名家のウマ娘   作:くうきよめない

83 / 106
URAファイナルズ議事録 その1

 

 

 

 これは、マックイーンとダイヤにURAファイナルズの件を伝える少し前のこと。

 

 

 本格的に始まったこのプロジェクトを必ず成功させなければならないということで、本日からURAの本部で会議が行われることになった。

 

 聞く話によると、このプロジェクトの参加者はそう多くないらしい。つまり人手不足になる可能性が十分にあり得る。

 こうして僕達トレーナーにまで声がかかっているのだ、おそらく集まったのは本気でこのURAファイナルズを成功させたいと考えている人間か、僕や一色のように報酬にほいほいとついていった間抜けな人間だけだろう。

 

 やはり一時の感情で今後の予定を決めるのは良くないと実感させられる。日頃休みが多くない癖に、さらに休みを削るような行為をするなんて大バカにも程があるのではないか。

 

 そんな思いもあり、今回の会議に参加させられる僕と一色の心境は恐らく同じだ。今の我々は一心同体と言っても過言ではない。

 

 URA本部のビルの前で立ちすくむ間抜けが二人。

 

 

「「……帰りたい」」

 

 

 満場一致、来て早々既に僕らのやる気は下落に下落、陰々滅々だ。

 そもそも、URAファイナルズとかいう大層な名前をしているとはいえ、レースの日程調整や参加者等といった内容の仕事をたかだか一般のトレーナーがやるほうがおかしいってもんだ。誰だよこんなのに応募したバカは。…………僕だわ。

 

「せんぱい、わたし帰ってもいいですか? 会議の日程を一日遅く勘違いしてたって理由で。今ならせんぱいもこの案に乗れますよ」

 

「実にいい手段だとは思うけど、ここでバックれたら理事長とシンボリルドルフからなんて言われるか分からん」

 

「ぶぅ……。というか、よりにもよってなんで金曜日の夕方なんかにやっちゃうんですかねぇ。月曜日と金曜日にこういうことやるのはご法度でしょう?」

 

「おい、そんな社会人みたいなこと言うなよ。僕達は学校を卒業しても学校にいる謂わば社会不適合者みたいな存在なんだぞ」

 

「教師やトレーナー業のことをそんな風に言ってるのは多分せんぱいだけですよ」

 

 一色の言うように、この時間帯は明日明後日を週末に控え、その上ゴールデンタイムという学生及び社会人にとって神のような時間だ。今頃多くの家庭では一家団欒と言った平和なひと時が流れているのだろう。

 

「ま、このご時世土曜日も休みって人の方が珍しいけどな。僕ですら中学生の頃から土曜日は学校だったし」

 

「サラッといい子ちゃん学校に通ってたこと自慢しますね、腹が立ちます。でもでも、不幸中の幸いなことに、わたし達は明日明後日と休みを貰ってます! つまりこれさえ終われば自由の身です! ちゃちゃっと終わらせて飲みに行きましょう!」

 

「僕が酒あんまり飲めないの知ってるだろうが……。そんなんじゃモチベーション上がんねぇよ……」

 

「ええい、こんな清楚系美少女と一緒に飲みに行けるんですよ! 少しはシャキッとしてください!」

 

「それ自分で言うの? そもそもお前は清楚でもないんでもない──」

 

「さあいざ行かん! URAの本部へ突撃だー!」

 

 どうやら一色は僕の指摘を聞かなかったことにしたようだ。

 

 本部の前で何をしているんだと思われても仕方がないが、これが僕と一色にとっては通常運行なのには違いない。僕らが揃えば必ずと言っていいほど茶番劇が始まる。

 

 

 自分でもおかしいと思うよ、うん。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ……」

 

 初回ということもあり、会議は一時間足らずで終了した。身構えていた割には特にこれといって問題もなく、極々普通の会議だったと言えるだろう。

 今は僕と一色以外誰もいないベンチに腰をかけて、今後はこき使われるんだろうなぁとか思いながら鬱になっているところだ。

 

「あ゛あ゛……づがれだ……」

 

「そんなおじさんみたいな声出すんじゃありません。お前腐ってもギリギリ若いだろ」

 

「ギリギリってなんですか!? まだ全然若い部類ですけど!? というか、わたしがギリギリだったらせんぱいはおじさんですよ!」

 

「ばっかお前、女性と男性とじゃあ賞味期限が違うだろうが。よって俺はまだ若い、QED証明終了」

 

「はい、男女差別ぅ! ポリコレ違反ー! そういった発言は今時粛清対象ですよ!」

 

 はいはいと雑に一色の言うことを流す。

 ギリギリ若いだのなんだの言ったが、彼女は外見が良いためまだまだ若く見える。絶対に本人には言わないけど。

 

「……ん?」

 

 改めて一色の容姿に目をつけると、少し引っかかる点を覚えた。なぜ今まであまり気にしてこなかったのかという今更感はあるが、気になってしまったものは仕方ない。

 

「な、なんですかジロジロと。わたしの顔に何かついてますか?」

 

「……そういえば会議中もずっとその帽子被ってたけど、なんで外さないんだ?」

 

「ふぇっ!? ええっと……こ、これはわたしのトレードマークみたいなもんですし? ほら、トキ……たづなちゃんや理事長だっていつも帽子被ってるじゃないですか」

 

「それはそうなんだけど、お前は僕の家に泊まりに来た時も何かしら被ってた……あっ」

 

 なぜ今まで気が付かなかったのだろうか。こうして一色がいつも帽子を被っているのは何かしらの秘密を抱えているからだろう。

 

 

「あっ、あ〜……せんぱい気づいちゃいました? 隠すつもり……ではありましたね、ええ。でもこのこと知ってるのは極々限られた人だけなんですよ! ……だ、だからせんぱいには責任取ってもらわないとな〜、なんて……」

 

 

 そして、人間帽子で頭部を隠す理由はというと……

 

 

「一色、お前もしかしてハゲ──」

 

「死ねッ! このボケナスッ!」

 

「んんっ!?」

 

 気合いの入った暴言と共に、一色は僕の体へボディブローをぶち込む。

 とても痛いの一言では済まされないような衝撃に目の前が黒と白で点滅している。やばい、これ過去一でやばい。

 

「信じらんない! デリカシーの欠片もないんだからこの人ッ……! コーヒー買ってくるんでそこでのたうち回っててください!」

 

「ま、待って、悪かったから……。禿げ……薄毛なの誰にも言わないから……」

 

「言い直しても無駄ですからね!? 禿げでも薄毛でもないです! このアホボケナスビはほんっと……」

 

 ブツブツと呪詛を溢しながら一色は離れていく。

 お偉いさんも多数いるこの場で、痛みに耐え切れずのたうち回るトレーナーの端くれが取り残されてしまった。醜い以外の言葉が見当たらない。

 

 しかし、自分で言うのもなんだが僕の身体は他の人に比べて頑丈だ。その回復力は凄まじく、しばらくの間蹲っていたもののなんとかまともに喋れる程度には痛みが引いた。

 いや、そもそも一般女性と比較にならないほどの力の強さを持っている一色がおかしいのだけれども。

 

「くっそ、あいつ後で覚えてろよ……! 僕が悪かった……僕が悪かったんだけど……! あそこまでやる必要ないだろ、このまま一人で帰ってやろううか……! いや、頑なに外そうとしない帽子を後ろから取ったり──」

 

「騒々しい、その一言に尽きます」

 

 一色へどんな報復をしてやろうか考えていると、後ろからピシャリと言葉をかけられ自然と背筋が伸びる。

 その凛とした声には聞き覚えがあり、恐る恐るその方向を向くと、案の定想定する人物が厳しい目付きで僕を睨んでいる。

 

 その人物とは……

 

「か、樫本理子、さん……」

 

「おや、きちんと覚えていただいていましたか。尤も、相手の名前を正確に記憶するというのは社会人として当然のマナーですが」

 

 樫本理子。先の会議において、議長のような立場にいた人物だ。

 背が高く、長い黒髪と整ったスーツ。第一印象はできるキャリアウーマンの鑑といったところか。

 

 そんな彼女は、邂逅一番に騒々しいと言い放った。それはつまり、一色が僕に対して行った制裁の一部始終を見た、或いは僕の悲鳴にならない声を聞きつけたということ。

 

 URAの本部にまで来てトレセン学園のトレーナーが何をしているのだと思われても仕方のない。……ふむ。

 

「……あの、一体何をしているのですか」

 

「正座ですけど。いや、ほんと、うるさくして申し訳ございませんでした」

 

「……はぁ、貴方は社会人としてのマナー以前に様々なところが欠けているようですね、メジロマックイーン、及びサトノダイヤモンドのトレーナー」

 

「っ! どうしてそれを……」

 

「どうしてもこうしても、同じプロジェクトに参加する以上、その参加者のことはある程度調べます」

 

 え、なに、怖い。知らないところで知らない人に調べられ上げられるのって言葉にできない恐怖があるな。

 

「先程の女性はセイウンスカイの担当トレーナーであるイツ……一色トレーナーでしたね。よくまあ彼女の攻撃に耐えられるというか……。一つお聞きしたいのですが、貴方は妖怪か何かの類いですか?」

 

「この人も大概失礼だな……。ていうか、バカにしてます? ウマ娘ならともかく一般女性、それも歳下で後輩の暴力くらい軽くいなせますって。身体が頑丈なのは先祖にウマ娘がいたかららしいです」

 

「な、なるほど……。身体が頑丈なのを自覚しているのなら、そんな貴方にダメージを与える彼女が何者なのか気付いても良いと思うのですが……いえ、この話はやめておきましょう」

 

 なんかよくわからないことを言っている樫本さん。

 舐めるなよ、僕はかつてゴールドシップの奇襲にも無傷で生還した男だ、面構えが違う。なぜか呆れ顔の樫本さんは頭を抱えているけど。

 

 そんな樫本さんは態度を一変、当初の毅然とした雰囲気を取り戻す。

 

「さて、今回お近づきした理由は、学園内でも優秀な成績を残している二名のウマ娘、そのトレーナーである貴方に聞きたいことがあったからです」

 

「は、はい……なんでしょう?」

 

 なんだろう、トレーナーとしての心構えだのなんだの聞かれるのだろうか。

 お生憎様、僕はそういった高尚な志を持ち合わせていない。目の前にいるウマ娘の夢を一緒に叶える、それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 

「貴方は、トレーナー……いいえ、トレセン学園そのものが、生徒のトレーニング、睡眠時間、食事内容を逐一細かに把握し記録する。いわゆる徹底的な管理体制を敷くとしたらどのように思いますか?」

 

「……はい?」

 

 考えていたこととは全く違う樫本さんの質問に、つい間抜けな声が出てしまう。

 

 トレーナーとして、メインの仕事であるトレーニングのことはもちろん、それに伴い担当ウマ娘の私生活もある程度知っておく必要がある。とは言っても、せいぜい寝不足でないか、太り気味でないかを判断する程度のものだ。

 

 睡眠不足や食べ過ぎ痩せ過ぎというのは、本来のパフォーマンスを大幅に低下させて悪循環だ。そんな状態ではレースはおろかトレーニングすらもさせたくない。

 彼女達も一人のウマ娘であるため、悪いコンディションにならないわけではないのだ。でも、もう少し自重してくれたら……。特にマックイーンの体重については細心の注意を払わなければならない。

 

 一部共感できるとはいえ、樫本さんの言ってることは流石にやり過ぎだと感じてしまう。

 これでは睡眠時間や食事内容、通常のトレーニングだけでなく自主トレーニングをも徹底的に管理しろうな体制が為されてしまいかねない。

 

「……僕はそこまでやる必要ないんじゃないかなって思いますね」

 

「それはなぜか、教えて頂けますか?」

 

「そりゃあ行き過ぎた行動には大人である僕らが注意しなきゃいけませんけど、元々ウマ娘ってのは楽しく走ってなんぼの存在です。それなのに、あれはダメこれもダメ、ああしなさいこうしなさいじゃあストレスしか溜まらない、それじゃあ楽しい以前の問題だ。ミスターシービーじゃないですけど、ウマ娘はもっと"自由"に走るべきですよ」

 

 自分にとって古い付き合いであるミスターシービー。シンボリルドルフやマルゼンスキーと違い彼女はチーム〈リギル〉では無かったが、それなりの関わりはあった。いや、振り回されていたという方が正しいな……。

 門限破って外出していたミスターシービーに「君も共犯だよ」とか言われて一晩中街を走り回ったりしたのはいい(?)思い出だ。

 ちなみに、最終的に「怒られるのは退屈」とか抜かした彼女はたづなさんの説教から逃げ、僕だけがバチボコに怒られたのは今でも許してない。

 

「……貴方の考えはよく分かりました。それを踏まえ、不躾なのを承知で言います」

 

 

 場違いにも思い出に耽っていると、樫本さんは一つ息を吐き、改めて僕に対面する。

 

 

「────ぬるい」

 

 

「えっ」

 

 ぬるい? 何が? お湯が? 

 

「ぬ、ぬるいとは……?」

 

「言葉の通りです。貴方の考えはぬるすぎる」

 

 かっちーん。

 

 言葉で表現するならそんな擬音が最も適切だろう。この世界が漫画なら僕の頭に怒りマークが描かれていてもおかしくない。

 

「あら、納得のいっていない顔ですね」

 

「そ、それはそっすね。自分はまだまだトレーナーとしては未熟ですが、あの子達と通して得た経験が否定されたもんですから」

 

 いくら美人だからって言っていいことと悪いことがあるだろうと今すぐにでも言ってやりたいが、一旦怒りを抑えて冷静に対話を進める。

 

「ふむ、経験……それではもう少しお聞きしましょう。あるトレーナーは、自分の担当ウマ娘に無理のない、且つ本番のレースにベストコンディションで望めるトレーニングメニューを考案した。しかし、チームの熱気や目標レースへの執着などにより気持ちの昂ったウマ娘は、誰から見ても過剰だと思えるほど、そのトレーニングメニュー以上のトレーニングを行った。さて、これについて貴方はどう思いますか?」

 

「……オーバーワークは却って身体に毒です。次の日の体調にも関わるし、最悪の場合怪我に繋がる」

 

「その通り、ウマ娘の怪我、それはトレーナーにとっては最も恐ろしい存在です。そして、何がそのトリガーになるか分からないのもまた恐怖の対象。その最たる例である身体への極度の負担というのは、我々トレーナーがしっかりと"管理"できていれば免れることができる」

 

「……っ」

 

 そうだ、怪我を回避するためにはその手法が最も手っ取り早い。それを理性で理解しているからこそ、自分はこれ以上樫本さんの主張に反論することができなかった。

 

 

 でも、理性では納得していても本能はそうじゃないと訴えかけている。

 

 

「そう、ですね。あなたの主張は正しいと思いますよ、樫本さん」

 

「理解頂けたようで何よりです。今後、私はトレセン学園に、徹底管理主義をベースとした育成方針『管理教育プログラム』を掲げようと考えています。つきましては、貴方にもその協力を仰ぎたいと──」

 

 

「でも、それってウマ娘一人一人のことを考えています?」

 

 

 その一言に、樫本さんは僕に厳しい目つきを送った。

 この一瞬のやりとりで、彼女がウマ娘のことをとても大切に思っていることが分かる。それ故の管理教育ということか。

 

「……どういうことでしょうか」

 

「簡単な話ですよ、人にはそれぞれ得手不得手があるって話です。管理されて能力が向上する子もいるでしょうけど、管理された結果能力が大幅に下がる子もいるかもしれない」

 

「論点のすり替えですね。私は今怪我のリスクの話をしています」

 

「でも、怪我と同じくらい今の僕の話は大事なことだと思いますよ。管理プログラムとやらが実行された暁には、そこはもう軍隊です。生徒の自主性どころか彼女達の青春すらも奪い去ってしまう。そうならないために僕らトレーナーがいるんでしょう? なにより──」

 

 トレセン学園に来る前ならいざ知らず、初めてあの場所に足を踏み入れてからというもの、数えきれないほど多くのことを学んだ。

 だからこそはっきりと言える。一番近くであの子達を見てきたのはこの僕だ。あの子達に不利になるようなことはさせたくない。

 

「樫本さんの考えは、マックイーンとダイヤには合わないと思うので」

 

「……これ以上は平行線ですね。いいでしょう、貴方のその堂々たる言いっぷり、私も少し興味が湧きました」

 

「は、はぁ……」

 

 ま、丸く収まった、のか? 自分で言うのもなんだが、最後のは完全に私念だったそ。でも、それがいい感じに働いたようだ。

 

「ですが、今日のことは頭の片隅にでも入れていただきたく思います。メジロマックイーンのトレーナーであるなら、私の言うことも多少理解はできると思うので」

 

「……そうですね、怪我は怖い。もう走れないと聞いた時のあの子達の顔なんて想像したくないです。それこそ、自分が死ぬのとあの子達が走れなくなるのを天秤に賭けるのなら余裕で前者を選びますよ」

 

「心意気は結構ですが、それが口だけで中身が伴っていなければ意味がありません。今後、トレセン学園のトレーナーとしてくれぐれも過ちを犯さないように。もしダメだと判断したら先の管理プログラムを実行します」

 

「ひぇっ……」

 

 どうやら生徒の自由は僕にかかっているらしい。

 樫本さんの方針を採用してしまったら生徒からの非難は轟々だろうし、何より僕らトレーナーの仕事が減って給料も減る。どうせ仕事を減らすなら書類雑務とかにしてくれよ。

 

 

「それでは失礼します。トゥインクル・シリーズでの貴方方の活躍、今後も見届けさせてもらいます」

 

「は、はい、精一杯頑張ります」

 

 樫本さんの威厳ある風格に気圧されてしまい、まるで小学生かのような返事を返してしまった。

 しかし、僕のセリフを笑うこともせずクールに立ち去った。そんな彼女の後ろ姿はとても格好良かった。

 

 東条トレーナーもそうだが、できる女性というのは憧れの的だ。まるでフィルターがかかったかと錯覚するかのように、一挙手一投足すらも見惚れさせられるような美しさがあ……今コケかけたのは見なかったことにしよう、うん。

 

 

「一色もちょっとくらい見習えばいいのになぁ……」

 

「……わたしがなんて?」

 

「っと、噂をすればか。コーヒー買いに行くって言ってた割には随分遅かったな。何かあったの……え、顔色悪いぞ? 本当に何かあったのか?」

 

 ちょうど樫本さんと入れ違いで飲み物を買いに行った一色が戻ってくる。

 ところがどうしたものか、別れ際はあんなに顔を真っ赤にしていたのに戻ってきた彼女の顔は真っ青だった。歩行者用信号機かな? 

 

「……さっきコーヒー買いに行こうとしたらですね、さっきの会議にいたURAのお偉いさんと会ったんです。そこで若者がどうたらこうたらつまんない説教されたんですよ」

 

「あー……あれか、価値観が一昔前古い人間か。分かる、ダルいよな、聞いてもない話ベラベラしだすし。それを長々と聞かされて気分が悪くなったと」

 

 ひとしきり彼女の身に降りかかった災難を想像して苦い顔をしてしまう。僕もああはなりたくないなと何度思ったことか。

 

 しかし、一色に同情していると彼女は首を横に振る。

 

「……それもあるんですけど、本題はそこじゃないんです。今のわたし達にとって最低で最悪、最も忌避すべきだったのにそうなってしまったのが現状です」

 

「お、おう……」

 

 ただでさえ一色の目は死んだ魚の目のようだったのに、話せば話すほど目の濁りが濃くなっていく気がする。

 勿体ぶる一色に一体何を聞かされるのだろうと思い身構えていると、彼女は声を震わせながらようやく口を開いた。

 

「……いいですか、せんぱい。落ち着いて聞いてくださいね。実は────」

 

 

 

 ***

 

 

 

 やあみんな、僕はトレセン学園でウマ娘のトレーナーをやっているんだ! この学園の設備の充実っぷりは凄まじく、中には思わず「これいる?」って思わせてくるような物もあるから、その一部を見てみよう! 

 

 今日紹介する『「これいる?」設備』はこれ! 嫌なことや悔しいことがあったらその中に大声で気持ちを露わにする切り株! 主にレースで負けたウマ娘が悔しさを吐き出すために使っているのをよく見るね! 

 

 あっ、ちょうど誰かがその切り株を使っているよ! 一体どんなことを叫んでいるのかな? 

 

 

 

「金曜日に月曜日〆の仕事回してくるのマジでやめろッ! お前がわたしにやらしい目ぇ向けてるの最初から分かってたんだよ! このクソキモデブ禿げ上司の〇〇××! 禿げろ! さらに禿げろ! 来世は人間に産まれてくるな! 地獄で閻魔大王様と(自主規制)してろッ! てかシンプルに口臭ぇ!」

 

 

 

 門限の時間を過ぎているため、周りにほとんど人やウマ娘がいないのをいいことに、一色は引くくらいの口の悪さと声の大きさで切り株の中に吠える。今の彼女は清楚系とは程遠い存在となってしまっていた。

 

 とはいえ、一色がここまで怒りを表に出す理由はよく分かる。

 僕達は会議初日にも関わらず仕事を押し付けられてしまったのだ。それも、彼女が一番最初に言ったように月曜日締め切りとかいう週末を休ませるつもりのないやり方で。

 

 そんなおかげでテンションだだ下がりの中、僕達はこうして学園に戻ってきたというわけだ。その結果フラストレーションが爆発したためこんなことになってしまったと。

 

「おう、ちっとはすっきりしたか?」

 

「全然ですよ! というか、URAはホワイトだーだなんて聞いてたのになんなんですかこれ! まだ学園の方が幾分マシじゃん!」

 

「一色、白って200色あんねん」

 

「……嗚呼、なんでわたしこんな職に就いちゃったんだろ……。スカイのトレーニングだけ見て生活してたいよ……」

 

 それはそう、僕だってマックイーンとダイヤのサポートだけして生活していきたい。むしろそれがしたいがために苦労してトレーナーになったまであるのだ。

 

 そこでふと、なぜ一色がトレーナーになったのかが気になった。僕に負けず劣らずの面倒くさがりの彼女がどうしてトレーナーを志すようになったのかを。

 

「……? またまたなんですか、そんなジロジロと。せんぱい今日はわたしにメロメロですね」

 

「ジロジロもメロメロもしてないけど。いや、なんでお前がトレーナーになったのかなって」

 

「……え? わたし今遠回しに転職勧められてます?」

 

「単純な興味だよ。他意はない」

 

 僕が言えた話ではないけど卑屈すぎだろ。仕事を押し付けられたせいで精神が不安定になってるなこれ。

 

「うーん、トレーナーになった理由ですか……。昔ですね、とある人にトレーナー向いてそうって言われたんですよね。わたしのトレ……尊敬する人もトレーナーやってましたし、教える側になるのも悪くないかなって」

 

「へぇ、お前らしいな」

 

「そうですかね。あ、先に言っときますけど、尊敬する人の方はせんぱいのことじゃないですよ?」

 

「なに? なんでその流れで僕が出てくるの?」

 

 失礼すぎやしないだろうかこいつ。ジト目で抗議の視線を送るも、一色はそれをガン無視する。

 

「そう言うせんぱいこそどうなんですか? トレーナーを目指すきっかけとなった感動ストーリー教えてくださいよ」

 

「そんな大層なもんじゃねぇよ。あー……なんていうか……実はさ、最初はトレーナーなんて全く興味無かったんだ。夢も無かったし、就きたい職業も無かった。そんな時、サイコロ……なんとなくで決めたインターンでトレセンに来たんだよ。そこで出会ったウマ娘がきっかけっていうか」

 

 あの時のことははっきりと覚えている。僕が出会ったそのウマ娘は、何かしらの理由でトレーナーを失ったとのこと。

 そこでウマ娘にとってトレーナーがいかにかけがえのない存在かを学んだ。あれが僕にとっての初めの一歩と言っても過言ではない。

 

「色々あったけど、あの子元気にしてるかなぁ……」

 

「…………覚えててくれたんだ」

 

「……? なんか言った?」

 

「あっ、いえ、なんでもないです。せんぱいにしてはまともな動機だなって思って」

 

「お前に話した僕がバカだった」

 

 こいつはいちいち言葉に毒を挟まないと喋れんのか。

 

「もう、すぐに拗ねないでくださいよ〜。ほらほら、今日はわたしが奢ってあげるので〜」

 

「急に上機嫌になってるのこわ……。奢りっつっても僕はもう疲れたし帰って寝るよ」

 

「えー、つまなんないー! お酒の席の付き合いができないのは社会人としてディスアドバンテージですよ!」

 

 社会人として、か。そういえばさっきも同じようなことを言われた気がする。

 そうだ、樫本さんに『相手の名前を正確に記憶するのは社会人として当然のマナー』って……あれっ? ちょっと待て。

 

「……僕一度も名前で呼ばれてなくね?」

 

「は? なんの話ですか?」

 

「い、いや、こっちの話。……なあ一色、話は変わるんだが僕の名前って覚えてるか?」

 

「何をいきなり……せんぱいの名前は──」

 

 一色はさも当然のように僕のフルネームを口にする。もしかして自分の名前は他の人に覚えられていないのではと不安になったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

 

 それはそれとして、樫本さんは一度も僕の名前を呼んでいない。それだけで名前を知らないと断定できないが、その可能性は大いにある。

 あのこけかけたところを見るにおそらくあの人はポンコツだ。今度会ったら涙目になるまで問い詰めてやろう。へっへっへ、あのクール美人な樫本さんの化けの皮剥がしてやるぜ。

 

「ねえせんぱい、名前の話で思い出したんですけど苗字貸してくれません? 最近親が結婚しろ結婚しろってうるさいんですよね」

 

「へー、お前なら選びたい放題だろうになー」

 

「……えっ?」

 

「は? なんか変なこと言っ……た……」

 

 まずい、樫本さんへの仕返しのことばかり考えてて適当に返事をしていたためとんでもないことを口走ってしまった。これでは遠回しに口説いているようなものではないか。

 

 一色は一瞬困惑の表情をしていたが、すぐにニマニマと腹の立つにやけ顔を見せる。

 

「もうせんぱいったら〜。最初から素直になってればよかったのに〜」

 

「うるさい」

 

「ふふ〜ん、そうやって照れちゃうってことはわたしもまだまだ脈有りってことですかね〜?」

 

「うるさい黙れ」

 

「あ〜ん、だから拗ねないでってば〜! よし、こうなったらせんぱい酔わせていっぱい恥ずかしいセリフ吐かせちゃいますよっと!」

 

「だーかーらー! なんでもかんでも力でゴリ押しするのやめろって! お前無駄に力強いから引っ張られると相当痛いんだよ!」

 

「パワー!」

 

 キリキリと人間から鳴ってはいけないような音がしている気がする。抵抗しようにもその瞬間腕がすっぽ抜けて脱臼する予感しかない。

 

 というか酒飲ませまくったら恥ずかしいセリフの前に違う物を吐いてしまう。一色とはいえ後輩の前でそんな姿は晒すのはごめんだ。

 

「せんぱい、押し付けられた仕事や恥ずかしい失言なんかは一旦忘れて、今日はパーッと飲んじゃいましょう! "明日は明日の風が吹く"ってやつです!」

 

 だが、無邪気に笑う一色を見ていると、彼女の言う仕事や失言もどうでもよくなってくる。

 

「……分かったよ。明日も仕事するんだしちょっとだけだぞ」

 

「ふふっ、やっぱり押しに弱いですね。どうですせんぱい、ここに美人で収入もそこそこある超優良物件な女がいますけど、貰ってみる気はありません?」

 

「はいはい、お互い十年経っても独身だったらなー」

 

「ッ!! もう一回! もう一回行ってください! 録音して完全に言質取るので!」

 

「いや必死すぎだろ」

 

「だってだって! せんぱいこういうのすぐ忘れちゃうじゃないですか! わたし結婚しませんからね!? 親の圧にも絶対屈しませんからね!? 責任取って貰いますからね!?」

 

「重ッ!? 稍重超えて不良バ場じゃん!?」

 

 軽率な発言をしてしまったせいで今後十年一色が結婚しないことが決定してしまった。こういう時の彼女は本気なのでバカにできない。一色の親御さん、本当に申し訳ございませんでした。

 

「さあせんぱい、共に夜の街へ繰り出そうじゃあないですか!」

 

「言い方よ……。はぁ、ったく、しょうがねぇなぁ」

 

 切り株での問題発言もそうだったが、仕事終わりだというのに元気が有り余っている一色。

 なんだかんだ彼女といる時間は嫌いじゃない。きっとこいつのパートナーとなる人は相当な幸せ者なのだろう。

 

 あの店に行こう、この店に行こうと興奮気味に話す一色を隣にしていると、何故かインターンで出会った子のことを思い出してしまう。

 

 

 

『ねえアンタ、アタシのトレーナー代わりになってよ!』

 

 

 

 あの子と一色の性格は真反対だったはずなのに。

 

 

「だるい仕事なんてクソ喰らえ! 明日は明日の風が吹く! 今日はじゃんじゃん飲みますよ! ギャハハハハ!」

 

「飲みすぎて一人で帰れなくなっても知らないからな? 絶対送らないからな? いいか、僕言ったぞ今。聞いてる? ねえほんとに聞いてる?」

 

 うん、やっぱり真反対だわ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。