名家のウマ娘   作:くうきよめない

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救えないほどお人好し

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……まずい、っですわっ……!」

 

 レース直前の放送を聞いて、いてもたってもいられず目的の場所へと息を切らして走る。

 人がごった返す校舎は走りにくく、時間も体力も大幅に削られてしまった。体力的には問題ないが、精神的な面では焦りと混乱で余裕はゼロと言っても過言ではない。

 

 正直、タキオンさんのあの放送を聞いた瞬間冷や汗が出た。彼女は惚れ薬の作成を依頼した人物、ぶっちゃけそれは私なのだが、それを濁してくれていた。でも、もしそれが私だとバレてしまうと自分に罰が下る可能性がある。

 本来なら知らんぷりしてダイヤさんとのレースに臨むべきだったのだろうけれど、生憎と考えるより先に行動してしまったのが運の尽きだ。

 

 引くに引けなくなったこの状況、なんとか一番最初にタキオンさんを見つけ出して証拠を隠滅するほかない。それさえできれば後はどうとでもシラを切ることができる。

 

 そんな淑女として、メジロとしての誇りをゴミ箱にかなぐり捨て、ようやく目当ての教室へと辿り着いた。

 

 今回タキオンさん……いや、惚れ薬を狙っているのは何も私だけではない。自分のトレーナーを我が物としようとするウマ娘全員が敵だ。

 それに、この広いトレセン学園で一人の人間、及びウマ娘を見つけ出して捕らえることは困難を極める。どこか人気の無いところに隠れられたら打つ手がない。

 

 だが、残念ながら私はこういった経験は初めてでは無い。彼女の性格の悪さに賭け、その扉を開ける。

 

「……おや、随分早かったじゃないか。まだ録音放送を流してから五分と経ってないんだがねぇ」

 

「ええ、生憎と、貴方より"性格の悪い人"と鬼ごっこをしたことがあるもので。必ずスタート地点であるこの旧理科室に鎮座していると思いましたわ」

 

「ふぅン、我ながらシンプルでいい作戦だと思ったのだが……。君の言う性格の悪い人とやらに文句の一つや二つでも言いたい気分だねぇ」

 

 やはりタキオンさんがいたのは彼女がいつもいる旧理科室。先程の放送はやはり録音したものであったらしく、真っ先にここへ向かった自分の選択が間違っていなかったことを認識する。

 でも、今はタキオンさんを見つけて愉悦に浸っている場合では無い。彼女には聞かねばならないことがある。

 

「タキオンさん、どうして貴方はこんなことをしたんですの!? もうすぐレースが始まるって時に何故……!」

 

「タイミングが被ったのは単なる偶然さ。あの放送を流したのも、本気になったウマ娘がどのような行動を取るのか研究しようとしただけにすぎない。そもそも、薬が完成したら真っ先に知らせろと言ったのは君だろう?」

 

「そんなこと言ってな──」

 

 

『タキオンさん、薬が完成しましたら何が何でもすぐに知らせてくださいまし』

 

 

 言った。言いましたわね、私。

 

 あの日、この場所でタキオンさんに薬の開発を依頼した時のことを思い出して頭を抱える。万が一他の誰かに取られたらと考えたのが仇になった。

 

 でも……でも限度ってもんがありますわよねぇ!? こんな形で伝えなくてもよかったんじゃありませんの!? 

 

 そんなことを声に出しても無駄なことはわかっているので、喉から出かかった言葉を噛み砕く。

 

「さて、君にも非があるというのが分かったところでどうするんだい?」

 

「決まっていますわ……今すぐその薬を処分して証拠を隠滅する……ッ! あわよくば隠し持って本来の目的で使用します!」

 

「そういう素直なところ、やはり嫌いじゃあないよ! さあかかってきたまえ! 研究対象として、君が見せる本気というものをとことん──ッ!?」

 

 タキオンさんが言い終わる前に、後方から直径一センチも無いであろう小石がかなりの速度で私の横を通り過ぎた。その小石は見事にタキオンさんの右手に命中し、持っていた薬が空中へと放り投げられる。

 

 それは一瞬の出来事だった。しかし、その一瞬で動くことができたのは、私でもタキオンさんでもなく、小石を放った第三者。私の横をすり抜け、地面に落ちる前に薬をキャッチ。

 

 緑色の勝負服を身に纏い、額に菱形を輝かせ、微かに頬が上気している彼女は……

 

「ダ、ダイヤさん!? どうしてここに!?」

 

「ふ、ふふ……放送直後にマックイーンさんが血相を変えて走っていたのを見て、後を付けちゃいました……」

 

 ……あ、あら? なんだか喋り方まで少しおかしい。なんでしょう、頬が上気しているだけならまだしも、目のハイライトが消えているような……

 

「マックイーンさん」

 

「は、はい、なんでしょう?」

 

「これを使えば、トレーナーさんを好きなようにできるって本当ですか?」

 

 まずい。何がまずいかって、惚れ薬がダイヤさんの手に完全に渡ってしまったことで彼女の暴走が止まらなくなるのがとてつもなくまずい。

 このままではおそらく、というか十中八九トレーナーさんの身が危険に晒される。

 

 私がタキオンさんに惚れ薬を作成して欲しいなんて言わなければ、今頃レースの決着がついていただろう。贖罪するためには、今ここで、全身全霊を持ってダイヤさんを止めるしかない。

 

 ああ、まさかこんな形でダイヤさんと対峙するとは思わなかった。できることならターフの上で競い合いたかったが、そうは問屋がおろさないらしい。

 

「退いてください、マックイーンさん……。これはまたとないチャンスなんです……フランスでの失敗を晴らすためにも……!」

 

「今ここで貴方を止めます。トレーナーさんの身と私の名誉を守るために!」

 

「……あの、二人とも私のこと忘れてないかい?」

 

 右手を押さえてか細い声を出すタキオンさんを無視し、私達はジリジリと間合いを取り合う。

 最終防衛ラインはここだ。旧理科室なだけあって、ここら辺は人気が少ない。もしこのモンスターをここから解き放ってしまえば止める術は皆無と言っていいだろう。多少強引になっても彼女を止めなければ。

 

 でも、できることならダイヤさんを傷つけたくは無い。何か他に良い方法がないだろうか。

 

 そう思った瞬間、彼女は右足を思い切り踏み込んだ。初速はとんでもなく速さで、いきなり始まった攻防に対処しきることができない。

 

「……ッ!」

 

「くっ、落ち着いてくださいましダイヤさん! そんなことをしなくてもトレーナーさんは私達を好いてくれています!」

 

 薬を依頼しといてどの口がと思われそうな私の声はやはりダイヤさんに届かない。

 彼女の意思はダイヤモンド級に固い。いつの日かトレーナーさんがそんなことを言っていたのをこんな形で実感したくはなかった。

 

 単純な体格差ではダイヤさんが勝っているのもあってこのままではジリ貧だ。どうしたら……! 

 

「ほう、これは興味深い……。何かに強く執着するウマ娘はこれほどの力を引き出せるものなのか……」

 

「冷静に分析してないで手伝ってくださいましタキオンさん! し、死ぬ! これ死にますわ!」

 

 こんな状況でもマイペースなタキオンさんを見て気が抜けかける。まあ、彼女にとって私達のトレーナーさんの優先度が高いわけがないのでこうなるのも仕方がないのだが。

 

 あ、もう駄目ですわね。腕が限界に近い。

 

 ダイヤさんに強引に引っ剥がされた私は無様にも地べたへと這いつくばる。すぐにでも追いかけたいが、起き上がることすらままならない。

 

「ま、待って……ダイヤさん!」

 

 私の静止にも聞く耳持たず、ダイヤさんは一目散に旧理科室の外へと出ようと扉のドアに手をかける。そのまま彼女は勢いよく扉を開き……うん? いつの間に扉は閉まって──

 

「ッ!? ゴホッゴホッ!」

 

「っ、これは……スプレー?」

 

 扉が開かれた瞬間、外からスプレー缶を投げ込まれた。幸い私は扉から離れていたので対処できたが、それをモロに食らったダイヤさんは少し苦しそうだ。

 どうしてこんなものがという疑問がよぎったが、間髪入れずにまたしても私達三人の誰でも無い声が響き渡る。

 

「事態が事態だからね。心底胸が痛いけど、手荒な方法を取らせてもらったよ。ああ、安心して。そのスプレー、ただの目眩しだからさ」

 

「ト、トレーナーさん!?」

 

「マンハッタンカフェから聞いたよ、マックイーン。アグネスタキオンと何やら怪しげな取り引きしてたってね。君もこの旧理科室に来たってことは、考えてることは一緒みたいだ」

 

「あ……ああ……」

 

 全部バレてた。この悪あがきもどうやら全て無駄だったみたい。

 

「ち、ちがうんですのトレーナーさん……。私はこんなこと望んでなくて……」

 

「後で一緒に謝ってあげるから、そこで正座してなさい。ほら、ダイヤもその薬渡しなさい」

 

「え、で、でも……」

 

「ダ イ ヤ」

 

 ダイヤさんはトレーナーさんの圧に負け、すごすごと惚れ薬を手渡す。なんだろう、今日の彼には逆らえる気がしない。

 

「さて、生徒会からの伝言だ、アグネスタキオン。今すぐこのふざけた騒ぎを鎮静化させるというなら、処罰は軽減する。しかし、そうでない場合はその限りではない」

 

「ふぅン、私への処罰は確定しているわけか。いや、分かっていたさ。こんなことをしてただでは済まないとね。でも、処罰が怖くて実験ができるのかと聞かれたらそれはNOだ。私は最後まで抵抗してみせるさ」

 

「そうか、だったら……」

 

 それを聞いたトレーナーさんはサムズアップの形を取り、タキオンさんへと突きつける。

 そのままゆっくりと親指が下になるようにして……

 

「やれ」

 

「はぁ、一体全体何を……は? も、燃えてるんだけど。ね、ねぇ、私の研究資料燃えてるんだけど!? 一枚や二枚じゃなくて全部……ちょ、これ洒落にならないって!? まさか君、カフェの『お友達』と手を組んで……!」

 

「おっしゃーい! 全部燃やし尽くしてやるぜえええ! 今宵はアグネスタキオンの研究資料でキャンプファイヤーだあああ!」

 

「おいトレーナー君!? 言ってる場合か!? 頼りにしているとは言ったがやり方に限度というものがあるだろう!?」

 

 外で待機していたのか、どこからともなく現れたルドルフ会長は慌てて教室内の消火器を手に取り消火活動が開始される。そのおかげもあってか、幸い燃え広がる前に全ての火を消し去ることができた。

 だが、会長の精神的な疲労はとんでもないものだっただろう。なんせ下手したら校舎が全焼する可能性があったのだ。

 トレーナーさんのことだからどうにかする方法があったとしても物凄く心臓に悪い。

 

「ふむ、少々火力が強すぎた気もするが……ま、アグネスタキオンに制裁もできたし騒ぎの根源も抑えられたし、一石二鳥だな!」

 

「トレーナー君! 君って奴は! 本当に君って奴は!!」

 

「ああああああああ! 私の研究資料! 徹夜して何日もかけた私の研究資料がああああああああああ!」

 

 トレーナーさんの肩を揺さぶって猛抗議する会長に、そのすぐ側で地面にうずくまり大泣きするタキオンさん。

 

 私とダイヤさんは当事者であるにも関わらずそんな光景を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「トレーナーさんって、たまにとんでもなく頭が悪くなりますよね」

 

「なんだダイヤ、藪からスティックに。僕のどこをどう見て頭が悪いなんて単語が思い浮かぶんだよ」

 

「今のその姿が物語ってますよ……」

 

 今現在、私達三人は朝早くから学園前の掃除をしている。

 

 感謝祭で全校を混乱の渦へと誘った『惚れ薬争奪事件(仮)』。タキオンさんの資料を全て燃やし尽くしたことについて、それは火災と言うには小さすぎたため、大事には至らなかった。

 しかし、校内で火遊び紛いのことをしたのは事実。当然のことながらそれは理事長やたづなさんの耳に入り、トレーナーさんは減給とこうした奉仕活動という処分が下った。

 

 その時、クビにならなかっただけマシと笑っていたトレーナーさんのメンタルはオリハルコンか何かかと疑ってしまった。おかしい、普段そんなにメンタルが強い人ではなかったはずなのだが……

 

「それにしても、私達に何のお咎めもなかったのは意外でしたね。てっきりマックイーンさんには何かしらあると思ったんですけど」

 

「ダイヤさん、どうして被害者面してるんですの? 貴方もこっち側ですわよ?」

 

 でも、確かにそれは不思議だ。今こうしてトレーナーさんと一緒に掃除をしているのは後ろめたさがあるから。

 てっきり私達にもこうした奉仕活動が課されるかと思っていたのに、実際はそうならなかったのは違和感がある。

 

「まるで誰かが庇ってくれたかのような……あ」

 

 ダイヤさんのその発言によりピンときた。私達がお咎めなしという結果に終わったのは、もっと大きな事件に掻き消されたためであって……

 

「くぁ……くそねむ、はい、終わり終わり、さっさと戻って仕事に……ん、どした二人とも。箒片付け行くぞー?」

 

 真意は分からない。でも、きっとこの人のことだ、敢えてやったことなのだろう。私が言うのもなんですが、教育者としては0点だし甘すぎる。

 

 ほんっと、救えないほどお人好しですわね。

 

 私達は顔を見合わせて苦笑いをし、彼の隣を歩くのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 後日談、というか今回のオチ。

 

「そういえばトレーナーさん、惚れ薬の所在はどうなったんですの?」

 

「ああ、それな、ちょうどいい使い道があってさ。昨日マルゼンスキーに協力してもらったからそろそろ効力が出てるはずなんだが……お、来た来た」

 

 トレーナーさんの目先には、ライスさんと彼女のトレーナーが……ん? なんだか様子が変な気がするのだが。

 

「ライスが一番速くて強いウマ娘なんだよ! そんなライスを担当できて、やっぱりお姉様は幸せ者だねえ!」

 

 ……誰だあれは。私の知ってるライスさんじゃない。

 

「アグネスタキオンが、服用させた後に一番最初に見た相手に惚れさせるって言ってたろ? だからライスシャワーに薬飲ませて鏡で自分の姿を見させたんだ。これで後ろ向きな性格を改善できたってワケ。ちょっとキャラ崩壊が凄いけど」

 

「ちょっとどころじゃないですけどね……」

 

 でも、私達の卑しい用途よりは幾らかマシだ。ライスさんの卑屈さが消え、逆に鬱陶しいほどに強気になっている。これはこれで新鮮味があって良し。

 

 ただ、一つ問題点があるとすれば。

 

「薬の効力は半日で切れますし、その間の記憶も残るみたいですわよ?」

 

「え」

 

 その後、ライスさんは一週間自室から出てこなかったという。

 

 

 

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