名家のウマ娘   作:くうきよめない

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ブレイクタイムと見せかけて

 

 

 

 至福のひととき、というのには十分すぎる時間を過ごしている。雰囲気のある部屋に美味しいお菓子と紅茶。それだけで私の心は満たされ、自然と吐息が漏れてしまう。

 

「この紅茶、大変美味ですわね……」

 

「そうかい、それは良かった。私も手間暇かけて入れた甲斐があったというものだよ。ただ──」

 

 ことりとカップを置くと、吐息と一緒に口から素直な言葉も漏れてしまった。それを聞いた目の前の彼女は、発せられた文章だけを見ると嬉しそうなものの、声音からしてとても複雑そうだ。それはなぜかというと……

 

「ここは君の憩いの場ではないのだけどねぇ」

 

 白衣を着て、怪しげな液体が何本も入った試験官をバックに彼女、アグネスタキオンさんは苦言を呈す。私だってこうして紅茶を飲みに来たわけではない。でも、そこに紅茶とお菓子があったのだ。頂かないわけにはいかないだろう。卑しい? うるさいですわよ。

 

「ん……?」

 

 それにしても、先程から妙に体が重い気がする。常に肩に何かが乗っているような倦怠感だ。特に体調が悪いわけではないし原因はよく分からない。この体の重さはタキオンさんのいる教室に入ってからのものだ。つまり、目の前にいる彼女が何かしらの細工をしたと考えれば合点がいく。

 

「……あの、タキオンさん。紅茶に薬か何か入れたりしました?」

 

「……? まさか、この紅茶は至って普通の紅茶だ。私がそんなことをするようなウマ娘だと思うかい?」

 

「はい、思いますけど」

 

「君のそういう正直なところ、嫌いじゃないよ」

 

 これは私でなくてもそう思う。タキオンさんの悪評というか奇行というか、諸々の噂は学園中に広まっている。彼女を100%肯定して信頼してるウマ娘なんてスカーレットくらいなものだろう。

 だが、この倦怠感がタキオンさんの仕業でないとしたら一体何なのだろう……。はっ! もしかしたら肩こり!? 私も肩が凝るくらいには成長を……

 

「……こら、悪戯はダメ……」

 

「きゃあ!? カ、カフェさん!?」

 

 突然背後から私でもないタキオンさんでもない声が聞こえて驚きの声を上げてしまう。その声の主は、この教室でタキオンさんのお目つけ役を担っているマンハッタンカフェさんだった。

 

「すみません……驚かせるつもりはなかったのですが……。『お友達』がマックイーンさんに良からぬことをしようとしていたので……」

 

「お、お友達?」

 

 そう言われて周りを見回すも、それらしき存在は確認できない。何がなんだが分からないままでいると、タキオンさんは突然高笑いを始める。

 

「はっはっは! マックイーン君、君はカフェの『お友達』について知るのは初めてかな?」

 

「は、はあ、そもそもそのお友達とやらって……」

 

「私も詳しいことはわからないが、なんだ、霊障的なアレと考えてもらって構わない。信じるも信じないも君の勝手だが、あまり舐めた態度を取っていると碌な目に遭わないことは確かだ。私は突然研究資料が燃えた挙句調合していた薬の全てを破棄されて二日寝込んだ」

 

 事実確認のためにカフェさんの方を見るが、その彼女が黙って頷いてしまったため信じざるを得ない。たしかに彼女に声をかけられてからというもの、体の重みが軽くなったような気がする。

 今まで幽霊なんて信じてきたことはないが、得体の知れなさからそれに対し多少の恐怖は持ち合わせている。しかし、カフェさんの言う『お友達』に対しては特にそう言った感情は無い。

 

「……どうやら……『お友達』はマックイーンさんのことを随分気に入ってるみたいですね……」

 

「えぇ……。私何かしましたか……?」

 

 カフェさん曰く、どうやら私は幽霊のお気に入りとなってしまったらしい。元々自分がそういう体質だったのか、それとも運命的な何かを感じ取られてしまったのか。

 

「それよりカフェ、君もティータイムに混ざりたまえ。今日はとても良い茶葉が手に入ったんだよ」

 

「……いえ、私は別に紅茶は飲まないので……」

 

「まーたコーヒーかい? ふむ、やはり私に分からない。あの苦味を旨味と捉えるのは舌の衰えの証拠だ。それに、紅茶は記憶力や集中力を高める効果を持っているだけでなく、食中毒の防止やテアフラビンやテアルビジンによるインフルエンザの予防にもなるのだよ」

 

「……コーヒーにも記憶力や集中力を高める効果はあります……。さらに言えば、生活習慣病や老化の防止にもなりますし、ダイエットにも繋がります……。そもそも、タキオンさんは紅茶に致死量と思うくらいの砂糖を入れているので健康なんて関係ないと思いますが……」

 

「ふぅン、平行線だねぇ。ここは一つ、来客の身であるマックイーン君に決めてもらおうか!」

 

「えっ、ここで私に振るんですの!?」

 

 タキオンさんとカフェさんの紅茶VSコーヒー論争を聞き流していると、思わぬところで私に話が回ってくる。急だったのもあり、どちらも好みなんて嘘はつけなかったため、自分の心に正直に回答してしまう。

 

「ええと……私はどちらかと言えば紅茶をよく飲みますわね。タキオンさんと同じで砂糖を多めに入れたりと……」

 

 私の答えを聞いた途端、カフェさんの耳が垂れてしまった。それとは対称に、タキオンさんは良い笑顔でカフェさんに対し勝ち誇る。

 

「聞いたかいカフェ! やはり時代は紅茶なのだよ!」

 

「……マックイーンさんが紅茶の方が好きというだけで、時代が紅茶というわけではないです……。世の中には紅茶よりコーヒーの方が好きという人が五万といますし……」

 

 ただでさえ小さなカフェさんの声がさらに小さくなったような気がした。元はといえば私の一言でこうなってしまったのだ、フォローはきちんとしなければ。

 

「そ、そうですわよ! 偶々私が紅茶の方が好きというだけですわ! 私のトレーナーさんはよくコーヒーを飲んでいますし!」

 

「……! そう、ですか……マックイーンさんのトレーナーさんが……。今度、少しお話を伺ってみることにします……」

 

 ……あれっ? もしかして私余計なこと言いました? ただでさえ強力な恋敵がいるのに、下手をしたらそれをみすみす増やすような展開になってませんこと? 

 

「……カフェさん、トレーナーさんを狙ってるのなら相手になりますわよ?」

 

「……はい? 私は単に……あなたのトレーナーさんとコーヒーについて語りたいだけなのですが……」

 

 牽制を入れるも、カフェさんはキョトンとした顔で返事をする。今のところ脈無し……いや、これから二人が邂逅したら何が起こるか分からない。しっかりと目を光らせねば。

 

「はいはい、話が噛み合っていないところ悪いが、そろそろマックイーン君がここに来た本題について話してもらいたい。いつまでもこうしてダラダラしているほど、私も暇じゃあないんでねぇ」

 

「……スカーレットさんがいる時以外はだらけてるくせに……」

 

「カフェ、ちょっと君は黙っていようか。それでマックイーン君、君の目的を教えてもらおうか」

 

 そうだった、お菓子と紅茶が美味しくてすっかり忘れていた。私がここに来た理由、それは目の前のマッドサイエン……化学者にとある薬を作って欲しいからだ。

 このことはなるべく誰にもバレたくない。そのため、カフェさんにも聞こえないように声を潜めて依頼内容を説明せざるを得ない。その内容を聞いたタキオンさんはなんとも言えない表情をしていた。

 

「できるできないは置いておいて、それを作ってどうするつもりだい?」

 

「もちろん私が私的に利用しますわ」

 

「……まあ、検討するとしよう。これも研究の一貫だ」

 

「タキオンさん……! ありがとうございます、この恩は一生忘れませんわ! このことは他言無用でお願いします。それと薬の発動条件は──」

 

 またしてもカフェさんに聞かれぬようひそひそとタキオンさんの耳元で説明をする。途中途中で注文が多いと文句を言われたが、これは私にとって譲れないことだ。妥協するわけにはいかない。

 

「はぁ……いつになるかは分からないが、なるべく近いうちに完成させるよ。薬なんて使わずとも、君のトレーナーは押しに弱いから必要無いと思うがね」

 

「ええ、ですが念には念を……いえ、ちょっと待ってください、どうして貴方が私のトレーナーさんのことを知っていますの?」

 

「…………さぁ、早速研究に取り掛かろうじゃないか。マックイーン君もこれ以上遅くなったらトレーニングに遅れるんじゃないかい? トレーナー、そして可愛い後輩君にも心配されてしまうよ」

 

「うぐっ……こ、今度必ず問い詰めますわよ! いいですわね!?」

 

「……それはもう直接トレーナーさんに聞いた方が早いと思いますが……」

 

 カフェさんの指摘はごもっとも。というわけでそれを実行に移すために二人に挨拶をしていそいそと教室を後にする。と、その前にタキオンさんき伝えなくてはならないことが。

 

「タキオンさん、薬が完成しましたら何が何でもすぐに知らせてくださいまし」

 

 それを聞いたタキオンさんがボソリと一言。

 

 

「……私の実験は、物語の展開を左右する舞台装置ではないのだけどねぇ……」

 

 

 私はその言葉を聞かなかったことにした。

 

 

 

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