまう不安定な時期だ。トレーナーというのは、ウマ娘の身体的な面だけでなく、精神的な面もケアしなければならない。

 

 それ故に、世間的にトレーナーという職業がどう言った評価を受けているのかというと

 

 

 ウマ娘のトレーナーというのはとても難易度の高い職業である。

 

 

 

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