前回までのあらすじ!
マルゼン「感謝祭行け」
トレーナー「はい」
文化祭にいい思い出はない。人は多いし、飲食物の値段は高いし、何より半強制的にやらされるクラスでの出し物が本当に面倒だった。いや、別にクラスに馴染めなかったわけではない。男子に限れば話せる人は少なくなかった。尚女子。
特に不自由ない学生生活だったとはいえ、友達と呼べる友達なんて片手で数え足りる程度なのもまた事実。キャッキャワイワイする陽の者共がノリと勢いで発注したであろうクラスTシャツなんかに至っては受け取らされて以来着たことはない。
だってあれだぜ? みんな背中にあだ名とか刻まれてるのに僕だけフルネームに"クン"付けだぜ? もはや嫌がらせだろ。
一時はアニメや漫画のような文化祭を期待していた。だが、そんなものは幻想だというのに気がつくのに遅くはなかった。そんなこともあり、クラスの出し物にはほとんど参加せず、数少ない友達と空き教室でサボったりしていたのが僕の文化祭の思い出だ。
今考えたら、マックイーンと一緒だったとはいえよくこのレベルの人混みの感謝祭を回れたなと思う。
ああ、そういえばあの時の感謝祭でもエキシビジョンレースでマックイーンは出走したっけ。最後の最後に落鉄でトウカイテイオーにギリギリ負けて、その後彼女の涙と鼻水で僕のシャツが汚れたのはいい思い出だ。へっ、いいこと思い出したし、後で散々いじり倒してやるぜ。
「さて、どうするもんかねぇ……」
『さあさあ! 今年もやってまいりました、春のファン大感謝祭! 今回も学園外から大勢な方々が来てくださり、委員長である私的にもとても光栄であります! こうも人が多いとトラブルの可能性がなきにしもあらずです! 皆さん、安全にはくれぐれも気をつけて、感謝祭を楽しむよう共にバクシンしていきましょう! では手始めに、感謝祭を楽しむ委員長的30ヶ条を……ちょわっ!? マイクを取り上げるのをやめてください!』
どこかで聞いたことあるような声を聞きながら、校門前で人がごった返す学園内を見渡し立ち尽くす。ちと人が多すぎやしないだろうか。
自慢じゃないが、自分はレース場以外での人混みに弱い。マルゼンスキーにああは言われたものの、こんなことならもう帰ったほうがいいのではないかと思う。うん、帰ろう。マックイーンとダイヤのレースが始まるまで帰って寝てよう。
そう決意して踵を返そうとした瞬間、今度はいつもよく聞く声が聞こえてきた。
「トレーナーさ〜ん!」
「ああ、ダイヤか。レースが終わるまで僕とは話さないんじゃなかったのか?」
「えへへ、やっぱり寂しくって」
「寂しいって、言うても一日二日だろ? そのくらい我慢──」
「トレーナーさんは寂しくないんですか?」
「……ッスゥ……、寂しいっす、はい」
怖いんですけど。この子の目ハイライト入ってないんですけど。
「ふふっ、ランニング中にトレーナーさんと会えるなんて運命かも。今日はいい一日になりそうです♪」
そう言うダイヤは他の生徒と違い、制服ではなくいつものトレーニングで使用するジャージ姿だ。それほどマックイーンとのレースが楽しみということか。
「トレーニングもいいけどほどほどにな。見たところ問題無さそうだけど、レース前に何かあったって言われたら勝ち負け以前の問題だからな」
「分かっていますよ。それよりトレーナーさんも一緒にランニングどうですか? 今から軽く20kmほど走ろうと思ってるんですけど」
「軽くで済む距離じゃないよ。死ぬわ」
ほどほどにと言った以上は近場でゆっくりと流して走ってほしいものだが、こうなったダイヤを制御するのは非常に難しい。仕方がない、ある程度は自由にさせてやるか。
「あれ、そういえばマックイーンは?」
「さあ? そういえば今朝から姿が見えませんね。最近トレーニング以外だと『もうすぐ完成……』と譫言のように呟いてましたし……」
ふむ、こうしてダイヤと会話をしたのもあってマックイーンにもレース前に一声かけようと思ったんだがな。こんな人混みの中で見つけ出せって言う方が無理な話だが、一体全体どこに行ったのか。
学園外にいると思ったけれど、その学園外にいたダイヤも見てないと言ってるし……。後で一報入れてみようかしら。
「それよりトレーナーさん、ご褒美のこと忘れてませんよね? 今日のレースで勝った方がトレーナーさんに言うことを聞かせられるっていう」
「なにそれ、初耳なんだけど」
「はい、先日マックイーンさんと話し合って決めました」
「……ちなみに拒否権は?」
「ありませんっ♪」
わぁ、いい笑顔。一体どんな命令が下されるのだろうか。とりあえず靴でも舐めればいいかな。なるべく人道的なのを所望します。
「だから逃げないでくださいね? 景ひ……トレーナーさん?」
「今景品って言おうとした? 最近僕の扱い雑じゃない? ああ、そういえばとあるウマ娘Rからのタレコミなんだけど、誰かさんが勝手に僕の書類に婚姻届を混ぜ込んだとか……おい! 逃げるな卑怯者! おまっ……レース終わったら説教だからな!」
ウマ娘相手に追いつけるはずもなく、一目散に逃げるダイヤの背中に大声で抗議するしかできることがなかった。
どうしよう、あの子いずれとんでもないことをやらかすんじゃないだろうか。今からでもお偉いさんに謝っておく練習しておくのもありかもしれない。
おバカ一号を見送ったと思った矢先、近づいて来る小さな人影が二つ。
「主様、今日もお変わりなくお元気ですね」
「ひ、久しぶり、ぱぱ……」
「グラン、ガング、もう来てたのか。あれだ、さっきのは見なかったことにしてくれ」
「はい、しっかり網膜に焼き付けておきました」
「さとのだいやもんど元気、今日も」
おっと残念、ダイヤの尊厳は守れな……いや、今更か。
「今日は二人で来たのか? なんだったら保護者代わりとして僕が付き添ってもいいけど……」
「むむむっ、子供扱いしないでくださいまし。わたくしとガング、もう立派な大人でございます」
「うん、大丈夫。どうってことない、ぼくは」
「……そか。そいじゃ、二人も出発だな。マックイーンとダイヤのレースは夕方だから、それまで色々楽しんでくるんだぞ、ちびっ子共」
「「子供扱いしないで(くださいまし)!」」
こうしてガキ扱いされて怒ってるうちはまだまだ子供なのだが、それを言ってしまうと本気で嫌われてしまいそうなので黙っておこう。真の大人というのは、自分の年齢を言及されても動じないものだ。あの子達がいつそれに気がつくか、それまで温かい目で見守っておくとしよう。
さてと、そろそろ自分も行くか。あまり乗り気じゃないが、いつまでも校門前で佇んでるわけにもいかない──
「おう、そこのおっさん! ゴルシちゃん特製レインボー焼きそばバージョンΔ買ってかねぇか? 今なら還暦祝いで増量中だぜ!」
「おっさんでもないし還暦祝いもらうほど歳取ってねぇよゴールドシップ! でもレインボー焼きそばってのはちょっと気になるから一つください!」
***
ゴールドシップのわけわからん色をした焼きそばが思った以上に美味しくて腹を立てた後、校舎とはまた別のおしゃんな建物に人集りができていたのが見える。普段であれば人混みに近づくなど自殺行為に等しいが、今回のはなんとなく気になってしまい、何があるのかを確認してしまう。
集まっている人達は何故かほとんどが女性陣であり、一応背の高さには自信のある僕なら簡単に中を確認することが……あ、やっぱなし。見なかったことにしよう。
ガラス越しにとあるウマ娘が見えてしまい急いでこの場を後にしようとしたが、振り返った瞬間まるでワープしたかのような速度で肩をガシッと掴まれてしまう。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「いや、お帰りなさいませって……何やってんだよシンボリルドルフ」
皆んなの憧れであるシンボリルドルフはいつもの凛々しい姿ではなく、あろうことかメイド服姿で出迎えてきた。いつもと雰囲気がまるで違うシンボリルドルフに驚きを隠せない。
「何って、メイド喫茶だよ。毎年恒例の〈リギル〉の出し物、今年はこれになったんだ」
「そ、そうか、恥じらいとかないのはさすがというか……。ま、まぁ〈リギル〉なら大人っぽいウマ娘が多いし、メイドより執事の方が似合ってると思うけどな」
「私もそう思ったんだが、執事喫茶は前に一度やったことある上に、メイド喫茶の要望が多かったからな。これが生徒達の総意というならこなしてみせよう」
「君達は何でも屋か何かか」
〈リギル〉で直接的な関わりがあったのはシンボリルドルフとマルゼンスキーしかいないが、この二人以外にもこのチームには大人びたウマ娘が多い。きっと落ち着いた雰囲気のメイド喫茶になってるはず……
「はーはっはっは! メイドとなったボクも美しい! 嗚呼、今すぐにでもボクを主演とした大歌劇を……!」
「ちっ……なんで私がこんなことを……おい、撮るな姉貴!」
「タイマンだ! アタシに勝てたらこのヒシアマ姐さん特製、抹茶クッキーをサービスしてやるよ!」
落ち着いた雰囲気どこ? これメイドというより冥土じゃない?
「どうだい、せっかくだし入店してはいかがかな、ご主人様?」
「ノリノリじゃん……。というか、あれ見せつけられた後に店入れって言われても不安しかねぇよ……って、ちょっと、押すなって! 無理矢理入店させるのやめろよ!」
と、なんだかんだ抵抗してみたものの、それが無駄だったということは言うまでもない。強制的に空いている席に座らされ、何かしら注文することを余儀なくされる。
自慢じゃないけど、自分はメイド喫茶には行ったことがない。だが、そういったところは決まってメニューの相場が高いことで知られている。つまり、僕は体のいい金づるというわけだ。
もちろんシンボリルドルフにそんな悪意はないだろう。あるとすれば、このチームでただ一人──
「は〜い、トレーナー君。やっぱり来てくれたわね」
「マルゼンスキー……ッ! なーにがやっぱりだ! 初めから客引きが狙いだったんだろうが!」
「や〜ん、人聞きの悪いこと言わないでくれる? あたしはただトレーナー君が楽しんでくれたらいいって思っただけよ。あっ、このオムライスなんかおすすめよ? 卵がトロッとしててまいうーよ?」
いや、そんな高いもんおすすめしながら楽しんでくれたらーなんて言われても説得力がねぇよ。
ちらりと時計を確認すると、時計の針は十一の数字を指していた。昼時には少しだけ早い気もするが、ここで昼食を済ますのも悪くない。
ため息をつきながらマルゼンスキーの勧めるオムライスを注文すると、彼女はウキウキで厨房の方へと歩いていった。今のところ全て彼女の掌で踊らされている気がするんだが。
「お前が〈リギル〉のメンバーと仲良さそうにしてるのは違和感……いや、元サブリーダーだっけか。それにしても、シンボリルドルフやマルゼンスキーと対等に話せるなんて立派なもんだよなぁ」
「……ちっ、無視してたのに。こんなとこで何やってんすか沖野トレーナー。メイド喫茶なんて行くような性格してないでしょうに」
「おいおい、おハナさんとこのチームが飲食店開くっつったらそりゃ行くしかねぇだろ。今月金ないからさ。というかさっき無視してたのにって言ったか?」
「言ってない」
いけしゃあしゃあと絡んでくる隣の席に座る沖野トレーナーはどうやら一文無しのようだ。きっと〈スピカ〉の面子に食費として食い尽くされたのだろう。あそこにはトレセン大食い二台巨頭の一人であるスペシャルウィークがいるからな。同情の余地はないけど。
「にしても、メジロマックイーンとサトノダイヤモンドが一騎討ちでレースたぁな。こりゃ面白くなりそうだ」
「当たり前です。なんたってうちの二人は最強ですから」
「いや待て、最強は〈スピカ〉だ。そこは譲れん」
「……ほう、やるんすか? あ?」
おされなメイド喫茶で大の大人が二人火花を散らす。周りの目は少々痛いが、このくらいマックイーンとダイヤが最強であることを証明するためならなんてことはない。
だが、そんな睨み合いも電光朝露の早さで幕を閉じる。
「……取り込み中のところすまないが、少しいいだろうか。トレーナー君、君の注文したオムライスだ。是非召し上がってほしい」
「おう、早かったなシンボリルドルフ。まるで僕がオムライスを注文するって分かってたみたいじゃないか」
「ああ、それなんだが……今日の朝マルゼンが『トレーナー君が来たらうんと高いの注文してもらいましょ! これで利益もチョベリグね!』と言っててな……。君の姿が見えた時点で既に調理に入ってたんだ」
「よし、あのバカタレメイドをここに連れてこい。あんまり大人を舐めたらどうなるか教えてやる」
今すぐにでも厨房に入って説教してやりたい。が、とりあえず目の前のオムライスを食すのが先か。食べ物に罪は無いしな。
「俺も注文いいか?」
「……すみません、トレーナーから『〈スピカ〉のトレーナーからの注文は絶対に通すな』と言われてるので」
「おハナさん!?」
さすがは東条トレーナー、沖野トレーナー対策もバッチリだ。
心の中でざまあみろと呟きながらスプーンを手に取ったその時。
「や、やめろタイキ、フジ! 私がこんな格好をするのは予定に無い!」
「プランが無ければ作ればいいんデース! 今のトレーナーさん、とってもキュートデスから、恥ずかしがってないデ、スマイル一つお願いしマース!」
「タイキの言う通りとてもお似合いですよ、トレーナーさん。ほら、ちょうどあそこに〈スピカ〉のトレーナーさんもいますし、お披露目しましょう」
何やら店内が騒がしいと思えば、そこにはシンボリルドルフやマルゼンスキーと同じようにメイド服に身を包んだ東条トレーナーが……は? いや、待て待て待て、東条トレーナーまだ妙齢だ。多分、知らんけど。
状況から察するに彼女は〈リギル〉の面々の悪ふざけにより着せ替え人形にされたのだろう。これが自分からノリノリで着てるならまだしも、そうでないだろうから……うん、ツーアウトってとこか。
「……沖野トレーナー?」
沖野トレーナーは席を立ち、メイド服姿の東条トレーナーへと歩みを進める。その背中からは何故か男らしさを感じてしまい、いかにも彼が真人間であることを錯覚させるようなものだ。
「な、何よ……言っとくけど好きでこんな格好してるわけじゃあ……」
「なあ、おハナさん……」
曇りなき眼で、沖野トレーナーは赤い顔をした東条トレーナーの手を握り──
「金、貸してくんない? てか注文取らせて」
沖野トレーナーの悲鳴をBGMにオムライスを頬張る。うめぇな、これ。
***
文化祭といえばと言われると何を思い浮かべるだろうか。飲食店、お化け屋敷、バンド、etc……。人によって様々だろうが、今僕が目の当たりにしているのはそのどれでもない。
演劇。台本から配役、衣装に照明、音響に小道具など、準備がとにかく大変なそれは、クラス全員の協力が必要不可欠なものとなる。つまり、クラス間の仲が良くない限りはそんなもの遂行できるはずがないだろう(個人の感想です)。
しかし、この演劇の役者である六人を見ていたら、そんなものは杞憂であると思わざるを得ない。
『むかし、むかし、あるところに、猿と蟹がありました。ある日、猿と蟹はお天気がいいので、連れだって遊びに出ました』
グラスワンダーのナレーションから始まったその演劇は、分かりやすく、誰もが知っているような内容である『さるかに合戦』だ。
こういう場面でよく使われる物語というのは『ロミオとジュリエット』や『星の王子様』等と言った洋風のイメージが強いが、このクラスは和の物語だ。
なんか昔にも『うさぎとかめ』で演劇してたような気がするな。あの時はそれに乗じて人参賭博をされたりだったか。まずい、不安になってきた。
「おーっほっほっほっほ! 蟹さん、貴方にはこの柿の種とそのおにぎりを交換する権利をあげる──」
「あげませんっ!」
「え、ええっ!? ちょ、ちょっとスペさん、ちゃんとお芝居をやってもらわないと……って、そのおにぎり本物なの!? 今は食い意地張ってる場合じゃないのに……んんっ、柿の種はね、蒔けば芽が出て木になって、美味しい味がなるのよ。さあ、そのもう一つのおにぎりと交換なさいな!」
唐突に台本無視でおにぎりを食べ始めた蟹役のスペシャルウィークに猿役のキングヘイローは混乱する。しかし、その最中でもこれが演劇だということを思い出したのか、無理矢理にでも話の流れを戻そうとする。
「はむはむはむ……はへはへん!!」
「だから食べるのをやめなさいってば! お客さんも見てる……ほらそこ! エルさんもスカイさんも笑ってないでスペさんを止めるの手伝いなさい!」
あーもうめちゃくちゃだよ。もはや演劇という一種の漫才だ。
「キングヘイローも大概苦労人だな……」
「ツヨシちゃんもグラスちゃんも苦笑いのままですし、あの面子も相変わらずですねぇ」
「そうだな……いや一色、お前いつの間に隣に? てかなに、そのめちゃくちゃ高そうなカメラ」
あまりにも自然な会話の流れだったため危うくスルーしそうになったが、今日一色と言葉を交わしたのはこれが初めてだ。この女どこにでも現れるな、神出鬼没すぎるだろ。
「何って、スカイ撮る用の一眼レフですよ。税込52万8000円です」
「ごじゅっ!? ……マジで?」
「マジです。こういう場だけじゃなくて、メインの使用はレースなんですからそりゃいい奴使いたいですよね。ちょっと高すぎな気がしますけど」
気がするんじゃなくて実際そうなんだよ、とは口に出せなかった。これは、それだけ彼女はセイウンスカイのことを大事にしているとことに他ならない。もちろん金を掛ければいいという話ではないが、分かりやすい指標となるのは明白だ。
「存外思い切ったことするんだな」
「ええ、やる時はやる女ですから。それに、わたしはこれ買って後悔してませんので。たとえ一歩進んでなんとやらってやつでもです」
「一歩進んで二歩下がる、ってか。たとえも何も、下がってなんかないと思うぞ」
「いえ、前ならえです」
「アルゴリズムこうしんじゃねぇか」
一色の一言で急に脳内であの二人が行進を始めだす。アルゴリズムこうしーん! トレセン学園の皆さんと一緒!
「あっ、そうだ! せんぱい、こっち向いてください!」
「あん? 何する……って、おい、何勝手に撮ってんだよ」
「えっへへ〜、せんぱいの写真ゲットだぜ!」
そんなどこかのポケモンマスターを目指す少年みたいな言い方して誤魔化せると思ってるのだろうか。今の盗撮として訴えることできないかな。
そんな盗撮魔一色は一眼レフを操作し、撮った写真を確認する。
「む……やっぱり黙ってたらそこそこ顔はいいですね。それも不意打ちで撮ったら更に……せんぱい、今後一切口開かないでもらえます?」
「なんで勝手に写真撮られた挙句喧嘩売られてるの? よし、その写真今すぐ消せ。なんならまだ隠し撮りあるんじゃないのか? おい、目を逸らすなよ」
「いいじゃないですか〜。わたし達、所謂婚約者って関係なんだし」
「?????」
こいつ何言ってるの? ついに現実と妄想の区別がつかなくなったの?
「その顔は自覚無しですね……。ほら、10年後お互いに独身だったらってやつです」
「あ……ああ、あれか。いや、あれは別に婚約とかそういうんじゃ……。分かった、この話やめよう。誰かに、特に生徒なんかに聞かれたら僕の命が危ない」
「うーん、じゃあもう手遅れってことですね」
一色が指差す方向には、とっくに演劇は終わっておりこれまでの話を全て聞いてたらしい黄金世代の面々が……あ。
「セイちゃんのトレーナーさんとマックイーンのトレーナーさんは熱々デース! みんな、早速全校に広めてやりマスよー!」
「「「「おー!」」」」
「ちがああああああう!」
エルコンドルパサーのその一声により、キングヘイロー以外の五人は一斉に教室から駆け出した。追おうにも、相手がウマ娘な上に人数不利。これなんて無理ゲー?
「あー……元気出してくださいよ、わたしがいるじゃないですか。せんぱいがマックちゃん達にボコボコにされたらわたしが看病する……あっ、ちょっと何を──」
「そぉい!」
「わたしの一眼レフ!?」
肩に手をかけて慰めてきた一色の不意を突き、カメラを奪って窓から投げ捨てる。高かろうが安かろうが知ったことか。こいつには何かしら痛い目を見てもらわないと気が済まない。
悲痛な叫びを上げながら教室から飛び出していく一色を見てほんのちょっと心が弾んでいると、これまでの流れを呆れながら見ていたキングヘイローが一言。
「……貴方も大概苦労人ね」
「言わないでくれ……」
***
「ドナドナドーナードーナー……子牛をのーせーてー……」
窓を開け、その風の気持ち良さを体感しながら、この先に待つであろう地獄を想像してすぐに閉じる。
先程のことで精神的に摩耗してしまい、逃げるように自分のトレーナー室へと転がりこんだ。何がリフレッシュだ、疲れただけじゃないかクソッタレ。
今頃エルコンドルパサー達がデマを広めているのだろう。マックイーンとダイヤの耳に入るのも時間の問題、つまりは詰みだ。変に否定したところであの二人の反感を買うのはたしかだし、かと言って肯定するわけにもいかない。
こんなことになるのなら、マルゼンスキーに絆されずに最初からトレーナー室で引き籠っとけばよかった。心の底から後悔している。
ソファに倒れ込み、束の間の平穏に心を休ませる。嗚呼、癒しが欲しい。いや、平穏と言った方がいいかな。どっちでもいい、それが手に入るのならもうどうでも──
カチッ
「……ん?」
突如として部屋の電気が消えた。それにより閉じかけていた瞼が開き、条件反射で意識を覚醒させざるを得なくなる。
ブレーカーが落ちたか? いや、たしかに電気のスイッチがオフになる音がしたからその線は消える。
なら誰かの悪戯か? いや、スイッチが消える音がしてドアの開く音が聞こえないなんておかしい。そもそもこの部屋には僕以外の人はいない。
ふむ…………まあいっか。
特に気にすることもなく再度眠りにつこうとすると、今度は棚に置いてある本や資料などが一斉に動き出す。それも、全てがひとりでに。
これらの現象を目にして思ったことは。
「うるっせえええええ! 気を引きてぇならもっとマシなことしろやこのかまってちゃんがああ!!」
ぱたり。一喝入れただけでポルターガイストは音も無く終了してしまった。こちとら多少機嫌が悪いんだ。お化けだか幽霊だかなんだか知らないが、今の僕に怖いものなんてない。
とはいえ、再度心霊現象を続けられてはたまったものではない。なんとかしてこの状況をなんとかしなければならないのだが、どうしたもんか。
「ん、手が……なんのつもりだ?」
体を起こした途端、何者かによって手が引っ張られる感覚を覚える。が、やはりそこには何もない。やはり心霊現象的なあれか。
「うおっ!?」
何かを伝えようとしているのか、それともただの悪戯なのか。急に力が強くなったその手は、僕の体を強制的に動かした。
「あっ……おい! まだ窓とドアの戸締まりが……!」
そのまま強引に引っ張られ、無理矢理トレーナー室の外へと連れ出される。
異世界転移の経験もあってか、ある程度ファンタジーなことには耐性があると思っていたのだが、見えない何かに連れられるというのは存外スリルを刺激されるものだ。
走って、走って、走って。この先に何が待っているのかと考えさせる暇もなく、速く、疾く。まるでウマ娘に引っ張られているかのような速度が新鮮で、少し癖になってしまったのは心の内に秘めておこう。
そんな時間も長くは続かず、謎の存在によって連れられた後に辿り着いた場所というのは、今や使われなくなった旧理科室だった。こんなところに連れてきて何がしたいんだと思っていると、その旧理科室から一人の人物が現れる。
「……あなたは──」