一年で一番好きな季節を答えろと言われたら、自分は間違いなく秋と答える。人間が快適に過ごすための気温、読書の秋との大義名分を得ての引きこもり、それになりより秋刀魚が美味しい。
と、つらつらと秋がいかに素晴らしいかを述べたが、根本的な理由は気温にある。
ちなみに春はダメだ。どんなに暖かくて気持ち良くても、花粉で全てが台無しになる。
夏もダメだ。あの直射日光とじめっぽさを思い出しただけで鬱になる。
冬なんてもってのほかだ。路面は凍結するし、雪で前が見えなくなるし、家のドアを開けた時のえも言えぬほどのとてつもない冷気を浴びるあの瞬間は、勤労意欲がかつてないほどに削られる。元々そんなに無いけど。
端的に言えば、寒いのは嫌いだ。
深夜のコンビニ前、温かい缶コーヒーを手にしているとはいえ、それで寒さが中和されるはずもなく、やはり冬場に外に出るもんじゃないなと再認識させられてしまう。
小学生の頃、寒すぎて冬というのはどうしてこんなにも冷えるのか疑問に思い調べあげた結果、寒さへの憎しみが地球の地軸へと向かったことは未だに覚えている。
とはいえ、やっぱり四季が無いとつまらないと感じてしまうのは少々我儘だろうか。暑いのも嫌いだし寒いのも嫌いだが、こればっかりは趣というやつを捨て切ることができない。
そんなどうてもいい独り言はさておき、年が明け、世間一般的に楽しい、めでたいと言われている行事も何もかもが過ぎ去ったこの時期。
それは、ウマ娘、並びにその関係者である我々にとってはとてつもなくハードな時期だった。
なぜ"だった"という過去形かと言うと、文字通りそれは過去のこと、つまりは峠は超えているからだ。
言うまでもなく、その元凶はURAファイナルズの準備。開催が近づくにつれて地方レース場への出張などが増えていき、本業であるトレーナーとしての仕事が満足にできなくなってしまっていた。
現に、今もこうして出張の帰りだ。出先が近くも遠くもないなんとも中途半端な場所なため、泣く泣く車を使う羽目になった。ガソリン代は経費で出してもらおう。
もちろん自分としては最善を尽くしたつもりだ。出張中でも毎日トレーニングメニューを送ったり、身体的なケアを一色に頼んだりと、できる範囲で可能なことはやった。
でも、連絡だけで良かったのに、毎日わざわざテレビ電話でかけてくるのはどうなのかと思う。
ダイヤに至っては明らかにお風呂上がりだろうという時にテレビ電話を繋いできたのだ。あれ狙ってやってんのかな? 狙ってやってんだろなぁ……。
ちなみに、その時は秒速で切ったため後から死ぬほど文句を言われた。どうしろっちゅーねん。
そんな余韻に浸れるのも、苦しい日々は概ね今日で終わりだから。何せ明日はURAファイナルズの予選なのだ。その前日に出張なのはいただけないが……。
開催したから仕事が終わりというわけではなく、予選、本戦、決勝とここから三ヶ月ほど、完全なる閉会まで考えるともう少し続くのは間違いない。
でも、これで毎日エナドリ片手にパソコンと向き合い、極限状態で毎晩仕事をする日々はもう無い……あれ? それっていつもと変わらないのでは?
「ん……電話?」
と、もう何度目か分からないトレーナーという業務のネガティブキャンペーンを行っていると、ポケットに入れていたスマホが振動しているのに気がつく。
こんな時間に電話か。一体誰からだろう。
時計の針はとっくにてっぺんを過ぎており、明日が本番のマックイーンやダイヤとは考えにくい。もしそうならさっさと寝ろと注意しなければ。
そもそも、今日の分の彼女達との電話、もといテレビ電話は終わっている。
もしかしたらあの二人のどちらかが「眠れません……」とか言いながらかけてきているのかもしれないが、だったとしてもだからなんだと言わんばかりに電話を切ることしか僕にはできない。
しかし、そんな心配は杞憂に終わり、画面に表示されるのはマックイーンでもダイヤでもない別の名前があった。
そう、一色という名前が……
「……やることないし帰るかぁ」
堂々と彼女からの電話を無視して車内へと戻る。
聞きたくない。どうせ仕事に関するかなり重要な内容なんだろうが。しらんしらんしらんしらん、もう嫌だもう嫌だもう嫌だ。
しかも一色からってのが怖い。たづなさんの次に怖い。彼女も反省して自分の仕事は自分でやるようになったとはいえ、突拍子もなく無理難題を言うことがあるから恐怖心が拭えない。
そんな仮定の話にビビり散らかしていると、一色から一つのメッセージが送られてきた。
『お仕事お疲れ様です。
こちらもこちらでやるべきことは終わりました。
本当は先輩と出張に行きたかったのですが、生憎と都合が合わず不本意な仕事をやらされた次第です』
……誰だこいつ。いつもの絵文字顔文字スタンプ大量発生の文面はどうした。キャラ崩れて……ないな、言葉遣いは真面目でも内容がそうでもないわ。
『明日は本番、うちのスカイも長距離部門にて出走するので一つ勝負と行きましょう。
もちろんお金絡みは無し、お互いの総力戦です。尤も、戦うのは二ヶ月後の決勝レースになりそうですが』
これもあいつなりのケジメのつもりなのだろうか。というより宣戦布告? まあどっちでもいい。
『では、気をつけてお帰りください。寒いので夜は暖かくして、早寝早起きを心がけるように』
「えぇ、最後何……? お前僕のおかんか……?」
色々と思うところはあるが、仕事に関することでなくて良かった。
無視する理由もないのでさっさと既読をつけて可愛いめのスタンプを送ると、先程までの丁寧な態度はどこへ行ったのか、『キモい』とシンプルな罵倒で一蹴されてしまった。ひどい。
傷心しながらも、車をゆっくりと発信させてトレーナー寮を目指して走行する。
幸運なことに、明日のレースは二人とも関東圏のレース場であり時間帯もずれている。つまり、どちらのレースにも応援に行くことができるのだ。
予選とはいえ、明日はあの子達の晴れ舞台だからな。早く帰って寝るとしようか。今から帰って寝るとしたら……よし、二時間は寝れるぞ! やったね!
冗談は置いておいて、こうして車を走らせていると、昔はよくあの子達と一緒にレース場まで車で向かっていたのを思い出す。
懐かしいな、長らくレースが無かったせいか、ここに来て程よい緊張を感じる。
思えばここまで来るのに色々とあった。
マックイーンから復帰の話を聞いたのは、特別でもなんでもない普通の日だった。でも、その日のことはよく覚えてる。
テレビに映るウマ娘をボーっと眺めてたこと。雨が降っていたこと。もう一人担当しなければならないことをマックイーンに伝えたこと。僕のスマホが……握りつぶされたこと……
あの日の団欒が、なんだか昨日のことのように感じてしまい、懐かしさで物思いに耽ってしまう。はいそこ、老いの始まりとか言わない。
彼女の復帰レースでもある春のファン感謝祭でのレースは、不運にも落鉄して負けた。それも、相手は彼女のライバルであるトウカイテイオー。
あの時、マックイーンに思い切り泣きつかれたのは今でも鮮明に思い出せる。本人に言ったらきっと怒るんだろうけど。
それと同時期にダイヤがうちのチームに加入して今の態勢の原型になったのも懐かしい。
その後は高知県にまで行って夏合宿もやったな。マックイーンにダートコースでフジマサマーチとレースをさせたのはいい経験になった。
あの子のメイクデビューがダートだったのもあり、当時のことを思い出してしまったのは秘密だ。
そうそう、あの時は一色のやつが有給がうんたら言ってセイウンスカイも任せてきたんだか。帰ってきたらことあるごとに自分も行けば良かったとぶつくさ言われた。知らんがな。
夏が終わると本格的にレースが始まり、我らがマックイーンは秋シニア三冠を目指してレースに挑んだ。
秋の天皇賞ではハッピーミーク、ジャパンカップではブロワイエ、そして有マ記念ではトウカイテイオーと渡り合い、その全てのレースで一着をもぎ取ることに成功した。有マ記念は同着だったのもあり、本人はあまり納得いってない様子だったが。
忘れちゃいけないのが、この間に僕がトレーナーをやめようとしたこと。バカなことをしかけたとは思ってるよ? でも、領域まで見せられたら自分なんかが担当してもいいのかとは思ってしまう。
だとしても、それは彼女の信頼を裏切る行為なので絶対的な悪は僕にあるから口をつぐむしかない。
ともあれ、それについては和解済みだ。次同じことをしたら僕の命は無いらしい。こわ。
マックイーンのレースはそこで一区切りつき、そこから当分ダイヤのレースが続いた。
あの子から聞かされた目標は、GⅠレースで勝つこととキタサンブラックに勝つこと。あれは重賞初勝利の時、きさらぎ賞の帰り道だったな。
皐月賞、ダービーと悔しい思いをして、その後にどうやらキタサンブラックといざこざがあったらしいというのに、菊花賞で見事持ち直して目標の一つを叶えることができた。
そして有マ記念でのキタサンブラックとの死闘は、直前にセイウンスカイと一色に模擬レースをしてもらったのもあって勝利。あの時ちょっと泣いた。
しかし、苦しかったのはここからだ。
新たに彼女が掲げた目標は凱旋門賞。それ自体はよかったのだが、そこに意識が向きすぎてしまい、春の天皇賞でキタサンブラックにリベンジされてしまった。
そのままレースを走ることなくフランスへと行き、フォワ賞で悔しい思いをしたものの凱旋門賞の前日までは割と順調だった。
そう、前日までは。
フランスという慣れない異国の土地だというのに、僕はダイヤのメンタルケアを怠った。その結果、かの遠征は不甲斐ない結果に終わり、僕とダイヤの間にはちょっとした溝ができてしまった。
でも、マックイーンをはじめとした色んな人達のおかげで次の凱旋門賞では勝つことができたんだし、美談で終わらせることができる……できるかなぁ……?
ま、まあダイヤの納得のいく結果に終わったのならあれはあれでいい思い出だ。
本当ならダイヤのレースの時もマックイーンの時みたいに他のチームの子も連れてみんなで応援したかったのだが、ある一時から僕とマックイーンだけになってたな。ええっと……なんでそうなったんだっけ? ま、いっか。
レースに関すること以外も楽しかったな。マックイーンとダイヤとたい焼きをどこから食べるかを賭けた一世一代の鬼ごっこ。僕の華麗なる作戦で自信満々だったマックイーンに泡吹かせてやったのは最高に気持ちが良かった。
それと、あの謎の異世界転生もぼんやりとだが記憶に残っている。
あの元凶は十中八九三女神の像。調べてみたところ、三女神のモデルになったのは、バイアリーターク、ゴドルフィンバルブ、ダーレーアラビアンというウマ娘らしい。一言くらい文句を言いたいところだが、彼女達が本当に実在していたのかもあやふやなのでどうすることもできない。
そういえば、そんな話をダイヤにしたら何かを閃いたような顔をしていたがあれははたして……?
決してここまで良いことばかりじゃなかった。辛いこと、苦しいこと、やりたくないこと、面倒なことがたくさんあった。
それでも後悔なんてしてないし、この道が間違ってたなんて微塵も思わない。
……嘘、こうしてURAファイナルズのために睡眠時間削って働く羽目になったのはちょっと後悔してるかも。それも今更なんだけどさ。
懐かしい思い出に浸りながら車を運転していると、いつのまにかトレーナー寮の近くまで来ていた。赤信号故、車を止めて一息つく。
深夜だからか、思ったより交通量が少なく早く移動ができたのは運がいい……ん?
「……なんの音?」
交通量が少ないため、音もよく響くのは言うまでもない。
深夜によく聞くイキった人間が改造バイクのエンジンをふかす音に似た何か……いや違うな、これは車の音?
その音は段々と近づいてきているような気がして、次第に恐怖心が煽られるようになった。
とはいえ、前方はもちろんのこと、横方向もそれらしき音を出す車は見当たらない……じゃあまさか後ろ……ッ!?
バックミラーとサイドミラーを見ると、ものすごい勢いで近づいてくる一台の自動車。事前に気がつくことはできたが、全ては後の祭りでしかない。
「……あ、やべっ、これ死──」
始まりは、いつも突然やってくる。それは、終わりもまた例外ではない。
ブレーキを踏む気配すらない車は、そのままの勢いで追突し、僕の乗る車に激しい衝撃を与──
URAファイナルズ議事録 そのX
『ターニングポイント』