名家のウマ娘   作:くうきよめない

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とある人物視点のお話。



過去の時間

 

 

 

 つまらない。

 

 そんな陳腐な言葉で言い表すことが可能なほど、今のアタシの心境は穏やかとは言い難かった。

 

 

 学園に設置された、グラウンドの横にある観戦席で、お日様の光を浴びながらボーっと他の子達が走る姿を眺める。

 流した汗も悔し涙も、将来必ずいい思い出になると信じているウマ娘達の姿を見ていると、なんだか自分が滑稽に思えてしまい鼻で笑ってしまう。

 

 そして、青春キラキラしている彼女達を見守るのは何もアタシだけじゃない。

 ウマ娘が走る上でなくてはならない存在であるトレーナー。そんな職種の人達は、この真冬の中でも文句一つ言わずトレーニングの様子を真剣に見守っている。

 

「っ、さむ……」

 

 ウマ娘であるアタシが言うのもなんだが、トレーナーというのはなんて面倒な職業なのだろうか。

 トレーニングメニューやレースのローテーションを考えるのはまだしも、休みの返上や日々の雑務、なんなら薄給とも聞く。

 

 苦労して合格したであろうトレーナー試験も、その先にある結果がこれでは彼ら彼女らも浮かばれないだろう。

 トレーナーになるだけの能力があるんだからこんな仕事さっさとやめて地方公務員にでもなればいいのに。

 まあ、トレーナーが不足しているというのはよく聞く話なんだけどさ。

 

「あ、こんなところにいた」

 

 聞き覚えのある声に反応してそちらを見れば、そこにいたのは今の自分にとってのライバルであるクラスメイトだった。

 アタシと彼女は度々レースで凌ぎを削っている。尤も、それが本格的になったのはダービーであの子が引退してからの話だけど。

 

「……なんだ、またミツハタか。なに、まさか探しに来たっていいたいわけ?」

 

「そのまさか。もう授業始まってるのよ? セイちゃんたらまた行方不明になっちゃったから、先生に探してきてくれって頼まれちゃったの」

 

「ふーん、それはお疲れ様。無事見つかったことだし教室戻りなさいよ。あと、セイちゃんって言うのやめて」

 

「連れて帰るまでが私のお仕事なのです。セイちゃんもそれくらい分かってるでしょ?」

 

「ちっ」

 

 隠すことなく舌打ちをしたのだが、ミツハタは顔色一つ変えない。

 

 とある日を境目に、アタシはこうしてことごとく授業をサボり、その度にミツハタに捜索されている。

 だが、一度として授業に戻ったことはない。軽い注意はあったとしても、先生達もそれを強く非難することはなかった。

 

 それもそのはず、アタシがこうなってしまったのにはそれなりの理由があるから。

 

「……トレーナーさんのこと、引きずってるのね」

 

「別に……人生こんな理不尽山ほどあるんだし、引き摺ってなんか……」

 

「ハンカチあるよ?」

 

「あっち行ってよ。あと、泣いてなんかない」

 

「……うん、分かった。単位落とさないように気をつけてね、セイちゃん」

 

 そう言ってミツハタはアタシの側を離れていく。こうして突き返すのももう何度目だろうか。

 

「……グスッ、トレーナーのばか」

 

 アタシにはトレーナーがいない。否、いなくなったと言った方が正しい。

 

 二ヶ月前、トレーナーが死んだ。原因は深夜帯においての交通事故。

 大胆にも大通りで信号無視をしてきた高級車に真横から追突され、トレーナーの乗る自家用車は大破。運転手の生死は言うまでも無い。

 最初はそれがただの事故だと認められなくて警察に事実確認を行った。でも、何度確認してもこれは不運な事故として処理せざるを得ないほどこれといった証拠は出てこなかった。

 

 そこから先はよく覚えてない。最後の一冠と息巻いていた菊花賞も、セントライト記念も、中山特別も全て負けで終わった。

 中山特別に至っては掲示板の外だ。下から数えた方が早い。

 

 これじゃあ死んだトレーナーに顔向けできない。一人で走り続けるのが難しいことと、身近な人が急にいなくなると、こんなにも普段の力が出せなくなることを分からされる日が来るなんて思いもしなかった。

 

 何か変えなきゃと思いながら走っても、結局最後は納得のいかない終わり方をする。無闇に突っ走ったところで、アタシなんか──

 

「──ん、誰? またミツハタ?」

 

「いや、違いますけど」

 

 人の気配を感じ、概ねミツハタだろうとあたりをつけて振り返らずに気配の主を問うと、帰ってきたのは低い声だった。

 なので気になってそちらを見ると、そこには他校の制服を来た男の子が一人。

 

「……誰? 不審者?」

 

「違うって。この入校証明書見ろよ、どこからどう見ても見学者だろうが」

 

 ほう、たしかに。男の子の言う通り、どうやら彼は不審者ではないようだ。

 例え不審者だったとしても、人間程度軽くいなせるからどうだってよかったけど。

 

「なんで他の学校の子がトレセンの見学に来てるわけ?」

 

「インターンでな。今日から週一でここに来ることになったんだよ」

 

「インターンって……アンタまさかトレーナー志望なの?」

 

「まさか。サイコロ振ってランダムに決めたんだよ。そしたらここになっただけだ」

 

「ええ……」

 

 いくらなんでも適当すぎやしないだろうか。自暴自棄になりかけてるアタシよりも生きるのが雑だぞこの人。

 

「……ほんと、めんどくせぇよなぁ」

 

「ん? どうしたの?」

 

「いや、なんでも。インターン終わったらこんなところ二度と来ないだろうなって思ってな。どうせ大学に行くかどっか別の所に就職するかの二択なんだし」

 

「ふーん、どうせなら大学行っときなさいよ。そこでやりたいこと見つかるかもしれないわよ?」

 

「そう言うやつは大抵見つからないんだ。大体は四年間を無為にして終わる」

 

「斜に構えてるのね」

 

「うるせぇな」

 

 本気で嫌そうな顔をする男の子を見るに、自覚はあったんだろうなと思いつい口元が緩んでしまう。

 そんなアタシを見たからなのか、男の子はさらに不機嫌になってしまった。

 

「というか、そういうお前は何してるんだよ。今授業中だろ? 十中八九サボりだろうが、今日日不良キャラは流行らねぇぞ」

 

「サボりなのは違いないけど……そうね、アタシのトレーナー、ちょっと前に死んじゃったのよ。それからレースも何にもうまくいかないから、やけ起こしてこうしてるっていうか……」

 

「…………悪い、配慮が欠けてた」

 

「今の嘘って言ったら?」

 

「はっ倒すぞ」

 

「あはは、冗談冗談、ほんとのことよ」

 

「それはそれでどうなんだ……」

 

 げんなりする男の子を見て少しだけ元気が湧く。決して嗜虐心を煽られているわけではなあが、この人との会話は何故だかとてもスムーズだ。

 

「ん……? そういえば、ウマ娘ってトレーナーが付いてないとレース出れないんだろ? お前のトレーナーは、その……いないのになんでレース出れてるんだ?」

 

「サイコロで決めた割には詳しいわね。学園に特例で許可貰って走ってるのよ。アタシって優等生だから。優等生だから!」

 

「二回言った……」

 

「……でも、その結果が三連敗。トレーニングメニューもローテーションも自分で決めてこなして。自分の身体は自分が一番良く分かってるつもりなのに、トレーナーがいなくなった途端駄目になっちゃうのって笑っちゃうわよね」

 

「トレーナー試験はT大よりも合格が難しいって言われてるからな。お前のトレーナーも相当な切れ物だったってことだろ」

 

「……え、まじで?」

 

 改めてトレーナーの能力の高さに驚いてしまう。難しいことは知っていたが、まさかそこまでだったとは。

 

「にしても、自分でトレーニングメニューやローテーションを組んでるのか。なんだ、そっちに専念したらいいトレーナーになれそうだな」

 

「やめてよ、アタシの夢公務員なんだから」

 

「へぇ、現実的。ウマ娘なんだからもっとビッグドリーム掴みに行ったらいいのに」

 

「余計なお世話よ。そういうアンタの夢はなんなのよ。少なくともトレーナーじゃないんでしょ?」

 

「俺? 不労所得だが?」

 

「うわ……」

 

「は? なにが悪いんだよ。いいだろ、働かずに金貰うのは誰しも一度は夢見たことだろうが」

 

 もう発言からしてダメ男臭が漂ってる。アタシとは全くの真逆の性格をしている。

 そんなダメダメそうな彼なのに、態度は誰よりも堂々としている。

 それに比べてアタシは……

 

「はぁ……」

 

「なに、急にため息なんか」

 

「ううん、アタシってもうダメなのかなって」

 

「いや、三連敗とはいえたかが数回の負けくらいで……。ほら、なんとなくだけどお前って強いんだろ? だったらそんな落ち込まずに次に……」

 

「いい? レースってのは絶対じゃないのよ。それに──」

 

 そんな簡単な話じゃない。男の子の言葉を遮り、首を横に振って彼の言うことを否定する。

 

「友達もいない、勝ちたかった相手も怪我で引退、頼れるトレーナーも二度と会えない。ずっと燻ったままで、こうして殻に閉じこもってばかり」

 

「……」

 

「最初はね、トレーナーが死んだって聞いても未来に不安はなかった。もちろん悲しかったし泣いたけど、それでも一人でなんでもできるって思ってた」

 

「で、実際はそうじゃなかったと」

 

「……ん、孤独なのがこんなに辛いんだって、あの人がいなくなって初めて分かったわ」

 

 考えてみれば、物語の主人公は常に周りに仲間が溢れてる。

 友情、努力、勝利という方程式はあながち間違いではないのかもしれない。

 

 対してアタシはどうだろうか。仲間はもちろん、友達と呼べる友達なんていない。

 アタシにいるのはライバルだけ。それも、ライバルと書いて友と呼ぶなんてことは無理がある。

 

「何か変えたいって無我夢中で走った。でも、ひとりぼっちで迷い込んだ世界には、夢の一欠片すらも見つからない。そんなアタシなんて──」

 

「ふーん、強いんだな、お前」

 

「……は?」

 

 想定してなかった男の子の一言に気の抜けた声が出てしまう。この人は何を言っているのだろうか。

 

「ドイツの哲学者、アルトゥル・ショーペンハウアーって知ってるか?」

 

「いや、知らない……」

 

「ショーペンハウアーはこう言ったんだ」

 

「え、怖い、勝手に話進めないでよ。何言って──」

 

「『孤独は優れた精神の持ち主である』ってな」

 

「何を言って……」

 

「俺はウマ娘のことは分からないけどさ、大事な人を失って尚立ち止まらず走り続けるのはすごいことなんじゃねぇのかな。そんなこと、大抵の人はできないだろうし、頑張ったんだなって」

 

「……あ」

 

 この三ヶ月、ほとんどの人がアタシに深く関わってこなかった。事情が事情だし、気を遣ってくれたのだろう。アタシと他人には明確な壁があった。

 それが今日になってようやく壊された。それも、初めてあった一人の男の子によって。

 別に他人に認められたいわけじゃない。それなのに、彼の『頑張った』の一言を聞くと、なんだか込み上げてくるものがあって……

 

「そ、それに、孤独ってのは必ずしも悪いことじゃない! 自分の時間と向き合い、物事を深く考えるチャンスだ! だから友達がいない俺も悪くない!」

 

「素直に尊敬させてよマジで……」

 

 さっきまでのはなんだったのだろうかと思うくらいの速度で込み上げてきたものは秒で引っ込んだ。

 

「まあでも、なんて言うの。それで上手く行くんだったら苦労はないさ。一人で生きてくのってやっぱ限界があるからな」

 

「孤独が云々言ってたのにさっきと言ってること違うんですけど」

 

「まあ最後まで聞け。この社会は互恵関係で成り立ってる。皆が誰かしらに支えられて、自分が知らないうちに他人を支えてることもあるんだよ。お前の走りが誰かの支えになってるかもしれないんだぜ? そう卑屈になる必要なんてねぇよ」

 

 アタシの走りが誰かの……

 

 このまま負け続けるのは嫌だ。そのためにも、亡くなったトレーナーに変わる新たなパートナーを見つけるのは一番の近道だろう。でも、今のアタシにそんな人が見つかるなんて……

 

「……とても友達がいない人のセリフとは思えないわね」

 

「うるせえなあ、カッコつけてるんだから黙って聞いてろよ! あと、友達いないのはお前もそうなんじゃないの!?」

 

「アタシは好きで一人になってんの。アンタみたいな先天的ぼっちと一緒にしないで」

 

「先天的ぼっちとかいうパワーワードを生み出すな。泣くぞ、すぐ泣くぞ、絶対泣くぞ、ほら泣くぞ?」

 

「鬱陶しっ!」

 

 こんなにも誰かと話したのはいつぶりだろうか。そう思うくらいにアタシはこの男の子との会話を楽しんでる。

 

「ふふっ」

 

「なんだよ、今度は突然笑い出したりして。情緒不安定か?」

 

「かもね。なんだか意地張ってたのがバカみたいに思えてきちゃって」

 

「……よく分からんが、元気出たんならもうそれでいいよ。ふっ、また見知らぬ女の子を一人救ってしまったか……」

 

「図に乗るんじゃないわよ」

 

 本当に変な人だ。友達いないと豪語するくせにやたら流暢に喋るし、謙虚なところがあると思えばやたらわざとらしい気障な発言するし、頭良さげなこと言ったかと思えば将来の夢は不労所得だし。

 

 でも、性格も口調も何もかも違うけど、濁ってはいるが彼の黒瞳はとても真っ直ぐだ。

 そんな男の子の姿はどこかトレーナーに似ていて……

 

「そうだ!」

 

「うおっ、びっくりした。急にデカい声出すなよ。驚いちゃうだろ」

 

「ご、ごめん……じゃなくて! アンタ、インターンでここに来たって言ったわよね!?」

 

「え? あ、ああ、当面ここでトレーナーの仕事を眺めることになるだろうけど……えっ、この手は何? なんで俺の腕掴んでるの? ちょ、離せ……力強っ!?」

 

 仕事を眺めるだけ発言は少し気になるけど今はそんなことどうだっていい。

 そもそも、彼にはもうサボってる暇なんてないのだ。

 

 だって──

 

「ねえアンタ、アタシのトレーナー代わりになってよ!」

 

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

「ありがとう! じゃあ早速自己紹介から……」

 

「話聞いて? まだ俺何も言ってないんですけど?」

 

 静かに抗議する男の子を無視して、胸を張って声を上げる。

 

 

「アタシの名前は()()()()! 今日からよろしくね、"トレーナー"!」

 

 

 できる限りの笑顔と溌剌さを全面に出している(つもりの)アタシとは対照に、目の前の男の子はとてつもなく怪訝そうな、もっと言えばとてつもなく嫌そうな顔をしていた。

 

 





続きます。
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