名家のウマ娘   作:くうきよめない

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引き続き「名家のウマ娘」をよろしくお願い致します。



小休憩

 

 

 

 学園からさほど遠くない河原に、一人の男……まあ僕なんだけど、もう一人、黒髪で背の低いウマ娘が寝そべっていた。

 

「……てことがあったんだ」

 

「"てことがあったんだ"だけ言われても、それだけじゃ何があったのかライス分かんないよ……」

 

 マックイーンが飛び出していった数時間後、グラスワンダーから任務完了の連絡が届いたので、マックイーンには今日のトレーニングは終了という旨の指示を連絡しておいた。

 

 なんというか、ここ2日で一気に歳を取った気がする。マックイーンじゃないが、ここ最近自分も自分で根を詰め過ぎていた気がしなくもない。

 

 そういうわけで、一度気分をリフレッシュしたかったこともあり、散歩という名のサボりで河原まで歩いていると、見覚えのあるウマ娘とばったり出くわしたというわけだ。

 

「……ねえライスシャワー、君から見てマックイーンはどう見える」

 

「え、マックイーンさん? えっと、マックイーンさんは強くてかっこよくて……えっとえっと、ライスの憧れだよ!」

 

 そうか、憧れか……だったら尚更今日のことを話すわけにはいかないな。講演会での痴態をライスシャワーが耳に入れてなかったらの話だが……もう遅いか、すまんマックイーン。君の尊厳は守りきれそうにない。

 

 マックイーンとライスシャワーは何かと縁のある関係だ。

 トレーナーとしてマックイーンの側にいることが多く、二人が話している所をよく見かける。同じステイヤーということもあり、互いが互いを高め合う良いライバル関係を構築している。いつかマックイーンが言ってたか、「私はライバルが多くて幸せ者ですわ」と。

 

 ライバルというのは、己を高みに連れて行ってくれる存在だ。どんなに強くても、どんなに速くても、競い合う者がいなければ強みを出しにくい。これは阪神大賞典でのマックイーンのことを言っているのか、それともあのレジェンド的な存在であるウマ娘のことを言っているのか……

 

「それで、マックイーンさんのトレーナーさんはどうかしたの?」

 

「どうかしたかって聞かれたらどうかしたって答えるしかないんだけど……何て言ったらいいんだろう、喧嘩……じゃないし……」

 

「け、喧嘩しちゃダメだよ! マックイーンさん、トレーナーさんのこと大好きなんだから! ライスも一緒にごめんなさいしてあげるから謝りに行こう?」

 

「いや喧嘩じゃないって……力強っ!?」

 

 ライスシャワーは普段おどおどしているため忘れがちだが、彼女もウマ娘だ。当たり前だが僕なんかより全然力も強い。

 

「落ち着いて! 本当に喧嘩じゃないんだって!」

 

「ほんと? ほんとに喧嘩じゃない?」

 

「ああ、ほんとほんと」

 

 良かったぁ、と呟くライスシャワーに多少罪悪感を覚える。

 あれは見方によれば喧嘩にも見えなくないため、心優しい彼女を騙すような形になってしまい心が痛い。でも、本人は喧嘩とは思っていないためノーカンだろう。それでもマックイーンには謝らなければならないのだが。

 

 どのようにマックイーンお嬢様のご機嫌を取ろうか考えていると、どうやら難しい顔をしていたのか、ライスシャワーは気を使うようにこちらの顔を覗いてくる。

 

「ライスね、落ち込んだり元気が無くなった時は本を読むの。ライスはあんまり本に詳しくないんだけど……ロブロイさんから教えてもらった本は凄く面白いんだよ」

 

「本か……」

 

 活字は嫌いではない。むしろ小説などを読むのは僕にとっての娯楽の一つだ。

 

「マックイーンさんのトレーナーさんは好きな本とかあるの?」

 

「僕? 僕は……」

 

 よく考えてみれば、自分には好きな本が無いのかもしれない。有名な文学作品からライトノベルまで様々な種類の本を読む人間だ。一概にこれが好きというものがパッと思い浮かばない。

 

「……いや、これといって好きな本は無いな」

 

「だったらライスの好きな本教えてあげる!」

 

 そういってライスシャワーは普段のおどおどした態度からは考えられないくらい楽しそうに話し出す。

 

 それから数分経ち、ライスシャワーとの本(絵本)談義も一息つき、門限的な意味でウマ娘達にとってそろそろ厳しい時間となってくる。自分の好きな絵本を紹介できて満足なのか、ライスシャワーは笑顔で立ち上がる。

 

 昔の彼女とは大違いだ。ライスシャワーは僕の担当ウマ娘ではないが、大きく成長したなと思わざるを得ない。

 

「ライスは感謝祭のレース出ないけど、マックイーンさんのこと応援してるからね!」

 

「もう当然のように知ってるのね」

 

 この情報漏洩にもなんとも思わなくなってきた。そもそも発端がゴールドシップの時点で既に諦めはついている。

 

 トレーニングに戻るライスシャワーを見送り、もう一度河原に寝そべる。

 

 日はもうすぐ沈むといった頃合いであるが、人影は思った以上に少ない。デジタル化が進んだ今、外で遊ぶ子供達はそう多くない。社会人も仕事が終わったらこんな河原に行かずに街に繰り出すだろう。

 ウマ娘達も、もう門限が近いため先程のライスシャワーのようにトレーニングを終わりかけている者しかいない。つまり、この場には僕一人ということになる。

 

 第三者の視点で見れば完全に不審者のように映るだろうが、人の目がないこともあり僕にはノーダメージだ。

 

 大きなため息を吐きながら、学校に出る前に目にした張り紙を思い出す。その張り紙が、知らない誰かによって書かれた物なら一蹴することができただろう。

 内容は感謝祭の模擬レースのこと。そして張り紙の作成者はおそらくゴールドシップ。良くも悪くも、こういった時の彼女の情報は信用できてしまうのが悔しい。

 

 もう一度ため息を吐き空を見上げる。その空には一枚の紙が漂っており、それは僕の懸念事項である張り紙と全く同じ物だ。

 

『テイオーvsマックイーン』

 

 シンプルに、力強く書かれたその文字は、かつて二人が激突した春の天皇賞を思い出させるには充分すぎる代物だった。

 

 

 


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