名家のウマ娘   作:くうきよめない

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過去の時間 その3

 

 

 

「いえーい! また一着! どうどう? アンタと組んでこれで七勝目よ! 向かうところ敵無しだわ!」

 

「つっても、俺達こないだの東京杯で負けてんじゃねぇか。ほら、いつもお前のこと気にかけてる、あー……ミツハタだっけか。あの子に負けて泣いてた癖に」

 

「な、泣いてなんかないしっ! そりゃ悔しかったけど、あれは距離が合わなかっただけだから……。っていうか、ミツハタには今日のレースで勝ったんだからいいじゃないの!」

 

 今日の中山Sで辛勝を挙げ、ご機嫌で学園前まで戻ってきたところに水を刺すトレーナー。

 

 彼と契約してからというものの、アタシはかつての実力を完全に取り戻すことができたと言えるほどの戦績を叩き出した。

 それを数字に表すと、8戦7勝1敗。内二着一回。さらに、今日のレースを除いた勝ちレース六回全てで三バ身以上の差をつけている。

 

「ふーんだ! 次だって負けやしないんだから!」

 

「その心意気や良し。でも、慢心してると足元掬われるぞ」

 

「大丈夫よ、その時はアンタが手貸してくれるでしょ?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「……?」

 

 いやに歯切れの悪い返事に一瞬疑念を覚えたが、そんなことをすぐ忘れてしまうくらいには今のアタシの機嫌は良かった。

 

「そうそう、レースについてのことなんだけど、次は目黒記念に挑戦しようかなって」

 

「目黒記念ってたしか……2500mのか? いや、でもお前は」

 

「分かってるわよ。アタシは2400m以上のレースで勝ったことがない。アンタが来る前に三連敗したのも、スランプとそれが重なり合っちゃったのが原因だっていうのも気づいてる」

 

 残念ながら、アタシに長距離を走るだけの適正は無かった。事実、先の通り2400m以上のレースでの勝ち星は一つもない。

 まあ、2000m以下となればあの子を除いて誰にも負けたことはないのだが。

 

「それでもね、勝ちたいの。例えアタシにとって不利な条件だったとしても、それを理由に逃げるようなことはしたくない」

 

 今彼に伝えたのは本心だ。人には得手不得手があるとは言っても、アタシのそれはとてつもなく不得手というわけではない。

 ダービーだって二着だ。絶対に勝てないなんてことはないはず。

 それに、このまま2400m以上のレースでミツハタに負けるのもなんだか癪だし。

 

「……そうか」

 

 静かに頷くトレーナーとアタシの間に、先程までの和やかな雰囲気はなんだったのかと思わせるくらいの緊張感が……いや、違う。彼の目はどこか泳いでいる。

 まるで何かを言い出そうとしているような、それでも言い出せずにいる葛藤が垣間見える。いつもズケズケとデリカシーのないことを言い放つ彼にしては珍しい。

 

「トレーナー、どうかしたの?」

 

「あのな……いや、なんでもない。なあ、目黒記念の日程はいつだ」

 

「え? ええと、二週間後だったはずだけど」

 

「……分かった。その日までにお前が勝てるプランを東条さんと相談しておこう。そこらへんは上手くやってくれるはずだ。あの人怖いけどトレーナーとしては尊敬してるから。怖いけど」

 

 ありがとう。素直にそんな言葉を伝えることができない。その言い方だとまるで、東条さんに一任するに聞こえてしまう。

 どうしていつものようにアタシと考えてくれないの? どうしていつもみたいに相談しようとしないの? 

 

「さあ、今日のところはこれで解散だ。本当のところはこの後美味い飯でも奢ってあげたいんだが、この後ちょっと理事長に用事があってな。俺のことは気にせず今日はゆっくりと身体を休めてくれ」

 

 頭の中で警鐘がガンガンと鳴り響く。このまま彼と別れてしまっていいのか。

 

「それじゃあな、イツセイ。寮まで車に気をつけて、それと風邪引くなよー」

 

 そう言って学園の中へと進むトレーナー。彼の小さくなる背中と反比例し、アタシの得体の知れない不安は大きくなっていく。

 

 アタシは……アタシは、肝心なところで"もう一歩"を踏み出すのが苦手だ。

 もう一歩踏み出せば変わるのに、もう一歩踏み出せば違ってくるのに。

 いつも何かしらそれらしい理由をつけて目の前の状況に立ち往生し、時間が解決するのを待ってしまう。

 そして、今までにそういう時はいつだって良い結果をもたらすことはなかった。

 

 だからここで彼を呼び止めなくてはならない。せめて、彼がさっき言い淀んだ内容くらいは聞き出さなくては。

 

「ト、トレーナー!」

 

「……ん、どした?」

 

「あ……その……」

 

 ゆっくりと振り返った彼と顔を合わせた瞬間頭が真っ白になった。なんて言えばいいのか、どう言った聞き方が最適か。

 

 その時間はコンマ1秒にも満たなかったかもしれない。それでも、アタシにとってはとても長いのように感じてしまう。

 

「あ、明日もトレーニング頑張るわよ! 絶対目黒記念で勝ってやるんだから!」

 

「……ばーか、明日は休みだよ。昨日それで大はしゃぎしてたじゃねぇか」

 

「あっ、そっか……って、バカってなによ!? アタシが成績優秀者なのはアンタも知ってるでしょ!?」

 

「そうやってすぐ感情を表に出すところがバカって言ってんだ。よかったな、短気なところがレースで現れなくって」

 

「ちょっとそこで正座しなさい。逃げても無駄よ? アタシにとっちゃアンタを捕まえることくらい造作もないんだから」

 

「へいへい、降参降参、俺が悪ぅございましたー。これでいい?」

 

「プ、プライドの欠片もないのね……いや、分かってたけど」

 

 こうして彼とバカな会話をするのは好きだ。でも、今はそれが少しだけ憎い。

 

「んじゃ、今度こそじゃあな。今日もいい走りだったぜ」

 

「ん、ありがと。それじゃあね、トレーナー」

 

 彼は後ろ姿のまま無言で手を振って応える。

 結局聞くことができなかったという後悔が今更になってアタシの心に響く。

 

「……また明日、ね」

 

 休みを挟んだ次の日以降、彼はトレセン学園に姿を現すことはなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 つまらない。

 

 そんな陳腐な言葉で言い表すことが可能なほど、今のアタシの心境は穏やかなものとは言い難かった。

 

 

 後から聞いた話なのだが、彼の契約期間は元から決まっていたらしい。

 その期間というのは、実に半年。彼と出会い、無理矢理にでもトレーナーになってもらったあの日が12月の初頭。

 そこから半年後の日付を計算すると、ちょうどアタシが中山Sを走った日となる。

 

 なぜそれを教えてくれなかったのか。

 専属のトレーナーが付くとか、アタシの判断で切れるとか、他言無用なこととか。

 そんなどうでもいいことはしっかり伝えてきたくせに、契約期間のことはどうして教えてくれなかったのか。

 

 きっと言おうとしたのだろう。実際、最後に軽口を交わしたあの日、彼は何かを言い淀むような様子を見せていた。

 そうだ、アタシ達は思った以上に仲良くなってしまった。故に、言いづらくなってしまったのだろう。

 そのまま引き延ばして、引き延ばして、引き延ばして。時間が解決するわけないのに、伝えることなく、口に出すことなくタイムリミットが来てしまった。

 

 そのことがとても悲しくて、腹立たしくって。

 次会ったら文句の百個や二百個言ってやろうと思っても、彼との連絡手段は無い。

 

 この際、あの人が在学している高校に乗り込んでやろうか。幸いなことに、初めて会った時に来ていた制服から学校を割り出すことくらい容易だ。

 でも、アタシと彼に繋がりがあること自体を他人に知られるのはまずい。あの人を探している過程で必ず怪しむ人が出てくるだろう。

 

 万事休すか。いや、むしろこれでよかったのかもしれない。

 このままだと完全に彼に依存してしまう。まだトレーナーでもないのにそれをしてしまうのは、あの人にとってはかなりの負担となってしまう。

 

 これでいい、これでいいんだ。この気持ちは墓場まで持っていくことが正しいんだから──

 

「あっ、やっぱりここにいた。あなたも好きだね、ここの観戦席。わかりやすくて助かるよ」

 

「……またミツハタか。毎度毎度ご苦労様。そろそろアタシを探すのにも飽きてきたんじゃない? ラジオ体操みたいにスタンプラリーでも作ろうか?」

 

「セイちゃんを探して貰うスタンプと早起きして体操してから貰うスタンプが同等の価値とは思えないから遠慮しとこうかな」

 

「はっ、さいですか」

 

 皮肉を皮肉で返され、アタシの機嫌はますます悪くなる。やっぱりこの子は苦手だ。

 

「で、一体何の用? 授業の単位なら足りてるはずよ。ここ半年はちゃんとサボらなかったし」

 

「ううん、個人的にセイちゃんとお話ししたいなって」

 

「は? アタシと? 残念ながらアンタと話すことなんて無いわよ。それともなに? 目黒記念で勝ったこと自慢しに来たわけ?」

 

「それもあるけど、そんなことよりもっと大事なことよ」

 

 あるのかよ。目黒記念の結果が三着だったアタシからしたら相当な煽りだよこれ。

 

「あなたの新しいトレーナーさん、最近学園に来てないみたいね」

 

「だったら何? あの人も忙しいの。学園にいない日があってもおかしくな──」

 

「来てないんじゃない、来れない。そうでしょ?」

 

「……何を根拠にそんなこと。大体、アンタに何が分かるってのよ」

 

「分かるよ。だってあなたのトレーナーと理事長がそれっぽい話してるの、廊下で聞いちゃったもん」

 

「あんのバカああぁぁぁ!」

 

 どうして秘密事項が含まれている内容を堂々と話しているのだろうか。

 理事長も理事長だ。流石に適当が過ぎるだろう。

 

「そのことについて深くは追求しないけど、本題はここからだよ。ここまで私とセイちゃんが走ったレースでは5勝10敗でアタシの負け。でも、ついこの前の目黒記念という大舞台だとアタシの快勝だった」

 

「そりゃおめでとうございますー。2400以上のレースじゃ敵いっこないですー」

 

「どうしても早く会話を切り上げたいっていう意思を感じる……。分かったよ、私が聞きたいのはただ一つ……どうしてあんなつまらないレースしたの?」

 

 つまらないレース、か。確かに目黒記念でアタシはミツハタに遠く及ばなかった。

 でも、全力は尽くしたのだ。それについて文句を言われても仕方がない。

 

「アタシは本気で走ったわよ。やることはやったわ。距離がどうとかは言い訳はしない、今回は単にアンタが強かったってだけで……」

 

「違う。あなたの実力はあんなもんじゃない」

 

 アタシの言葉の上から被せ、更に強い口調で言い返すミツハタにたじろいでしまう。そんな彼女の目は少し、いや、かなり怖かった。

 

「あなたのトレーナーさんが亡くなった時はいいよ。大切な人が死んだんだ、本来の実力が出せなくても仕方がない。でもね、この前の目黒記念は明らかに違った。少なくとも、毎日王冠や東京杯で私が勝った時とは違う」

 

「ち、違うって……そんなこと」

 

「あるよ。あなた、目黒記念で私に何バ身離されたか分かってる? 三バ身以上だよ。こんなに差がついたのはあなたがスランプに陥ってる時のセントライト記念以来……セイちゃんは弱くなった。いや、弱くなった理由があるのかな、あるんだろうね」

 

 ミツハタの言いたいこと。それはきっと、アタシが頭から無理矢理にでも除外していたことだ。

 

「分かんないなら言ってあげる、あなたが弱くなったのは……」

 

 だからこそ、全力で否定する。それを認めるということは、この半年間アタシが何の成長もしてないということを認めるのと同義だから。

 

「あの新しいトレーナーさんがいなくなったから……っ!?」

 

「彼を……あの人を勝手に言い訳に使うなっ!」

 

 ミツハタの胸ぐらを掴み、自分でも驚くくらいの大きな怒号を飛ばす。

 しかし、ミツハタは全く怯む様子もなく、そのまま胸ぐらを掴まれてる状態でアタシのことを強く睨んだ。

 

「だったら次のレースで証明してよ」

 

「証明……?」

 

「あの子が……ミノルちゃんがいない今──」

 

 

 

 ***

 

 

『──あなたが最強のウマ娘だっていうことを』

 

 

 ***

 

 

 

 レース直前に一人地下バ道を歩く中、あの日のミツハタの言葉を思い出す。

 

 正直、今日のレースで勝つことは簡単だ。他のウマ娘には悪いけど、実力も経験もアタシの方が遥かに上なのは客観的事実。

 さらに距離は2000m以下なので、アタシの独壇場となってしまう。

 

 でも、証明しろと言われてしまったのだ。アタシが最強のウマ娘であるということを。

 このレースで一体何を見せればいい。ギリギリの演出か? 他を圧倒するスピードか? それとも知略を巡らす巧みな戦術か? 

 考えても考えてもこれと言った答えに辿り着くことができない。

 

 こんな調子で最強のウマ娘などという抽象的で且つ高尚な存在に、なれるのだろうか。

 少なくとも、一度も倒したことのないあの子に勝たない限り名乗れる気がしない。

 尤も、それはもう挑戦する機会すらも与えられることはないのだが。

 

 ミツハタの言葉は、まるで呪いのようにアタシの足を鈍くする。

 それでも前に進まなければならないという事実が、足だけでなく心までをも鈍化させるという事実に気がつくのは遅くなかった。

 

 アタシ以外の出走者は全員ターフに移動している。これ以上遅くなると注意を受けそうだし、そろそろ行くとしよう。

 

 そう思いターフへ向かって歩みを進めて……

 

「…………バレてるわよ」

 

「……やっぱり? いやぁ、目黒記念の時と違って警備が手薄だったから掻い潜ったんだけど……」

 

 足音を消した程度で気がつかれないと思ったのか、振り返るとそこには罰が悪そうな顔をした"元"トレーナーがいた。

 というか今堂々と不法侵入したみたいなこと言わなかった? 

 

「それにしてもバレないと思ったんだけどなぁ。俺存在感消すのだけは上手いって自負してるんだけどさ。小学生の頃ドッジボールとかでも最後まで残ってたし」

 

「それはアンタがある意味狙いにくい存在だったからよ。小学生の時からクラスで孤立してたのね、可哀想に」

 

「はっ、うるせぇよ」

 

 アタシの軽口に悪態をつく彼だが、自虐はスラスラ出てくるくせにどうもいつものような覇気を感じられない。

 それもそのはず、この人はアタシに黙ってトレセン学園を去ったのだ。もし再会したら、というか現在進行形でそうなのだが、気まずくなるのは想像に難くない。

 

 それでも彼はここに来てくれた。そのことには、きっと何かしらの意味があるはずだ。

 

 だから、

 

「……イツセイ、俺さ──」

 

「言わなくていいわよ。今日ここまで来てくれたことに免じて、勝手にアタシのトレーナーを辞めたことは許してあげる」

 

「えっ、いや、辞めたというか任期が……」

 

「ごちゃごちゃうるさい! 黙って聞く!」

 

「う、うっす」

 

 目の前の男を強制的に気をつけの姿勢にさせる。こうした会話ですら心が躍ってしまうのは内緒の話だ。

 

「……アンタはさ、あの数ヶ月間トレーナーやってきたわけじゃん? それもお偉いさんとか他の生徒達から結構気に入られたくらい優秀でさ」

 

「気に入られてた……? 遊ばれてただけでは……?」

 

「一々余計な小言を挟まない。で、そんなアンタに一つだけ聞きたいことがあるの」

 

「というのは?」

 

「……アンタにとって『最強のウマ娘』ってどういうイメージ?」

 

「……難しいな。言葉通りの意味を示すなら完全無欠、唯我独尊と言うのに相応しい実力を持つウマ娘なんだろうな。実際、ルドルフとかマルゼンはそれに該当するだろうさ」

 

 いつのまにか仲良くなってたらしい二人の名前を挙げて彼は自論を述べる。

 自分はどうなのだろうか。自慢じゃないが、一着以外は負けと見做されるこの厳しい舞台において、アタシは負けよりも勝ちの数の方が多い。

 それでも、完全無欠と呼べるほどの戦績は残せていない。

 だとしたら、やはりアタシは最強たる資格を有することができないのだろうか。

 

「でも、俺はそうじゃないって思う」

 

「え……?」

 

「だって考えてみろ? 最強っつったって人それぞれじゃん。そんな足の速さだけ見て最も強いウマ娘がーだなんて、全戦全勝且つ常にレコード更新するくらいのウマ娘じゃないと当てはまらないって。だったらさ──」

 

 彼はニヒルな笑みを浮かべ、軽く拳を突き出す。

 

「一番楽しく走ったやつが最強なんじゃないかって、俺はそう思うね」

 

 楽しく、走る……。

 

「……ぷっ、なにそれ。やっぱりアンタ変人だよ」

 

「いやあ、それほどでも」

 

「褒めてない褒めてない。嬉しそうにすなー?」

 

 楽しく走るか。そんな簡単なこと、どうして忘れていたのだろうか。

 

「いよしっ! 元気出た! それじゃあ行ってくる……って、そんな暗い顔してどうしたの?」

 

「……今度こそ俺達はお別れだ。この前は、その……なんて言えばいいか分からなくてさ。だからここできちんとケジメをつけときたい」

 

「……うん」

 

 分かっていた。このまま彼にそばにいて貰ったらアタシは完全に依存してしまう。

 ウマ娘である以上、自分の足で走らなければならない。おんぶに抱っこをされるような年齢じゃないのだ。

 

「お前といた時間は楽しかった。滅多にできないような体験させてもらったし、今となってはあの時強引に手を引かれてよかったと思ってる。だから……ありがとう、イツセイ」

 

「……バカね、お礼を言うのはアタシの方よ。この半年、一番近くで支えてくれてありがとう」

 

「亡くなったお前のトレーナー代わりになれたかは分からんけどな」

 

「アタシはどっちも好きよ?」

 

「……せーんきゅ」

 

「あれ、ちょっと顔赤くなってない?」

 

「なってない」

 

「うっそぉ! なってるって! もう、照れちゃって〜!」

 

 嫌そうな顔でそっぽを向く彼にちょっかいをかける。

 

 こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに。

 

 心からそう願うも、そんなことが叶わないことはハナから理解している。それと同時に、このレースが終わったら容易に彼とコンタクトを取ることができなくなると言うことも。

 

「よし、それじゃあ今度こそ行くわね。アンタ絶対トレーナーになりなさいよ? このままじゃ職無しニート一直線なんだから」

 

「ナチュラルに人を社会不適合者扱いするのやめない? てか、初めて会った時も言った気がするけど、お前こそトレーナー向いてるんじゃないか? 俺が来る前は一人でトレーニングメニューとか考えてたんだろ? お前の夢公務員って言ってたけど、それはそれでとんでもなくしんどいぞ〜?」

 

「……アタシが」

 

 アタシがトレーナー……か。ふふっ。

 

「ど、どうした? いや、別に公務員を否定してるわけじゃなくてだな……」

 

「ほれ、ん」

 

「……え、何その手。ごめん、今お金持ってなくて」

 

「カツアゲと違うわ! 握手よ握手! ああもう、最後まで締まらないんだから!」

 

 無理矢理彼の手を握り強引に握手へと持っていく。

 その時、彼の顔がちょっと赤くなったのは指摘しないでおいてあげよう。今度こそ嫌われちゃいそうだしね。

 

「な、なんだよ、そんなニマニマして」

 

「なーんでもないっ! それじゃあ、行ってきます! トレーナー!」

 

「おう、いってらっしゃい」

 

 彼に背を向け、今度こそターフへ向かって歩みを進める。

 その足取りは気持ちいつもより軽やかだ。

 

 ふと、少し前のバレンタインことを思い出す。結局、素直にあれが本命チョコだって伝えることができなかった。

 彼も彼で深くは考えていないだろう。

 

 そういえばあの人は後輩系が好きとか言ってたっけ。確かあざとさも残ってる感じがいいと。ほう、一人称を少し変えてみるのもありかもしれない。

 

 その上にちょうどいいことに彼の方が歳上だ。ならば、次会えた時にはこう呼んでやろう。

 

 

『せんぱい』、ってね。

 

 

 

 ***

 

 

 

「──で、そのレースでわたしは八バ身差の圧勝をかましたってわけ。いやあ、長々話したけど、いつ思い出しても良い話だわあ」

 

 放課後、わたしは自分のトレーナー室にてマックちゃんとサトイモちゃんとのティータイム兼昔の話をしていた。

 マックちゃんにせんぱいの昔云々という旨の話をしたところ、どこから聞きつけたのかサトイモちゃんも話に加わり三人で女子会を開催していたのだ。

 ちなみに、スカイも誘ったけど現れず。きっとどこかでお昼寝してるのだろう。

 

「自分で言うんですのね、それ……。でも、トレーナーさんと一色さんがどういった関係なのかは理解できましたわ。ねえ、ダイヤさん? ……ダイヤさん?」

 

「…………いいなぁ、羨ましいです。今すぐにでもタイムマシンの開発をさせてトレーナーさんの幼馴染という立場に……いえ、いっそのこと記憶操作手術で私とトレーナーさんが婚約者という設定に……」

 

「羨ましいですわよね分かります、だから不穏なこと言うのやめてくださいまし」

 

 あ、相変わらずサトイモちゃんはちょっと重いところがあるなぁ……。もし想い人が鈍感で優柔不断なせんぱいじゃなかったら苦労しそうだ。

 

「大丈夫よ、このことせんぱいは覚えてないから」

 

「マックイーンさん、縄と蝋燭とレンガを少々用意してください。私は今からトレーナーさんを捕獲しに行きます」

 

「合点ですわ」

 

「なんでフォローしたのにそうなるの!? やめてやめて! そんなことで一昔前の拷問しようとしないで!!」

 

 どうしてこの子達はこうも極端なのか。今時の子ってこんな感じなの? 

 

「それにしても、一色さんがウマ娘だってことはトレーナーさんのお部屋にお泊まりした時に存じてましたけど、まさかそんなに凄いウマ娘だったとは思いませんでした」

 

「ああ、そういえばダイヤさんはフランスに行ってたから見てませんでしたわね。貴方が遠征に行ってる間、彼女はバイクより速いスピードで走ってひったくり犯を捕まえたんですのよ」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「ふふん、もっと褒めるが良いぞよ! なんたってアタシは初代安田記念のチャンピオンでもあるんだからね!」

 

「わあ〜、凄いで……うん? 安田記念の初代チャンピオンってどこかで聞いたような……あれ?」

 

 なんだかよく分からないことを言うサトイモちゃん。あれかな、安田記念に何か思い入れでもあるのかな。

 

 そう考えていると、サトイモちゃんとマックちゃんの耳が急にピンと反応し、彼女達の意識が部屋の扉に移された。この子達がこうも反応する人物は一人しかないだろう。

 ドアがノックされ、そこから出てきた人物というのは……

 

「うーす、一色。来週のURAファイナルズの会議の件についてなんだけど……って、マックイーンにダイヤ、こんなところで何やってんだおわああっ!?」

 

 入室から三秒でマックちゃんとサトイモちゃんに取り押さえられたせんぱい。その姿は、とてつもなく情けないものだった。

 

「な、なに!? なになになに!? なんで同僚のトレーナー室に入った瞬間担当ウマ娘から攻撃されてんの!?」

 

「うるさいです! 自分が何したか分かってるんですか!?」

 

「そうですわよ! 胸に手を当てて考えてくださいまし!」

 

「は? おい、いくら成長しないからってそういう自虐は反応に困るからやめろよ!」

 

「ぶっ殺」

 

 あー……また始まっちゃったよ。乙女達の優雅な女子会も、今日はここでおしまいかな。

 

 相変わらずどこでもギャーギャーうるさいこの三人を見ていると呆れを通り越して変な笑いが出てくる。

 羨ましい、と言った方がいいのかな。できることならわたしもあの輪の中に混ざりたい。そう思ってしまう。

 

 いや、今ならワンチャン行けるんじゃないか? うん、自然な感じでそれとなく混ざれば違和感は……

 

「やめておくほうが賢明だと思いますよ、一色さん?」

 

「うわぁっ!? び、びっくりした……急に心を読まないでよ、ミノ……たづなちゃん。ってか、どこから入ってきたのよ」

 

「ご想像にお任せします」

 

 そう笑顔で言うたづなちゃんの後ろには、閉めたはずの窓が開きっぱなしの状態で放置されていた。

 ……まさかね、まさかそんなことがあるわけない……ないよね? 

 

「はぁ……んでー、今日は何しに来たわけー? わたしティータイムで忙しいんですけどー?」

 

「あら、暇な時間に旧友に会いに行くのは自然なことですよね?」

 

「旧友って……別にわたしとアンタはそんなお綺麗な関係じゃないでしょ」

 

「でもミツハタさんとは仲良くしてたじゃないですか」

 

「やめて、あの子もそんなんじゃないから。わたし……アタシに友達はいない」

 

「ふふっ、そういうことにしておきましょうか。それにしてもさっき、懐かしい呼び方をされた気がするんですが、もう一度してもらっても? なんなら私も"セイちゃん"って呼びますよ?」

 

「嫌っだ〜。アンタのことは今後一生たづなちゃんって呼ぶし、"セイちゃん"ってあだ名はわたしの大事な教え子のあだ名なの」

 

「……変わりましたね、あなたも」

 

「うっさい。ほっといて」

 

 そっぽを向き、目線をいつのまにか解放されてるせんぱいと、マックちゃんとサトイモちゃんの方へと向ける。

 

 はぁ、わたしも大概ちょろい女だ。ちょっと気になる異性相手に、向いてるんじゃないかと言われただけで、狭き門をくぐりトレーナーになったのだから。

 

 まあ、たまには昔のことも話してみるものだ。まだ20年と少ししか生きてないけど、こうして思い出に浸るのも悪くない。

 せんぱいは覚えてなかったとしても、わたしの記憶には一生残り続ける。だって今はそっちの方が都合が良いからね。

 ……でも、一つだけ良くない点を挙げるとするならば──

 

「……お帰りなさいって、言ってもらってないのよねぇ」

 

 そう呟きながら、仲良さそうに軽口を交わすせんぱい達の姿にいつの日かの自分を重ねてしまった。

 

 

 ……トレーナー。わたし今、結構幸せかも。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それにしても、なんでせんぱいあのこと忘れてるんだろ。あんな印象的なこと、忘れたくても忘れられないだろうに。どう思う? たづなちゃん?」

 

「トレーナーさんが密かにあなたの担当をしていたことの話ですか? だったらそれは忘れていると言うより、今のあなたと昔のあなたが違いすぎるからなのでは? ほら、一人称も雰囲気も何もかも違いますし、極め付けにその帽子で耳を隠してますし」

 

「……あっ」

 

 





過去編終了。
キリがいいので、残り数話ですが人物紹介でも置いておきます。


・トレーナー 
年齢:24歳
身長:175cm
体重:60kg
好物:フライドポテト
趣味:睡眠(常に不足気味)
特技:長距離走(ただしウマ娘には遠く及ばない)

トレセン学園勤務の若手トレーナー。目付きが悪く、隈なんかが出来た暁には学園を歩いてると生徒からよく避けられる。
人付き合いが得意ではなく知り合いの人数もそれほど多くない。大人ぶってはいるが、感性は高校生の時から成長していない。

備考:
超が付くほどの負けず嫌い。とある後輩とはトレーナー免許更新試験の結果でいつも争っているが、ベテラン二人の前には揃って屈している。

すぐに影響を受ける悪い癖があり、中学生の時美容室で「セフィ○スと同じ髪型にしてください」と言ったことがある。

幼い頃、ビア○カとフロ○ラのどちらかを選ばなければならない場面で決断できず三日間学校を休んだ。

最近、ショッピングモールに行ったら4歳児の押すカートに轢かれた。


・メジロマックイーン
身長体重:公式設定準拠

スイーツが大好物の野球大好きおぜう様。メジロ家の令嬢にして天下無類のステイヤー。

備考:
トレーナーと契約を交わした頃はギクシャクしていたが、菊花賞を勝った頃から少しずつ歩み寄り始める。今ではトレーナーに近寄る輩を排除しようとする動きを見せるほど仲良くなった。

トレーナーやサトノダイヤモンド、ゴールドシップといった面々と共にしていることが多いため自分が割と変人の部類であるということに気がついていない。可哀想。

最近、ライスシャワーに絵本のお姫様みたいとの表現をされたが、直後に野球の助っ人に呼ばれて大声で「へいへい! ピッチャービビってますわよ!」と叫びそのイメージを瓦解させた。

甘いものが好き。


・サトノダイヤモンド
身長体重:公式設定準拠

資産家の元に生まれ、愛情たっぷりに育てられた箱入りおぜう様。ダイヤモンド級の固い意志を持つジンクスブレイカー。

備考:
幼い頃からマックイーンのファンであり、そのマックイーンが怪我から復帰したことに嬉しさ半分、トレーナーへの不信感半分でトレセン学園に入学した。今ではトレーナーに近寄る輩に怪しいアタッシュケースを渡して近づかないよう言いくるめるほど仲良くなった。

キタサンブラックとは小学生の頃からの親友であり、当時同じクラスの男子を腕相撲で泣かせたことがある。

最近、特に深い理由は無いが結婚式場の視察に行き、特に深い理由は無いがウェディングドレスの試着を行い、特に深い理由は無いが新婚旅行の計画を立てた。

辛いもの(に挑戦すること)が好き


・一色星羅
年齢:22歳
身長:160cm
体重:45kg
好物:寿司・人参
趣味:帽子選び
特技:アニメキャラの声優を当てること

トレセン学園勤務の若手トレーナー。亜麻色の髪をしたロングボブと、常に着用している帽子が特徴。
その正体はウマ娘であり、現役時代は今では考えられないほどツンケンしていたので友達と呼べる友達がいない。

備考:
超が付くほどの負けず嫌い。『せんぱい』と呼ぶ人物とポーカーやヨット、麻雀で晩飯代を賭けすぎた結果ギャンブル中毒の素質が垣間見え始めた。

アニメやゲームと言ったサブカルチャーを好むが、事格闘ゲームになるととんでもない罵声が響き渡る。

幼い頃、水族館で漏らして泣いていたところを20匹くらいのペンギンからガン見されたことがある。

最近、回転寿司でイタズラ行為をする輩に強い憤りを感じ即日禿げる呪いをかけた。

好きなポケ○ンはガオガ○ン。

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