前回の番外編の少しだけ前のこと
「っ、はぁぁぁ! やぁぁっっっと今日の仕事終わったあっ! なーんで週末にこんなことしなくちゃなんないんですか!! バカなんですか! 死ぬんですか!?」
「今回ばかりは同意だ。まさか急な呼び出しがあるなんてな……。おかげで今日の予定全部キャンセルだよ」
「ほんとですよ! せっかく今日はマックちゃんサトイモちゃんと夏祭りだったのに! ああもうクソッ、前の車おっせぇなぁ! 煽ってんのかぁ!? あぁん!?」
「おーい、ちゃんと運転して? まだ死にたくないんだけど」
人格変わりすぎだろ。何なの? 多重人格? 君もしかして葛飾区の本田さん?
URA本部からの車での帰り道、どういった風の吹き回しか、運転手の役を買って出た一色と共に各々愚痴を募らせる。
彼女の言う通り、本来ならば今日はあの二人と夏祭りに行く予定だったのだ。
人混みは苦手なのであまり乗り気じゃなかったが、いつもの如く僕に拒否権は無かったらしく、隣のバカも加わって気が付いた時には既に退路は絶たれていた。
急遽仕事が入り結果的には夏祭りには行かずに済んだが、その代償はあまりにも大きい。
ああ、あの二人絶対怒ってるだろなあ……口では仕方ないですとか言ってくれるだろうけど、確実に思うところはあるだろうし……
ま、まあ考えすぎても仕方ないよな、うん。そもそも、こんなこと考えてる時点で自意識過剰ってもんだ。
そう、常に孤高の存在であり、誰からも気にされず生きてきたこの人生。高校生の時のネットのユーザーネームは『ボッチマスター』だった僕に死角は無──
「──ん」
「うん? どしました、せんぱい。おねむでちゅか〜?」
「いや、ちょっと疲れてただけだ。問題ない」
「……わたしが運転して正解でしたかね。着いたら起こすので、寝てても大丈夫ですよ」
「そういうわけにもいかんだろ。第一、この乗り心地じゃあ寝ようにも安心して寝られないよ」
「は? わたしのドライビングテクニックにケチつけてます?」
あんな口悪く運転してたら誰でも不安になるだろ。実際ちょっと運転荒っぽいし。
なんだろう、こいつの運転にはチラホラ闘争本能が垣間見える気がする。いつも間近で見ている何かに似ているような……
「好意を無碍にされたのは腹立ちますけど、やっぱり寝ててください。その……心配なんですよ。せんぱい、見るからに寝不足ですし。前科持ちですから」
「そんな犯罪者みたいな言い方……でも、そうするよ。一色が気を遣ってくれるなんて滅多にないからな。天変地異の前触れとでも思っておくよ。あ、遺書残しといていい? これから交通事故で死ぬかもしれないからさ」
「前言撤回です、やっぱり寝ないでください。わたしの話し相手にでもなってもらうことを命じます」
「へいへい、分かりましたよー」
助手席でぶーたれて不貞腐れる一色を揶揄いながらそんな他愛のない会話をする。
それなりに付き合いも長いし何度も会話しているからか、一色と過ごす時間は悪くないと感じてしまう。
まるで10年来の悪友のような関係だ。いや、そんな関係の人はいないのだが。
風の噂によれば、文化祭サボって空き教室で一緒にゲームしてたI君は既婚者だそうじゃないか。ちくしょう! どいつもこいつも家庭を築きやがって! おめでとう、幸せになれよ!
そう思い過去をゴミ箱に投げ捨てて目を瞑り、雑に一色に話を振る。
「んで、話し相手になれとは言われたがなんか話題でもあんのか? 言っとくが、僕は面白い話はできないぞ」
「知ってます、だってせんぱいですもの」
どういう意味じゃコラ。
「だから、今日はせんぱいには己を曝け出してほしいなって」
「は? 己をって……いやいや、割と自然体なんですけど」
「本当ですかぁ? ほれほれ、吐いちゃってくださいよ〜」
「ちょ、おい、ちゃんと運転しろって。マジで事故るぞ。ったく、何を吐けってんだ」
運転手が助手席の人間にちょっかいかけるなよ。真面目に運転してくれ。
そう訴えかけると、一色は分かってますよと一言呟き車を停める。
何かあったのかと薄目を開けると、信号は黄色から赤に変わる直前だった。
「んじゃまぁ単刀直入に聞きますけど……マックちゃんとサトイモちゃんのこと、どう思ってますか」
そう問いかけてくる一色、いや、問いかけると言えるのかも怪しい。彼女の言い方では言葉の最後に疑問符が付いていない。
まるで答えることを、応えることを強要しているかのような話し方だ。
遠くで花火が打ち上がる音を聞き、薄目を開けたままの瞼を閉じて視覚をシャットアウトする。
「……大事な大事な教え子さ。それ以上でもそれ以下でもない」
「でもあの子達の好意には気がついてますよね? それもかなり昔から」
「どうかな。僕がどんな風に答えようが、お前がそれを真実と確かめる術は無いんだ。それでも一応否定はしておくけどね」
「素直じゃありませんねぇ〜。大方、トレーナーとウマ娘の関係は清廉潔白であるべきーだとか思ってんでしょうに」
マックイーンとダイヤのことをどう思ってるか。そんなアバウトな質問に対してこちらもアバウトな回答を用意した。
しかしそれでは満足しなかったのか、一色は核心をつく言い方をせず、言葉を足して継ぎ剥いで、土足で僕のプライベートゾーンへと侵入してくる。
それが多少不愉快にも思え、仕事での倦怠感も合わさり苛々してしまう。
「……そんな何回もされた質問を今更ぶつけてきて、今更何が言いたいんだよ」
「じれったいんですよ、あなた達三人見てたら」
「……は?」
「せんぱい、そろそろあの二人の気持ちに真剣に向き合うべき時なんじゃないですか?」
「それは……」
向き合おうとしたさ。何度も何度も、あの子達が下手くそで強引なアプローチをしてくる度にそう思った。
時には不覚にも心を奪われることもあったし、物理的に身体を奪われそうになったことあった。
でも、何もかけられる言葉が無かった。
コミュ障が事前に台本を作っとかないと話すことすらできないのとは違い、そもそもこの場合は台本すらも書き上げることができない。
どんなにそれっぽい言葉を取り繕ろおうとしても、どこかそれらを安っぽく感じる自分が必ずいる。
結果的には茶化して誤魔化して。彼女達もどこかそれを良しとしている節がある。
そんなぬるま湯が、僕は好きだったから。
「……あの子達も察してくれてるんだよ。トレーナーと担当ウマ娘が……その、なんだ、そういう関係になるのはまずいって」
「でしょうね、分かります。じゃなかったら既にせんぱいの貞操はありませんもの」
「ははっ、面白い冗談だな。…………冗談だよな? なんでちょっと目逸らした? おい、嘘でも冗談って言えよ」
「まあそんな話は置いといてですね。わたしが何を言いたいのかというと、想いは伝えなきゃ何の意味も持たないってことですよ」
置いとかれたら困るんだが……。
一色の言うことに思うところがないわけでは無い。
僕だっていい年した大人である以上、本音と建前の使い分けはそれなりにできるようになっているつもりだ。それがいつの間にか、話し相手を選ぶわけでもなく建前の割合が多くなってしまっている。
いかんせん仲の良い友達と呼べる存在がいない以上、本音を曝け出せる相手がいないというのもこんなモンスターが生み出された一つの原因だろう。
だけど、もし自分が想いを伝える方法を知らないだけだとしたら……?
「どうです? 少しは気が楽になりましたかね?」
「別に、大して変わらないよ」
「やっぱり素直じゃないですね。まっ、肝心な時に口下手なせんぱいですから、伝えようにも伝えられないかもしれないですけど。試しにわたしのことどう思ってるか言ってみてくださいよ」
「はいはい、世界一可愛いよー」
「うっわテキトー……せっかく回りくどく恋敵の応援してあげたのに」
言うほど回りくどかったか? 割と直球で聞いてきたと思うんだが。
けど、誰に何を言われようが僕の気持ちは変わらない。少なくとも、あの子達が在学中は今の状態を維持し続けるだけだ。
「うおっ」
そんなことを考えていると、中々の速度で運転していた車が急に停止する。
それに驚いて目を開けると、そこは見覚えのある場所だった。
「ここは……夏祭りの会場の近く?」
「まだ時間、ちょっとだけありますよ。行ってあげなくていいんですか。あの子達、きっとまだ残ってます」
「いや、でもこんな時間じゃほとんど回る時間も無いだろ。それに残ってるって確証なんてどこにも……」
「その時はその時で諦めてわたしと飲みにでも行きましょう。もちろんせんぱいの奢りで高いご飯でも」
こいつマジで……。粋な計らいした風出してるんだから最後まで格好つけろよ。
「お前はいかないのか? 元々一緒に行く予定だっただろ」
「こんな人の多さじゃ駐車場なんてどこも空いてないですよ。ほら、もたもたしてるとこのまま出発しちゃいますよ?」
「……んじゃま、行ってくるわ。お前に飯奢るのも癪だしな」
「最後まで素直じゃないんですから……」
仕事用の荷物をほっぽって、スマホと財布という最低限の装備を身につけて車を降りる。
正直一色に言われたことはお節介だと感じてしまう。それでも彼女なりに気を使ってくれたんだ、今度何か奢って──
「せんぱい! 一つアドバイスです!」
窓から顔を出して僕のことを呼ぶ一色。僕は振り返らず立ち止まり、その声に耳を傾ける。
「言葉だけで全部伝わってたまるもんですか! ごちゃごちゃ考えず、あの子達の喜ぶことをしてあげてくださいよ!」
言葉だけで、か。妙に彼女の言うことが頭の中で反響したまま、礼と言わんばかりに片手を軽くあげる。
ごちゃごちゃ考えず、あの子達の喜ぶこと。
そんなこと、その時になってみないと分からない。そしてこれは、一色の手を借りちゃいけないことだ。僕一人で考え抜かないといけない。
でも、今は焦らずゆっくり、
「ぼちぼちやったりますかねぇ……ボッチだけに……へへっ」
***
せんぱいの後ろ姿を見送り車を発進させる。その時一瞬見えた彼のニヤついた気持ち悪い笑みを見て、どうせまたくだらないことでも考えてるんだろうなと思い苦笑してしまった。
夏祭りなだけに交通規制は厳しいが、それとなく会場から近い場所に適当に停車して時間を潰す。
「何やってんだかなぁわたし……」
ふと漏れた独り言は後悔か、あるいは無念か。どっちであってもいけないのだろうが、きっと今のわたしにはそのどっちもだ。
なら、なぜあんなことをしたのかと言われるとそれはそれで弱ってしまう。
本当にせんぱいのことが好きならわざわざマックちゃんやサトイモちゃんの手助けになるようなことなんてせずに帰ってしまえばよかったのに、と。そう言われても仕方がない。
積極的にアプローチを仕掛けているつもりでも、その実わたしのやり方は意外とそうでもない。
学生で未成年なマックちゃん達と違い、わたしとせんぱいは同僚、つまりは結ばれてもなんら問題は無い関係だ。
なのにわたしと来たら、付き合ってくださいじゃなくて貰ってください、今すぐじゃなくて10年後と、とても面倒臭い女みたいになっている。
ええ、分かってますよ。わたしもわたしが面倒臭くてどうしようなく思ってます。
せんぱいに素直じゃないと言ったが、どの口がそんなことをと何度も心の中でツッコんだことか。
「……ん?」
ドアガラスがコンコンと叩かれた音に反応し、咄嗟に顔を上げてしまう。適当なところに停めてしまったため警備員さんに注意を受けるかなと思ったが、そこにいたのは意外な人物……って──
「うわあ!? マックちゃん!? な、何やってんの窓ガラスなんかに張り付いて!」
「うう……ダイヤさんとはぐれてしまって……電波も悪いですしどうすればという時に見覚えのある車を見ましたので……」
あちゃあ、せんぱいとマックちゃんが入れ違ってしまったか。
こうなってしまったらこの二人を鉢合わせるのは難しいだろう。よし、諦めよ。
マックちゃんを助手席に乗せて学園へと車を出す。せんぱいとサトイモちゃんには電車で帰ってきてもらおうか。
「ところで、どうして一色さんがこちらに? 今日は急な仕事が入ったとかでトレーナーさんとURAの本部へと向かったはずでは……?」
「あー、それね。早く終わったからついでに花火見に寄っちゃった」
「なるほど。して、トレーナーさんはどこへ?」
「それはね……」
いや待てわたし、ここで素直にせんぱいがサトイモちゃんの下へ向かったと言っていいのだろうか。
独占力の強いこの子のことだ、それを知ると今すぐにでも車を降りて走り出してもおかしくはない。なんとか誤魔化さなければ。
「あ、あー、あの人なんか行きたいところがあるとか言って本部で別れちゃった。どうせせんぱいのことだし、わたしに付き合わされると踏んで別行動を取ったとか……」
「ふむ……この助手席、少し温かみがある……それにこの匂い……間違いありませんわ! さっきまでトレーナーさんがここにいましたわね!」
「……えっ、こわ」
匂いとか言っちゃったよこの子。一瞬頭が理解に苦しんでショートしてしまった。
正直この感じだと誤魔化すのは無理そうなので、マックちゃんとせんぱいが入れ違いになってしまったことをそれとなく説明する。
要はせんぱいを売ったってことだね、ごめんなさい。
「はぁ……トレーナーさんとダイヤさんが二人きりでいるかもしれないというのは少々妬けますが、今から動くと今度こそ帰れなくなりそうなので大人しくしておきますわ」
「あら意外、マックちゃんのことだから今すぐにでもドアこじ開けて人ごみ掻き分けせんぱい達のとこ向かうと思ったのに」
「一色さんは私のことどういう風に思ってますの!?」
「薬使って男惑わせようとしたやべーやつ」
「……いえ、それはタキオンさんの陰謀であって決して私は関与してないと言いますか……」
「学園内の噂ではそうなってるね。でもわたしはせんぱいから全部聞いたよ?」
「分かりました、後であの方しばきます」
本日二回目のせんぱい売り。というかこのことに関してはマックちゃんの自業自得だと思うんだけど。
ぶつぶつとせんぱいへの文句を垂れ流すマックちゃん、そして無事に会えていたら今頃楽しい時間を過ごしてるであろうサトイモちゃん。
この二人のおかげでせんぱいは割と愉快な性格になった。
ああ、本当にあなたは変わったよ。
あの頃の、何も関心を持たない、何の興味も持たないせんぱいとは全然違う。
きっとせんぱいは進んで自分の過去については話したがらないだろう。
友達のいないあの人にとって、彼の過去を詳しく知るのはわたししかいない。
「……ふふっ」
「……? どうかされましたの?」
「ううん、君達はほんとに仲がいいなって」
「ええ、それほどでもありますわよ」
せんぱいとの信頼関係ではマックちゃん達には敵わないという劣等感と、マックちゃん達の知らないせんぱいの顔を知っているという優越感。
相変わらず大人気ないと思いながらも、言葉を濁して雑に会話を流す。
「……あっ」
「ん、どしたのマックちゃん。そんなおマヌケの声出しちゃって」
「一言余計ですわよ。その、そういえばやらなければならない宿題を忘れてまして」
「宿題? なに、夏休みの宿題そんな切羽詰まってるの?」
「いえ、期限はまだ先なのですが、早めに取り掛かったほうが良いと思いまして」
ああ、宿題という響きがもう懐かしい。わたしは授業すらも時々サボる不良学生だったからまともに取り組んだ覚えはあまりないけど。
「宿題ってどんなの? 聞く限り英語とか数学みたいな感じじゃなさそうだけど。自由研究か何か?」
「それが……"将来の夢について"というテーマでレポートを書かなければならなくでですね……」
「うわっ、なにそれめんどくさっ!」
子供に夢を抱かせるというのは大事だが、一寸先はダークネスと言わんばかりの歳であるマックちゃんらに、それを文字という具体的な形で示させるというのは酷な話だ。
わたしなんて中等部の時はこんな仕事に就くなんて考えてすらいなかったのに。
「でもマックちゃんはメジロ家のウマ娘でしょ? 言い方悪いけど、なにも思いつかなかったら最悪敷かれたレールみたいな感じで後継ぎですってのもありだよね。そういうこと書いときゃ教師ウケもいいし」
「この大人悪いことしか言いませんわね……いえ、その選択肢もあるのですが。というか、そういう一色さんは学生の頃の将来の夢はなんだったんですの?」
「不労所得」
「……トレーナーさんみたいなこと言うのやめてくれません? なんて夢のない……」
なにが悪いのよ。いいじゃん、働かずにお金貰うのは誰しも一度は夢見たことでしょ?
にしても、将来の夢かぁ。ウマ娘であるわたしがウマ娘のトレーナーになることを決意したのもせんぱいが原因だし、逆もまた然り……
「……ねえねえマックちゃん。わたしが現役時代の時にせんぱいと知り合いだったって話、あれざっくりとしか説明してなかったよね」
「え? え、ええ、あの時は主に一色さんのレースについての話でしたし……」
やっぱり、このことはわたしの胸の内にしまっておくのは勿体無い。
どうせなら、"今の"担当ウマ娘であるメジロマックイーン、サトノダイヤモンドも知っておくべきだ。
せんぱいの原点について。
「もっと詳しい話、聞きたくない?」
自分、過去編いいっすか?
あと10話で終わる予定です。多分、きっと、おそらく。
ですので、最後までお付き合いいただけたら幸いでございます。